弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

自殺者のノートに残された「バカは、バカなりに努力しろ。」の言葉

1.知的障害・学習障害を持った方の自殺の業務起因性が問題となった事案

 知的障害・学習障害を持った方の自殺に対し、勤務先会社に責任があるかが争われた事案が公刊物に掲載されていました(静岡地判平30.6.18労働判例1200-69富士機工事件)。

 この事件で原告になったのは、自殺者(A)の両親です。

 Aさんは知的障害、学習障害を持っていた男性です。

 裁判所の認定によると、Aさんは、小学校5年次に知能検査(WISC-Ⅲ)を受けたところ、全検査IQが70で、「精神遅滞(軽度)~境界線」段階であると判断されました。

 また、中学校進学後、週1回受けていた特別支援教育の担当教諭から、知的障害に加え、学習障害があると指摘されました。

 野球の推薦枠で高校の普通科に入学し、その後、一般高卒枠での入社試験には落ちたものの、障害者枠で被告会社に採用されました。

 被告とされた会社は自動車部品の製造販売を業とする会社です。

 新入社員教育を受けた後、Aさんは被告の製造〇課プレス係に配属され、プレス機械を使用しての実習に従事していました。

 プレス作業の実習が開始されたのが平成26年5月で、その月の内にAさんはホームから走行中の貨物列車に飛び込み、自殺しました。

 Aさんが生前に持っていたノートには「バカは、バカなりに努力しろ。」と記載された部分がありました。この記述は生前、母親によって見つけられていましたが、Aさんは自分で書いたとしか答えませんでした。

 裁判で争点となったのは、Aさんの自殺の業務起因性です。

2.裁判所の判断

 裁判所は、業務に対する心理的負荷がAさんの自殺を招いたことは認めました。しかし、自殺を予見することは不可能であったとして、会社の責任を否定しました。

(1)自殺の原因について

 自殺の原因についての判断は次のとおりです。

「業務の加重性について、一般に、プレス機での作業をすべて覚えるには、健常者でも2、3年かかると言われているところ、本件プレス機での作業内容も、プレス機一般と同様に覚えることは多く、プレス作業の経験を有するFであっても一通りの作業ができるようになるまでに1か月程度は必要なものであった(前記1(3)イ)。とりわけ金型交換作業(段取り)は、前記1(3)オ、カのとおり、別紙のとおり多くの作業手順から成り、その修得には時間を要することが容易に推測できる。」
「亡Aは、プレス作業の経験がなかっただけでなく、知的障害及び学習障害があり、一生懸命話を聞いても内容を理解することが難しいという障害特性を有していたから(前記1(1)イ)、本件プレス機での作業内容を覚えることが困難であったことは想像に難くない。現に、亡Aは、本件プレス機での作業内容をノートに熱心に記載していたが(前記1(1)エ、カ)、そのノート(甲14の1)は、油で汚れ、その記載も決して整理されているとはいえず、亡Aが作業内容を覚えようと、とにかく必死にメモを取っていたことを示している。また、亡Aは、帰宅後も、上記メモをノートに清書する等、作業内容を覚えようと努力していたことが窺われるものの(甲14の2・3、前記1(3)ク)、亡Aが、Eから調子を聞かれた際、Eに対し、馬鹿だから覚えが悪いと述べ(前記1(3)キ)、高校の同級生とのLINEグループに「マジ覚えること多すぎ(絵文字)」「プレスだから(絵文字)」「退職するまで、指あってほしい(絵文字)」と投稿しているとおり(前記1(3)ケ)、努力の成果が得られずに苦慮していたことが窺える。本件手順書も、一般的には作業内容を細分化して記載することで作業手順を覚える補助となり得るものと考えられるが、文章から意味を理解することが苦手な亡Aにとっては、かえって混乱と困惑を来す原因となったものと解される。そして、プレス作業は、作業ミスが作業者の安全に直結するものであるところ、亡Aの上記投稿からは、亡Aが、安全面においても、本件プレス機での実習に心理的負担を感じていたことが窺える。
「これらの事実からすれば、亡Aにとって、本件プレス機での実習が、その能力に比して加重であり、その心理的負荷は大きかったというべきである。」
「そして、証拠(甲26、32)によれば、知的障害や発達障害を有する者は、その障害が原因で、頑張って努力しても努力が報われず、できるようにならないため、無力感や劣等感、自己否定感を抱きやすく、ストレスへの耐性も他の人と比べて低いという見方もあって、うつ病や適応障害といった二次障害に陥りやすいとされていること、亡Aが自殺したのは、本件プレス機が停止する出来事があった日の翌日の通勤途中であったこと(前記1(3)サ、シ)を併せてみれば、亡Aがうつ病などの精神障害を発症していた可能性もないとはいえず、本件全証拠によっても業務以外に自殺の原因となる要因は見当たらないから、被告の業務に対する心理的負荷が亡Aの自殺を招いたものと推測される。

(2)予見可能性について

  予見可能性についての判断は次のとおりです。

「亡Aは、新入社員研修後に実施された理解度テストで満点をとり(前記1(2)ア)、プレス機の安全教育や金型取り付け特別教育の後に実施された理解度テストでも満点であったこと(同イ)、確認作業や梱包作業を順調に覚え(同エ)、プレス作業への意欲を見せていたこと(同オ)、本件プレス機でのプレス作業の実習も、原材料の投入、完成品の取出、完成品の確認、容器への積載といった比較的平易なものから始め、亡Aはそれらの各作業も比較的すぐにできるようになったこと(前記1(3)エ)、金型交換作業(段取り)の実習に進んだ後も、本件プレス機での実習中は、常にFが亡Aの傍についており、亡Aが1人での作業を命じられることはなかったこと(同ア)、Fは、手本を示して亡Aにやらせてみるという方法で指導し、亡Aが出来なくても叱責することはなかったこと(同ア、エ、カ)、本件プレス機は生産負荷が低く、亡Aに作業速度や作業効率は求められていなかったこと(前記1(2)オ)、亡Aは、被告に入社して以降、体調不良を訴えたことはなく、自殺する前日まで無遅刻無欠勤であり、本件プレス機での実習開始後においても、残業や休日勤務はなかったこと(前記1(4)イ)、亡Aは、自殺する3日前の土曜日には被告のソフトボール大会に参加し、活躍していたこと(前記1(3)コ)、自殺する2日前の日曜日に亡Aと遊んだ高校の同級生も、亡Aに異変があるとは感じていなかったこと(同コ)、自殺する前日には、本件プレス機が停止する事態が発生したが、そのことでEやFが亡Aを叱責したことはなく、亡Aに普段と変わった様子はなかったこと(同サ)、亡Aは同僚と良好な関係を築いており(前記1(2)カ、同(4)ウ)、EやFをはじめとする上司との人間関係も良好であったこと(前記1(4)イ)に鑑みれば、自殺までの間に、亡Aに精神障害の発症や自殺の兆候は見当たらず、被告が、亡Aにとって業務が加重であり、自殺や精神障害を招き得る心理的負荷となっていたことを予見することは困難であったというほかない。

3.雇用管理上の留意点

 判決文からは、Aさんが作業内容を覚えようと一生懸命努力していたことが窺われます。

 会社の側も、Aさんを放置したりせず、手本を見せながら指導し、出来なくても叱責することなく、比較的丁寧に仕事を教えていたことが窺われます。上司や同僚とも人間関係は良好であったと認定されています。

 「バカはバカなりに努力しろ」という言葉が誰から発されたものなのかは、Aさんが明らかにしなかったため、分かりません。自殺との因果関係も不明です。

 しかし、「作業ミスが作業者の安全に直結する」という業務の性質上、荒っぽい職人気質の上司や同僚の方が、悪気なく言ってしまった可能性はあると思います。

 徒弟制のような形式で技術が承継されていく職場において「バカはバカなりに努力しろ」といった言葉が出ることは、いかにもありそうだなと思います。

 言った側は、ソフトボールでもやれば、適当に受け流されると、軽く考えたのかも知れません。

 しかし、

「知的障害や発達障害を有する者は、その障害が原因で、頑張って努力しても努力が報われず、できるようにならないため、無力感や劣等感、自己否定感を抱きやすく、ストレスへの耐性も他の人と比べて低いという見方もあって、うつ病や適応障害といった二次障害に陥りやすい」

ことを考えると、こうした言葉は、軽はずみに使うべきではなかったのだろうと思います。この言葉を真に受けて、Aさんは苦しんでいたのかも知れません。

 一生懸命やっても成果に繋がらないということは、仕事をしていれば誰もが経験することだと思います。

 部下や後輩が障害者であろうがなかろうが、悪気があろうがなかろうが、そうした時に荒っぽい言葉で発破をかけるようなやり方は、見直されるべき時代になっているのだろうと思います。