弁護士 師子角允彬のブログ

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「先生を懲戒免職にして欲しい」という嘆願書

1.「先生を懲戒免職にして欲しい」という嘆願書

 山口県の県立高校で、クラス全員が担当教師の懲戒免職を求める嘆願書を県教育委員会に提出するという事件があったようです。

http://news.livedoor.com/article/detail/16224543/

 記事には以下のように書かれています。

山口県下松市の県立下松工業高校で、1年生男子のクラス全員40人が担当教師の懲戒免職を求める嘆願書を県教育委員会に提出していたことが分かった。40代の男性教師は昨年(2018年)10月、一人の生徒をバリカンで丸刈りにし、その後も「お前は病気だ。精神科へ行け」「お前が来るのは学校ではなく、病院だ。受けるのは授業ではなく、治療だ」などと暴言を浴びせた。

生徒は昨年12月に学校を休み退学届を出したが、受理されず、状況は変わらなかったという。この生徒だけでなく、他の生徒もふだんから「ばか」「ボケ」「アホ」などと繰り返し、今年2月(2019年)26日に生徒と保護者39人で嘆願書を出した。

2.懲戒処分の指針(裁量基準)

 公務員の懲戒処分には、何等かの基準が設けられているのが通常です。

 例えば、東京都教育委員会では、「教職員の主な非行に対する標準的な処分量定」というものを定め、何をすれば、どのような懲戒処分が下るのかの標準例が記載されています。

http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/staff/personnel/duties/culpability_assessment.html

 記事で問題になっている山口県教育委員会も、「懲戒処分の指針」というものを定めています

https://www.pref.yamaguchi.lg.jp/cms/a50200/fukumu/choukaisisin.html

https://www.pref.yamaguchi.lg.jp/cmsdata/5/5/0/550005f2330077cc055eab7e686385a4.pdf

 何らかの非違行為があるとき、それがどのような懲戒処分に該当するのかを予想するうえでは、懲戒処分の裁量基準を参照することになります。

 これは審査請求や取消訴訟で懲戒処分の効力を争う場合にも同じです。事実関係がそのとおり間違いないという場合でも、不当に重い処分は争うことができます。不当に重いかどうかを判断するにあたっては、先ず、懲戒処分の裁量基準を検討することになります。

3.教師は懲戒免職になるのか

 では、問題の教師は懲戒免職になるのでしょうか。

 山口県の場合、懲戒処分の指針がそれほど緻密に作られていません。

 「体罰」「わいせつ行為及びセクシャル・ハラスメント」という項目はあっても、丸刈りにした場合にどうなるかだとか、児童生徒に暴言を浴びせた場合にどうなるかといった基準が定められていないからです。

 良くないことであることは間違いないにせよ、バリカンで丸刈りにすることが「体罰」に該当するかどうかは、結構難しい問題です。

 文部科学省は、懲戒と体罰の区別について、

(1)教員等が児童生徒に対して行った懲戒行為が体罰に当たるかどうかは、当該児童生徒の年齢、健康、心身の発達状況、当該行為が行われた場所的及び時間的環境、懲戒の態様等の諸条件を総合的に考え、個々の事案ごとに判断する必要がある。この際、単に、懲戒行為をした教員等や、懲戒行為を受けた児童生徒・保護者の主観のみにより判断するのではなく、諸条件を客観的に考慮して判断すべきである。

(2)(1)により、その懲戒の内容が身体的性質のもの、すなわち、身体に対する侵害を内容とするもの(殴る、蹴る等)、児童生徒に肉体的苦痛を与えるようなもの(正座・直立等特定の姿勢を長時間にわたって保持させる等)に当たると判断された場合は、体罰に該当する。

と言っています(24文科初第1269号平成25年3月13日)。

http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1331907.htm

 髪を切られても痛いわけではありません。丸刈りにするというのは、殴る蹴るなどようにそれ自体肉体的苦痛を伴うものではなく、どちらかといえば精神的苦痛を与えるもの、人格を侵害するものという意味合いが強いように思われます。

 そのため、法律家的な視点でみると、「これが体罰に該当するのか?」という疑問が生じるのです。

4.仮に体罰に該当するとしても・・・

 仮に「体罰」に該当するとしても、山口県教育委員会の懲戒処分の指針は、

「体罰により児童生徒に重大な後遺症が残る傷害を負わせた教職員は、『免職』又は『停職』とする。」

と書いているに留まります。

 指針は飽くまでも指針であり、標準例よりも重い処分が許されないわけではありませんが、重篤な精神疾患を発症するな対象生徒に何等かの重大な後遺症と目されるような結果が発生していない限り、懲戒免職にはならなそうな気はします。

 少なくとも、懲戒免職処分にして教師側が体罰への該当性や裁量基準からの逸脱を主張して取消訴訟を提起した時に裁判所が懲戒処分の適法性を承認するかは、割と微妙な話になってくるのではないかと思います。