弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

産後休業明けに復職するにあたり、出勤日数減を提案された場合の対処法

1.求めていない業務負荷の軽減を押し付けられるマタニティハラスメント

 男女雇用機会均等法9条3項は、

「事業主は、その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)第六十五条第一項の規定による休業を請求し、又は同項若しくは同条第二項の規定による休業をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であつて厚生労働省令で定めるものを理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。

と規定しています。

 平成18年厚生労働省告示第614号「労働者に対する性別を理由とする差別の禁止等に関する規定に定める事項に関し、事業主が適切に対処するための指針」(最終改正:平成 27 年厚生労働省告示458号)は、この「不利益な取扱い」として、

イ 解雇すること

ロ 期間を定めて雇用される者について、契約の更新をしないこと

ハ あらかじめ契約の更新回数の上限が明示されている場合に、当該回数を引
き下げること

ニ 退職又は正社員をパートタイム労働者等の非正規社員とするような労働契
約内容の変更の強要を行うこと

ホ 降格させること

ヘ 就業環境を害すること

ト 不利益な自宅待機を命ずること

チ 減給をし、又は賞与等において不利益な算定を行うこと

リ 昇進・昇格の人事考課において不利益な評価を行うこと

ヌ 不利益な配置の変更を行うこと

ル 派遣労働者として就業する者について、派遣先が当該派遣労働者に係る労
働者派遣の役務の提供を拒むこと。

を掲げています。

 また、同指針は、

「業務に従事させない、専ら雑務に従事させる等の行為は、・・・ヘの『就業環境を害すること』に該当すること」

「事業主が、産前産後休業の休業終了予定日を超えて休業すること又は医師の指導に基づく休業の措置の期間を超えて休業することを労働者に強要することは、・・・トの『不利益な自宅待機を命ずること』に該当すること」

との解釈を示しています。

男女雇用機会均等法関係資料 |厚生労働省

 こうした法令の定めにより、子どもを出産した女性労働者は、職場復帰をするにあたり、求めていない業務負荷の軽減を押し付けられることから守られています。

 業務負荷の軽減は育児中の労働者に優しい面もあります。

 しかし、求めていないにもかかわらず業務負荷の軽減を押し付けられたとして紛争になる例は、実務上少なくありません。近時公刊された判例集にも、そうした裁判例が掲載されていました。宮崎地判令5.7.12労働判例ジャーナル139-10 日南市事件です。

2.日南市事件

 本件で被告になったのは、日南市立中部病院(被告病院)を運営する地方公共団体です。

 原告になったのは、被告病院に勤務していた医師の方です(昭和51年生、平成15年5月医師免許取得)。平成19年3月に双極性障害との診断を受け、平成30年10月12日には精神保健福祉手帳(障害等級3級)の交付を受けていました。令和3年に子どもを出産し、同年3月18日まで産後休暇を取得しました。

 本件の原告は、産後休暇から復帰する直前に次年度の勤務日を週5日から週1日に変更することを告げられ、既往の精神疾患が悪化したなどと主張し、被告に対し、損害賠償を求める訴えを提起しました。

 これに対し、被告は、

「被告病院としては、原告に対する合理的配慮の一つとして原告が体調を崩さないよう勤務調整の提案をしたにすぎず、決定事項ではなかったのであり、原告から具体的な要望や申出があれば、それに沿って協議する予定であったが、そのような要望等はなかった。」

などと主張し、原告の請求を争いました。

 裁判所は、次のとおり述べて、原告の請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「本件面談の際に、A事務局長は、令和3年4月以降も被告病院において原告を会計年度任用職員として雇用することを前提として、週1日、水曜日の勤務を提案したこと、この提案は、原告がもともと精神障害の影響から睡眠が十分に取れず、被告病院からすぐ近くの医師官舎からの出勤でも勤務開始時刻等に配慮が必要であったところ・・・、産休明けは育児の負担が重なる上、宮崎市内の母方から通勤することが予定されていたこと・・・から更なる配慮が必要であると考えてのものであり、育児をしながらの遠距離通勤での勤務に慣れていけば勤務日を増やす余地のあるものであったことが認められる。」

「被告病院においては医師が不足しており、原告が産休に入った直後にD医師を雇用したことによって原告が余剰人員となったという関係にないし・・・、また、原告の雇用を開始してから産休に入るまでの間、原告の抱える精神障害や不妊治療を踏まえて種々の勤務上の配慮がされていたのであって・・・、妊娠及び出産を理由に原告を勤務条件で不利益に扱う意図があったとは認め難い。」

確かに、本件面談において、A事務局長は週1日の勤務を提案した際に、原告が希望すれば週2日や3日の勤務も可能であると明示的に発言していなかったのであり・・・、その旨を明示的に伝えることが望ましかったといえる。また、A事務局長は、本件面談の際、被告病院としての提案を伝える前に、原告から勤務条件の希望やその理由を聴取していないのであり・・・、まず原告に勤務条件に関する希望等を尋ねていれば、認識の齟齬が生じなかった可能性もある。

しかし、A事務局長は、週1日、水曜日の勤務という提案があくまで職場復帰時点のものであって、予防接種業務の増加の見込みも示し、就労日が増えていく可能性があることを伝えている。本件面談の際やその後に、原告から復帰直後から週1日ではなく週2日以上働きたいとか、子を保育園に入園させるために月60時間働きたいといった具体的な要望は出されたとは認定できず、A事務局長が、そのような要望を受け入れる余地がないという趣旨の説明をした事実もない。

確かに、週1日、水曜日のみの勤務である場合、宮崎市における保育所利用のための基準8項目のうち就労の要件についてはこれを満たさないことになるところ・・・、子を保育園に預けて被告病院で勤務することを原告が強く望んでいたことは、原告とF看護課長やBとの別紙3、4のLINEのやり取りから認定することができる・・・。しかし、被告病院において、宮崎市における保育所利用の要件を把握していたとは認められず、原告からその把握を求められていたとも認定できない上、原告が精神障害を抱える中で月60時間以上という要件を一時的に満たさない場合に直ちに入園許可が取り消されるかどうかも定かでない。また、原告が、保育園を利用するために復帰直後から月60時間以上の勤務が必要であるとして、その旨を申し出れば被告病院がこれを受入れられなかったとも認定できない。

よって、A事務局長が本件面談の際にした勤務条件の提案が、復帰直後から週2日以上勤務することを許容しないもので変更の余地がなかったと認定することはできない。

(中略)

「以上検討したとおり、原告は、A事務局長から聞いた被告病院からの提案を正しく理解できておらず、その誤解が解消されないままで雇用期間満了による退職に至ったものであるが、その提案が出産後の女性を差別するものであるとは評価できないし、原告がその提案の趣旨を正しく理解することがおよそできないものであったとかA事務局長にその趣旨を尋ねることができない状況にあったと認定することはできず、精神障害を有する原告に不本意な離職を強いるものであるとか不測の損害を生じさせるものであると評価することもできない。

「よって、被告に、安全配慮義務違反や契約準備段階の信義則上の義務違反があるとは認定できず、国家賠償法上の違法があるとはいえない。」

3.希望を明確に伝えているか/勤務先の回答は変更可能性のない確答か

 本件は労働者側敗訴の事案ですが、その論旨は、

労働者側から明確に希望が伝えられていない、

勤務先の提案は飽くまでも提案であって確答ではない、

という点にあるのではないかと思われます。

 ここから逆算して考えると、業務負荷の軽減の押し付けに対処するには、

希望を具体的かつ明確に伝えること、

訴える前に、勤務先に対し、要望を酌んでくれる余地がないのかをきちんと問い質しておくこと、

が重要であることが分かります。

 この種の事案でお悩みの方は、参考にしてみてはいかがかと思います。

刑事責任確定後も起訴休職を発令して懲戒処分を検討することが許されるのか?

1.起訴休職

 「刑事事件で起訴された者をその事件が裁判所に係属する期間または判決が確定するまで休職とすること」を起訴休職といいます(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、第2版、令3〕540頁参照)。

 起訴休職の亜種には、逮捕・勾留されるなど起訴前に身体拘束を受けた場合や、その他これに準じる事情がある場合にも休職の発令を可能としているものがあります。

 それでは、このような制度のもと、

刑事責任の確定後も、懲戒処分を検討するとして、休職命令を発令し続けること

は認められるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、大阪地判令5.6.8労働判例ジャーナル139-24 プルデンシャル生命保険事件です。

2.プルデンシャル生命保険事件

 本件で被告になったのは、生命保険業等を事業内容とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で労働契約を締結し、以降、生命保険募集人として登録され、ライフプランナーとして稼働していた方です。

 本件の原告は、平成31年4月18日、

平成31年3月6日に、自宅マンション12階から1回共用広場に向けて消火器を投げたという殺人未遂の被疑事実で逮捕されました。

 その後、勾留されましたが、平成31年4月22日、不服申立てが認められ、原告は釈放されました。

 しかし、被告は、平成31年4月22日、求職事由である

「刑事事件に関して逮捕、勾引、勾留または起訴され、就業させることが不適当であると会社が認めるとき」(3号休職)

に該当するとして、休職を発令しました(休職期間:平成31年4月22日から令和元年9月4日まで)

 令和元年8月8日、原告は、消火器を投げた件について軽犯罪法違反で略式起訴され、科料9900円に処せられました。

 科料は令和元年8月21日に納付しましたが、令和元年9月5日、被告は、休職事由である

「前各号のほか、特別の事情があって休職させることを適当と認めたとき。」

に該当するとして、改めて休職を発令しました(休職期間:令和元年9月月5日から令和3年1月31日まで)。

 このような事実関係のもと、各休職命令が違法であるとして、休職期間中の未払賃金等の支払いをも求めて訴訟提起しました。

 5号休職の適否について、被告は、

「〔1〕原告は、本件5号休職を命じる段階においても、過去の懲戒処分歴などから、懲戒解雇等の懲戒処分が検討される状況にあった。また、

〔2〕原告は、本件投擲行為に関して主張が一定せずえん罪をも主張するに至り、事実関係の確定やそれを前提とした復職の可否及び懲戒処分等の原告の処遇に係る判断に当たって慎重な対応を要する状況であった。そして、

〔3〕原告の逮捕罪名は殺人未遂罪であり、顧客や他の従業員に略式命令となった経緯等を説明できる状況ではなく、直ちに被告の対外的信用失墜のおそれや職場秩序の維持に障害が生じるおそれが継続していた。加えて、

〔4〕被告は当初から長期間の休職を予定していたわけではなく、被告において本件5号休職の期間を徒に長期化させたわけではなかった。

以上の事情を総合的に考慮すると、本件において、営業社員就業規則9条5号所定の『特別の事情があって休職させることが適当』であると被告が判断したことについて誤りはない。」

と主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、休職事由該当性を否定しました。

(裁判所の判断)

・判断枠組み

「営業社員就業規則9条5号は、休職事由の一つとして、『前各号のほか、特別の事情があって休職させることを適当と認めたとき。』と定めているところ、その文言からすると、1号から4号までの各号と同じ程度に労働者を休職させることが相当である事情が認められる場合について休職させることができる旨の定めと解するのが相当である。」

・本件5号休職について

「本件では、原告は、令和元年8月8日に軽犯罪法違反で略式命令を受け・・・、同月21日に科料を納付し(同キ)、その翌日である同月22日には原告代理人を介して被告に対して科料納付書及び領収書写し提供しているところ・・・、遅くとも本件5号休職をした令和元年9月5日・・・の時点では本件投擲行為に対する原告の刑事責任が確定したものといえる。そうすると、上記認定事実・・・のとおり、本件投擲行為の行為自体の危険性は相応に認められ、原告の実名や容ぼう、生命保険会社員という肩書、逮捕時の罪名が報道されているものの、私生活上の犯罪により軽犯罪法違反という軽微な犯罪が確定していたことからすると、問合せ等に対して必要な説明を行うことが可能であるから(原告が被告に対して軽犯罪法違反により科料に処せられた旨を口外しないよう求めていたと認めるに足りる事情は見当たらない。)、原告が同日時点において就労することで職場の秩序維持や企業の社会的信用に大きな影響が生じるとはいえない。したがって、本件5号休職は、営業社員就業規則9条5号所定の特別の事情があるとはいえない。」

・被告の主張に対する判断

「これに対し、被告は、以下のとおり主張するが、いずれも採用することはできない。」

「被告は、本件5号休職の判断をした時点では、原告に対する略式命令の経緯や内容、正式裁判請求の有無を把握することはできなかった上、原告が冤罪を主張していたことからすると、事実関係の確定に相当の期間を要することはやむを得なかったのであるから、本件5号休職は営業社員就業規則9条5号所定の要件を満たす旨主張する。」

「しかし、上記・・・で説示したとおり、被告は、本件5号休職の時点では原告が略式命令を受けて科料を納付したことを知っていたことからすると、上記時点において職場の秩序や企業の社会的信用を維持するために原告の就労を禁じる必要があるとはいえない。また、本件5号休職の時点では、原告において懲戒処分を行うか否か及びその処分量定のために相応の期間をかけて慎重に調査及び検討をする必要があるほか、和解的な解決の採否について検討及び交渉を行う必要があり、被告が必要な調査、検討及び交渉を行ってきたことは上記認定事実・・・のとおりであるが(なお、原告は、被告が相当期間をかけて上記対応をしたことを怠慢であると主張するが、そのように評価することはできない。)、これは原告がライフプランナーとして就労することと両立することであるから、これらの事情をもって本件5号休職がその要件を満たすとはいえない。したがって、被告の上記主張は、指摘する事情をもって同号の要件を満たすとはいえないから、採用することはできない。」

「被告は、原告は過去にも粗暴行為等によって懲戒処分を受けており、本件投擲行為について加重した懲戒処分として懲戒解雇等が検討される状況であったのであるから、本件5号休職は営業社員就業規則9条5号所定の要件を満たす旨主張する。」

「しかし、原告に対して重い懲戒処分が検討される状況にあるとしても、その調査及び検討をすることと原告がライフプランナーとして就労することは両立するから、これらの事情をもって本件5号休職がその要件を満たすとはいえない。したがって、被告の上記主張は採用することはできない。」

「被告は、原告は本件3号休職前は営業成績上位者であったが、復職後の営業実績は、c支社に所属する他のエグゼクティブ・ライフプランナー及び他のライフプランナーの平均のいずれと比較しても大幅に低い値であって、このような営業実績は、原告の復職による被告の対外的信用失墜のおそれや職場秩序の維持に障害が生じるおそれを基礎づけるものであるから、本件5号休職は営業社員就業規則9条5号所定の要件を満たす旨主張し、原告の復職後の営業成績の推移・・・は上記主張に沿うものといえる。」

「しかし、本件全証拠を総合しても、原告が復職後に本件投擲行為やこれによる逮捕を理由に営業が奏功しなかったといった事情や、被告に対して上記の理由による問合せや苦情が寄せられたという事情は見当たらない。そうすると、原告の復職後の営業成績をもって、被告の対外的な信用や職場秩序に支障が生じる可能性があったとはいえない。したがって、被告の上記主張は、指摘する事情をもって同号の要件を満たすとはいえないから、採用することはできない。」

「被告は、本件5号休職中にも被告に対して殺人未遂事件により実名報道された原告に関する苦情等が寄せられていたのであるから、本件5号休職は営業社員就業規則9条5号所定の要件を満たす旨主張し、証拠・・・によれば、〔1〕令和元年12月20日及び〔2〕令和2年5月19日にそれぞれ1件の苦情が寄せられたことが認められる。」

「しかし、証拠・・・によれば、上記〔1〕の苦情は新聞に載るような事件を起こした旨、上記〔2〕の苦情は殺人未遂罪を犯した旨を述べるものであるところ、いずれも原告が本件投擲行為について最終的に軽犯罪法違反により科料に処せられたことを知った上での苦情ではない。以上に加えて、苦情の件数が上記2件にとどまることを併せ考慮すると、被告が指摘する苦情の存在をもって同号の要件を満たすとはいえない。被告の上記主張は採用することができない。」

3.起訴休職の枠組み(起訴休職的な枠組み)のもとでは許されない

 裁判所は、以上のとおり述べて、起訴休職的な枠組みのもと、刑事責任確定後に休職命令を発令することを否定しました。

 包括条項があると何でも行けそうな気がしますが、一定の歯止めをかけたものとして、実務上参考になります。

捜査段階で釈放された後も、起訴の可能性等を考慮して休職を発令できるのか?

1.起訴休職

 「刑事事件で起訴された者をその事件が裁判所に係属する期間または判決が確定するまで休職とすること」を起訴休職といいます(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、第2版、令3〕540頁参照)。

 起訴休職の亜種には、逮捕、勾留されるなど、起訴前に身体拘束を受けたことまで、休職事由に含めているものもあります。

 それでは、このような制度のもと、

一旦身体拘束を受けたものの、捜査段階で釈放され、物理的な意味で労務提供可能になった方

に対し、休職を発令することは許されるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判令5.6.8労働判例ジャーナル139-24 プルデンシャル生命保険事件です。

2.プルデンシャル生命保険事件

 本件で被告になったのは、生命保険業等を事業内容とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で労働契約を締結し、以降、生命保険募集人として登録され、ライフプランナーとして稼働していた方です。

 本件の原告は、平成31年4月18日、

平成31年3月6日に、自宅マンション12階から1回共用広場に向けて消火器を投げたという殺人未遂の被疑事実で逮捕されました。

 その後、勾留されましたが、平成31年4月22日、不服申立てが認められ、原告は釈放されました。

 しかし、被告は、平成31年4月22日、求職事由である

「刑事事件に関して逮捕、勾引、勾留または起訴され、就業させることが不適当であると会社が認めるとき」(3号休職)

に該当するとして、休職を発令しました(休職期間:平成31年4月22日から令和元年9月4日まで)

 令和元年8月8日、原告は、消火器を投げた件について軽犯罪法違反で略式起訴され、科料9900円に処せられました。

 科料は令和元年8月21日に納付しましたが、令和元年9月5日、被告は、休職事由である

「前各号のほか、特別の事情があって休職させることを適当と認めたとき。」

に該当するとして、改めて休職を発令しました(休職期間:令和元年9月月5日から令和3年1月31日まで)。

 このような事実関係のもと、各休職命令が違法であるとして、休職期間中の未払賃金等の支払いをも求めて訴訟提起しました。

 3号休職の適否について、原告は、

「原告は、釈放日翌日である平成31年4月23日から就労することに何ら支障はなかった。したがって、本件3号休職は、営業社員就業規則9条3号の解釈適用を誤ったものであり、違法無効である。」

などと主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、3号休職は適法だと判示しました。

(裁判所の判断)

・判断枠組み

営業社員就業規則9条3号は、休職事由の一つとして、『刑事事件に関して逮捕、勾引、勾留または起訴され、就業させることが不適当であると会社が認めるとき。』と定めている。このうち、同号は、逮捕、勾引、勾留又は起訴されたことを休職の要件としているところ、前三者は身柄拘束を伴うものであることからすると、物理的に労務の継続的給付ができなくなる場合において、解雇を猶予して労働者を保護することを目的とするものと解される。また、同号は、就業させることが不適当であると会社が認めるときを休職の要件としているところ、これは、労務の提供自体が物理的には可能であるものの、逮捕等の手続を経て犯罪の嫌疑が客観化した労働者を業務に従事させることによって使用者の対外的信用が失墜し、職場秩序の維持に障害が生じるおそれのある場合には、事実上労務提供をさせることができなくなることから、これによる使用者の不利益を回避することを目的とするものと解される。

以上によれば、同号の上記文言は、〔1〕逮捕、勾引、勾留若しくは起訴されたことによって現実の労務提供が不可能又は困難であると認められるか、〔2〕逮捕、勾引、勾留若しくは起訴されたことによって、使用者の社会的信用や職場秩序の維持の観点から当該労働者の職務遂行を禁じることが必要かつ相当であると認められる場合であると解するのが相当である。

・本件3号休職について

本件3号休職は、原告に係る勾留請求が最終的に却下されて釈放された日にされたものであり、原告が被告c支社においてライフプランナーとして労務の提供ができない状態にあったとはいえない。しかし、原告は、釈放後もなお本件投擲行為に係る殺人未遂被疑事件の被疑者であった上、上記認定事実・・・のとおり、逮捕時には新聞、テレビ及びインターネットで原告が本件投擲行為をして殺人未遂罪で逮捕された旨が実名で報道され、一部では生命保険会社員という肩書を付して報道されていることからすると、原告がライフプランナーとして労務を提供すると、営業先の顧客において原告の氏名から上記報道に係る被疑者であることが特定され、これによって被告が上記被疑事件の終局結果について問合せを受けたり、上記被疑事件である原告を生命保険の営業担当者として就労させることについて被告が非難を受けたりすることによって、被告の信用が低下したり問合せ対応等による業務上の支障が生じたりする可能性が相応に認められる(原告は、釈放日翌日以降の就労に何ら支障はなかったとか、本件逮捕の報道によって被告の対外的信用失墜のおそれや職場秩序の維持に支障が生じるおそれはなかった旨主張するが、上記説示に照らし採用することができない。)。

以上によれば、原告の釈放時において、被告の社会的信用や職場秩序の維持の観点から原告の職務遂行を禁じることはやむを得ないものといえるから、本件3号休職は、その発令時において営業社員就業規則9条3号を満たすものといえる。

「以上に加え、本件3号休職の後も、インターネット上で原告の氏名を入力して検索すると上記報道が表示されている・・・一方で、原告が本件投擲行為に係る具体的な事実関係や経緯について説明及び報告をしていなかったこと・・・、原告が被告に対して本件略式命令に係る科料納付所及び領収書写しを提供してから2週間後に本件3号休職を終了させたこと・・・からすると、本件3号休職は、その終期である本件5号休職の発令時まで同号の要件を満たすものであるといえる。」

「したがって、本件3号休職はその期間を通じて適法である。」

・原告の主張に対する判断

「原告は、本件3号休職当時担当していた既客との1120件以上の契約が、原告の長期休職によって定期的な新規加入に対応できない不都合からやむなく担当者を原告から他の社員に変更された数件を除いてほとんど維持されていたのであるから、本件被疑事実による逮捕によって被告の企業秩序や信用を毀損することはなかった以上、本件3号休職は違法である旨主張する。」

「しかし、上記・・・で説示したとおり、本件3号休職発令時には、被告の信用が低下したり問合せ対応等による業務上の支障が生じたりする可能性が相応に認められた以上、休職処分後に結果として被告の企業秩序や信用の毀損が顕在化する出来事がなかったからといって、本件3号休職が違法とはならない。したがって、原告の上記主張は、指摘する事情をもって本件3号休職の違法性を基礎づけるものではないから、採用することができない。」

「原告は、殺人未遂罪の被疑事実で逮捕されたが、勾留請求は却下されて釈放されていることからすれば、殺人未遂罪の嫌疑は実質的に消滅しており、原告が同罪で起訴されて有罪判決を受けることを想定しなければならないような状況ではなかったとして、原告が保険業法に基づいて生命保険募集人の登録取消処分又は業務停止処分を受ける蓋然性など全くなかった旨主張する。」

「しかし、被疑者勾留の要件は、〔1〕罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由、〔2〕罪証隠滅を疑うに足りる相当な理由又は逃亡し若しくは逃亡すると疑うに足りる相当な理由(本件では住居不定は問題とならない)及び〔3〕勾留の必要性と解されるところ(刑事訴訟法207条1項、60条1項)、本件では勾留却下の理由が上記のいずれによるものかを認めるに足りる的確な証拠はない(本件では、準抗告の申立てが認容されて上記勾留請求は却下されており・・・、上記申立てに係る決定書には勾留請求却下の理由が記載されているものと思われるが、原告は上記の主張をする一方で、上記決定書の書証提出をしない。)。したがって、原告の上記主張は、勾留請求却下によって犯罪の嫌疑が消滅したという前提が認められないから、採用することができない。」

「原告は、被告は、原告に対する事情聴取に1週間程度、その後、営業社員就業規則9条3号所定の要件を満たしているか否かの判断に1週間を要するとしても、遅くとも原告事情聴取までに1週間程度、その後、起訴休職の要件を充たしているか否かの判断に1週間程度の時間を要するとしても、原告の釈放日から14日を経過した令和元年5月6日か、経緯書(乙8)を提出した同年8月6日から14日経過後の同月20日の時点では、本件3号休職は同号所定の要件を欠くに至っていた旨主張する。」

「しかし、本件略式命令がされたのは同月8日であり・・・、原告は同月21日に科料を納付して・・、同月22日頃に被告側に科料納付書等を提供したのであるから・・・、原告が指摘する時点では、未だ原告に対する終局処分は決しておらず、同号所定の要件を欠くに至ったということはできない。したがって、原告の上記主張は、指摘する事情をもって同号の要件を欠くとはいえないから、採用することができない。」

3.休職の発令が許容された

 以上のとおり、裁判所は、釈放された後においても、休職を発令できると判示しました。この種の問題を扱った裁判例を目にすることは稀であり、実務上参考になります。

 

始業時刻前の朝礼開始時刻の立証-勤務開始初期段階で出勤時刻を尋ねておくことの有用性

1.労働時間の立証

 残業代(時間外勤務手当等)を請求するにあたっては、

「日ごとに、始業時刻、終業時刻を特定し、休憩時間を控除することにより、(時間外労働等の時間が-括弧内筆者)何時間分となるかを特定して主張立証する必要」

があるとされています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ』〔青林書院、改訂版、令3〕169頁参照)。

 過去の特定の日に何時から何時まで働いたのかを逐一正確に記憶できるはずもなく、これは一見すると労働者の側に高い負担を課しているようにも思われます。

 しかし、使用者には、タイムカードによる記録、パーソナルコンピュータ等の電子計算機の使用時間の記録等の客観的な方法で労働時間を管理する義務があります(労働安全衛生法66条の8の3、同規則52条の7の3等参照)。この義務が適切に履行されている限り、何時から何時まで働いたのかは、打刻時刻などの客観的な証拠によって認定することができます。そうした会社で働いている労働者は、労働時間の立証責任があるとしても、時間外勤務手当等を請求するにあたり、それほど大きな負担が生じるわけではありません。

 問題は、

①労働時間管理が全く行われていない会社や、

②タイムカードを打刻させた後に働くことを指示するなど、積極的に偽装工作を行っている会社

です。こうした会社に対して残業代を請求するにあたり、労働時間をどのような方法で立証するのかは、労働者側で労働事件に取り組む弁護士の頭痛の種になっています。

 近時公刊された判例集に、近時公刊された判例集に、①の類型で、早出残業(始業時刻前の時間外勤務)の立証の参考になる裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、大阪地判令5.6.23労働判例ジャーナル139-18 PEEES事件です。

2.PEEES事件

 本件は、いわゆる残業代請求事件です。

 本件で被告になったのは、電話機、複写機、ファクシミリ、パソコン、その他オフィスオートメーション機器・情報通信機器の開発・販売・設置・保守等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告と期間の定めのない労働契約を締結し、テレアポ業務に従事していた方です。

 労働契約上、原告の始業時刻は午前9時とされていましたが、本件では始業時刻前に行われていた朝礼時間の労働時間性が争点になりました。

 本件の被告は、

「午前8時45分から二、三分程度朝礼をしていたが、始業時刻は午前9時である。」

と主張しましたが、裁判所は、次のとおり述べて、朝礼開始時刻を午前8時30分であったと認定しました。

(裁判所の判断)

「被告は、朝礼の開始時刻が午前8時45分であったと主張し、これに沿う証拠・・・もある。」

「しかしながら、原告は、被告のD本社及びF支店において、毎日午前8時30分から朝礼が行われていた旨を主張し、陳述書・・・及び本人尋問においてこれに沿う陳述及び供述をするところ、原告は、入社当日、J役員から、毎朝午前8時30分から朝礼があるので、それまでには出勤するように言われていること・・・、原告は、令和2年6月、D支社に転勤するに当たり、M主任に対し、LINEで出勤時間を尋ねたところ、『8時25分までにはきて』との返信を受けていること・・・からすると、原告の上記陳述及び供述は信用できるというべきであり、これに反する証拠・・・は信用できないというべきであるから、被告の上記主張は採用できない。

3.何時に出勤すれば良いのかを尋ねておくと後々活用できることがある

 本件では出勤時刻についてのLINEの応答が、朝礼開始時刻を認定する決め手の一つになりました。規程等で明確になっていない慣行的な早出残業を立証するにあたっては、LINEなど証拠に残る形で上長等に尋ねておくことも有効です。

 

終業時刻に二つのパターンがある場合の各日の終業時刻の認定-平均時刻で認定した例

1.労働時間の立証

 残業代(時間外勤務手当等)を請求するにあたっては、

「日ごとに、始業時刻、終業時刻を特定し、休憩時間を控除することにより、(時間外労働等の時間が-括弧内筆者)何時間分となるかを特定して主張立証する必要」

があるとされています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ』〔青林書院、改訂版、令3〕169頁参照)。

 過去の特定の日に何時から何時まで働いたのかを逐一正確に記憶できるはずもなく、これは一見すると労働者の側に高い負担を課しているようにも思われます。

 しかし、使用者には、タイムカードによる記録、パーソナルコンピュータ等の電子計算機の使用時間の記録等の客観的な方法で労働時間を管理する義務があります(労働安全衛生法66条の8の3、同規則52条の7の3等参照)。この義務が適切に履行されている限り、何時から何時まで働いたのかは、打刻時刻などの客観的な証拠によって認定することができます。そうした会社で働いている労働者は、労働時間の立証責任があるとしても、時間外勤務手当等を請求するにあたり、それほど大きな負担が生じるわけではありません。

 問題は、

①労働時間管理(始業・終業時刻の管理)が行われていない会社や、

②タイムカードを打刻させた後に働くことを指示するなど、積極的に偽装工作を行っている会社

です。こうした会社に対して残業代を請求するにあたり、労働時間をどのような方法で立証するのかは、労働者側で労働事件に取り組む弁護士の頭痛の種になっています。

 近時公刊された判例集に、①の類型で、特徴的な終業時刻の認定を行った裁判例が掲載されていました。大阪地判令5.6.23労働判例ジャーナル139-18 PEEES事件です。

2.PEEES事件

 本件は、いわゆる残業代請求事件です。

 本件で被告になったのは、電話機、複写機、ファクシミリ、パソコン、その他オフィスオートメーション機器・情報通信機器の開発・販売・設置・保守等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告と期間の定めのない労働契約を締結し、テレアポ業務に従事していた方です。

 本件では実労働時間が争点となり、原告はF支店での勤務日の終業時刻を、次のとおり主張しました。

(原告の主張)

「原告を含む被告社員らは、午後7時又は午後8時までテレアポをし、同時刻から掃除と終礼をしており、これらに要する時間は控えめに計算しても10分はあった。」

原告の記憶では午後7時までテレアポをした日が約3分の1、午後8時までテレアポをした日が約3分の2であった。

「したがって、個別の書証(別紙2-1『原告 時間シート』の『備考』欄に書証番号を掲記)により午後7時50分以降の労働を個別に立証できる日及び午後7時50分より前に終業していることが明らかな日はその時刻を終業時刻とし、それ以外の日は平均的な終業時刻である午後7時50分を終業時刻とすべきである。

 被告はこれを争い、終業時刻は午後7時だと主張しましたが、裁判所は、次のとおり述べて、各日の終業時刻を平均時刻として割増賃金を計算しました。

(裁判所の判断)

「被告においては、毎日午前8時30分から全員参加の朝礼が行われており、その時間は10分から15分程度であった。原告を含む被告社員らは、朝礼の終了後、テレアポ業務の始まる午前9時までの間、喫煙したり、トイレに行ったりするなどして自由に過ごしていた。」

「被告においては、テレアポ業務終了後に全員参加の掃除及び終礼が行われており、その時間は少なくとも10分程度であった。テレアポ業務が終了するのは、D本社においては午後8時であり、F支店においては、決算月や売上が目標を達成していないときなどは午後8時、月初や決算月の翌月、売上が目標を達成しているときなどは午後7時であった。

(中略)

「被告F支店においては、テレアポ業務が終了するのが午後7時の場合と午後8時の場合とがあったことが認められる。そして、原告は、その日数の割合につき、前者が3分の1程度、後者が3分の2程度であった旨を陳述及び供述し・・・、証人Kもこれに沿う供述をするところ・・・、このことは、LINE記録・・・によっておおむね裏付けられている。

「そうすると、原告がF支店に勤務していた期間におけるテレアポ業務の終了時刻は、平日の総日数のうち、その3分の1が午後7時、その3分の2が午後8時であったと認めるのが相当であり、テレアポ業務の終了後に終礼と掃除が行われていたことはD本社の場合と同様であるから、原告の終業時刻は、これらに10分を加算した午後7時10分又は午後8時10分であったと認めるのが相当である。

もっとも、終業時刻が午後7時10分の日と午後8時10分の日を具体的に特定して認定することはできないから、原告の割増賃金を計算するに当たっては、計算の便宜を考慮し、平日の全日について、その平均時刻である午後7時50分を終業時刻とするのが相当である。

3.各日の終業時刻が具体的に認定できなくてもよい

 冒頭で述べたとおり、労働時間を認定するにあたっては、日ごとに、始業時刻、終業時刻を特定して主張、立証するのが原則です。

 しかし、本件の裁判所は、日ごとの終業時刻を具体的に特定して認定することができないとしつつ、供述等に基づいて終業時刻のパターンや割合を認定し、各日の終業時刻を平均時刻として割増賃金を計算しました。

 本件は「日ごとの(始業時刻・終業時刻の)特定」というルールを緩和した例として、実務上参考になります。

懲戒事由ではないのに「懲罰事項になるんだよ」などと叱責する行為はパワハラか?

1.パワーハラスメント

 職場におけるパワーハラスメントとは、

職場において行われる

① 優越的な関係を背景とした言動であって、

② 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、

③ 労働者の就業環境が害されるものであり、

①から③までの要素を全て満たすものをいう

とされています(令和2年厚生労働省告示第5号「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」参照)。

 実務上、パワーハラスメントではないかと問題になりやすいことの一つに、懲戒権の行使の示唆があります。人を懲戒できる立場になると、自分の手元にある権力を使ってみたくなるのか、懲戒処分の対象にならなないようなことまで見咎め、懲戒権の行使を示唆しながら部下を叱責する方は、少なくないように思います。

 それでは、懲戒事由にならないようなことにまで、懲戒権の行使を示唆して叱責することは、パワーハラスメントといえるのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。那覇地判令5.6.27労働判例ジャーナル139-16 沖縄産業振興センター事件です。

2.沖縄産業振興センター事件

 本件の被告は、

商工業者の事業活動を支援し、もって沖縄県産業の振興に寄与するため、産業振興会館の建設及び管理・運営に関する事業を行うこと等を目的とする株式会社(被告会社)、

被告会社の代表取締役専務G(被告G)

です。

 原告になったのは、被告の正職員の方6名(原告A~F)です。「級別標準職務表及び個別の「昇給・昇格表」(以下、併せて『標準モデルプラン』ということがある)が職員給与規程の一部を構成していることの確認等等を求めて提訴したのが本件です。

 本件の請求は多岐に渡りますが、その中の一つに、被告Gのハラスメントを理由として原告Bが被告らに請求した損害賠償請求がありました。

 これは、標準モデルプランに基づく昇級及び昇格の見直しを被告Gから事前に伝えられた原告Bが、そのことを他の職員に話したところ、被告Gから 

「あなたがなんで自分で判断するの。職員に話して、大馬鹿野郎じゃないの。大問題だよ。これこそ懲罰事項になるんだよ。給与担当というのはね、こういったことに関して非常に敏感にならないといけない。社員は仲間かもしれないけど、あなたは管理者側に立たないといけないんだよ。大問題だよこんなこと。僕はちゃんと調べて、手続も踏んで、やるべきことをやってからやるっていってるの。全然外したことやってないよ。でもあなたは担当だから、予め私は言ってるの。こんなことやってるよって。なんでそれを社員に言うの。ちょっと違うと思うね。もう一度心入れ替えなさい。」

と叱責されたことがハラスメントに該当すると主張し、損害賠償を請求した事件です。

 この事件で、裁判所は、次のとおり述べて、パワーハラスメントへの該当性を認めました。

(裁判所の判断)

「原告Bは、認定事実・・・のとおり、被告Gが令和3年4月5日に原告Bを呼び出して『大馬鹿野郎じゃないの。大問題だよ。これこそ懲罰事項になるんだよ。』などと発言(以下『本件発言』という。)したことについて、本件発言は原告Bを侮辱するものであって原告Bに対する不法行為に該当する旨主張する。」

職場における優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、労働者の就業環境を害し、肉体的・精神的苦痛を与えた場合には、当該言動は、当該労働者に対する不法行為に該当するものと認められる(なお、被告会社の就業規則16条〔1〕も参照)」。

「本件発言は、認定事実・・・のとおり、原告Bが給与事務担当者として被告Gから予告された標準モデルプラン等の見直しを他の職員に話したことに対する指導としてされたものであるところ、被告Gは、本人尋問において、原告Bに標準モデルプラン等の見直しを他言しないよう明確に伝えたわけではないが、内容が給与に関する機微な情報であるので、原告Bにおいて当然他言しないようにとの指示であると受け取るべきであった旨供述する(被告G 18頁)。」

「しかし、被告Gがいかなる趣旨で標準モデルプラン等の見直しをする予定である旨を原告Bに告げたのかを原告Bに説明しない限り、原告Bにおいて、当該情報の取扱いをどのようにすべきかを直ちに判断することができないとうかがわれる上、被告Gから具体的に職員への他言を禁止されていなければ、被告会社の指示命令に従うことなどの遵守事項(就業規則15条)への違反といった懲戒の事由(就業規則53条)に該当するものとはいえない。

「そうすると、懲戒の事由に当たる事実がないにもかかわらず、これを『懲罰事項になる』などと述べ、『大馬鹿野郎』、『大問題』などと過激な言葉で原告Bを叱責する本件発言は、被告会社の代表取締役専務という優越的な地位にある被告Gが、業務上必要かつ相当な指導の範囲を超えて、原告Bに対し、その名誉感情を害し、精神的苦痛を与えたものと認められるから、パワーハラスメントして不法行為に該当する。

3.パワハラに該当するとされた

 本件では「大馬鹿野郎」「大問題」なども文言も付加されていますが、裁判所は、懲戒事由がないにもかかわらず、「懲罰事由になる」などと述べることをパワハラとして不法行為に該当すると判示しました。

 懲戒事由になるぞ/懲戒するぞ/懲罰にかけるぞ、などの叱責は、よく揉める言動の一つであり、裁判所の判断は、実務上参考になります。

 

賃金規程上「超過勤務等に対する割増賃金」と定められている手当について、割増賃金の支払とは認められなかった例

1.固定残業代の有効要件

 最一小判令2.3.30労働判例1220-5 国際自動車(第二次上告審)事件は、固定残業代の有効要件について、

通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要である・・・。そして、使用者が、労働契約に基づく特定の手当を支払うことにより労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったと主張している場合において、上記の判別をすることができるというためには、当該手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていることを要するところ、当該手当がそのような趣旨で支払われるものとされているか否かは、当該労働契約に係る契約書等の記載内容のほか諸般の事情を考慮して判断すべきであり・・・、その判断に際しては、当該手当の名称や算定方法だけでなく、上記・・・で説示した同条の趣旨を踏まえ、当該労働契約の定める賃金体系全体における当該手当の位置付け等にも留意して検討しなければならない」

と判示しています。

 傍線部の一番目は「判別要件」「明確区分性」などと言われています。傍線部の二番目は「対価性要件」と言われています。

 固定残業代の効力に関しては、下級審で複雑な判例法理が展開されていましたが、国際自動車(第二次上告審)事件以降の下級審裁判例は、固定残業代の問題を、

判別要件

対価性要件

のいずれかの要件との関係で議論することが多くなっています。

 この対価性要件との関係において、近時公刊された判例集に、賃金規程上「超過勤務等に対する割増賃金」と時間外労働等の対価であるかのような規定振りがされていたにもかかわらず、割増賃金の支払とは認められなかった例が掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、大阪地判令5.6.29労働判例ジャーナル139-14 ツヤデンタル事件です。

2.ツヤデンタル事件

 本件で被告になったのは、歯科技工所の経営等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告と期間の定めのない雇用契約を締結し、デンチャー(入れ歯)部門で歯科技工士として稼働していた方です。平成30年9月から令和2年7月までの間の時間外労働に対する割増賃金(残業代)が支払われていないとして、被告を提訴したのが本件です。

 本件の争点は多岐に渡りますが、その中の一つに「特別手当」として支給されていた金額の割増賃金の弁済としての効力があります。

 本件の特別手当は賃金規程上、

「与えられた職務を遂行するために発生する超過勤務等に対する割増賃金(略)として個人ごとに定める額」

と定義されていました。

 そのうえで、

「『特別手当』の額は、被告代表者が、割増賃金の未払が生じないようにしたり、売上が多かった月は増額したりするなどして、その都度定めて支払われ」

ていました。

 このような事実関係のもと、裁判所は、次のとおり述べて、特別手当の割増賃金の支払としての効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「本件賃金規程には、『特別手当』について、『特別手当は、与えられた職務を遂行するために発生する超過勤務等に対する割増賃金(時間外・休日・深夜)として個人ごとに定める額を支給する場合がある』との定めがある・・・。」

「もっとも、前記認定事実のとおり、『特別手当』の額は、被告代表者が、その月の売上等に応じて、その都度定めて支払われたことが認められ、原告の実労働時間には連動しておらず、被告が、原告に対して、これを割増賃金に対する対価として支払う旨を説明していたとも認められない・・・。また、前記・・・のとおり、被告は被告なりに認定した労働時間を基にして『時間外』『休日出勤』『深夜』の額を計算して支払っていたのであるから、被告が、原告に対し、これを超える割増賃金の支払義務を認識した上で、その対価として特別手当を支払っていたとも通常考え難い。

このような『特別手当』の支給額と実労働時間との関係、被告の説明状況及び賃金の支払状況に照らすと、『特別手当』が、本件賃金規程上、割増賃金への支払であるとされていたとしても、これを割増賃金に対する支払に当たるものと認めることはできない。

3.実労働時間とは連動せず、売上等に応じて都度定められてる手当

 裁判所は、上述したとおり、実労働時間とは連動せず、売上に応じて都度定められるような手当は、割増賃金の支払とは認められないと判示しました。

 ある手当の対価性が、就業規則の字面ではなく、実体を見て判断されることを示す一例として参考になります。