1.職場でのパンプス・ヒールの強制は可能か?
ネット上に、
「就活・職場でのパンプスやヒール、強制しないで。『#KuToo』署名活動に反響、厚労省に提出へ」
との記事が掲載されていました。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190602-00010002-huffpost-soci&p=1
記事によると、
「署名では厚労省に対し、企業でのハイヒールやパンプス着用を強制しないよう通達することを求めている。」
とのことです。
私の知る限り、ハイヒールやパンプスの着用を義務付ける社内規則の有効性が争われた公表裁判例は見当たりません。
しかし、これまで問題になった服装に関する判例から推測する限り、ハイヒールやパンプスの着用を義務付けること、少なくとも、人事考課上不利益に取り扱うことには違法性が認められる可能性が高いのではないかと思います。
2.職場は無制約に従業員の服装に干渉できるわけではない
職場は無制約に従業員の服装に干渉できるわけではありません。
例えば、神戸地判平22.3.26労働判例1006-49 郵便事業(身だしなみ基準)事件は、
「使用者が、事業の円滑な遂行上必要かつ合理的な範囲内で、労働者の身だしなみに対して一定の制約を加えることは、例えば、労働災害防止のため作業服やヘルメットの着用を義務付けたり、食品衛生確保のため髪を短くし、つめを整えることを義務付けたり、企業としてのイメージや信用を維持するために直接に顧客や取引先との関係を持つ労働者に服装や髪型等の身だしなみを制限するなどの場合があり得るところである。」
「ただし、労働者の服装や髪型等の身だしなみは、もともとは労働者個人が自己の外観をいかに表現するかという労働者の個人的自由に属する事柄であり、また、髪型やひげに関する服務中の規律は、勤務関係又は労働契約の拘束を離れた私生活にも及び得るものであることから、そのような服務規律は、事業遂行上の必要性が認められ、その具体的な制限の内容が、労働者の利益や自由を過度に侵害しない合理的な内容の限度で拘束力を認められるというべきである。」
と判示しています。
要するに、職場としては、労働者の身だしなみに対する規律を設けられないわけではないものの、
① 事業遂行上の必要性が認められないだとか、
② 制限の内容が、労働者の利益や自由を過度に侵害するだとか、
そういった場合にまで、労働者は規律に拘束されることはないということです。
この事件で、裁判所は、男性の長髪・ひげを一律不可とする基準を
「顧客に不快感を与えるようなひげ及び長髪は不可とする」
趣旨と読み替えたうえ、
「整えられた原告の長髪(引き詰め髪)及び整えられたひげは、いずれも、公社身だしなみ基準及び××局身だしなみ基準が禁止する男性の長髪及びひげには該当しない」
と判示し、身だしなみに関する基準への違反を否定しました。
3.事業遂行上、パンプス・ヒールが求められる仕事とは何か?
記事ではパンプス・ヒールの着用の義務付けが問題になっています。
しかし、事業遂行上、パンプス・ヒールを着用の強制が必要な場面とは、果たしてどう場面だろうかと思います。
靴のモデルなどは該当するかも知れませんが、それにしても、業務時間中ずっとパンプスやヒールを履かせることを強制する理由は見出し難いのではないかと思います。
パンプス・ヒールでなければ顧客に不快感を与える業務というのも、想定し難いように思います。
4.不利益性の観点から
記事には、
「就活中の学生が靴ずれで血だらけになったかかとの写真をTwitterに投稿。投稿者は『こんなの強制的に履かせるの間違ってる。なにがマナーだよ!』と怒りを露わにし、大きな反響を呼んだ。」
と書かれています。
労働契約法5条は、
「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」
と規定しています。
パンプス・ヒールの着用と健康被害との間に科学的な因果関係が認められるとしたら、着用の強制は労働者の利益を過度に侵害するものという観点・労働安全衛生の観点からも、問題視できるかも知れません。
5.訴訟提起という手段もありえる(判例には社会を変えられる可能性がある)
記事には、
「仕事場でパンプスを履くことへの不満を何気なくTwitterに書き込んだところ、3万件以上リツイートされ大きな反響を呼んだ。」
と書かれています。
この問題について明示的に判示した裁判例はないと思いますが、ひげで訴える人もいるのですから、パンプス・ヒールの着用を義務付けられたことが苦痛で訴えたいと思う人がいてもおかしくはないだろうと思います。
それほど多額の慰謝料はとれないとは思いますが、
① 職務内容との関係で、なぜ着用しろと言われるのか謎な人、
② 健康被害の訴えが無視された人、
などは、比較的勝訴しやすいのではないかと思います。
判例が出ると、企業はそれをリスクとして念頭に置いたうえで労務管理を行います。そのため、判例には社会を変えられる可能性があります。
在職中に訴えるのは勇気がいっても、退職した後に慰謝料請求の形をとって問題にする余地もあるだろうと思います。
また、争点が共通するので、同じ会社の人が何人かで集まって原告になれば、1人あたりの弁護士費用の負担を減らすこともできるかと思います。
困っている人はたくさんいるようですが、法的措置をお考えの方がおられましたら、ご相談をお寄せ頂ければと思います。