弁護士 師子角允彬のブログ

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落第生を再試験で救済しようとした大学教授が懲戒処分を受けた事件

1.落第生を再試験で救済しようとした大学教授が懲戒処分を受けた事件

 学期末試験の成績が振るわず、単位を取得できなかった学生から泣きつかれ、再試験で学生を救済しようとした大学教授が、停職8か月の懲戒処分を受けた事件が公刊物に掲載されていました(山形地判平30.12.25労働判例ジャーナル87-95 学校法人東北芸術工科大学事件)。

 学生は、

「本件講義の単位を取得できれば、被告大学を卒業して、決まっていた進路に進むことができることを伝えた上で、再試験やレポート提出等の措置を執ってもらえないか」

などと大学教授に頼み込みました。

 根負けした大学教授は、再試験を実施し、

「学生Aの本件学期末試験における得点を1点としたのは、正確には12点であったのを原告が誤認していたことによるミスであったと説明」

して成績変更申請をしました。

 しかし、明文で禁止してこそいなかったものの、大学は再試験を行うことを許していませんでした。成績変更申請の不自然さに気付いた大学側は、事実関係の確認を行い、大学教授に対して停職8か月の懲戒処分を行いました。

 再試験はそもそもやってはならないことだったのか、仮にやってはならないことだったとしても停職8か月は重過ぎるのではないかが争われたのが本件です。

 裁判所は、懲戒処分は適法・有効であるとして、原告となった大学教授の訴えを棄却しました。

2.大学側が主張した懲戒事由

 大学側が主張した懲戒事由は次のとおりです。

「原告は本件講義の単位認定に当たり、成績評価が確定し公開された後の追試験・再試験を認めないという運用規定を理解しながら、特定の学生に対して単位付与にかかる再試験を行った(以下、かかる事実を「本件懲戒対象事由1」という。)。また、単位付与条件を満たすかのごとく、学生の答案用紙を複製し、加工した上で成績変更申請書に根拠資料として添付し、虚偽の成績変更申請を行った(以下、かかる事実を「本件懲戒対象事由2」といい、本件懲戒対象事由1と併せて「本件各懲戒対象事由」という。)。これらの行為は、被告大学の諸規程に違反する行為であり、学校教育の秩序を乱し、被告大学の信用を著しく傷付け、多大な損失を及ぼした。」

3.裁判所の判断

(再試験を実施することが許されていたか否かについて)

「被告大学は、本件ガイドブックに、〔1〕成績評価は各授業で示される評価方法によって行われること、〔2〕評価方法のうち試験については、授業期間内に行われる試験と、決められた受験日に受験できなかった学生に対して実施される追試験があること、〔3〕追試験を希望する学生は、各学期最終週の最終日までに教学事務室に申し出るべきことを明記しているのであって、本件ガイドブックが学生向けの文書であるとしても、その学生を指導する教員がこれに反した成績評価をすることは、学生間の公平性を害し、適正な成績評価への疑問を生じさせることになり得るのであるから、基本的に授業を担当する教員も本件ガイドブックに従うべきである。さらに、学生に対して成績評価の方法等を明示して公表することが、大学評価基準適合性の認定における、「単位認定、進級及び卒業・修了認定等」という基準項目における考慮事項になっていることも踏まえると、被告大学が、担当教員において、本件ガイドブックに記載のない再試験を実施することを許容していたとは考えられず、学生の成績評価を司る教務部長及び教学事務室の課長が認識しているとおり、被告大学においては、再試験を実施することは許されていなかったと認められる。

(懲戒処分が重すぎるか否かについて)

「原告は、当初、被告大学の助教授として着任した後、平成8年4月から、被告大学の基盤教育センターの教授として被告大学に勤務し、教育者として学生らに対し公平さなどについて模範を示すべき立場にあったにもかかわらず、本件懲戒対象事由1のとおり、特定の学生のみに被告大学では禁止されていた再試験を行い、単位を付与しようとしたことによって、単位取得の公平さ・適正さを害した。前記認定事実のとおり、単位取得の方法及び基準の適正さは、外部機関が大学を評価する際の基準の一つとされており、被告大学にとってその経営をも左右しかねない極めて重要な事項である。また、学生の期末試験の答案をその学生が正答しなかった問題についても正解したかのように加工したうえで本件成績変更申請書に添付したという本件懲戒対象事由2についても、上記のとおりの教授としての立場に照らすと、極めて不当な行為であったといわざるを得ない。以上によると、本件各懲戒対象事由の結果は、相当に重大である。」

「そうすると、原告が学生Aから不正な利益を得ていないことや、懲戒処分歴がないこと、2度目のヒアリング後は事実を隠すことなく調査に協力していることなど、原告が主張するその他の事情があったとしても、本件懲戒処分が重きに失するとはいえない。」

4.情に流された評価をすることが許されない時代になっている

 問題の学期末試験は、

「ノート等の持ち込みを許可し、講義で扱ったテーマについて空欄40個を補充させ、1つの空欄に正しい単語を記載すると1点と評価する40点満点の問題」

に回答する形式のものであったとされています。

 この形式の試験で1点しかとれなかったのに、単位が欲しいと懇願できるほど図太い神経を持った学生は、それほど多くはないかも知れません。

 しかし、単位がとれないと卒業できない、就職できないとして、教授に泣きつくという話は、昔からそれなりにあったところだと思います。真偽は不明ですが、泣きついて何とかなったという話は、私自身も耳にしたことがあります。

 ただ、今は大学側も外部の評価機関から認証を受けなければならないこともあり、外向けに説明できないような形で単位を認定するわけにも行かなくなっているのだと思います。

 就職がかかっていると学生から泣きつかれると、心が揺らいでしまうのも分からないではありませんが、情に流されて不正な単位付与をしてしまうと、厳しい懲戒処分を受けかねないので、教員の方は注意が必要かと思います。