1.就業規則の改定で残業問題を解決できるか?
「残業代目当ての社員を帰らせる唯一の方法」なる表題のネット記事が掲載されていました。
https://president.jp/articles/-/28156
記事は社会保険労務士の言葉として、
「法律では残業したい労働者を規制できません。企業は別の手段を講じる必要があります」
「法律で縛れなければ、就業規則などの労働契約で縛るしかありません。就業規則の制裁規定に『長時間労働の禁止』を盛り込むのまでは厳しいとしても、『労使協定および法律の上限を超えて残業しないこと』と定め、服務規律に『効率的な業務を心がける』と入れるべきでしょう」
との見解を紹介しています。
しかし、この見解は疑問に思います。
2.残業したがる労働者を帰らせることは普通に可能
先ず「法律では残業したい労働者を規制できません。」とありますが、その趣旨がよく分かりません。
労働契約に基づく指揮命令権・業務命令権の一環として、普通に残業禁止命令は出せます。
例えば、東京高判平17.3.30労判905-72神代学園ミューズ音楽院事件では、
「使用者の明示の残業禁止の業務命令に反して,労働者が時間外又は深夜にわたり業務を行ったとしても,これを賃金算定の対象となる労働時間と解することはできない。」
との判断が示されています。
3.就業規則だけ変えても意味がない
また、就業規則で残業を禁止するだけでは、残業に起因する労務リスクの回避にも残業代の削減にも繋がりません。
例えば、大阪地判平18.10.6労判930-43昭和観光事件という裁判例があります。この事案では、
「被告においては、実際に労働実態もないのに時間外手当が請求されることを防止するため、事前に所属長の承認を得て就労した場合の就業のみを時間外勤務として認める」
という制度が採用されていました。
原告は所属長の承認を得ていませんでしたが、
「原告らの時間外労働は被告による業務命令に基づくものと認めるのが相当」
との認定のもと、時間外勤務手当の請求が認められています。
また、東京地判平9.8.1労判722-62ほるぷ事件では、
「土曜休日出勤を指示・命令した事実はないので時間外及び休日手当(但し法定休日ではないので法定労働時間までは法内賃金)を支給する義務はない」
との被告会社の主張に対し、
「被告において原告平がこれらの業務に従事していることを充分に認識しながら、これらの業務を中止するように指示を出すこともなかっだのであるから、少なくとも被告による黙示の指示によって土曜休日出勤がなされていたものと認められ」
るとして時間外勤務手当の請求を認めています。
この事案では、休日出勤等が、
「通常の勤務日のみでは・・・業務の全部を処理することが不可能な状況にあるために行われた業務」
であったことも指摘されています。
就業規則の字面だけ整えたところで、通常の勤務日だけでは終わらないような業務を指示したり、従業員が残業していることを知りながら何らの具体的な措置も講じずに放置していたりすれば、結局、時間外勤務手当(残業代)の請求は認められることになります。
4.残業の問題を解決するには業務量の調整が必要
結局、長時間労働に起因する諸問題を解決しようと思った場合、業務量を適正な限度に調整するよりほかありません。現在の人的体制でそれが困難である場合、新たに従業員を雇用するなどの措置をとる必要があります。
少なくとも、就業規則の改定といった形式的な対応では、解決は困難であると思われます。