弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

過労死ラインを超える残業と固定残業代

1.過労死ラインを超える残業と固定残業代

 ネット上に「【自販機ブラック労働】 過労死ライン軽く超え、残業代未払い」とのネット記事が掲載されていました。

https://blogos.com/article/374191/

 記事には、

「ドリンクのボトルや缶を補充するルートドライバーで組織する自販機産業ユニオンが、きょう、残業代の支払いと過酷な勤務の改善を会社側に申し入れた。会社は首都圏に自販機1万3千台を持つA社。」

「あまりに酷い勤務実態だ。あるルートドライバーの場合、朝5時に出勤して、勤務が終わるのは夜10時。残業時間は月150時間を超える。」

「彼の給与は月額28万5千円(基本給17万円+固定残業代11万5千円)。」

「A社の定める固定残業は月96時間。過労死ラインの月80時間をゆうに超える。」

との労働実体が書かれています。

2.過大な固定残業代が定められている場合、速やかに訴訟提起した方た良い

 記事によると、これまで数回の団体交渉の機会が持たれてきたようですが、ここまで極端な長時間労働が事実として認められる場合、個人的には速やかに訴訟提起した方が良いと思います。

 その理由をお話しします。

(1)固定残業代の定めが無効であることを前提に残業代を計算できる可能性がある

 無茶な水準の固定残業代の定めは無効にできる可能性があります。

 例えば、月80時間分の固定残業代を基本給に組み込んでいたことの有効性が問題になった事案において、東京高判平30.10.4労判1190-5イクヌーザ事件は、

「1か月当たり80時間程度の時間外労働が継続することは、脳血管疾患及び虚血性心疾患等の疾病を労働者に発症させる恐れがあるものというべきであり、このような長時間の時間外労働を恒常的に労働者に行わせることを予定して、基本給のうちの一定額をその対価として定めることは、労働者の健康を損なう危険のあるものであって、大きな問題があるといわざるを得ない。そうすると、実際には、長時間の時間外労働を恒常的に労働者に行わせることを予定していたわけではないことを示す特段の事情が認められる場合はさておき、通常は、基本給のうちの一定額を月間80時間分相当の時間外労働に対する割増賃金とすることは、公序良俗に違反するものとして無効とすることが相当である。」

との判断を示しています。

 固定残業代の定めが無効になると、固定残業代として組み込まれていた部分も含めた基本給の全体が時間外、深夜割増賃金算定の基礎となる賃金額になります。

 イクヌーザ事件に関して言うと、雇用契約書上、基本給23万円のうち8万8000円が80時間分の時間外勤務に対する割増賃金であることが明記されていましたが、裁判所は14万2000円ではなく23万円全額を時間単価算定の基礎にしています。

 従来、「労働基準法36条の定める労働時間の延長の限度等に関する基準」(平成10年12月28日労働省告示154号、最終改正:平成21年5月29日厚生労働省告示316号)第3条が、1か月の時間外労働の限度を45時間としていた関係で、違法な固定残業代の定めがなされていたとしても、45時間分までを限度としてその効力を認める見解も有力に提唱されていました。実際、そのような趣旨の判断をした裁判例も存在します(札幌高裁平24.10.19労働判例1064-37 ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル事件等参照)。

 しかし、イクヌーザ事件で裁判所は、

「本件のような事案で部分的無効を認めると・・・とりあえずは過大な時間数の固定残業代の定めをした上でそれを上回る場合にのみ残業手当を支払っておくとの取扱いを助長するおそれがあるから、いずれにしても本件固定残業代の定め全体を無効とすることが相当である。」

と部分的無効の考え方を明示的に否定しています。

 大企業と中小企業とで施行時期に違いはあるものの、残業の限度時間を45時間とすることは労働基準法の中に取り込まれています(労働基準法36条4項 平成30年7月6日法律第71号附則2条、3条)。

 裁判所の立場が残業に厳しくなることはあっても、緩くなることはないのではないかと思われます。

 記事の事案でも、17万円ではなく28万5000円を基礎に時間単価を計算したうえ、また、11万5000円を既払い分として取り扱うことなく、残業代を計算・請求できる可能性があります。

 そうなると、請求できる残業代はかなりの金額になると思います。

(2)付加金を請求できる可能性がある

 未払の時間外勤務手当がある場合、裁判所は、労働者の請求により、これと同一額の付加金の支払を命じることができます(労働基準法114条)。

 端的に言えば、未払額の倍額を払ってもらえる可能性があるということです。

 上述のイクヌーザ事件では

「80時間を超える時間外労働時間をした場合や深夜労働をした場合には、控訴人に対し、時間外割増賃金ないし深夜割増賃金の支払を行っていたこと」

「基本給のうちの一定額を一定時間に相当する時間外労働の割増賃金に当たる部分として定める場合に、当該一定時間の上限をどのように解すべきかについて、明確な判断基準が確立していたとはいい難いこと」

などが考慮されたうえ、付加金の額は未払の時間外勤務手当等の5割の水準に留まりました。

 法改正で残業に関する考え方の明確化が図られたこともあり、今後、固定部分を超える残業時間に対応する残業代が全く払われていないようなケースでは、付加金の割合もより高くなることが見込まれます。

(3)残業代は2年で時効になってしまう

 残業代は2年で時効になってしまいます(労働基準法115条)。

 2年以上前から勤務しているという場合、1か月法的措置に着手することが遅れれば、それだけ損をして行くことになります。

 これを防ぐためには、できるだけ早く催告、訴訟提起といった法的措置に踏み切る必要があります。

3.極端なケースでは、速やかな法的措置を

 記事にあるような極端なケースの場合、経済的な観点からは、いつまでも交渉しているより、付加金を視野に入れたうえで、速やかに訴訟提起してしまった方が良いように思われます。

 類似のお悩みをお抱えの方がおられましたら、ぜひ、一度ご相談ください。