弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

公立学校教師の残業代・部活動顧問問題と措置要求制度の持つ可能性

1.公立学校の教師には残業代が出ない

 既に各種メディアに取り上げられている問題ではありますが、公立学校の教育職員には残業代が支給されません。

 これは、公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法という法律で、

「時間外勤務手当及び休日勤務手当は支給しない。」

と定められているからです(同法3条2項)。

 その代わりに教育職員には、給与月額の4%に相当する「教職調整額」が支払われることになっています。

 教職調整額が時間外勤務手当を支給しないことの代償措置であることは、文部科学省のホームページで説明されているとおりです。

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/031/siryo/07012219/007.htm

2.部活動顧問問題

 しかし、近時では、部活動顧問に費やされる時間などによる教育職員の過重労働が指摘されるようになり、時間外勤務手当を支給しないとする制度自体の合理性に問題提起がなされるようになっています。

 教職調整額の仕組みは上記の文部科学省のホームページにも書かれているとおり、昭和40年代に議論・導入された仕組みです。社会の在り方が現在とは大分異なっており、現在でも維持されるべき仕組みなのかは議論の余地があると思われます。

 こうした声を受け、自治体によっては条例で手当を支給するところも現れています。

 例えば、東京都では、

「学校職員の特殊勤務手当に関する条例」

という条例を定め、

「学校の管理下において行われる部活動の指導業務に従事した場合で、当該業務が心身に著しい負担を与える程度のもの」

には教員特殊業務手当という名目で手当を支給することとされています(同条例15条1項参照)

 ただ、部活動指導に係る教員特殊業務手当としては、週休日等に4時間以上勤務して支払われる額が日額4千円といった水準なので(同条例施行規則2条、別表1、2参照)、勤務の加重さに対する対償としては、やはり十分とはいえないのではないかと思われます。

3.部活動問題を裁判で解決することは困難

 それでは、裁判手続によって部活動顧問に費やされる労働の対価を求めることはできないのでしょうか。

 結論から言うと、これは困難だと思います。上記の特別措置法3条2項があるからです。部活動顧問に充てられる時間を労働時間だと主張して時間外勤務手当を請求する訴訟を起こしたところで、あっという間に請求は棄却されてしまいます。

 これを避けようと思えば、上記の特別措置法3条2項が憲法に違反することを認めてもらうよりほかありません。しかし、法令が憲法に違反しているという立論が認められる可能性は、極めて低いのが実情だと思います。

4.措置要求制度を活用できる可能性

 国会に法改正を求める運動以外で、現行法上、活用できる可能性のある法的手続としては、「勤務条件に関する措置の要求」という仕組みが考えられます。

 地方公務員法46条は、

「職員は、給与、勤務時間その他の勤務条件に関し、人事委員会又は公平委員会に対して、地方公共団体の当局により適当な措置が執られるべきことを要求することができる。」

と規定しています。

 これに基づいて、自治体独自に定めることが可能な手当の増額を求めることができないかといったことが考えられます。

 この点について、近時、参考になる裁判例が公刊物に掲載されていました。

 大阪高裁平30.5.25労働判例1196-42 三木市・市公平委員会事件です。

 これは、条例改正に伴う給与減額に対し、激変緩和措置を要求することが措置要求の対象になるのかが問題になった事件です。

 市側は、

「地方公共団体の組織、権原分配の構造等によれば、地方公共団体の一執行機関である公平委員会が立法機関である議会の立法権に介入することは、特にこれを認めた法令の規定がない限り許されない」

などと、条例の制定改廃が必要となる問題は措置要求の対象には含まれないと主張しました。

 しかし、裁判所は、措置要求を、

「条例の制定改廃そのものを求めているのではなく、市長に対し給与条例の改正案を議会に提出するよう勧告することを求めているもの」

と理解したうえで、これが措置要求の対象になることを認めました(上記のように判断した一審判決が高裁でも維持されました)。

5.長に条例の改正案を議会に提出するよう勧告してもらえる可能性はある

 三木市・市公平委員会事件の判決文でも触れられていますが、人事委員会や公平委員会に対し、時間外勤務に対する手当を支払うよう勧告することを求めるのは困難だと思われます。

 そのような趣旨の条例を制定することは、「時間外勤務手当及び休日勤務手当は支給しない。」と規定する特別措置法と抵触するからです。条例は法律の範囲内でしか制定できないため(憲法94条)、時間外勤務手当を支給することを内容とする条例案は、これを提出し、地方議会に可決してもらったところで意味(効力)がないのです。

 しかし、東京都の条例のように、時間外勤務手当とは別の形の手当を支給することは、現行法制上も可能だと思われます。

 公立学校の教育職員の方も、措置要求の制度を活用して、手当の設置・増額案を議会に提出するよう自治体の長に勧告することを求めることはできるかも知れません。

6.問題解決のためには、先ずは活用できる仕組みの活用を

 条例の制定・改正案を議会に提出するよう勧告を求めることが手続上適法であったとしても、人事委員会・公平委員会が、措置要求をした方の意向に沿う判断をしてくれるとは限りません。

 しかし、法律の改正を実現することに比べれば、まだハードルは低いのではないかと思います。

 問題解決のためには、先ずは法改正なしでも活用できそうな仕組みを活用するところから取り組むのが良いのではないかと思います。