弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

部下への接し方に問題がある上司が原因で、部署全体の雰囲気が悪くなり、自殺者が出た例

1.パワーハラスメントに対処しなければならないのは?

 職場において行われる

① 優越的な関係を背景とした言動であって、

② 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、

③ 労働者の就業環境が害されるもの

をパワーハラスメントといいます(令和2年厚生労働省告示第5号『事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針』参照)。

 パワーハラスメントに対し、企業は法令に基づいて適切な対応をとらなければなりません。これは被害者のためだけではありません。ハラスメントを放置すると、部署全体の雰囲気が悪くなり、仕事が停滞するからでもあります。

 しかも、被害者のダメージと部署全体の雰囲気の悪化は、しばしば悪循環を生じさせます。ハラスメントを目の当たりにしてるのを見て、部署全体が自由に発言をしにくい雰囲気になり、その雰囲気がますます被害者を委縮させるといったようにです。萎縮した被害者は仕事をすることが億劫になり、それが更にハラスメントの口実を与えます。

 こうした悪循環が生じると、職場の空気は際限なく悪くなって行き、いずれは自殺者が出ます。近時公刊された判例集にも、部下への接し方に問題のある上司を放置したことで、自殺者が生じた裁判例が掲載されていました。新潟地判令4.11.24労働経済判例速報2521-3 新潟市事件です。

2.新潟市事件

 本件で原告になったのは、自殺した新潟市水道局職員Dの遺族(妻A、子BC)です。Ⅾが自殺したのは、被告新潟市が安全配慮義務に違反したからだとして、損害賠償を請求する訴えを提起しました。

 本件で問題になったのは、主に直属の上司E係長の対応です。

 Dが自殺に至る経過は概ね次のとおりです。

「E係長には、同僚や部下に対し、仕事上、厳しい対応や頑なな対応を行う傾向があり、時折、強い口調で発言することもあった。そのようなE係長の影響もあって、少なくとも平成18年度の維持計画係及び平成19年度の給配水係では、職員の誰かが他の職員に対して業務に関する質問をするような雰囲気が余りなく、係内での会話が少なくて係内での挨拶も余りされず、緊張感のある雰囲気があった。定時になると係の職員はおおむね早めに退庁し、E係長が一人だけで残業をしていることが多く、係外の職員の中には、余り係の雰囲気が良くない、係に元気がないなどと感じていた者も少なくなかった・・・。」

「水道局の職員から見たDの性格は、おおむね、真面目、温厚、物静か、おとなしいなどというものであった・・・。また、Dは、悩みがあっても、他者に相談することは余りしなかった・・・。」

「Dは、E係長から注意や叱責を受けて萎縮することが多く、特に、平成18年以降は、E係長と接することが苦痛であり、E係長の自分に対する態度が「いじめ」であると感じ、E係長と接することをなるべく避けようとしていた・・・。」

「Dには、平成19年4月初めの時点で、少なくとも管路の修繕業務の経験はあった・・・が、修繕単価表の改定業務を、その主担当として、分からない点を前担当者や当該業務の経験がある他の職員に質問したりすることなく単独で行うことができるだけの能力や経験はなかった・・・。」

「Dは、平成19年4月以降、修繕単価表の改定業務の処理方法について、給配水係内の他の職員又は前担当者であるJ副主査に対し、直接質問をしたり、指導を仰いだりすることはなかった・・・。」

「一方、Dは、平成19年4月中に10回程度、修繕単価表の改定業務の処理方法に関して、K主査に対して質問をした。K主査は、これに対してK主査なりに対応したが、Dの業務に対する理解は、新たな工種の追加を単独で十分に行える程度にまで深まることはなかった。Dは、当時、4月末頃までに終わらせるべき新たな工種の追加等の業務を(業務に対する理解が十分でないために)終わらせることができない状態であり、そのことに悩んでおり、5月の連休明け頃(新年度の単価を既存の単価と入れ替える作業を行わなければならない時期)になってもその前段階の業務が完了していないことについてE係長から叱責されることなどを恐れていた・・・。」

「Dは、自殺する前に、携帯電話機の中に、携帯電話機のメモ機能を用いて以下の文章のデータを残していた・・・。」

(文章)

「Aへ・・あとの事はたのむ・・ごめんね・・何にも力になれなくて・・」

「あの人とはもうやっていけない。1年目はまあ優しかったが、2年目からはすごく変わり自分の事しか信じない。3年目は、いわゆるいじめ。たとえば答えがあるのに教えないで考えさせ、あげくに説教されても、わたしには、どうしていいかわからないけど、あの人の態度は変わる事なく日を増すごとに悪化してこれ以上耐えられません。これだけは、実際になった人しか分からないと思うけど、馬鹿は死ななけゃ直らない」

「生きていく自信がない・・無理してもいつかはどこかでしわよせがくる・・わがままを許してくれ」

「中途半端な気持ちじゃない事は分かって下さい。真剣です。」

「Dは、自殺する前に、自宅のパソコンの中に、以下の文章のデータを残していた・・・。」

「どんなにがんばろうと思っていてもいじめが続く以上生きていけない。わかないのは少なくとも分かっている筈なのにいじめ続ける 人を育てる気持ちがあるわけでもないし、自分が面白くないと部下に当たるような気がする。このままではどうしていいかわからないし、相談しろとたてまえ的には言うけれど回答がもらえるわけだもない。逆に怒られることが多い。いままで我慢してたのは、家族がいたからであるが、でも限界です。」

 このような事実関係のもと、裁判所は、次のとおり述べて、被告新潟市の過失責任を認めました。

(裁判所の判断)

「死亡当時のDは、水道局における勤続18年目の中堅職員であり、主査という(自治体においては一般的に係長クラスの)肩書を付与されていたのであるから、上記のような業務上の困難に直面した場合であっても、前担当者がJ副主査であったことを他部署への問合せ等によって確認した上でJ副主査に対して業務の処理方法について質問したり、E係長及びI主査に対して(E係長から叱責される可能性を覚悟の上で)4月末までに行うべき業務を終了させる見込みがないことを率直に告げて助力を求めたり、E係長の上司であるL課長に対して直接、給配水係内のコミュニケーションの問題により担当業務に関して十分な助力を得られない状況を相談したりすることも、客観的に見れば、可能であったと考えられる。」

「他方において、当時の水道局内は、大部分が基本的に水道局以外の新潟市の部署への異動が予定されていない職員ばかりで、水道局内の人間関係が定年で退職するまで継続するような状況にあって、このような環境に応じた組織結束の文化もあった(証人M)ところ、そのような中において、物静かでおとなしく、自身の悩みを他者に余り相談しないDが、上記のような積極的な対応を採ること、特に、給配水係内のコミュニケーション上の問題についてE係長を飛び越えて直接その上司であるL課長に相談することは、その性格上難しい部分があり、そのため、Dは、一人で悩みを抱え込むことになったのではないかと考えられる。」

「これらの状況(日頃の執務等を通じ、E係長においてこれらの状況は認識していたか、少なくとも認識し得たはずである。)に照らせば、平成19年4月当時、E係長には、自分自身のDを含む他の職員に対する接し方が係内の雰囲気に及ぼす悪影響や、Dとの人間関係の悪化による悪影響によって、Dが係内で発言しにくくなり、他の係職員に対し業務に関する質問をしにくくなっている給配水係内のコミュニケーション上の問題を踏まえて、初めて担当するDにとって比較的難しい業務であった修繕単価表の改定業務に関し、①Dによる業務の進捗状況を積極的に確認し、進捗が思わしくない部分についてはE係長又はI主査が必要な指導を行う機会を設けるか、又は、②E係長において部下への接し方を改善して給配水係内のコミュニケーションを活性化させ、DがE係長又はI主査に対して積極的に質問しやすい環境を構築すべき注意義務があったというべきである。

そして、E係長はこれらの措置を何ら実施していなかったものと認めることができるから(E係長は、Dの自殺後まもなく、L課長から部下への接し方に問題があるとして厳しく叱責された・・・にもかかわらず、本件訴訟の証人尋問において、Dが遺書で言及した人物・・・について自分のことだと思わない、至らないことがあったとは思っていないなどと証言しているところであって、このようなE係長が上記のような措置を適切な形で採っていたものと認めることはできない。)、本件では、上記の注意義務に違反した過失があったものというべきであり(なお、上記ア記載の原告ら主張の注意義務違反のうち、その余の注意義務違反については、認めるに足りる証拠がない。)、これによりDがその遺書・・・に記載されたような心境に陥って自殺するに至ったものと認めるのが相当である。

3.積極的に質問しやすい環境を構築すべき注意義務

 本件の過失論で特徴的なのは、

「部下への接し方を改善して給配水係内のコミュニケーションを活性化させ、DがE係長又はI主査に対して積極的に質問しやすい環境を構築すべき注意義務」

の存在を認めていることです。

 質問しやすい環境を構築することは上司にとって重要な仕事ですが、これが自殺者を出さないための法的な義務として位置付けられたことは、かなり画期的なことです。この判断は銘記したうえ、他の類似事案でも活用して行くことが考えられます。

 ハラスメントを受けた側は、かなり気にします。加害者側が想像しているよりも、ずっと深刻なダメージを受けているというのが、労働相談・労働事件に携わってきた弁護士としての実感です。

 ハラスメントは、適切に対応されなければ、文字通りの意味で人が死亡することがあります。使用者には、問題の深刻さを見誤ることなく、ハラスメント加害者に対して早期に適切な措置をとってもらいたいと思います。

 

管理監督者該当性-労働時間に裁量があることを否定するときの着目点

1.管理監督者性

 管理監督者には、労働基準法上の労働時間規制が適用されません(労働基準法41条2号)。俗に、管理職に残業代が支払われないいといわれるのは、このためです。

 残業代が支払われるのか/支払われないのかの分水嶺になることから、管理監督者への該当性は、しばしば裁判で熾烈に争われます。

 管理監督者とは、

「労働条件その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者」

の意と解されています。そして、裁判例の多くは、①事業主の経営上の決定に参画し、労務管理上の決定権限を有していること(経営者との一体性)、②自己の労働時間についての裁量を有していること(労働時間の裁量)、③管理監督者にふさわしい賃金等の待遇を得ていること(賃金等の待遇)といった要素を満たす者を労基法上の管理監督者と認めています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ」〔青林書院、改訂版、令3〕249-250参照)。

 このうち②の要素を否定するための着目点を知るうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令4.4.13労働判例1289-52 国・広島中央労基署長(アイグランホールディングス)事件です。

 これは、以前、

部下の多さでは管理監督者かどうかは決まらない-従業員数20名の会社で8名の部下を有する地位にあっても管理監督者性が否定された例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

管理監督者に相応しい賃金-各手当の性質の分析が重要(賃金月額72万円・従業員中2位でも待遇が否定された例) - 弁護士 師子角允彬のブログ

でご紹介した裁判例と同じ事件です。

 別の判例集に掲載されているのを見かけ、権限、待遇のほか、労働時間の裁量と言う観点からも参考になる判断が示されていると思われたので、ご紹介させて頂きます。

2.国・広島中央労基署長(アイグランホールディングス)事件

 本件は、いわゆる労災の取消訴訟です。

 原告になったのは、傘下の子会社から委託を受けて、その総務、財務、経理の業務を行う持株会社(本件会社)で、管理本部経理部長として働いていた方です。賃金構成は、

基本給24万円、

役職手当26万円、

管理手当4万円、

住宅手当18万円、

合計72万円とされていました(いずれも月額)。

 適応障害(本件疾病)を発症し、休業補償給付を請求したところ、処分行政庁から管理監督者性が認められることを前提に、給付基礎日額を2万4000円とする休業補償給付の支給決定を受けました。これに対し、自分は管理監督者ではなく、給付基礎日額の算定に誤りがあると主張し、支給決定の取消訴訟を提起したのが本件です。

 本件では原告の管理監督者性が争点になりました。

 裁判所は管理監督者性の判断を行うにあたり、要素②との関係で、次のとおり判示しました。なお、結論として裁判所は、原告の管理監督者性を否定し、支給決定の取消請求を認めています。

(裁判所の判断)

「認定事実・・・によれば、原告は、他の従業員と同様、就業規則による労働時間の規律に服し、出勤簿による勤怠管理を受け所定の始業時刻以前に出勤して業務を開始し所定の終業時刻前に早退したのは1日のみで、残業についてもE社長の指示により午後8時までに制限されていたと認められる。早退に伴う賃金減額は行われなかったが、わずか1日のことであるうえ、平成28年の最終営業日における特例的措置であった可能性も否定し得ないことを踏まえれば、この点を重視することは相当でない。」

「また、原告が病欠した平成28年10月14日を事後的に代休とした取扱いは、同日が欠勤控除の対象であることを前提とする事務処理と解される。

「以上によれば、原告には、労働時間や出退勤に関し、労基法による労働時間規制の対象外としても保護に欠けないといえるような裁量はなかったと評価するのが相当である。」

3.労働時間の裁量を否定するための着目点

 管理監督者性を争うにあたり、労働時間に裁量がなかったことを論証するには、どのような点に注目すればよいのでしょうか?

 本件はこの問題に的確な回答を示唆してくれています。具体的にいうと、

① 他の従業員と同様の始終業時刻が設定されていたのか、

② 出勤簿がつけられていたのか、

③ 所定始業時刻と実際の始業時刻とがどれだけ乖離しているのか、

④ 所定終業時刻と実際の終業時刻とがどれだけ乖離しているのか、

⑤ 残業をしないように指示を受けていたのか、

⑥ 計測された不就労時間について賃金控除が行われていたのか、

⑥ 代休がとられてないのか、

などが問題になっています。

 以前に目を通した時には当たり前のことを言っているだけだと流して読んでしまいましたが、改めて読んでみると一般的にポイントとされる要素が的確かつ網羅的に指摘されており、この判示は覚えておいて損がなさそうだなと思いました。

 管理監督者性の判断要素である労働時間の裁量の有無を考えるうえでも、本裁判例は参考になります。

解雇の撤回が認められた例-解雇撤回にどう対応するか

1.解雇の撤回

 一昨日、昨日と、無理筋の解雇が行われた場合、労働者側からの解雇無効、地位確認の主張に対し、使用者側から解雇を撤回するという対応をとられることがあるとお話しました。

 この解雇撤回は、敗訴リスクを考慮した便法であることが少なくありません。ただ単に敗訴リスクを勘案して解雇撤回をした使用者は、当該労働者を職場から排除する意思を喪失しているわけではないため、引き続き、あの手、この手の働きかけをしてくることが少なくありません。

 こうした使用者側の主張に対抗するため、

解雇の撤回は許されない、

という議論が展開されることがあります。これは、民法の、

第五百四十条 契約又は法律の規定により当事者の一方が解除権を有するときは、その解除は、相手方に対する意思表示によってする。
2 前項の意思表示は、撤回することができない。

という条文を根拠とした考え方です。

解雇は労働契約(雇用契約)の解除権の行使である、

ゆえに解雇の意思表示は撤回できない、

という立論です。

 確かに、労働者が願い下げだと言っているにもかかわらず、使用者の側で一方的に解雇を撤回することができないのは当然のことです。しかし、解雇が無効で労働契約上の地位があると言っているにもかかわらず、解雇の撤回は無効だというのは、主張としての一貫性に欠けるようにも思われます。解雇撤回は、解雇が無効だという主張に対応したもので、一方的な撤回ではないという反論も予想されます。

 それでは、解雇が撤回されてしまった場合、裁判所で労働契約上の権利を有する地位にあることを確認することは、もうできなくなってしまうのでしょうか?

 一昨日、昨日とご紹介している大阪地判令5.2.7労働判例ジャーナル137-30 日本ビュッヒ事件は、この問題を考えるうえでも参考になります。

2.日本ビュッヒ事件

 本件で被告になったのは、製薬業、化学工業及び食品製造業のための研究機関用検査分析装置及び分析機器の輸入、販売、保守管理等を目的とする株式会社(スイス起業の日本法人)です。

 原告は、被告との間で期間の定めのない労働契約を手結し、平成17年4月以降、被告で稼働してきた方です。

令和2年11月30日付けで解雇され、

令和3年3月10日、解雇は無効であるとして、地位確認等を求める訴訟を提起したところ、被告から、

令和3年11月30日付け

で解雇を撤回されました。

 本件では、この解雇撤回により、原告の地位確認を求める利益が失われてしまうのではないかが問題になりました。

 本件の原告は、

「被告が本件解雇を撤回した後、P3GM(General  Manager 括弧内筆者)らは、原告に不当な退職勧奨を行ったり、退職に追い込む目的で違法無効なけん責処分をしたり、自宅待機を命じ続けたりしており、これらの被告の対応等に照らすと、原告の雇用契約上の権利を有する地位はなお不安定である。したがって、本件地位確認請求部分につき確認の利益があり、本件将来賃金請求部分につき将来請求の必要性がある。」

として、依然として訴えの利益は失われていないと主張しましたが、裁判所は、次のとおり述べて、訴えの利益を否定しました。

(裁判所の判断)

被告は、本件解雇を撤回し、その後も現在に至るまで原告に対して賃金の支払を継続しているものであり、これらの事情によれば、現時点において、原告と被告との間において雇用契約関係があることにつき争いはない。したがって、本件地位確認請求部分について確認の利益があるとはいえず、また、あらかじめ将来の賃金の支払を請求する必要性があるということもできない。原告指摘の事情は、上記判断を左右しない。」

「よって、本件訴えのうち本件地位確認請求部分及び本件将来賃金請求部分はいずれも不適法である。」

3.賃金が支払われていた事案ではあるが・・・

 以上のとおり、裁判所は、現在雇用契約関係があることには争いないとして、訴えの利益を否定しました。

 解雇が無効であるから現在雇用契約関係があるとされたのか(ゆえに撤回という話にならないのか)、有効な解雇がなされた者の撤回されたから現在雇用関係があるとされたのか、解雇の効力や撤回の可否を判断する実益に乏しいと考えられたのかは不分明ですが、いずれにせよ、解雇を撤回された場合いついて、裁判所で改めて労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めることは難しいということなのだと思われます。

 原告は撤回の効力を正面から争ったわけではありませんし、賃金が全額支払われているため、地位確認を求めることへの実益が乏しかったのはそうだと思います。

 ただ、個人的には本件のように解雇撤回後に嫌がらせが行われている場合、撤回の効果意思がないとして、撤回の意思表示の事実自体を争う余地もあったのではないかと思われます。

 解雇撤回されている事案で地位確認を求めたい場合に、何等かの工夫が必要になることを示す裁判例として、本件は実務上参考になります。

 

解雇撤回後の嫌がらせ-ハラスメント加害者の部下につけたり、退職を迫ったり、懲戒処分をしたりしたことが問題視された例

1.解雇撤回後の嫌がらせ

 無理筋の解雇に対し、労働者側から解雇無効、地位確認を主張すると、使用者側から解雇を撤回されることがあります。

 これが真摯なものであればよいのですが、敗訴リスクを考慮して解雇を一旦撤回するものの、当該労働者を職場から排除する意思を喪失することなく、退職に追い込むため、あの手のこの手の嫌がらせに及ぶ使用者も少なくありません。

 昨日、嫌がらせの手段として、延々と自宅待機を命じて職場に出勤させないという方法があることをお話しました。

 しかし、嫌がらせの方法は、それだけに留まりません。

解雇前にハラスメントを行っていた上司のもとに配属させたり、

辞職するようにほのめかしたり、

解雇前の行為を蒸し返して懲戒処分をしたりするなど、

その方法は多岐に渡ります。

 昨日ご紹介させて頂いた、大阪地判令5.2.7労働判例ジャーナル137-30 日本ビュッヒ事件は、そうした手法に対しても、否定的な評価を下しています。

2.日本ビュッヒ事件

 本件で被告になったのは、製薬業、化学工業及び食品製造業のための研究機関用検査分析装置及び分析機器の輸入、販売、保守管理等を目的とする株式会社です。スイス企業の日本法人であり、平成29年6月1日時点で、

営業担当10名、

保守サービス担当6名、

マーケティング担当6名、

その他7名

の合計29名の人員を有していました。

 P3は被告の従業員であり、平成31年1月にGM(General  Manager)に就任したうえ、同月以降、実質的な代表者として、被告を経営している方です。

 原告は、被告との間で期間の定めのない労働契約を手結し、平成17年4月以降、被告で稼働してきた方です。

令和2年11月30日付けで解雇され、

令和3年3月10日、解雇は無効であるとして、地位確認等を求める訴訟を提起したところ、被告から、

令和3年11月30日付け

で解雇を撤回されました。

 その翌日である

令和3年1年12月1日、

被告は、原告に対し、GM付きセールスサポート(Sales Support=SS)を命じるとともに、自宅待機命令(本件自宅待機命令)を発出しました。

 また、令和4年1月4日には、原告とP3GMとの間で、次のような面談が行われました。

(裁判所の認定した事実)

「原告は、被告が本件解雇を撤回した後の令和3年12月1日に、本件自宅待機命令を受けていたところ、P3GMは、その後、京都市内に自宅がある原告に対し、令和4年1月4日午前9時に東京本社に来るように命じ、原告は、これに従って、同日午前9時に被告本社を訪れ、会議室でP3GM及びP5と原告とで約3時間にわたって面談が行われた。冒頭、P3GMは、面談のやり取りを録音している旨を原告に告げ、その後、次のようなやり取りがされた。」

「すなわち、P3GMは、9月30日メールの内容や背景を教えてほしいと求めたところ、原告は、『メールに書いた通り、社員がいっぱい辞めている。私もイジメられている。社員がずっと辞めている。このパワハラを止めないと会社がよろしくないと思います。』と送信したと説明した。しかし、P3GMは、『パワハラって書いてなかったよね。』、『ちゃんと正確に言おうよ。正確に いつも君はさ、状況によって色を非常に使い分けるからさ。で、あの~、意図を必ず後で、何が違う意図で、ちゃんとクリアにやろうよ。正しくやろうよ。で、正確にやろうよ。その君のメールのやりとりの背景もさ、現実、本当のところ君の思い込みなのか、事実なのか何が事実なの?』、『書いてなかったよね。』などと述べてメールの記載内容と異なると指摘した。原告が原文を見せるよう求めたが、P5は、『自分が書いたんだろ。自分が書いたんじゃん。それを覚えてないってどういうことよ。僕らが書いたわけじゃないし』と述べ、P3GMは、『逆に説明してほしいんだよね。僕ら書いたわけじゃないんだよ。』などと述べ、これに応じなかった。」

「P3GMは、その後、原告に令和2年10月5日のミーティングの録音反訳書のうち『基本はコミュニケーションですよね』、『これだけのコストと時間と、本来これは注意するけど、本当はやっちゃいけない。自分の首をかけることになる。』及び『その辺の責任の取り方も自分自身で分かってるかもしれないけど。本来だったら。普通の会社だったら。』とのP3GMの発言部分とこれに対して原告が『はい。おっしゃるとおりです。』と発言した部分、P5が最後に『じゃ、ということで』と発言した部分を読み上げさせた。原告は、『じゃあ、これもう。P3さん私を解雇しようって決めてたんですか?これ首ってここ書いてますけど?』と尋ねると、P3GMは、『違うよ。自分だったら、普通の会社だったら、自分から身を退くでしょ。それはまぁP13さんも同じこと言ってたけど、普通だったらそうなんですよ。で、まぁいずれにしても何度も言うけど、これちゃんと結論取ってるよね。』と述べた。原告が、『なので先ほども言いましたけど、こういった形で『お前が悪い、お前が首だ』って形で』と述べると、P3GMは、『首だなんて書いてないでしょ。』と述べたため、原告は、『首っていうイメージに持っていかれた時に私としては助け求めるしかないじゃないですか。』と述べた。」

「その後、P5は、『現状どうですか。売上どうですか。売上下がっているって言ってるけど。僕らそういう認識はないので、しかも去年2021年は2012年を上回る売上を上げてるんで、P1君いなくても別に全然問題ないですよって話です。』と述べた。原告が、『あっ。そういう風に言っちゃうんですか。』と異議を述べると、P5は、『言っちゃいますよ。営業としてね。みんな一生懸命頑張ってきたんだよねって、話の中で、別に無理して戻って来てもらう必要ないかもしんない。』と述べた。」

「その後、面談の最後に、原告が、『私はどうなるのですか。』と尋ねると、P3GMは、『また連絡するわ。』、『コミュニケーション取れないからさ。もうちょっと方法を考えようぜ。』と述べた。原告が、『そしたら私は毎日Gメールを開ければいいですか。』、『私の宿題は毎日平日一回Gメールを開ける。そしてなんもなかったらまた待機するってことですか。』と尋ねると、P3GMは、『自宅から出ないでね。』と述べ、原告が、『いつまでですか。自宅から出ないでってそれも強いるんですか。また連絡っていうのはいつぐらいのイメージで考えられてますか。』と問うたが、P3GM及びP5が明確に答えなかったため、原告は、『ちょっと待ってくださいよ。それ言ってもらわないと私は自宅待機のままで、復職命令されたのに、働く場所を提供されてないわけで、それでもう1か月経ってますんで、それでさらにいつまで』と述べた。P5は、『分かんない』と述べ、P3GMも『ノーコメント』などと述べて明確に答えなかった。原告は、東京本社の従業員に挨拶して帰る旨述べたが、P3GMは、『挨拶しなくていいよ。』と述べ、P5も、『どうぞ帰ってください。』と述べて挨拶することを認めなかった。」

「そのほか、P3GM又はP5は、この面談において、『裁判で君が言っていたような捻じ曲げた嘘じゃない。真実を聞きたい。』、『いつも君は都合が悪くなると音信不通になるけども。』、『降格に関して裁判は終わってるんだよ。』、『事実ではないことを事実だと言うのはやめてほしいんだよね。』、『君がやったんだろ。』とも述べた。」

「なお、原告は、P3GMから、自宅待機期間中は外出してはならず、1日1回被告からのメールが届いているかを確認するよう指示された。」

 上記文中にある「9月30日メール」とは次のようなメールです。

「原告は、令和2年9月30日、スイス本社の営業部門責任者であるP7(以下「P7」という。)及びP4に対し、『P3氏が日本ビュッヒに入社して以降、10人を超える同僚社員が退社しました。日本ビュッヒの組織はP3氏の濫用的なマネージメントにより破壊されてしまいました。』などと記載したメール(以下『9月30日メール』という。)を送信した・・・。」

 そして、令和4年1月13日には、9月30日メールを理由とし、次のとおり、譴責処分を行いました。

(裁判所が認定した事実)

「被告は、P3GM名で、令和4年1月13日付けで、原告に対し、原告が9月30日メールを送信したことが、個人に対する中傷誹謗に当たり、当該個人の名誉・信用を大きく毀損したなどとして、原告をけん責するとともに始末書の提出を命じるけん責処分をし(以下『本件けん責処分』という。)、その旨が記載された懲戒処分通知書の画像ファイルを、午後3時30分に本件訴訟の書面による準備手続の協議が予定されていた令和4年1月13日の朝、原告にメールで送信した・・・。」

「被告は、同年4月22日、同日付け準備書面の送付をもって、原告に対し、本件けん責処分が相当ではなかったとして、これを撤回する旨通知した(当裁判所に顕著)。」

 本件では、解雇撤回後に退職を迫ったり、懲戒処分(本件けん責処分)を行ったりすることの不法行為該当性も争点になりました。

 この争点について、裁判所は、次のとおり述べて、不法行為該当性を認めました。

(裁判所の判断)

・令和4年1月4日の面談

「前記前提事実・・・、前記認定事実・・・によれば、被告は、本件訴訟を提起され、原告が本件訴訟でP3GMによるパワーハラスメントを訴えていることを認識し、かつ、解雇理由として原告がP3GMとの意思疎通を拒否したこと等を主張した後で本件解雇を撤回したにもかかわらず、令和3年12月1日、原告に対し、パワーハラスメントを行ったとされるP3GM付きのSSに命じるという相当性を欠く辞令を出した上で、P3GM及びP5は、令和4年1月4日の3時間にわたる面談において、9月30日メールの背景事情やその記載の趣旨を尋ね、原告からメールの原文を示してほしいと求められても、原告自らが送信したにもかかわらず、覚えていないことが不当である旨を述べて合理的な理由なくこれに応じず、その後、原告が同メールを送信したことが許されるものではないと指摘し、普通であれば、自分から退職するものである旨述べて、暗に退職を求め、さらに、現状では売上が伸びており、原告がいなくても全く問題がない、無理して戻ってもらう必要はない、などと、原告の心情を踏みにじるような発言をし、原告から、今後の対応を尋ねられても、また連絡する、意思疎通ができないので、もう少し方法を考えるなどと述べ、原告に対して回答する時期も明らかにしないなどの不当な対応をしたものである。このように、令和4年1月4日の面談におけるP3GM及びP5の原告に対する発言は、自らの問題を何ら顧みることなく、原告に非がある旨を述べ、退職を迫るものであり、およそ許容し難いものであって、原告の人格権を侵害する不法行為を構成するというべきである。

・本件けん責処分

「前記・・・のとおり、被告は、本件訴訟を提起され、原告が本件訴訟でP3GMによるパワーハラスメントを訴えていることを認識し、かつ、解雇理由として原告がP3GMとの意思疎通を拒否したこと等を主張した後で本件解雇を撤回したにもかかわらず、再び9月30日メールの問題を蒸し返し、これを理由とする本件けん責処分をしたものであるところ、本件けん責処分を正当化する懲戒事由が何ら存在しないことは、これまで説示したところから明らかであり、もはや原告に対する不当な嫌がらせと評価すべきであり、これが行われた時期も考慮すると、本件けん責処分は、原告に対する不法行為を構成するというべきである。

3.解雇撤回後の嫌がらせには損害賠償請求で対応することが考えられる

 以上のとおり、裁判所は、

配属に関しては相当性を欠くものとし、

退職を迫ったり、懲戒処分をしたりしたことに関しては、不法行為該当性を認めました。

 解雇撤回は無理のある解雇を強行した使用者側が、しばしば使う手法です。労働者側に復職意思がないと高を括って行われることが多く、本当に復職すると、嫌がらせを行って退職に追い込もうとしてきます(もちろん、解雇撤回されるケースの全てがそうした事案であるわけではありませんが)。

 復職後の嫌がらせに対しては、不法行為が成立する可能性があり、損害賠償請求等の法的措置により対抗して行くことが考えらえます。

 

解雇撤回後の嫌がらせ-自宅待機命令に不法行為該当性が認められた例

1.解雇撤回後の嫌がらせ

 無理筋の解雇に対し、労働者側から解雇無効、地位確認を主張すると、使用者側から解雇を撤回されることがあります。

 これが真摯なものであればよいのですが、敗訴リスクを考慮して解雇を一旦撤回するものの、当該労働者を職場から排除する意思を喪失することなく、退職に追い込むため、あの手のこの手の嫌がらせに及ぶ使用者も少なくありません。

 そうした嫌がらせの手法として、自宅待機命令があります。解雇を撤回するものの、当該労働者に対し、延々と自宅待機を命じる手法です。自宅待機命令とは、自宅で待機することを労務として命じるものです。自宅で待機していること、それ自体が労務の提供に該当するため、使用者は自宅待機していた労働者に対し、賃金全額を支払う必要があります。それでも、自宅待機を命じ、仕事を与えず飼い殺しにしながら、耐えられなくなった労働者が、自宅待機中に、自分から辞めると言い出すのを待ちます。

 当たり前ですが、このような手法は法的にも許されません。近時公刊された判例集にも、こうした手法に不法行為該当性を認めた裁判例が掲載されていました。大阪地判令5.2.7労働判例ジャーナル137-30 日本ビュッヒ事件です。

2.日本ビュッヒ事件

 本件で被告になったのは、製薬業、化学工業及び食品製造業のための研究機関用検査分析装置及び分析機器の輸入、販売、保守管理等を目的とする株式会社です。スイス企業の日本法人であり、平成29年6月1日時点で、

営業担当10名、

保守サービス担当6名、

マーケティング担当6名、

その他7名

の合計29名の人員を有していました。

 P3は被告の従業員であり、平成31年1月にGM(General  Manager)に就任したうえ、同月以降、実質的な代表者として、被告を経営している方です。

 原告は、被告との間で期間の定めのない労働契約を手結し、平成17年4月以降、被告で稼働してきた方です。

令和2年11月30日付けで解雇され、

令和3年3月10日、解雇は無効であるとして、地位確認等を求める訴訟を提起したところ、被告から、

令和3年11月30日付け

で解雇を撤回されました。

 その翌日である

令和3年1年12月1日、

被告は、原告に対し、自宅待機命令(本件自宅待機命令)を発出しました。本件の原告は多岐にわたりますが、その中の一つに、本件自宅待機命令の適法性がありました。

 原告はこれが不法行為に該当すると主張し、裁判所は、次のとおり述べて、本件自宅待機命令の違法性を認めました。

(裁判所の判断)

「前記認定事実によれば、原告は、令和3年12月1日以降自宅待機状態となっており、口頭弁論終結日である令和4年11月8日の時点で1年近く経過しているものである。しかも、前記認定事実によれば、被告は、原告に対し、1日1回のメール確認のほかは、具体的な業務指示を行っていないところ、令和3年12月1日の本件解雇の撤回時の辞令の内容、前記アで指摘した令和4年1月4日の面談時における退職要求や復職に関するP3GM及びP5の発言内容、9月30日メールを理由とする本件けん責処分がされたことなどに照らすと、被告が、口頭弁論の終結時までに原告の職場復帰に向けて真摯に検討してきたものとは評価し難く、被告が指摘する会社の規模を考慮しても、むしろ原告を敵視し、退職させようとの意図のもとに自宅待機を継続させているものというべきであって、上記意図のもとに自宅待機状態を継続させていることは、不法行為を構成するというべきである。

 なお、上記「9月30日メール」の内容は、下記のとおりです。

「原告は、令和2年9月30日、スイス本社の営業部門責任者であるP7(以下「P7」という。)及びP4に対し、『P3氏が日本ビュッヒに入社して以降、10人を超える同僚社員が退社しました。日本ビュッヒの組織はP3氏の濫用的なマネージメントにより破壊されてしまいました。』などと記載したメール(以下『9月30日メール』という。)を送信した・・・。」

3.延々と自宅待機を命じられた場合には対抗手段(損害賠償請求)がある

 裁判所は、以上のとおり、本件自宅待機命令の違法性を認めました。解雇撤回後の法律関係を考えるにあたり、本件は参考になります。

 

休日出勤の不承認に不法行為に該当する余地が認められた例

1.休日出勤させてもらえない

 一般論として言うと、使用者から命じられた場合に時間外勤務(残業)や休日勤務(休日出勤)をすることは、飽くまでも労働契約上の義務であって権利ではないと理解されています。

 そのため、残業や休日勤務をさせてもらえなかったとしても、そのことを法的に問題にするのは容易ではありません。

 しかし、少し前に、残業を命じなかったことが不合理な差別的取扱いにあたるとして、安全配慮義務違反を構成すると判示した裁判例が出現しました(広島地判令3.8.30労働判例ジャーナル118-38、広島高判令4.3.29労働判例ジャーナル126-36 広島精研工業事件)。

残業を許可しないことがハラスメント(安全配慮義務違反)とされた例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

残業を許可しないことがハラスメント(安全配慮義務違反)とされた例(続) - 弁護士 師子角允彬のブログ

 その後も裁判例の動向を注視していたのですが、近時公刊された判例集に、今度は休日出勤の不承認に不法行為該当可能性を認めた裁判例が掲載されていました。東京地判令4.9.8労働判例ジャーナル137-38 豊玉タクシー事件です。

2.豊玉タクシー事件

 本件で被告になったのは、一般乗用旅客自動車運送事業等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で雇用契約を締結し、タクシー乗務員として勤務している方です。休日出勤を希望する旨の申請をしたにもかかわらず、被告が申請を承認しなかったことが不当な差別的取扱いにあたるなどと主張して、不法行為に基づく損害賠償を請求したのが本件です。

 裁判所は、休日出勤する権利を否定したうえ、結論として請求を棄却しましたが、不当な差別を理由とする不法行為該当性について、次のとおり判示しました。

(裁判所の判断)

乗務員は休日出勤によって公休出勤手当を受けることができ、公休出勤申請書・・・においても申請の理由が『生活資金、教育費、その他』のいずれであるかを選択する欄が設けられていることからすれば、乗務員にとって休日出勤は自己の収入を高めるための手段となっており、休日出勤申請が認められることは、乗務員にとっての経済的な利益という側面もあるといえる。そうすると、上記・・・のとおり、乗務員に休日出勤の権利が認められないとしても、被告が、特定の乗務員にことさら不利益を与えることを目的として同人の休日出勤を不承認とするなど、著しく不当な差別的取扱いがされていた場合には、不法行為に該当することもあるというべきである。

「そこで検討するに、証拠によれば、原告は平成23年頃に被告に入社して以降、接客中に乗客との間で多数のトラブルを生じさせてきたこと、その中には乗客との間で言い争いとなるものも少なくなかったこと、原告は事後的にも被告に対してトラブル相手の乗客への非難を述べるなどの態度があったことを認めることができる・・・。確かに、これらのトラブルの中には、酔客や横柄な客からの理不尽な言いがかり等に端を発するといえるものもないわけではなく、そういった件に関しては、仮に一般的な対人関係の中であれば、原告が反論等をしたことにもやむを得ない面もある(上記各証拠によれば、原告なりに怒りを抑えて対応しようとしていた面もあるように思われる。)。しかしながら、被告のC営業次長が陳述書・・・において『タクシーはサービス業です。【中略】接客においてはお客様を大切にし、親切を心がけ、たとえお客様が理不尽であっても、それをうまくおさめなければならないのですが、残念ながら、A氏【原告】は、そのことを理解してくれていないのが実情です。【中略】お客様と怒鳴り合ったり、怒鳴りつけたりすることなどは、もってのほかですが、理解してもらえません。』と述べるとおり、乗務員が接客業であることからすれば、原告の接客及びトラブル対応の仕方や、事後的にも客を非難し続ける態度は、被告において許容することができないものと判断されてもやむを得ないものである。そうすると、被告において、顧客からの苦情を防止し、また、自社の企業イメージの棄損を避ける観点から、本件不承認をしたことは、合理的な理由に基づくものといえる。」

「したがって、そもそも原告が休日出勤をする権利を有するわけではないことをも考慮すれば、被告が主張するその他の事情について検討するまでもなく、本件不承認が不法行為となるような不当な差別的取扱いであるとはいえない。」

3.請求棄却ではあるが、不法行為該当可能性が認められた

 本件は公休出勤の申請の仕組みなど、一定の特殊な労働環境下の事例ではあります。また、労働者の請求も、結論としては棄却されています。

 しかし、休日出勤の不承認について、不法行為に該当する余地(可能性)が認められたことは、広島精研工業事件と並び画期的なことです。

 残業させてもらえないことにしても、休日出勤させてもらえないことにしても、差別という脈絡の中でなら争える余地はある-これは覚えておく価値のあるルールだと思います。

 

業務改善を要望したのに十分な対応がなされず、精神疾患を発病した後の非違行為であることが考慮され、懲戒処分(降格)が無効とされた例

1.懲戒権の濫用

 労働契約法15条は、

「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」

と規定しています。

 つまり、形式的に懲戒事由に該当するような行為が認められたとしても、懲戒処分を科する理由として客観的な意味での合理性がない場合や、処分が行為に比して社会的相当性を失するほど重たい場合、その懲戒処分は懲戒権を濫用したものとして無効になります。

 この懲戒権行使の濫用に関し、近時公刊された判例集に重要な判断を示した裁判例が掲載されていました。東京高判令4.9.22労働経済判例速報2520-3 セントラルインターナショナル事件です。

2.セントラルインターナショナル事件

 本件で被告(被控訴人・附帯控訴人)になったのは、物流アウトソーシングをメイン業務とする生産加工業務、マタニティ・ベビー市場のマーケティング業務を行っている株式会社です。

 原告(控訴人・附帯被控訴人)になったのは、被告の正社員として、メディア企画事業部(宣伝広報部)において稼働していた方です。

平成28年7月7日付けで行われた降格処分(第2降格処分)が無効であることを理由とする差額賃金、

業務過重や上司との関係の悪化、及び、これらが放置されたことで精神疾患(遷延性抑うつ反応)を発症したことを理由とする損害賠償、

などを求める訴えを提起したのが本件です。

 原審が原告の請求の大部分を棄却したことを受けて原告が控訴し、原告の控訴を受けて被告が附帯控訴したのが本件です。

 第2降格処分は懲戒処分として行われたもので、被告が構成した処分事由は次のとおりでした。

①平成27年12月に命じられた得意先への請求書の作成業務を拒否した事実

②平成28年3月に県民共済の件で顛末書の作成を拒否した事実

③平成27年12月に上司を中傷するメールを得意先に送信した事実

④平成28年3~4月に取引先とのミーティング中に「新規開拓は部長の担当で、自分は関係ない」旨発言した事実

⑤平成27年12月に上司を誹謗中傷するメールを複数回送信した事実

⑥平成27年12月に上司に対して『自分の保身のためにお仕事されるんですね』、『最低な人間』などと申し向けて誹謗中傷した事実

⑦平成28年2月に命じられたF2の新規開拓を拒否した事実

⑧平成27年8月に独断で取引先に取引解消を申し入れた事実

⑨平成28年5月に就業時間中に私用電話をした事実

⑩平成28年2月に得意先の担当変更を伝えたところ、激高して大声で騒いだ事実

 原審は第2降格処分を適法だと判示しましたが、控訴審は、次のとおり述べて、第2降格処分は違法だと判示しました。

(裁判所の判断)

「労働基準監督官は、埼玉労働局地方労災医員の意見、F1病院医師の意見書、控訴人、D1、B1、P1の申述等に基づき、控訴人の疾患名を遷延性抑うつ反応、発病日を平成27年12月頃と認定し、業務による心理的負荷のうち『上司とのトラブルがあった』につき心理的負荷『強』、『仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった』につき心理的負荷『中』、『自分の関係する仕事で多額の損失等が生じた』につき心理的負荷『中』と評価し、総合評価を『強』として、控訴人の疾病につき、業務上と考えるとの意見を述べた。上記申述のうち、控訴人のものは、次のような内容であった。」

「『上司とのトラブルがあった』につき、①平成26年8月以降、A1部長が全ての業務を丸投げし、出勤しない状況が続き、何度も業務の改善の要望をしたが、無視され、D1専務にも業務の改善や具体的な業務指示について要望をしたが、A1部長及びD1専務から具体的な業務指示はなく、目の前の仕事に忙殺される日々であった、②同年11月以降、顧客対応、請求書作成、提案書作成、見積書作成、納品書作成、新規の媒体の立上げにも関わるような状況であり、子育てをしている中で、残業や自宅での仕事をすることが多くなり、ストレスをかなり感じていた、A1部長には、部の指揮をとって業務の運用を行ってほしいと再三要望した。」

「『仕事の内容・仕事量の変化を生じさせる出来事があった』につき、①平成27年4月、次長職になったが、A1部長は相変わらず仕事にほぼ来ない状況が続き、具体的に業務指示をしてくれない状況も続いた、周囲からは管理職としてみられるようにもなり、部署的に赤字体質だと指摘される機会も出てきて、どのように仕事を進めていけば良いのか分からず、不安が強くなり、A1部長の存在にもストレスを感じるようになってきた、②平成27年4月に次長職の辞令を社長から渡されたが、辞令にはどの業務の次長であるかは書かれていなかった、D1専務やA1部長にどのような業務であるのか、具体的に業務指示命令をしてほしいと伝えたが、どちらからも『まあまあ、お試しでやってみて』と言われ、具体的な指示がない状況であった、日々の業務をこなすのがやっとの状況で、役職のない状況からの抜擢で、次長職に戸惑い、具体的な業務命令もなく、丸投げ状態で、仕事に差しさわりがあってはいけないと、恐怖を感じた、胃痛と頭痛があった、A1部長に不安を感じ、ストレスを感じ始める。」

「『自分の関係する仕事で多額の損失等が生じた』につき、平成27年5月に相殺請求のミスで部門に赤字が出たが、どこにミスがあるのかを突き止めるまでに時間と手間がかかった、伝票の一覧表を自宅に持ち帰って照らし合わせの作業をした、毎月、部門の売上げから赤字分が差し引かれていくため赤字体質になってしまい、売上げを上げるようにD1専務からプレッシャーをかけられるようになった。」

「川口労働基準監督署長は、平成30年9月18日、労働基準監督官の意見のとおり控訴人の疾患名を遷延性抑うつ反応、発病日を平成27年12月頃として業務上の疾病と認定し、その後、休業補償給付及び特別支給金の支給決定並びに療養補償給付たる療養の費用の支給決定をした。」

(中略)

控訴人は、平成27年12月頃には、被控訴人の業務に起因して遷延性抑うつ反応を発病していたものであり、本件処分事由①から本件処分事由⑩までは、いずれもその頃以降の事実と認められる。また、控訴人は、メディア企画事業部におけるA1部長の業務執行の在り方(部下である控訴人に対する命令・指示、控訴人に担当させた業務の内容、業務量等を含む。)について既に平成27年3月には疑問や不満を抱いており、A1部長やD1専務に対して業務の改善を繰り返し要望するなどしたが、同人らによって十分な対応がされた事実は認められず・・・、この対応の不備等が要因となって控訴人の遷延性抑うつ反応が引き起こされたことが認められる。

そして、A1部長、D1専務が、控訴人が平成27年12月頃に『遷延性抑うつ反応』を発病したと認識することは困難であったとしても、その頃までに控訴人の心身の異常やその原因となる事情について現に認識し又は認識し得る状況にあったことは、控訴人とA1部長又はD1専務との間でやりとりされたメールの内容等・・・から明らかである。加えて、本件処分事由⑦及び本件処分事由⑩に関する録音内容・・・にも照らせば、被控訴人において、平成28年7月に第2降格処分をする際、控訴人の心身の更なる異常等について認識し得たものというべきである・・・。

以上の事情に、次の・・・等の諸点も総合すれば、第2降格処分は、重きに失し、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められず、懲戒権を濫用したものとして無効であるというべきである。

3.問題行動には背景がある

 近時、問題社員云々と問題行動を起こす労働者を揶揄する論調が目立つようになっています。

 確かに、さしたる理由もなく問題行動を繰り返す労働者がいないとは言いません。

 しかし、個人的な実務経験に照らすと、問題とみられる行動の背景には、それなりの経緯がある場合が多くみられます。使用者側のハラスメントや不適切な対応⇒労働者が精神的な不調をきたす⇒問題行動に及ぶ、という経過が辿られている事案は、その典型ともえいます。

 本件は、こうした事案における懲戒権行使を違法だとした点に、その意義があります。同様の論理は懲戒解雇を含む懲戒処分一般に応用できるため、事例判断のようにも見えますが、活用できる範囲は広いように思われます。