弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

トラブル解決には裁判よりも労働局の「あっせん」か?

1.トラブル解決には裁判よりも労働局の「あっせん」か?

 ネット上に「中小企業なら普通"理不尽な解雇"のヤバさ」という記事が掲載されていました。

http://news.livedoor.com/article/detail/16390024/

 記事の中に、

「■トラブル解決には裁判よりも『あっせん』
『日本の雇用終了』の特徴は、民事訴訟ではなく、厚生労働省の地方組織である都道府県労働局を通じた『あっせん』の事例を紹介しているところにあります。

あっせんとは、紛争当事者たる企業と労働者の間に、弁護士、大学教授などの労働問題の専門家が入り、双方の主張を確かめ、調整し、話し合いを促進することによって、紛争の解決を図ることをいいます。裁判に比べ手続きが迅速かつ簡単であり、しかも無料で利用できるのが特徴です。手続きは非公開で、当事者のプライバシーは保護されます。

■『日本は解雇が厳しく制限されている』は大間違い
一方、裁判となると、その負担に耐えられるだけの資力を持った大企業やその社員でなければ、訴えの当事者になるのは難しく、しかもプライバシーは保護されません。そうした裁判に訴えてまでも、相手の主張を打ち負かしたいと双方が考えるくらいですから、それらは非常に特殊なケースと言ってもいいでしょう。」

という記述がありました。

 裁判よりも労働局の「あっせん」を勧める趣旨であるかのように読めます。

2.裁判と「あっせん」とでは解決金水準が多きく異なる(裁判の方が随分高い)。

 しかし、解決金水準という観点から見たとき、裁判と「あっせん」との間には大きな差があります。

 一概に無料だから「あっせん」の方が得だというほど、手続選択は簡単な判断ではありません。

 例えば、独立行政法人労働政策研究・研修機構が平成27年4月20日に「労働局あっせん、労働審判及び裁判上の和解における雇用紛争事案の比較分析」という報告書を公開しています。

https://www.jil.go.jp/institute/reports/2015/0174.html

https://www.jil.go.jp/institute/reports/2015/documents/0174.pdf

 これによると、解決金額の中央値は、

「あっせん」で15万6400円、

労働審判で110万円、

裁判上の和解で230万1357円

となっています。

 報告書全文の43頁を見ると、解決金額の平均値は

「あっせん」で27万9861円(ただし、これは一部事案が押し上げているだけで「半分近くは15万円以下で解決しているのが実態である」との付記があります)、

労働審判で229万7119円、

裁判上の和解で450万7680円

となっています。

 「あっせん」と裁判(労働審判・訴訟)との間には、解決金額に桁が違うくらいの大きな差があります。弁護士費用を考慮に入れたとしても、裁判をやった方が得だというケースは現実には多々あります。解雇無効が強く予想される事案では猶更です。

3.裁判をすると好奇の目に晒される?

 記事の筆者は手続の非公開を「あっせん」のメリットとして指摘しています。

 しかし、労働審判法16条本文は、

「労働審判手続は、公開しない。」

としており、労働審判は原則非公開で行われます。

 また、民事訴訟の口頭弁論は公開の法定で行われますが、他人の民事事件に興味を持って平日昼間に見物に来る方は稀です。傍聴席にいるのは順番待ちの弁護士が多いです。尋問などの手続がある場合を除き、大抵の期日は代理人弁護士が出頭すれば事足りるため、当事者が来ていることすら珍しいです。更に言えば、争点・証拠の整理は弁論準備手続といって非公開で行われることも多々あります。

 東京地裁のような大規模庁でば膨大な件数の民事訴訟が係属しているため、個々の事件は多数に埋没します。そのため、芸能人の事件だとか、社会的耳目を引く特殊な事件であるとかいった事情でもない限り、裁判をしたからといって、晒しものになるようなことはあまり心配いりません。

4.時間的コストの観点から。

 「あっせん」は確かに速いです。

 上述の報告書全文26頁によると、平均値が1.6月、中央値は1.4月です。

 もっとも、労働審判も平均値2.3月、中央値2.1月であり、申立日から起算すればそれほど大きな差はありません。ただ、手続を要領よく進めるため、労働審判の申立前には事前に相手方と十分に交渉して争点を明確にしておくのが通例であり(労働審判規則9条も「当事者間においてされた交渉」を申立書の必要的記載事項としています)、弁護士に依頼した時からの起算という観点からは、もっと時間はかかるだろうと思います。

 訴訟は長いです。平均値が10.8月、中央値は9.3月となっています。これは和解で終局した期間ですし、判決までいけばもっと長いと思います。当然のことながら事前準備も必要です。ただ、その分、解雇無効が期待できる事案では、解決金水準も跳ね上がることになります。

 「あっせん」を紛争解決手続として選択するかは、経済的利益を最大化することに重きを置くか、迅速さに重きを置くのかといったことがポイントになります。

5.弁護士費用の負担はそれほど心配いらない。

 裁判をやるのに弁護士費用のことは、それほど心配する必要はありません。

 収入や資産が不十分であることには、法テラスという国が設立した法人が運用している民事法律扶助という制度を使うことで対応できるからです。これは国に弁護士費用を立て替えてもらい、立て替えてもらったお金を利用者が月々5000~1万円といった金額感で償還して行く仕組みです。約束通りに支払っていれば、利子がつくこともないので、資力に乏しい方でも比較的利用しやすいのではないかと思います。

 普通に契約した場合でも、法テラスを利用して契約した場合でも、解雇無効が高い確度で予想され、会社にも一定の支払能力があるという事案であれば、弁護士費用を考慮したとしても、「あっせん」より得になるケースが多いのではないかと思います。

6.勝てそうなケースで特に急いでないのであれば裁判を。

 記事に掲げられているような極端なケース(「『ウチに有休はない』と言われ解雇」されたなど、明らかに無茶な解雇)では、法的に争った場合、解雇無効とされる可能性が高いと思います。

 この場合、「あっせん」を選ぶか裁判(労働審判・訴訟)を選ぶのかで解決金水準は大きく異なってきます(端的に言えば桁が違うくらい異なります)。

 そのため、特に急いで解決したいという要望でもない限り、理不尽に解雇された方に対しては、個人的には裁判(労働審判・訴訟)をお勧めします。