弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

使用者による復職可の提案に対し、金銭解決を希望して交渉を打ち切っても就労意思は失われないとされた例

1.違法無効な解雇後の賃金請求と就労意思(労務提供の意思)

 解雇されても、それが裁判所で違法無効であると判断された場合、労働者は解雇時に遡って賃金の請求をすることができます。いわゆるバックペイの請求です。

 バックペイの請求ができるのは、民法536条2項本文が、

「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。」

と規定しているからです。

 違法無効な解雇(債権者の責めに帰すべき事由)によって、労働者が労務提供義務を履行することができなくなったとき、使用者(労務の提供を受ける権利のある側)は賃金支払義務の履行を拒むことができないという理屈です。

 しかし、解雇が違法無効であれば、常にバックペイを請求できるかというと、残念ながら、そのようには理解されているわけではありません。バックペイを請求するためには、あくまでも労務の提供ができなくなったことが、違法無効な解雇に「よって」(起因して)いるという関係性が必要になります。例えば、何等かの理由によって違法無効な解雇とは無関係に就労意思を喪失してしまったような場合、就労意思喪失時以降のバックペイの請求は棄却されることになります。

 就労意思との関係ではしばしば他社就労が問題になりますが、それ以外にも、解雇の効力をめぐる交渉時の労働者側の態度が問題になることがあります。例えば、使用者からの復職可能との提案を断って金銭解決を希望することは、就労意思喪失の徴表と捉えられることはないのでしょうか?

 昨日ご紹介した、東京地判令4.8.19労働判例ジャーナル134-44 ゼリクス事件は、この問題について判断を示した裁判例でもあります。

2.ゼリクス事件

 本件で被告になったのは、ITに関するシステムの企画、開発、導入に関する支援等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、中国生まれの方で、被告の正社員として就労していた女性です。常駐のインフラエンジニアとして働いていましたが、令和2年9月末日付けで解雇されました。これに対し、解雇の無効を主張して、地位確認等を請求する訴えを提起したのが本件です。

 本件では、提訴前の交渉段階で、被告側が復職案を提示していました。しかし、原告は、これを拒否し、労働組合を通じて金銭解決の合意に向けて団体交渉を進めました。このような経緯を踏まえ、被告は、原告の就労意思を争いました。

 この論点について、裁判所は、次のとおり述べて、原告の就労意思は失われていないと判示しました。

(裁判所の判断)

被告は、本件団体交渉において、原告の復職を認めることも可能と伝えたにもかかわらず、原告が、復職ではなく金銭での解決を希望した上、一方的に労働組合に求めて本件団体交渉を打ち切ったこと、原告が、本件解雇後に、新たな職場に専念していたことを理由に、原告には、本件解雇後において被告で就労する意思がなかったと主張する。

しかし、団体交渉を含む労使交渉においては、最終的な合意又は決裂に至るまでに、それがそのまま合意内容になることを前提とせずに、種々の提案がされることが通常であって、交渉途中の提案内容又は提案に対する態度から、直ちに当事者の意思を推認することはできない。

前記認定事実・・・の本件団体交渉の経過からすれば、被告は、本件団体交渉途中での提案の一つとして、復職を含む条件を提示したに過ぎないものと認めることができ、本件解雇が無効であることを前提に、労務提供の受領拒絶を解消する手段を講じた上で、原告の復職を受入れようとしたような場合と異なり、原告がこれを拒絶した場合であっても、原告の就労意思を否定する事情には当たらないというべきである。また、組合は、いわゆる金銭解決の合意に向けて本件団体交渉を進めていたようではあるが、仮にこれがその時点での原告の意向を踏まえたものであったとしても、原告は、最終的に、組合が原告に対して提案した金銭解決による合意書案を拒絶した上で、本件訴えを提起しており、原告の就労意思が否定される事情があったということはできない。したがって、原告には、本件団体交渉の進行中においても、就労意思があったと認めることができる。

「なお、前記認定事実・・・のとおり、原告は、本件解雇後、業務委託を受け、又は有期雇用されて労務を提供し、その報酬を得ているが、原告は、被告における就労意思がある旨述べている・・・ほか、本件雇用契約に基づく原告の地位が無期雇用の正社員であって、業務委託又は有期雇用よりも安定したもので、月額賃金も月35万円と、上記業務委託又は有期雇用における報酬ないし賃金額と同程度の金額であったことにも照らせば、原告が新たな職場に専念することによって、被告における就労意思を失ったということはできない。」

3.あまり金銭解決案の提示に億劫になる必要はない

 解雇無効を主張して交渉する時に、金銭解決の提案に過度に慎重になっているように思われる事案を目にすることがあります。

 しかし、交渉時に金銭解決を提案したことにより就労意思が否定されるというのは、私には非現実的に思われます。

 本件のような裁判例もあるため、解雇無効を主張する際、金銭解決の提案を行うことに対し、あまり億劫になる必要はないように思います。

 

整理解雇の可否の判断にあたり、勤務態度不良を考慮することが不相当とされた例

1.勤務態度不良と整理解雇

 整理解雇とは「企業が経営上必要とされる人員削減のために行う解雇」をいいます(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕397頁)。

 整理解雇の可否は、①人員削減の必要性があること、②使用者が解雇回避努力をしたこと、③被解雇者の選定に妥当性があること、④手続の妥当性の四要素を総合することで判断されます。使用者の経営上の理由により労働者を解雇するところに特徴があり、労働者に帰責性があるその他の解雇よりその有効性は厳格に判断されるべきであると理解されています(前掲『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』397頁参照)。

 この整理解雇の局面において、使用者から勤務態度不良が複合的に主張されることがあります。この場合の解雇の可否では、

「労働者の帰責事由による勤務成績不良と経営上の理由とを区別したうえ、前者について解雇を是とするほどの勤務成績不良なのかを検討し、後者については整理解雇の4要素について充足しているかを検討し、どちらか1つを肯定できる場合でなければ、解雇を有効とすべきではない」

という考え方がとられています(前掲『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』399頁参照)。

 このように勤務成績不良と整理解雇とは峻別して考えるのが一般ですが、近時公刊された判例集に、この考え方を明示的に採用した裁判例が掲載されていました。東京地判令4.8.19労働判例ジャーナル134-44 ゼリクス事件です。

2.ゼリクス事件

 本件で被告になったのは、ITに関するシステムの企画、開発、導入に関する支援等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、中国生まれの方で、被告の正社員として就労していた女性です。常駐のインフラエンジニアとして働いていましたが、被告副社長から

「被告のスキルニーズに合わないため、同年(令和2年 括弧内筆者)9月末日をもって解雇する」

との意思表示を受けました(本件解雇)。

 その後、被告は、原告に対し改めて解雇通知を送付しました。そこには、解雇理由について

「業績不振のため。」

との記載がありました。

 このような経緯のもと解雇されたことを受け、原告は、その無効を主張し、労働契約上の権利の確認や賃金、慰謝料等の支払いを求める訴えを提起しました。

 裁判所は、整理解雇と勤務態度不良解雇との関係について、次のとおり述べたうえ、解雇は無効でるとし、原告の地位確認請求を認めました。

(裁判所の判断)

「本件解雇は、いわゆる整理解雇であるところ、本件解雇が客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当であると認められない場合に当たるか否かは、〔1〕人員削減の必要性の有無、〔2〕解雇回避努力の履践の有無、〔3〕人選の合理性及び〔4〕解雇手続の妥当性の有無という各要素を総合考慮して判断するのが相当である。」

・人員削減の必要性について

「被告は、被告の売上げが令和2年7月以降低下し、本件解雇の効力が発生する時期とされた同年9月以降急激に落ち込み始めていたもので、売上げの推移を予測しながら経営を進めている企業として、被告には人員削減の必要があったと主張する。」

「しかし、本件で、被告の財務状況としては、前記認定事実・・・のとおり、売上高が令和2年7月以降低下し、令和3年3月まで減少傾向ではあったことが明らかになっているのみであり、貸借対照表、損益計算書等の基本的な書証は提出されておらず、被告において本件解雇当時、人員削減が必要な財務状況にあったと認めることはできない。」

「被告代表者は、被告の業績が悪かったため、役員報酬の支払をやめた旨述べる・・・、被告代表者本人・・・。しかし、被告代表者は、自ら、役員報酬の不支給を開始したのは原告との間で本件雇用契約を締結した時期と同時期である令和2年4月からであり、少なくとも同年3月には、被告の業績の悪化により役員報酬の不支給も決定していた旨述べており・・・、仮に役員報酬の不支給が実際にされていたとしても、その時期からすれば、同年9月末日付けでの本件解雇における人員削減の必要性を根拠付ける事情とはいい難い。」

「なお、前記認定事実・・・のとおり、被告が、本件解雇に先立って、本件現場の人員を減らしていたことからすれば、d副社長が原告に対して送信したメッセージに記載した・・・とおり、本件現場のクライアントの予算不足のため、被告は、本件現場の人員を減少させることを余儀なくされたと認めることができる。しかし、本件現場以外の被告の現場の状況は明らかでなく、前記認定事実・・・及び弁論の全趣旨からすれば、被告は、本件解雇の前後を通じて、ウェブサイト上で求人広告の掲載を続けていたものと認めることができ、被告代表者も求人をしていたこと自体は否定していない・・・。また、被告の技能が本件現場に特化していた等の事情もうかがわれず、d副社長も、原告に対し、上記メッセージにおいて、同月中に原告が従事するべき案件を手配できるよう被告において努力する旨述べていることからすれば、被告において、上記のとおり、本件現場の人員を減少させることを余儀なくされたとはいえ、原告が従事すべき業務がなくなっていたとまで認めることはできない。」

「以上からすれば、本件解雇当時、被告に人員削減の必要性があったと認めることはできない。」

・解雇回避努力について

「被告は、本件解雇に先立ち、経費削減、役員報酬減額、従業員の昇給停止・賞与の削減等を行った上、原告を配置転換することができるか否かも検討したと主張する。」

「しかし、被告が、経費削減、役員報酬減額、従業員の昇給停止・賞与の削減等を行ったことについては、被告代表者がその旨供述する・・・ものの、前記・・・において説示したとおり、本件においては、上記供述の裏付けとなる被告の財務状況に関する基本的な書証が提出されておらず、上記各措置が実際にとられたと直ちに認めることはできない上に、仮に認めることができたとしても、その規模ないし金額もわからない。また、仮に役員報酬が実際に不支給とされていたとしても、その時期は善解釈で説示したとおり、令和2年4月からであって、同時期に雇用契約を締結した原告の解雇を回避するための努力であったと見ることはできない。」

「被告代表者は、原告に社内の日本語教育に当たらせようとしたが、参加者が少なく、うまくいかなかった旨述べる・・・。しかし、その裏付けとなる証拠はなく、かえって、被告代表者自身が、陳述書において、『被告の従業員は全員SEとして依頼主の元に派遣されていたものであり、原告をSE以外の業務に従事させる余地はなかった」旨述べるのみで、社内の日本語教育をさせてみたことには何ら言及しておらず(乙4〔2頁〕)、供述内容に変遷がある。したがって、原告に社内の日本語教育にあたらせようとした旨の上記被告代表者の供述は採用することができない。」

・原告の能力、勤務態度に関する被告の主張について

被告は、原告がIT関係の知識がなく、入社後もスキルが伸びずに単純ミスを繰り返したにもかかわらず、一切反省等をせず、言い訳や正当化を繰り返したこと、遅刻、離席が多かったこと、スキルを上げ、仕事に対する姿勢・勤務態度を変えないと解雇もあり得ると説明していたにもかかわらず、原告に何ら変化が見られなかったため、本件解雇に至ったと主張する。

しかし、整理解雇は、企業が経営上必要とされる人員削減のために行う解雇であって、労働者に帰責事由がないにもかかわらず、使用者の経営上の理由により労働者を解雇するところに特徴があり、そのために、労働者に帰責性があるその他の場合の解雇よりもその有効性が厳格に判断されるものであることからすれば、原告の能力、勤務態度に関して、原告に帰責性があった旨の上記被告の主張を、整理解雇についての解雇回避努力又は人選の合理性の有無を検討する上で考慮することは相当とはいえない。同様に、原告の能力、勤務態度に問題があったことを告げて解雇を警告していたことを、整理解雇についての解雇手続の妥当性を検討する上で考慮することも、相当とはいえない。

「なお、原告に、能力又は勤務態度の問題(帰責事由)があり、整理解雇ではない普通解雇をする上での客観的合理的理由及び社会通念上の相当性があったことを認めるに足りる証拠はない。」

(中略)

・本件解雇の有効性

「以上からすれば、整理解雇である本件解雇については、被告に人員削減の必要はなく、適切な解雇回避行為がされてもおらず、人選に合理性があったことや手続に妥当性があったことを認めることもできないから、客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当であると認められない場合に当たり、本件解雇は、解雇権を濫用したものとして無効であるというべきである。」

3.複合事案の判決書のイメージ

 前掲『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』には、複合事案の考え方は記載されているのですが、具体的な裁判例の引用、指摘がありません。

 実際の事件で主張、立証を組み立てて行くにあたっては、勝訴判決のイメージを掴むことが重要です。本件は、整理解雇事案と勤務態度不良の複合事案での労働者側の勝訴判決の実例として実務上参考になります。また、整理解雇事案において複合的に勤務態度不良を主張された場合に、議論を整理するために引用する裁判例としても活用できる可能性があります。

 

従業員が入力していた勤務簿(エクセルデータ)での労働時間立証が認められた例

1.業務関連性は明白であるが、機械的正確性のない証拠

 労働時間の立証手段となる証拠には、

機械的正確性があり、成立に使用者が関与していて業務関連性も明白な証拠

成立に使用者が関与していて業務関連性は明白であるが、機械的正確性のない証拠、

機械的正確性はあるが業務関連性が明白でない証拠、

機械的正確性がなく、業務関連性も明白でない証拠、

の四類型があります(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ』〔青林書院、改訂版、令3〕169頁参照)。

 使用者の指示のもと、従業員が始業時刻、終業時刻を自己申告的に記入していた勤務簿は、

成立に使用者が関与していて業務関連性は明白であるが、機械的正確性のない証拠

に分類されます。

 こうした証拠に関しては、

「内容に機械的な正確さがないことから、信用性の吟味が必要となり、事案における具体的な事情により証拠価値が異なってくる」(前掲『労働関係訴訟の実務Ⅰ』171頁参照)。

と理解されています。

 要するに、会社側の資料である以上、当然に立証が認められるというほど甘いものではないのですが、近時公刊された判例集に、従業員が入力していた勤務簿(エクセルデータ)による労働時間立証が認められた裁判例が掲載されていました。東京地判令4.12.13労働判例ジャーナル134-28 クロスゲート事件です。

2.クロスゲート事件

 本件で被告になったのは、国内外への化粧品の販売等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、退職した被告の元労働者です。在職中の未払時間外勤務手当等の支払いを求めて被告を提訴したのが本件です。

 本件の原告は、自分で各日の出退勤時刻等を入力した勤務簿(エクセルデータ)に基づいて労働時間の主張立証を試みました。

 これに対し、被告は、

「原告が証拠として提出する出勤簿・・・は、原告自身が入力したものであり、労働時間の信憑性がない。」

と反論しましたが、裁判所は、次のとおり述べて、出勤簿による立証を認めました。

(裁判所の判断)

証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、被告においては、従業員の労働時間をタイムカード等により機械的に記録しておらず、その把握は、従業員が所定の勤務簿(MicrosoftExcelのデータ)に各日の出退勤時刻等を入力して提出する方法によりなされていたことが認められ、被告が原告の提出した出勤簿・・・に記載された勤務時間について疑義を述べた形跡も見当たらないことに照らすと、別段の反証のない限り、原告の始業時刻及び終業時刻は当該出勤簿・・・により認定するのが相当であり、被告からかかる反証はなされていない。

「そして、前提事実・・・のとおり、本件労働契約においては各日の休憩時間が1時間と定められているから、別段の主張立証のない限り、各日について1時間の休憩がとられていたものと認めるのが相当であり、原告からかかる主張立証はなされていない。」

「以上によれば、原告は、令和2年1月6日から5月20日までの間、別紙3の1『裁判所 時間シート』のとおり労務を提供したものと認められる(令和元年10月15日〔勤務開始日〕から12月30日まで原告の実労働時間〔1日8時間又は1週間40時間を超えて労務を提供したこと〕を認めるに足りる証拠はなく、また、原告が令和2年1月4日、同月26日及び同年2月16日に労務を提供した事実を認めるに足りる証拠はない。)。」

3.勤務期間中に疑義を呈されていない出勤簿は有力な資料になる

 本件は機械的正確性はないといっても、出勤簿という勤怠管理のための記録であったことが効いたのではないかと思います。勤務期間中に疑義が述べられていない場合、自己申告のものであったとしても、出勤簿は労働時間立証のための有力な資料になります。

 機械的に計測したくないのか、随所で問題になっていても、タイムカードでの勤怠管理を行わない会社は少なくありません。本裁判例は、タイムカードのない会社に対して残業代請求をして行くにあたり参考になります。

 

大学経営上の計画に基づき期間を定める教育研究に従事する大学講師には、5年間の無期転換ルールが適用されるとされた例

1.無期転換ルールとその例外

 労働契約法18条1項本文は、

「同一の使用者との間で締結された二以上の有期労働契約・・・の契約期間を通算した期間・・・が五年を超える労働者が、当該使用者に対し、現に締結している有期労働契約の契約期間が満了する日までの間に、当該満了する日の翌日から労務が提供される期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたときは、使用者は当該申込みを承諾したものとみなす。」

と規定しています。

 これは、簡単に言うと、有期労働契約が反復更新されて、通算期間が5年以上になった場合、労働者には有期労働契約を無期労働契約に転換する権利(無期転換権)が生じるというルールです(無期転換ルール)。

 しかし、大学の教職員の方は通算期間が5年を超えても無期転換権が発生しないものとして扱われていることが少なくありません。

 そうした取扱いの法的根拠の一つが、「大学の教員等の任期に関する法律」です。

 大学の教員等の任期に関する法律7条1項は、

「第五条第一項・・・の規定による任期の定めがある労働契約を締結した教員等の当該労働契約に係る労働契約法・・・第十八条第一項の規定の適用については、同項中『五年』とあるのは、『十年』とする。」

と規定しています。

 この条文が引用する大学の教員等の任期に関する法律5条1項は、

「国立大学法人、公立大学法人又は学校法人は、当該国立大学法人、公立大学法人又は学校法人の設置する大学の教員について、前条第一項各号のいずれかに該当するときは、労働契約において任期を定めることができる。」

と規定しています。

 この条文が引用する前条(4条)1項各号には、

「一 先端的、学際的又は総合的な教育研究であることその他の当該教育研究組織で行われる教育研究の分野又は方法の特性に鑑み、多様な人材の確保が特に求められる教育研究組織の職に就けるとき。」
「二 助教の職に就けるとき。」
三 大学が定め又は参画する特定の計画に基づき期間を定めて教育研究を行う職に就けるとき。

が規定されています。

 つまり、大学の教員等の任期に関する法律4条1項各号に該当する場合、労働者である大学教員が無期転換ルールの適用を主張するためには、契約の通算期間が5年ではなく10年を経過する必要があります。

 昨日ご紹介した大阪高判令5.1.18労働経済判例双方2510-3 学校法人乙(地位確認)事件は、1号だけではなく3号に関しても意義のある判断を示しています。

2.学校法人乙(地位確認)事件

 本件で被告(被控訴人)になったのは、私立学校法に基づいて設立されたA大学を設置する学校法人です。

 原告(控訴人)になったのは、被告との間で有期労働契約を締結し、被告大学で専任教員を務めていた方です。期間3年の有期労働契約を締結し、1回の更新(更新期間3年)の後、契約期間満了による雇止めを受けました。これに対し、大学の教員等の任期に関する法律(大学教員任期法)の適用を争い、無期転換権を行使したことなどを理由に、地位確認等を求める訴えを提起しました。

 原審が請求を棄却したことを受け、原告側が控訴したのが本件です。

 本件では無期転換権の発生の有無をめぐり、大学講師の大学教員任期法4条3号

「三 大学が定め又は参画する特定の計画に基づき期間を定めて教育研究を行う職に就けるとき。」

への該当性が争点の一つになりました。

 裁判所は、次のとおり判示し、原告の3号該当性を否定しました。結論としても、原判決を破棄し、地確認請求を認めています。

(裁判所の判断)

「被控訴人学園は、本件講師職が大学教員任期法4条1項3号に該当すると主張する・・・。」

「しかしながら、同号にいう、大学が定め又は参画する特定の計画に基づき期間を定めて行う教育研究とは、控訴人X1が主張するとおり、いわゆるプロジェクト研究、時限研究をいうと解され、被控訴人学園が主張するような、数年先に学生募集を停止するといったような専ら大学経営上の計画に基づき期間を定める教育研究は同号に含まれないと解される。

「したがって、本件講師職は大学教員任期法4条1項3号に該当しない。」

3.プロジェクト研究・時限研究でなければ5年間の無期転換ルールが適用される

 以上のとおり、裁判所は、10年間の無期転換ルールが適用されるのは、プロジェクト研究、時限研究に携わっている方だけだと判示しました。

 大学教員の方の雇止めの可否は、無期転換ルールの適用が5年なのか10年なのかによって帰趨が決まることが少なくありません。無期転換されていれば、期間満了にならないため、雇止めが意味をなさなくなるからです。

 この裁判例は、3号該当性を議論するうえでも参考になります。

 

研究という側面の乏しい大学講師に5年間の無期転換ルールが認められた例

1.無期転換ルールとその例外

 労働契約法18条1項本文は、

「同一の使用者との間で締結された二以上の有期労働契約・・・の契約期間を通算した期間・・・が五年を超える労働者が、当該使用者に対し、現に締結している有期労働契約の契約期間が満了する日までの間に、当該満了する日の翌日から労務が提供される期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたときは、使用者は当該申込みを承諾したものとみなす。」

と規定しています。

 これは、簡単に言うと、有期労働契約が反復更新されて、通算期間が5年以上になった場合、労働者には有期労働契約を無期労働契約に転換する権利(無期転換権)が生じるというルールです(無期転換ルール)。

 しかし、大学の教職員の方は通算期間が5年を超えても無期転換権が発生しないものとして扱われていることが少なくありません。

 そうした取扱いの法的根拠の一つが、「大学の教員等の任期に関する法律」です。

 大学の教員等の任期に関する法律7条1項は、

「第五条第一項・・・の規定による任期の定めがある労働契約を締結した教員等の当該労働契約に係る労働契約法・・・第十八条第一項の規定の適用については、同項中『五年』とあるのは、『十年』とする。」

と規定しています。

 この条文が引用する大学の教員等の任期に関する法律5条1項は、

「国立大学法人、公立大学法人又は学校法人は、当該国立大学法人、公立大学法人又は学校法人の設置する大学の教員について、前条第一項各号のいずれかに該当するときは、労働契約において任期を定めることができる。」

と規定しています。

 この条文が引用する前条(4条)1項各号には、

一 先端的、学際的又は総合的な教育研究であることその他の当該教育研究組織で行われる教育研究の分野又は方法の特性に鑑み、多様な人材の確保が特に求められる教育研究組織の職に就けるとき。
「二 助教の職に就けるとき。」
「三 大学が定め又は参画する特定の計画に基づき期間を定めて教育研究を行う職に就けるとき。」

が規定されています。

 つまり、大学の教員等の任期に関する法律4条1項各号に該当する場合、労働者である大学教員が無期転換ルールの適用を主張するためには、契約の通算期間が5年ではなく10年を経過する必要があります。

 この1号該当性について、近時公刊された判例集に画期的な裁判例が掲載されていました。大阪高判令5.1.18労働経済判例速報2510-3 学校法人乙(地位確認)事件です。画期的であるのは、大学講師の1号該当性を否定し、5年ルールが適用されるとして、労働者側(大学講師側)からの地位確認請求を認めている点です。以前、大学講師に1号該当性を認め、5年ルールの適用を否定した(10年ルールが適用されるとした)裁判例を紹介させて頂きましたが、

無期転換ルール 大学講師の立場をどうみるか? - 弁護士 師子角允彬のブログ

本件は、その控訴審です。

2.学校法人乙(地位確認)事件

 本件で被告(被控訴人)になったのは、私立学校法に基づいて設立されたA大学を設置する学校法人です。

 原告(控訴人)になったのは、被告との間で有期労働契約を締結し、被告大学で専任教員を務めていた方です。期間3年の有期労働契約を締結し、1回の更新(更新期間3年)の後、契約期間満了による雇止めを受けました。これに対し、大学の教員等の任期に関する法律(大学教員任期法)の適用を争い、無期転換権を行使したことなどを理由に、地位確認等を求める訴えを提起しました。

 本件では無期転換権の発生の有無をめぐり、大学講師の大学教員任期法4条1号

「先端的、学際的又は総合的な教育研究であることその他の当該教育研究組織で行われる教育研究の分野又は方法の特性に鑑み、多様な人材の確保が特に求められる教育研究組織の職に就けるとき。」

への該当性が争点の一つになりました。

 原審は1号該当性を認め、5年ルールは適用されないとして、地位確認請求を棄却しました。これに対し、原告側が控訴したのが本件です。

 本件の裁判所は、次のとおり述べて1号該当性を否定し、無期転換権行使を認め、地位確認請求を認容しました。

(裁判所の判断)

・大学教員任期法4条1項1号について

「大学教員任期法は、国立又は公立の大学の常勤の教員について、4条1項各号のいずれかに該当する場合、任期を定めて任用できることとする例外規定を創設し、私立大学の教員については、同項各号のいずれかに該当する場合、労働契約において任期を定めることについて合理性があることを法律上明確にする趣旨で制定された(甲16。したがって、同項各号に該当する場合にのみ労働契約によって任期を定め得るというわけではない。)。その後、平成25年の法改正により労働契約法18条1項(有期労働契約の期間の定めのない労働契約への転換)の特例として大学教員任期法に7条が追加され、4条1項各号のいずれかに該当するとして任期が定められた労働契約(大学教員任期法5条1項)について、労働契約法18条1項所定の通算契約期間を5年から10年とすることとされた。国公立大学、私立大学のいずれにおいても、大学教員任期法4条1項各号は、例外を認める要件を定めていることになる。」

「本件では、本件講師職が大学教員任期法4条1項1号にいう教育研究の職に該当するかが問題となる。」

「同号は、『先端的、学際的又は総合的な教育研究であること』を挙げているが、文理上、これは例示であり、いずれにしても当該教育研究組織で行われる教育研究の分野又は方法の特性にかんがみ、多様な人材の確保が特に求められる教育研究の職であることが必要である(流動型)。そして、大学教員任期法4条1項が、私立大学については、任期を定めることが合理的な類型であることを明確にする趣旨で立法され、その後、労働契約法18条1項所定の通算契約期間を伸張するための要件とされていることを考慮すると、上記の教育研究の職に該当すると評価すべきことが、例示されている『先端的、学際的又は総合的な教育研究であること』を示す事実と同様に、具体的事実によって根拠付けられていると客観的に判断し得ることを要すると解すべきである(なお、立案担当者の解説・・・は、このことを前提に、該当する教育研究の具体例〔①最先端の技術開発現場の方法等を取り入れた教育研究、②人文社会系と理工系が融合した学際的な教育研究や③実社会における経験を生かした実践的な教育研究〕を示していると解される。)。本件講師職がこのような教育研究の職といえるか、本件講師職の募集経緯や職務内容に照らし、検討する。」

・本件講師職が大学教員任期法4条1項1号に該当するか

「上記・・・の認定事実によれば、本件講師職の募集の目的は、被告大学において介護福祉士の養成課程を維持するため、それに必要な経歴及び資格等を有する人材を募集することにあったと認められる。」

「そして、本件講師職への応募資格としての実務経験は、かかる養成課程の担当教員につき厚生労働省が指定しているために求められており、人材交流の促進や実践的な教育研究のために実務経験を有する人材が求められていたものではない。同課程には介護系領域の専任教員を置くことが求められており、そのような教員を安定的に確保することがむしろ望ましいといえ、本件講師職に就く者を定期的に入れ替えて、新しい実務知識を導入することを必要とする等、本件講師職を任期制とすることが職の性質上、合理的といえるほどの具体的事情は認められない。」

「上記・・・の認定事実によれば、控訴人X1が担当していた授業の大半は、介護福祉士養成課程のカリキュラムに属するものであり、その内容は、介護福祉士としての基本的な知識や技術を教授し、実際の福祉施設における介護実習に向けた指導を行い、また、国家試験の受験対策をさせるものであった。」

「これらの授業内容に照らすと、本件講師職について、実社会における経験を生かした実践的な教育という側面は存在するものの、それは、飽くまでも介護福祉士の養成という目的のためのものであり、介護分野以外の広範囲の学問分野に関する知識経験が必要とはされていない。また、国家試験の受験対策においては、研究という側面は乏しい。」

「以上によれば、本件講師職の募集経緯や職務内容に照らすと、実社会における経験を生かした実践的な教育研究等を推進するため、絶えず大学以外から人材を確保する必要があるなどということはできず、また、『研究』という側面は乏しく、多様な人材の確保が特に求められる教育研究の職に該当するということはできない。

3.大学講師だからとって一律に5年ルールが適用されなくなるわけではない

 本件は1号該当性について、大学の教員等の任期に関する法律の趣旨に従った解釈をする必要があるとし、「研究」という側面の乏しい原告(控訴人)は1号に該当しないと判断しました、

 本件で重要なのは、大学講師であるからといって演繹的に1号該当性が認められる(5年ルールではなく10年ルールが適用される)わけではないという点です。1号該当性が認められるかどうかは、どのような働き方をしているのかで決まり、講師であるからといって直ちに5年ルールの適用がなくなるわけではありません。本判決が指摘しているとおり、「研究」という側面が薄く、主に教育を担っている大学講師の方に対しては、5年ルールが適用される可能性があります。

 こうした裁判例もあるため、一方的に5年ルールの適用から外されて不安定な立場での労務提供を余儀なくされている大学講師の方は、一度、弁護士のもとに相談に行ってみても良いのではないかと思います。もちろん、当事務所でご相談をお受けすることも可能です。

 

研究室の明渡し-弁護士に相談した後、自力救済行為を行い、弁護士共々不法行為責任を負うとされた例

1.自力救済の禁止

 権利の存否・範囲に争いがあるにもかかわらず、法的手続の外で実力を行使して一方的に権利を実現してしまうことを「自力救済」といいます。

 自力救済は原則的には禁止されています。一定の厳格な要件のもとで例外的に許容される場合があるにすぎません。

 そのことは、最三小判昭40.12.7民集19-9-2101が、

「私力の行使は、原則として法の禁止するところであるが、法律に定める手続によつたのでは、権利に対する違法な侵害に対抗して現状を維持することが不可能又は著しく困難であると認められる緊急やむを得ない特別の事情が存する場合においてのみ、その必要の限度を超えない範囲内で、例外的に許されるものと解することを妨げない。」

と判示しているとおりです。

 しかし、上述のような「特別の事情」が認められる場合は極めて限定的であり、実務的な感覚でいうと、自力救済は一切許容されないと思っておいた方が無難です。近時公刊された判例集にも、自力救済に不法行為の成立が認められた裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、大阪高判令5.1.26労働経済判例速報2510-9学校法人乙ほか(損害賠償請求等)事件です。

 この裁判例は大学研究室の占有は誰のものかについて興味深い判断を示したものですが、それ以外にも、弁護士に相談したうえで自力救済行為が行われ、弁護士共々不法行為責任を負うとされている点でも特徴的な事案といえます。

 自力救済行為に弁護士が関与している場合、

弁護士の適法意見のもとで自力救済行為を行ったような場合にも、自力救済の主体に「過失」が認められるといえるのか、

適法意見を出した弁護士自身に何等かの責任が生じないのか、

が問題になります。

 学校法人乙ほか(損害賠償請求等)事件でも、この二つの論点について裁判所の考え方が示されています。

2.学校法人乙ほか(損害賠償請求等)事件

 本件で被告(被控訴人)になったのは、私立学校法に基づいて設置された中学、高校、大学を運営する学校法人、学長、事務局長、代理人弁護士の4名です。

 原告になったのは、被告大学の専任講師であった方です。平成31年3月31日付けで雇止めを通知されたことを受け、その効力を争い、被告大学に地位確認等を求める訴えを提起していました。そうした状況のもと、被告法人は、裁判外で研究室内に残置されていた原告所有の動産類を撤去し、鍵を取り替えるという措置に及びました。これに対し、研究室の占有の回復、動産類の引渡し、慰謝料を請求する訴えを提起しました。

 原審は動産類の引渡し請求と慰謝料5万円の限度で請求を認めました。これに対し、原告側が控訴したのが本件です(被告側も附帯控訴しています)。

 裁判所は、自力救済行為の違法性を認め、慰謝料額を20万円に引き上げましたが、過失論、代理人弁護士の責任について、次のような判断を示しました。

(裁判所の判断)

被控訴人Y1及び同Y2は、本件動産の撤去行為等を行うに先立ち、別件訴訟の訴訟代理人弁護士であった被控訴人Y3にその可否について相談し、適法である旨の見解が得られていたことが認められる・・・が、前記のとおり、控訴人が施錠された本件研究室内に相当量の動産を保管して同室を占有していることは容易に想定されていたのであるから、その占有が労働契約に伴い開始されたものであり、仮にその契約が控訴人の主張にかかわらず期間満了により終了したというべきであったとしても、物の所持者が明確に拒否しているにもかかわらず、その占有を奪うことが違法となり得ることは見やすい道理であり(例えば窃盗罪の保護法益は占有である。)、控訴人が加入していた本件組合や控訴人代理人弁護士らからも事前に同様の警告等を受けていたことを考えれば、被控訴人Y1及び同Y2において、弁護士である被控訴人Y3と相談の上適法であるとの見解が得られたというのみでは、過失がなかったということはできない。

「また、被控訴人Y3は、上記のとおり被控訴人Y2らから相談を受け、被控訴人法人をして本件動産の撤去行為等が適法である旨の見解を採ることに根拠付けを与え、さらに自らも被控訴人法人の代理人として自力救済の実行を予告する回答書・・・を控訴人代理人弁護士らに送信するなどして、被控訴人Y2らによる自力救済である本件動産の撤去行為等の実行を容易にして幇助したと認められる。

「そして、被控訴人Y3が、法律専門家である弁護士として被控訴人法人による違法な自力救済の実行を容易にした点につき過失があったことは、前記・・・の認定説示に照らし明らかというべきである。なお、被控訴人Y3が、被控訴人法人において本件研究室使用の必要性が高い状況にあり、自力救済も許されるとの誤った判断に至ったものであるとしても、対立する控訴人代理人弁護士らから既に自力救済の違法性を強く警告されていた状況に照らせば、少なくとも、法的手段として、いわゆる明渡断行の仮処分命令の申立て(民事保全法23条2項)が検討対象となるべきであったと考えられるが、被控訴人Y3が、被控訴人法人に対して、そのような提案をしたことがないことはもとより、検討を行ったことを窺わせる事情すらない。」

「したがって、被控訴人Y3が、弁護士として代理人の立場で関わったにとどまるとしても、同被控訴人もまた、本件動産の撤去行為等を幇助したものとして、民法719条2項に基づき、共同不法行為者とみなされ、他の被控訴人ら3名と連帯して控訴人に対する損害賠償責任を負うというべきである。

3.弁護士に相談したは免罪符にならない/自力救済を適法と回答することは危険

 自力救済に限ったことではありませんが、個人的観測の範囲において、裁判所は弁護士に相談していたとしても容易には過失を否定しない傾向にあるように思われます。

 弁護士として法律相談業務に携わっていると、適法性に疑義のあることを行うにあたり、弁護士の言質を得ようとしてくる方を目にすることがあります。しかし、責任を免れるにあたり、あまり役に立たないうえ、弁護士側を警戒させるだけなので、こうした弁護士の使い方は止めた方がいいように思います。

 また、弁護士サイドとしては、やはり自力救済にゴーサインを出すのは危険だなと思います。原告が占有補助者なのか占有者なのかは割と微妙な問題であるようにも思いますが、裁判所はかなりあっさりと弁護士の過失を認め、自力救済を幇助したものとして共同不法行為責任を認めています。

 自力救済は、原則違法・例外的に適法、といった説明のされ方が多く見られます。しかし、現実には例外的場合、つまり適法とされる場合は殆どありません。弁護士を使う側にしても、弁護士にしても、自力救済は凡そ認められないといった感覚でいた方が安全であるように思われます。

 

大学教員の解雇・雇止めの派生紛争-大学研究室の占有は誰のものか?

1.解雇・雇止め後の研究室の明渡し・残置物撤去

 大学教員の方が解雇・雇止めの効力を争う場合、派生紛争として、しばしば研究室の明渡しの可否が問題になります。大学当局側は研究室の明渡し、残置物撤去を求めてきますが、研究室内には研究を進めるための大量の書籍や設備等が効率的に配置されているため、大学教員側にとっても明渡しは必ずしも容易ではありません。また、研究室は有限であるため、解雇・雇止めの効力を争って復職を果たしたとしても、「物理的に配分できる研究室がありません」となると、存分に研究活動ができず、職業生活上、著しい支障が生じることになります。

 それでは、解雇・雇止めを行った大学当局は、解雇・雇止めされた大学教員の了承を得ないまま、研究室内の動産類を撤去したり、鍵を交換したりすることが許されるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたっては、研究室の占有者をどのように理解するのかがポイントになります。

 元々、研究室は大学当局が管理支配しており、大学教員は独自の占有を持たない占有補助者にすぎないと考えれば、裁判外で大学当局が動産類撤去・鍵交換を断行したとしても、特に問題はないことになります。それは、会社が、退職した労働者の机の引き出しを開披したうえ、残置されていた私物類を郵送してしまうのと似たような話になります。私物を捨ててしまえば所有権侵害の問題になりますが、送り返されること自体を問題視されることは基本的にはなさそうに思います。

 しかし、研究室の占有を大学教員が持っているとなると話は違ってきます。法的措置によらずに占有を回収することは基本的に許されていません。それは、「自力救済」といって不法行為を構成します。大学教員側が賃借権・使用借権などの占有権原を有していなかったとしても、裁判外で動産類の撤去や鍵交換をすることは許されません。

 近時公刊された判例集に、裁判外で研究室の明渡しを断行したことの適否が争われた裁判例が掲載されていました。大阪高判令5.1.26労働経済判例速報2510-9学校法人乙ほか(損害賠償請求等)事件です。

2.学校法人乙ほか(損害賠償請求等)事件

 本件で被告(被控訴人)になったのは、私立学校法に基づいて設置された中学、高校、大学を運営する学校法人、学長、事務局長、代理人弁護士の4名です。

 原告になったのは、被告大学の専任講師であった方です。平成31年3月31日付けで雇止めを通知されたことを受け、その効力を争い、被告大学に地位確認等を求める訴えを提起していました。そうした状況のもと、被告法人は、裁判外で研究室内に残置されていた原告所有の動産類を撤去し、鍵を取り替えるという措置に及びました。これに対し、研究室の占有の回復、動産類の引渡し、慰謝料を請求する訴えを提起しました。

 原審は動産類の引渡し請求と慰謝料5万円の限度で請求を認めました。これに対し、原告側が控訴したのが本件です(被告側も附帯控訴しています)。

 裁判所は、次のとおり述べて、自力救済行為の違法性を認め、慰謝料額を20万円に引き上げました。

(裁判所の判断)

確かに、控訴人は、被控訴人法人との本件労働契約に基づき、被控訴人法人の運営する被控訴人大学内の本件研究室において講師としての上記業務を行っていた者であるから、本件研究室を客観的に支配していた事実があったとしても、原則として、被控訴人法人ために占有補助者として本件研究室を所持しているものであって自己のためにする占有意思がある(民法180条)とは認められず、これによる占有者は被控訴人法人とみるべきであるが、控訴人が被控訴人法人の占有補助者として物を所持するにとどまらず、控訴人個人のためにもこれを所持するものと認めるべき特別の事情がある場合には、その物について控訴人が個人としての占有をも有することになると解すべきである(最高裁昭和35年4月7日第一小法廷判決・民集14巻5号751頁、最高裁平成12年1月31日第二小法廷判決・裁判集民事196号427頁参照)。

これを本件についてみると、控訴人は、当初は被控訴人法人の占有補助者として本件研究室の所持を開始したものといえるが、被控訴人法人から本件雇止め通知をもって本件労働契約が終了するとされた平成31年3月31日の後も、本件雇止めの効力を争い、被控訴人法人を相手方として労働契約上の権利を有する地位にあることの確認等を求めて別件訴訟を提起し、本件研究室の鍵を引き続き管理して単独で本件研究室を事実支配していたのであり、令和3年3月20日付け通知文により被控訴人法人から本件研究室の鍵の返却及び室内の物品撤去を求められたことに対しても、同月25日、控訴人が加入する本件組合を通じて、被控訴人法人に対し、控訴人は地位保全を係争中で本件研究室の退去は拒否している旨伝え、強制退去は自力救済という不法行為であり、本件研究室の鍵の取替えや室内の物品撤去を無断で行えば、場合によっては窃盗罪になり得る旨警告し、別件訴訟における控訴人代理人弁護士らを通じても被控訴人法人の代理人弁護士らに対して同様の通知をした・・・のであるから、これらによれば、控訴人は、本件動産の撤去等がされた同月29日当時、控訴人自身のためにも本件研究室を所持する意思を有し、現にこれを所持していたということができるのであって、前記特別の事情がある場合に当たると解するのが相当である。

したがって、控訴人は、上記同日当時、本件研究室を占有していたと認めることができる。

(中略)

「本件研究室は、控訴人が被控訴人大学で専任講師として勤務していた際に、控訴人が『X1研究室』として物品の保管、学生との面談、執筆等の業務に単独で利用するものとされていたもので、パーテーションで区切られて個室として独立に施錠できる構造となっており、被控訴人法人から本件雇止め通知をもって本件労働契約が終了するとされた平成31年3月31日の後も、控訴人が別件訴訟を提起して本件雇止めの効力を争いつつ、本件研究室の鍵を引き続き管理して本件研究室を事実支配していたことからすると、被控訴人Y1及び同Y2は、令和3年3月29日時点において、控訴人が本件研究室内に相当量の動産を保管して占有していることを想定できたものと認められる。」

「そして、上記前提事実・・・並びに証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人大学の学長である被控訴人Y1及び同大学事務局長である同Y2は、令和3年度の新学期を迎えるに当たり、上記のような本件研究室の占有状況及び別件訴訟に係る控訴人との法的紛争を認識しながらも、それぞれ同大学の最終的な運営責任を負う者として、また、その施設管理責任者として、本件研究室の引渡しを控訴人に求めることを同大学関係者らと協議し、控訴人がこれに応じない場合は、本件研究室内の動産を運び出して別倉庫等で保管することとし、同年3月20日付けで被控訴人大学名をもって本件研究室の鍵の返却及び室内の物品撤去を求める通知文を控訴人に送付したこと、これに対して、前記・・・のとおり、同月25日、控訴人から、本件組合を通じて、明確に上記要求を拒否する連絡とともに、強制退去は自力救済という不法行為であり、窃盗罪にもなり得る等の警告を受け、別件訴訟における控訴人代理人弁護士らからも被控訴人法人の代理人弁護士ら(被控訴人Y3を含む。)に対して同様の通知がされたにもかかわらず、同月29日、被控訴人Y2は、控訴人に対して、授業担当のない方が研究室を持つことで他の先生が研究室に入れなくなるのを看過することはできない旨メールで連絡するとともに、他の職員らに指示して当初の方針どおり本件動産の撤去行為等を行ったこと、被控訴人Y1も、本件動産の撤去行為等につき被控訴人大学の学長として最終的にこれを容認する判断をしたことが認められる。」

「本件動産の撤去行為等が違法な自力救済に当たることは前記・・・のとおりであるところ、以上によれば、被控訴人Y1及び同Y2は、共謀して本件動産の撤去行為等を行ったことにつき少なくとも過失があり、民法709条、719条1項に基づき、共同不法行為者として控訴人に対し連帯してその損害を賠償する責任を負うものというべきである。また、被控訴人法人は、被控訴人Y1及び同Y2の使用者として、民法715条1項に基づき、同様に連帯して損害賠償責任を負う。」

3.自力救済を阻止するためには通知が大事

 上述のとおり、裁判所は、大学教員は基本的には占有補助者であるものの、別件訴訟を提起したうえ、退去を拒否し、自力救済を行わないように求める通知を発送していることを捉え、特別の事情があるとして、大学教員側に研究室の占有があることを認めました。

 こうした裁判例を見ると、自力救済を阻止するうえで、通知が重要な役割を果たしていることが分かります。大学教員の方が地位確認訴訟を遂行していくにあたり、本件の判示は実務上参考になります。