弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

「感染の怖れがなければ元通り業務に復帰していただきたい」と告げられた労働者はどのように対応すべきか

1.新型コロナウイルスに感染/感染が疑われた労働者の復職問題

 新型コロナウイルスに感染した労働者や、感染が疑われる労働者に対し、会社が休業や自宅待機を命じることがあります。

 他の従業員への感染を防ぐため、そうした措置をとること自体に特段の問題はありません。しかし、休業や自宅待機からの職場復帰にあたり、慎重になりすぎるあまり、労働者を不当に職場から締め出しているのではないかと思われる事案も散見されます。労働者の側に感染の怖れがないことの証明を求め、それがない限り職場復帰を認めないといった対応が典型です。

 それでは、使用者側からこうした対応をとられた場合、労働者としては、どのように対応しておけばよいのでしょうか。不当な就労拒否であるとして、無視・放置しておいても問題ないのでしょうか? それとも、労務提供の意思があることを示し、職場復帰に向けた条件を交渉しておくべきなのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判令4.9.16労働判例ジャーナル131-24 キョーリツコミュニケーション事件です。

2.キョーリツコミュニケーション事件

 本件で被告になったのは、楽器類の販売等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で雇用契約を締結し、C営業所において営業職として勤務していた方です。原告の方は、

「令和2年4月22日、37.5℃程度の発熱が見られたため、午前中に勤務を終えて早退し、同月23日から同月27日まで休業した。」

「令和2年4月28日、C営業所に出勤したものの、体温が37.3℃となったことを受けて、午前中に勤務を終えて早退し、再び休業を開始した。」

「令和2年5月11日、出勤を再開したものの、同月12日、出勤前の体温が37.3℃となったことを受けて、再度、休業を開始した。」

という経過をたどった後、代理人弁護士を通じ、

「令和2年6月23日付けで、被告に対し、被告は同年5月12日以降において原告の就労を拒否しているところ、上記就労拒否には正当な理由がない旨を含む内容証明郵便・・・を送付」

しました。

 これに対し、被告は、代理人弁護士を通じ、令和2年6月25日付けで、

「当社はA殿に対し、『微熱がある以上コロナウイルス感染の恐れは払拭できないので自宅で療養するよう』求めましたが、理由なく就労を拒否した事実はございません。」

「当社としては、A殿(原告 括弧内筆者)が当社の他の従業員のみならず、営業職として不特定多数人と接触する機会が多いため、コロナウイルス感染の可能性を極力低減したいと考え、最大限慎重な対応をとっています。したがって当社がA殿に不公平な扱いをしているとか、就労を拒否しているという指摘は当たりません。」

「当社は、A殿にコロナウイルス感染の怖れがなければ元通り業務に復帰していただきたいと当然のことながら考えていますのであらためてこの旨回答いたします。」

などと書かれた回答書を送付しました。

 その後、原告が特段の行動を起こさないでいたところ、被告は、正当な理由なく長期間にわたって無断欠勤しているとして、令和2年8月17日、原告を解雇する旨の書面を発出しました(本件解雇通知書)。

 これを受けて、原告は、本件解雇が無効であることを理由とする地位確認や、未払の時間外勤務手当等の支払いを求める訴えを提起しました。

 本件解雇について、裁判所は、次のとおり述べて、その適法性を認めました。

(裁判所の判断)

・本件解雇が客観的に合理的な理由を欠くか否か

「原告は、最後の出勤日の翌日である令和2年5月12日以降、有給休暇を取得しており、原告代理人を通じて本件内容証明郵便を送付した同年6月23日においても、有給休暇を取得する形で休業していた・・・。」

「しかし、原告は、取得することのできる有給休暇の日数を全て取得し終えた後もC営業所に出勤せず、また、原告代理人を通じて職場復帰の意思を伝えたり、職場復帰のための条件を確認したりすることさえ一切しなかった・・・。前記・・・で説示したとおり、この期間における被告の対応が被告の責めに帰すべき事由による就労拒否に当たるとはいえず、かえって、被告は原告に対して『コロナウイルス感染の怖れがなければ元通り業務に復帰していただきたい』との記載のある本件回答書を送付し、原告の復帰を歓迎する旨の連絡をしていたものの、それにもかかわらず、原告は、職場復帰に向けられた行動を何ら起こさないまま欠勤を続けていたのであって、上記期間における原告の欠勤には正当な理由がないものといわざるを得ない。」

「そして、原告は、同年6月には全ての所定労働日について有給休暇を取得し、同年7月には16日間の有給休暇を取得したから・・・、原告による無断欠勤は、被告から原告代理人に対して本件解雇通知書が送付された同年8月17日の時点において、少なくとも既に半月以上の期間に達していたことになる。すなわち、原告は、使用者に対して労務を提供するという労働者としての最も基本的な義務を半月以上にわたり怠っていたことになる。

「これに対し、原告は、自らは被告の指示に従って自宅にて待機し、被告による復職の指示を仰いでいたから、職場復帰を求めるのであれば、被告の側から具体的な就労の指示をするなどの対応をとるべきであったところ、本件回答書には具体的な指示はなかったため、原告が出勤しなかったことを無断欠勤と評価するのは不当である旨主張する。」

「しかし、使用者に対して労務を提供することは、労働者としての最も基本的な義務であるから、原告は、就労の妨げとなる事情がないと思料するのであれば、その旨を使用者たる被告に伝え、自らに就労の意思及び能力があることを被告に対して積極的に示すべきであったといえる。特に、本件においては、原告は、令和2年6月23日の時点で、本件に係る交渉を原告代理人に委任していたのであるから、原告が被告に対して就労の意思及び能力があることを示すのが不可能ないし困難であったと考えるべき事情はない。被告は原告代理人に対して『コロナウイルス感染の怖れがなければ元通り業務に復帰していただきたい』との記載のある本件回答書を送付し・・・、原告側からの回答を待っていたものであるところ、これに対して原告側からは何の反応もなかった以上、原告を職場復帰させるに当たり、被告において、更に踏み込んだ対応をすべき義務があったとはいい難い。

原告が被告から送付された本件回答書に対して何らの応答もせずにこれを放置していたという本件に係る事実関係を前提とすれば、原告を職場復帰させるに当たり、被告において更に具体的な指示をする必要性があったとはいえず、これに反する原告の主張は採用することができない。

「また、原告は、本件解雇は原告によるコロナウイルス感染の有無や体調、欠勤理由について全く報告がないことを理由とするものであるところ、原告は被告に対して体温等の報告をしていたから本件解雇は事実を誤認するものである旨主張する。確かに、原告は、令和2年5月12日に休業を開始した当初においては、Dに対し、定期的に体温を報告するなどしていた・・・。」

「しかし、原告は、上記の時期において、有給休暇を取得していたものであって、正当な理由のない欠勤をしていたものではない。原告による正当な理由のない欠勤が始まったのは、原告が有給休暇を全て取得し終えた同年7月中旬頃以降であるところ・・・、既に認定・説示したとおり、原告は、この当時において、被告から送付された同年6月25日付けの本件回答書に対して何ら応答せず、被告に対して連絡を取ろうとすらしていなかったのであって、このように原告が被告に対して何らの連絡もせずに欠勤を続けていた期間は半月以上に上る。本件事案の経緯からすれば、本件解雇の解雇理由とされたのは、有給休暇取得中の休業ではなく、その後の正当な理由のない欠勤であることは明らかというべきであり、被告による事実誤認を指摘する旨の原告の主張を採用することはできない。」

「以上によれば、原告には、就業規則23条(5)に定める解雇事由(正当な理由がない欠勤が多く、労務提供が不完全であると認められるとき)があったものと認められるから、本件解雇が客観的に合理的な理由を欠くものであったとはいえない。」

・本件解雇が社会通念上相当であると認められないか否か

「被告は、本件解雇に先立つ令和2年6月25日、原告代理人に対し、『コロナウイルス感染の怖れがなければ元通り業務に復帰していただきたい』との記載のある本件回答書を送付したものの、その後、本件解雇通知書が送付された同年8月17日に至るまでの約1か月半にわたり、原告からは何らの応答もなかった・・・。既に説示したとおり、使用者に対して労務を提供することは、労働者としての最も基本的な義務であるところ、原告は、被告から職場復帰を歓迎する旨の書面の送付を受けていたにもかかわらず、約1か月半にわたってこれを放置し、上記の義務を履行することを怠っていたのであって、原告による義務違反の程度は著しいものといわざるを得ない。上記やり取りに先立ち、原告がDに対して退職の意思を表明する趣旨のメッセージを送信していたことも踏まえれば・・・、被告において、これ以上、原告との間の本件労働契約を維持することは相当でないと考えるに至ってもやむを得ないというべきである。」

「これに対し、原告は、本件解雇に至るまでの原告の勤務態度には何らの問題もなかったのであるから、事前の警告を発することなく即時解雇に及んだことは社会通念上の相当性を欠く旨主張する。」

「しかし、既に認定・説示したとおり、原告は、遅くとも令和2年6月23日以降、本件に係る交渉を弁護士である原告代理人に委任し、被告は、同月25日付けで、同代理人に対し、被告は理由なく就労を拒否しているのではなく、コロナウイルス感染のおそれがなければ業務に復帰していただきたいとの記載を含む本件回答書を送付していた。本件回答書の文面からして、被告の側に原告による労務提供を拒む意思がないことは明らかであり、そうである以上、労務の提供は労働者としての最も基本的な義務であるから、原告の側から職場復帰に向けて積極的な行動を起こすべきであったといえる。原告は、既に弁護士である原告代理人に交渉を委任していたのであるから、仮に自らが職場復帰に向けて積極的な行動を起こすことなく、本件回答書に対して全く応答せずに放置した場合には正当な理由のない欠勤となり、これが長期にわたって継続した場合には解雇される可能性があることについては、十分に認識し得たものといえる。それにもかかわらず、原告は、本件回答書に応答することなく、あえて、これを放置したのである。

「被告による本件解雇は、上記の事情を踏まえてされたものであるから、本件解雇に係る被告の判断が社会通念上相当性を欠くものであったとまではいえない。」

・小括

「以上のとおりであって、本件解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないものとはいえないから、本件解雇が権利を濫用したものとして、無効である旨の原告の主張には理由がない。」

3.突然解雇するのは酷ではないかと思われるが・・・

 「感染の怖れがなければ・・・」と通知されても、労働者としては感染の怖れの有無など分かるはずがなく、このような通知があったからといって突然解雇されるのは酷であるように思われます。個人的には、使用者の側で、治癒したことを示す診断書の取得を指示するなど、職場復帰の条件が具体的に指示されるべきであったし、そうした対応をとらないにしても最低限解雇前に一度警告があっても良さそうに思います。

 しかし、本件の裁判所は、そうした考え方は採用しませんでした。

 裁判所の考え方には疑問もあります。とはいえ、使用者からの通知を受けた時に、労務提供の意思を明確にし、速やかに職場復帰の条件の交渉に向けた交渉に着手していれば回避できた解雇でもあります。

 感染症への罹患/感染症への罹患疑いで休業、自宅待機していた労働者の職場復帰に関する問題は、今後とも完全になくなることはないように思われます。本件のような裁判例があることを踏まえると、職場復帰を希望する場合、労働者は、回復後、速やかに労務提供の意思を明確に伝えたうえ、復職条件をめぐる交渉に着手しておいた方がよさそうです。

 

有給休暇の申請を5営業日前に行うルールが否定され、前日夜のメールによる有給休暇の取得が認められた例

1.有給休暇の取得

 有給休暇の取得に際し、就業規則で一定の予告期間を置くように求められていることがあります。

 こうした就業規則の定めは、直ちに違法であると理解されているわけではありません。例えば、最一小判昭57.3.18労働判例381-20 電電公社此花局事件は、「交替服務者が休暇を請求する場合は、原則として前前日の勤務終了時までに請求するものとする。」との就業規則の定めを労働基準法39条(年次有給休暇)に違反するものではないとした原審の判断を是認しています。

 ただ、これは「前前日」であるから許容されたのであって、不合理に長い予告期間を設けるようなことがあれば、その適法性は当然問題になり得ます。近時公刊された判例集にも、有給休暇の申請を5営業日前に行うことを定めた就業規則の効力を否定した裁判例が掲載されていました。大阪地判令4.9.29労働判例ジャーナル131-20 大尊製薬事件です。

2.大尊製薬事件

 本件で被告になったのは、健康食品や医薬品、医薬部外品等の販売や輸出入等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で期間の定めのない労働契約を締結し、通訳等の業務に従事していた中国籍の男性です。被告から行われた解雇が違法無効であると主張し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 被告は種々の解雇理由を主張しましたが、その中の一つに無断欠勤がありました。

 その趣旨は、

被告では、

「年次有給休暇を取得しようとするときは、取得しようとする日の5営業日前までに所定の用紙にて請求しなければならない。」

とされていた、

原告が行った、令和2年12月17日、18日、25日及び26日午前について有給休暇の申請は、これに違反していた、

被告が原告による直前の有給休暇の申請を認めなかったにもかかわらず、原告は被告に無断で欠勤した、

というものでした。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、無断欠勤の事実を否定しました。

(裁判所の判断)

原告は、令和2年12月17、18日、22日及び25日について年次有給休暇の取得を申請したところ・・・、被告は、就業規則21条2項において有給休暇の申請は5営業日前に行うこととされていることから、上記の申請は適法な年次有給休暇の申請とは認められない旨主張する。

しかし、労働基準法39条5項は、使用者は、労働者の請求する時季に年次有給休暇を与えなければならない旨を定めているところ、就業規則の上記定めは、同項ただし書所定の時季変更権を行使する場合以外に労働者の請求する時季に年次有給休暇を与えない場合を創設するものであるから、同項に反し無効である(労働契約法13条)。したがって、被告の上記主張は、前提となる就業規則の定めが無効であるから、採用することができない。

「被告は、原告から総務経理業務の引継ぎを早期に受ける必要があったこと、経理業務に関する外部の公認会計士による調査が予定されており、原告の立会いが必要であったことから、令和2年12月17、18日、22日及び25日について有給休暇を認めなかったのは適法な時季変更権の行使によるものである旨主張する。」

「しかし、上記各日のうち最初の申請は同月16日に同月17日及び18日の年次有給休暇の申請をしたものであるところ・・・、その前日までに被告の従業員に対する同年11月分の賃金の支払は終えており・・・、原告には総務経理業務の引継ぎ以外に従事する業務はなかったのであるから・・・、上記申請の対象となる日に引継ぎを受けなければ被告の事業の運営に支障を生じさせる事情があったとは認められない。また、上記認定事実・・・のとおり、本件外部業者は同年12月21日及び24日に被告事務所で経理業務に係る調査や原告へのヒアリングを行って調査結果を報告したことからすると、原告が有給休暇の請求をした日に外部の公認会計士の調査を受けなければ被告の事業の運営に支障を生じさせる事情があったとは認められない。」

「以上によれば、被告の上記主張は、前提となる業務の運営に係る支障が認められないから、採用することができない。」

また、被告は、令和2年12月26日午前の原告の欠勤について了承していないから、無断欠勤に当たる旨を主張する。しかし、上記認定事実・・・のとおり、原告は同月25日夜に同月26日午前は所用により遅刻する旨のメールをP3(副社長 括弧内筆者)に対して送信したものの、P3はこれに対する回答をしていないのであるから、就業規則17条1項所定の申出に対する応答をしていないものと認められる。したがって、原告の同日午前の欠勤は、就業規則所定の申出をし、未だ承認又は不承認の判断が出ていないものであるから、就業規則に反する無断欠勤であるとはいえない。

「以上のとおり、原告が無断欠勤した日として被告が主張した日は、原告による適法な年次有給休暇の時季指定がされ・・・、被告による時季変更権の行使は認められない・・・ことにより、年次有給休暇と認められる日か、就業規則所定の遅刻の事前申出をしたもののこれに対する応答がなかった日・・・であるから、いずれも就業規則に反する無断欠勤ではない。」

3.5営業日前ルールは否定された

 上述のとおり、裁判所は、有給休暇の申請を5営業日前に行うとの就業規則の定めの効力を否定しました。予告期間が何日くらいまで伸びると違法になるのかは一義的には答えを出しにくい問題ですが、違法性があるとされる日数の目安として参考になります。

 また、直前の有給休暇の取得は紛議を招くことが多いのですが、使用者側の回答がない場合、前日夜にメールで行った有給休暇を申請して欠勤したことが無断欠勤に該当しないと判断されている点も、他の事案でも活用できる重要な判断であるように思われます。

 

特定の労働者を狙い撃ちにする就業規則の変更による労働条件の不利益変更-該当の労働者への手続保障が必要ではないか?

1.特定の労働者を狙い撃ちにする就業規則の変更

 意に沿わない労働者を退職に追い込むなどの目的で、就業規則が変更されることがあります。変更に合理性がある場合、変更後の就業規則を周知させることにより、労働者の個別同意を得ることなく、労働条件を不利益に変更することができるからです(労働契約法10条参照)。こうして労働条件を悪化させ、当該労働者が自発的に退職するよう圧力をかけて行きます。

 しかし、就業規則の変更を変更するためには、事業場の労働者の過半数を代表する者からの意見聴取を行うことが必要とされています(労働基準法90条1項参照)。

 当たり前ですが、事業場の多数の労働者の労働条件を不利益に変更してしまうような就業規則の変更は、労働者の支持を集めることができません。従業員代表から反対意見が出されてしまうと、変更の有効要件である合理性の判断に影響します。また、ターゲットにしている労働者以外の労働者の大量離職にも繋がりかねません。

 そのため、就業規則の変更を利用して特定の労働者に圧力をかける場合には、しばしば対象者しか影響を受けないような事項が変更の対象として選ばれます。影響の範囲が限定的だと従業員代表からの同意も得られやすくなります。

 しかし、このように従業員代表が十分に機能するとはいえないような場合であったとしても、従業員代表から意見聴取を行いさえすれば、適正な手続が履践されたと言ってよいのでしょうか? 特定の者しか影響を受けないような就業規則の変更の場合には、対象者に対して手続保障を尽くす必要があるのではないでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、仙台高秋田支判令4.8.31労働判例ジャーナル131-34 社会福祉法人櫛引福寿会事件です。

2.社会福祉法人櫛引福寿会事件

 本件で被告(被控訴人)になったのは、特別養護老人ホームを経営する社会福祉法人です。

 原告(控訴人)になったのは、被告との間で労働契約を締結し、栄養士として働いていた方です。

 この方は、

主任管理栄養士から主任介護職員に配置転換されたり(本件配置転換)

その後、主任の任を解かれたり(本件降格処分)

しました。

 また、それだけではなく、就業規則と職員給与規程が改正され、賞与の計算方法が原告にとって不利益に変更されました(本件変更)。具体的にいうと、それまで労災事故による休業期間は賞与算定上の在職期間・勤務期間に含まれていたところ、本件変更により、これが算入されない扱いになりました。

 冒頭で紹介したテーマと関係するのは、本件変更の効力です。原告は本件変更は無効であるとして、変更前との差額賞与の請求を行いました。

 一審で差額賞与の請求が棄却されたことを受け、原告(控訴人)は、

「本件変更の時点で、本件変更により本件年末賞与の支給額について影響を受けるのは、控訴人のみであったところ、控訴人に対する意見聴取はされておらず、仮に桃寿荘内で閲覧することが可能であったとしても、出勤していない控訴人が確認することはできなかった。控訴人が、本件変更を知っていたとすれば、本件労災事故を原因として出勤をしない場合、勤務を再開する時期については医師の指導に従うとしても、それまでの間、年次有給休暇を取得するか、特別休暇を取得するか、あるいは休業補償給付・休業特別支給金を受給する休業とするかについては、給与規程が定める賞与の計算方法(労働条件)を考慮しながら、選択することができた。控訴人は、本件変更を知らないまま、本件年末賞与の支給を受けて不審に思い、確認したところ、本件変更を初めて知った。」

「以上によると、本件変更は、特に利害関係を有する控訴人に対し、手続的公正が保たれていたと評価することができず、少なくとも控訴人との関係では相対的に無効である。

などと主張し、改めて差額賞与を請求しました。

 これに対し、被告(被控訴人)は、

「仮に本件変更が労働条件の変更であるとしても、賞与の支給基準を内容とするものであるから、基本給等の月例給与を変更する場合に比して、変更の合理性を緩やかに解すべきである。本件変更による控訴人の不利益の程度は必ずしも大きいとはいえないこと、社会福祉法人である被控訴人は、期末手当及び勤勉手当が過大となることを抑制し、人件費を抑制する高度の必要性を有すること、本件変更後の給与規程は、社会的に許容される内容であり、相当であること、経営状況以外の事情を考慮して、一時金の支給を可能とする代償措置を講じていること、職員一同から意見を聴取し、異論はなかったことからすると、本件変更の合理性が認められる。」

などと反論し、本件変更は有効だと主張しました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、本件変更は無効だと判示し、差額賞与の請求を認めました。

(裁判所の判断)

「本件変更の有効性ないしは控訴人に対して適用することの可否について、労働契約法10条本文の要件に照らして検討する。」

「まず、使用者が、就業規則の変更により労働条件を変更する場合、変更後の就業規則が法的規範として拘束力を生ずるためには、その内容の適用を受ける事業場の労働者に実質的に周知させる必要がある(最高裁判所平成15年10月10日第二小法廷判決・判例タイムズ1138号71頁参照)ところ、本件変更により具体的な不利益を受けるのは控訴人のみであったことがうかがわれるが、同人に対し、同人に生じる具体的な不利益の内容及び程度はもとより、本件変更に関する情報提供や説明すらされた形跡はないこと・・・、行政当局に対する就業規則変更の届出も本件年末賞与の支給後であったこと・・・からすると、被控訴人が、支給前に本件変更後の就業規則(給与規程)を労働者に実質的に周知させたという前提に疑いの余地がある。

「次に、就業規則の変更が認められるためには、それが合理的なものである必要があるところ、賞与は基本的には支給対象期間の勤務に対応する賃金の性質のほか、功労報償的意味のみならず、生活補填的意味及び将来の労働への意欲向上策としての意味が込められていることからすると、業務上負傷に基づく休業期間を勤務期間に含む本件変更前の給与規程も、これを除外する本件変更後の給与規程も、それぞれ相応の合理性を有し、いずれか一方のみが相当であるとはいえない。被控訴人は、人件費を削減する高度の必要性があった旨主張するが、他方で、当該支給対象期間の削減額に対応する控訴人の不利益は小さいなどと主張しているから、本件変更後の給与規程の内容が相当であるとしても、支給対象期間の途中で本件変更を行うまでの必要性があったとはいい難い。また、控訴人の受ける不利益は必ずしも大きくないとしても、本件変更により具体的な不利益を受けるのは控訴人のみであったことがうかがわれ、本件変更時、本件労災事故により負傷し、医師の診断に基づき休業していた控訴人としては、本件変更を踏まえて、年次有給休暇等の取得により、休業期間の調整を図る余地もなかった上、控訴人に対し、緩和措置や一時金の支給等の代償措置も何ら講じられなかった。これら本件変更に関する諸事情に鑑みると、本件年末賞与の支給に当たって、控訴人のみが本件変更による不利益を受けることを正当化する合理的な理由は見出し難い。

「以上によれば、本件変更によって控訴人に対して不利益を課すことは同人に対する手続保障を著しく欠いたものであるから、本件変更は、少なくとも控訴人との関係では相対的に無効であるというべきであり、本件年末賞与の支給額の算定上、被控訴人が、本件変更に基づき、本件労災事故による休業期間を在職期間及び勤務期間に算入しなかったことは違法である。

3.狙い撃ち型の就業規則の変更による労働条件の不利益変更への対抗手段

 本裁判例は、労働条件に不利益な影響を及ぶことが原告(控訴人)だけであることに着目し、

「同人(控訴人)に対する手続保障を著しく欠いたものである」

との理由で本件変更の効力を否定しました。

 これは特定の労働者のみを狙い撃ちにする就業規則の変更については、従業員代表から意見聴取するのみでは手続的に不十分であるとの判断を示したものと理解することができます。

 本裁判例は、狙い撃ち型の就業規則の変更に対抗するための道具としても活用することができそうです。

配転に対する抗弁-職種限定合意の亜種:採用後、当分の間は職種限定する旨の合意

1.配転命令と職種限定合意

 一般論として、配転命令には、使用者の側に広範な裁量が認められます。最二小判昭61.7.14労働判例477-6 東亜ペイント事件によると、配転命令が権利濫用として無効になるのは、

① 業務上の必要性がない場合、

② 業務上の必要性があっても、他の不当な動機・目的のもとでなされたとき、

③ 業務上の必要性があっても、著しい不利益を受ける場合

の三類型に限られています。業務上の必要性が広く認められていることもあり、いずれの類型を立証することも容易ではありません。

 しかし、職種限定合意の存在を立証することができれば、権利濫用を立証できなかったとしても、配転命令の効力を否定することができます。

 職種限定合意とは「労働契約において、労働者を一定の職種に限定して配置する(したがって、当該職種以外の職種には一切就かせない)旨の使用者と労働者との合意」をいいます(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務』〔青林書院、改訂版、令3〕290頁参照)。

 職種限定合意は明示的なものに限られるわけではなく、黙示的な合意が認定されることもあります。

 従来、職種限定契約が認められやすい場合として、

「医師、看護師、自動車運転手など特殊の技術、技能資格が必要な職種の場合」や、

「職種・部門限定社員や契約社員のように定年までの長期雇用を予定せずに職種や所属部門を限定して雇用される労働者」

などが指摘されてきました(前掲『類型別 労働関係訴訟の実務』291-293頁参照)。

 この職種限定合意は、従来、殆どの事案で、ある か ない かの二択で考えられてきました。しかし、近時公刊された判例集に、

「採用後、当分の間は職種を・・・限定する旨の合意」

という概念が記述された裁判例が掲載されていました。仙台高秋田支判令4.8.31労働判例ジャーナル131-34 社会福祉法人櫛引福寿会事件です。

2.社会福祉法人櫛引福寿会事件

 本件で被告(被控訴人)になったのは、特別養護老人ホームを経営する社会福祉法人です。

 原告(控訴人)になったのは、被告との間で労働契約を締結し、栄養士として働いていた方です。

主任管理栄養士から主任介護職員に配置転換されたこと(本件配置転換)

その後、主任の任を解かれたこと(本件降格処分)

を受け、

主任管理栄養士の地位にあることの確認等を求める訴えを提起しました。

 一審が原告の請求を全部棄却したことを受け、原告側が控訴したのが本件です。

 本件の原告は、一審、二審を通じ、本件配置転換が無効である理由として、職種限定契約への違反を主張しました。

 裁判所は、結論として職種限定契約の成立を否定し、地位確認請求を棄却したものの、次のような判断を示しました。

(裁判所の判断)

「昭和61年7月19日制定当時の就業規則の規定は明らかではないものの、平成25年3月29日改正の就業規則・・・が、職員の定年は、満60歳とし、60歳に達した日の属する年度の末日をもって退職とするとしていること(12条)に照らすと、被控訴人は、長期的な雇用を前提とした正職員として控訴人を採用したことが認められる。被控訴人が職種及び資格を明示して桃寿荘に配置する予定の栄養士を募集し、栄養士の資格を有する控訴人がこれに応じて採用されたという経緯や、管理栄養士の国家試験を受験するには栄養士としての実務経験年数を必要とする場合があること(栄養士法5条の3、平成14年改正前の同法5条の4参照)等に照らすと、控訴人と被控訴人との間で、採用後、当分の間は職種を栄養士に限定する旨の合意が成立していたとみる余地はある(職種の限定は、労働者と使用者との個別の合意によることができる労働条件であるから、被控訴人の職員で、異なる職種間の人事異動をした例があること等を根拠に、直ちに職種の限定に関する合意を否定するのは相当でなく、他方、管理栄養士が介護職に配置転換される例が少ないとしても、それを根拠に、直ちに職種の限定に関する合意を認めることもできない。)。
 しかしながら、控訴人の場合、既に必要な実務経験年数を経て、管理栄養士の資格を取得するに至っており、職員採用時の受験案内に前記のような記載があることを考え併せると、控訴人に対し、長期的な雇用を前提に、当分の間はともかく、いずれは他の職種への人事異動の可能性があることは採用時の労働条件として示されていたということができ、上記の採用経緯等を踏まえても、労働契約上、控訴人の職種を栄養士又は管理栄養士に限定する旨の明示又は黙示の合意があったとは認められない。控訴人が桃寿荘に配置される栄養士として採用されてから、管理栄養士の資格に高度の専門的知識及び技術が求められるようになり、介護におけるその役割の重要性が増し、控訴人が、早くから自己研鑽に努め、管理栄養士の資格を取得し、長年、桃寿荘の管理栄養士として実務に携わっていたことを踏まえても、上記の判断は変わらない。」

3.採用後、当分の間は職種限定する旨の合意

 本裁判例が認めた、

「採用後、当分の間は職種を・・・限定する旨の合意」

という概念は、かなり画期的なものだと思います。

 従来、職種限定契約は、労働者側で「ある」と積極的に立証できない限り、認められないものと扱われてきました。しかし、上述のような合意の存在が認められるのであれば、従来「認められない」として切り捨てられてきた領域の一部を掬い上げられる可能性があります。

 今後、採用後、すぐに配転されているようなケースでは、

「採用後、当分の間は職種を・・・限定する旨の合意」

という概念を積極的に活用して行くことが考えられます。

 

営業成績を算定基礎とする退職金の法的性質をどのように考えるのか

1.退職金不支給・減額条項の限定解釈

 懲戒解雇など一定の事由がある場合に、就業規則等で退職金を不支給・減額支給とする条項が置かれることがあります。これを退職金不支給・減額条項といいます。

 この退職金不支給・減額条項に基づいて、退職金を不支給・減額支給することができるのかという論点があります。

 この問題について、佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕は、

「退職金は・・・賃金の後払いとしての性格とともに功労報償という性格を併せもっているのが通常であり、その功労報償的性格からして、勤務中の功労が抹消、減殺されるような場合には、退職金を不支給・減額支給とすることも許されると解されている。」

「もっとも、退職金が賃金の後払い的性格を有しており、労基法上の賃金に該当すると解されることからすれば、退職金を不支給又は減額支給とすることができるのは、労働者の勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほどの著しく信義に反する行為があった場合に限られると解するのが一般的である・・・。」

「退職金不支給・減額措置の当否の判断において考慮すべきポイントとしては、①労働者の行為それ自体の背信性の強弱のほか、②退職金の性格の中に功労報償的要素が占める度合い、③使用者が被った損害の大きさ、被害回復の容易性、④労働者のそれまでの功労の大小、⑤これまでに退職金が不支給・減額となった事案の有無・内容(他の事例との均衡)などが考えられる」

と記述しています(同文献588-592頁参照)。

 しかし、抽象的には上述のように言えるとしても、ある退職金を功労報償とみるのか賃金の後払いとみるのかの判断は、それほど容易ではありません。

 例えば、営業成績を算定基礎とする退職金の法的性質は、どのように理解されるのでしょうか?

 貢献度に応じて支払うという意味においては、純粋な功労報償という見方ができるかも知れません。しかし、営業活動という労務の対償であるという見方も可能なはずであり、この観点から賃金の後払い的な性格も併有しているという評価も成り立ちます。

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令4.6.10労働経済判例速報2504-27 ジブラルタ生命保険事件です。

2.ジブラルタ生命保険事件

 本件で原告になったのは、生命保険業等を行う株式会社です。

 被告になったのは、原告の保険営業社員として入社し、生命保険契約の募集等に従事していた方2名です。

 退職金規程に基づいて被告らに退職金を支払ったものの、在職中に懲戒解雇処分事由に相当する事実があったとして、本件の原告は、被告らに対し、既払退職金の返還を求める訴えを提起しました。

 被告らに支給された退職金の計算式は、獲得した契約を算定基礎する形になっていたため、本件の原告は、

「退職金規程は、勤続3年以上の営業社員が退職し、解雇される場合に支給する基本退職金と、定年等所定の理由により退職する場合に別途支給する加算金を定めている。基本退職金は、営業社員が自ら販売した契約のうち、退職日直前の15日の時点で有効に継続し、申込みから1年以上継続し、かつ、保険料が入金されている契約を算定対象として、基本退職基準額を算出し、退職事由と退職日までの勤続年数に応じた支給係数を乗じて算出する。また、加算金は、基本退職金の算定基礎にならなかった契約で、退職基準日の1年後の同日の時点で、有効に継続し、申込から1年以上継続し、かつ、保険料が入金されている契約を算定対象として加算基準額を算定し、一定の支給係数を乗じて算出する。このように、原告の支払う退職金は、原告への貢献度に応じた功労報酬を企図したものであり、賃金の後払い的性格を有していない

などと主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、退職金には後払い的性格も含まれていると判示しました。

(裁判所の判断)

「上記退職金規程における定めは、被用者の在職中の違法・不当行為の発生を防止するなどの趣旨に基づくものと解されるところ、退職金規程においては、基本退職金について、要旨、営業社員として自ら販売した契約で、退職基準日において有効に継続しており、申込日より1年以上経過し、かつ、1年を超える期間の保険料が支払われているものを算定基礎とし、これに退職事由及び勤続年数に応じた支給係数を乗じて算出されると定め、加算金について、要旨、基本退職金の算定基礎に含まれない営業社員として自ら販売した契約で、退職基準日の1年後において有効に継続しており、申込日より1年以上経過し、かつ1年を超える期間の保険料が支払われているものを算定基礎とするものと定めていたものと認めることができるのであって・・・、このような原告の定める退職金の性質に照らせば、在職中に獲得した成果を基礎とするものということができ、賃金の後払い的性格と功労報償的性格を有するものということができる。このような性質を併有する退職金については、懲戒処分を受け、又は事後に懲戒処分の原因が発見された場合に退職金を不支給とし、あるいは返還を求めることができるとする定めがあったとしても、懲戒解雇によって労働契約上の地位を将来に向かって解消することが許容される場合であっても、当然に退職金を不支給とし、返還させることに合理性があるとはいい難く、これを不支給・返還させることができるのは、当該懲戒解雇事由の内容、程度、損害の有無、程度等に照らして、当該労働者が使用者に採用されて以降の長年の勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほどの著しく信義に反する行為があった場合に限られると解するのが相当である。」

3.どのような要素がポイントになるのか

 退職金の法的性質について、

純粋な功労報償なのか賃金の後払い的な性格も含むのか、

賃金の後払い的な性格も含まれるとして、その構成比率をどのように捉えるのか、

を判断するにあたり、どのような要素がポイントになるのかは、従来、必ずしも厳密に考えてこられなかったように思われます。

 本件の裁判所の判示は、退職金の法的性質を検討するにあたり参考になります。

 

通報する順番-先ず社内、次が行政機関

1.違法行為を通報する順番

 勤務先の違法行為を行政機関に通報できないかという相談を受けることがあります。

 行政機関への通報が許容されるための要件は公益通報者保護法等の法令に規定されています。法令に規定されている要件に合致している限り、通報することには何の問題もありません。

 しかし、私としては、先ずは勤務先内部の通報窓口への相談を勧めることが多いように思います。

 主な理由は二つあります。

 一つ目は、勤務先による情緒的な対応を緩和できることです。いきなり外部機関に通報すると、勤務先からの情緒的な反発を招きがちです。もちろん、公益通報等を理由とする解雇や不利益取扱は法令で禁止されているのですが(公益通報者保護法3条、5条等参照)、通報が保護要件を満たしていないなど、なんだかんだ理由をつけられて報復を受けることが少なくありません。最初に内部通報を行っておけば、こうした情緒的な対応は幾分かは緩和される例が多いです。

 二つ目は、保護要件を満たしているのかを慎重に検討できることです。通報者が法的な保護を受けるためには、一定の要件を充足している必要があります。行政機関などの外部機関への通報は、勤務先が違法行為をしていると無根拠に思い込んでいたような場合には保護されません。例えば、公益通報者保護法3条2号は、

「通報対象事実が生じ、若しくはまさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由がある場合」

などを行政機関への通報が保護されるための要件として規定しています。真実は違法行為は存在しないのに、不用意に違法行為があるものと軽信して通報を行った場合、「相当の理由がない」として法律上の保護を受けることはできません。先ず内部の相談窓口に通報し、会社側の見解を質し、確認しておくことは、軽率な通報を防ぐという観点からも重要な意味を持ちます。

 もちろん、事案によっては直ちに行政機関に通報することが適切な事案もありはするのですが、経験知的には内部⇒行政機関と順番を踏むのがセオリーです。

 近時公刊された判例集にも、一足飛びに行政機関に通報することのリスクを読み取ることのできる裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、東京地判令4.6.22労働経済判例速報2504-3 グッドパートナーズ事件です。

2.グッドパートナーズ事件

 本件で被告になったのは、主に介護の仕事を紹介する人材派遣会社です。

 原告になったのは、被告との間で、派遣・雇用期間を、

平成31年2月3日~同年3月31日

とする労働契約を締結し(本件契約)、Q1の設営する有料老人ホーム(本件施設)に派遣されていた夜勤専従の介護福祉士の方です。原告と被告との間で取り交わされた「雇用契約書(兼)就業条件明示書」には「更新する場合があり得る。」との記載がありました。

 平成31年2月21日、原告は、被告から、本件契約が、

令和元年5月31日までの2か月間更新されることが確定した

旨の電子メールを受信しました。

 しかし、平成31年2月25日の勤務終了後、原告の方は、施設職員による利用者への虐待行為があるとして、その旨を本件施設の副施設長に報告するとともに、行政機関への通報を行いました(なお、行政機関は後に高齢者虐待の事実はなかったと結論付けています)。

 その後、平成31年3月6日、被告は、原告に対し、契約更新を取消し、新たな仕事の紹介もしないと通知し、同年4月以降の本件契約の更新を拒絶しました。

 これに対し、原告の方が、雇止めの違法無効を主張し、被告に対して労働契約上の権利を有する地位にあることの確認や、損害賠償を求めたのが本件です。

 損害賠償との関係で、原告は、

「(高齢者虐待防止法21条)7項では、・・・通報による不利益取扱いを禁止しているところ、本件雇止めは原告が本件通報行為をしていたことを理由とする不利益取扱に該当し、違法である」

と述べ、不法行為の成立を主張しました。

 しかし、裁判所は、平成31年3月31日付けの雇止めを違法無効としながらも、次のとおり述べて、不法行為の成立を否定しました。

(裁判所の判断)

「本件雇止めは、実質的には、原告が被告に報告することなく、本件通報行為に及んだことを理由としてなされたものと認めるのが相当である。」

(中略)

「一般に、雇止めによって生じた精神的苦痛については、雇止めが無効であるとして、労働契約上の地位が確認されたり、雇止め後の賃金が支払われたりすることによって慰謝されるのが通常であり、侵害行為の悪質性等によって特段の精神的苦痛が生じたものと認められない限り、不法行為に基づく慰謝料を請求することはできないと解するのが相当である。」

(中略)

「本件においては、本件虐待行為の存在を裏付ける証拠は、原告の供述(原告が作成した文書を含む。)以外にはないものということができる。」

(中略)

「高齢者虐待防止法においては、虐待の通報を行う際に客観的な証拠がることは要件となっておらず、使用者において、資料の不存在を理由とする不利益取扱が直ちに許容されるものでないことはいうまでもない。とはいえ、本件についてみれば、不法行為の成否が争われている中でも、上記のとおり原告の供述等のほかに本件虐待行為の存在を裏付ける証拠はなく、高齢者虐待防止法に基づく通報についても、虚偽であるもの及び過失によるものについては不利益取扱の禁止の対象から除外されており(同法21条6項)、あらゆる通報が保護されるべきものとされているわけではないことをも踏まえれば、少なくとも不法行為の成否の判断においては、本件虐待事実の実在及び原告における被侵害利益の有無について疑義があるということができ、加えて、証拠・・・から認められる本件施設の関係者の言動からすると、本件通報行為をしたことそれ自体を殊更に問題視して、原告を排斥しようとする発言は見受けられず、前記のとおりのP1の言動からすると、本件雇止めは、本件通報行為をしたことそれ自体ではなく、事前に被告に報告することなく当該行為をしたことを理由とするものであるということができるところ・・・、事前の報告を求めることの相当性(高齢者虐待防止法上、通報前にいずれかに報告すべき義務はない。)や、報告をしないことを理由とする雇止めが有効となり得るかは別途問題になり得るとしても、本件の事実関係(前記のとおり、原告は本件通報行為を行う前に本件施設の副施設長に本件虐待行為についての報告をしており、被告に対して報告をする時間的余裕がなかったとは認められない。)に照らせば、事前の報告を求めることそれ自体が、原告の権利の行使を殊更に妨げるような違法性の高い行為であるとまでは認め難い。

「上記諸事情に照らせば、本件雇止めについては、これが無効であることは前記のとおりであるが、その違法性の程度が著しいとか、侵害行為が悪質であるとまではいえず、原告において経済的な不利益を填補されてもなお慰謝されるべき精神的苦痛があるとは認められない。他にかかる精神的苦痛があるとは認められない。不応行為の成立に基づく慰謝料請求については理由がない。」

3.通報は落ち着いてやることが大事

 個人的な印象として、裁判所は、通報行為に対してそれほど暖かい態度をとっていないように思います。

 本件のように雇止めの理由が通報であることを認定できるようなケースでは、広く掬い上げたうえでスクリーニングをするという高齢者虐待防止法の構造に照らし慰謝料請求が認められてもいいのではないかとも思うのですが、裁判所は、被告への報告なく通報行為をしたことは問題だといった考え方のもと、不法行為の成立を否定しました。

 こうした事案があることも踏まえると、やはり、いきなり行政機関に通報することが相当なケースは限定的だと思っておいた方がよさそうです。

 

派遣期間満了による労働契約の終了に雇止め法理の適用が認められた例(使用者の言動による合理的期待の肯定)

1.労働者派遣契約と雇止め法理

 有期労働契約は期間の満了により終了するのが原則です。

 しかし、①有期労働契約が反復更新されて期間の定めのない労働契約と同視できるような場合や、②有期労働契約の満了時に当該有期労働契約が更新されると期待することに合理的な理由がある場合、使用者が期間満了により雇用契約を主張することに、一定の制限が加えられます。具体的に言うと、労働者が契約の更新を望む場合、客観的合理的理由・社会通念上の相当性が認められなければ、更新を拒絶することができなくなります(労働契約法19条)。法定化される前の呼び名にちなみ、このルールは雇止め法理と言われることがあります。

 この雇止め法理は労働者派遣と極めて相性が悪い関係にあります。

 厚生労働省労働基準局長通知平成24年8月10日基発0810第2号(最終改正:平成30年12月28日)は、労働契約法19条の解釈に関し、

「法第19条第1号又は第2号の要件に該当するか否かは、これまでの裁判例と同様、当該雇用の臨時性・常用性、更新の回数、雇用の通算期間、契約期間管理の状況、雇用継続の期待をもたせる使用者の言動の有無などを総合考慮して、個々の事案ごとに判断される」

と規定しています。

 しかし、労働者派遣法は「常用代替の防止」という考え方のもとで制度設計されています。

平成27年労働者派遣法の改正について

 労働者派遣の場合、雇止め法理の適用の可否を決する考慮要素の筆頭に掲げられている「雇用の・・・常用性」が必ず否定される関係にあります。そのため、派遣労働者が雇止め法理による保護を主張することは原理的に困難だと考えられています。

 実際、最二小判平21.3.27労働判例991-14 伊予銀行・いよぎんスタッフサービス事件は、大意、

労働者派遣法は、派遣労働者の雇用の安定だけではなく、常用代替の防止をも立法目的としている、

同一労働者の同一事業所への派遣を長期間継続することは、常用代替防止の観点から法的に予定されていない、

したがって、派遣労働者の雇用継続に対する期待は合理性を有しない、

との論理で派遣労働者への雇止め法理の適用を否定した一審、二審の判断を支持し、労働者側の上告、上告受理申立を退けています。

 こうした議論状況のもと、派遣労働者に雇止め法理の適用を認めた裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令4.6.22労働経済判例速報2504-3 グッドパートナーズ事件です。

2.グッドパートナーズ事件

 本件で被告になったのは、主に介護の仕事を紹介する人材派遣会社です。

 原告になったのは、被告との間で、派遣・雇用期間を、

平成31年2月3日~同年3月31日

とする労働契約を締結し(本件契約)、Q1の設営する有料老人ホーム(本件施設)に派遣されていた夜勤専従の介護福祉士の方です。原告と被告との間で取り交わされた「雇用契約書(兼)就業条件明示書」には「更新する場合があり得る。」との記載がありました。

 平成31年2月21日、原告は、被告から、本件契約が、

令和元年5月31日までの2か月間更新されることが確定した

旨の電子メールを受信しました。

 しかし、平成31年2月25日の勤務終了後、原告の方は、施設職員による利用者への虐待行為があるとして、その旨を本件施設の副施設長に報告するとともに、行政機関への通報を行いました(なお、行政機関は後に高齢者虐待の事実はなかったと結論付けています)。

 その後、平成31年3月6日、被告は、原告に対し、契約更新を取消し、新たな仕事の紹介もしないと通知し、同年4月以降の本件契約の更新を拒絶しました。

 これに対し、原告の方が、雇止めの無効を主張し、被告に対して労働契約上の権利を有する地位にあることの確認等を求めたのが本件です。

 本件の裁判所は、次のとおり述べて、平成31年5月31日時点における更新の期待こそ否定したものの、平成31年3月31日時点での更新に対する合理的期待を認めました。

(裁判所の判断)

「本件契約に係る契約書には、更新があり得る旨の記載があったところ・・・被告の職員であるP3は、平成31年2月21日、原告に対し、本件契約が更新されるとの内容の本件メールを送信したものである。」

「本件メールは、本件契約の更新が確定したことを内容とするものであるから、これを受信した原告において、初回の契約満了時である同年3月31日の時点において、本件契約が更新されることについて強い期待を抱かせるものであったということができる。そうすると、原告には、同日時点んいおいて、本件契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があると認められる。」

(中略)

「本件メールの内容は、2か月間と期間を明示して、本件契約の更新が確定したことを内容とするものであり、令和元年6月以降の更新について期待を生じさせるような内容ではなかったというべきである。」

「そして、本件メール以外に、被告において同月以降の更新につき期待させるような言動があったと認めるに足る証拠はなく、本件契約を締結した当初において、長期にわたる更新が予定されていたことを窺わせる事情も認められない。加えて、本件雇止めが本件契約の初回の更新時にされたものであり、雇用継続に対する期待を生ぜしめるような反復更新もされてなかったことからすると、本件メールに記載のない二度目以降の契約更新について、原告が更新を期待することに合理的な理由があったと認めることはできない。」

3.派遣契約であるのに合理的期待が認められた

 伊予銀行・いよぎんスタッフサービス事件以降、派遣労働者を雇止め法理により保護することは難しいというのが実務家の一般的な感覚になっていたのではないかと思います。

 私も派遣労働者を雇止めから守ることは難しいとの認識に立っていたのですが、本件は派遣労働者に対する雇止め法理の適用を認めました。2回目以降の更新の期待こそ否定されたものの、この判断は画期的なものだと思います。一律に雇止め法理の適用が否定されるわけではなく、事情によっては雇止め法理の適用があることが明らかになったからです。

 本件は派遣労働者の雇止めに関する問題を考えるにあたり、重要な意味を持つ先例になるのではないかと思います。