弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

飲酒をめぐるホストクラブでの労働事件(労災・民事訴訟)

1.急性アルコール中毒で死亡したホストの労災不認定処分が取り消されたとの報道

 急性アルコール中毒で死亡したホストの労災不認定処分が取り消されたとの報道がありました。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190529-00000074-mai-soci

 報道によると、この事件で、国側は

「自分の判断で飲んだ」

と主張していたようです。

 労働者災害補償法12条の2第1項は、

「労働者が、故意に負傷、疾病、障害若しくは死亡又はその直接の原因となつた事故を生じさせたときは、政府は、保険給付を行わない。」

と規定しています。

 「自分の判断で飲んだ」との主張は、「死亡・・・の直接の原因となった事故(急性アルコール中毒)は故意に生じさせられたものだから国(労災)は責任を負わない、という趣旨の主張だと思います。

 しかし、裁判所は国の主張を排斥し、

「先輩ホストらに強要され、業務の一環で飲酒した」

と判断したとのことです。

 これは、ホスト・ホステスといった職業に就いている方に対して救済を途を開く、画期的な判断だと思います。

2.民事訴訟

 報道によると、

「両親がクラブの運営会社などに損害賠償を求めた訴訟では、大阪地裁が今年2月、約7400万円の賠償を命じた判決が確定したが、支払われていないという。」

とのことです。

 この民事訴訟の判決は、おそらく裁判所のHPで公開されている大阪地裁平31.2.26だと思われます。

http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail4?id=88568

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/568/088568_hanrei.pdf

 本件では労災に関する結論に先行して民事裁判の判決が言い渡されています。

 しかし、労災が認められない場合はもとより、労災が認定されたとしても、民事裁判を提起する実益はあります。

 労災は損害の一部を填補してくれるシステムであり、全てをカバーしてくれるわけではないからです。例えば、慰謝料は労災では全くカバーされません。

 本件では、この民事裁判においても、上司のホストや取締役の注意義務について、同種事件の参考になる判示がなされています。

3.上司のホスト、ホストクラブ運営会社の取締役に求められる注意義務

 民事裁判で被告になったのは、

ホストクラブの運営会社(被告会社)、

事件時の被告会社の代表取締役B、

事件前に既に退任していた被告会社の元代表取締役C

事件時の被告会社の取締役D、

です。

 被告にはされていないものの、注意義務違反との関係では、

「本件ホストクラブが新規開店した平成23年7月から平成24年秋頃まで、同所でホストとして勤務するとともに、他のホストに対し売上げや勤務態度の指導をする役職である主任を務めていた」H

という者も登場します。

 裁判所はそれぞれの注意義務について、次のとおり判示しています。

-主任Hの注意義務(被告会社の責任原因を論じる中での判示)-

 「Hは、本件ホストクラブの主任として、従業員であるホストらが過度に飲酒しないように配慮し、酩酊など危険な状態に陥った場合には、救急車を呼び、早期に適切な措置を執ってその生命身体の安全に配慮すべき注意義務を負っていたにもかかわらず、同義務に反し、本件ホストクラブにおいて、Jとともに、業務中の亡Aに暴力も伴いながら飲酒を強要した上、泥酔状態に陥った亡Aを放置し、その結果、亡Aを急性アルコール中毒により死亡させたものであるから、本件事故の発生につき、不法行為責任を負う。」

-代表取締役Bの注意義務-

 「被告Bは、被告会社の取締役として、従業員である亡Aの生命身体の安全に配慮すべき職務上の義務を負っていたところ、本件ホストクラブにおいて、従業員であるホストの飲酒も予定されていたことに照らすと、上記安全配慮義務違反の一環として、従業員の過度の飲酒を防止し、従業員の体調に異変が生じた場合に救急車を呼ぶ等の指導を行うべき義務を負っていたというべきである。しかし、それを超えて、取締役の地位にある者が、常時従業員の動向を監視する義務があるとはいえず、本件ホストクラブに監視カメラ及びモニターがあったことによっても、一般的にかかる義務を負うとはいえない。また、Bは、本件事故時に本件ホストクラブにいなかったのであるから,具体的状況下においても監視義務を負っていたとはいえない。」

-取締役Dの注意義務-

 「被告Dについては、本件事故当時、被告会社の取締役の立場にあったのである
から、本件ホストクラブの従業員に対する関係で、被告Bと同様の安全配慮義務
を負っていたというべきである」

 なお、本件では、被告会社の使用者責任は認められましたが、

「定期的にミーティングが開催され、過度な飲酒をしないよう指導を行い、接客ができないほど過度な飲酒をしているときは、店に出ないで帰宅するよう注意していたこと」

「本件事故発生以前に、ホスト同士の飲酒の強要があったことはうかがわれないこと」
「本件ホストクラブにおいては、店長、主任及びキャッシャーは、店内において異常が発生した場合には対応することとなっていたこと」

「本件事故当時、口から泡を吹いて倒れている亡Aを発見した他のホストが救命活動を行い、発見から30分余りで救急要請がされたこと」

から代表取締役B、取締役Dの個人責任は否定されています。

 そのため、退任取締役Cとの関係では、

「取締役在任中における被告Cの職務執行を問題とする余地はなく、被告Cに、本件事故につながるような取締役としての義務懈怠があったとはいえない。また,本件事故の約10か月前に被告会社の取締役を退任している被告Cに、本件事故の発生について予見可能性があったとはいえないし、結果回避義務を負うべき根拠もない。」

と注意義務の内容を具体的に判示しないまま、その責任を否定しています。

4.飲酒ノルマや飲酒の強要で体を壊した方へ

 ホストや元ホストの方からの労働相談を受けていると、飲酒量についてノルマがあって、無理して酒を飲んでいたといった話を聞くことがそれなりにあります。体を壊してホストを辞めたという方を目にすることもあります。

 問題のホストクラブでも一応の安全管理体制はとられていたようですし、無茶な飲酒ノルマを課している店は徐々に少なくなっているのではないかとは思います。

 しかし、本件で問題となったホストクラブのホストの業務には、

「客と会話等をして接待することのほか、客の費用で一緒に飲酒することも含まれていた」

ことが認定されています。こうした業態には、過大な飲酒ノルマや飲酒の強要が発生しやすい土壌があります。飲酒に関する事件は、少なくはなってもなくなりはしないだろうと思います。

 過大な飲酒ノルマや飲酒の強要で体を壊しながら、何の救済・保護も受けらず、理不尽な思いをされている方がおられましたら、一度、ご相談を頂ければと思います。

 安全管理体制が全くとられていなかったような場合には、ホストクラブが消滅していても、取締役の個人責任を追及する余地もあろうかと思います。