弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

働き方改革を理由とする無理な短納期要求への対応(法専門家への相談の重要性)

1.取引先からの短納期要求

 ネット上に、

「下請けは『短納期』の要求を毅然と断れるのか」

という記事が掲載されていました。

http://news.livedoor.com/article/detail/16481843/

 記事には、

「4月に働き方改革関連法が施行され、長時間労働是正に向けた取り組みが動きだした。しかし、このテーマで筆者がセミナーを行うと、大抵、下請の中小企業から『単独で生産性向上や業務効率化を進めても、労働時間削減には限界がある。取引先(主に大企業)から発注があれば、残業してでも対応せざるを得ない』という悩みが聞かれる。」

「短納期受注により、7割近い企業が『従業員の平均残業時間が増加する』と回答している。大企業の働き方改革が、日本にある企業の99%以上を占める中小企業へのしわ寄せによって実現するのでは、取り組みの裾野が広がらなくて当然であろう。」

「しかも、残業の上限規制は、大企業の方が1年早く施行となっているため、中小企業が法律を理由に断るのも難しい。」

この取引関係の適正化をどう進めるか。残念ながら特効薬は見つからない。

下請側は、無理な要求には毅然(きぜん)と対応したい。それが難しければ、せめて発注者に自社の事情を知ってもらうよう、面談や事業所訪問、勉強会開催などを継続的に行う。」

「4月より、労働時間等設定改善法において、長時間労働につながる短納期発注や発注内容の頻繁な変更を行わないよう配慮することが事業主の努力義務となった。下請法や独占禁止法違反への厳正な対処と併せ、下請企業が声を上げやすい雰囲気の醸成を望む。」

などと書かれています。

2.短納期要求からの下請業者の保護

 記事には、短納期要求に対し、「特効薬は見つからない」「下請側は、無理な要求には毅然と対応」をなどと書かれています。

 しかし、下請法は短納期要求に対しても一定の歯止めを設けています。単に毅然とした対応を勧めるだけで記事を締めくくるのは、言葉が足りないのではないかと思います。立場の弱い側が強い側に対して毅然とした対応をとるためには、それなりの理由(法的根拠)が必要だと思います。

3.働き方改革による下請事業者へのしわ寄せの防止

 公正取引委員会は、平成30年11月27日付けで「下請取引の適正化について」という文書を出しています。

https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/h30/nov/181127.html

https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/h30/nov/181127_1.pdf

 この中で、公正取引委員会は親事業者や関係事業者団体に対し、

「政府を挙げて働き方改革を推進しているところ、例えば、極端な短納期発注等は、取引先における長時間労働等につながる場合があり、下請代金支払遅延等防止法等の違反の背景にもなり得るため、特に留意していただきたい

と通知しています。

 働き方改革により下請事業者へのしわ寄せが発生する危険性は政府も当然織り込み済みであり、これを放置しているわけではありません。

4.残業代を考慮しない下請代金の設定は下請法上の禁止行為に該当し得る

 親事業者向けの文書において、公正取引委員会は、

「政府を挙げて働き方改革を推進しておりますが、取引の一方当事者の働き方改革に向けた取組の影響がその取引の相手方に対して負担となって押し付けられることは望ましくないと考えられます。人手不足の深刻な中小企業の経営悪化が懸念される中、極端な短納期発注等は、取引先における長時間労働等につながる場合があり、下請法等の違反の背景にもなり得ますので特に御留意いただきたいところです。」

との立場を明らかにしています。

 また、

短納期発注を行う場合に、下請事業者に発生する費用増を考慮せずに通常の対価
より低い下請代金の額を定めること。

が買い叩きの禁止(下請法第4条第1項第5号)に該当することを指摘しています。

https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/h30/nov/181127_2.pdf

 短納期発注で労務費が増加するのに対価だけはそのまま、といった中小企業に過酷な状況に対しては、これが一定の歯止めとして機能することになります。

5.下請法は個人事業主(フリーランス)にも適用される

 下請事業者には中小の会社だけではなく「個人」も該当します(下請法2条8項各号参照)。人を雇っているわけではない個人事業主であったとしても、自分がその仕事のために費やせる時間を考慮したうえで価格設定はなされているはずであり、これを無視した短納期発注に対しては下請法上の保護を求めることができるかも知れません。

6.法改正から予想される不具合への対処方法がないかは法専門家に相談して確認を

 特効薬とまで評価できるかはともかく「短納期発注をするなら、その分対価を上げて欲しい。」といった形で声を挙げるための法的根拠は存在します。公正取引委員会という守ってくれる公的機関もあります。

 法改正によって当然予想される不具合に関しては、政府は一定の手当をしていることが多いです。おかしいと思ったら、法専門家に相談をしてみてください。解決の糸口が見えることも、それなりにあるのではないかと思います。