弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

一般職に社宅制度の利用を認めていないことが間接差別に該当するとされた例

1.間接差別

 日常生活であまり耳にすることのない用語ではありますが、「間接差別」という言葉があります。

 これは、

①性別以外の事由を要件とする措置であって

②他の性の構成員と比較して、一方の性の構成員に相当程度の不利益を与えるものを

③合理的な理由がないときに講ずること

と定義されています(平成18年厚生労働省告示第614号『労働者に対する性別を理由とする差別の禁止等に関する規定に定める事項に関し、事業主が適切に対処するための指針』〔最終改正:平成27年厚生労働省告示第458号〕参照)。

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000209450.pdf

 例えば、単なる受付、出入者のチェックのみを行う等防犯を本来の目的としていない警備員の職務に従事する人を募集・採用するにあたり、身長又は体重が一定以上であることを要件とするようなことが間接差別に該当します。「身長180cm以上、体重100kg以上」といった要件を設ければ、事実上、男性にしか応募資格がなくなってしまいます。不審者と格闘するような場面が想定されているというのであれば、こうした要件を設けるのも分からなくはありませんが、単なる受付的な警備員を募集するにあたり、ここまで厳重な要件を設定する必要はありません。このように、一見性別とは関係ないように見える基準を持ち出しつつ、特段の合理性もないのに、一方の性を優遇し、他方の性を冷遇するといった状態を実現しようとすることに間接差別の特徴があります。

 一定の範囲ではありますが、間接差別は法的にも禁止されています。具体的に言うと、男女雇用機会均等法7条が、

「募集及び採用並びに前条各号に掲げる事項に関する措置であつて労働者の性別以外の事由を要件とするもののうち、措置の要件を満たす男性及び女性の比率その他の事情を勘案して実質的に性別を理由とする差別となるおそれがある措置として厚生労働省令で定めるものについては、当該措置の対象となる業務の性質に照らして当該措置の実施が当該業務の遂行上特に必要である場合、事業の運営の状況に照らして当該措置の実施が雇用管理上特に必要である場合その他の合理的な理由がある場合でなければ、これを講じてはならない。」

と規定しています。上のリンクで引用している指針も、この規定を具体化したものになります。

 しかし、きょうび、実際の間接差別は「身長180cm以上、体重100kg以上」みたいな分かり易い指標では行われません。表立って男女差別をすることが許容されなくなっていることから、もっと巧妙で分かりにくい形で行われます。

 その関係で、間接差別が違法とされるような例を目にすることはあまりないのですが、近時公刊された判例集に、間接差別を認定した裁判例が掲載されていました。東京地判令6.5.13労働判例ジャーナル149-1 AGCグリーンテック事件です。

2.AGCグリーンテック事件

 本件で被告になったのは、農業ハウス用フッ素フィルムの販売事業等を運営する株式会社です。

 原告になったのは、被告の正社員として採用され、管理室での業務に従事してきた独身女性です。被告が総合職に対してのみ社宅制度の利用を認めていることが均等法に違反しているなどと主張して、損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。

 本件で原告が提起した問題は多岐に渡りますが、一般職に社宅制度の利用を認めないことと間接差別との関係で、裁判所は、次のような判断を示しました。

(裁判所の判断)

被告は、設立後の就業規則等において、総合職を『会社の命ずる任地に赴任することが可能であり、その任地での業務を円滑に遂行できる能力があると認められる職能をいう』としたうえで、総合職を対象とする社宅制度を設けていることからすれば、実質的に『住宅の貸与』といえる社宅制度の適用について、住居の移転を伴う配置転換に応じることができることを要件としていることになる。

「原告は平成29年2月27日以降の社宅制度による会社負担額と原告が受け取った住宅手当の差額を損害として賠償を求めていることから、以下ではその判断に必要な限度で被告の社宅制度について検討する。」

「被告は、社宅制度につき労働者の住居の移転を伴う配置転換に応じることができることを要件とする一方で、その運用面においては、平成23年7月に自己都合の場合(結婚等で妻帯者向け住居に引っ越す場合や親元からの独立で引っ越す場合)にも社宅制度の利用を認める方針を示した・・・。その後、平成30年3月の社宅管理規程の改正により、この方針が正式に条項化されている・・・。これにより、通勤圏内に自宅を所有していない総合職には、転居を伴う転勤をしたか否か、その現実的可能性の有無及び大小等の事情を問わず、社宅制度の利用が認められていたことになる(なお、令和2年11月に総合職として採用されたBは、社宅制度を利用してないが、総合職でありながら転勤がない条件で採用された特殊な事例であること・・・、本訴提起の影響を受けた措置である可能性も否定できないことに照らし、ここでの検討の対象外とする。)。」

「そして、平成23年7月以降、令和2年4月までの間に在籍した総合職は、男性29名、女性1名(D)、一般職は男性1名、女性5名であり・・・、総合職の大部分を男性が、一般職の大部分を女性が占めていた。

そうすると、社宅制度の実際の運用は、総合職でありさえすれば、転勤の有無や現実的可能性のいかんを問わず、通勤圏内に自宅を所有しない限り希望すれば適用されるというのが実態であり、その恩恵を受けたのは、Dを除き全て男性であったということになる。

「措置の具体的な内容として、被告の社宅利用者には、会社の負担率も、40歳以上の独身寮対象者を除き、家賃月額8.2万円までは80%、8.2万円超12万円までは20%とされている・・・。」

「これにより、社宅利用者である総合職は、一般職に支給されていた住宅手当(平成20年4月1日以降は3000円、平成24年6月16日以降は3000円であるが一定の場合には6000円、平成27年4月1日以降は借家の場合8000円、平成30年3月16日以降は1万2000円等)を上回る経済的恩恵を受けており、その格差はかなり大きいということができる(例えば原告の家賃月額7万2000円を前提とすると、社宅制度を適用した場合の被告の負担額は月額5万7600円に上り、その他に入居費用や更新料も一定額を被告が負担することになる。)。」

被告は、社宅制度の利用を総合職に限定している理由として、〔1〕被告の営業職には転勤があり得、そのキャリアシステムにおいて、複数のエリアで営業を経験することが必要で、営業所の所長にも複数エリアで勤務した者が就いていること、〔2〕営業職の採用戦略の一環として、営業職の採用競争における優位性を確保するためであること、〔3〕労働の対価であることを挙げる。

「しかし、社宅制度の適用対象である総合職には、営業職以外の者も含まれるところ、上記〔1〕及び〔2〕は、いずれも営業職に関する事情であって、社宅制度の利用を総合職に限定している理由の説明とはなり得ない。その点は措きつつ、以下順次検討する。」

・転勤が営業職のキャリアシステム上必要かつ有用であるとの主張について

「被告は全国に3か所の営業所を有し、一定数の営業職が過去に転勤を経験している事実は認められる。」

「他方で、被告の営業職の求人票には、転勤は『当面無』としており(乙19、20)、転勤の可能性は示されているとはいえ、労働者の能力の育成・確保や組織運営上の人事ローテーションの必要性等からの定期的な転勤は予定されておらず、実際にも、少なくとも6名の総合職は転勤の経験がなく、それ以外にも転勤を経験したことがない営業職(入社の際の転居が転勤に当たらないことは明らかである。)が相当数存在する・・・。」

「また、営業職ではない総合職として管理室に勤務をしていたEは、採用面接の際に、将来転勤があり得るという説明を受けておらず・・・、管理室に勤務した総合職がその後転勤を命じられた実績も認められない。」

「以上からすれば、被告において労働者の能力の育成・確保や組織運営上の人事ローテーションの必要性等からの転勤が定期的に行われているとは認められず、営業職のキャリアシステム上の必要性や有用性という観点からは説明することができない社宅制度の利用者が数多く存在すると認められる。

・営業職の採用競争における優位性を確保する旨の主張について

「労働者にとって有利な待遇を提示することが採用活動における優位性を得る一要素となること自体は否定できない。しかしながら、採用競争における優位性確保のためには賃金を手厚くすることが最も効果的であることは自明であるうえ、営業職の求人票においては、社宅制度の存在には言及しているものの、その適用の実態(特に、通勤圏内に自宅を保有しない限り、転勤に関する事情とは無関係に希望すれば社宅制度を利用できること)は明示されておらず、これが営業職の採用競争においてどの程度の効果を発揮しているかは明らかでない。そうすると、採用競争における優位性確保としての社宅制度の重要性が高いとは認められない。」

「また、社宅制度の利用が営業職の採用戦略上有用であるということであれば、営業職に対して社宅制度の利用を認めることで足りるのであり、例外的な場合を除いて転勤が予定されていない管理室勤務の総合職(被告全体で設立時から令和2年4月までに在籍した合計34名の総合職のうち4名・・・)に対して社宅制度の利用を認める合理的な理由はうかがわれない。」

「以上によれば、営業職の採用競争における社宅制度の重要性が高いとは認められず、社宅制度の実際の運用もそのような趣旨から合理性を説明することができるわけではない。

・労働の対価である旨の主張について

「被告の社宅管理規程や社宅制度の説明に関する文書・・・上、総合職の労働の対価としての趣旨が含まれていることをうかがわせる文言は見当たらない。総合職であっても、通勤圏内に自宅を保有する者は社宅制度の適用外とされているところ、被告が同一の労働の提供を受けながら通勤圏内に自宅を保有しない者にのみ対価を追加することに合理性はない。」

被告における社宅制度は、実質的に住宅費用の補助を内容とするものであり、福利厚生の趣旨と解するのが相当であって、労働の対価としての趣旨が含まれていると認めることはできず、被告の主張は採用することができない。

・小括

以上の諸点を総合考慮すると、少なくとも平成23年7月以降、社宅制度という福利厚生の措置の適用を受ける男性及び女性の比率という観点からは,男性の割合が圧倒的に高く、女性の割合が極めて低いこと、措置の具体的な内容として、社宅制度を利用し得る従業員と利用し得ない従業員との間で、享受する経済的恩恵の格差はかなり大きいことが認められる。他方で、転勤の事実やその現実的可能性の有無を問わず社宅制度の適用を認めている運用等に照らすと、営業職のキャリアシステム上の必要性や有用性、営業職の採用競争における優位性の確保という観点から、社宅制度の利用を総合職に限定する必要性や合理性を根拠づけることは困難である。

そうすると、平成23年7月以降、被告が社宅管理規程に基づき、社宅制度の利用を、住居の移転を伴う配置転換に応じることができる従業員、すなわち総合職に限って認め、一般職に対して認めていないことにより、事実上男性従業員のみに適用される福利厚生の措置として社宅制度の運用を続け、女性従業員に相当程度の不利益を与えていることについて、合理的理由は認められない。したがって、被告が上記のような社宅制度の運用を続けていることは、雇用分野における男女の均等な待遇を確保するという均等法の趣旨に照らし、間接差別に該当するというべきである。

(中略)

上記のとおり、平成23年7月以降、被告が社宅制度の利用を総合職にのみ認め、一般職に対して認めない運用を続けていることは、間接差別に該当する措置を漫然と継続したものとして違法であり、不法行為が成立する・・・。

3.間接差別が認められた例

 本件では、総合職を

「会社の命ずる任地に赴任することが可能であり、その任地での業務を円滑に遂行できる能力があると認められる職能をいう」

と定義することで、

「総合職の大部分を男性が、一般職の大部分を女性が占めていた」

という状況が作出されていました。

 男女雇用機会均等法施行規則2条は、男女雇用機会均等法7条を受け、

労働者の募集若しくは採用、昇進又は職種の変更に関する措置であつて、労働者の住居の移転を伴う配置転換に応じることができることを要件とするもの」

労働者の昇進に関する措置であつて、労働者が勤務する事業場と異なる事業場に配置転換された経験があることを要件とするもの」

を間接差別の対象としており、「社宅の貸与に関する措置」に干渉しているわけではありません。しかし、裁判所は、これを間接差別として、不法行為法上の違法性を認めました。

 間接差別が認められたことも、男女雇用機会均等法でダイレクトに規制の対象とされていないものに違法性が認められたことも、画期的な判断だと思います。

 昨今ではあからさまな男女差別は目にすることが少なくなっていますが、一見すると性中立的に見える分かりにくい形で残っている男女差別は決して少なくありません。

 本判決は、そうした分かりにくい性差別の問題に取り組むにあたり、実務上参考になります。

 

公務員のセクハラで「性的な関心や欲求」の認定が落ちた例(認定落ちしても結局セクハラに準じる行為であるとされた例)

1.公務員のセクハラと「性的な関心や欲求」

 人事院規則10-10(セクシュアル・ハラスメントの防止等)第2条1号は、セクシュアル・ハラスメントの概念を、

「他の者を不快にさせる職場における性的な言動及び職員が他の職員を不快にさせる職場外における性的な言動

と規定しています。

ここで言う「性的な言動」については、

「人事院規則10―10(セクシュアル・ハラスメントの防止等)の運用について(平成10年11月13日職福―442)」

という下位規範によって、

「『性的な言動』とは、性的な関心や欲求に基づく言動をいい、性別により役割を分担すべきとする意識又は性的指向若しくは性自認に関する偏見に基づく言動も含まれる。」

と定義されています。

 つまり、国家公務員のセクシュアル・ハラスメントの成立には、言動が、

「性的な関心や欲求」

に基づいている必要があります。

 この「性的な関心や欲求」は、その日本語としての語義に照らせば、行為者の主観面を問題にする要件であるように思われます。しかし、昨日お話したとおり、東京地判令6.4.25労働経済判例速報2553-21、労働判例ジャーナル149-66 国・静岡刑務所長事件は、これを、

「発言が性的な関心や欲求に基づくものと認められるか否かは、発言の内容、表現、状況及び相手などから客観的に判断する」

と判示し、要件としての意義を事実上死文化させました。裁判所の指摘のとおり「性的な関心や欲求」が客観的に決まるとすると、凡そ性的な意味合いの行為がされていれば、自働的に「性的な関心や欲求」が認められるからです。言葉の持つ意義や人事院規則等の構造を無視したもので、最早解釈論の範疇を超えているのではないかとも思われますが、とにかく裁判所はそのように判示しました。

 この裁判所によって無意味化された要件ですが、上記の裁判例では原告の一部行為との関係で「性的関心や欲求」が認められない場合についても判示しています。本日の記事では、この点に焦点を当ててみたいと思います。

2.国・静岡刑務所長事件

 本件で原告になったのは、刑務所処遇部に所属する准看護師資格を有する刑務官(国家公務員)の男性です。

 この方は、部下(女性職員A)の業務が成果に結びつかなかったことに対し「それは、お前のマスターベーションだ。」と発言したこと等がセクシュアル・ハラスメントに該当するとして、減給(3か月間、俸給の月額の100分の20)の懲戒処分を受けました。

 本件で処分庁側からセクシュアル・ハラスメントに該当すると指摘された行為は複数ありますが、その中の一つに体重計測行為がありました。

 原告は、そのような行為に及んだ理由について、

「腹部が病的に膨張していることが明らかなAに対し、『お前、なんか、ちょっと最近おかしいよ』と理由を告げた上で行った。しかも、Aは、原告が『ちょっと体重計に乗ってみたら』と述べたのに対し、自ら進んで体重計に乗ったものであった。」

と主張しました。

 ちなみに体重計測行為(6月中旬)から少し後のことになりますが、本件では、

「原告は、7月12日、Aの承諾を得て、医務室で、Aのお腹、足などを触り、お腹に聴診器を当てたところ、腹水の貯留などが疑われたことから、Aに対し病院に行くことを勧めた・・・。」

「Aは、上記の原告の勧めに従い、7月13日、医療機関を受診したところ、担当医師から精査が必要と言われ、救急車で別の医療機関に搬送された。搬送先の医療機関で検査を受けたところ、腹部における手術が必要な重い疾患(疾患名は省略。以下『本件疾患』という。)の疑いがあると診断された。」

との事実が認定されています。

 「性的な関心や欲求」が認定落ちしたのは、この体重計測行為との関係で、裁判所は、次のとおり判示しました。

(裁判所の判断)

「原告は、6月中旬頃、医務室を訪れたAに対し、体重を計測すべき理由を何ら説明することなく、体重計に乗るよう言ってAの着衣の袖を引っ張り、Aがこれを断っても、なおもAの上記着衣部分を引っ張り、Aが自ら体重計に乗るように仕向け、もってAの同意を得ることなく体重を計測した事実(以下、この原告の行為を『処分理由〔3〕-1の行為』という。)、その後も、Aに対し、『ちょっと痩せたのではないか。』旨言ったのみでAに対して何らの説明も行わなかった事実を認めることができる。」

(中略)

「原告は、7月22日の事情聴取時から一貫して、当時のAの体型(特に腹部の膨張)が気になっており、健康状態を確認するためにAの体重や体型を確認したかった旨述べている・・・。そして、処分理由〔3〕-1の行為後、Aに対して『ちょっと痩せたのではないか。』旨伝えたこと、その約1か月後である7月12日にAの同意の下腹部に聴診器を当て、病院に行った方が良いと助言し、これにより腹部の疾患である本件疾患の発見に至ったこと・・・からすると、処分理由〔3〕-1から3までの各行為の当時、原告には、Aの健康状態を心配する気持ちがあったことが認められる。

「他方、原告は准看護師であるところ、准看護師は、医師、歯科医師又は看護師の指示を受けて、傷病者もしくは褥婦に対する療養上の世話又は診療の補助を行うことを業とする者であって(保健師助産師看護師法6条、5条)、診療の補助を行うには、医師や看護師の指示を受ける必要があり、医師や看護師の指示を受けないで、診療の補助を行うことは許されていない。また、准看護師が医師や看護師の指示を受けて診療の補助として行う場合でも、患者の体重を計測したり身体に触れたりするには、基本的には患者の同意が必要とされているのであるから、Aの承諾を得ることなく、体重を計測したり、抱き上げたり、腹部を触ったりする行為は許されていない。これらのことは、准看護師である原告にとっては明らかなことである。」

「また、Aの健康状態の確認を主目的としていたのであれば、処分理由〔3〕の各行為の後、判明した情報に基づく健康状態に関する懸念を具体的に伝えるものと思われるが、原告は、Aが痩せたとか、お腹が出ているなどといったことしかAに伝えていない。」

(中略)

「ただし、処分理由〔3〕-1の行為は、当該行為の時点では、身体的接触の程度はAの着衣の袖の部分を引っ張るといった限度に止まり、取得した情報もAの体重のみであり、その情報をAの健康状態の把握以外に用いた形跡もないことから、Aの体調を心配する気持ちに基づく健康状態の確認目的のみに基づくものであった可能性も否定できず、性的関心や欲求に基づくものであったとするには疑問が残る。

したがって、・・・の各行為は、人事院規則10-10第2条1号の性的な関心に基づく人を不快にさせる性的言動としてセクシュアル・ハラスメントに該当するが、処分理由〔3〕-1の行為はこれに該当しないものと判断する。

「なお、原告は、処分行為〔3〕-2・3の各行為の当時、Aに対し性的関心、欲求を抱いたことはなく、Aに覆いかぶさったり、原告の行為を口止めしたりしていないから、性的関心、欲求に基づくものとはいえない旨主張するが、行為が性的関心、欲求に基づくものと認められるかは、行為の相手、内容、態様及び状況等により客観的に判断するものであって、仮に、原告においてAに対し性的関心、欲求を抱いた自覚がなく、健康状態の確認目的しか自覚していなかったとしても、処分行為〔3〕-2・3の各行為のように異性の身体のプライベートな部分に相手の同意を得ることなく不必要に接触する行為は、当該行為の相手、内容、態様、状況等によれば、性的な関心に基づくものと認められるから、原告のこの点の主張は採用できない。

処分理由〔3〕-1の行為は、セクシュアル・ハラスメントには該当しないが、体重という他人に知られたくない個人情報をAの承諾なく入手する行為であって、Aのプライバシー権を侵害し職場で他の者を不快にさせる言動であるから、人事院規則10-10第2条1号のセクシュアル・ハラスメントに準じる行為として、国公法99条に違反するといえる。

3.結局、認定が落ちても意味はない

 体重計測行為で性的欲求が充足されるというのは凡そ考え難く、流石に裁判所も「性的な関心や欲求」を否定しました。

 しかし、裁判所は、結局、体重計測行為もセクハラに準じる行為であるとして、懲戒事由として位置付け、原告の請求を棄却しました。

 本件の裁判所の判断は、割と衝撃的で、

「仮に、原告においてAに対し性的関心、欲求を抱いた自覚がなく、健康状態の確認目的しか自覚していなかったとしても」身体的接触行為についてはセクハラで処分する、

体重計測行為のように(流石に)性的な関心や欲求に基づいているとは認めがたい行為についても、別に性的な関心や欲求の認定が落ちようが関係ない、「セクハラに準じる行為」として処分する、

と述べています。行政側(処分行政庁側)の言っていることが丸呑みされているわけですが、こうなると同僚の健康状態については、基本、無視を決め込むのが正解ということになってしまいます。

 実際に疾患が発見されている本件で、何故、行政側が原告への懲戒処分に固執するのかは不明ですが、本件のような裁判例を踏まえると、職場においては、

性的な言動には及ばない、

ということに加え、

異性に対して余計なことはしない(結局、幾ら性的な興味や欲求がなくても、、セクハラに準じる行為として扱われる)

ことをルールとして意識しておく必要がありそうです。

 

公務員のセクハラと「性的な関心や欲求」

1.公務員のセクハラの特殊性-主観的要件の存在

 人事院規則10-10(セクシュアル・ハラスメントの防止等)第2条1号は、セクシュアル・ハラスメントの概念を、

「他の者を不快にさせる職場における性的な言動及び職員が他の職員を不快にさせる職場外における性的な言動

と規定しています。

e-Gov 法令検索

 ここで言う「性的な言動」については、

「人事院規則10―10(セクシュアル・ハラスメントの防止等)の運用について(平成10年11月13日職福―442)」

という下位規範によって、

「『性的な言動』とは、性的な関心や欲求に基づく言動をいい、性別により役割を分担すべきとする意識又は性的指向若しくは性自認に関する偏見に基づく言動も含まれる。」

と定義されています。

人事院規則10―10(セクシュアル・ハラスメントの防止等)の運用について

 つまり、国家公務員のセクシュアル・ハラスメントの成立には、言動が、

「性的な関心や欲求」

に基づいている必要があります。これは国家公務員に係るルールですが、地方公務員を抱える多くの自治体でも、これに準じた考え方が採用されています。

 近時公刊された判例集に、この「性的な関心や欲求」の意味内容を判示した裁判例が掲載されていました。東京地判令6.4.25労働経済判例速報2553-21、労働判例ジャーナル149-66 国・静岡刑務所長事件です。

2.国・静岡刑務所長事件

 本件で原告になったのは、刑務所処遇部に所属する准看護師資格を有する刑務官(国家公務員)の男性です。

 この方は、部下(女性職員A)の業務が成果に結びつかなかったことに対し「それは、お前のマスターベーションだ。」と発言したこと等を理由に減給(3か月間、俸給の月額の100分の20)の懲戒処分を受けました。

 これに対し、処分の取消を求め、訴えを提起したのが本件です。

 上記の発言は、処分庁からセクシュアル・ハラスメントだと認定されたものですが、発言は明らかに「それはお前の自己満足だ」という趣旨でした。

 そこで、原告は、

「平成30年頃、原告が、処遇事務室において、Aに対し、Aの業務が成果に結びつかなかったことについて、『それはお前のマスターベーションだ』と言った行為は、性的な関心や欲求に基づく言動ではなく、『それはお前の自己満足だ』という趣旨であることは明らかであって一般人に不快感を抱かせるものではなく、また、原告には相手の意に反しているという認識がなく、セクシュアル・ハラスメントに該当しないのに、セクシュアル・ハラスメントに該当し国公法98条1項、99条に違反すると評価し、懲戒事由に当たるとしたことは違法である。」

と主張し、セクシュアル・ハラスメントだとの認定を争いました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、セクシュアル・ハラスメントの成立を認めました。

(裁判所の判断)

「マスターベーションという言葉は、比喩的に自己満足という意味で用いられることがあるが、本来の意味は自慰や手淫といった意味であり(甲7の1、弁論の全趣旨)、本来の意味を知る相手にとっては卑わいな印象を与える用語である。そして、相手の仕事のやり方が自己満足であることを伝えたい場合、端的に自己満足という用語を用いればよく、マスターベーションという用語を用いるべき必要性はない。そうした中で、性的行為の意味を併せ持つ卑わいな印象を与える用語を、Aより20年以上採用年次が上の先輩職員である男性の原告が、20代の女性であるAに対し、業務の指導というAが回避できない状況で、A自身の行為の評価の比喩として伝えることには、性的な関心や欲求が含まれていると認められる。したがって、処分理由〔1〕の言動は、性的な関心や欲求に基づく言動と評価できる。」

「また、原告が使った用語の本来の意味は自慰や手淫といった性的行為であるところ、これを自分の行為を評価する比喩として伝えられた場合、受け手に不快感を与えることは否定し難い。また、Aも言葉として卑わいな感じを受ける、嫌な気持ちになったと供述している・・・。処分理由〔1〕の言動は、一般人に不快感を抱かせるものであるといえる。」

「したがって、処分理由〔1〕の言動は、Aを不快にさせる職場における性的な言動に当たる。」

「原告は、処分理由〔1〕の行為『自己満足である』という趣旨の発言であることは明らかであり、性的な関心や欲求に基づく言動ではない旨主張する。」

「確かに、Aの業務が成果に結びつかなかったことについての発言であることからすれば、原告はそのような趣旨で用いたことがうかがわれるが、性的行為の意味を併せ持つ卑わいな印象を与える用語を用いるべき必要性がないのにあえて用いていること、異性であるAの行為を評価する用語として用いていることからすると、処分理由〔1〕の行為には、性的な関心や欲求が含まれているものと認められる。」

原告は、過去に職場で原告以外に『マスターベーション』を自己満足という意味で頻繁に使っている人物がいたが問題視されていなかったこと、原告は男性に対しても同じ用語を日常的に使っていること、原告は発言時にAの反応を面白がっているそぶりは示していなかったこと、原告がAを性的な欲望の対象として見たことはなく、Aもこれを認めていること、原告の発言を聞いた周囲の職員は原告の発言をセクシュアル・ハラスメントとして通報しておらず、Aからの直接の抗議もなかったことから、処分理由〔1〕の原告の言動は性的な関心及び欲求に基づくものではない旨主張する。しかし、発言が性的な関心や欲求に基づくものと認められるか否かは、発言の内容、表現、状況及び相手などから客観的に判断するものであって、過去の他人の言動を模倣する原告の価値観、原告の普段の言動、発言時の原告の表面上の態度、原告の性的な選好、原告と同性である他の職員の受け止め、職場の年長者である原告に遠慮したAの態度などによって判断するものではない。そして、処分理由〔1〕の行為は、発言の内容、表現、状況及び相手などから、性的な関心、欲求に基づくものであると認められることは、上記イで判断したとおりである。

「さらに、原告が、性的行為を示す卑わいな印象を与える比喩を、あえて年若い異性のAに対してAの行為の評価として告げていることからすると、原告はAの意に反することを認識した上で処分理由〔1〕の行為を行ったと認めるのが相当である。」

「以上より、処分理由〔1〕の行為は、人事院規則10-10第2条1号のセクシュアル・ハラスメントに該当するといえ、人事院規則10-10第5条1項に反し、国公法98条1項及び99条に違反するものであり、同法82条1項1号及び2号に該当する。」

3.主観的要件の意味を没却する理解ではないか?

 上述のとおり、裁判所は「性的な関心や欲求」を客観的に判断するものと判示しました。

 しかし、「性的な関心や欲求」という文言は、その語義上、主観的なものであるはずです。行為の客観面は主観を推し量る要素にはなり得ても、客観的な状況から自動的に「性的な関心や欲求」が認められるということにはならないはずです。

 本件の場合、言葉遣いの問題はあるにせよ、経緯・状況的に原告がAに性的な関心や欲求を向けていなかったことは明らかであり、これをセクハラと言うことには、強い違和感があります。

 「性的な関心や欲求」の内容、判断方法が示された裁判例は、現状、これだけではないかと思いますが、引き続き、裁判例の動向が注目されます。

 

内定辞退受入通知とは何か?

1.解雇規制を潜脱しようとして失敗するケース

 労働契約法16条は、

「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」

と規定しています。

 採用内定が解約留保権付労働契約と理解される場合(多くの場合、そのように理解されると思います)、採用内定取消は解雇権の行使であり、労働契約法16条の適用を受けることになります。

 労働契約法16条の適用下において、解雇(採用内定取消)は、そう簡単には認められません。解雇(採用内定取消)が認められるためには、それなりに強い事情が必要になります。

 こうした規制を嫌ってか、強引に合意退職を成立させようとするケースは後を絶ちません。労働者が合意していないのに、強引に合意退職が成立したかのような既成事実を積み上げようとするのはその典型です。

 それでは、このような強引に合意退職を成立させようとする行為は、法的にはどのように理解されるのでしょうか?

 あくまで合意解約の申込みをしているだけだ(ただし、承諾されていない)と理解されるのでしょうか?

 それとも、最早、解雇であると理解されるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令5.12.18労働判例ジャーナル149-62 FIRST DEVELOP事件です。この事件では、使用者が労働者に送付した「内定辞退受入通知」をどのように理解するのかが問題になりました。

2.FIRST DEVELOP事件

 本件で被告になったのは、IT関連システム開発、コンピュータソフトウェアの開発等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、中華人民共和国籍の男性です。日本の大学に在学中、被告代表者による採用内定を受け、令和4年2月7日に始期を同年4月1日とする雇用契約書を取り交わしました。

 しかし、令和4年3月28日、被告管理部の従業員cから、

「入社前研修講座について大幅な進捗後れがあったため、原告と被告代表者が話合いの上、原告が内定辞退を受け入れた」

という記載のある

「内定辞退受け入れ通知」

を送られました(本件内定辞退扱い)。

 こうした扱いを受け、原告が東京都労働相談情報センターに相談に行ったところ、令和4年4月3日、cから

「被告代表者から、明日出勤するように言われていること、出勤時間は9時から18時であること」

の連絡を受けました。

 これに対し、原告の方は「冗談じゃない」と回答するとともに、内定辞退扱いが違法無効であることを理由として地位確認等を請求する訴えを提起しました。

 原告の請求には、内定辞退扱いの違法性を理由とする損害賠償も含まれていましたが、裁判所は、次のとおり判示しました。

(裁判所の判断)

「前記前提事実・・・及び前記認定事実によれば、被告代表者は、令和4年3月、原告が被告で受講していた研修の進捗状況に不満を持ち、その旨を原告に伝えていたこと、被告は、同月22日には、原告に対し採用内定の辞退を促し、原告の研修を打ち切っていること、同月28日、原告に対し本件内定辞退通知を送付し、その中においても原告の入社前の研修の大幅な進捗遅れを指摘していたこと、原告は、被告の上記対応について、東京都労働相談情報センターに相談に行っていたことなどが認められる。これらの事実からすれば、本件内定辞退扱いは、被告代表者が原告の研修内容等に不満を持ち、原告からの内定辞退の申出がないにもかかわらず、原告が採用内定を辞退したものと被告が取り扱ったものと認めるのが相当である。」

「これに対し、被告は、原告が、同月22日、被告代表者に対し、別の会社に行きたいと相談した旨主張し、被告代表者はこれに沿う供述をする・・・。また、原告が被告の研修資料を利用して、被告で禁止されているリモートでの研修を行ったためにトラブルになった旨を供述する・・・。しかし、原告は、就労ビザを取得しないと帰国を余儀なくされる立場にあったところ、同年1月17日に被告から採用内定を取得したことを受け、同月18日に得ていた他社からの採用内定を断っており・・・、就労可能な在留資格のためには同年4月1日から被告に入社する必要性が高かったといえること、原告は、上記のとおり、東京都労働相談情報センターに相談に行っており、被告への入社実現に向けた行動をしていることなどが認められる。このような状況において、原告が被告の採用内定を辞退することは考え難く、被告代表者の上記供述を採用することはできない。また、被告代表者は原告からリモート学習を相談された旨も供述し、原告からのチャットも指摘するが・・・、同チャットは『社長、つまりsqlは私のほうで自分でこの操作を行うということでしょうか』という内容であり・・・、原告自らが被告からの採用内定辞退を望むようなトラブルがあったものとは認められない。したがって、被告の上記主張を採用することはできない。」

「そして、他に上記認定を左右するに足りる証拠はない。以上より、本件内定辞退扱いは、被告による労働契約の一方的な解約の意思表示(採用内定の取消し)であるところ、客観的合理的理由を欠き、権利濫用に当たり無効である。したがって、原告は被告に対し、本件労働契約に基づき、労働契約上の権利を有する地位にあると認められる。」

(中略)

前記・・・記載のとおり、本件内定辞退扱いは無効であるところ、前記認定事実によると、原告は、被告の指示に従い入社前に事前研修を受けたが、その内容・進捗状況等について、被告から原告が不足する部分について具体的な指摘はなかったこと、採用内定辞退の申出をしていないにもかかわらず、被告から一方的に原告が辞退したという扱いをされたこと、本件内定辞退扱いの数日後には説明もなく出社を命じられるなどしたことなどが認められる。また、被告に対し、原告から、被告の対応について説明を求めても、原告からの連絡に応答しないなど原告からの連絡自体を拒絶されていたこと・・・、原告は、被告に入社できなかったことにより、就労可能な在留資格を維持するため、3か月以内に新しい仕事を見つけられなければ帰国せざるを得ない状況に置かれたこと・・・、このような状況に原告が精神的に追い詰められたこと・・・なども認められる。上記事実関係の下では、本件内定辞退扱いは、留学生であった原告の生活状況を著しく不安定な状態に陥れるものであり、著しく相当性を欠くといえ、原告に対する不法行為を構成するというべきである。

そして、上記事情を総合的に考慮すれば、原告には、財産的損害を回復してもなお償えない精神的損害が存在すると認めるに足りる特段の事情があるというべきであり、その慰謝料は30万円と認めるのが相当である。また、本件訴訟の内容及び経過等から、不法行為と相当因果関係が認められる原告の弁護士費用相当額は上記認容額の1割である3万円と認める。」

3.強引な辞職・合意退職扱いは、最早解雇

 上述のとおり、裁判所は、内定辞退受入通知を、

「被告による労働契約の一方的な解約の意思表示(採用内定の取消し)」

つまり解雇だと理解しました。

 常識に沿う順当な判断だと思います。本件は、辞職、合意退職扱いを強行された場合に、これを解雇と理解したうえで法的措置をとることを認めたものです。不法行為該当性を認めていることも含め、実務上参考になります。

 

解雇撤回をめぐる攻防-内定辞退扱い後の出勤命令と賃金請求

1.解雇撤回をめぐる攻防

 使用者から解雇された労働者が、解雇の無効を主張して地位確認を求めると、使用者の側から解雇を撤回するから、働くようにと指示されることがあります。

 しかし、特に解雇が違法である場合、一方的に解雇を撤回すると言われても、再び働くことに不安を覚える労働者は少なくありません。

 このような場合に、

解雇撤回だけでは、職場環境に対して適切な配慮がなされたとはいえないため、労務提供を行うことができない、

労務提供できないのは、職場環境配慮義務(あるいは安全配慮義務)を履行しない使用者の側に責任がある、

ゆえに、労務提供ができていなくても、賃金は発生する

との論法で、出勤を拒否したまま、賃金を請求できないかが問題となります。

 解雇自体の違法性が強い場合や、ハラスメントが背景にある場合、こうした主張が通ることもなくはありません。しかし、解雇無効、地位確認、労務提供を求めているのが労働者の側であるという構造上、こうした主張を通すことは、必ずしも容易ではありません。

 このような状況の中、採用内定を辞退扱いとした後、出勤命令が出されたケースにおいて、出勤命令そのものが不適法であるとして、不就労期間中の賃金請求が認められた裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令5.12.18労働判例ジャーナル149-62 FIRST DEVELOP事件です。

2.FIRST DEVELOP事件

 本件で被告になったのは、IT関連システム開発、コンピュータソフトウェアの開発等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、中華人民共和国籍の男性です。日本の大学に在学中、被告代表者による採用内定を受け、令和4年2月7日に始期を同年4月1日とする雇用契約書を取り交わしました。

 しかし、令和4年3月28日、被告管理部の従業員cから、

「入社前研修講座について大幅な進捗後れがあったため、原告と被告代表者が話合いの上、原告が内定辞退を受け入れた」

という記載のある

「内定辞退受け入れ通知」

を送られました(本件内定辞退扱い)。

 こうした扱いを受け、原告が東京都労働相談情報センターに相談に行ったところ、令和4年4月3日、cから

「被告代表者から、明日出勤するように言われていること、出勤時間は9時から18時であること」

の連絡を受けました。

 これに対し、原告の方は「冗談じゃない」と回答するとともに、内定辞退扱いが違法無効であることを理由として地位確認等を請求する訴えを提起しました。

 本件の特徴の一つは、原告の方が、出勤に応じておらず、令和4年7月1日から他社就労をしているところにあります。

 こうした事実を踏まえ、被告は、

「原告は、令和4年3月22日、被告代表者に対し、別の会社に行きたいと相談した。そこで、被告は原告による内定辞退を受け入れ、本件内定辞退受入通知を送付した。被告が一方的に内定を取消したものではない。」

「被告は、同月28日、別の会社に行かないのであれば、出勤するよう要請したが、原告は出勤を拒否した。その後も被告は原告に対し、同年4月3日、4日及び5日にも出勤を要請したが拒否された。原告は無断欠勤をしているのであって、被告が原告に給与を支払う理由はない。」

と反論をしました。

 裁判所は、本件内定辞退扱いを労働契約の一方的な解約の意思表示(採用内定の取消)と理解し、その効力を否定したうえ、次のとおり述べて、賃金請求を認めました。

(裁判所の判断)
「前記認定事実によれば、被告は、令和4年4月3日及び4日、原告に対し、被告に出勤するよう伝えたが、原告は被告に出社しなかったことが認められる。しかし、原告は、同年3月28日に本件内定辞退扱いを受けた後、本件内定辞退扱いをどう処理するのか被告との間で話合いはされておらず、また、被告から本件内定辞退扱いを撤回するなどの意思表示もないままに出勤するよう伝えられており、被告から原告に対し適法な出勤命令があったと認めることはできない。したがって、原告が被告に出勤せずに、就労していなかったことは認められるものの、それは使用者である被告の責めに帰すべき事由によるものといえる。したがって、原告は被告に対する本件労働契約に基づく賃金請求権を失わない(民法536条2項)。

「原告が他社で得た収入については、民法536条2項に基づき、使用者たる被告に償還すべきであるところ、その控除額の上限については、労働基準法26条の趣旨にかんがみ、平均賃金の4割を限度とすべきものと解される(最判昭和37年7月20日・民集16巻8号1656頁参照)。そして、『雇入れの日に平均賃金を算定すべき事由の発生した場合』の平均賃金は、『都道府県労働局長の定めるところによる』とされており(労働基準法施行規則第4条)、昭22・9・13発基17号は『雇入れの日に平均賃金を算定すべき事由が発生した場合には、当該労働者に対し一定額の賃金が予め定められている場合には、その額により推算』すると定めているところ、東京都労働局長は係る場合の平均賃金の算定方法について、『月給×3÷雇入れ当日前3ヶ月間の暦日数』で平均賃金を算出すべきことを定めている・・・。本件においては、前記前提事実・・・によれば、本件労働契約において被告が原告に支払うべき賃金が月額20万円と予め定められており、雇入れ当日である令和4年4月1日の直前3か月間(同年1月1日から3月31日)の暦日数は合計90日であるから、平均賃金は20万円×3÷90日=6666円となり、その4割の額は2666円となる。」

「また、このように控除し得る中間収入は、その発生の期間が賃金の支給対象期間と時期的に対応していることを要すると解する(最判昭和62年4月2日・集民150号527頁参照)。」

「そして、原告が他社から得ていた期間及び収入額は、前記前提事実・・・記載のとおりであり、口頭弁論終結時点で締日が到来していない令和5年10月分以降については、原告がこれに対応する収入を得たことを認定することができず、控除すべきものとは認められない。以上より、上記基準に従って原告の賃金請求権が認められる額を算定すると、別紙『認容額』欄記載のとおりとなる。」

「よって、原告の賃金請求は、上記各金額及びこれらに対する各賃金の支払日の翌日から支払済みまで年3分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲で理由があり、これを超える部分については理由がない。」

3.出勤命令が違法である構成

 解雇撤回を受けて、就労を拒否した状態で賃金請求をするにあたっては、職場環境配慮義務違反・安全配慮義務違反を理由として「債権者の責めに帰すべき事由」を基礎付けるのが一般的だと思います。

 しかし、この裁判例は、出勤命令自体が違法だという法律構成をとりました。

 今回、こういった法律構成が示されたことは、解雇撤回の可否をめぐる紛争を処理するにあたり、実務上参考になります。

 

20歳代の女性部下から「これからも仲良くしよーねー!」と言われたり腹部をつつかれたりした50歳代男性管理職はどうあるべきか?

1.女性部下からのスキンシップがある場合とセクシュアルハラスメント

 セクシュアルハラスメントというと、嫌がる異性に対して、無理矢理性的な関係を強要するといったイメージを持たれる方もいると思います。

 しかし、現代では、こうした古典的なセクハラを目にすることは、それほど多くなくなってきているように思います。代わりに多くなっているのが、被害者の迎合的言動等がある事案です。被害者の迎合的言動、あるいは被害者側から親しげな態度をとられたことを受け、同意があるものと勘違いしてセクハラに及ぶケースです。

 最一小判平27.2.26労働判例1109-5L館事件が、

「職場におけるセクハラ行為については、被害者が内心でこれに著しい不快感や嫌悪感等を抱きながらも、職場の人間関係の悪化等を懸念して、加害者に対する抗議や抵抗ないし会社に対する被害の申告を差し控えたりちゅうちょしたりすることが少なくないと考えられる」

との経験則を示して以来、迎合的言動等があったとしても、性的自由、性的自己決定権の侵害は生じていると判断する裁判例が増えつつある中、被害者側の行動が、

迎合的言動なのか、

性的同意を基礎づけるものなのか、

を区別する必要に迫られる事件が注目を集めるようになっています。

 この区別は決して容易ではないため、予防法務的には、

職場には一切恋愛的な要素は持ち込まない、

年の離れた異性の側から何等かのアプローチ的な行為があったとしても、危険だから関係は一切持たない、

という行動が正解になります。そのことは、近時公刊された判例集に掲載されていた裁判例からもうかがうことができます。昨日もご紹介した、東京地判令5.12.15労働判例ジャーナル149-64 大東建託事件です。

2.大東建託事件

 本件で被告になったのは、建築工事及び土木工事の企画、設計、監理、施工などを行う株式会社です。

 原告になったのは、本件当時50歳代の男性であり、被告との間で期間の定めのない雇用契約を締結し、c支店で課長職として勤務していた方です。本件当時20歳代であった訴外dに対するセクシュアルハラスメントを理由に降格処分(本件懲戒処分)を受けた後、処分の無効等を主張し、降格処分前の職位にあることの確認等を請求したのが本件です。

 本件のセクシュアルハラスメントで特徴的なのは、訴外dの側からも、一定の接触行為があったところにあります。具体的に言うと、裁判所において、次の事実が認定されています。

(裁判所の事実認定)

「原告は、令和3年4月当時、被告のc支店の業務課課長として勤務しており、訴外dは同月に同支店の業務課に配属された。同支店の業務課には、原告、訴外dともう1名の従業員が所属していた。」

原告と訴外dは、LINEのやり取りをしており、訴外dはその中で、自身の袴姿の写真を投稿したり、原告のことを『aかちょ』と呼んだり、『これからも仲良くしよーねー!』と記載したことがあった・・・。

(中略)

「令和3年4月から5月、原告は、訴外dが、免許証の写真と自分の顔が違うと言って免許証を示してきた際に、これに応じる趣旨で「全然違うじゃん」と発言をした。また、原告は、訴外dが自分はニキビが多くて気にしていると言った際に、ニキビが多くても気にしないでよいと述べた。」

「令和3年6月、原告は、訴外dを連れて飲食店に夕食に出かけたところ、その駐車場で、訴外dの手を繋ごうとして手を差出したが、訴外dは止めて下さいと言って手を引き、原告と手を繋ぐことを拒否した。」

訴外dは、勤務中に、原告の腹部をつつくなどして原告にちょっかいを出すことがしばしばあったところ、これに応じて原告は、訴外dの大腿部を手で叩くように触っており、このようなことが少なくとも10回以上はあった。こうした行為は、c支店のもう一人の従業員が不在の時に行われていた。

「令和3年7月2日、原告は、訴外dとエレベーターに乗り、訴外dがエレベーターから降りる際に立ち止まったので、訴外dの臀部を手の平で2回叩き、その後原告が訴外dの前へ行き、後ろにいる訴外dに手を伸ばした際、原告の手が訴外dの胸に当たった。」

「令和3年7月2日、訴外dは、原告に対し、LINEで『お疲れ様です。次セクハラしてきたら本当にコンプラに通報しますからね』と投稿した。これに対し原告は、『良く言いますね。こちらが被害者ですよ。やめてくださいね。』と返信すると、訴外dは、『胸を触ってきたことに関しても謝罪はしないということでよろしいですね。』『ちょっと色々かんがえてみます。』と返信し、原告は『はい。考えてくださいね。ぽよん、ぽよんの件も一緒に考えてください。』と投稿した・・・。」

「同月4日、訴外dは、原告に電話をして、原告にはこれまで世話になっているが、徐々にセクハラがエスカレートしており、一緒に居ることが怖くなったこと、それまでにお尻や足を触られたことについては、自分も原告の腹部を触っていたからしょうがないとしても、胸を触られたことが衝撃的であった、原告が勘違いしているのであれば、自分は上司として以外は何とも思っていないので今後は止めてほしい旨を述べた。これに対し原告は、そもそも勘違いはしていない、コミュニケーションの一環で、訴外dは原告を触る際に喜んでいたので、自分が触られることも別によいと思っていた、原告はその際に止めるように叩いたのがほとんどであり、変な気持ちで触りに行ったことはないと述べた。その際に原告は、車の中で手を繋ごうとしたことは本当に覚えていないが、ショッピングモールで歩いている時に手を繋ごうとしたことは冗談でやった旨述べた。その上で訴外dは、自分が懐いていたことは確かであって謝罪するから、原告にも謝罪して欲しい旨求め、原告も色々悪かった旨述べた・・・。」

 このような事実認定のもと、裁判所は、次のとおり述べて、本件懲戒処分の効力を認めました。

(裁判所の判断)

・本件懲戒処分の客観的合理性及び社会通念上相当性について

「原告の前記行為は、c支店の業務課課長という地位にある原告が、同課の女性新入社員に対し、故意に身体を触るセクハラを継続的に行っていたというものであって、悪質な行為といわざるを得ない。確かに本件では、訴外dの側から親密な内容のLINEが投稿されたり・・・、原告の腹部を頻繁に触ることがあったとはいえ、原告の職位や立場からすれば、訴外dに従業員同士の適切なコミュニケーションの取り方を指導すべきところ、そのような指導をすることなく、自分からも繰り返し訴外dの身体を触り、最終的には原告の行為がエスカレートしたと感じた訴外dから抗議を受けるに至ったものであるから、本件懲戒処分の量定を検討するに際し、訴外dと原告とのやり取りや訴外dが原告の腹部を触っていたこと等を重視すべきではない。

「そして、被告においては、従業員に対し、身体的接触等の具体例を示してセクハラ行為に対する注意喚起がされており、その上原告は、前件処分において、女性従業員の身体に触ったことを主な理由として譴責処分を受けたにもかかわらず、訴外dの身体を繰り返し触ったものである。そして原告は、訴外dから抗議の電話を受けた際も、訴外dが自分の身体を触ってきたことが理由であると述べ、被告に提出した顛末書においても、反省の弁を記載する一方で、訴外dが性的に奔放な女性であるとの印象を与える事柄を記載しており・・・、自らの行為の問題点を十分に理解し反省しているとは言い難い。」

「また、前記認定のとおり訴外dにも注意書が交付されていることに加え、原告と訴外dの年齢や被告における立場の違い、懲戒処分歴の有無等に照らせば、本件懲戒処分が訴外dとの関係で平等性を欠くとは評価できない。」

3.上司は適切なコミュニケーションの取り方を指導すべき

 以上のとおり、原告が、

「原告の職位や立場からすれば、訴外dに従業員同士の適切なコミュニケーションの取り方を指導すべき」

であったとしたうえ、裁判所は訴外d側の言動を懲戒処分の処分量定を考えるにあたり重視しないとの判断を示しました。

 このように異性の部下の側からの言動に乗ったとしても、そのことを裁判所が有利に斟酌してくれるとは限りません。やはり、守るべき立場のある方は、経緯を問わず、とにかく職場に性的要素を持ち込まないようにすることが推奨されます。

 

セクハラ行為者がしない方がいい弁解(被害者が性的に奔放な女性であるとの印象を与えようとする弁解)

1.セクシュアルハラスメント

 「職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されること」を「職場におけるセクシュアルハラスメント」といいます(厚生労働省の告示(平成18年厚生労働省告示第615号『事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針』【令和2年6月1日適用】)

 近時、ハラスメントに対する意識の高まりもあり、セクシュアルハラスメントを理由に懲戒処分などの不利益処分を受ける例が増えているように思います。

 セクシュアルハラスメントが問題になった時、行為者の側から、しばしば

「被害者は性的に奔放であった」

と弁解されることがあります。

 しかし、この種の弁解が有効に機能した例は見たことがありません。少し前にも、こうした弁解が裁判所に一蹴された裁判例が公刊物に掲載されています。

性的に奔放であることは、セクハラによる心理的負荷を希薄する理由にはならないとされた例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 それでは、こうした弁解について、無益であることを超え、有害になることはないのでしょうか?

 迎合的言動がどれだけ重視されるかは措くとして、色々な事実を指摘して「合意があった」「故意がない」と主張するのは、別に問題ではないと思います。しかし、性的に奔放だからといってセクハラをして良いことにはならないはずです。人格非難・侮辱的な意味合いも帯びています。このように考えると「性的に奔放であった」という系統の弁解は「問題の本質を理解していない」「二次被害を生じさせている」といったように悪印象を与えかねず、むしろしない方がいいのではないかとも思えてきます。

 近時公刊された判例集に、こうした懸念が現実化した裁判例が掲載されていました。東京地判令5.12.15労働判例ジャーナル149-64 大東建託事件です。

2.大東建託事件

 本件で被告になったのは、建築工事及び土木工事の企画、設計、監理、施工などを行う株式会社です。

 原告になったのは、本件当時50歳代の男性であり、被告との間で期間の定めのない雇用契約を締結し、c支店で課長職として勤務していた方です。本件当時20歳代であった訴外dに対するセクシュアルハラスメントを理由に降格処分(本件懲戒処分)を受けた後、処分の無効等を主張し、降格処分前の職位にあることの確認等を請求したのが本件です。

 本件では降格処分に先立ち、原告から次のような顛末書が提出されていました。

「原告は、上記面談での求めに応じて、同年10月25日、顛末書を提出した(甲5)。同顛末書には、訴外dについて、脱毛しているから陰毛がない、風呂上りは裸で寝る、交際相手の家に宿泊に行くので交際相手が好きな黒の下着を買ったといったことを、恥ずかしげもなく何でも話す、変わった人物であること等が記載されている。」

 要するに、被害者は性的に奔放であったとの主張ですが、裁判所は、次のとおり述べて、原告の主張を排斥しました。

(裁判所の判断)

・本件懲戒処分の客観的合理性及び社会通念上相当性について

「原告の前記行為は、c支店の業務課課長という地位にある原告が、同課の女性新入社員に対し、故意に身体を触るセクハラを継続的に行っていたというものであって、悪質な行為といわざるを得ない。確かに本件では、訴外dの側から親密な内容のLINEが投稿されたり・・・、原告の腹部を頻繁に触ることがあったとはいえ、原告の職位や立場からすれば、訴外dに従業員同士の適切なコミュニケーションの取り方を指導すべきところ、そのような指導をすることなく、自分からも繰り返し訴外dの身体を触り、最終的には原告の行為がエスカレートしたと感じた訴外dから抗議を受けるに至ったものであるから、本件懲戒処分の量定を検討するに際し、訴外dと原告とのやり取りや訴外dが原告の腹部を触っていたこと等を重視すべきではない。」

「そして、被告においては、従業員に対し、身体的接触等の具体例を示してセクハラ行為に対する注意喚起がされており、その上原告は、前件処分において、女性従業員の身体に触ったことを主な理由として譴責処分を受けたにもかかわらず、訴外dの身体を繰り返し触ったものである。そして原告は、訴外dから抗議の電話を受けた際も、訴外dが自分の身体を触ってきたことが理由であると述べ、被告に提出した顛末書においても、反省の弁を記載する一方で、訴外dが性的に奔放な女性であるとの印象を与える事柄を記載しており・・・、自らの行為の問題点を十分に理解し反省しているとは言い難い。

「また、前記認定のとおり訴外dにも注意書が交付されていることに加え、原告と訴外dの年齢や被告における立場の違い、懲戒処分歴の有無等に照らせば、本件懲戒処分が訴外dとの関係で平等性を欠くとは評価できない。」

3.弁明をする/しないの判断、弁明の内容は弁護士に相談を

 懲戒処分前の弁明はしない方がいいことがあります。する場合でも、後の裁判での影響をきちんと考えておく必要があります。内容によっては、本件のように「問題点を十分に理解して反省しているとは言い難い」などと処分を正当化する事情として用いられることがあります。

 こうしたこともあるため、懲戒手続が開始されたら、その段階で、一度、弁護士に相談をしておくことが推奨されます。