弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

マタハラの慰謝料(誠実交渉義務・情報提供義務違反の慰謝料)

1.誠実に交渉をしなかったこと等を理由に100万円の慰謝料が認定された事例

 労働判例という雑誌の最新号(平成31年4月15日号)に、育児休業後に契約社員になった元正社員から、正社員に戻して欲しいという要望を受けた会社が、不誠実な対応に終始したとして、慰謝料100万円の支払いを命じられた事案が掲載されていました(東京地判平30.9.11労判1195-28 ジャパンビジネスラボ事件)。

2.誠実交渉義務・情報提供義務

 この事案で裁判所は、

「原告において、育児休業終了時の事情等によって1週間5日勤務による就労が困難であり、退職を余儀なくされることを回避するために、本件合意により『契約社員(1年更新)』の地位となることを選択したものであったとしても、本件合意後に保育園に空きが出て子を入れることが可能となる見込みであるという事情変更を踏まえ、平成26年9月8日から同月10日頃にかけて、被告に対し、その旨知らせるとともに、1週間5日勤務の正社員に復帰することを希望してその旨申し出た時点で、原告と被告とは、被告において労働者が希望する場合の『前提』と標ぼうする『正社員への契約再変更』に向けた準備段階に入ったというべきである。」

「契約準備段階において交渉に入った者同士の間では、誠実に交渉を続行し、一定の場合には重要な情報を相手方に提供する信義則上の義務を負い、この義務に違反した場合は、それにより相手方が被った損害につき不法行為に基づく損害賠償責任を負うと解するのが相当である。」

と判示しました。

 民法的な発想で言えば、相手方と交渉をするかは各当事者の自由です。私自身も、労働から離れた事件では、話し合って分かり合えそうになければ、さっさと見切りを付けて法的措置に移行させることが多いです。誠実に交渉するつもりのない相手方と話をするよりも、裁判所の理解を得ることだけに集中し、淡々と仕事をした方が紛争の早期解決に繋がりやすいからです。

 また、訴訟提起前の交渉段階でどの範囲で証拠を開示するのかは技術的に難しい問題です。例えば、不貞の証拠の写真一つとっても、①余計な争いを避け、速やかに金額の議論に入るために交渉の初期段階から突き付けてしまうか、②最初は証拠が不足しているふりをして相手方に不貞の事実を否認させた後、訴訟提起とともに不貞の写真を出して相手方が嘘つきであることを裁判所に効果的に提示することを考えるか、といったように、顧客の要望や事件の性質を考慮しながら出し方を考えて行きます。

 認定されている慰謝料額の大きさもさることながら、誠実に交渉に応じることが義務付けられたり、情報の開示が義務付けられたりするのは、労働の領域に特有な判断の一つで、目を引く判示だと思われます。本件は建設的な交渉や情報提供を望む労働者にとって、重要な先例となる裁判例だと思われます。

3.被告は何をやったのか?

 多額の慰謝料が認定された背景には、被告会社による硬直的な対応があります。

 具体的には、

「子が発熱するなどして保育園に入れておけなくなった際にも欠勤しない準備を要求し」たり、

「原告を正社員に戻せない理由として、育児休業等によるブランク」や「正社員に戻すよう主張していること自体」を挙げたり、

「最後まで原告との間で正社員としての労働契約を締結し直すことができる具体的な時期やそのめどについて何ら明確な情報を与え」なかったり、

正社員としての労働契約の締結の「条件等としても、・・・要するに被告がよしとすれば、とう趣旨の回答に終始し」たり、

「交渉の実施を求める原告の行動や労働局に相談に向かおうとする姿勢そのものを問題視して、原告をクラスの担当から外して、合理的な理由なくその中核的な業務を取り上げ」たり、

「正社員に戻りたいとの主張を曲げて被告の意向に沿う譲歩をするよう要求することを主眼として業務改善指導書を頻回に発出して、原告に譲歩を迫」ったり、

「最も遅くて午後11時までという可能性すらある就労を要求」したり、

したことが認定されています。

 また、本件では、原告の上司Dが、原告との面談の中で、

「俺は彼女が妊娠したら、俺の稼ぎだけで食わせるくらいのつもりで妊娠させる。」

などの発言をしたことも認定されています。

 一連の経過をみると、確かに被告会社の対応は行き過ぎだろうと思われます。子どもに熱があろうが休むなだとか、労働局という行政機関への相談を問題視して仕事を干すだとか、Dの時代錯誤的な発言だとか、被告会社側の対応には相当な問題があったと思います。

4.損害について(慰謝料100万円)

 裁判所は、

「被告において形式的には育児休業終了後の女性の働き方の多様性を甘受するかのような姿勢を標ぼうしつつ、実際には原告のように多様な働き方を希望する者が現れた際には、これに誠実に向き合うどころか、むしろ被告の考えや方針のもとに原告の考えを曲げるように迫り、これを改めないことをとらえて強引な業務指導改善を行う、原告の中核的な業務であったコーチ業務を奪う、原告の姿勢を批判・糾弾するといった姿勢に終始したことに照らせば、原告の受けた不利益の程度は著しいものといえ、被告の不誠実な対応はいずれも原告が幼年の子を養育していることを原因とするものであることを併せて考慮すれば、被告が原告に対して支払うべき慰謝料の金額としては100万円が相当である。」

と判示しました。

 本邦の裁判所は、慰謝料をそれほど高く見積もらない傾向にあります。

 以前、丸刈りにされたり、ロケット花火を狙撃されたり、投石されたりしたことを内容とするパワハラの慰謝料が100万円であったとお話ししました。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2019/04/06/162232

 交渉態度の問題や情報の不提供が、ロケット花火での狙撃や投石などの身体に対する加害行為と同レベルの精神的苦痛を生じさせるとされたことは、かなり画期的なことで、マタハラに対する裁判所の強い姿勢が窺われます。

5.裁判所はマタハラに厳しい

 マタハラに関する近時の裁判例としては、これ以外にも、出産のため休業中の労働者から退職の意思表示がないのに強引に退職扱いにしたことについて、慰謝料を200万円とした例があります(東京地判平29.12.22労判1188-56参照)。

 時代を受けてのことなのか、裁判所は、マタハラに対して、かなり厳しめの姿勢をとることが多いように思われます。

 胎児や幼児を抱えた労働者は比較的手厚く保護されています。もし、お困りの方がおられましたら、ぜひ、一度ご相談をお寄せください。