弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

管理運営事項と行政措置要求の対象としての適格性Ⅳ

1.行政措置要求

 公務員特有の制度として「行政措置要求」という仕組みがあります。

 これは、

「職員は、俸給、給料その他あらゆる勤務条件に関し、人事院に対して、人事院若しくは内閣総理大臣又はその職員の所轄庁の長により、適当な行政上の措置が行われることを要求することができる」

とする制度です(国家公務員法86条)。同様の仕組みは地方公務員にも設けられています(地方公務員法46条)。

 法文上、行政措置要求の対象事項には、特段の限定は加えられていません。勤務条件に関連する事項である限り、広く要求の対象にできるかに見えます。

 しかし、行政措置要求の対象は見かけほど広くはありません。それは「管理運営事項」は行政措置要求の対象にはならないとされているからです。

 管理運営事項というのは、職員団体による団体交渉の対象外とされている「国の事務の管理及び運営に関する事項」のことです(国家公務員法108条の5第3項)。職員団体による団体交渉と行政措置要求は趣旨を共通にするため、職員団体による団体交渉の対象にならない管理運営事項は、行政措置要求の対象にもならないと理解されています。

 管理運営事項とは「一般的には、行組法や各府省の設置根拠法令に基づいて、各府省に割り振られている事務、業務のうち、行政主体としての各機関が自らの判断と責任において処理すべき事項をいう」「行政の企画、立案、執行に関する事項、予算の編成に関する事項などがある」と理解されています(森園幸男ほか編著『逐条国家公務員法』〔学陽書房、全訂版、平27〕1163頁参照)。

 ただ、管理運営事項であるからといって、全てが行政措置要求の対象から除外されると理解されているわけではありません。字義通りに理解すると、管理運営事項は行政作用のほぼ全てに及ぶため、行政措置要求の対象になる事項がなくなってしまうからです。そのため、裁判例の多くは、行政措置要求の対象とならない管理運営事項に一定の絞りをかけています(名古屋地判平5.7.7労働判例648-76 愛知県人事委員会(佐屋高校)事件、横浜地判令3.9.27労働判例ジャーナル120-52 川崎市・川崎市人事委員会事件等参照)。

 この行政措置要求の対象と管理運営事項との関係について、主要というわけではないものの、一例を加える裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判令6.7.17労働判例ジャーナル152-46 大阪市・大阪府人事委員会事件です。

2.大阪市・大阪府人事委員会事件

 本件で原告になったのは、大阪市福祉局で働く係長の方です。

 平成30年度人事評価の是正並びにそれに伴う給与及び賞与の見直しを求め、人事委員会に措置要求を行ったところ(本件措置要求)、棄却判定を受けました。不適法却下判定ではなく、「棄却」判定だというのがポイントです。

 本件は、この棄却判定(本件判定)の取消訴訟です。

 原告が措置要求、取消訴訟の提起に踏み切ったのは、平成30年度人事評価において、一時評価者であるC課長から次のような発言を受けたからです。

(裁判所で認定されている事実)

「C課長は、本件評価に関して、『仕事を円滑にするための、親睦会とか厚生会とかそういったものも、やっぱり誰かがこう全体の・・・ために会を催したということに対して、それにご協力することも協調性の表れやというふうに受け止めているんで、そこら辺を一つ落とした理由にしている』『アフターファイブだけでコミュニケーションを図るという意味ではないけれど、それも一つの要素』『ここは色々こう親睦会的な催しをよくしてくれるところだと思うので、そこら辺』『仕事以外のことでね、コミュニケーションを図りたいなみたいな、ずいぶん誘ったりもしてたと思うねんけど、そこら辺も来てくれない』『色んな場を通じてコミュニケーションをとるということも大事かなというふうに思った』『宴会だけがと思わへんけれど、結構そこでざっくばらんに話をするということもできるから、行きましょうよ、行きましょうよ、みたいなね。そういうこう・・・。それだけではもちろんないけどね。そこら辺はちょっと、周りががっかりした面もちょっとあるんで』などの発言(以下『本件発言』という。)をした。」

 原告の主張の論旨は、

「C課長の原告に対する人事評価は、本来人事評価の考慮対象ではない親睦会等への参加を評価要素にしているという他事考慮を含んでおり、恣意的な評価であり、社会通念上著しく妥当性を欠き、違法又は不当である。」

という点にあります。

 この事件の中で、裁判所は、取消請求の対象となった棄却判定が次のようなものであったと認定しています。

(裁判所の認定事実)

「人事委員会は、本件評価は違法又は不当なものとは認められない旨判断し、令和5年3月29日付けで、本件措置要求を棄却する旨の本件判定をした・・・。」

本件判定において示された理由の要旨は、次のとおりである・・・。

被告において、人事評価は給与及び賞与の支給額決定の根拠となるから、その限りにおいて措置要求の対象となる。人事評価は、任命権者が自らの責任と判断に基づいて決定すべき管理運営事項であり、事実関係をどのように把握し、また事実関係のどの部分に重点をおいて評価するかについては、任命権者に広範な裁量が認められる。

「したがって、人事委員会が人事評価の結果の妥当性を考慮するに当たっては、恣意的な評価が行われたなどにより、社会通念上著しく妥当性を欠き、任命権者の裁量権の逸脱、濫用が認められ、当該人事評価が違法又は不当であると評価される場合を除き、任命権者の判断が尊重されるべきである。」

「懇親会の不参加を理由に違法な人事評価が行われたかどうかについては、第1次評価者との面談記録(音声データ)で評価要素にしていると捉えられる発言があったものの、任命権者は、苦情相談を受け、懇親会への不参加は評価に入っていないことを確認するとともに、第2次評価者において第1次評価者へ評価の観点を確認し、協調性の評価点『3』との評価が適切であると判断しており、この判断が変わるような事象は確認できなかったことから、日ごろの業務取組内容に基づき協調性の評価の観点に照らして、総合的に勘案した評価結果に変更はないと判断したものであるといえるため、任命権者における裁量権の逸脱濫用は認められない。」

「本件評価に係る双方からの意見書の内容等を総合的に考慮すると、要求者に対する評価については、評価者が定められた手続や基準に則らない恣意的な評価を行ったことは窺えず、社会通念上著しく妥当性を欠くものとは言えないことから、任命権者が裁量権を逸脱、濫用して行ったものとは認められない。」

3.人事評価は措置要求の対象になる?

 この訴訟の中で管理運営事項か否かが争われているわけではありませんが、先行する判定において、

「被告において、人事評価は給与及び賞与の支給額決定の根拠となるから、その限りにおいて措置要求の対象となる。人事評価は、任命権者が自らの責任と判断に基づいて決定すべき管理運営事項であり、事実関係をどのように把握し、また事実関係のどの部分に重点をおいて評価するかについては、任命権者に広範な裁量が認められる。」

との理屈のもと、人事評価は措置要求の対象になると判断されたようです。

 管理運営事項でありながら措置要求の対象となるといったロジックに不分明なところはありますが、措置要求の対象事項にどのようなものが含まれるのかを知るうえで、裁判所の判示事項は参考になります(なお、取消請求は裁判所でも棄却されています)。

 

任期付き公務員の募集情報-「課長補佐・係長クラス」が誤記として片付けられた例

1.任期付き公務員(国家公務員の場合)

 人事院規則8-12(職員の任免)42条1項は、

任命権者は、臨時的任用及び併任の場合を除き、恒常的に置く必要がある官職に充てるべき常勤の職員を任期を定めて任命してはならない。

と規定しています。

 要するに、国家公務員は、任期(期間)の定めなく任用されるのが原則です。

 しかし、一定の場合には、例外が認められています。

 例えば、一般職の任期付職員の採用及び給与の特例に関する法律3条1項は、

任命権者は、高度の専門的な知識経験又は優れた識見を有する者をその者が有する当該高度の専門的な知識経験又は優れた識見を一定の期間活用して遂行することが特に必要とされる業務に従事させる場合には、人事院の承認を得て、選考により、任期を定めて職員を採用することができる。

と規定しています。近時、弁護士が任期付き公務員で官公庁に入ることが一般化していますが、その多くは、この規定に基づいているものだと思います。

 また、国家公務員の育児休業等に関する法律7条1項は、

「任命権者は、第三条第二項又は第四条第一項の規定による請求があった場合において、当該請求に係る期間(以下この項及び第三項において『請求期間』という。)について職員の配置換えその他の方法によって当該請求をした職員の業務を処理することが困難であると認めるときは、当該業務を処理するため、次の各号に掲げる任用のいずれかを行うものとする。この場合において、第二号に掲げる任用は、請求期間について一年(第四条第一項の規定による請求があった場合には、当該請求による延長前の育児休業の期間の初日から当該請求に係る期間の末日までの期間を通じて一年)を超えて行うことができない。

一 請求期間を任期の限度として行う任期を定めた採用

二 請求期間を任期の限度として行う臨時的任用」

と規定しています。これは、育児休業の代替職員を任期付きで賄うものです。

 このように幾つかの例外が設けられ、近時では任期付き公務員として働いている人が増えています。

 こうした状況の中、近時公刊された判例集に、この任期付き公務員の募集に当たっての表示が「誤記であったと理解するよりほかない」で片づけられた裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、横浜地判令4.9.7労働判例1316-61 国(外務省職員・俸給等請求)事件です。

2.国(外務省職員・俸給等請求)事件

 本件で原告になったのは、外務省の任期付き公務員(外務事務官)であった方です。

6級37号俸に俸給格付けされるべきであるのに2級50号俸に格付けされたのはおかしい、

超過勤務時間のうち一部にしか超過勤務手当の支払を受けていない、

などと主張し、国を相手取って、差額の給与等の支払を求める訴えを提起したのが本件です。

 本日、焦点を当ててみたいのは、俸給格付けの誤りを理由とする差額給与の支払いについての請求です。

 原告の方が、格付けがおかしいと主張したのは、募集役職名が「外務事務官(課長補佐・係長クラス)」と表示されていたからです。

 本件の原告は弁護士資格を有しており、日弁連のサイトに掲載された求人情報を見て外務省の募集に応募しました。格付けがおかしいという主張の論旨は、

日弁連のサイトには募集役職名が「外務事務官(課長補佐・係長クラス)」と書かれていた、

人事院規則9-18(初任給、昇格、昇給等の基準)の「別表第一 標準職務表(第三条関係)」によると、課長補佐・係長クラスの職務の級は3級ないし6級に相当する、

そのうえで諸々の基準をあてはめると、自分は6級に相当する、

それなのに、自分を2級に格付けして任用したのは違法ではないのか、

というものです。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告の主張を排斥しました。

(裁判所の判断)

「原告は、採用に際して6級37号俸に格付けされた旨主張するので、給与法及び人事院規則に定める基準に従うと6級37号俸に格付ける効果が法律上当然に発生したといえるかについて検討する。」

「原告の上記主張は、本件◇◇サイトに掲載した本件求人情報に募集役職名が「外務事務官(課長補佐・係長クラス)」と記載されていたことから、外務省は、募集に係る官職の職務の級について、課長補佐又は係長の範囲内で、資格、経験による加算をした職務の級とすると決定した上で、本件求人情報に係る募集をし、原告の資格、経験を当てはめると、課長補佐又は係長の範囲内で6級(課長補佐)となるところ、原告を6級の能力、適性を有する者と認めて選考採用したことを前提とするものである。」

「しかし、人事異動通知書・・・の記載内容に加え、①本件求人情報には、任期付公務員(育児休業法に規定する任期付採用職員)の募集であることが記載されていたこと・・・、②平成29年3月当時、外務省のウェブサイトに掲載された求人情報においても、育児休業法に規定する任期付採用職員としての採用であることが記載されていたこと・・・、③原告が、採用内定に伴い外務大臣宛てに提出した『採用承諾書』には、育児休業法に基づく任期付採用であり、採用官職は『欧州局政策課(所属課)外務事務官(官職)』であることが明示されていたこと・・・、④平成29年11月頃、原告が外務省人事課給与班の担当者に対して、採用時に2級50号俸と格付けされた理由を尋ねる内容の電子メールを送信したところ、同担当者は、給与法に則り、府省ごとに定められた級別定数の範囲内で2級の格付けとなった旨及び平成29年度に採用される育休代替任期付職員については、全員2級の格付けとなっていること等を回答したこと・・・が認められ、これらの事実に照らせば、外務省は、育児休業法7条1項に基づく育休代替任期付職員の募集をしたものと認められるところ、外務省においては、平成29年度以降、3級の定数の不足が懸念されたため、育休代替任期付職員の職務の級の上限を2級として採用を行っていたというのであるから・・・、募集に係る官職の職務の級について2級を上限とする方針であったものと認められる。」

「そうすると、外務省が、募集に係る官職の職務の級について、課長補佐又は係長の範囲内で、資格、経験による加算をした職務の級とすると決定した上で本件求人情報に係る募集をしたものということはできず、したがって、原告を6級の能力、適性を有する者と認めて選考採用したものということもできない。結局、本件求人情報において、募集役職名欄に『(課長補佐・係長クラス)』と付記された部分は、誤記であったと理解するほかない。そして、本件求人情報に上記誤記があったからといって、当該誤記のとおりに職務の級が決定されるということもできない(なお、本件求人情報に誤記があり、誤った求人情報による募集を行ったことについては、別途、原告が国賠法に基づく損害賠償請求権を有するか否かを判断する上で検討されるべき事情である。)。

「その他、本件において、外務省が募集に係る官職の職務の級について、課長補佐又は係長の範囲内で、資格、経験による加算をした職務の級とすると決定していたこと及び原告を6級の能力、適性を有する者と認めて選考採用したことを認めるに足りる証拠はないから、採用に際して6級37号俸に格付けされた旨の原告の主張は、その前提となる事実が認められず、理由がない。

3.誤記で片付けていいのか?

 民間でも、求人情報(求人票)と実際の労働条件が違うという問題があります。

 これについては、

「求人ないし募集は申込みの誘因にすぎず、契約申込みではないから、労働契約締結の際に示された賃金額が、求人ないし募集のときの見込み額より低い場合に、直ちに見込み額どおりの労働契約が成立するわけではない」(佐々木宗啓ほか編著『労働関係訴訟の実務Ⅰ』〔青林書院、改訂版、令3〕30頁参照)

といったように、求人票の記載が優先するわけではないというのが一般的な理解になります。裁判所の判断は、これに類似するもので、

誤記は誤記であって、誤記があったからといって、勤務条件が誤記のとおりになるわけではない、

という考え方です。

 しかし、高度な職務能力を有するポストについて専門職(弁護士)を募集する場面において、好待遇を「誤記であったと理解するよりほかない」で片づけて良いのかは、疑問に思います。裁判所は、国家賠償請求の可能性を示唆しつつ、本件では、

本件求人情報において、募集役職名欄に『(課長補佐・係長クラス)』と付記された部分は、誤記であったと理解するほかないから、外務省は、募集に際し、上記誤記部分に係る誤りを含む求人情報を提供したことになり、原告は、誤りを含む本件求人情報を見て、応募したということになる。

しかし、前提事実・・・のとおり、原告の選考採用の過程において、①外務省は、原告から『私の場合、給与は実際にどの程度になるのでしょうか。』と問い合わせるメールを受けたため、平成29年4月4日、原告に対し、『人事課より試算がでました。年収480万円ぐらいということでした。まだ証明書がそろっていないので正式な数字ではないこと(職歴が常勤非常勤の別で変化する)、今年に限っては4月下旬からの採用なので夏の賞与が全額ではないこと、証明書がそろったら正式な格付けをするので試算から上下すること』などを記載した本件メールを送信し・・・、②これを受けて、原告は、平成29年4月4日、外務省欧州局の採用担当職員に対し、給与面について了解した上で採用を希望する旨を記載した電子メールを送信している・・・。原告が、上記のとおり誤りを含む本件求人情報を見て、応募したとはいえ、応募後に、原告と外務省の担当者との間で給与に関して上記のとおり具体的なやりとりがされており、原告は、その内容をも踏まえて採用を希望し、採用されるに至ったものであることに照らせば、誤りを含む求人情報を提供したことを捉えて、これが国賠法1条1項の適用上の違法を構成するとまでいうことはできないというべきである。

と述べ、国家賠償請求も棄却しています。

 募集情報通りの勤務条件も認めない、国家賠償請求も認めないというのでは、あまりに原告が浮かばれないように思います。

 勤務条件法定主義との関係で募集情報通りの勤務条件を認めにくいのであれば、せめて慰謝料請求くらいは認められても良かったように思います。

 

国家公務員の残業代請求事件-超勤命令簿による上司の命令・押印がないとの主張が排斥された例

1.国家公務員の残業代

 国家公務員であっても、正規の勤務時間を超えて勤務した場合、残業代(超過勤務手当)が発生します。

 条文の建付けとして読みにくくはあるのですが、例えば、一般職の職員の給与に関する法律16条1項は、

正規の勤務時間を超えて勤務することを命ぜられた職員には、正規の勤務時間を超えて勤務した全時間に対して、勤務一時間につき、第十九条に規定する勤務一時間当たりの給与額に正規の勤務時間を超えてした次に掲げる勤務の区分に応じてそれぞれ百分の百二十五から百分の百五十までの範囲内で人事院規則で定める割合(その勤務が午後十時から翌日の午前五時までの間である場合には、その割合に百分の二十五を加算した割合)を乗じて得た額を超過勤務手当として支給する

一 正規の勤務時間が割り振られた日(次条の規定により正規の勤務時間中に勤務した職員に休日給が支給されることとなる日を除く。次項において同じ。)における勤務

二 前号に掲げる勤務以外の勤務」

と規定し、これを受けた人事院規則九―九七(超過勤務手当)2条は、

「給与法第十六条第一項の人事院規則で定める割合は、次の各号に掲げる勤務の区分に応じ、当該各号に定める割合とする。

一 給与法第十六条第一項第一号に掲げる勤務百分の百二十五

二 給与法第十六条第一項第二号に掲げる勤務百分の百三十五」

と規定しています。

 民間風に平たく言うと、

勤務日の時間外勤務には125%割増賃金が

休日の時間魏勤務には135%の割増賃金が

発生するという意味です。

 ここでしばしば問題になるのは「命ぜられた」の解釈です。

 公務員の場合、超過勤務手当の原資が予算措置によって画されています。超過勤務手当(残業代)の原資がなくなっても、民間のように金融機関から借りるといった措置を気軽にとれるわけではありません。

 こうしたことから、官公庁や地方自治体では、しばしば組織的な超過勤務の過少申告が生じがちです。この過少申告を強いられていた職員が、何らかの理由によって超過勤務手当を請求すると、国や地方公共団体からは「(仕事をしていたのかどうかは知らないが、超過勤務など)命じていない。」という反論が寄せられます。

 それでは、こうした反論は、有効打になり得るのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。横浜地判令4.9.7労働判例1316-61 国(外務省職員・俸給等請求)事件です。

2.国(外務省職員・俸給等請求)事件

 本件で原告になったのは、外務省の任期付き公務員(外務事務官)であった方です。

6級37号俸に俸給格付けされるべきであるのに2級50号俸に格付けされたのはおかしい、

超過勤務時間のうち一部にしか超過勤務手当の支払を受けていない、

などと主張し、国を相手取って、差額の給与等の支払を求める訴えを提起したのが本件です。

 本日、焦点を当ててみたいのは、超過勤務手当の支払請求の部分です。

 原告の請求に対し、被告国側は次のように主張しました。

(被告の主張)

原告が、超過勤務をしたと主張する時間帯に外務省に在庁していたこと及び原告が、外務省に当庁した際に午前9時30分までにアジア欧州協力室の執務室に入室していたことは認める。

「超過勤務手当は、給与法16条1項に『正規の勤務時間を超えて勤務することを命ぜられた職員には、正規の勤務時間を超えて勤務した全時間に対して、(中略)超過勤務手当として支給する。』と規定されているように、上司等から超過勤務を命じられた上で超過勤務をしたことが前提となる。外務省には、超勤調べが存在するものの、これは、当該職員の自己申告として、上司等の命令なくして、自ら入力した結果が記載されているものにすぎない。外務省では、超過勤務時間等所要の事項を記載し、当該職員の上司等の押印がされた超勤命令簿に基づいて正規の勤務時間を超えて勤務することを命じたものとする運用をしており、給与法16条1項の『正規の勤務時間を超えて勤務することを命ぜられた』に係る認定も上記超勤命令簿によることとして、職員に対する超過勤務手当の支給を行っている。

「したがって、原告の超過勤務手当についても、超勤調べに記載された超過勤務時間数ではなく、超勤命令簿に記載された超過勤務時間数に基づいて算定されるべきである。原告に係る超勤命令簿に記載された超過勤務時間数は、原告の給与明細に記載された超過勤務時間数(別紙「被告既払額」3に記載の各月の時間数)と一致する。」

 要するに、

原告が執務室にいたのは認める、

しかし、勤務命令簿に記載されている限度でしか命令していない、

よって、勤務命令簿に記載されていない部分の残業に対する超過勤務手当は払わない、

ということです。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、国に対し、超過勤務手当の支払を命じました。

(裁判所の判断)

「原告は、アジア欧州協力室に在職中、超勤調べ記載のとおり超過勤務を行った旨主張する。」

「この点、原告が登庁日において午前9時30分までにアジア欧州協力室の執務室に入室していたこと及び原告が超過勤務をしたと主張する時間について同人が外務省に在庁していたことについては当事者間に争いがない。そして、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、

①超勤調べのファイルは、外務省欧州局のクローズドLAN上のアジア欧州協力室の共有フォルダに保存されており、同室に所属する職員は、超過勤務を行うごとに、上記ファイルにアクセスし、終業時間及び超勤時間を記入し、平成29年6月23日以降に用いられていた『Ver.4』のシート・・・では、『超勤理由』も記入することになっていたこと、

②原告のみならず、同室の他の職員(勤務時間管理員を含む。)も、実際に超勤調べに就業時間及び超勤時間等を記入していたこと、

③別紙『超過勤務時間調べと超過勤務等命令簿の対比』のとおり、超勤命令簿に記載された超過勤務日は、超勤調べに記載された超過勤務日の一部であり、その一部については終業時間及び超勤時間もおおむね一致していること、

④超勤調べに記載があるのに超勤命令簿に記載のない日についても、別紙『超過勤務時間調べと超過勤務等命令簿の対比』に『※』を付した日については、超過勤務を行っていたとする時間に原告が職務に関連する電子メール・・・を送信していたこと、⑤原告が外務省欧州局において使用していたパソコンのログオン・ログアウト記録・・・におけるログアウト時間と超勤調べにおける終業時間とは、おおむね近接していること、⑥アジア欧州協力室では、昼の休憩時間について、当番制で電話番を行っており、当番に当たった者が休憩時間を前後にずらして取得することは行われていなかったこと・・・が認められる。」

「上記事実によれば、原告は、別紙『超過勤務時間調べと超過勤務等命令簿の対比』の『超過勤務時間調べ』欄記載のとおり、各日に自己の担当する職務を行い、超過勤務を行ったものと認められる。なお、被告は、原告が上記時間に外務省に在庁しながら職務外のことを行っていたなどの事情については、何らの指摘もしておらず、本件において、このような事情をうかがわせるに足る証拠もない。」

「次に、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、

①原告には、法務に関する条約交渉分野の業務を中心としつつ、国会関連事務等の業務が主として割り当てられていたこと、

②これらの業務は、時差のある地域との連絡調整、他省庁との連絡調整、省内関係部署との連絡調整、国会対応等を含み、その性質上、正規の勤務時間内に完了することができずに超過勤務が生じることが想定されるものであったこと、

③原告は、超勤調べに記載があるのに、超勤命令簿に記載のない日についても、別紙『超過勤務時間調べと超過勤務等命令簿の対比』に『※』を付した日において、超過勤務を行っていたとする時間に職務に関連する電子メール・・・を送信しており、これらの電子メールの多くは、その送信時に上司らに対しても参考送信されていたこと、

④超勤調べのファイルは、外務省欧州局のクローズドLAN上のアジア欧州協力室の共有フォルダに保存されており、原告の上司らや勤務時間管理員において、随時これを確認することができたことが認められる。」

上記事実に照らせば、原告の上司らは、原告の超過勤務の状況を認識していたか、あるいは、認識し得る状況にあったと認められるところ、原告の上司らにおいて、原告に対し、超過勤務を行うことを制限したり、あるいは、超過勤務を発生させている状況を注意したりしたなどの事情は一切うかがわれない。

そうすると、原告の上記・・・の超過勤務は、アジア欧州協力室長(なお、『超過勤務等命令簿』・・・の『課長、室長等の印』欄には、アジア欧州協力室のB室長の押印がされている。)の明示又は黙示の指示によるものと認められるというべきである。

したがって、上記・・・の超過勤務時間は、正規の勤務時間を超えて勤務することを命ぜられて勤務した時間(給与法16条1項)に該当するものと認められる。

なお、被告は、外務省では、超過勤務時間等所要の事項を記載し、当該職員の上司等の押印がされた超勤命令簿に基づいて正規の勤務時間を超えて勤務することを命じたものとする運用をしていた旨主張するが、超勤命令簿における超過勤務時間の認定が、どのような資料に基づき、どのように行われていたのかについて、何らの説明も行わないことに加え、仮に外務省において上記運用をしていたとしても、前記・・・及び上記で認定したところによれば、超勤命令簿の記載が職員の超勤時間を的確に反映したものであったとはいえないから、これにより、給与法16条1項の規定する『正規の勤務時間を超えて勤務することを命ぜられて勤務した時間』に該当するか否かが、職員の超過勤務の実情に照らして適法に区分されていたと認めることはできない。

「以上によれば、原告は、被告に対し、給与法16条1項に基づき、別紙『超過勤務時間調べと超過勤務等命令簿の対比』の『超過勤務時間調べ』欄記載の時間について、超過勤務手当請求権を有する。

3.民間と並行的に考えられた

 民間の許可残業制の運用について、佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務』〔青林書院、改訂版、令3〕は151頁で次のように述べています。

「実質的に残業を解消する措置を伴うことなく、残業が行われる状況が改善されていないままに残業を禁止する指示・命令をしただけでは、時間外割増賃金の支払を回避するための仮装の指示・命令と評価されることになり、労働時間性は否定されないことになろう」

 簡単に言えば、残業していると知っていながら放置していた場合、「命令していない」「指示していない」などと言って残業代の支払を免れることは許されない、

という意味です。

 公務員の場合にも、これと似たような判断が示されるのかが注目されるところでしたが、裁判所は、概ね民間の残業代請求と似たような判断をしているように思われます。

 冒頭でお伝えしたとおり、予算上の限界のある国や地方公共団体は、組織的なサービス残業の温床になっている例が散見されます。しかし、法律や条例に基づいて請求権は発生しています。気になる方は、一度、弁護士のもとに相談に行ってみても良いのではないかと思います。もちろん、当事務所にご相談頂いても構いません。

 

黙示の労働契約の成立が認められた例

1.労働者派遣等と黙示の労働契約

 最二小判平21.12.18労働判例997-5 パナソニックプラズマディスプレイ(パスコ)事件は、黙示の労働契約の成否について、次のとおり判示しています。

上告人はパスコによる被上告人の採用に関与していたとは認められないというのであり,被上告人がパスコから支給を受けていた給与等の額を上告人が事実上決定していたといえるような事情もうかがわれず,かえって,パスコは,被上告人に本件工場のデバイス部門から他の部門に移るよう打診するなど,配置を含む被上告人の具体的な就業態様を一定の限度で決定し得る地位にあったものと認められるのであって,前記事実関係等に現れたその他の事情を総合しても,平成17年7月20日までの間に上告人と被上告人との間において雇用契約関係が黙示的に成立していたものと評価することはできない。

 パスコは上告人から業務委託を受けていた会社です。被上告人はパスコと雇用契約を交わしたうえ、上告人の工場で働いていました。こうした働き方については「労働者派遣法の規定に違反していたといわざるを得ない」と判示されていますが、最高裁は、労派遣法違反の問題とは区別したうえで、

採用に関与していたとは認められない、

パスコから支給を受けていた給与等の額を事実上決定していたといえる事情もない、

などとして、と派遣先(上告人)と派遣労働者(被上告人)との黙示の労働契約の成立を否定しました。

 こうした最高裁判例の存在からも分かるとおり、黙示の労働契約の成立が認められることは、それほど多くはありません。違法派遣の場合でも、派遣先は、派遣元が連れてきた労働者を受け入れて働かせるだけで、派遣元が集めている労働者の採用に関与したり、給与の額を事実上決定したりしていることは稀だからです。

 しかし、近時公刊された判例集に、黙示の労働契約の成立が認められた裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、大阪地判令5.4.12労働判例1316-46 国・労働保険審査会ほか(共立サポート)事件です。

2.国・労働保険審査会ほか(共立サポート)事件

 本件で原告になったのは、軽貨物自動車運送事業等を目的とする特例有限会社です。

 原告の指示を受けながら倉庫作業に従事していた方が、雇用保険、厚生年金保険、健康保険の被保険者資格の確認請求を行ったところ、行政不服申立の段階で、被保険者資格を認める趣旨の決定を受けました。被保険者資格の確認というのは、大雑把に言えば、労働者として労働保険や社会保険への加入を認めるということです。

 これに対し、原告は、当該倉庫従事者は被保険者(労働者)ではないと主張し、行政処分の取消を求める訴えを提起しました。なお、この倉庫従事者の方は、行政側の補助参加人として裁判に参加しています。

 本件では、当初、

新開社が自らを荷主とする配送業務を原告に請け負わせる、

原告は、これを「わいわい社」(軽貨物運送事業を営む株式会社)に請け負わせる、

わいわい社は、原告から請け負った配送業務の一部(本件配送作業)を補助参加人に請け負わせる、

というスキームが採られていました。

 その後、補助参加人の方は、原告から勧誘を受け、新開社〇センター✕倉庫(本件倉庫)における内勤業務にも従事することになりました(本件倉庫作業)。

 本件では、この本件倉庫作業での働き方との関係で、

労働者に該当するのではないか、

労働者に該当するとして、原告は使用者といえるのか、

が問題となりました。

 裁判所は、原告から業務遂行上の指揮監督を受けていたことなどを認めたうえ、補助参加人の労働者性を認めました。

 そのうえで、次のとおり述べて、原告と補助参加人との間には黙示の労働契約が成立しているとし、原告の使用者性を認めました。

(裁判所の判断)

「H(わいわい社の代表取締役 括弧内筆者)は、当初、補助参加人が本件倉庫作業をしていたことを認識しておらず、平成25年2月中旬頃、同年1月分の補助参加人に係る請求明細書を見て原告代表者に問い合わせて初めてそのことを知り・・・、補助参加人は、本件倉庫作業の業務内容及び方法等につき、Dのほか、Jらから指導を受け、その作業時間を新開社が設置したタイムカードによって管理されるなど、新開社又は原告から指揮監督を受けて本件倉庫作業に従事しており・・・、わいわい社が補助参加人の業務内容を決めたり、補助参加人に対して業務上の指示をしたことはうかがわれない・・・。そして、わいわい社は補助参加人に対して本件倉庫作業の報酬を支払っているが、その報酬額は、原告が補助参加人の業務に従事した時間に時給を乗じて算定した金額からわいわい社が1時間当たり100円を手数料として控除したものである・・・。

「これらの事情からすると、わいわい社が補助参加人に対して本件倉庫作業に係る指示をし、本件倉庫作業に係る対価を支払っていたものということはできないから、わいわい社と補助参加人との間に雇用契約が成立したと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。」

「そして、原告は、新開社から本件倉庫に係る業務を一括して請け負い、新開社からの依頼を受け、本件倉庫に係る配送業務に従事する人員を確保するべくこれを募集しているほか、本件倉庫作業に従事する人手が不足しているとして、本件倉庫作業に従事する人員として補助参加人を勧誘しており・・・、新開社が設置したタイムカードにより補助参加人が本件倉庫作業に従事した時間を把握するとともに、これを基に補助参加人の本件倉庫作業に係る報酬を算定していた・・・。そして、補助参加人に対して本件倉庫作業の業務内容及び方法等を指導したのは、原告の下請であるDであり、Dの指導により補助参加人は適切に本件倉庫作業を行うことができるようになっている・・・。さらに、本件倉庫作業に係る補助参加人の報酬は、原告がわいわい社に支払う報酬からわいわい社が一定の手数料を控除したものであり、原告は、わいわい社との間で予め合意することなく、本件倉庫作業につき時給1000円で計算した金額をわいわい社に対して支払い、補助参加人から本件倉庫作業に係る報酬額が低すぎるとの苦情を受けた際も時給1100円を提示するなど・・・、原告が補助参加人に対して支払われる報酬額を事実上決定していたということができる。

「上記のような補助参加人の採用に至る経緯、補助参加人に対する指導等の状況や報酬の決定方法等に照らすと、原告と補助参加人との間で本件倉庫作業に係る雇用契約が成立し、原告が補助参加人の使用者であったと認めるのが相当である。」

3.採用への関与、報酬の決定の立証が認められた

 上述したとおり、パナソニックプラズマディスプレイ(パスコ)事件の最高裁判決は、

採用への関与

(派遣元ポジションの会社から支払われる)給与等の額の決定、

を黙示の労働契約が認められるための要素として指摘しました。

 かなり高いハードルであり、これらが充足される事件は、決して多くはないと思います。実際、黙示の労働契約の成立に関しては、水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、第3版、令5〕90頁以下でも紹介されているのですが、肯定例は、パナソニックプラズマディスプレイ(パスコ)事件以前の古いものが殆どを占めています。

 本件では黙示の労働契約の成立が認められた稀有な事案、しかも近時の事案として、実務上参考になります。

 

労働者性を判断するための考慮要素「時間的拘束性」-報酬計算目的/代金計算目的は業務時間管理目的と併存し得るとされた例

1.労働者性の判断基準

 労働基準法を始めとする労働関係法令の適用の可否は、ある働き方をしている人が「労働者」に該当するのか否かによって判断されます。そのため、ある人が「労働者」か否かという問題は、実務上、極めて重要なテーマとなています。

 ある人が「労働者」か否かを判断するにあたっては、昭和60年12月19日に厚生労働省の労働基準法研究会報告「労働基準法の『労働者』の判断基準について」という文書が影響力を持っています。行政実務でも裁判実務でも、労働者性が認められるのか否かは、ここに書かれている基準に沿って判断されています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000xgbw-att/2r9852000000xgi8.pdf

 研究報告によると、労働者性の有無は、雇用契約、請負契約といった形式的な契約契約のいかんに関わらず、実質的な使用従属性が認められるのか否かによって判断されます。

 この「使用従属性」という概念を構成する重要な要素の一つに、

「拘束性の有無」

があります。

 この考慮要素について、労働基準法研究会報告は、次のとおり記述しています。

「勤務場所及び勤務時間が指定され、管理されていることは、一般的には、指揮監督関係の基本的な要素である。しかしながら、業務の性質上(例えば、演奏)、安全を確保する必要上(例えば、建設)等から必然的に勤務場所及び勤務時間が指定される場合があり、当該指定が業務の性質等によるものか、業務の遂行を指揮命令する必要によるものかを見極める必要がある。」

 労働者性の有無が争われるようなケースでは、仕事をしている人が、働いている時間を計測されていることが結構あります。弁護士のタイムチャージもそうですが、稼働時間と報酬が紐づいている契約は、決して少なくありません。

 こうした場合に、働いている人の側に立って、

「時間的拘束を受けているではないか。」

と主張すると、必ずと言っていいほどの確率で、

「時間を計測しているのは報酬を計算するためであって、その時間拘束するという趣旨ではない。」

という反論が返ってきます。

 こうした反論に対して再反論を行うにあたり、参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判令5.4.12労働判例1316-46 国・労働保険審査会ほか(共立サポート)事件です。

2.国・労働保険審査会ほか(共立サポート)事件

 本件で原告になったのは、軽貨物自動車運送事業等を目的とする特例有限会社です。

 原告の指示を受けながら倉庫作業に従事していた方が、雇用保険、厚生年金保険、健康保険の被保険者資格の確認請求を行ったところ、行政不服申立の段階で、被保険者資格を認める趣旨の決定を受けました。

 これは「確認請求」という仕組みです。

 雇用保険を例にとると、労働者は、厚生労働大臣に対し、被保険者となったことや、被保険者でなくなったことの確認を請求することができます(雇用保険法8条、9条参照)。

 雇用保険法上の被保険者は

「この法律において『被保険者』とは、適用事業に雇用される労働者であつて、第六条各号に掲げる者以外のものをいう。」(雇用保険法4条1項)。

と定義されています。つまり、被保険者資格を有していることは、労働者であることと同義です。

 確認請求は、本当は労働者であるのに、業務受託者や請負人扱いされ、使用者が雇用保険への加入手続をとってくれない場合などで用いられる手続です。

 この確認請求の仕組みは、雇用保険だけではなく、健康保険(健康保険法51条)や厚生年金保険(厚生年金保険法31条)にも存在しています。本件の原告はこの三つの確認請求を行い、被保険者資格が認められたということです。

 しかし、被保険者資格が認められてしまうと、原告としては、倉庫従事者の方を労働者として社会保険や労働保険に加入させなければならなくなります。これを不服に思った原告が、被保険者資格を認めた処分行政庁の判断はおかしいとして、その取消を求める訴えを提起したのが本件です。

 社会保険や労働保険の被保険者は労働者と同様に理解されているため、本件では倉庫業務従事者の方(処分行政庁側に補助参加人として参加しています)の労働者性が問題になりました。

 ここで出てきたのが、冒頭に出てきた時間的拘束性の話です。

 本件の原告は、

「原告は、補助参加人の業務時間や休憩、休日、タイムカードの時間的管理には関与しておらず、業務時間中に補助参加人を本件倉庫に場所的に拘束したことはない。原告が補助参加人に対してタイムカードの打刻を求めたのは、請負代金の計算のためであり、補助参加人の業務時間を管理するためではない。」

と主張し、時間的拘束性の存在を争いました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、時間的拘束性を認めました。結論としても、倉庫従事者の方(補助参加人)の労働者性を認めています。

(裁判所の判断)

「本件倉庫作業に係る補助参加人の作業時間は、午後8時から翌日午前8時までであり、補助参加人は、本件倉庫にいたA社のJからその旨の説明を受けた。本件倉庫における日中の作業は、A社の従業員5名が担当しており、補助参加人は、午後8時に本件倉庫に出勤して、A社の従業員らから口頭、書面、電話等により引継ぎを受け、翌日午前8時に再びA社の従業員らに引き継ぐまでの間、本件倉庫作業に従事し、Dが本件倉庫作業を辞めてからは補助参加人一人で本件倉庫作業に従事した。」

「補助参加人の作業時間の管理は、原告の指示によりA社が設置したタイムカードを打刻する方法によってされており、原告代表者は、補助参加人に対してタイムカードを打刻するように指示した。補助参加人は、本件倉庫に設置されたタイムカードに打刻をし、原告は、月1回、本件倉庫に赴いてタイムカードを回収し、これを保管していた。なお、タイムカードの印字に誤りがある場合、Jが修正していた。原告は、本件倉庫作業中、本件倉庫から離れることを明示的に禁じられていたわけではなかったものの、元請物流会社のコールセンターからいつ電話が掛かってくるか不明であったことや15分ルールが存在していたことなどから、賃金計算上は1時間の休憩があるとされていたが、本件倉庫を離れることはできなかった。」

「Hは、補助参加人の作業内容や作業時間等について把握しておらず、原告代表者から補助参加人の作業内容や作業時間等を聞かされ、初めてこれらを把握した。」

「なお、補助参加人は、本件倉庫作業を始めて以降も、本件倉庫作業を終えて自宅に戻る途中に荷物を降ろすことのできる場所がある場合には、原告従業員の指示を受けて本件配送作業に従事していたが、その件数は、1日1件程度、たまに1日2~3件程度であり、午前中には自宅に戻り、昼頃までに就寝した後、夕食を済ませて午後8時頃に再び本件倉庫に出勤するという生活を送っていた。また、補助参加人は、本件倉庫作業を始めて以降、休日がなかったことから、Jに対し、休日がないので倒れてしまうなどと話したことがあったが、Jからはそのうち何とかするという趣旨の返事があるのみで、何も対応がされなかった。」

(中略)

「補助参加人は、A社の従業員から、本件倉庫作業の作業時間が午後8時から翌日午前8時までである旨の説明を受けていたところ、元請物流会社の注文書やコールセンターからの電話を受けて即時に対応するという本件倉庫作業の性質上、かかる時間帯に本件倉庫作業に従事する者がいなければ、本件倉庫作業に支障が生じることが明らかであること、補助参加人の作業時間は、原告が指示をしてA社が設置したタイムカードを打刻する方法により管理されており、タイムカードの印字に誤りがある場合には修正されていたことが認められる。このような本件倉庫作業の性質や補助参加人の作業時間の管理方法等に照らせば、本件倉庫作業につき、補助参加人が作業時間に関する拘束を受けていたということができる。」

なお、原告は、原告が補助参加人に対してタイムカードの打刻を求めたのは、請負代金の計算のためであり、補助参加人の業務時間を管理するためではないと主張し、これに沿う証拠(甲13・14頁)もあるが、原告が補助参加人に対してタイムカードの打刻を求めたことについて、請負代金を計算する目的が含まれていたとしても、補助参加人の業務時間を管理する目的があったことは併存するから、採用することができない。

3.目的の併存が認められた

 報酬計算目的と業務時間管理目的の併存が認められたことが注目に値すると言うと、随分と細かいことを気にするのだなという印象を持たれる方がいるかも知れません。

 しかし、これは労働者性を争う事件を日常的に扱っている弁護士にとっては、決して細かな論点ではありません。冒頭で述べたとおり、時間と報酬が結びついている疑似労働者の労働者性を主張しようとした時、必ず使用者側から寄せられる反論に対するカウンターになるからです。目的が併存するのであれば、報酬計算目的だったという主張は、殆ど意味をなさないことになります。報酬計算目的が認められたところで、業務時間管理目的がなかったことにはならないからです。

 本件は単なる行政事件の裁判例にも見えますが、報酬と時間とが結びついているタイプの業務受託者、受任者、請負人の労働者性を主張して行くにあたり活用できる画期的な判断を含んでいます。

 

診断名が違っていたことから適切な治療を受けていなかったとして、症状固定には至っていないとされた例

1.症状固定

 治療をしても医療効果がそれ以上期待しえない状態を「症状固定」といいます。

 例えば、腕を切断した場合に、幾ら治療を継続したところで、腕が生えてくるわけではないことを想像していただくとイメージしやすいのではないかと思います。

 この「症状固定」は、損害賠償や損失補償の場面で、しばしば登場する概念です。

 例えば、労災に関していうと、療養補償給付が支給されるのは症状固定までで、あとは障害補償給付の守備範囲になるといったようにです。

 この「症状固定」との関係で、近時公刊された判例集に興味深い判断が示された裁判例が掲載されていました。東京高判令6.1.31労働判例1316-22 国・土浦労基署長事件です。何が興味深いのかというと、精神疾患の症状固定時期について、正しい診断名のもと適切な治療を受けていなかったとして、症状固定時期の認定が誤っているとされた点です。

2.国・土浦労基署長事件

 本件は労災の不支給決定に対する取消訴訟です。

 原告(控訴人)になったのは、不動産会社での業務に起因して軽症うつ病エピソードを発病したとして労働者災害補償保険法に基づく給付を受けていた方です。

 平成31年3月31日時点で症状が固定したとして、同年4月1日以降の休業補償給付の不支給処分をされたことを受け、症状はまだ固定していないと主張し、処分の取消を請求する訴えを提起しました。

 一審が請求を棄却したため、原告側が控訴したのが本件です。

 控訴審裁判所は、次のおとり述べて、原告の疾病はうつ病エピソードではなく双極性障害(双極Ⅱ型障害)であったとして、平成31年3月31日当時、症状は固定していなかったと判示しました。結論としても、一審判決を変更し、原告の請求を認容しています。

(裁判所の判断)

「労災保険法上の休業補償給付が支給されるには、業務上の疾病の療養のために労働することができないこと、つまり当該疾病が治癒(症状固定)に至っていないことを要するところ(労災保険法12条の8第1項2号、14条1項、労基法76条、77条)、この治癒(症状固定)とは、完治を意味するものではなく、その症状が安定し、疾病が固定した状態にあるものをいい、急性症状が消退し、慢性症状は持続していても、医学上一般に認められた治療を行ってもその効果が期待し得ない状態となった場合には、治癒(症状固定)したというべきである。」

(中略)

「J意見書やQ意見書がその判断の根拠とした上記出来事については、その多くが、前記認定事実に沿うものであり、また、控訴人に『マシンガントーク』がみられていたことや控訴人がプロサッカーチームの試合の観戦等へ行っていたことについては、J医師の診療録にも控訴人の供述として記載されており・・・、控訴人が提出した書証・・・によっても、控訴人が、平成28年から平成30年までの間、毎年複数回にわたりコンサート等に行っていたことが認められる。そして、その余の事実は、控訴人の陳述書・・・以外に裏付けはないが、H医師は、控訴人の疾患はうつ病であると考え、双極性障害の可能性を念頭に置いていなかったことが明らかであり・・・、これによれば、H医師は、控訴人から軽躁病エピソードに関する聴取を十分に行っていなかったとも考えられるのであるから、H医師の診療録に記載がないことは上記出来事の存在を疑わせるものとはいえない。一方、J医師は、令和元年9月の初診当初から、双極性障害の可能性を念頭に置きながら診察に当たっていたものであるが・・・、そもそも医師が患者の発言を全て逐語的に診療録に記録することは現実的ではなく、医師は、患者を直接診察し、言語化されていない情報も含めて患者に関する様々な情報を感得し、これを踏まえて患者が語るエピソードの信用性を吟味するものであり、J医師がこのようなプロセスを経ていないことを疑わせる事情も見当たらない。」

「また、Q医師は精神神経科を専門とする医師であり・・・、控訴人と特段の利害関係があることはうかがわれず、控訴人の主治医ではないものの、あらかじめ控訴人代理人から診療録、J意見書、Oら意見書、H医師の意見書・・・等の資料の提供を受けた上で控訴人を約60分にわたり診察していること・・・などに照らすと、Q医師も、控訴人から聴取した出来事について、その信用性を吟味し、信用できると考えられるもののみを判断材料に取り込んでいるものと推認される。」

「そうすると、J意見書及びQ意見書に記載された控訴人に関する出来事については、実際に控訴人が経験した事実であると認めるのが相当である。」

「したがって、J意見書及びQ意見書は、控訴人が実際に経験した出来事を基礎に、これをDSM-5又はICD-10DCRの各基準に当てはめて結論を導き出したものであって、その推論の過程にも不自然、不合理な点はないから、上記両意見書は信用できるというべきであって、平成31年3月31日当時の控訴人の精神疾患(本件疾病)は双極性障害(双極Ⅱ型障害)であったと認めるのが相当である。

「これに対し、被控訴人は、本件疾病は双極性障害ではなく軽症うつ病エピソードであったとして種々の主張をしているが、以下のとおり、いずれも採用することができない。」

「被控訴人は、令和元年9月まで控訴人の主治医を務めていたH医師は、控訴人について、『うつ病(うつ病エピソード)』と診断しているところ、Oら意見書も、控訴人に軽躁病エピソードが認められないことなどから、『軽症うつ病エピソード』との診断は適切であり、控訴人が双極性障害であったとは認められないとしているから、H医師の上記診断は妥当であると主張する。」

「しかし、上記・・・のとおり、控訴人には軽躁状態を示す出来事が認められていたのであるから、H医師の『うつ病』との診断は、上記出来事を十分に考慮したものとはいえないし、Oら意見書も、H医師の診療録に記載されていない出来事を判断の基礎から除外した結果、上記出来事を十分に考慮していないといわざるを得ない。また、後記・・・のとおり、控訴人は、令和元年9月以降、I病院に転院してJ医師の下で双極性障害の治療に用いられるラモトリギンの投与を受け、改善の効果が見られているところ、これを踏まえてH医師は、『患者の抑うつ症状は双極性障害の症状の一部だったと考えられる。』との令和4年7月26日付け意見書・・・を作成し、従前の診断を改めるに至っている・・・。」

「そうすると、平成31年3月31日当時に控訴人がうつ病を発症していたとのH医師の上記診断や、これを支持するOら意見書を採用することはできない。

(中略)

「平成31年3月31日当時の控訴人の精神疾患(本件疾病)は、うつ病(軽症うつ病エピソード)ではなく双極性障害であったと認められる。しかし、控訴人が同日までにH医師から受けていた治療は、抗うつ薬と抗不安薬を組み合わせるという、うつ病を前提としたものであったところ・・・、これは双極性障害に対する治療としては不適当なものであり、かえって病態を悪化させるおそれのあるものであったと認められる・・・。」

「一方、控訴人は、令和元年9月以降、I病院において、双極性障害を前提とした治療(ラモトリギンの投与、デイケア等)を受けたところ・・・、①主治医が労基署に提出する『非器質性精神障害の後遺障害の状態に関する意見書』中の『能力低下の状態』欄において、『できない』、『しばしば助言・援助が必要』と判定された項目が減少した・・・、②運転免許停止処分が解除され、運転免許の継続可能期間が延長された・・・、③デイケアプログラムに意欲的に取り組むようになり、参加回数、参加時間、参加中の作業の質のいずれにおいても改善効果が見られた・・・、④上記転院前は就労できない状態であったところ、上記転院後は就労移行支援を受けて訓練等給付費支給決定を受け支援プログラムを目的とする契約を締結し、一般就労を実現した・・・など、その病状は顕著に改善していることが認められる。」

「以上によれば、控訴人は、平成31年3月31日当時、双極性障害を前提とした適切な治療を受けておらず、令和元年9月以降、適切な治療を受けた結果、その病状の改善がみられているのであるから、同日時点で、医学上一般に認められた治療を行ってもその効果が期待し得ない状態となったといえないことは明らかである。

3.診断名が間違っていたという論法

 精神疾患に関しては、診断名が揺れ動くことが少なくありません。

 本件のように誤った診断のもと、症状固定と判断され、労災の保険給付を打ち切られている例は、おそらく相当数あるのではないかと思います。

 本件の裁判所は、単純化して言うと、

当初診断が適切になされていない、

当初診断が誤っていた以上、医学的一般に認められた治療が行われたとはいえない、

実際、正しい診断のもと治療が行われて病状が改善している、

という論法のもと、原告に不利な症状固定の時期に係る認定を取り消しました。

 この論法は労災民訴や労災の場面で被害者救済のため広く活用して行ける可能性があり、実務上参考になります。

 

医療職(看護師)の仮眠時間の労働時間性-私法上の労働時間であった可能性高いが、労災法上の労働時間には含めないとされた例

1.労災と労働時間

 労働時間の数は、労災認定が認められるのか否かと密接に関係しています。

 例えば、

令和5年9月1日 基発0901第2号「心理的負荷による精神障害の認定基準について」は、

「極度の長時間労働、例えば数週間にわたる生理的に必要な最小限度の睡眠時間を確保できないほどの長時間労働は、心身の極度の疲弊、消耗を来し、うつ病等の原因となることから、発病直前の1か月におおむね160時間を超える時間外労働を行った場合等には、当該極度の長時間労働に従事したことのみで心理的負荷の総合評価を『強』とする。」

 と定めていますし、

令和3年9月14日 基発0914第1号「血管病変等を著しく増悪させる業務による脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準について」は、

「発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できることを踏まえて判断すること。」

と定めています。

精神障害の労災補償について|厚生労働省

https://www.mhlw.go.jp/content/001140931.pdf

脳・心臓疾患の労災補償について|厚生労働省

https://www.mhlw.go.jp/content/001157873.pdf

 心理的負荷を生じさせる具体的出来事や具体的業務に抽象的、評価的な項目が目立つ中、労働時間はカウントの問題として明確に算出することができます(事業主が法を順守して労働時間管理をしていればという留保は付きますが)。

 このカウントが認定基準の定めを超えていれば労災(業務起因性)が認められる可能性が一気に高まるため、時間外労働の時間数がどのくらいだったのかは、労災事件や労災民訴事件を取り扱う弁護士が先ず注目するポイントとなっています。

 この労働者災害補償保険法上の労働時間は、行政解釈上、労災認定の可否を判断するうえでの労働時間は、労働基準法上の労働時間と同義であるとされています(令和3年3月30日 基補発 0330 第1号 労働時間の認定に係る質疑応答・参考事例集の活用について参照)。

 しかし、法の趣旨が異なることから、行政解釈と司法判断には若干のズレが生じており、両者は必ずしも同一の概念とはいえません。

 昨日ご紹介した、東京地判令6.3.14労働経済判例速報2562-13 国・中央労基署長(順天堂医院)事件は、これを分かり易い形で判示している点でも、参考になります。

2.国・中央労基署長(順天堂医院)事件

 本件は労災の遺族補償給付等の不支給処分の取消訴訟です。

 被災者は、大学医学部付属医院(本件医院)で看護師として働いていた方です。この方は、リンパ球性心筋炎によって心筋細胞の損傷が起き、同一心房結節などの刺激伝導系が傷害された結果、心筋収縮の調和が乱れる心伝導障害を生じ、不整脈となったことで、心臓機能が停止し、自宅において死亡していることが確認されました。

 被災者の両親は、これを業務による死亡と主張し、遺族補償給付や葬祭料を請求しましたが、処分行政庁(労働基準監督署長)は、不支給とする判断を下しました。

 これに対し、審査請求、再審査請求を経て、取消訴訟を提起したのが本件です。

 本件では、被災者の疾患が対象疾病に該当するのかどうかが争点となり、裁判所は、被災者の疾患は対象疾病には該当しないと判示しました。

 そのうえで、更にダメ押しとして「念のため、被災者の死亡の原因となった疾患を『心停止』(対象疾病 括弧内筆者)に準じるものと仮定し」て業務起因性の検討を行っているのですが、今回の記事で注目したいのは、この傍論部分における仮眠時間帯の労働時間性についての判示部分です。

 裁判所は、次のとおり述べて、被災者の仮眠時間帯の労働者災害補償保険法上の労働時間性を否定しました。

(裁判所の判断)

「準夜勤では、24時に勤務を終えた後に続けて深夜勤をする場合があるほか、翌日の午前中から始業する日勤(以下、準夜勤の翌日の午前中から日勤を行う勤務形態を『準夜勤に続く日勤』という。)を行うことがあった・・・。」

「準夜勤に続く日勤の場合、準夜勤の勤務を終えてから翌日の日勤が開始するまでの時間(以下『仮眠時間帯』という。)は、当直室にベッドが用意され、就寝したりシャワーを浴びたりして過ごすことができた・・・。」

(中略)

「仮眠時間帯中、緊急の手術(産科の帝王切開や心臓カテーテル検査など)のため突然連絡を受けて業務を行う場合があった・・・。仮眠時間帯を中断して業務を行った場合、タイムカードで記録することとされ、翌日の深夜勤などに変更されるところ、基準日前6か月間に被災者が仮眠時間帯を中断して緊急に業務を行った記録はない・・・。

「仮眠時間帯においては、就寝準備及び就労準備等のため、睡眠時間は長くても5時間程度であり、時によっては1時間程度しか睡眠がとれない場合もあり、また、環境面からよく眠れないと訴える看護師もいた・・・。」

(中略)

仮眠時間帯(準夜勤の業務終了から日勤の業務を開始するまでの時間帯)は、本件医院内に滞在し緊急の手術が入った場合に連絡を受けて業務を行うことがあり・・・、連絡があれば業務を行うことが義務付けられていた可能性が高いから、いわゆる手待ち時間として、私法上の労働時間であった可能性が高い。他方、連絡がなければ業務はなく、シャワー浴や就寝をして過ごしていたこと、被災者は、基準日前6か月間に仮眠時間帯に連絡を受けて業務を行ったことはなかったことから・・・、労働であったとしてもその密度は極めて低いといえるため、業務起因性を判断するための業務の負荷を考える上では労働時間に含めないのが相当である。

3.労働時間の相対性ー私法上の労働時間/労災法上の労働時間

 裁判所の判断には、幾つか注目するポイントがあります。

 先ず、仮眠時間帯の私法上の労働時間性(簡単に言えば、残業代請求を行うための労働時間性と同じと思って差支えありません)が肯定されているところです。不活動仮眠時間の労働時間性について、最一小判平14.2.28労働判例822-5大星ビル管理事件は、

実作業への従事がその必要が生じた場合に限られるとしても、その必要が生じることが皆無に等しいなど実質的に上記のような義務付けがされていないと認めることができるような事情も存しないから、本件仮眠時間は全体として労働からの解放が保障されているとはいえず、労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価することができる。」

と判示しており、仮眠時間中に実作業が必要となる頻度が極端に低い場合、不活動仮眠時間の労働時間性は否定されると述べています。

 本件では基準日前6か月間に仮眠時間帯に連絡を受けて業務を行ったことはなかったと認定されながらも、裁判所は、

「私法上の労働時間であった可能性が高い」

と判示しました。これは医療職としての職務の特性から、そのような判断に至ったのだろうと思います。寝ても良いからと言われたところで、人の生死がかかった連絡をいつ受けるか分からないと言う状況のもとでは、絶えず緊張を強いられ、休んだ気にならないからです。この判示は、医師や看護師など医療職・医療従事者の方の残業代請求を行う場面で活用できる可能性があります。

 もう一つの注目しているのが、

「私法上の労働時間であった可能性が高い」

としつつ、

「業務起因性を判断するための業務の負荷を考える上では労働時間に含めない」

と明確に判示しているところです。

 これは私法上の労働時間と労災法上の労働時間とは別だと明言しているに等しい判示です。労働時間の概念の相対性を認めた裁判例は過去にもありましたが、ここまで明確に踏み込んでいるのは、特徴的な判断だと思います。

 私自身の主観的感覚ではありますが、労働時間概念の相対性は、古い裁判例では遠慮がちに判示されていました。しかし、両者を別物だとする事案が積み重なるにつれて、これをより明確な形で言い切る裁判例が増えてきているように思います。

 労災事件の見通しを考えるにあたっては、こうした裁判所の判断の傾向を押さえておく必要があります。