弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

管理監督者に相応しい待遇を判断する際の視点-非管理監督者の最上位が同程度の残業をしたらどうなるか?

1.管理監督者性

 管理監督者には、労働基準法上の労働時間規制が適用されません(労働基準法41条2号)。俗に、管理職に残業代が支払われないいといわれるのは、このためです。

 残業代が支払われるのか/支払われないのかの分水嶺になることから、管理監督者への該当性は、しばしば裁判で熾烈に争われます。

 管理監督者とは、

「労働条件その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者」

の意と解されています。そして、裁判例の多くは、①事業主の経営上の決定に参画し、労務管理上の決定権限を有していること(経営者との一体性)、②自己の労働時間についての裁量を有していること(労働時間の裁量)、③管理監督者にふさわしい賃金等の待遇を得ていること(賃金等の待遇)といった要素を満たす者を労基法上の管理監督者と認めています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ」〔青林書院、改訂版、令3〕249-250参照)。

 それでは、このうち③の要素、「管理監督者に相応しい賃金等の待遇」はどのように立証するのでしょうか?

 昨日ご紹介させて頂いた、東京地判令5.3.3労働経済判例速報2535-3 日本レストランシステム事件は、この問題を考えるうえでも参考になります。

2.日本レストランシステム事件

 本件で被告になったのは、飲食店の経営や菓子類の製造販売等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、戦略本部所属の課長B職の地位にあった被告の元従業員です。退職後、管理監督者に該当しないのに管理監督者として扱われていたとして、時間外勤務手当等を請求する訴えを提起したのが本件です。

 裁判所は「待遇」について、次のとおり述べて、消極的に評価しました。なお、結論としても、管理監督者性は否定されています。

(裁判所の判断)

「前記認定のとおり、被告における原告の年収は、平成30年度は上位16番目、令和元年度は上位23番目に位置しており、被告における労働者の最高位である部長に次ぐ待遇を受けていたものである。」

もっとも、原告は本件請求期間において月に100時間を超える時間外等労働を余儀なくされていたところ、これに見合う手当や賞与が支払われていたとは言い難い。すなわち、非管理監督者である店長職の給与(最上位の店長は月額33万円・・・)と比較すると、最上位の店長が月100時間の時間外等労働を行った場合には、45時間分の固定残業代が有効だとしても、割増賃金が相当程度発生するため、原告の月額42万円の給与を優に超えることになるのである。そうであれば、原告が非管理監督者と比べて厚遇されているとはいえない。

以上によれば、原告の月額42万円という給与額及び700万円程度の年収額は、労働時間等の規制を超えて活動することを要請されてもやむを得ないといえるほどに優遇されているとまではいえない。

「以上のように、原告は、被告においてある程度重要な職責を有していたものの、本件請求期間においては、実質的に経営者と一体となって経営に参画していたとまではいえず、労働時間に関する裁量を有していたともいえないし、待遇面でも十分なものがあったとはいえない。したがって、原告が管理監督者の地位にあったということはできず、他にこれを認めるに足りる的確な証拠は存しない。」

3.非管理監督者の最上位が同程度の残業をしたら・・・

 ①、②の要素は比較的検討しやすいのですが、③の「待遇」については、絶対的な賃金の多寡をいうのか、企業内部における相対的な賃金の序列を指摘すればいいのか、立証の指標がそれほど明瞭ではありません。

 この裁判例は、相応しい待遇か否かを判断するにあたり、

非管理監督者の最上位が同程度の残業をしたらどのような賃金水準になるのか?

を指標として優遇されていたのか否かを判断しています。これは「待遇」を評価するにあたり、他の事案でも参考になる考え方であるように思われます。

 

管理監督者性の判断にあたっては残業代請求期間の働き方をみること

1.管理監督者性

 管理監督者には、労働基準法上の労働時間規制が適用されません(労働基準法41条2号)。俗に、管理職に残業代が支払われないいといわれるのは、このためです。

 残業代が支払われるのか/支払われないのかの分水嶺になることから、管理監督者への該当性は、しばしば裁判で熾烈に争われます。

 管理監督者とは、

「労働条件その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者」

の意と解されています。そして、裁判例の多くは、①事業主の経営上の決定に参画し、労務管理上の決定権限を有していること(経営者との一体性)、②自己の労働時間についての裁量を有していること(労働時間の裁量)、③管理監督者にふさわしい賃金等の待遇を得ていること(賃金等の待遇)といった要素を満たす者を労基法上の管理監督者と認めています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ」〔青林書院、改訂版、令3〕249-250参照)。

 このうち、①の経営者との一体性は、どの時期との関係で判断されるのでしょうか?

 会社の中には「プレイングマネージャー」と呼ばれる方々がいます。

 法令用語ではないため、明確な定義はありませんが、一例を挙げると、

「部下の育成・指導などを行う『マネジャー』としての役割と、売上に貢献する現場の『プレーヤー』としての役割を共に担うポジション」

であると言われています。

プレイングマネジャーとは――役割と仕事内容、管理職との違いは - 『日本の人事部』

 この「プレイングマネージャー」の業務実体は、流動的であることが少なくありません。ある時は事業経営上の重要な役割に注力し、別の時は人手不足の現場を補うため従業員側に近い働き方をしているといったようにです。

 このように、仕事の幅が広く、管理職側と従業員側とで時期によって軸足が動いている労働者の管理監督者性は、どのように判断されるのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令5.3.3労働経済判例速報2535-3 日本レストランシステム事件です。

2.日本レストランシステム事件

 本件で被告になったのは、飲食店の経営や菓子類の製造販売等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、戦略本部所属の課長B職の地位にあった被告の元従業員です。退職後、管理監督者に該当しないのに管理監督者として扱われていたとして、時間外勤務手当等を請求する訴えを提起したのが本件です。

 本件の原告は、プレイングマネージャー的な働き方をしていましたが、裁判所は、次のとおり述べて、その権限・責任は限定的であったと判示しました。結論においても、管理監督者性を否定しています。

(裁判所の判断)

「被告は、原告が労基法41条2号の管理監督者に該当する旨主張するところ、同号の管理監督者が、時間外手当等の支給の対象外とされるのは、当該労働者が経営者と一体的な立場にあり、重要な職務と責任を有しているために、労働時間、休憩、休日等に関する規制の枠を超えて労働することが要請されるという経営上の必要とともに、当該労働者は出退勤などの自己の勤務時間についてある程度自由裁量を働かし得るため、厳格な労働時間規制をしなくても保護に欠けるところがないことが理由であるとされる。」

「したがって、当該労働者が管理監督者に該当するというためには、その業務の態様、与えられた権限・責任、労働時間に対する裁量、待遇等を実質的にみて、上記のような労基法の趣旨が充足されるような立場であるかが検討されるべきである。」

「以下、このような観点から、原告が管理監督者に当たるかについて検討する。」

「ア 業務の態様、権限、責任」

「前記認定事実に照らすと、原告は、被告における最重要部門である戦略本部において、『□□』ブランドの事業経営について、D会長から示されたアイデアや大枠をもとに、企画内容、出店場所、メニューリスト、価格やコスト等について案を作成し、D会長とC常務とともに三者や話合いをして調整し、D会長の承認後はC常務とともに実行フェーズに移すという業務を遂行していたほか、戦略営業部の責任者として、『□□』13店舗を統括していたのであって、これらの業務が被告にとって経営上非常に重要なものであることは否定できない。」

「もっとも、戦略本部における上記の経営企画業務は、あくまでD会長の考えを具体化する作業というべきであって、原告にある程度の裁量や権限があったことは認められるが、最終的にはD会長が重要な経営事項を決定していたものと認められる。」

「また、原告は、『□□』の各店舗の社員の一次評価を行ったり、各店舗のアルバイトを採用する権限を有していたものの、アルバイトの解雇や社員の採用・解雇等の権限はなく、その人事権限は限定的なものであった。」

「さらに、本件請求期間においては、『□□』の新規店舗の急拡大により人員が慢性的に不足し、原告は戦略本部における経営企画業務よりも、シフト表作成、社員・アルバイトの指導・教育、開店作業、キッチン業務、ホール業務、閉店作業等の店舗業務に追われることとなり、戦略本部の意思を実現するために経営側として従業員に指揮命令するというよりは、指揮命令される側である従業員側の労務が中心になっていたと認められる。

「以上を踏まえると、本件請求期間においては、会社の経営全体における原告の影響力は低くなっており、その権限・責任も限定的であったと評価するのが相当である。

3.「本件請求期間においては」

 裁判所の判断の中で個人的に興味を持ったのは、「本件請求期間においては」という言葉が登場しているところです。

 裁判所は「本件請求期間においては」経営全体における原告の影響力が低くなっていたとして、経営者との一体性(権限・責任)を否定しています。これは、裏を返せば、経営者との一体性があるかのように見える時期があったとしても、何等かの要因(人手不足など)で指揮命令される側としての仕事に軸足が動いていた場合、少なくともその期間は管理監督者性がなくなるという意味に捉えられます。

 当初は管理監督者的な働き方をしていたとしても、その後、職場環境が変化して従業員側の働き方に軸足が移ってしまった人は、軸足が移って以降の残業代を請求できる可能性があります。

 気になる方は、一度、弁護士に相談してみると良いと思います。もちろん、当事務所でも、相談はお受けしています。

 

自治会費等の預り金を横領した公務員に対する退職手当支給制限処分(全部不支給)が取消された例

1.公務員の懲戒免職処分と退職手当支給制限処分

 昨日、公務員は懲戒免職処分を受けると、基本的に退職手当の全額の支給を受けられなくなるという話をしました。国家公務員について、

昭和60年4月30日 総人第 261号 国家公務員退職手当法の運用方針 最終改正 令和4年8月3日閣人人第501号

が全部不支給を原則とすることを定めており、地方公務員についても、多くの自治体が、この例に倣っているからです。

内閣人事局|国家公務員制度|給与・退職手当

https://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/jinjikyoku/files/sekougo_2.pdf

 本日も、昨日に引き続いて、懲戒免職処分を受けながら、退職手当支給制限処分(全部不支給)が取消された最近の裁判例(松山地判令5.9.12労働判例ジャーナル142-56 宇和島市事件)をご紹介させて頂きます。

2.宇和島市事件

 本件で原告になったのは、宇和島市役所に在籍していた市職員だった方です。

 宇和島市内に存する自治会の一つで班長をしており、管理していた自治会費等の預り金を横領したとして、懲戒免職処分、退職手当支給制限処分(全部不支給)が行われました。これに対し、退職手当支給制限処分の取消を求め、被告宇和島市を訴えたのが本件です。

 原告は、以前にも同じ自治会の不適切会計で戒告処分を受けていましたが(別件処分)、裁判所は、次のとおり述べて、退職手当支給制限処分の取消を認めました。

(裁判所の判断)

「本件条例の規定により支給される一般の退職手当等は、勤続報償的な性格を中心としつつ、給与の後払的な性格や生活保障的な性格も有するものと解される。そして、本件規定は、個々の事案ごとに、退職者の功績の度合いや非違行為の内容及び程度等に関する諸般の事情を総合的に勘案し、給与の後払的な性格や生活保障的な性格を踏まえても、当該退職者の勤続の功を抹消し又は減殺するに足りる事情があったと評価することができる場合に、退職手当支給制限処分をすることができる旨を規定したものと解される。このような退職手当支給制限処分に係る判断については、平素から職員の職務等の実情に精通している者の裁量に委ねるのでなければ、適切な結果を期待することができない。」

「そうすると、本件規定は、懲戒免職処分を受けた退職者の一般の退職手当等につき、退職手当支給制限処分をするか否か、これをするとした場合にどの程度支給しないこととするかの判断を、退職手当管理機関の裁量に委ねているものと解すべきである。したがって、裁判所が退職手当支給制限処分の適否を審査するに当たっては、退職手当管理機関と同一の立場に立って、処分をすべきであったかどうか又はどの程度支給しないこととすべきであったかについて判断し、その結果と実際にされた処分とを比較してその軽重を論ずべきではなく、退職手当支給制限処分が退職手当管理機関の裁量権の行使としてされたことを前提とした上で、当該処分に係る判断が社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に違法であると判断すべきである。」

「原告は、被告の課長補佐ないし室長補佐であった平成26年度から課長に昇格した平成31年度までの6年間にわたって、本件預り金の一部(18万1100円)について、本件班員に対し、虚偽の精算報告を行った上、余剰金の返還をしておらず、本件不祥事は相応に悪質な行為というべきである。そして、原告は、平成28年に別件処分を受けていたこと、別件不適切会計の調査の際、被告に一部虚偽の報告をしていたこと・・・、『責任の重さを痛感し、ここに深く反省するとともに関係者各位に対し心から深くお詫びし、繰り返さないことを誓います。』などと記載した顛末書を提出したにもかかわらず、別件不適切会計の調査と同時に並行して本件不祥事を行っていたこと、本件不祥事の調査の際、当初は虚偽の報告を行っていたこと・・・などの事情も踏まえると、原告に対する退職手当の減額自体はやむを得ないといわざるを得ない。」

「しかしながら、本件不祥事及び別件不適切会計は、いずれも公務外の非違行為であること、本件不祥事は相応に悪質な行為というべきであるものの、問題となった金額等によれば、悪質性の程度が高いものとまではいえないこと、別件処分は横領を理由としたものではないこと、本件不祥事で問題となった金員は、最終的に本件班員に返還され、本件不祥事及び別件不適切会計のいずれも刑事事件として立件されることはなかったことなどの事情に鑑みると、本件不祥事について、原告の勤続の功を抹消するに足りる事情があるとまでは認められないから、1637万2773円の退職手当を全額不支給とする本件退職手当支給制限処分は、社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱したものといわざるを得ない。

なお、被告は、生活保護業務の責任者である原告の不正が発覚したことにより、生活保護を受給していた生活困窮者に被告及び被告職員に対する不信を抱かせることとなり、現場を担当する職員の業務に影響が出たと主張するが、これを認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。また、原告は、本件不祥事に関する弁明の機会において、別件不適切会計で問題となっている金員について、生活費等のために流用したという趣旨の発言をしているが、このこと自体は、前記認定を左右するものではない。」

「そうすると、本件退職手当支給制限処分に当たって別件不適切会計を違法に考慮したものであるという原告の主張の当否について判断するまでもなく、本件退職手当支給制限処分は違法であると認められる。」

3.処分庁の処分理由の構成に隙があったのではないか?

 本件は公務外非行とはいえ、横領行為を問題にするものであるため、よく取消が認められたなというのが率直な印象です。その理由ですが、被告の主張の仕方に隙があったように思います。

 本件の被告は、処分の適法性を基礎づける事情として、次のような考慮要素を掲げていました。

「(1)原告は、公務に対する信頼を保持すべき公務員であり、職員を指導・監督し、高い倫理が求められる課長級の職(管理職)であった上、別件不適切会計の際も、管理職である課長補佐であった。」

「(2)原告は、少なくとも6年間、本件預り金の一部について、決められた額の寄付等を本件自治会に納めず、また、あたかも納めたかのような収支報告を作成し、発覚を長期間にわたって逃れ、原告自身の生活費とパチンコに使うという刑法上の横領罪に相当する行為を繰り返し行った。この行為は、被告及び被告職員全体に対する市民の信用を失墜させるものである。

「(3)生活保護業務の責任者である原告の不正が発覚したことにより、生活保護を受給していた生活困窮者に被告及び被告職員に対する不信を抱かせることとなり、現場を担当する職員の業務に影響が出た。

「(4)原告は、別件不適切会計で戒告処分を受け、顛末書において『深く反省する』、『繰り返さないことを誓う』と宣言しておきながら、これと同時に並行して本件不祥事を行っていた。

「(5)原告は、本件班員との間で、問題となった金員の返還に十分な猶予期間を与えられていたにもかかわらず、期日までに返還できなかった。

「(6)原告は、本件不祥事の調査過程において、別件不適切会計が私的流用であったことを認め、別件不適切会計の調査の際、重い処分を逃れるために虚偽の報告を行っていたことが発覚した。このことは、本件退職手当支給制限処分において、非違行為後における言動を判断する上で、加重する一要素であるが、別件不適切会計に対する処分を再評価するものではない。

 本件では、

「生活保護を受給していた生活困窮者に被告及び被告職員に対する不信を抱かせることとなり、現場を担当する職員の業務に影響が出たと主張するが、これを認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。」

と判示されており、(2)(3)は証拠のない反駁されやすい主張だったといえます。

 また、不適切会計や横領との行為態様の差異が混同されていますし(4)、本件では、上記に指摘した以外にも、

「本件自治会は、別件不適切会計について、原告を告訴等していない。」

という事実が認定されています。当事者である自治会が特に問題視しておらず、最終的に返済までされているのに、部外者である宇和島市が期日の遵守にとやかく言うのもおかしなことです(5)。

 要するに、被告は、悪性を強調しようとするあまりに盛りすぎた主張をしています。

 結果、論拠としていたものが次々と弾劾され、処分の前提となる事実認識が崩壊したから、この処分は最早維持できないという判断に至ったのではないかと推測されます。

 この自治体が「盛る」現象は、公務員の懲戒処分に関する事案を扱っていると、割と良く目にします。盛られた事件は争いやすいので、過剰に悪く主張されていることは、決して悲観的になる材料ではありません。

 

精神疾患の影響とそれまでの公務への貢献が評価されて退職手当支給制限処分(全部不支給)が取り消された例

1.公務員の懲戒免職処分と退職手当支給制限処分

 国家公務員退職手当法12条1項は、

「退職をした者が次の各号のいずれかに該当するときは、当該退職に係る退職手当管理機関は、当該退職をした者(当該退職をした者が死亡したときは、当該退職に係る一般の退職手当等の額の支払を受ける権利を承継した者)に対し、当該退職をした者が占めていた職の職務及び責任、当該退職をした者が行つた非違の内容及び程度、当該非違が公務に対する国民の信頼に及ぼす影響その他の政令で定める事情を勘案して、当該一般の退職手当等の全部又は一部を支給しないこととする処分を行うことができる。

一 懲戒免職等処分を受けて退職をした者

・・・」

と規定しています。

 文言だけを見ると、懲戒免職処分を受けた国家公務員に対しても、退職手当等が一部支給される余地が広く残されているように思われます。

 しかし、懲戒免職処分を受けた国家公務員に対して退職手当等が支払われることは、実際にはあまりありません。昭和60年4月30日 総人第 261号 国家公務員退職手当法の運用方針 最終改正 令和4年8月3日閣人人第501号により、

「非違の発生を抑止するという制度目的に留意し、一般の退職手当等の全部を支給しないこととすることを原則とするものとする」

と定められているからです。

内閣人事局|国家公務員制度|給与・退職手当

https://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/jinjikyoku/files/sekougo_2.pdf

 上記は国家公務員についてのルールですが、多くの地方公共団体は地方公務員に対して同様のルールを採用しています。

 しかし、近時公刊された判例集に、懲戒免職処分が有効とされながら、退職手当支給制限処分(全部不支給)が取り消された裁判例が掲載されていました。横浜地判令5.9.13労働判例ジャーナル142-48 神奈川県・神奈川県警察本部長事件です。

2.神奈川県・神奈川県警察本部長事件

 本件で原告になったのは、神奈川県警の警察官であった方です。

 以下の各非違行為により懲戒免職処分・退職手当支給制限処分(1290万9229円全部不支給)をされたことを受け、各処分の取消を求める訴えを提起したのが本件です。

(各非違行為の内容)

「令和2年2月19日、q1交番において、巡査長Aに対し、右手で胸倉を掴むなどの暴行を加えて、その職務の執行を妨害し、巡査Bが公務執行妨害の現行犯人として逮捕しようとした際、その胸倉を掴み、その顔面に頭突きする暴行を加え、職務を妨害するとともに、全治1週間の傷害を負わせた(本件非違行為1)。

「令和2年2月4日、小田原市所在の本件飲食店において、店員Cに対し、自己がトラブルとなった相手方を呼び出せと因縁をつけ、『ぶっ壊すぞ、この野郎。呼べよ早く。テメー常連だっつったろこの野郎。』等と語気鋭く、執拗に申し向けて脅迫し、同人にトラブルの相手方を呼び出させる義務のないことを行わせようとしたが、その目的を遂げなかった(本件非違行為2)。

「令和2年1月20日、神奈川県小田原市内のJR小田原駅において、非番時に、神奈川県迷惑行為防止条例違反(盗撮)の被疑者を、警察官として現行犯逮捕したにもかかわらず、事案の詳細を説明せずに、被疑者を引致する手続をとることなく、また、現行犯人逮捕手続書を作成することなく、その場から立ち去り、引致までに1時間半以上を要したほか、被疑者を釈放するなど捜査に支障を来した(本件非違行為3)。

「川崎市警察部において、

〔1〕令和元年12月23日、通勤手当の申請手続を実施したが、当該職員の申請した通勤経路が認定されない旨を説明した職員Dに対し、「認定されないことに納得がいかない」等と大声で叱責するなどし、職員Dが体調不良となった(本件非違行為4〔1〕)

〔2〕令和元年12月24日、庶務係長Eに『俺が目の前で話しかけたのに無視したな。今更口を出すな』等と大声で叱責し、庶務係長Eが体調不良となった(本件非違行為4〔2〕)

〔3〕令和2年1月31日午前9時3分頃、当該職員は出勤した際、右肩に持っていたカバンを執務中の調査官Fにぶつけ、調査官Fを睨みつけながら『お前、嘘ばかり監察についてんじゃねえよ。』等と激高するなど不適切な行為をした(本件非違行為4〔3〕)。」

「座間警察署長らに対し、

〔1〕令和2年1月15日午前3時41分頃から午前5時33分頃までの間、座間警察署長に対し、連続して5回電話をかけるなど、不適切な行為をした(本件非違行為5〔1〕)

〔2〕令和2年1月15日午前3時43分頃から午前3時50分頃までの間及び同日午前4時7分頃から同日午前5時33分頃までの間、座間警察署副署長に対して、2回に分け、合計93分間電話するなど、不適切な行為をした(本件非違行為5〔2〕)

〔3〕令和元年12月13日午前10時15分頃から午前10時25分頃までの間、警察本部庁舎内において、調査官Gに対し、監察官室において監督上の措置を受けたことに腹を立て、『自分の上しか見てねーんだな。お前なんかやってやんかんな。こいつはバカだから。こんなやつなんだよ。』等と語気荒く申し向けるなど、不適切な行為をした(本件非違行為5〔3〕)。

 本件の裁判所は、懲戒免職処分を有効としましたが、次のとおり述べて、退職手当支給制限処分を取消しました。

(裁判所の判断)

「本件条例の規定により支給される一般の退職手当等は、勤続報償的な性格を中心としつつ、給与の後払的な性格や生活保障的な性格も有するものと解される。そして、本件条例12条1項は、個々の事案ごとに、退職者の功績の度合いや非違行為の内容及び程度等に関する諸般の事情を総合的に勘案し、給与の後払的な性格や生活保障的な性格を踏まえても、当該退職者の勤続の功を抹消し又は減殺するに足りる事情があったと評価することができる場合に、退職手当支給制限処分をすることができる旨を規定したものと解される。このような退職手当支給制限処分に係る判断については、平素から職員の職務等の実情に精通している者の裁量に委ねるのでなければ、適切な結果を期待することができない。」

「そうすると、本件条例12条1項は、懲戒免職等処分を受けた退職者の一般の退職手当等につき、退職手当支給制限処分をするか否か、これをするとした場合にどの程度支給しないこととするかの判断を、任命権者の裁量に委ねているものと解すべきである。したがって、裁判所が退職手当支給制限処分の適否を審査するに当たっては、任命権者と同一の立場に立って、処分をすべきであったかどうか又はどの程度支給しないこととすべきであったかについて判断し、その結果と実際にされた処分とを比較してその軽重を論ずべきではなく、退職手当支給制限処分が任命権者の裁量権の行使としてされたことを前提とした上で、当該処分に係る判断が社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に違法であると判断すべきである(最高裁令和5年6月27日第三小法廷判決・裁判所時報1818号1頁参照)。」

「前記・・・で説示のとおり、原告は、警察の中でも上級職の警部でありながら、粗暴な態様で複数の犯罪行為(本件非違行為1及び2)に及んだものであり、その非違の内容及び程度並びに警察に係る公務に対する信頼に及ぼした支障の程度は重大というべきである。また、本件非違行為3では、原告が捜査手続を懈怠したことにより、被疑者を釈放せざるを得なくなったもので、公務の遂行に及ぼした支障の程度を軽視することはできない。さらに、原告は警察内部における職員への暴言等の非違行為(本件非違行為4〔1〕ないし〔3〕及び5〔1〕ないし〔3〕)により、職場環境を悪化させ、公務の遂行に及ぼしており、この点も看過することはできない。」

しかしながら、前記・・・のとおり、本件各非違行為は、いずれも本件疾患の影響を受けて行われたものであり、特に公務に対する信頼を損なわせた点において重大といえる本件非違行為1及び2に加え、本件非違行為3、4〔3〕、5〔1〕及び〔2〕の当時にも、原告は重度の躁状態であったものである。そして、これらの非違行為の態様や本件疾患の特徴及び症状・・・等にも照らすと、各行為時において、本件疾患が原告の行動制御能力に与えた影響は著しいものであったと考えられ、その責任全てを原告に帰することはできないというべきであり、本件各非違行為に至った経緯には酌むべきところがある。

加えて、原告は、約24年にわたり勤続し、神奈川県内における犯罪の検挙や治安維持に貢献をしてきたこと、平成19年2月からは警察学校教官を務め、平成24年には警部に昇任し、上級職として警察官の指導、育成等にも貢献をしてきたこと、家族の事情で断念することにはなったが、在外公館警備対策官の試験にも合格するなどし、その職務に精励していたことが認められ・・・、令和元年12月に本部長注意を受けているが、その対象となった行為は、その内容に照らし、本件疾患の影響によるものとみることができるものであり、原告には、本件疾患の症状が悪化する前の処分歴もなかったものである・・・。これらによれば、原告のこれまでの公務への貢献の程度は、相応に大きいものということができる。

以上の事情を勘案すれば、本件各非違行為について、原告の勤続の功を抹消するに足りる事情があったとまでは評価することはできない。そうすると、原告の一般の退職手当等について、その一部にとどまらず、全部(1290万9229円)の支給を制限とした本件支給制限処分に係る処分行政庁の判断は、社会通念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を逸脱し、又は濫用したものというべきである。

3.退職手当支給制限処分の取消が認められた珍しい例

 懲戒免職処分を受けると基本的に退職手当は全額不支給になります。裁判所は行政の裁量を広範に認めており、こうした処分行政庁の判断が取り消される例は、それほど多くありません。

 本件は精神疾患の非違行為への影響とそれまでの公務への貢献が評価されて退職手当支給制限処分の取消が認められました。裁判所の判断は、退職手当支給制限処分を争うにあたっての視点を示すものであり、実務上参考になります。

 

復職にあたり労働者に不当な要求をしたとのことで、復職合意に基づいて復職するまでの間の賃金請求が認められた例

1.復職にあたっての不当な条件設定にどう対応するか?

 休職していた労働者が復職するにあたり、勤務先があれこれと条件を付けようとしてくることがあります。保証人をつけろだとか、労働条件の不利益変更を了承しろだとか、そういったことが典型です。

 しかし、復職の要件は「治癒」だと理解されています。「治癒」とは「従前の職務を通常の程度に行える健康状態に回復したこと」をいいます(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕479頁参照)。従前の職務を通常の程度に行える健康状態に回復したのですから、傷病が治癒した労働者からの労務提供は、労働契約の本旨に従ったものです。契約の本旨に従った労務の提供があるのに、その受領を拒絶するのは、使用者側の都合であり、賃金の支払い義務を免れないと帰結されそうです。

 ただ、条件の設定は、労務提供の受領の拒絶に該当するのかという問題があります。例えば、労働条件の不利益変更に対しては、異議を留保したうえで労務を提供し、働きながら、不利益変更の効力を法的に争ってゆくという選択もないわけではありません。こうした考え方に立つと、働かないのは労働者の判断であり、賃金を請求することはできないという考え方も成り立ちそうに思われます。

 それでは、この復職の際に付けられる条件の問題は、どのように理解すればよいのでしょうか? 一昨日、昨日とご紹介している、東京地判平30.7.10労働判例1298-82 システムディほか事件は、この問題を考えるうえでも参考になる判断を示しています。

2.システムディ事件

 本件で被告になったのは、

ソフトウェアの製造、販売等を目的とする株式会社(被告会社)と

被告会社の代表取締役会長兼社長(被告Y1)です。

 原告になったのは、被告との間で雇用契約を締結していた方です(昭和38年生まれの男性)。

雇用契約に基づく賃金及び賞与を理由なく減額したことを理由とする賃金・賞与請求、

上司らから退職強要を受けたことなどを理由とする損害賠償請求、

被告Y1から人格を毀損する言動を受けたことを理由とする損害賠償請求、

休職期間満了後、労務提供の受領を拒絶されたことを理由とする賃金・賞与請求、

復職後の減額分の賃金・賞与請求、

有給休暇取得分の賃金の不払を理由とする賃金請求

を併合して訴えを提起しました。

 この裁判例では多数の注目すべき判断がされていますが、本日ご紹介させて頂くのは、

休職期間満了後、労務提供の受領を拒絶されたことを理由とする賃金・賞与請求、

との関係での裁判所の判示事項です。

 裁判所は、次のとおり述べて、復職合意に基づく復職までの賃金請求(平成27年11月9日~平成28年9月30日までの賃金請求)を認めました。

(裁判所の判断)

「原告が被告会社に対して復職の申出をしたのは、休職期間満了の日(平成29年8月31日)のわずか5日前(同月26日)であり、それまでの原告の休職期間は1年6か月の長期に及んでいた。また、前記・・・に認定のとおり、被告会社の就業規則によれば、被告会社は、原告の復職の当否を、医師を指定して診断を受けさせるなどして検討することが許されている。したがって、被告会社が原告を休職期間満了日の翌日である同年10月1日から復職させなかったことには、やむを得ない事由があったものと解され、また、前記・・・に認定のとおり、原告に対して重ねて医師の意見を求めるなどし、その結果原告が同日から就労できなかったことについては、合理的な理由があったといえ、直ちに被告会社に帰責事由がある労務提供の受領遅滞であったとまでは認められない。」

「次に、前記・・・に認定した被告会社の就業規則中の規定によれば、被告会社は、復職を申し出た原告について、復職の当否を決定することができるほか、原告の状況等を考慮して休職前とは別の勤務地や部署に配置することも可能であると解される。したがって、前記・・・に認定のとおり、原告に対して営業職以外の部署への配置転換や被告会社の東京支社から京都本社への転勤を打診したことは、それ自体、裁量の範囲内として許容されるものと解されるのであって、被告会社が上記のとおり原告の復職後の配置を検討して原告と協議をしていた間についても、被告会社に帰責事由があるというべき労務提供の受領遅滞があったとまでは認められない。」

「しかしながら、前記・・・に認定のとおり、被告会社は、原告に対して東京支社において休職前と同じ配属先に同年11月9日から復職させる旨通知した同年10月27日までには、現に原告を復職させる条件を整えることができていたものである。

そして、前記・・・に説示したところのほか、前記・・・に認定したところによれば、原告が同年11月9日から実際に復職して就労を開始できなかった原因は、被告会社が原告に対し、復職の条件として、法的な根拠なく不当に減じたままの賃金額からさらに裁量労働手当相当額を減じるとし、就業規則上の根拠がないのに保証人を選定して被告会社に提出する誓約書に連署させるよう求め(なお、この点、被告Y1の本人尋問における供述中には、原告が所在不明となったときに連絡を取れる者を指定してもらおうとしたにすぎないとの旨の供述部分があるが、前記・・・の文言と合致しないことに照らし、採用しない。)、欠勤する際には、休職前に原告に対して違法不当な暴力的言動を繰り返していたC事業部長に直接電話連絡することを義務付けるなど、およそ原告が応じる義務がなく内容自体不当な要求をしたことにあるというべきである。

以上によれば、原告の休職期間満了日の翌日である平成27年10月1日から本件復職合意に基づく復職日の前日である平成28年9月30日までのうち、遅くとも前記のとおり被告会社が復職日として指定した平成27年11月9日以降の原告の不就労については、原告が本件雇用契約に基づく債務の本旨に従った労務の提供を申し出ていたのに、被告会社がその責に帰するべき事由により受領を拒絶していたものというべきである。したがって、被告会社は、原告に対し、民法536条2項に基づき、上記平成27年11月9日から平成28年9月30日までの賃金・・・の支給を拒むことができない。

3.被告の争い方を意識しておく必要はあるが・・・

 本件の被告は、

「原告の復職の申出は、労働債務の本旨に従った弁済の提供には当たらないものであった。すなわち、被告会社は、原告に対し、その回復程度を斟酌して、労働の成果を問われないテレフォンマーケット業務中心の内勤業務に就いての復職を命じたが、原告は、被告会社が命じた復職許可の条件を拒否して、復職に応じなかったものである。」

と主張していました。

 つまり、

稼働しながら争うこともできたんだから・・・

という争い方はしていません。

 そのあたりに注意する必要はありますが、根拠のない条件設定に対し、これを使用者の責めに帰すべき事由による労務提供の受領拒絶であると評価して、賃金請求が認められたことは、覚えておいて良い知識だと思います。

 

業務成果等を理由として賃金を減額することに法的な根拠がないとされた例

1.使用者による一方的な賃金の減額

 使用者が労働者の業績等を理由に一方的に減額することも、できないわけではありません。ただ、そのためには、一定の厳格な要件が充足されている必要があります。

 例えば、水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、第2版、令3〕617頁以下では、

「労働者に対して個別になされる減給措置が適法かどうかを判断するうえでの理論的なポイントは、①減給が賃金制度上予定されているものか(減給に周知・合理性の要件を満たす就業規則規定など契約上の根拠があるか)、②使用者の措置に違法な差別や権利濫用など強行法規に違反する点はないかの2点にある」

(中略)

「年俸制など労働者の能力や成果の評価に基づいて個別に賃金額を決定する賃金制度において、評価が低いことを理由に賃金が減額されることもある。このような減給措置が適法になされるためには、①能力・成果の評価と賃金決定の方法が就業規則等で制度化されて労働契約の内容となっており、かつ、②その評価と賃金額の決定が違法な差別や権利濫用など強行法規違反にならない態様で行われたことが必要になる。」

といった解説が加えられています。

 近時公刊された判例集に、上述の傍線部との関係で、

賃金の減額につき具体的かつ明確な基準が定められていない、

そもそも労働者の賃金を承諾なく減額することが予定されていない、

といった判断を示したうえ、業績評価を理由とする賃金減額の効力を否定した裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判平30.7.10労働判例1298-82 システムディほか事件です。

2.システムディ事件

 本件で被告になったのは、

ソフトウェアの製造、販売等を目的とする株式会社(被告会社)と

被告会社の代表取締役会長兼社長(被告Y1)です。

 原告になったのは、被告との間で雇用契約を締結していた方です(昭和38年生まれの男性)。

雇用契約に基づく賃金及び賞与を理由なく減額したことを理由とする賃金・賞与請求、

上司らから退職強要を受けたことなどを理由とする損害賠償請求、

被告Y1から人格を毀損する言動を受けたことを理由とする損害賠償請求、

休職期間満了後、労務提供の受領を拒絶されたことを理由とする賃金・賞与請求、

復職後の減額分の賃金・賞与請求、

有給休暇取得分の賃金の不払を理由とする賃金請求

を併合して訴えを提起しました。

 この裁判例では多数の注目すべき判断がされていますが、本日ご紹介させて頂くのは、

雇用契約に基づく賃金及び賞与を理由なく減額したことを理由とする賃金・賞与請求、

との関係での裁判所の判示事項です。

 裁判所は、賃金減額の可否について、次のとおり判示し、これを否定しました。

(裁判所の判断)

「労働契約は、労働者及び使用者が対等の立場における合意に基づいて締結し、又は変更するべきものである(労働契約法3条1項)。そして、特に賃金は労働契約の中で最も重要な労働条件であるから、使用者が労働者に対してその業務成果の不良等を理由として労働者の承諾なく賃金を減額する場合、その法的根拠が就業規則にあるというためには、就業規則においてあらかじめ減額の事由、その方法及び程度等につき具体的かつ明確な基準が定められていることが必要と解するのが相当である。」

「本件についてみるに、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、被告会社の就業規則である賃金規程中には、被告会社が原告につき前提事実・・・のとおりその承諾なく減額した賃金について、①基準給は本人の経験、年齢、技能、職務遂行能力等を考慮して各人別に決定する(10条1号)、②裁量労働手当は裁量労働時間制で勤務する者に対し従事する職務の種類及び担当する業務の質及び量の負荷等を勘案して基準給の25%を基準として各人別に月額で決定支給する(12条)、③技能手当は従業員の技能に対応して決定、支給する(13条)との規定があることが認められる。そして、上記各規定によっても、上記各賃金が減額される要件(従前支給されていた手当が支給されなくなる場合を含む。)や、減じられる金額の算定基準、減額の判断をする時期及び方法等、減額に係る具体的な基準等はすべて不明であって、被告会社の賃金規程において、賃金の減額につき具体的かつ明確な基準が定められているものとはいえない。

「また、証拠(甲4)及び弁論の全趣旨によれば、上記賃金規程中には、昇給に係る規定はあるが(21条)、降給については何らの規定もないことが認められ、被告会社の賃金規程は、そもそも降給、すなわち労働者の賃金をその承諾なく減額することを予定していないものといえる。

「以上によれば、被告会社において、原告の業務成果等を理由としてその賃金を減額することには、法的な根拠がないというべきである。このことは、原告の配置や業務が変更されたことによっても左右されない。」

「したがって、その余の点について検討するまでもなく、この点に係る被告会社の主張は理由がない。」

3.「具体的かつ明確な基準が定められていない」とは

 「制度上予定されいてない」「制度化されていない」「具合的かつ明確な基準が定められていない」など色々な呼び方がありますが、こうした講学上の概念の中身は、それほどはっきりしているわけではありません。

 あまり明確に法的根拠が意識されないまま、経営者の感覚的評価によって労働者の賃金が減らされている例は、法律相談をしていて割と良く目にします。

 本件はどのような場合に「具体的かつ明確な基準が定められていない」などといった評価が可能になるのかを知るにあたり実務上参考になります。

 

「給料泥棒」「役立たず」「無能」「会社の寄生虫」などと言いながら退職を勧告された場合の慰謝料

1.退職勧奨の適法/違法の分水嶺

 退職勧奨については、

「基本的に労働者の自由な意思を尊重する態様で行われる必要があり、この点が守られている限り、使用者はこれを自由に行うことができる。・・・これに対し、使用者が労働者に対し執拗に辞職を求めるなど、労働者の自由な意思の形成を妨げ、その名誉感情など人格的利益を侵害する態様で退職勧奨が行われた場合には、労働者は使用者に対し不法行為(民法709条)として損害賠償を請求することができる。

と理解されています(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、第2版、令3〕996頁参照)。

 ある程度の裁判例が集積されていることもあり、最近では、無茶な言動を伴う退職勧奨は減っているようには思います。しかし、近時公刊された判例集に、かなり酷い言動を伴う退職勧奨が行われた裁判例が掲載されていました。東京地判平30.7.10労働判例1298-82 システムディほか事件です。違法な退職勧奨の慰謝料の相場水準を知るうえで参考になるため、ご紹介させて頂きます。

2.システムディ事件

 本件で被告になったのは、

ソフトウェアの製造、販売等を目的とする株式会社(被告会社)と

被告会社の代表取締役会長兼社長(被告Y1)です。

 原告になったのは、被告との間で雇用契約を締結していた方です(昭和38年生まれの男性)。

雇用契約に基づく賃金及び賞与を理由なく減額したことを理由とする賃金・賞与請求、

『上司らから退職強要を受けたことなどを理由とする損害賠償請求』、

被告Y1から人格を毀損する言動を受けたことを理由とする損害賠償請求、

休職期間満了後、労務提供の受領を拒絶されたことを理由とする賃金・賞与請求、

復職後の減額分の賃金・賞与請求、

有給休暇取得分の賃金の不払を理由とする賃金請求

を併合して訴えを提起しました。

 この裁判例では多数の注目すべき判断がされていますが、本日ご紹介させて頂くのは、

『上司らから退職強要を受けたことなどを理由とする損害賠償請求』、

との関係です。

 この請求権を基礎づける事情として、原告は、次のような主張をしました。

(原告の主張)

「被告会社は、原告に対し、本件雇用契約に基づき、退職を勧奨する場合には原告の自由な意思を尊重して社会通念上相当な態様で説得し、原告の人格的利益を不当に侵害したり原告に不利益な措置を講じたりして原告の自由な意思の形成を妨げることのないよう配慮するべき義務を負い、また、その使用者において原告の人格権を侵害する言動を行わずこれを保全するよう配慮するべき義務を負うのに、これを怠り、次のとおり、被告会社の使用人らにおいて上記義務に違反する言動をした。」

「(ア) 平成20年2月28日、被告会社の経営企画室長であった原告の上司であったA専務兼管理本部長(以下『A管理本部長』という。)は、原告に対し、被告会社京都本社専務室において、約30分にわたり、『経営企画室長失格で経営企画室業務にも失格だ。退職しろ。』と述べて繰り返し退職を迫った。」

「(イ) 同年3月3日、被告Y1は、原告に対し、被告会社会長室において面談をした際に、約2時間40分にわたり、原告が経営企画室長として不適当である旨述べ、また、退職するよう述べた。」

「(ウ) 同月17日、被告会社は、原告が退職勧奨に応じなかったことから、原告に対し、同年4月1日付けで被告会社東京支社ハロー事業部に転勤させるとの業務命令をした。」

「(エ) 同年4月以降、被告会社は、原告の賃金につき、能力給を1か月8万円から3万円に、役職手当を5万円から0円にそれぞれ減額した。」

「(オ) 平成21年11月25日、被告会社のB事業部長(以下『B事業部長』という。)は、原告に対し、被告会社東京支社会議室において、1時間以上にわたり、退職を勧奨した。」

(カ) 平成22年1月19日、被告Y1は、原告に対し、2時間以上にわたり、『給料泥棒』『役立たず』『無能な人間』『会社の寄生虫』などと述べ、退職を勧奨した。

「(キ) 同年4月以降、被告会社は、原告が退職勧奨に応じなかったことから、原告の賃金につき、基準給を23万円から15万2000円に、裁量労働手当を5万7500円から3万8000円に、能力給を3万2000円から0円に、技能手当を2万7000円から3000円にそれぞれ減額した。」

「(ク) 平成25年12月12日午前11時30分頃、被告会社のC事業部長(以下『C事業部長』又は『C』という。)は、被告会社東京支社長室入口付近から、原告を呼びつけ、原告に対し、他の社員の前で、原告の同年11月分の勤務月報を示しながら、代休を2日取得したことにつき、『仕事はいつするんだ』と怒鳴り、手に持っていたファイルを投げつけた。」

(ケ) 同年12月18日、被告Y1及びC事業部長は、原告に対し、被告会社東京支社長室において、約1時間10分にわたり、繰り返し退職を勧奨し、被告Y1は、原告に対し、この際、『会社の寄生虫』『無能な人間』『役立たず』などと発言し、また、被告Y1及びC事業部長は、原告に対し、それぞれ『営業が出来ないのだから京都で運転手でもやるか。』『テレアポ専業』と述べて、原告が退職勧奨に応じない場合には転勤や配置転換を命じることを示唆した。

「(コ) 同年12月20日、C事業部長は、原告に対し、被告会社東京支社長室において、扉を開けたまま、大声で、約30分にわたり、『無能』『年収300万円程度で恥ずかしくないのか。』『君が無能なことは皆が知っている。』などと発言し、『会社を辞めてくれ。』と述べ、退職勧奨に応じない原告に対し、『京都本社で車両整備か東京支社でテレアポ専業のどちらかを選べ。』と述べ、さらに、『給与体系も変える。』と述べて賃金の減額を示唆した。」

「(サ) 平成26年1月14日、C事業部長は、原告に対し、被告会社東京支社長室において、『年末から話をしているテレフォンマーケット専門でやってもらう。』『給与体系も変わる。』と述べ、被告会社東京支社の全従業員に配布されている入退館証の返還を要求した。」

「(シ) 同日、C事業部長は、原告の代休取得申請につき、無断欠勤と判断するとして拒否した。」

「又は、被告会社並びにその事業のために被告会社に使用されている被告Y1、A管理本部長、B事業部長及びC事業部長は被告会社の事業の執行について、原告に対し、それぞれ故意又は過失により前記・・・(ア)ないし(シ)の不法行為をした。」

「原告は、被告会社及びその使用人らの前記・・・(ア)ないし(シ)の各行為により、平成26年1月18日、うつ状態と診断され、同年3月から平成27年8月までの間、被告会社において就労することができなくなり休職したことによって、・・・損害を被った。」

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、原告の損害賠償請求を認めました。

(裁判所の判断)

使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう必要な配慮をする義務を負うが(労働契約法5条)、さらに、労務遂行に関連して労働者の人格的尊厳を侵しその労務提供に重大な支障を来す事由が発生することを防ぎ、又はこれに適切に対処して、職場が労働者にとって働きやすい環境を保つよう配慮する注意義務を負うものと解される。すなわち、使用者がこの義務を怠り、その使用人において他の労働者の意思決定を不当に強要し、あるいはその人格権を違法に侵害する言動があったときは、使用者は、債務不履行に基づき、これによって労働者に生じた損害を賠償するべき義務を負うと解するのが相当である。

「次に、被告Y1、A管理本部長、B事業部長及びC事業部長(以下併せて『被告Y1ら4名』という。)が原告と平成20年2月28日から平成26年1月14日までの間に原告主張に係る面談をしたこと、この間、被告会社が原告について原告主張に係る賃金の減額をしたことは、当事者間に争いがないか、又は、被告会社において争うことを明らかにしない。そして、原告の陳述書・・・及び本人尋問における供述中には、被告Y1ら4名の言動等について、原告の主張に沿う記載部分及び供述部分(以下併せて『供述等』という。)がある。原告の上記供述等は、相互に大きな矛盾や相違がなく、その内容は、被告Y1ら4名が原告に対してした言動等につき、いずれも具体的であり、被告会社及び被告Y1ら4名が原告に対してその営業成績等を責め、退職を要求し、賃金を減額し、配置転換をし、原告の人格権を傷つけるような強い言葉を用いて叱責するなどしたという事の流れにおいて、格別不自然な点はない。」

「これに対し、証人Cの証言及び被告Y1の本人尋問における供述中には、被告Y1及びC事業部長が原告に対して退職を勧めたことを否定する証言部分及び供述部分がある。」

「しかしながら、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、原告は、A管理本部長との面談後の平成20年3月3日、被告Y1との面談後の同月6日、それぞれ、被告Y1に対して、『退職などは一切考えておりません。』『繰返し(判決注・原文ママ)になりますが退職は考えておりません。』などと記載した電子メールを送信し、B事業部長との面談後の平成21年12月5日、B事業部長に対して、『退職は考えておりません。』などと記載した電子メールを送信し、被告Y1との面談後の平成22年1月26日、被告Y1に対し、『退職は考えておりません。』などと記載した電子メールを送信したことが認められることに照らせば、被告Y1、A管理本部長、B事業部長は、いずれも原告に対して上記面談の際に退職を勧告する発言をしたものと推認される。また、証人Cの証言については、その証言中に、被告らもその発言内容を強いて争っていない面談記録(録音反訳書)・・・記載の被告Y1の不適切な言動についてすら、その場に同席していながら、これがなかったと否定するような、真実に反する証言部分がある。以上に述べたところに照らし、証人Cの上記証言部分及び被告Y1の上記供述部分はいずれも採用しない。」

「かえって、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、C事業部長は、平成26年1月14日に原告と被告会社東京支社の支社長室で面談した際、その出入口扉を開けたままで他の従業員にも声が聞こえるような状況で、『覚えてろよ。』『診断書持って来い、そんなら。今から帰って持って来い。』『ガタガタ、ガタガタ言うんじゃねえよ。』『だから、いつなんやって言ってんねん。』などと声を荒げて強い口調で話し、本件の証人尋問の際にも、出廷していた原告の面前で、原告について、『全然役に立たなかった』『まともに動いているふりをしていた。』といった表現を用いたこと、被告Y1は、平成27年10月14日に原告と面談した際、原告を評して『裏切り』『寄生虫』などと発言したことが認められることに照らせば、被告Y1及びC事業部長は、原告と面談した他の機会にも、原告の主張する『給料泥棒』『役立たず』『無能な人間』『会社の寄生虫』(以上被告Y1)、『仕事はいつするんだ』『無能』『年収300万円程度で恥ずかしくないのか。』『君が無能なことは皆が知っている。』(以上C事業部長)といった発言をしていたと推認して不自然、不合理ではない。

以上によれば、被告Y1ら4名は、平成20年2月28日から平成26年1月14日までの間に行った面談の席上で、それぞれ、原告の主張するような表現を用いて原告を非難し、退職を迫るなどしたものと認められる。

「前記・・・に認定した被告Y1ら4名の言動は、その表現や態様に照らせば、原告の人格的尊厳を傷つけ、その人格権を違法に侵害するものと認められる。また、このような言動により繰り返し退職を勧告し、さらに、前記1に説示のとおり、法的な根拠なく一方的に賃金を減額した行為(なお、原告を被告会社東京支社に転勤させたこと、C事業部長が原告の代休取得申請を拒んだことは、その内容に照らし、上記退職勧告と一連の不当行為とまでは認めるに足りない。)は、原告の労働環境を不当に害するものと認められる。すなわち、被告会社は、原告に対し、この点において、前記・・・に説示した従業員の労働環境に対して配慮する注意義務を怠ったものと認められる。」

「そして、前提事実・・・及び前記・・・に認定したところのほか、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、原告は、従前から厳しく退職を勧告され、賃金を一方的に減額されていたところ、平成25年12月に至って、被告Y1及びC事業部長から、不適切な言動により罵倒されるなどしながら繰り返し退職を迫られ、退職に応じなければ被告会社京都本社に転勤させてそれまでの営業以外の業務に就かせて賃金を更に減額するなどと言われ、同月下旬頃から複数回欠勤するようになり、平成26年1月14日、C事業部長から担当業務の変更や賃金の減額を通告され、同月18日、医師からうつ状態と診断され、これを原因として同年3月1日から休職するに至ったことが認められる。」

「以上によれば、被告会社は、原告に対し、本件雇用契約に基づく注意義務を怠り、被告Y1や原告の上司らにおける不当な言動や一方的な賃金の減額等を行って原告の意思決定を不当に制約するとともにその人格権を違法に侵害し、これによって、原告はうつ状態を発症するに至ったものと認められる。

したがって、被告会社は、原告に対し、債務不履行に基づき、原告に生じた次の損害を賠償する責任を負う。

「休業損害 254万7963円」

(中略)

「治療費及び通院交通費 8万9900円」

(中略)

慰謝料 80万円

被告会社における被告Y1ら4名の原告に対する退職の勧告等は繰り返されたものであり、かつ、そこで用いられた表現は原告の人格的尊厳を直接傷つけるものであること、上記言動のされた期間は約6年間もの長期に及ぶこと、原告はうつ状態を発症して少なくとも約1年間に渡り1か月に1回ないし4回程度通院し、その後も通院を継続していること・・・、他方、賃金減額による損害は原則として減額分の賃金の支払により填補されること、原告のうつ状態が重度のものであったとまで認めるに足りる証拠はないことなど、各事情を総合考慮すれば、原告の精神的苦痛に対する慰謝料としては、上記金額が相当である。

「以上合計343万7863円」

3.やはり慰謝料は少なすぎではないだろうか

 以上のとおり、裁判所は、原告の主張に沿う事実を認定しつつ、80万円の慰謝料を認定しました。

 本件の言動は「会社の寄生虫」などというかなり苛烈なもので、6年間もの長期に渡り繰り返されたことが認定されています。結果にしても、うつ状態を発症するなど、精神疾患の発症にまで至っています。

 休業損害に一定の量があるため、合計額では相応の金額になっていますが、やはり行為態様の悪質性・結果の重大性に照らし、慰謝料が80万円というのは僅少に過ぎる感があります。違法な行為を抑止するためにも、被害者が受けた精神的苦痛を填補するためにも、慰謝料額の相場水準は、もっと引き上げられて然るべきではないかと思います。