弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

部長の推薦を受けた者を従業員代表にすることの適法性

1.賃金控除と従業員代表

 労働基準法24条1項は、

賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。

 と規定しています。つまり、使用者が賃金控除を行うためには、(過半数組合がない場合)過半数代表者と書面で協定を交わすことが必要になります。

 そして、この過半数代表者は、労働基準法施行規則6条の2

「法第四十一条第二号に規定する監督又は管理の地位にある者でないこと。」

「法に規定する協定等をする者を選出することを明らかにして実施される投票、挙手等の方法による手続により選出された者であつて、使用者の意向に基づき選出されたものでないこと。

という二つの要件を充足している必要があります(労働基準法施行規則6条の2)。

 それでは、使用者側の管理職(部長)からの推薦を受けて従業員代表になった方は、従業員代表に就任することが許されるのでしょうか? このような場合、

「使用者の意向に基づいて選出されたもの」

といえるのではないのかが問題になります。

2.大陸交通事件

 本件で被告になったのは、一般乗用旅客自動車運送事業等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告の乗務員ないし乗務員であった方3名です。

 乗務員の歩合給の算定にあたり、クレジットチケット、クレジットカード及びID決済の取扱手数料(本件手数料)を乗務員に負担させることは、労働基準法24条1項本文に定める賃金全額払の原則に反する違法行為であるから許されないとして差額賃金等を求める訴えを提起したのが本件です。

 この事件では、歩合給算定の根拠となる給与規定(本件給与規定)改正(変更)の効力が争点になりました。

 原告らは、賃金控除に必要な労使協定を締結した従業員代表者が部長の推薦を契機として就任していることを問題視しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、従業員代表の選任プロセスに問題はなかったと判示しました。

(裁判所の判断)

「C氏は、乗務班長として、一般乗務員に対する指導的役割を務めることが期待されていたが、あくまでも乗務員であり、乗務班長の任期が1年と定められていることや、乗務班長であっても、時間外労働をした場合には残業手当が支給されるなど、労働時間の規制が及んでいることからすると、C氏について、平成25年当時、労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者であったと認めることはできない。」

「また、①C氏が従業員代表になったのは、J部長の推薦を契機とするものではあるが、会社側委員と従業員を代表する委員で構成される安全衛生委員会の推薦を受けていること、②安全衛生委員会がC氏を推薦したのは、平成25年2月、全乗務員の参加が義務づけられている定例教育会において、従業員代表の説明がなされた上で、立候補者を募ったものの、立候補者がいなかったという事情があったからであること、③後に行われた同年3月の定例教育会において、C氏を従業員代表として選出することについて、従業員の意見を実際に確認しており、反対する者が数名いることも確認していることを総合考慮すると、たとえC氏を従業員代表に選任することについて賛成する者の挙手を求めていなかったとしても、従業員代表の選出手続が行われていないということはできず、また、C氏が使用者の意向に基づき選出された従業員代表であるということもできない。」

「この点、本件組合の元執行委員長であるK(以下『K』という。)、原告X3及び原告X2は、いずれも平成25年3月の定例教育会において、従業員代表の選挙が行われていない旨の証言及び供述をする・・・。しかしながら、いずれの証言及び供述も、選挙が行われていないと述べるだけであり、その時の状況について、何ら具体的な証言及び供述していない。このような証言及び供述内容は、平成25年3月の定例教育会において、C氏が従業員代表になることについて反対する者の挙手を求め、数名が手を挙げた旨のC氏の証言内容・・・と整合するものではなく、他に、K、原告X3及び原告X2の上記証言及び供述を裏付ける的確な証拠もない。したがって、K、原告X3及び原告X2の上記証言及び供述を採用することはできない。」

3.従業員代表になるための要件

 上述のとおり、裁判所は、従業員代表が部長の推薦を契機に選出された者であるからといって、

「使用者の意向に基づき選出された従業員代表であるということもできない。」

と判示しました。

 ただ、この判示も安易に一般化して良いのかは疑問に思われます。飽くまでも、元々立候補者がいなかったことや、安全補償委員会の推薦を受けられているといった事情を前提にしていることには留意しておく必要があります。

 

従業員代表の意見聴取や労働基準監督署への届出の欠缺と就業規則変更の効力

1.就業規則の変更手続

 労働基準法89条柱書は、

「常時十人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。次に掲げる事項を変更した場合においても、同様とする。

と規定しています。

 労働基準法90条1項は、

「使用者は、就業規則の作成又は変更について、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなければならない。

と規定しています。

 過半数組合のある職場はそれほど多いわけではありません。そのため、就業規則を変更する場合、多くの会社において、

過半数代表者からの意見聴取、

労働基準監督署への変更の届出、

という手続が踏まれます。

 それでは、こうした意見聴取、労働基準監督署への届出といった労働基準法所定の手続が経られていない就業規則変更の効力は、どのように理解されるのでしょうか?

 昨日ご紹介した、東京地判令3.4.8労働判例1282-62 大陸交通事件は、この問題を判示した裁判例でもあります。

2.大陸交通事件

 本件で被告になったのは、一般乗用旅客自動車運送事業等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告の乗務員ないし乗務員であった方3名です。

 乗務員の歩合給の算定にあたり、クレジットチケット、クレジットカード及びID決済の取扱手数料(本件手数料)を乗務員に負担させることは、労働基準法24条1項本文に定める賃金全額払の原則に反する違法行為であるから許されないとして差額賃金等を求める訴えを提起したのが本件です。

 この事件では、歩合給算定の根拠となる給与規定(本件給与規定)改正(変更)の効力が問題になりました。本件給与規定の改正にあたっては、労働基準法89条、90条の手続が履行されていないという瑕疵がありましたが、裁判所は、次のとおり述べて、改正は有効だと判示しました。

(裁判所の判断)

「原告らは、本件給与規定について、従業員代表の意見聴取や労働基準監督署に対する届出といった労働基準法89条及び90条の手続が履行されていないから、労働契約法11条に違反し、無効である旨主張する。」

「上記・・・の認定事実によれば、被告が、本件改正の行われた当時、労働基準法89条及び90条の手続を履行した事実を認めることはできない。しかしながら、就業規則の変更による労働条件変更の要件は、労働契約法10条所定の変更の合理性及び労働者への周知であり、労働基準法89条及び90条の手続の履行は、変更された就業規則が労働契約を規律するための絶対的要件ではなく、変更の合理性の判断の考慮要素の一つと解するのが相当である。そして、上記・・・のとおり、本件給与規定14条本文の新設は、実質的には従前の労働条件を不利益に変更したものではないことに加え、その内容は、成果主義に基づく賃金を算定するための合理性を有するものであることに照らすと、本件改正により乗務員が多大な不利益を被ったということはできない。そうすると、被告が労働基準法89条及び90条の手続を履行していないことは、適切ではなく、非難を免れないが、そのことをもって、本件給与規定14条本文を新設したことの合理性を覆すに足りる事情であると解するのは相当でない。したがって、原告らの上記主張は採用することができない。」

3.改正(変更)の効力は肯定されたが・・・

 上述のとおり、本件では就業規則(本件給与規定)変更の効力が認められました。

 しかし、法所定の手続を履行していない変更の効力を安易に肯定してよいのかは甚だ疑問です。裁判所も指摘しているとおり、この判決は、就業規則の変更が

「実質的には従前の労働条件を不利益に変更したものではないこと」

を前提としたものと捉えるのが適切であり、一般化できるものではないように思われます。

 

チェーンでつなぎ、コピーが禁止であっても、就業規則は「周知」されていたといえるのか?

1.就業規則の周知性

 労働契約法7条本文は、

「労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。」

と規定しています。

 噛み砕いて言うと、就業規則の内容は、「周知」を条件に、労使間の労働契約の内容に取り込まれるという意味です。

 ここで言う「周知」とは極めて緩やかな概念で、実質的周知、すなわち「労働者が知ろうと思えば知りうる状態に置くことを指す。労働者が実際にその内容を知っているか否かは問われない。」(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕188頁参照)と理解されています。

 しかし、緩やかとは言っても、一定の限度はあるはずです。例えば、事業所の一室にチェーンでつなぎ、コピーをとることも禁止するといった形で保管されていた場合、その就業規則は労働者に「周知」されていたと言えるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令3.4.8労働判例1282-62 大陸交通事件です。

2.大陸交通事件

 本件で被告になったのは、一般乗用旅客自動車運送事業等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告の乗務員ないし乗務員であった方3名です。

 乗務員の歩合給の算定にあたり、クレジットチケット、クレジットカード及びID決済の取扱手数料(本件手数料)を乗務員に負担させることは、労働基準法24条1項本文に定める賃金全額払の原則に反する違法行為であるから許されないとして差額賃金等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件では事務室にチェーンでつながれており、コピーをすることも禁止されていた就業規則の周知性の有無が問題になりました。

 この問題について、裁判所は、次のとおり判示し、周知性を認めました。

(裁判所の判断)

「被告の給与規定を含む就業規則は、被告の営業所の事務室のカウンター上のプリンタの脇に立て掛けてあるところ、事務室は乗務員が出入りする納金室の隣にあり、プリンタからは乗務員の日報が出力されるというのであるから、事務室において執務をしている従業員だけでなく、原告ら乗務員も、給与規定を含む就業規則の存在を認識することは容易であったということができる。そして、給与規定を含む就業規則の綴りがチェーンでつながれるようになった後も、カウンター周辺でこれを閲読することに支障があったとの事情は認めることができない。この点について、原告X3及び原告X2は、本件給与規定をじっくり読むことはできなかった旨供述するが、その内容を閲読すること自体ができなかった旨の供述はしていない。そうすると、乗務員を含む被告の従業員は、給与規定を含む就業規則の存在やその内容を知り得る状況にあったということができるのであり、被告は、乗務員を含む被告の従業員に対し、就業規則、旧給与規定及び本件給与規定を周知させていたものと認められる。」

(中略)

「原告らは、本件給与規定を含む就業規則について、乗務員と密接に関連する納金作業の行われる納金室には設置されておらず、被告の営業所内の事務室のカウンターに、丈夫なチェーンでつながれて置かれており、コピーをとることも禁じられているから、周知性を認めることができない旨主張する。」

「しかしながら、上記・・・で認定したとおり、事務室は納金室の隣室であり、カウンター上に設置されているプリンタからは乗務員の日報が出力されるのであるから、事務室が乗務員の業務と関連しない場所であるということはできない。また、本件給与規定を含む就業規則がチェーンでつながれていることやコピーが禁止されていることにより、熟読するには事実上支障があったかもしれないが、上記・・・で説示したとおり、乗務員において内容を確認することが制限されていたということはできない。」

3.幾ら何でも緩やかすぎではないだろうか

 上述のとおり、裁判所は、チェーンでつながれ、コピーが禁止された状態であっても、就業規則は周知されていたと判断しました。

 しかし、そのような保管状態で熟読できる労働者がいるのかは疑問です。裁判所は「熟読するには事実上支障があったかもしれないが」と述べていますが、このような状態で熟読することは事実上不可能といっても差支えなさそうに思います。

 復写物を含め社外への持ち出しを禁止することはまだしも、チェーンでつないだり、コピーを禁止したりすることに一体どのような合理性があるというのかも不明です。労働者に就業規則の内容を熟知させないという以外に実質的な意味はなさそうにも思われます。

 裁判所の判断には、かなり強い違和感はあります。しかし、周知性をここまで緩和した東京地裁労働部の裁判例があることは、意識しておく必要があるように思われます。

 

懲戒処分に縮小認定はあり得るか?

1.縮小認定

 「縮小認定」という言葉があります。これは刑事訴訟で使われる専門用語で、公訴事実の全部を認定できない時に、一部の事実のみ認定し、それを前提に有罪判決を言い渡すことを意味します。例えば、強盗罪で刑事裁判にかけられたものの、暴行や脅迫の存在が認定できない時に、窃盗の限度でのみ事実を認定し、窃盗罪で有罪判決を言い渡すといったようにです。

 一定の制約はありますが、現行法の解釈上、縮小認定は、それ自体許されないものとまでは考えられていません。

 それでは、この「縮小認定」は、使用者が労働者を懲戒する場合にも使えるのでしょうか? 懲戒処分の効力が争われて、使用者が当初認識していた懲戒事由の認定に疑義が生じた場合、疑義のない一部のみ取り出して、その認定を基に懲戒処分の効力を論じることは、果たして許容されるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。長崎地判令4.11.16労働経済判例速報2509-3 不動技研工業事件です。

2.不動技研工業事件

 本件の被告は、機会、プラント、船舶、自働車、土木建築等の設計等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告の労働者3名です(原告P1、原告P2、原告P3)。競業避止義務違反や競業行為への加担等を理由とする懲戒処分等(懲戒解雇、降格、諭旨解雇)を受け、その効力を争って地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件で注目されるのは、原告P3に対する懲戒処分(諭旨解雇)です。

 原告P3の懲戒事由は、

「遅くとも平成31年1月頃から、P5らと通謀し、被告の現職従業員らを引き抜き、P5が代表者として設立予定の新会社(被告と競業する業務を行う会社)へ転職させることを計画し、複数の現職従業員らに対して、被告の体制等の批判を繰り返した上、同計画への参加を働きかけたため。」

とされていました。

 裁判所は、通謀や部下に対する働きかけの事実を認定しませんでしたが、次のとおり述べて、縮小認定の余地を認めました。ただし、結論において、裁判所は諭旨解雇は無効だったと判示しています。

(裁判所の判断)

「P5は、被告の現職従業員らを引き抜き、被告と競業する業務を行う会社を設立し、新会社へ転職させることを計画していたと認められ、原告P3は、同計画に関与したと認められるが、その関与の程度に照らして、P5と通謀したとは認められない。この点、被告は、通謀の根拠として、原告P3が平成31年1月29日夜の懇親会や1月30日会議を設定した旨主張するが、前者は、従前から情報共有会後の懇親会の設定をしていた流れでP5から頼まれたというにすぎず、1月30日会議も、主たる目的は被告代表者の神奈川事業所の組織再編についての説明を受けた対応の協議にあったといえ、原告P3がP5と通謀していたことの根拠となるものではない。」

「また、前記認定のとおり、原告P3は、P5に新会社に引き連れていくことができそうな部下の名前を挙げたが、部下に対して実際に働きかけたことを認めるに足りる証拠はない。」

「上記のとおり、原告P3について、処分理由記載の非違行為があったと認めるには足りないが、原告P3がP5の上記計画に関与し、部下の名前を挙げるなどして、これを助長したことは認められ、縮小認定の余地も考えられることから、以下、同行為について、懲戒事由該当性を検討する。

・服務規律違反について

「前記認定の経過に加え、1月30日会議前の開業目的の集団退職が法令に抵触する可能性について言及するP5とのメールのやり取りに照らすと、原告P3は、P5の上記計画が就業規則36条又は同条が規律する競業避止義務に抵触することを認識していたと認められる。そして、前記(1)イ(オ)のとおり、就労時間中に競業避止義務等に抵触する行為や、その準備行為をすることは、就業規則74条1項、75条2項1号に違反すると認められるところ、前記のとおり、P5に新会社に引き連れていくことができそうな部下の名前を挙げ、P5の上記計画を助長したことは、上記準備行為に当たり、就業規則74条1項、75条2項1号の職務専念義務等に違反したと認められる。」

「他方で、原告P3の上記行為は、P5の上記計画を助長するにとどまり、これにより被告に損害が生じる具体的危険性があるということはできないから、就業規則75条6項7号に違反するとは認められない。」

「また、前記・・・と同様、原告P3が、上記職務専念義務等違反に際し、被告のパソコンを目的外使用したことについては、懲戒事由として考慮することはできず、原告P1より程度が軽い原告P3の行為について、就業規則74条4項に違反するとは認めら れず、就業規則75条2項3号にも該当しない。」

「就業規則119条3号、4号について」

「前記・・・と同様、原告P1よりも程度の軽い原告P3の上記行為が就業規則119条3号、4号違反に該当するとは認められない。

・就業規則119条24号について

「上記・・・のとおり、原告P3が、P5の上記計画について、就労時間中にP5と連絡し、引き連れていくことができそうな部下等の名前を挙げて、上記計画を助長したことは、就業規則74条1項、75条2項1号に違反するものであるが、同行為の性質、態様に鑑み、重大な違反行為に該当するとはいえず、就業規則119条24号に違反するとは認められない。」

・本件諭旨解雇の効力について

「上記・・・のとおり、原告P3の行為について、就業規則119条3号、4号、24号の懲戒事由に該当するとは認められず、本件諭旨解雇は無効である。」

(中略)

「以上の次第で、原告P3の労働契約上の地位確認請求は理由がある。」

3.縮小認定の余地はあるのか? 

 裁判所は、結論こそ原告P3の地位確認請求を認めたものの、縮小認定の余地を認めました。

 同じ縮小認定という言葉でも、刑事訴訟の場合とでは意味合いが異なります。最大の差異は、既に一定の処分量定が決まっているところではないかと思います。刑事訴訟では量刑は未定であるのに対し、懲戒処分の場合、既に一定の懲戒事由と結びついた懲戒処分が存在します。この処分量定は認定落ちする前の懲戒事由に相応しい重さの処分として決められているはずです。そうであれば、余程微細な部分であればともかく、認定落ちが発生している以上、当初の懲戒処分の効力が維持されることを正当化するのは不可能なのではないかと思います。

 縮小認定された事実で当初懲戒処分の処分量定を維持できる場面は限定的だとは思いますが、懲戒処分の効力を争う場面では、縮小認定の可能性も念頭に置いておく必要があります。

 

業務命令権濫用の判断枠組み

1.業務命令権濫用の判断枠組み

 労働契約法6条は、

「労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する。」

と規定しています。

 労働契約に基づいて、使用者は、労働者を使用すること、言い換えると、業務命令権を行使することができます。

 ただ、業務命令権を行使できるとはいっても、権限を逸脱・濫用することは許されません。逸脱・濫用した業務命令に対しては従わなかったとしても法的責任を負いませんし、損害が生じた場合には、その賠償を使用者に請求することもできます。

 それでは、ある業務命令が、権限を逸脱・濫用したものであるのかどうかは、どのように判断されるのでしょうか?

 この問題に関しては、

配転命令権の権利濫用性について、

「使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが、転勤、特に転居を伴う転勤は、一般に、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから、使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することの許されないことはいうまでもないところ、当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であつても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもつてなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである。右の業務上の必要性についても、当該転勤先への異動が余人をもつては容易に替え難いといつた高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである。」

と判示した東亜ペイント事件(最二小判昭61.7.14労働判例477-6)の判断枠組に準拠して判断されるという見解があります。例えば、水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕493頁は、

「この判例(東亜ペイント事件 括弧内筆者)の判断枠組みは、配転命令のみならず、業務命令、出向命令、降格、懲戒処分など他の使用者の人事上の命令・措置・処分などにも同様にあてはまりうる一般的な枠組みを示したものといえる」

と記述しています。

 しかし、近時公刊された判例集に、業務命令権の権利濫用性について、東亜ペイント事件を引用しながらも、これとは異なる言い回しの判断枠組みを用いた裁判例が掲載されていました。大阪地判令3.4.8労働判例1282-48 サービック事件です。

2.大阪地判令3.4.8労働判例1282-48 サービック事件

 本件で被告になったのは、、新幹線車両の清掃整備業務等を行う株式会社(被告会社)とF事業所(本件事業所)の所長(被告Y1)、本件事業所の副所長兼科長(被告Y2)です。

 原告になったのは、訴外東海旅客鉄道株式会社から被告会社に出向し、本件事業所に所属して、新幹線車内の清掃や簡易な修繕業務に従事していた方2名です(原告X1、原告X2)。自宅待機中に命じられた課題を作成、提出しなかったところ、自宅待機が命じられるべき日に出勤を命じられ(本件出勤指示1~3)、不必要に新型コロナウイルス感染症への感染の危険にさらされたなどと主張し、出勤命令(清掃業務等の命令)を不法行為として構成したうえ、被告に対し、損害賠償(慰謝料)の支払いを求める訴えを提起しました。

 裁判所は、結論として本件原告らの請求を棄却しましたが、ある業務命令が業務命令権の濫用・逸脱と判断されるのか否かを決する場面において、次のような判断基準を採用しました。

(裁判所の判断)

「本件出勤指示1は、被告会社が、原告X1に対し、『5組』『1組』といった、一定の内容の新幹線車両の清掃業務を行うことを命ずるものであり、本件出勤指示2は、原告X2に対し、『5組』『検C』といった同様の清掃又は修繕業務を命じるものであったことが認められる・・・。被告会社の就業規則によれば、従業員の業務内容(勤務)は、被告会社が指定するものとされているから・・・、被告会社には、原告X1に対し、労働契約上、業務の具体的内容を決定する人事上の裁量権を有するものと解される(最高裁判所第二小法廷昭和61年7月14日判決・集民148号281頁(東亜ペイント事件 括弧内筆者)参照)。」

「すると、被告会社が従業員に対して一定の業務への従事を指示することが、他の従業員との間で不利益な取扱いをするものとして、不法行為上、違法性を有するのは、被告会社が一定の業務への従事を指示することによって前記裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと評価されることを要するものと解するのが相当であり、この判断に当たっては、①当該業務指示に係る業務上の必要性、②当該業務に従事することによって当該従業員に生ずる不利益の程度、③従業員間における業務内容に関する負担又の相違の有無、程度及び合理性といった観点から検討するのが相当である。

3.東亜ペイント事件と異なる規範が用いられているのではないか

 東亜ペイント事件は、配転命令が権利濫用として無効になる場合として、

① 業務上の必要性がない場合、

② 業務上の必要性があっても、他の不当な動機・目的のもとでなされたとき、

③ 業務上の必要性があっても、著しい不利益を受ける場合

の三つの類型を掲げています。

 対して、本裁判例は業務命令権の逸脱・濫用の有無を、

①当該業務指示に係る業務上の必要性、

②当該業務に従事することによって当該従業員に生ずる不利益の程度、

③従業員間における業務内容に関する負担又の相違の有無、程度及び合理性

といった観点から検討するといったように、①~③の要素を総合して判断すると述べています。着眼点についての言い回しも微妙に異なり、本裁判例は東亜ペイント事件とは似て非なる基準を用いているように思われます。

 こうした裁判例が出現すると、業務命令権の逸脱・濫用を争う場合に、いずれの裁判例を引用して論証を試みるのかを考えることができるようになります。

 本件は労働者側敗訴の事案ではありますが、活用できる規範の選択の幅を広げるという意味において、事件処理の参考になります。

 

就業規則の相対的必要記載事項の欠缺と最低基準効との関係性

1.就業規則の相対的必要記載事項

 就業規則には、

必ず記載しなければならない事項(絶対的必要記載事項)と、

そのような制度を設ける場合には記載する必要がある事項(相対的必要記載事項)

があります(労働基準法89条、水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕173頁参照)。

 相対的必要記載事項の一つに、

「労働者に食費、作業用品その他の負担をさせる定めをする場合においては、これに関する事項」(労働基準法89条5号)

があります。

 それでは、就業規則で相対的必要記載事項としての労働者の負担を定めることなく、労働者との個別合意で会社の営業活動のための費用を労働者に転嫁することは許されるのでしょうか?

 これは就業規則の最低基準効をどのように理解するのかという問題です。

 労働契約法12条は、

「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。」

と規定しています。つまり、就業規則の水準を下回る労働条件は、労使間で個別合意をしたところで無効であり、就業規則で定める基準に置き換えられることになります。

相対的必要記載事項である労働者の費用負担について就業規則に記載がないということは、労働者の費用負担がない状態が「就業規則で定める基準」になるのではないか、

そうであるとすれば、相対的必要記載事項が欠缺した状態で、会社の営業活動のための費用を労働者に転嫁することを労働者と個別に合意したとしても、そのような合意に法的効力は認められず、労働条件は労働者の費用負担がない状態に代置されるのではないか、

という疑問が生じます。

 一昨々日、一昨日、昨日とご紹介している、京都地判令5.1.26労働判例1282-19 住友生命保険(費用負担)事件は、この問題について判示した裁判例でもあります。

2.住友生命保険(費用負担)事件

 本件で被告になったのは、生命保険業等を行う会社です。

 原告になったのは、被告の営業職員の方です。賃金から被告が業務上の経費を控除したことは労働基準法24条1項の全額払原則に反すると主張し、控除された分の支払い等を求める訴えを提起したのが本件です。

 原告が賃金から控除された費目には、携帯端末使用料、機関控除金(被告が週1回発行するチラシ代など)、会社斡旋物品代(「SUMITOMO LIFE」のロゴ入りチョコレート・飴等の販促品代など)がありました。

 本件では、こうした費用を賃金から控除することが許されるのかが問題になりました。

 この問題に判断をするにあたり、本件では、

労使協定の有効性、

賃金控除に関する個別合意の成否、

のほか、

個別合意が認められたとしても、営業活動のための費用を労働者の負担とすることが就業規則に記載されていなかった時期の費用に関しては、就業規則の最低基準効との関係で、費用を労働者負担にすること・賃金控除を行うことが許されないのではないか

が問題になりました。

 三つ目の論点に関する原告の主張は、次のとおりです。

(原告の主張)

「労働者に費用を負担させる場合には、就業規則の相対的必要記載事項となるから、本件費用の控除について就業規則に定めがない場合には、就業規則の最低基準効により、これに反する本件合意は無効である。」

 このような原告の主張に対し、裁判所は、次のとおり述べて、規定の欠缺の場合、最低基準効との関係は問題にならないと判示しました。

(裁判所の判断)

「原告は、被告の旧就業規則には、本件費用を控除することを定めた規定がなかったこと・・・から、旧就業規則が改正される令和2年2月20日までは、就業規則の最低基準効により、本件費用を控除する旨の合意は無効であると主張する。」

「しかしながら、就業規則に記載がないという本件の場合には、最低基準効の問題ではないと解され、原告の上記主張は採用できない。

3.理由らしい理由が書かれていないが・・・

 相対的必要記載事項の欠缺を最低基準効との関係で問題にして行くことができないのかは、以前、このブログでも触れたことがありますが、裁判所は、上述のとおり、就業規則に記載がない場合、それは最低基準効の問題にはならないと判示しました。

退職する際に請求された制服のクリーニング代、払わなければならないのか? - 弁護士 師子角允彬のブログ

 判決には理由らしい理由が書かれていないため、なぜ最低基準効の問題にならないのかは不明というほかありません。

 私には原告の主張の方が余程論理的に思えますが、相対的必要記載事項の記載の欠缺を最低基準効との関係で問題にして行く手法に関して消極的な判断を示す裁判例が出現したことは留意しておく必要があります。

 

営業活動の費用を賃金控除の対象にできるのか?-個別合意の撤回の可否

1.賃金全額払いの原則とその例外

 労働基準法24条1項は、

「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。」

と規定しています。

 この条文には複数のテーマが織り込まれているのですが、傍線を付した部分を「全額払いの原則」ないし「全額払原則」といいます。

 全額払いの原則とは、噛み砕いていくと、

使用者は労働者に賃金全額を支払わなければならない、

ただし、法令に定めがあったり、労使協定があったりする場合にのみ、例外的に一定の費目を控除することが可能になる、

というルールをいいます。

2.労使協定に加えて求められる個別合意の撤回の可否

 上述のとおり、法令に定めや労使協定があれば、使用者は賃金控除を行っても、労働基準法24条違反の責任を問われることはなくなります。

 しかし、実際に賃金控除を行うためには、賃金控除を行うことが労働条件として労働契約に組み込まれている必要があります。具体的に言うと、労働協約や就業規則の根拠規定か、対象労働者との個別合意が必要になります。

 昨日、この個別合意に自由な意思の法理を適用した裁判例として、京都地判令5.1.26労働判例1282-19 住友生命保険(費用負担)事件を紹介しました。

 それでは、自由な意思に基づいて個別合意を交わしたとして、その個別合意を将来に向けて撤回することはできないのでしょうか? 住友生命保険(費用負担)事件は、この問題を考えるうえでも参考になる判断を示しています。

3.住友生命保険(費用負担)事件

 本件で被告になったのは、生命保険業等を行う会社です。

 原告になったのは、被告の営業職員の方です。賃金から被告が業務上の経費を控除したことは労働基準法24条1項の全額払原則に反すると主張し、控除された分の支払い等を求める訴えを提起したのが本件です。

 原告が賃金から控除された費目には、携帯端末使用料、機関控除金(被告が週1回発行するチラシ代など)、会社斡旋物品代(「SUMITOMO LIFE」のロゴ入りチョコレート・飴等の販促品代など)がありました。

 本件では、こうした費用を賃金から控除することが許されるのかが争点になりました。

 裁判所は、労使協定の効力を認めたうえ、個別合意に自由な意思の法理が適用されることを認めました。そのうえで、次のとおり述べて、明示的に異議を述べた時以降の賃金控除を否定しました。

(裁判所の判断)

「機関控除金に係る物品等は、各営業職員が、所定の注文書等を用いて注文するところ、当該注文書又は当該物品のチラシには、当該物品等の単価が明記されており、当該営業職員は、予め物品等の購入代金を把握した上で注文するものである。各営業職員は、本件携帯端末の画面上で、給与・報酬支給明細書や機関控除金・斡旋物品代明細リストを確認することにより、賃金から控除される機関控除金の金額や内訳を確認できる・・・。」

「原告は、平成5年3月に被告の営業職員となって以降、営業活動費は自己負担である旨が記載された勤務のしおりを毎年4月に交付され・・・、原告の請求期間の始期である平成24年10月に差し掛かるまでの約20年弱の間、機関控除金に係る物品等について、当該物品等を注文すれば、原告の給与から当該物品等の代金が引き去られることを承知の上、所定の注文書等により注文をしてきており、その状況下で、上記請求期間中も引き続き注文をしていたのであるから、原告と被告との間で、その注文の都度、機関控除金に係る物品等について、当該物品等を原告の費用負担で購入し、当該購入代金を原告の給与から引き去ることについての個別合意が成立したといえる。

「この点、原告は、機関控除金に係る物品は被告から自己負担での利用を強制されていたもので、合意はしていない旨主張するが、営業活動において機関控除金に係る物品を利用するか否かについては、被告からの推奨はあるものの、最終的には各営業職員の判断であり・・・、その利用が義務付けられていたことまでを認めるに足りる証拠はない。」
もっとも、原告は、平成30年11月27日、被告京都支社総務部長に対し、平成31年1月から、封筒代、京都おすすめスポットカレンダー代及びオーナーズ通信代が給与から控除されることについて同意できない旨、賃金から何らかの金員を控除するに当たり、朝礼で説明したことをもって同意したとは認められない旨を通知しており・・・、同月からの賃金控除について明示的に異議を述べたことが認められる。また、原告は、平成30年12月25日、被告京都支社総務部長を経由して、コンプライアンス推進室長に対し、封筒代及び募集資料コピー用紙代の賃金控除に関して疑問を呈して質問する通知書を提出している・・・。これらの事実によれば、少なくとも平成31年1月分以降については、原告の賃金から控除することについて原告が同意していたと認めることは困難であるといわざるを得ない。

4.合意は将来に向けて撤回できる

 上述のとおり、裁判所は、異議を述べてからの賃金控除を否定しました。

 賃金控除に関しては、

自由な意思の法理により合意の成否を問題にすることができるだけではなく、

仮に、合意の成立を認定されたとしても、異議を述べることにより将来に向けて個別合意の撤回をすることもできます。

 本件のように撤回が認められた裁判例の存在を踏まえると、賃金控除が不本意である場合、既成事実が積み重なっていたとしても、先ずは異議を明確に通知しておくことが重要です。