弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

保存期間経過後のクロワッサン等を窃取した給食調理員に対する懲戒免職処分が違法とされた例

1.懲戒処分の実情

 公務員には種別毎に懲戒処分の標準例が定められています。

 例えば、国家公務員の場合、平成12年3月31日職職-68『懲戒処分の指針について』が標準例にあたります。

 ここには、

「公金又は官物を窃取した職員は、免職とする。」

といったように、非違行為の類型と標準的な懲戒処分との対応関係が規定されています。

懲戒処分の指針について

 この標準例の枠内に収まっている処分が違法とされることは、基本的にはありません。理由は法律の構造と最高裁判例にあります。

 懲戒処分の根拠規定は極めて雑駁です。

 例えば、国家公務員法82条1項3号は、

「国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合」

を懲戒事由として掲げています。これには私生活上の行為も含まれると解されており、処分行政庁は不適切だと考える行為を全て捕捉することができます。要するに、懲戒処分の発動要件は、要件としての体裁を為していません。

 それに加え、懲戒処分の違法性の有無の判断基準に係るリーディングケースである最三小判昭52.12.20労働判例288-22神戸税関事件は、

「公務員につき、国公法に定められた懲戒事由がある場合に、懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは、懲戒権者の裁量に任されているものと解すべきである。もとより、右の裁量は、恣意にわたることを得ないものであることは当然であるが、懲戒権者が右の裁量権の行使としてした懲戒処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして、違法とならないものというべきである。」

と判示しています。「社会観念上『著しく』妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱」する行為など、そうそうあるものではありません。

 ①要件が要件として機能していないうえ、②裁判所も積極的に懲戒権行使の在り方を審査することに抑制的であるーこれが公務員に対する懲戒処分は滅多なことでは違法にならない理由です。標準例の枠内に沿ったものであるなら猶更となります。

 しかし、近時公刊された判例集に、標準例の枠内でありながら、懲戒処分(懲戒免職処分)が取り消された裁判例が掲載されていました。名古屋地判令6.7.22労働判例ジャーナル153-22 名古屋市・名古屋市教委事件です。

2.名古屋市・名古屋市教委事件

 本件で原告になったのは、平成9年に被告名古屋市に採用され、以後、学校給食の調理員として勤務してきた方です。

「令和4年2月3日、名古屋市立C小学校(以下『本件小学校』という。)の調理場において、勤務中、保存食として冷凍保存されていた油揚げ2袋、クロワッサン1個及びリンゴロールパン1個(以下、併せて『本件物品』という。)を、自宅に持ち帰り食べることを目的として、自分の鞄に入れた」

という非違行為(本件非違行為)を理由に

懲戒免職処分(本件懲戒免職処分)、

一般の退職手当等(1149万1148円)の全部を支給しないこととする退職手当支給制限処分(本件退職手当不支給処分)

を受けました。これに対し、行き過ぎではないかとして、本件懲戒免職処分、本件退職手当不支給処分の取消を求め、出訴したのが本件です。

 本件懲戒免職処分のもとになった標準例は、「名古屋市教育委員会における懲戒処分の取扱方針」(本件取扱方針)といいます。この標準例に照らすと、

「公金又は物品を窃取した職員」は「免職」

とされていました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、本件懲戒免職処分、本件退職手当不支給処分の両方を取り消しました。

(裁判所の判断)

「本件非違行為の当時、本件物品のうち、リンゴロールパン1個は2週間の保存期間内であり(保存開始日は令和4年1月28日頃・・・)、油揚げ2袋及びクロワッサン1個は上記保存期間が経過していた。」

(中略)

「本件懲戒免職処分が社会観念上著しく妥当を欠き、懲戒権者である処分行政庁の裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものと認められるか否かについて検討する。」

「本件非違行為は、学校給食の調理員であった原告が、公金物である保存食を窃取したというものであるが、窃取の対象物である本件物品は、油揚げ2袋及びパン2個であり・・・、その財産的価値自体は少額であって、その数も比較的少量にとどまる。また、本件非違行為の当時、本件物品4点のうち3点は保存期間が経過しており、その余の1点も保存開始から6日程度経過していたというのであり、それを検査等に使用することが必要となっていたことはうかがわれないから・・・、近い時期に廃棄されることが見込まれていたものと認められる。これらのことからすれば、財産的損害の点から見た本件非違行為の結果は、相当に軽微なものであるといわざるを得ない。」

「他方で、安全な給食を提供する役割を担う学校給食の調理員が保存食を窃取する行為は、必ずしも財産的損害の程度にかかわらず、学校給食の衛生管理の適正な遂行及びこれに対する市民の信頼を損なう結果を生じさせ得るものである。しかしながら、このことを踏まえても、本件非違行為は一回的行為であり、原告が本件非違行為のほかに保存食等を窃取していたことを認めるに足りる的確な証拠もないことに加え、保存食の検査等のための本件物品の使用が現実に必要となったことはうかがわれないことを考慮すると、本件非違行為による公務の遂行及びこれに対する市民の信頼の失墜の程度が重大であるとまではいえない。」

「さらに、上記・・・のとおり、本件非違行為及び本件懲戒免職処分については、市教委の公表に基づく報道がされていることは認められるものの、原告が出勤しなくなかったことによる人員調整等の支障及び本件非違行為による他の調理員の信頼関係の毀損を除くと、本件非違行為により、被告の業務に具体的な支障が生じたことはうかがわれない。」

「これらのことからすると、原告が、保存食を含む公金物の窃取が懲戒免職処分の対象となる行為である旨の注意喚起を受けていたにもかかわらず、明確な窃取の意思の下で、自己中心的な動機に基づいて本件非違行為に及んだものと認められること・・・などの被告指摘の事情を踏まえても、本件非違行為が免職を相当とする程度の非難可能性のある行為と評価することはできないというべきである。」

本件非違行為は、本件取扱方針にいう『公金又は物品を窃取した』に該当し、その処分の量定の標準例は『免職』と定められている。しかしながら、一般に、窃取行為による財産的損害の多寡は、その非難可能性の程度に影響を及ぼす重要な要素であるところ、本件取扱方針においても、個別の事案の内容によっては、標準例に掲げる量定以外とすることもあり得るとされていることや、免職は懲戒処分の中で最も重い量定であって、本件取扱方針に掲記された各非違行為についてみても、標準例として免職以外の量定が定められているものが少なくないことに照らすと、公金物の窃取に係る上記の標準例は、窃取行為による結果が軽微であることなどにより、処分の量定として免職を選択することが相当でないと評価すべき事情が認められる場合には、免職以外の処分を選択することを想定したものであると解される。上記・・・で検討したとおり、本件非違行為については、財産的損害の点から見た結果が相当に軽微であり、他にその結果や態様等の悪質性について重大視すべき事情は認められないことに照らせば、本件取扱方針の標準例に従って処分の量定として免職を選択することが相当でないと評価すべき事情があるというべきである。このことに加え、上記・・・の前提事実・・・のとおり、原告が過去に懲戒処分歴を有しておらず、本件非違行為の後に謝罪や反省の態度を示していることなどの各事情を総合的に考慮すれば、原告に対し、免職を選択することは重きに失するものといわざるを得ない。本件懲戒免職処分は、これらの事情を看過してされたものであって、社会通念上著しく妥当を欠き、処分行政庁において、その裁量権の範囲を逸脱したものと認めるのが相当である。

「したがって、本件懲戒処分は違法である。」

(中略)

「以上によれば、本件懲戒免職処分の取消しを求める原告の請求は理由があり、また、本件懲戒免職処分を前提とする本件退職手当不支給処分も違法であるから、その取消しを求める原告の請求も理由があるというべきである。」

3.標準例の枠内でも違法と認められた珍しい例

 上述のとおり、裁判所は標準例の枠内であった懲戒免職処分を取り消しました。

 行ったこととの均衡から、一般の方は当たり前だと思われるかも知れません。

 しかし、公務員関係訴訟の実情を知る弁護士から見ると、かなり異例なことと捉えられます。標準例の枠内にあっても懲戒処分が違法になる余地があることを実証した事例として、実務上参考になります。

 

盗撮行為を理由とする懲戒解雇が無効とされた例

1.職務外での痴漢・盗撮を理由とする懲戒解雇

 職場におけるセクシュアルハラスメントは、多くの企業において懲戒事由と定められています。態様や被害が酷い場合、懲戒解雇されることもあります。懲戒が企業秩序を維持するための仕組みであることを考えて頂くと、職場におけるセクシュアルハラスメントが懲戒の対象になることは、理解し易いのではないかと思います。

 それでは、職場を離れた私生活上の行為、職務外での行為は、懲戒権行使の対象になるのでしょうか?

 この問題については、一般に、次のとおり理解されています。

「労働者の私生活上の非行についても、『会社の名誉、信用を毀損し会社の体面を汚す行為』、『刑罰法規に違反する行為』等として懲戒事由とされ、懲戒の対象とされることがある。使用者の企業秩序定立権は、労働者の職場外でなされた職務遂行に関係のない行為にも及ぶと解されている・・・が、職場外・職務遂行以外の行為については労働者の私生活(プライバシー)の尊重の要請もはたらくため、それを理由になされた懲戒処分については、懲戒事由該当性や懲戒処分の相当性(権利濫用性)がより厳格に判断されている。」水町勇一郎 著『詳解 労働法 第3版』(東京大学出版会、2023年)619頁参照)

 要するに、

懲戒権行使の対象にはなる、

ただし、懲戒権の権利濫用性は職務上の行為を理由とする場合よりも厳格に判断される

ということです。

 ただ、厳格に判断されるとはいっても、痴漢や盗撮を含む性犯罪を理由とする懲戒解雇/懲戒免職となると話が違ってきます。多くの人の生理的嫌悪感を刺激する行為であるからか、刑事事件としての量刑・処分量定に関わらず、懲戒解雇/懲戒免職となるケースは少なくありません。

 しかし、近時公刊された判例集に、職務外で行われた盗撮行為を理由とする懲戒解雇が無効とされた例が掲載されていました。名古屋地判令6.8.8労働判例ジャーナル153-14 日本郵便事件です。

2.日本郵便事件

 本件で原告になったのは、日本郵便の職員の方です。

「通勤途上の勤務時間外、名古屋市営地下鉄の電車内において、自己の所有する小型カメラを録画状態にしてリュックサック内に設置し、口を開いたリュックサックを足元に置いて、被害者のスカート内を撮影しようとした行為」(本件行為)

を理由に懲戒解雇されたことを受け、その無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 なお、原告は、行為同日、愛知県迷惑防止条例違反により、逮捕されています。刑事処分としては、逮捕翌日釈放され、被害弁償を行った後、不起訴とされています。

 この事件で原告が依拠したのは、被告の懲戒規程です。

 被告の懲戒規程には、

「懲戒を行う場合には、懲戒標準により量定を決定する・・・」

「職務外の非違については、刑事事件により有罪とされた者は、『懲戒解雇~減給』とし、刑事事件により有罪とされた者以外の行為により、会社の信用若しくは名誉を棄損し、又は業務に支障をきたした者は、基本は『減給~注意』とし、重大なものは『懲戒解雇~停職』とする・・・。」

と定められていました。通勤時間は労働時間ではありませんし、不起訴処分は有罪判決ではありません。そうであるならば、減給~注意が基本とされなければならず、懲戒解雇は重すぎるのではないかという論理です。

 この事件で、裁判所は、次のとおり述べて、懲戒解雇を無効であると判示し、地位確認請求を認めました。

(裁判所の判断)

「前記前提事実・・・のとおり、原告は本件行為に及んだことが認められるところ、職務遂行と直接関係のない従業員の私生活上の非行であっても、会社の企業秩序に直接の関連を有するもの、又は、企業の社会的評価の毀損につながるおそれがあると客観的に認められるものについては、企業秩序の維持確保のための懲戒の対象となり得るものというべきである。」

「そこで検討するに、本件行為の内容自体は、原告が電車内で女性の乗客のスカート内を撮影しようとしたものであるところ・・・、被告は、職務外非行による信用失墜行為の根絶に向け、ミーティングにより従業員に対して周知するなどの取組を行っていたことが認められる・・・。そうすると、本件行為について報道がされず、被告の社会的評価を低下させることはなかったとの原告の主張を考慮しても、本件行為は、被告の企業秩序に直接の関連を有するものであり、被告の社会的評価の毀損につながるおそれがあると客観的に認められるから、懲戒の対象となり得るということができる。そして、原告は、被害者を撮影したことを認めているから、本件行為は、愛知県迷惑行為防止条例に違反する行為であるといえ、法令に違反したとして就業規則81条1項1号に該当する。また、従業員による盗撮行為は、会社の信用を傷つけ、又は会社に勤務する者全体の不名誉となるような行為といえるから、就業規則81条1項15号にも該当するというべきである。」

「そこで、被告が本件行為につき、本件懲戒解雇を選択したことが社会通念上相当であるといえるか否かについて検討する。」

「本件行為は、被害者の性的な姿態の撮影を目的とするものであるところ、

〔1〕性的な姿態に対する撮影行為が行われた場合に、撮影時以外の他の機会に不特定又は多数の者に見られるという重大な危険を有すること等を踏まえ、令和5年6月16日に性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律が制定され、本件行為日の翌日である同年7月13日に施行されたこと・・・、

〔2〕原告は、令和4年の夏頃から同様の手口で盗撮をしていたと供述していること

などからすれば、本件行為は、極めて卑劣なものであって、社会的に厳しい非難を免れないものである。」

「また、被告は、令和2年4月以降、業務外非行による信用失墜行為につき、研修等により繰り返し指導しているが未だに根絶には至っていないとして、飲酒運転・人身事故及び物損事故並びに盗撮、児童買春等の破廉恥事案について、原則『懲戒解雇(退職手当一部不支給)』により措置することとし、ミーティング等において社員に周知することとし、原告は、本件行為時、e郵便局郵便部課長として、これを指導する立場にあったことが認められる・・・。」

「他方、本件行為については、前記のとおり、行為時においては条例違反にとどまり、その法定刑に照らせば、他の法令違反行為と比較して重い法令違反行為であるとまではいえない。原告は被害者と示談をし、令和5年11月16日には不起訴処分がされており・・・、刑事手続において有罪判決を受けたものではない。また、懲戒標準においては、職務外の非違行為において刑事事件により有罪とされた者は、基本として『懲戒解雇~減給』とされているのに対し、それ以外の非違行為については、基本として『減給~注意』、重大なものとして『懲戒解雇~停職』とされているところ・・・、本件行為は、それ以外の非違行為に分類されるものであり、刑事事件において有罪判決を受けた場合と比して、類型的に、会社の業務に与える影響や被告の社会的評価に及ぼす影響は低いということができる。さらに、本件行為が行われて以降、本件行為ないし本件行為に係る刑事手続について報道がされておらず、その他本件行為が社会的に周知されることはなかったことが認められ、原告自身も本件行為日の翌日には釈放されており、通常の勤務に復帰できる状態になったことが認められる・・・。そうすると、本件懲戒解雇時点において、本件行為及び原告の逮捕によって、被告の業務等に悪影響を及ぼしたと評価することができる具体的な事実関係があるとはいえない。

これらの事情に加え、原告が過去に懲戒処分歴を有していないこと等も考慮すると、本件行為を懲戒事由として、懲戒解雇を選択したことは、懲戒処分としての相当性を欠き、懲戒権を濫用したものとして無効であるといわざるを得ない。この点、被告は、被告における従前の処分事例との比較から、本件行為について懲戒解雇を相当とした被告の判断は適正である旨主張するが、被告が指摘する従前の処分事例・・・は、刑事事件における有罪判決がされたかどうかという事実自体明らかではない上、職場内における盗撮行為かどうかなどの非違行為の内容、報道の内容やその程度等によって被告の社会的評価に与える具体的な影響の程度も異なるから、被告が指摘する従前の処分事例と本件とを直ちに同列に扱うことはできず、被告の上記主張は結論を左右するものとまでは認められない。また、被告は、原告が本件行為による逮捕を被告に報告することを拒んだなどとも主張するが、これを認めるに足りる証拠はない上、原告の妻は、原告が本件行為による逮捕をされた日に被告に連絡をして本件行為による逮捕を告げており、この点も結論を左右するものとまでは認められない。

よって、本件懲戒解雇は、無効である。

3.余罪、同種処分との均衡論からの防御に成功している

 本件で興味深く思われるのは、余罪や同種処分との均衡論からの防御に成功していることです。

 想像がつくと思いますが、痴漢・盗撮系統の犯罪で、最初にやって即時摘発されるという例は、それほど多くありません。大体、摘発されるにいたるまでの間に、相当回数、同種行為に及んでいます。こうした同種余罪は、犯罪捜査の過程等で、記録媒体が押収され、言い逃れできない状態になっているのが普通です。こうした背景もあり、痴漢・盗撮を理由とする懲戒解雇を争う事件では、概ねの場合、同種余罪が多数存在することが問題になります。常習的に痴漢・盗撮行為をしている人と一緒に働けるのかという議論です。

 また、痴漢・盗撮系統の犯罪で懲戒解雇になった人の多くは、(復職しても居心地が悪いことが想像されるからか)裁判までして復職しようとはしません。結果、痴漢・盗撮系統の犯罪で懲戒解雇された処分実例が、企業内に蓄積して行くことになります。使用者側は、こうした処分実例との均衡を根拠に、

懲戒解雇は重くない、

との主張を展開します。処分が重いか軽いかを評価する尺度は、結局、企業内の処分実例になるので、これはかなりの力を持ってきます。

 こうした議論から労働者をガードし切ることは一般論として容易ではありません。しかし、裁判所は、いずれの点も認識したうえ、それでも、懲戒解雇無効という結論を採用しました。

 性的不祥事をめぐる処分量定は、年々、重くなって行く傾向にあります。そうした流れの中、処分量定の重罰化に一定の歯止めをかけた事例として、本裁判例は実務上参考になります。

 

協同組合グローブ事件最高裁判決以降の事業場外みなし労働時間制の適否が問題になった事例(否定例)

1.事業場外みなし労働時間制

 労働基準法38条の2第1項は、

「労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす。ただし、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、当該業務に関しては、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなす。」

と規定しています。

 この事業場外で働いた場合につき「労働時間を算定し難いとき」に一定時間労働したものと「みなす」仕組みを事業場外みなし労働時間制といいます。

 事業場外みなし労働時間制は、しばしば残業代(割増賃金、時間外勤務手当等)を支払わないための方便として用いられています。所定労働時間よりも長く働かなければならない実体がある時に、事業場外みなし労働時間制を適用して、労働時間を「所定労働時間」と「みなす」ことができれば、残業代を払わなくても良くなるからです。そのため、事業場外みなし労働時間制の適否が争われる事件は、実務上少なくありません。

2.「労働時間を算定し難いとき」をめぐる最高裁判例

 「労働時間を算定し難いとき」の解釈についてのリーディングケースとして、最二小判平26.1.24労働判例1088-5 阪急トラベルサポート(派遣添乗員・第2)事件があります。

 この事件では、日報で業務の遂行状況が厳格に管理されていたことなどを理由に、旅行添乗員に対する事業場外みなし労働時間制の適用が否定されました。

 しかし、近時、これを緩和するかのような最高裁判例が出現しました。最三小判令6.4.16労働判例1309-5 協同組合グローブ事件です。この事件では、外国人の技能実習に係る管理団体となっている事業協同組合に雇用されていた外国人技能実習生指導員への「事業場外みなし労働時間制」の適用について、

業務日報の正確性の担保に関する具体的な事情を十分に検討することなく、業務日報による報告のみを重視して、本件業務につき本件規定にいう『労働時間を算定し難いとき』に当たるとはいえないとしたものであり、このような原審の判断には、本件規定の解釈適用を誤った違法があるというべきである。」

と述べ、適用を否定した原審判決を破棄し、事件を原審に差し戻す判断をしました。

事業場外みなし労働時間制の適用が認められた最高裁判例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 こうした状況のもと、協同組合グローブ事件が「事業場外みなし労働時間制」の適否に与える影響が注目されていたのですが、近時公刊された判例集に「事業場外みなし労働時間制」の適用が否定された裁判例が掲載されていました。大阪地判令6.8.9労働判例ジャーナル153-12 ファミリーライフサービス事件です。この裁判例の口頭弁論終結日は、令和6年5月10日とされており、協同組合グローブ事件最高裁判決の言い渡し日以降となっています。協同組合グローブ事件最高裁判決以降の「事業場外みなし労働時間制」の適否が問題となった公表裁判例として実務上参考になります。

3.ファミリーライフサービス事件

 本件で被告になったのは、貸金業、住宅ローン事務代行、損害保険代理店業務等を業とする株式会社です。

 原告になったのは、被告と雇用契約を締結し、C営業所(本件営業所)において営業職に従事していた方です。

 顧客情報の横流し等を理由として普通解雇されたことを受け、解雇無効を主張して地位確認等を求めるとともに、事業場外みなし労働時間制の適用を争い割増賃金等を請求する訴えを提起したのが本件です。

 冒頭に掲げたテーマとの関係で注目したいのは、事業場外みなし労働時間制の適否に関する判断です。裁判所は、次のとおり述べて、事業場外みなし労働時間制の適用を否定し、原告の請求を一部認容しました。

(裁判所の判断)

「認定事実・・・によれば、本件営業所の営業担当者は、不動産業者の営業所等で業務に従事することが多く、自らの判断で不動産業者の営業所等に直行直帰することも許容されており、不動産業者の営業所等への訪問の目的、訪問先及び日時のスケジュールの設定及び管理も各自の裁量に委ねられ、上司が決定したり、事前にこれを把握して個別に指示したりすることはなく、訪問後も上司に報告することはなかったことが認められる。」

「しかしながら、他方で、認定事実・・・によれば、本件営業所の営業担当者は、本件営業所外で業務に従事する場合でも、基本的には、自らが担当する不動産業者の営業所等において業務に従事していたものであり、その業務内容も、

〔1〕住宅ローン商品の内容の説明(パンフレット等の提供)、

〔2〕契約申込書の記入、

〔3〕住宅ローンに係る金銭消費貸借契約の締結、

〔4〕融資の実行というある程度定型化されたものであったことが認められる。

「また、認定事実・・・によれば、本件営業所の営業担当者の始業時刻は午前9時とされ、被告は、本件営業所の営業担当者に対し、午前9時を目途に始業するよう指示しており、本件営業所の営業担当者が当日外出又は翌日直行する場合には、本件事業所に設置されたホワイトボードに行先と帰社予定時刻又は直帰する旨を記載することとされていたこと、本件営業所の営業担当者は、被告から携帯電話を貸与され、本件営業所外においてこれを携帯し、常時通信可能な状態に置いていたこと、本件営業所の営業担当者は、不動産業者の営業所等で業務に従事することが多かったものの、様々な事務を処理するためにそれなりの頻度で本件営業所に立ち寄っていたことが認められる。

「これらのことからすると、被告は、本件営業所の営業担当者に対し、事後的に本件営業所外での勤務に係る勤務場所や勤務時間を報告させることにより、これらを把握することができたと考えられ、上記のような本件営業所の営業担当者の置かれた状況によってその信用性は一定程度確保されていたといえるし、案件の進ちょく状況や業務上作成される書類との整合性を確認することによっても、その信用性を確保することができたと考えられる。

「以上のような本件営業所の営業担当者の業務の性質及び内容、その遂行態様、状況等に照らせば、上記のとおり、各営業担当者が自らの判断で直行直帰することが許容されていたことや、不動産業者の営業所等への訪問の目的、訪問先及び日時のスケジュールの設定及び管理が各自の裁量に委ねられ、訪問後も上司に報告することがなかったことなどを考慮しても、原告を含む本件営業所の営業担当者の労働時間の算定が困難であったとはいえないから、本件において、事業場外みなし労働時間制は適用されない。」

4.正確性の担保に関する具体的な事情

 協同組合グローブ事件最高裁判決以降、

(労働者の報告の)「正確性の担保に関する具体的な事情」

とは一体何を指すのかが注目されていました。

 本件は、

業務内容がある程度定型的なものであったこと、

携帯電話が常時通信可能な状態に置かれていたこと、

それなりの頻度で事業所内に立ち寄っていたこと、

などから、

報告の信用性は一定程度担保されていたし、

案件の進捗状況や書類との整合性をチェックすることでも信用性を確保することができた、

として、事業場外みなし労働時間制の適用を否定しました。

 「事情」がこの程度で足りるのであれば、協同組合グローブ事件最高裁判決以前の判断と、それほど大きな差はなさそうだなと思います。

 元々、判例変更ではないと理解されていましたが(林道晴補足意見)、協同組合グローブ事件最高裁判例以降も、極端に事業場外みなし労働時間制の適用が争いにくくなるということはなさそうに思われます。

 

研究という側面に乏しい大学講師職にも、任期法の適用を認めた最高裁判例

1.無期転換ルールとその例外

 労働契約法18条1項本文は、

「同一の使用者との間で締結された二以上の有期労働契約・・・の契約期間を通算した期間・・・が五年を超える労働者が、当該使用者に対し、現に締結している有期労働契約の契約期間が満了する日までの間に、当該満了する日の翌日から労務が提供される期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたときは、使用者は当該申込みを承諾したものとみなす。」

と規定しています。

 これは、簡単に言うと、有期労働契約が反復更新されて、通算期間が5年以上になった場合、労働者には有期労働契約を無期労働契約に転換する権利(無期転換権)が生じるというルールです(無期転換ルール)。

 しかし、大学の教職員の方は通算期間が5年を超えても無期転換権が発生しないものとして扱われていることが少なくありません。

 そうした取扱いの法的根拠の一つが、「大学の教員等の任期に関する法律」です。

 大学の教員等の任期に関する法律7条1項は、

「第五条第一項・・・の規定による任期の定めがある労働契約を締結した教員等の当該労働契約に係る労働契約法・・・第十八条第一項の規定の適用については、同項中『五年』とあるのは、『十年』とする。」

と規定しています。

 この条文が引用する大学の教員等の任期に関する法律5条1項は、

「国立大学法人、公立大学法人又は学校法人は、当該国立大学法人、公立大学法人又は学校法人の設置する大学の教員について、前条第一項各号のいずれかに該当するときは、労働契約において任期を定めることができる。」

と規定しています。

 この条文が引用する前条(4条)1項各号には、

一 先端的、学際的又は総合的な教育研究であることその他の当該教育研究組織で行われる教育研究の分野又は方法の特性に鑑み、多様な人材の確保が特に求められる教育研究組織の職に就けるとき。
「二 助教の職に就けるとき。」
「三 大学が定め又は参画する特定の計画に基づき期間を定めて教育研究を行う職に就けるとき。」

が規定されています。

 つまり、大学の教員等の任期に関する法律4条1項各号に該当する場合、労働者である大学教員が無期転換ルールの適用を主張するためには、契約の通算期間が5年ではなく10年を経過する必要があります。

 近時公刊された判例集に、この任期法4条1項1号該当性を取り上げた最高裁判例が掲載されていました。最一小判令6.10.31労働判例ジャーナル153-1 学校法人羽衣学園事件です。以前、このブログで、大学講師の1号該当性を否定し、5年ルールが適用されるとして、労働者側(大学講師側)からの地位確認請求を認めた高裁判例(大阪高判令5.1.18労働経済判例速報2510-3 学校法人乙(地位確認)事件)を紹介しましたが、本件は、その上告受理事件にあたります。

研究という側面の乏しい大学講師に5年間の無期転換ルールが認められた例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

2.学校法人羽衣学園事件

 本件で被告(被控訴人、上告人)になったのは、私立学校法に基づいて設立されたA大学を設置する学校法人です。

 原告(控訴人、被上告人)になったのは、被告との間で有期労働契約を締結し、被告大学で専任教員を務めていた方です。期間3年の有期労働契約を締結し、1回の更新(更新期間3年)の後、契約期間満了による雇止めを受けました。これに対し、大学の教員等の任期に関する法律(大学教員任期法)の適用を争い、無期転換権を行使したことなどを理由に、地位確認等を求める訴えを提起しました。

 本件では無期転換権の発生の有無をめぐり、大学講師の大学教員任期法4条1号

「先端的、学際的又は総合的な教育研究であることその他の当該教育研究組織で行われる教育研究の分野又は方法の特性に鑑み、多様な人材の確保が特に求められる教育研究組織の職に就けるとき。」

への該当性が争点の一つになりました。

 原審は1号該当性を認め、5年ルールは適用されないとして、地位確認請求を棄却しました。これに対し、控訴審は、1号該当性を否定し、地位確認請求を認めました。

 最高裁は、次のとおり述べて、原告(被上告人)の1号該当性を認め、上告人敗訴部分を破棄しました。

(裁判所の判断)

「上告人は、羽衣国際大学(以下『本件大学』という。)を設置する学校法人である。」

「上告人は、平成24年12月、本件大学の人間生活学部人間生活学科生活福祉コース(以下、単に『生活福祉コース』という。)の4名の専任教員のうちの1名の退任に伴い、その後任となる専任教員を募集した。上告人は、その際、介護福祉士等の資格を有し、当該資格取得後5年以上の実務経験を有することを応募条件とし、初回の契約期間は3年で、更新は1回に限るものとしていた。」

「被上告人は、上記の募集に応じ、平成25年3月4日、上告人との間で、契約期間を同年4月1日から平成28年3月31日までの3年間とし、専任教員として勤務する旨の労働契約(以下『本件労働契約』という。)を締結した。被上告人は、平成25年4月1日から生活福祉コースの講師の職(以下『本件講師職』という。)に就き,介護福祉士の養成課程に係る演習、介護実習、レクリエーション現場実習、論文指導、卒業研究といった授業等を担当し、知識と技術等の教授に当たった。本件大学に係る教員の任期に関する規則には、任期法5条1項の規定により任期を定めて雇用する教員として、人間生活学部の講師が掲げられていた。」

(中略)

「原審は、上記事実関係の下において、要旨次のとおり判断し、本件労働契約は任期法7条1項所定の労働契約には当たらないとした上で、労働契約法18条1項の規定により、被上告人と上告人との間で無期労働契約が締結されたとして、被上告人の地位確認請求を認容し、賃金等の支払請求の一部を認容した。」

上告人において、本件講師職に就く者を定期的に入れ替えることが合理的といえる具体的事情は認められず、むしろ安定的に確保することが望ましいといえること、被上告人が担当していた授業等の内容に照らすと本件講師職には介護分野以外の広範囲の学問に関する知識や経験は必要とされず、担当する職務に研究の側面は乏しいといえることからすると、本件講師職が任期法4条1項1号所定の教育研究組織の職に当たるということはできない。

「しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。」

「任期法は、4条1項各号のいずれかに該当するときは、各大学等において定める任期に関する規則に則り、任期を定めて教員を任用し又は雇用することができる旨を規定している(3条1項、4条1項、5条1項、2項)。これは、大学等への多様な人材の受入れを図り、もって大学等における教育研究の進展に寄与するとの任期法の目的(1条)を踏まえ、教員の任用又は雇用について任期制を採用するか否かや、任期制を採用する場合の具体的な内容及び運用につき、各大学等の実情を踏まえた判断を尊重する趣旨によるものと解される。そして、任期法4条1項1号を含む同法の上記各規定は、平成25年法律第99号により労働契約法18条1項の特例として任期法7条が設けられた際にも改められず、上記の趣旨が変更されたものとも解されない。そうすると、任期法4条1項1号所定の教育研究組織の職の意義について、殊更厳格に解するのは相当でないというべきである。

前記事実関係によれば、生活福祉コースにおいては、被上告人を含む介護福祉士等の資格及びその実務経験を有する教員により、介護実習、レクリエーション現場実習といった授業等が実施されており、実務経験をいかした実践的な教育研究が行われていたということができる。そして、上記の教育研究を行うに当たっては、教員の流動性を高めるなどして最新の実務経験や知見を不断に採り入れることが望ましい面があり、このような教育研究の特性に鑑みると、上記の授業等を担当する教員が就く本件講師職は、多様な知識又は経験を有する人材を確保することが特に求められる教育研究組織の職であるというべきである。

したがって、本件講師職は、任期法4条1項1号所定の教育研究組織の職に当たると解するのが相当である。

3.教員の流動性を高めて教育研究は活性化するのか?

 任期法は、

大学等において多様な知識又は経験を有する教員等相互の学問的交流が不断に行われる状況を創出することが大学等における教育研究の活性化にとって重要であることにかんがみ、任期を定めることができる場合その他教員等の任期について必要な事項を定めることにより、大学等への多様な人材の受入れを図り、もって大学等における教育研究の進展に寄与することを目的とする

法律です(任期法1条)。

 確かに、賃金等の労働条件が優れているという前提があれば、ポストをめぐる競争が活性化することで、教育研究が進展するという理屈も分からないではありません。

 しかし、このブログでも継続的に取り上げてきたとおり、大学講師の労働条件は、必ずしも他の産業と比較して優れいてるわけではありません。むしろ、大学講師の中には、かなり悲惨な労働条件のもとでの就労を余儀なくされている方も少なくありません。

 このような状況の中で、一般の仕事以上に雇用を不安定にすることを許容する法律を作ってしまうと、誰も大学教員になろうとは思わなくなり、教育研究の進展どころではなくなるのではないかと思います。大学教員を志望できるだけの経歴や能力のある方の多くは、他の業種に就職することも決してできないわけではないからです。

 個人的には最高裁の判断よりも、高裁の判断の納得度の方が高かったのですが、このような判断であっても、出てしまった以上、今後、実務がこの最高裁判例を前提に動いていくことを理解しておく必要があります。

 

日中手当は深夜割増賃金の算定基礎賃金になるのか?

1.時間帯毎に異なる時給

 「日中手当」として支給されていた賃金項目について、深夜割増賃金を計算するうえでの算定基礎賃金に含まれないという主張は、どのように扱われるのでしょうか?

 時間帯毎に異なる時給を定めることは、法律上、禁止されているわけではありません。厚生労働省が作成している資料にも、

時間帯ごとに時給が異なる場合は、時間外労働が発生した時間帯で決まっている賃金額をもとに割増賃金計算を行う必要があります」

といったように、時間帯毎の異なる賃金設定が適法であることを前提とする記載があります。

https://jsite.mhlw.go.jp/tokyo-roudoukyoku/content/contents/000501860.pdf

 日中手当が日中時間帯の時給であるとすれば、深夜割増賃金の算定基礎賃金には含まれないという理解も成り立ちそうです。

 しかし、労働基準法37条5項は、

「割増賃金の基礎となる賃金には、家族手当、通勤手当その他厚生労働省令で定める賃金は算入しない。」

と規定しています。そして、これを受けた労働基準法施行規則21条は、算定基礎賃金にならない賃金項目を、

一 別居手当

二 子女教育手当

三 住宅手当

四 臨時に支払われた賃金

五 一箇月を超える期間ごとに支払われる賃金

の五種類と規定しています。

 こうした法律の立て付けを見ると、日中手当は、除外賃金には該当しないため、算定基礎賃金に含まれるという理解も成り立ちそうです。

 このような問題状況の中、近時公刊された判例集に、日中手当の算定基礎賃金該当性を肯定した裁判例が掲載されていました。一昨日、昨日と紹介している、東京高判令5.10.19 労働判例1318-97 社会福祉法人幹福祉会事件です。

2.社会福祉法人幹福祉会事件

 本件は、いわゆる残業代(割増賃金)請求事件です。

 本件で被告(控訴人)になったのは、障害福祉サービス事業、移動支援事業等を行う社会福祉法人です。

 原告(被控訴人)になったのは、被告との間で雇用契約を締結し、居宅支援サービスの提供及び支援に必要な関連付業務に従事していた方です。

 1か月単位の変形労働時間制が無効であるなどと主張し、時間外勤務手当等(いわゆる残業代)を請求する訴えを提起しました。原審が原告の請求を認容したことを受け、被告側で控訴したのが本件です。

 本件では、変形労働時間制のほか、「日中手当」が深夜割増賃金の算定基礎賃金に含まれるのかどうかも争点になりました。

 被告における日中手当の位置づけは、次のとおりです。

「日中手当(平成31年3月以前の名称は業務手当)

平成31年3月以前の名称は業務手当であり、午前5時から午後10時までの時間帯に勤務する場合に、経験年数を元に算定して支給される。原告は、平成29年4月以降、時間当たり460円であった。

平成31年4月以降、名称が日中手当に変更され・・・、令和2年4月に日中手当は廃止され、基本給に編入された。」

 本件の被告は、

「日中手当は、午前5時から午後10時までの介助サービス業務に対し、基本給とは別に支給される時間手当であるから、時間外労働の割増賃金の算定基礎賃金となっても、深夜割増賃金の算定基礎賃金とはならない。」

「深夜帯における介助サービス業務については、法令に基づき深夜割増賃金が基本給とは別に支給される一方、日中の介助サービス業務については、相対的に負荷のかかる傾向にあったわりには深夜帯業務に支給される賃金に比較して安価となることなどの不均衡の是正を求めるケアスタッフの意見があり、被告は、こうした意見を考慮して日中手当を制定した。また、被告においては、深夜の介助サービスの派遣要請は全体の2割足らずであり、利用者のニーズの多い日中の時間帯の賃金に手当を支給して人材確保を図る必要があった。原告は、毎年賃金額及び労働諸条件が記載された労働条件通知書に自署押印してきたところ、日中手当が深夜労働の割増賃金の基礎とならないことについて異議を述べることもなかった。」

「このような日中手当導入の経緯、日中の時間帯の人材確保の必要性、被告において従業員の賃金水準は毎年度昇給し、相応の割増賃金の引き上げが行われてきたこと、原告は深夜労働のために採用されたわけでなく、深夜以外の労働を増やすことが可能であること等に照らすと、日中手当が深夜労働の割増賃金の基礎賃金とならないという解釈は、法令及び判例の趣旨に反するものとはいえない。」

などと主張しましたが、裁判所は、次のとおり述べて、被告の主張を排斥しました。

(裁判所の判断 高裁でも維持された原審判断)

「労基法37条所定の割増賃金の基礎となる賃金は、通常の労働時間又は労働日の賃金、すなわち通常の賃金であり、この通常の賃金は、当該法定時間外労働ないし深夜労働が、深夜ではない所定労働時間中に行われた場合に支払われるべき賃金と解されるところ(平成14年判決参照)、原告が深夜労働時間帯以外の時間(午前5時から午後10時)に労働をした場合、基本給、処遇改善手当に加えて日中手当が支払われることになるから、日中手当は通常の労働時間の賃金に含まれるというべきである。また、労基法37条5項、労基法施行規則21条の除外賃金の規定は、除外賃金とするものを限定列挙した規定であり(最高裁昭和63年(オ)第267号同63年7月14日第一小法廷判決参照)、日中手当は除外賃金にも該当しない。」

「よって、日中手当は深夜労働の割増賃金の算定基礎賃金に含まれる。」

「被告の主張は、労働が1日のうちのどのような時間帯に行われるかに着目して深夜労働に関し一定の規制を定めた労基法37条4項の趣旨に整合しないものであって、採用することができない。」

(裁判所の判断 高裁の判断)

「控訴人は、日中手当は日中の業務内容と介助者の負担の大きさに着目して付与することとしたものであるから、『通常の労働時間の賃金』には該当しない旨主張するが、割増賃金の算定基礎となる通常の賃金とは、当該深夜労働が、深夜ではない所定労働時間中に行われた場合に支払われるべき賃金と解されるところ、日中手当は、深夜労働時間帯以外の時間に労働をした場合に一律に支払われるものであり、通常の労働時間の賃金に含まれるというべきことは、引用する原判決第3の2のとおりである。日中の時間帯における人手が不足したため、日中手当を導入した経緯があったとしても、そのために日中手当を通常の賃金から除外することは、深夜労働に関し一定の規制を定めた労基法37条4項の趣旨に整合せず、許されない。」

3.除外賃金との関係で判断された

 以上のとおり、裁判所は、時間帯毎に時給が違うという枠組みではなく、除外賃金との関係で理解し、日中手当の算定基礎賃金該当性を肯定しました。

 似たような問題に直面した時に引用する先例として、裁判所の判断は、実務上参考になります。

 

1か月単位変形労働時間制-個別合意は就業規則上のシフトパターンの欠如を補完するか?

1.1か月単位変形労働時間制

 労働基準法32条の2第1項は、

「使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、又は就業規則その他これに準ずるものにより、一箇月以内の一定の期間を平均し一週間当たりの労働時間が前条第一項の労働時間を超えない定めをしたときは、同条の規定にかかわらず、その定めにより、特定された週において同項の労働時間又は特定された日において同条第二項の労働時間を超えて、労働させることができる。」

と規定しています。

 これは、いわゆる1か月単位変形労働時間制の根拠条文です。

 労使協定によらずに1か月単位変形労働時間制を導入するには、「就業規則その他これに準ずるものにより・・・労働時間を・・・定め」ることが必要とされています。

 「その他これに準ずるもの」は「就業規則を作成する義務のない使用者についてのみ適用がある」と理解されています(昭22.9.13発基17号)。つまり、就業規則以外の方法で労働時間を特定することが許されるのは、常時10人未満の労働者しか使用していない小規模な使用者だけです(労働基準法89条柱書)。

 また、労働時間の特定は「各日、各週の労働時間を具体的に定めることを要し、・・・使用者が業務の都合によって任意に労働時間を変更するような制度はこれに該当しない」と理解されています(昭63.1.1基発1号、平9.3.15基発195号、平2.3.31基発168号)。

 そして、勤務ダイヤにより1か月単位変形労働時間制を採用する場合、

「就業規則において各直勤務の始業終業時刻、各直勤務の組み合わせの考え方、勤務割表の作成手続及びその周知方法を定めておき、それに従って各日ごとの勤務割は、変形期間の開始前までに具体的に特定することで足りる」

と理解されています。

 こうしたルールが定められてはいるのですが、シフト制を採用している会社を中心に、

シフトパターンを全て就業規則に規定することは現実的ではない、

というい主張が提示されることがあります。

 しかし、令和4年以降、

名古屋地判令4.10.26労働経済判例速報2506ー3 (控訴審)名古屋高判令5.6.22労働判例1317-48日本マクドナルド事件

東京地判令5.4.14労働判例ジャーナル146-50労働経済判例速報2549-24 (控訴審)東京高判令6.4.24労働判例1318-45 大成事件

大阪地判令5.12.25労働判例ジャーナル147-26 医療法人みどり会事件

といったように、

就業規則にないシフトパターン、勤務時間区分を用いた変形労働時間制の効力に関しては、消極に理解する裁判例が相次いでいます。

 昨日、こうした流れに沿った裁判例として、

東京地判令5.4.13労働判例1318-102 (控訴審)東京高判令5.10.19 労働判例1318-97 社会福祉法人幹福祉会事件を紹介しました。

 しかし、この社会福祉法人幹福祉会事件の判示で興味深いのは、シフトパターンの欠如との関係だけではありません。その他にも、幾つかの参考になる判断が示されています。その中の一つが、

個別同意は就業規則上のシフトパターンの欠如を補完する理由になるのか?

という問題への回答です。

2.社会福祉法人幹福祉会事件

 本件で被告(控訴人)になったのは、障害福祉サービス事業、移動支援事業等を行う社会福祉法人です。

 原告(被控訴人)になったのは、被告との間で雇用契約を締結し、居宅支援サービスの提供及び支援に必要な関連付業務に従事していた方です。

 1か月単位の変形労働時間制が無効であるなどと主張し、時間外勤務手当等(いわゆる残業代)を請求する訴えを提起しました。原審が原告の請求を認容したことを受け、被告側で控訴したのが本件です。

 変形労働時間制の効力との関係で言うと、被告の就業規則は、次のようになっていました。

・始業・終業の時刻(24条)

「始業時刻は月間スケジュールに定める各勤務日の最初の訪問先(利用者宅またはその外出先)の訪問時刻とし、終業時刻はその日の最後の訪問先(利用者宅またはその外出先など)の退出時刻とします。ただし、事業所または利用者の都合、移動時間その他やむを得ない事情により始業及び終業の時刻を繰り上げまたは繰り下げることがあります。」

 要するに、労働日毎の始業時刻や就業時刻の特定がなかったわけで、原審裁判所は、1か月単位変形労働時間制の効力を否定しました。

 これに対し、被告控訴人は、次のような主張を展開しました。

(控訴人の補充主張)

控訴人は、利用者に対し様々な生活スタイルに対応した時間帯の介助サービスを提供しており、介助を実施する多数の労働者との緻密な労働時間調整が必要となるため、これに応え得る人的・組織体制を整えた上で、個別の非常勤ケアスタッフの所定労働時間については、全ての非常勤ケアスタッフとの個別合意により決定し、毎月発行する『月間スケジュール』という形で確認している。スタッフの自己都合で事後的に変更することも可能で、控訴人の国立事業所がスタッフからの変更要請を拒否したことは一度もない。勤務のパターン化が極めて困難であることから、就業規則では具体的な始業時刻と終業時刻の定めや各直勤務の組み合わせ等についての記載はされていないが、月間スケジュールの作成による具体的な訪問時刻・退出時刻の記載により、所定労働時間を特定することが予定されている。」

「かかる事実関係においては、就業規則においても所定労働時間が特定されているというべきであり、通達上の基準(始業時刻と終業時刻の具体的な定め、各直勤務の組み合わせの考え方、勤務割の作成手続とその周知の方法が就業規則に記載されていること)も満たしている。労基法32条の2が変形労働時間制において就業規則により所定労働時間の特定を求めた趣旨は、労働時間の不規則な配分によって労働者の生活設計に与える不利益を最小限に抑えることにあるが、控訴人においては上記のとおり月間スケジュールの作成後に労働者の自己都合で変更可能であるから、かかる不利益は観念し得ず、同条の趣旨に反する事態にはならない。」

 しかし、控訴審裁判所は、次のとおり述べて、控訴人の主張を排斥し、原審の判断を維持しました。

(裁判所の判断)

「控訴人は、控訴人における非常勤ケアスタッフの就業時間は、各スタッフとの個別合意により決定しており、労働者の生活設計に与える不利益は生じないこと、勤務のパターン化が極めて困難であること等を挙げて、変形労働時間制の適用が認められるべきである旨主張する。」

「しかし、引用する原判決・・・のとおり、労基法32条の2第1項が所定労働時間の特定を求める趣旨は、変形労働時間制が労基法の定める原則的な労働時間制の時間配分の例外であって労働者の生活への負担が懸念されるため、労働時間の不規則な配分によって労働者の生活設計に与える不利益を最小限に抑えることにあることに照らすと、まずは就業規則において、月間スケジュールによる所定労働時間、始業・終業時刻の具体的な特定がどのようなものになる可能性があるか労働者の生活設計にとって予測が可能な程度の定めをする必要がある。ところが、控訴人の就業規則では月間スケジュールにより各就業日の勤務時間帯が定められるとするものであり、ケアスタッフにとっては前月25日までに月間スケジュールが交付されるまで労働時間が明らかではないから、労働者の生活設計の予測が可能とはいえず、その不利益は、月間スケジュールの作成後に個別に勤務時間を変更することによって解消されるというものではない。介助サービスの利用者の都合によって就業時間が変化する実情があるとしても、それは、時間外勤務として扱われるべきであって、就業規則に就業時間の特定がおよそないものに変形労働時間制の適用を認めることはできない。

3.控訴審判決は「個別合意」という言葉を使ってはいないが・・・

 控訴審裁判所は「個別合意」という言葉を使っているわけでも、個別合意の効力を議論しているわけでもありません。

 しかし、個別合意に関する控訴人の主張に対し、

「就業規則に就業時間の特定がおよそないものに変形労働時間制の適用を認めることはできない。」

という排斥の仕方をしている点は重要で、

就業規則において勤務パターン・シフトパターンの特定がなされていないケースでは、個別合意を論じるまでもなく、およそ変形労働時間制の適用が認められることはない、

と述べているようにも見えます。

 法的な瑕疵が個別合意(個別同意)によって埋まっている・補完されているという主張は、使用者側からしばしば出されるもので、典型パターンの一つといえます。

 本件は、1か月単位の変形労働時間制との関係で、使用者側から同様の主張が提示された場合に、これを排斥して行くにあたり、実務上参考になります。

 

1か月単位変形労働時間制-24時間365日の福祉サービスの提供は、シフトパターンを就業規則にないことを正当化するか?

1.1か月単位変形労働時間制

 労働基準法32条の2第1項は、

「使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、又は就業規則その他これに準ずるものにより、一箇月以内の一定の期間を平均し一週間当たりの労働時間が前条第一項の労働時間を超えない定めをしたときは、同条の規定にかかわらず、その定めにより、特定された週において同項の労働時間又は特定された日において同条第二項の労働時間を超えて、労働させることができる。」

と規定しています。

 これは、いわゆる1か月単位変形労働時間制の根拠条文です。

 労使協定によらずに1か月単位変形労働時間制を導入するには、「就業規則その他これに準ずるものにより・・・労働時間を・・・定め」ることが必要とされています。

 「その他これに準ずるもの」は「就業規則を作成する義務のない使用者についてのみ適用がある」と理解されています(昭22.9.13発基17号)。つまり、就業規則以外の方法で労働時間を特定することが許されるのは、常時10人未満の労働者しか使用していない小規模な使用者だけです(労働基準法89条柱書)。

 また、労働時間の特定は「各日、各週の労働時間を具体的に定めることを要し、・・・使用者が業務の都合によって任意に労働時間を変更するような制度はこれに該当しない」と理解されています(昭63.1.1基発1号、平9.3.15基発195号、平2.3.31基発168号)。

 そして、勤務ダイヤにより1か月単位変形労働時間制を採用する場合、

就業規則において各直勤務の始業終業時刻、各直勤務の組み合わせの考え方、勤務割表の作成手続及びその周知方法を定めておき、それに従って各日ごとの勤務割は、変形期間の開始前までに具体的に特定することで足りる」

と理解されています。

 こうしたルールが定められてはいるのですが、シフト制を採用している会社を中心に、

シフトパターンを全て就業規則に規定することは現実的ではない、

というい主張が提示されることがあります。

 しかし、令和4年以降、

名古屋地判令4.10.26労働経済判例速報2506ー3 (控訴審)名古屋高判令5.6.22労働判例1317-48日本マクドナルド事件

東京地判令5.4.14労働判例ジャーナル146-50労働経済判例速報2549-24 (控訴審)東京高判令6.4.24労働判例1318-45 大成事件

大阪地判令5.12.25労働判例ジャーナル147-26 医療法人みどり会事件

といったように、

就業規則にないシフトパターン、勤務時間区分を用いた変形労働時間制の効力に関しては、消極に理解する裁判例が相次いでいます。

 近時公刊された判例集にも、こうした流れの中に位置づけられる裁判例が掲載されていました。東京高判令5.10.19 労働判例1318-97 東京地判令5.4.13労働判例1318-102 社会福祉法人幹福祉会事件です。

2.社会福祉法人幹福祉会事件

 本件で被告(控訴人)になったのは、障害福祉サービス事業、移動支援事業等を行う社会福祉法人です。

 原告(被控訴人)になったのは、被告との間で雇用契約を締結し、居宅支援サービスの提供及び支援に必要な関連付業務に従事していた方です。

 1か月単位の変形労働時間制が無効であるなどと主張し、時間外勤務手当等(いわゆる残業代)を請求する訴えを提起しました。原審が原告の請求を認容したことを受け、被告側で控訴したのが本件です。

 変形労働時間制の効力との関係で言うと、被告の就業規則は、次のようになっていました。

・始業・終業の時刻(24条)

「始業時刻は月間スケジュールに定める各勤務日の最初の訪問先(利用者宅またはその外出先)の訪問時刻とし、終業時刻はその日の最後の訪問先(利用者宅またはその外出先など)の退出時刻とします。ただし、事業所または利用者の都合、移動時間その他やむを得ない事情により始業及び終業の時刻を繰り上げまたは繰り下げることがあります。」

 要するに、労働日毎の始業時刻や就業時刻の特定がなかったわけですが、この問題について、被告は、次のとおり主張しました。

(被告の主張)

被告は、障害者が思い描く生活を地域で支えるために介助者を派遣するという目的の下、障害者から24時間365日の依頼を受けており、介助サービスを担う非常勤ケアスタッフ(以下『ケアスタッフ』という。)の就労は、利用者の都合に合わせるという点に労働態様としての特殊性がある。そのため、ケアスタッフの所定労働時間は、利用者の都合に合わせた柔軟な調整が中核となり、ケアスタッフの勤務のパターン化が事実上困難である。そこで、被告は、就業規則24条で、具体的な始業時刻と終業時刻の定めこそ記載していないものの、具体的な始業時刻(最初の訪問先の訪問時刻)及び終業時刻(最後の訪問先の退出時刻)を記載した月間スケジュールを作成することによって、所定労働時間を特定することを定めている。休憩時間については就業規則27条で明記している。

「月間スケジュールは、被告の常勤職員であるコーディネーターが、利用者の介助派遣スケジュールとケアスタッフの予定を確認の上、ケアスタッフの都合に最大限配慮して、労働条件通知書に明記されているとおり前月25日までに作成し、前月28日までに原告を含むケアスタッフ労働者に対し郵送により告知する。ケアスタッフは、他の勤務先での仕事を併せ持つ兼業をしていることが多く、他の仕事の都合との兼ね合いもあるため、月間スケジュールは、被告とケアスタッフとが所定労働時間を合意することにより作成されているといえる。被告は、月間スケジュールに記載された所定労働時間を超えて原告が労務に従事した場合に時間外労働賃金を支払ってきたところ、原告から金額について異議の申出を受けたことはない。」

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、変形労働時間制の効力を否定しました。

 なお、下記は地裁の判断ですが、高裁でもそのまま維持されています。

(裁判所の判断)

「労基法32条の2第1項の定める1箇月単位の変形労働時間制は、使用者が、就業規則その他これに準ずるものにより、1箇月以内の一定の期間を平均し1週間当たりの労働時間が週の法定労働時間(労基法32条1項)を超えない定めをした場合においては、法定労働時間の規定に関わらず、その定めにより、特定された週において1週の法定労働時間(労基法32条1項)を、又は特定された日において1日の法定労働時間(労基法32条2項)を超えて労働させることができるというものであるから、いかなる週又は日に法定労働時間を超える労働時間配分をするのか、変形期間内の各週・各日の所定労働時間を就業規則その他これに準ずるものにより特定することを要する。また、労基法89条1号は、就業規則において始業・終業時刻を定めることを使用者に義務づけていることから、使用者は就業規則において変形期間内の各労働日の労働時間の長さを始業・終業時刻とともに特定しなければならない。」

「なお、労基法32条の2第1項に『就業規則その他これに準ずるもの』とあるのは、就業規則作成義務を負う常時10人以上の労働者を使用する使用者については就業規則の定めによることを要するが、常用労働者が10人未満の使用者は労基法上就業規則の作成義務を負わないから就業規則に準ずるものでよいという意味であり、常時10人以上の労働者を使用する被告は、就業規則による定めをすることが必要である。」

「そこで、被告の就業規則において、変形期間内の各週・各日の所定労働時間が始業・終業時刻とともに特定されていたといえるかについて検討する。」

被告は、障害者からの要請を受けて、ケアスタッフを派遣して介助支援サービスを提供する業務を行っていることから、利用者の都合に合わせた月ごとの各ケアスタッフの勤務割表である月間スケジュールを作成しており、月間スケジュールの各週・各日の始業・終業時刻の記載により変形期間の各週・各日の所定労働時間を具体的に特定している・・・。このような被告の業務の実態に照らすと、就業規則それ自体に各ケアスタッフの各週・各日の所定労働時間及び始業・終業時刻を具体的に特定して記載することは困難であるといえ、この場合には、就業規則と勤務割表である月間スケジュールとを合わせて上記の具体的な特定をすることも許容されると解されるが、労基法32条の2第1項が所定労働時間の特定を求める趣旨は、変形労働時間制が労基法の定める原則的な労働時間制の時間配分の例外であって労働者の生活への負担が懸念されるため、労働時間の不規則な配分によって労働者の生活設計に与える不利益を最小限に抑えることにあることに照らすと、まずは就業規則において、月間スケジュールによる所定労働時間、始業・終業時刻の具体的な特定がどのようなものになる可能性があるか労働者の生活設計にとって予測が可能な程度の定めをする必要がある。

「しかしながら、被告の就業規則24、25、27条は、結局のところ、月間スケジュールの交付によって変形期間の始業・終業時刻が特定されること、始業時刻は各勤務日の最初の訪問先の訪問時刻とし、就業時刻は最後の訪問先の退出時刻とすることを定めるものにすぎない。労働条件通知書及び賃金・退職金規定(細則)と合わせ考慮しても、月間スケジュールは前月25日までに作成され、ケアスタッフに交付されること、利用者の都合に依拠して月間スケジュールが作成されることが理解し得るというにすぎない。そして、『最初の訪問先の訪問時刻』及び『最後の訪問先の退出時刻』は、利用者から24時間365日の依頼を受けている被告・・・においてはいつでもあり得る時刻であって、何ら始業・終業時刻を予測し得る基準とはならないし、『利用者の都合』も同様であって、変形期間の所定労働時間がどのようなものになる可能性があるかを予測し得る基準としては機能しない。

「被告は、月間スケジュールは、ケアスタッフと所定労働時間を合意することによって作成していると主張するが、就業規則においてその旨の定めはない。」

「したがって、その余の点を判断するまでもなく、被告の就業規則によって変形期間内の各週・各日の所定労働時間が始業・終業時刻とともに特定されていたとはいえないから、被告の変形労働時間制は労基法32条の2第1項の要件を満たしておらず、無効なものといわざるを得ない。

「被告は、被告における長年の運用について種々主張するが、問題は、就業規則により変形期間内の各週・各日の所定労働時間が始業・終業時刻とともに特定されたといえるかどうかであり、仮に運用においてケアスタッフに最大限の配慮をし、従前はケアスタッフらから異議がなかったとしても、その運用ルールを就業規則に記載していなければ就業規則による特定がされたとはいえないから、被告における運用は上記判断を左右しない。」

3.業態から困難であるからといって予測可能性がないようではダメ

 上記のとおり、裁判所は、業態的に始業・終業時刻を就業規則に特定して記載することが困難であることを認めつつ、予測可能性のある定めがなされていないとして、変形労働時間制の効力を否定しました。社会的に必要な事業、業態であったとしても、働く人に皺寄が行くことは許されないとする判断で、これは近時の裁判例の流れに沿ったものだと考えられます。

 ただ、その一方で、

「就業規則と勤務割表である月間スケジュールとを合わせて上記の具体的な特定をすることも許容されると解される」

などと、就業規則にシフトパターンを網羅的に定めておく必要があることを否定するかのようにも読める判断をしていることも注目されます。

 基本的にシフトパターンは網羅的に記載されるものだと思われるのですが、何等かの例外があるのか、今後とも裁判例の動向が注目されます。