弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

精神障害の悪化の業務起因性の判断が緩和された例

1.精神障害の悪化事案における業務起因性

 精神障害の労災認定について、厚生労働省は、

平成23年12月26日 基発1226第1号「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(最終改正:令和2年8月21日 基発0821第4号)

という基準を設けています。

精神障害の労災補償について|厚生労働省

https://www.mhlw.go.jp/content/000661301.pdf

 この認定基準は、

対象疾病を発病していること(第一要件)、

対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること(第二要件)、

業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこと(第三要件)、

の三つの要件が満たされる場合、対象疾病を業務上の疾病として取り扱うとしています。

 精神障害の「発病」の場合、この第二要件には、二つの類型が設けられています。

 A「特別な出来事」に該当する出来事がある場合と、B「特別な出来事」に該当する出来事がない場合の二つです。

 「特別な出来事」というのは、

「生死にかかわる、極度の苦痛を伴う、又は永久労働不能となる後遺障害を残す業務上の病気やケガをした」

「発病直前の1か月におおむね160時間を超えるような、又はこれに満たない期間にこれと同程度の(例えば3週間におおむね120時間以上の)時間外労働を行った」

といったように極度の心理的負荷を生じさせる出来事や、極度の長時間労働をいいます。

 「特別な出来事」ではない出来事というのは、

(重度の)病気やケガをした、

業務に関連し、重大な人身事故、重大事故を起こした 、

仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった、

といったように、「特別な出来事」ほどではないものの、労働者に心理的負荷を生じさせる出来事をいいます。

 他方、既に存在していた精神障害の「悪化」に労災(業務起因性、精神障害と業務との相当因果関係)が認められる範囲は、「発病」の場合よりも限定的に理解されています。

 具体的に言うと、

「業務以外の原因や業務による弱い(『強』と評価できない)心理的負荷により発病して治療が必要な状態にある精神障害が悪化した場合、悪化の前に強い心理的負荷となる業務による出来事が認められることをもって直ちにそれが当該悪化の原因であるとまで判断することはできず、原則としてその悪化について業務起因性は認められない。

「ただし、・・・『特別な出来事』に該当する出来事があり、その後おおむね6か月以内に対象疾病が自然経過を超えて著しく悪化したと医学的に認められる場合については、その『特別な出来事』による心理的負荷が悪化の原因であると推認し、悪化した部分について、労働基準法施行規則別表第1の2第9号に該当する業務上の疾病として取り扱う。

とされています。

 つまり、発病の場合に認められているB類型がなく、A類型に該当する場合にしか労災は認められないのが原則です(ただし、寛解後に要治療状態になった場合、それは悪化ではなく発病として扱われます)。

 「心理的負荷による精神障害の認定基準について」は行政解釈を示したものですが、その内容には合理性があるとして、多数の裁判例が精神障害の業務起因性の判断の参考にしています。

 このような状況の中、近時公刊された判例集に「特別な出来事」に該当する出来事がなくても精神障害の悪化に業務起因性が認められると判断した裁判例が掲載されていました。福岡地判令4.3.18労働経済判例速報2499-9 北九州東労働基準監督署長事件です。

2.北九州東労働基準監督署長事件

 本件で原告になったのは、昭和51年生まれの男性で、大学卒業後、システムエンジニア業務に従事していた方です。平成23年4月に「うつ、不安障害」を発病し(本件発病)、平成27年4月に症状が悪化したと主張して(本件悪化)、北九州東労働基準監督署長(処分行政庁)に対して労災(療養補償給付)を請求しました。これに対し、処分行政庁が不支給処分(本件処分)を行ったため、審査請求、再審査請求を経て、本件処分の取消を求める訴えを提起しました。

 この事案で、裁判所は、次のとおり判示し、本件発病の業務起因性を否定したうえ、本件悪化の業務起因性を認めました。

(裁判所の判断)

「本件発病前の出来事の心理的負荷は、いずれも『小』ないし『中』にとどまるというべきであり、業務による心理的負荷が、平均的労働者を基準として、社会通念上客観的にみて、精神障害を発病させる程度に強度であったとは認められない。」

「したがって、本件発病について、原告の業務との相当因果関係(業務起因性)を認めることはできず、本件発病の業務起因性が認められないとした判断に、違法はない。」

(中略)

「専門検討会報告書(乙6)によれば、一般に、既に精神障害を発病して治療が必要な状態にある者は、病的状態に起因した思考から自責的・自罰的になり、些細な心理的負荷に過大に反応するのであり、悪化の原因は必ずしも大きな心理的負荷によるものとは限らないこと、自然経過によって悪化する過程においてたまたま業務による心理的負荷が重なっていたにすぎない場合もあることなど、精神障害の特性を考慮すると、悪化の前に強い心理的負荷となる業務による出来事が認められたことをもって、直ちにそれが精神障害の悪化の原因とまで判断することは医学上困難であるとして、悪化の場合について業務起因性が認められるのは、既に精神障害を発症している労働者本人の要因が業務起因性の判断に影響することが非常に少ない極めて強い心理的負荷があるケース、具体的には評価表上の「特別な出来事」に該当する出来事があり、その後概ね6か月以内に精神障害が自然経過を超えて著しく悪化したと認められる場合であるとされ、認定基準上も、これと同様の要件を要求するものとされている。」

「かかる判断基準は、ストレス-脆弱性理論の考え方と整合的であり、行政処分の迅速かつ画一的な処理という認定基準の趣旨からしても一定程度の合理性を有するものといえる。しかし、認定基準に裁判所の判断が拘束されるものではないことは上述のとおりであり、専門検討会報告書上も、精神障害で長期間にわたり通院を継続している者の、症状がなく(寛解状態にあり)、または安定していた状態で、通常の勤務を行っていた者の事案については、『発病後の悪化』の問題としてではなく、治ゆ(症状固定)後の新たな発病として判断すべきものが少なくないことや、発病時期の特定が難しい事案について、些細な言動の変化をとらえて発病していたと判断し、それを理由にその後の出来事を発病後のものと捉えることは適当でない場合があることに留意する必要があるとされており、そもそも当該事案が『発病後の悪化』であるかの特定自体に一定程度の困難が伴うことがうかがわれ、かかる事情如何によって判断基準が大きく異なるのは、業務を要因とする労働者の疾病等に対して公正な保護を実現するという労災保険法の趣旨(同法1条)に悖るというべきであるから、裁判所としては、上記の専門検討会報告書の考え方を踏まえた上で、当該労働者の具体的な病状の推移や具体的な出来事の内容等を総合考慮し、相当因果関係の認定を行えば足りるものと解される。」

「したがって、一旦業務外の要因によって精神障害を発病したと認められる労働者がその後精神障害を発病ないし悪化した事案の相当因果関係判断についても、後者の発病ないし悪化の時点で前者の発病が寛解に至っていたか否かで形式的に異なった基準を適用するのではなく、発病ないし悪化時点での当該労働者の具体的な病状の推移、個別具体的な出来事の内容等を総合考慮した上で、業務による心理的負荷が、平均的労働者を基準として、社会通念上客観的にみて、精神障害を発病させる程度に強度であるといえ、業務に内在する危険が現実化したと認められる場合には、当該発病ないし悪化についても業務との相当因果関係を認めて差し支えないものと解される。

(中略)

「原告は、平成27年2月まで、Iと二人体制で評価システムの構築等に係る業務を行っていたが、同年3月以降、この業務を一人で行うこととなったことは前記のとおりである・・・。そして、Iが同年2月末日をもって離任することは従前から予定されており、原告もこれを認識した上で業務を行っていたものの、Iが同年2月中下旬頃に予定外の休暇を取得したことで十分な引継ぎができなかったことや、同年3月に入ってから外部のメーカー側のミスなどによって業務が遅延し、結局、原告は、同月下旬頃、一人で工数の遅れ(同月11日時点で少なくとも3.6人日分)を挽回することになったと認められ・・・、その結果、同月3日から同年4月2日までの1か月間の時間外労働時間数は、概ね100時間に達し(なお、同年2月2日から3月3日までの時間外労働時間数は10時間弱にとどまる。)、同年3月19日から同年4月2日まで、15日間の連続勤務を行うこととなった。」

かかる出来事は、『仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった』(評価表15番)や『複数名で担当していた業務を1人で担当するようになった』(評価表23番)に該当し、特に、仕事量が増加して著しく時間外労働時間数が増え、業務に多大な労力を費やす状況に至っていたといえるから、心理的負荷は『強』と評価すべきである。

(中略)

上記・・・のとおり、本件悪化前には、心理的負荷を『強』とすべき出来事があったと認められ、業務による心理的負荷が、平均的労働者を基準として、社会通念上客観的にみて、精神障害を発病させる程度に強度であったというべきである。

「また、上記・・・のとおり、本件悪化以前に原告が寛解に至っていたとまでは認められないものの、平成27年2月頃の時点で原告の病状は相当程度安定していたこと、原告には、同年2月下旬頃から、病状悪化の兆候が見られるところ・・・、この頃は丁度、Iが業務から離れることとなり原告の業務量が増大し始めた又は増大することが現実的に予想されるようになった時期であり、原告の症状が顕著に悪化したといえる同年4月2日は、まさに15日間の連続勤務の最終日であり、原告の病状は業務上の負担に応じて悪化に向かっていることからすると、本件悪化は、原告の病状が自然的に増悪したものではなく、まさに業務に内在する危険が現実化したものと認められる。」

したがって、本件悪化については、業務との相当因果関係(業務起因性)が認められるというべきである。

3.悪化類型にも「特別な出来事以外」の心理的負荷表を用いている

 上述のとおり、本裁判例は、「特別な出来事」がなければ悪化に業務起因性が認められないとする考え方を否定しました。

 そのうえで、「特別な出来事以外」の具体的出来事が書かれた心理的負荷表を参照し(判決文中の「評価表」とあるのがそれです)、強い心理的負荷が発生しているとして、本件悪化に業務起因性を認めました。

 悪化類型の労災・業務起因性は容易には認められません。そうした中、本件のような裁判例が出現したことは画期的なことです。本裁判例は、今後、悪化事案の労災認定、業務起因性・相当因果関係の論証で活用して行くことが考えられます。

 

言動がなくてもコース別人事制度における女性への差別的取扱いが認められた例

1.職種変更からの排除が問題になった事例

 以前、

総合職への職種転換の機会を一般職女性から奪ったことが違法とされた例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

という記事の中で、横浜地判令3.3.23労働判例1243-5 巴機械サービス事件という裁判例を紹介しました。

 この裁判例は、コース別人事制度における女性差別が問題になった事案です。女性差別は現代においても確かに存在しますが、表立って差別をすると社会的に厳しい批判を浴びるためか、立証が困難な形に潜在化しています。そうした状況の中、女性に対する差別的取扱いの立証が奏功した事案として注目を集めました。男女差別の違法性を認定した判示は次のとおりです。

(横浜地方裁判所の判断)

「原告両名以外の一般職の女性が、一般職から総合職への転換を希望したか否かは証拠上明らかではないものの、以上のとおり、少なくとも原告両名は、それぞれ総合職への転換を希望する意思を明確に伝えているものと評価できるのに・・・、総合職への転換ができてないことはもとより、被告が原告両名に、総合職への転換を勧めたり、転換に必要となる具体的基準や手続等を示したりしたことすらなく、かえって原告X1は、I社長から、女性に総合職はない旨の回答を受けている・・・ことからすれば、被告は、原告両名について、女性であることを理由として一般職から総合職への転換の機会を与えていないものと強く推認される。

「この点、被告は、これまでに職種転換制度を運用しなかった理由として、適切な人材が現れなかったことを主張し、証人Gは、これに沿う陳述・供述をするが・・・、その内容は抽象的にとどまっていてにわかに信用しがたい上、少なくとも、原告両名について、総合職としての適格性を真摯に検討したことをうかがわせるに足りる的確な証拠はない。また、仮に被告が原告両名の経験や資格、能力等に疑問を持つのであれば、具体的かつ適切な基準を設けて職種転換制度を整備し、当該制度を適用する中で、総合職への転換の可否を判断すれば足りるのであり、制度自体を整備ないし運用しないことについての合理的な理由は、何ら見当たらないから、前記被告の主張を考慮しても、前記推認を覆すには至らない。」

「そうすると、遅くとも、原告両名が総合職への転換を希望する意向を表明した時期(原告X1については遅くとも平成29年10月ころ、原告X2については遅くとも平成27年4月ころ)以降、被告は、原告両名に対し、総合職への転換の機会を提供せず、これによって総合職を男性、一般職を女性とする現状を固定化するものであるところ、この点について、合理的な理由が認められないのであるから、職種の変更について性別を理由とした差別的取扱いを禁止する雇用機会均等法6条3号に違反し、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保を図ることを目的とした同法1条の趣旨に鑑み、被告が、原告両名に対し、本件コース別人事制度の運用において、総合職への転換の機会を提供しなかったことは、違法な男女差別に当たるというべきである。」

 この裁判例で男女差別が認定されたのは、被告社長の

「女性に総合職はない」

という発言が効いているように見えます。

 そのため、社長の失言でもなければ、やはり男女差別の立証は難しいままではないかと思っていたのですが、どうやらそういうわけでもなさそうです。この事件の控訴審判決(東京高判令4.3.9労働判例1275-92 巴機械サービス事件)が、被告社長の上記発言を認定事実から除外しながらも、原判決を維持する判断をしたからです。

2.巴機械サービス事件(控訴審)

 近時掲載されていた公刊物に掲載されていた巴機械サービス事件の判旨は次のとおりです。地裁の判断(原告2名に対し慰謝料として各100万円を認容)に対し、原告被告の双方から控訴がありましたが、裁判所はいずれの控訴も棄却しました。

(東京高裁の判断)

「原判決29頁20行目冒頭から同23行目末尾までを次のとおり改める。」

なお、一審原告X1は、平成26年12月19日頃、当時の一審被告の社長(I)との面談において、自身が総合職に転換することが可能か否かを尋ねたところ、同社長から『女性に総合職はない』との回答がされたとの主張をし、その本人尋問においても同旨の供述をするが、一審被告は上記発言があったことを否認していること、同社長自身も、サガミ工場にいる一般職から総合職に転換した女性従業員に話を聞いてきてみたらどうか、とは話したが、上記のような『女性に総合職はない』などという発言をしたことはなく(親会社であるF〈出向元〉グループ企業倫理委員会のオブサーバーやコンプライアンス点検・訓練活動の取りまとめも行っており、また、Fにおいて、何名もの女性職員が総合職に転換してきたのを見てきているので、そのような発言をするはずがない。)、あるとすれば『一審被告においては、それまでに一般職から総合職に転換した例はない。』と言ったのを一審原告X1が聞き間違えたのではないかという趣旨の陳述書(乙13)を作成していることに照らせば、一審被告のI社長が上記のような発言をしたことについては、なお疑問の余地があり、これを認めるに足りない。

(中略)

「よって、原判決は相当であり、一審原告らの控訴及び一審被告の控訴は理由がないから、これをいずれも棄却するとともに、一審原告らが当審において拡張した請求は理由がないから、これをいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。」

3.言動がなくても男女差別が認定された

 控訴審判決は被告社長の差別的発言を事実として認定しませんでした。それでも男女差別を認定した原審の判断が揺るがなかったのは、代表者の言動がなくても差別を認めるという意思表明だと受け取ることができます。

 控訴審判決は、男女差別の立証の在り方という観点からも、大きな意義のある裁判例であるように思われます。

賃金センサスを下回る賃金水準でも管理監督者性を認めていいのか?

1.管理監督者性

 管理監督者には、労働基準法上の労働時間規制が適用されません(労働基準法41条2号)。俗に、管理職に残業代が支払われないいといわれるのは、このためです。

 残業代が支払われるのか/支払われないのかの分水嶺になることから、管理監督者への該当性は、しばしば裁判で熾烈に争われます。

 管理監督者とは、

「労働条件その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者」

の意と解されています。そして、裁判例の多くは、①事業主の経営上の決定に参画し、労務管理上の決定権限を有していること(経営者との一体性)、②自己の労働時間についての裁量を有していること(労働時間の裁量)、③管理監督者にふさわしい賃金等の待遇を得ていること(賃金等の待遇)といった要素を満たす者を労基法上の管理監督者と認めています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ」〔青林書院、改訂版、令3〕249-250頁参照)。

 このうち③の要素との関係では、

「定期に支給される基本給、その他の手当において、その地位にふさわしい待遇を受けているか、賞与等の一時金の支給率やその算定基礎において、一般労働者に比べて優遇されているかなどに留意する必要がある」

とされています(前掲『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ』253頁参照)。

 このように「待遇」を評価するうえでは一般労働者との対比が重要な視点とされています。しかし、管理監督者性の判断にあたり、一般労働者との相対的な優位性だけを見ることが妥当といえるのでしょうか? 管理監督者として労働時間の枠組みを外すにあたっては、やはり絶対的な意味でも一定の処遇が必要ではないのでしょうか? 特に、賃金センサスを下回るような処遇でも管理監督者性を認めることが許されるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判令4.8.29労働判例ジャーナル130-26 F.TEN事件です。

2.F.TEN事件

 本件で被告になったのは、瓦・屋根材・壁材販売卸及び施工等を業とする株式会社です。

 原告になったのは、被告で本社営業部長の地位にあった方です。退職した後、時間外労働等を行ったとして割増賃金(残業代)を請求する訴えを提起したのが本件です。

 被告は原告の管理監督者性を主張するなどして、請求の棄却を求めました。

 この事案で、裁判所は、次のとおり判示し、原告の管理監督者性を認めました。

(裁判所の判断)

「労基法においては、労働時間は一日8時間以内が原則とされ(労基法32条2項)、これを超えて労働させた場合には割増賃金の支払が必要とされている(労基法37条1項)。他方で、管理監督者については、労働時間、休憩及び休日に関する労働基準法の規定の適用が除外されているところ(労基法41条2号)、これは、管理監督者が、その職務権限・責任の重要さから同法の定める労働時間に関する規制を超えて活動することが求められる立場にあり、その権限・責任の帰結として自らの労働時間は自らの裁量で律することができることや、その地位に応じた高い待遇を受けることなどから、労働時間等に関する規定の適用の対象外としても、労基法1条の基本理念、同法37条1項の趣旨等に反せず、かつ、労働時間の規制を適用するのが不適当であるためと解される。そうすると、管理監督者に当たるというためには、その役職の名称のみから判断するのではなく、実態に即して判断する必要があり、職務内容、権限及び責任の重要性、労働時間に関する裁量、待遇等の観点から総合的に検討することが必要である。」

・職務内容、権限及び責任の重要性について

「被告の組織図・・・をみると、原告より上位に配置されているのは被告代表者とP9専務のみであったこと(なお、P9専務は非常勤勤務)、原告はP6営業所も監督していたこと、原告は本社の営業部長であったこと、本社を含めて原告以外に『部長』は配置されていないこと、原告自身が、本社営業部長より上の地位は役員ぐらいである旨自認していること・・・、韓国旅行への原告以外の参加者が、被告代表者、P9専務、被告の後継者であるP9専務の息子であったことなどからすれば、原告は、被告において上から3番目の地位にあったものと評価することができ、このことは、原告が、自らが所属する本社のみならず、P4支店の従業員に対して、P4支店長を通すことなく積算作業を指示していること・・・からもうかがわれる(なお、原告は、P4支店のP10支店長に相談して了承を得た旨主張するが、相談・了承の形跡はうかがわれない。)。」

「また、原告は、ルート営業部の売上目標を立てているところ・・・、本社の営業部門という主要部門の売上目標を立てるということは、被告の経営に関する重要な事柄であるということができる。」

「さらに、原告は、平成30年の盆休みに会議のために被告代表者、P9専務及びP9専務の息子とともに韓国にバカンスを兼ねた重役会議に行っているところ・・・、その参加者に照らせば、経営の首脳陣のみが参加するものであったということができ、取引先約600社に発行するP2レポートという被告の認識する市場の動向やメーカーの動向を記載した書面の最終確認をしていたこと・・・、原告が部門長会議のアジェンダを作成したり、司会進行を担当していたほか、部門長会議の開会挨拶をも担当していたこと、ほかに部門長会議で挨拶・報告担当として名前が挙がっているのが被告代表者及びP9専務のみであること・・・をも併せ考慮すれば、原告は、正に経営者と一体的な立場にあったということができる。」

「加えて、原告は、商品の値段決定等に関する権限を有していたところ、商品の値段を決定するということは会社の営業の根幹にかかわる業務であるから、重要な権限を有していたということができ、このことは、被告の売上げの約40%に係る仕入先であるケイミューとの取引という極めて重要な取引相手との取引について価格交渉を行っていることに照らせば、より強くいえる。」

「そして、原告は、取引会社の担当者が参加するゴルフコンペを開催したり・・・、取引相手や業界団体が開催する高額の飲食を伴う各種会合に参加したり・・・、高額な旅行に参加する予定となっていたところ・・・、以前は被告代表者が参加することもあったものの、最近は、P15が数回参加したほかは、原告が参加していたというのであって・・・、これらの事実に照らせば、対外的にも原告が被告を代表する立場にある人物として扱われていたことをうかがわせる事情であるということができる。」

「ほかにも、原告は、被告の従業員から提出された退職届という重要な書類を受け取り、それをひとまず預かるなどの判断をしているところ・・・、原告が退職届の受領に関して何らの権限を有していないのであれば、独自の判断で『ひとまず預かる』というようなことはできず、担当している者に引き継ぐことになるはずであるから、かかる行為からは、原告が人事に関して一定の権限を有していたことがうかがわれ、原告が本社の営業部長という立場にあったことからすれば、原告がそのような権限を有していたとしても何ら不自然・不合理ではない(なお、原告は、採用面接も行っている・・・)。」

「加えて、原告は、従業員から提出された禀議書等の各種書類について決裁権限を有していたこと・・・、従業員から交通事故や出社に関する報告を受けていたこと・・・、賞与引当金に関して監査役とやり取りをしていたほか、原告の供述を前提としても、賞与引当金の範囲内で部下の具体的な賞与額を決定していたこと・・・などが認められるところ、その内容に照らせば、労務管理や経費処理について、一定の権限を有していたことがうかがわれ、このことは、自らに係る仮払金処理を支出当日に申請・処理していること・・・からもうかがわれる。」

・労働時間裁量について

「原告は、タイムカードについて、出勤時にはおおむね打刻しているものの、退勤時には打刻していないこと・・・、平日に開催されたゴルフコンペに参加していること・・・、ETC履歴を見ると、原告が就業規則において営業職の終業時刻として規定されている午後5時より早い時刻に自宅近くのICを通過していること(調査嘱託の結果)、午後5時より早く退社する場合であっても、理由を聞かれていないことを原告自身が自認していること・・・などからすれば、労働時間についても、一定の裁量を有していたということができる。」

・待遇について

「原告、P10取締役、P3の月額給与・報酬は認定事実・・・のとおりであるところ、原告が最も高い金額となっている(なお、約2万円程度ではあるが、取締役より高い金額でもある。)。年収で見ても、600万円から670万円という金額であったほか、原告の下位に配置されているP3・・・と比較すると、平成28年及び平成30年を見ると、おおむね100万円程度、原告の方が多い金額となっている(差が小さい平成29年については、本社ルート営業部の業績が悪い時期であることが影響しているものと思われる。)・・・。また、原告は運転代行を利用することが認められていたものである・・・。そうすると、年収で比較した場合、P10取締役の方が原告より高額になることなどを考慮しても(本社とP4支店の業績の違いが影響しているとする被告の主張は首肯し得るものである。)、管理監督者としてふさわしい待遇であったと評価することができる。」

原告は、賃金センサスの『全男性』、『50歳から54歳』の年収額と比較すると、原告の年収が平均賃金を下回るから、管理監督者として十分な待遇ではない旨主張する。

しかし、賃金の額は企業の規模によって異なるものであって、大企業と中小企業との間に賃金格差があることに照らせば、賃金センサスの『全男性』の年収額をもって、原告の待遇が管理監督者としてふさわしくないものの証左であるということはできない。

・小括

「以上を総合考慮すれば、原告は、管理監督者の地位にあったと認めることができる。」

3.賃金センサスを下回る賃金水準でもいいのか?

 上述のとおり、裁判所は、賃金センサスを下回っていることだけでは管理監督者性を否定する理由にはならないと判示しました。

 個人的には賃金センサスを下回るような水準でも管理監督者性を認めることには疑問を覚えますが、事件の筋を正確に見通すにあたっては、本件のような裁判例が存在することも意識しておく必要があるのだろうと思われます。

 

査定なしでも考課対象期間の満了日の経過をもって賞与が具体的に確定したと評価された例

1.賞与請求権と査定

 賞与の多くは「毎月6月および12月に会社の業績、従業員の勤務成績等を考慮して賞与を支給する」といった規定に基づいて支給されています。このような規定のもと、具体的な支給率・額についての使用者の決定がない場合、

「裁判例の多くは、具体的な額の決定がない以上、賞与請求権は具体的には発生しない」

との立場を採用しています(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕591頁参照)。

 毎回同様の方法によって長期間にわたり賞与が算定されてきたという実態に照らし、労働契約の意思解釈(黙示の合意の認定)によって賞与請求権の存在を肯定した裁判例もありますが(上記『詳解 労働法』591頁参照)、査定を経ない状態での賞与の請求が認められることは多くはありません。

 このような状況の中、使用者側の査定がなくても、考課対象期間の満了日の経過をもって賞与が具体的に確定した(賞与請求権が具体的な権利として成立した)と判断された裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介した、松山地判令4.11.2労働判例ジャーナル130-1 医療法人佐藤環器内科事件です。

2.医療法人佐藤循環器内科事件

 本件で被告になったのは、診療所や有料老人ホーム等を運営する医療法人です。

 原告になったのは、被告に正職員として雇用され、有料老人ホーム等で勤務していた方(C)の母親です。Cが急性白血病に罹患し、腸管穿孔により死亡・退職したことを受け、唯一の相続人として、未払賞与を請求したのが本件です。

 被告医療法人側は、大意、

賞与の金額は被告理事長の判断によって最終確定されるところ、その作業がなされたのはCの死亡後である、

賞与には支給日在籍要件があるが、支給日以前に死亡したCは支給日在職要件を満たしていない、

などと賞与の支払義務を争いました。

 前者は要するに査定が経られていないことを指摘するものですが、裁判所は、この問題について、次のとおり述べて、賞与の支給額は具体的に確定していると判示しました。

(裁判所の判断)

「一般に、賞与は、その時々の経済状況や業績等によって支給額が変動し得るものであり、支給対象期間の勤務に対応する賃金の後払いとしての性格を有すると共に、功労報償的な意味合いや、将来の貢献を期待する勤労奨励的な性格も併せ持つものであると解するのが相当である。また、賞与は、あらかじめ支給額が定められておらず、具体的な算定方式や支給額の決定に当たっては、勤続年数、職種、出勤年数等の客観的要素のほか、勤務実績、人事考課等の使用者の評価も考慮されることが多いものと解される。」

「そうすると、賞与の支払請求権が認められるためには、当該賞与の支給額が、使用者の決定等を経て具体的に確定したものと評価することができることを要するというべきである。」

「被告における賞与は、本件規程に根拠を持つ金銭給付であるところ、本件規程は、賞与は、毎年夏季及び冬季の賞与支給日に在籍する従業員に対し、医院の業績、従業員の勤務成績等を勘案して支給すること、経営状況の著しい悪化、その他止むを得ない事由がある場合には、支給日を変更するか、又は支給しないことがあることなどを定めている(18条、19条)。」

「このような定めに照らすと、被告における賞与は、査定の過程を経て、被告の経営状況等を含む諸般の事情を踏まえて支給の可否及びその額が確定されるものであって、前記・・・のような一般に賞与が有するとされる複合的な性格、すなわち、賃金の後払いとしての性格に加えて、功労報償的な意味合いや、将来の貢献を期待する勤労奨励的な性格も併せ持つものであると解される。」

「そこで、Cについて、本件夏季賞与の支給額が、使用者の決定等を経て具体的に確定したものと評価することができるか否か検討する。」

「a 本件規程によれば、被告理事長の査定を経て賞与の支給の可否や支給額が定まる建前にはなっているものの、前記・・・のとおり、被告において、夏季賞与額は、原則として、その支給される年の基本給1か月分の額に1.5を乗じた額にて算定される取扱いが定着しており、このように算定された夏季賞与の支給見込み額は、前年の12月に従業員に被告理事長名にて通知される運用(本件運用)とされ、考課対象期間に産休や育休などで長期欠勤していた等の事情で当該通知額と実際の支給額とに差異が生じることはあったものの、業績を原因としてその金額が変動したことはなかったと認められる。

また、前記・・・によれば、考課対象期間満了後、賞与の支給前に予定されている被告理事長の支給決定手続は、考課対象期間中における当該従業員の勤務実績や人事考課等に関する評価といった実質を伴うものではなく、むしろ支払のための形式的な事務手続としての側面が大きかったものと考えるのが合理的である。

これらによれば、考課対象期間中に被告に在籍し、かつその期間中、長期欠勤などの夏季賞与の支給額が上記通知額を下回るような事情の存しない従業員の夏季賞与の支給額は、当該考課対象期間満了日の経過をもって、具体的に確定したと評価されるものと認められる。

Cは、本件夏季賞与にかかる考課対象期間中、被告において継続して勤務しており、Cに長期欠勤などの本件夏季賞与の支給額が前年の通知額を下回るような事情は存しないから,本件夏季賞与の支給額は、本件夏季賞与の考課対象期間満了日である平成31年4月15日の経過をもって、具体的に確定したものと認められる。

「被告は、本件運用の下で前年の12月に通知される支給見込み額は飽くまで参考額である、被告理事長の最終的な判断を経て、支給等処理のために会計事務所に夏季賞与額のデータが送付される以前にCが死亡している以上、Cの本件夏季賞与の支給額は具体的に確定していないし、本件夏季賞与の支払請求権は具体的権利として発生していないと主張するが、前記・・・のとおりであるから、採用することができない。」

3.査定なしでも賞与請求が認められた例

 本件では、

「被告は、平成30年12月、Cに対し、本件運用に従い本件夏季賞与の見込み額を34万1300円と通知した

という事実が認定されています。上記は査定そのものではないものの、権利が具体化したと認定するにあたり重要な事実だとは思われます。

 それでも、査定が行われないまま、賞与請求を認めた裁判所の判断は、かなり画期的です。

 冒頭で述べたとおり、査定がなくても賞与請求権が認められる事例は、決して多くはありません。本件は、その数少ない査定なくして賞与請求が認められた事案として参考になります。

 

賞与支給日在職要件の適用が公序良俗違反とされた例(労働者が死亡したケース)

1.賞与支給日在職要件

 就業規則等で賞与の支給対象者が支給日に在職している者に限定されていることがあります。これを賞与支給日在職要件といいます。

 賞与支給日在籍要件に関しては、

「判例上は、支給日在籍要件の定めも合理性を有し、支給日前に退職した者には賞与請求権は発生しないとしたものがある。もっとも、①賞与が当初の予定より遅れて支給され、その間に退職した労働者について、支給日在籍要件の適用を否定して賞与支払請求を認容した裁判例や、②労働者側に帰責性のない退職(整理解雇)により支給日に在籍できなかった労働者からの賞与支払請求につき、支給日在籍要件を定めた条項を公序違反・無効(民法90条)として請求を認容した裁判例もある」

とされています(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕592頁参照)。

 このように賞与支給日在職要件に関しては、その効力を肯定するものと否定するものとがありましたが、近時公刊された判例集に否定例に一例を加える事案が掲載されていました。松山地判令4.11.2労働判例ジャーナル130-1 医療法人佐藤環器内科事件です。

2.医療法人佐藤循環器内科事件

 本件で被告になったのは、診療所や有料老人ホーム等を運営する医療法人です。

 原告になったのは、被告に正職員として雇用され、有料老人ホーム等で勤務していた方(C)の母親です。Cが急性白血病に罹患し、腸管穿孔により死亡・退職したことを受け、唯一の相続人として、未払賞与を請求したのが本件です。賞与が支給されなかったのは、Cが支給日の20日前に死亡し、これと同時に退職したため、被告の就業規則で定められていた支給日在職要件を満たさなくなったからでした。

 本件では支給日在職要件を適用することの当否が問題になりましたが、裁判所は、次のとおり述べて、その適用を否定しました。

(裁判所の判断)

「賞与は、毎月1回以上の期日に支払われる月例給与に加えて支給されるものであり、使用者は、賞与を支給する義務を当然に負うものではないから、賞与についていかなる支給基準を設けるかは個別の労働契約等によることとなり、賞与の受給資格のある者の範囲を明確な基準で定めることの必要性を一般に否定することはできない。また、前記のとおり、被告における賞与は、賃金の後払いとしての性格、功労報償的な意味合いのみならず、将来の貢献を期待する勤労奨励的な性格も併せ持つものであると解されることから、考課対象期間より後の在籍の有無を考慮することも認められる。これらに加えて、支給日在籍要件によって、賞与の支給要件が明確な基準で定められることにより、労働者は、自らが予定ないし企図する退職時期と賞与の支給予定日とを比較対照することで、自らが賞与の支給対象となるか否かを予測することができ、労働者に不測の損害が生じることを避けることができるという利点があることも考慮すれば、支給日在籍要件には合理性が認められ、この点について当事者に争いはない。」

「もっとも、本件のような病死による退職は、整理解雇のように使用者側の事情による退職ではないものの、定年退職や任意退職とは異なり、労働者は、その退職時期を事前に予測したり、自己の意思で選択したりすることはできない。このような場合にも支給日在籍要件を機械的に適用すれば、労働者に不測の損害が生じ得ることになる。また、病死による退職は、懲戒解雇などとは異なり、功労報償の必要性を減じられてもやむを得ないような労働者の責めに帰すべき理由による退職ではないから、上記のような不測の損害を労働者に甘受させることは相当ではない。そして、賞与の有する賃金の後払いとしての性格や功労報償的な意味合いを踏まえると、労働者が考課対象期間の満了後に病死で退職するに至った場合、労働者は、一般に、考課対象期間満了前に病死した場合に比して、賞与の支給を受けることに対する強い期待を有しているものと考えるのが相当である。

「本件においては、Cが、本件夏季賞与に係る考課対象期間中、長期欠勤等なく稼働することによって、本件夏季賞与の支給額は、上記考課対象期間満了日の経過をもって既に具体的に確定していたものと評価される状態にあったのであるから(前記(1)イ)、Cの本件夏季賞与の支給を受けることに対する期待は、単なる主観的な期待感の類いのものではなく、法的な保護に値し得るだけの高い具体性を備えたものであったといえる。」

「また、Cが病死により被告を退職したのが本件夏季賞与の支給日の20日前であったという事情も考慮すれば、本件夏季賞与について、本件支給日在籍要件を機械的に適用して、本件夏季賞与に係る賞与支払請求権の発生を否定することは、Cにとって、あまりに酷であるといわざるを得ない。」

以上のことを考慮すると、Cに対する本件夏季賞与についての本件支給日在籍要件の適用は、民法90条(平成29年法律第44号による改正前のもの)により排除されるべきであり、Cが本件夏季賞与の支給日において被告に在籍していなかったことは、本件夏季賞与に係る賞与支払請求権の発生を妨げるものではないと認められる。

3.労働者死亡の事案では請求が可能とされた

 従来、支給日が遅延していた事案や、整理解雇の事案で、支給日在職要件の効力を否定した例が出されてきました。

 今回の裁判例は、支給日在職要件の適用が否定される類型に一例(労働者が死亡したケース)を加えるもので、大変意味のある裁判であるように思われます。

 

供述の変遷を突かれるリスク-事実関係の確認は正確に

1.主張書面の確認

 訴状や準備書面など、当事者の言い分を記載した書面を「主張書面」といいます。

 主張書面を裁判所に提出するにあたっては、事前に依頼者に送り、記載された事実関係の正誤を確認してもらうのが普通です。

 この確認作業は、かなり入念に行ってもらうことが必要です。なぜなら、主張した事実が誤っていたとして、後日、主張を訂正する場合、そのこと自体が不合理な主張の変遷として、裁判で不利に取り扱われる危険があるからです。

 近時公刊された判例集にも、供述の変遷が一因となって、原告労働者の主張が排斥された裁判例が掲載されていました。大阪地判令4.7.20労働判例ジャーナル129-32 ONE CHOICE事件です。

2.ONE CHOICE事件

 本件で被告になったのは、不動産の管理、賃貸借、売買、仲介及びコンサルティング等を主たる事業とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で労働契約を締結し、主に中国人向けの不動産の売買契約又は賃貸借契約の仲介に係る営業業務に従事していた方です。未払の歩合給があるとして、その支払いを求める訴えを提起したのが本件です。

 本件では、歩合給を支給する合意の有無及び内容が争点となりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、主張の変遷を一因として挙示したうえ、歩合給合意の存在を否定しました。

(裁判所の判断)

(1)原告の主張及び原告本人の供述等

「原告は、平成30年1月に、本件歩合給合意が成立したと主張し、原告本人の供述等には、bが、平成29年12月末の忘年会で、原告に対し、原告について歩合給を導入することを予定しており、歩合給は15%にする予定である、これまでの原告の営業実績からすると、総支給額は増える、などと述べ、その後、bは、平成30年1月初旬、被告の会議において、原告及びcを対象として歩合給を導入する旨を告げ,その際に配布されたメモには、売上実績の15%が歩合給となる旨が記載されていた、歩合給は、原告が担当する客について契約が成立した場合に支払われることになっていた。などと、原告の主張に沿う部分がある。」

(2)原告本人の供述を裏付ける客観的証拠がなく、被告代表者の反対供述があること

「しかしながら、原告本人の供述を直接裏付けるに足りる客観的な証拠はないところ、被告代表者は、平成28年12月分以降の賃金において、原告の最低保証給を月額25万円とし、原告が不動産取引の新規の顧客を連れてきた場合、新規の対象物件を取り付けてきた場合、被告に利益が出るようなアドバイスをした場合などで、被告に利益が発生した場合には、ボーナスを支給していた、『ボーナス分割』若しくは『売上協力』又は『歩合給』名目の金員には、固定給である25万円と基本給の18万円との差額7万円が含まれている、歩合給を支給する合意はなかった旨供述するところ、確かに、原告の賃金台帳の内容によれば、平成29年1月分の役職手当が1円単位の金額となり、同年2月分以降は、同年5月分から同年8月分までを除き、ボーナス分割の項目に1円単位の相当額の金員が計上されていて、これらの合計が原告に支払われているのであって、被告代表者の供述が一定裏付けられている。」

(3)原告が主張し、原告本人が供述等する合意内容が不明確であり、合理性にも疑問があること

「一方、原告本人の供述等の内容についてみると、原告本人が供述等する歩合給の支給要件は、自らが担当する取引において契約が成立したこと以外には定まっておらず、その内容が具体的に書面化されてもいないというのであり、とりわけ、他の営業担当者に協力した場合の歩合給については、細かいルールはなく、原告は、自らが協力してもらったと認めた営業担当者の氏名を記載していた、というのであって、非常に曖昧なものである。」

「また、原告は、本件歩合給合意の適用が開始される時期という重要な事実について、令和元年9月2日付け訴状において、平成29年1月に同年2月分以降の賃金から歩合給を支給するとの合意が成立した旨被告代表者の供述に沿う主張をしていたが、その後、令和3年12月6日に提出した同日付け準備書面において、平成30年1月に同年2月分の賃金から歩合給を支給するとの合意が成立した旨主張を訂正している(なお、原告は、令和4年5月17日の口頭弁論期日で、平成30年1月に同月分以降の賃金から歩合給を支給するとの合意が成立した旨訂正の上で同準備書面を陳述している。)ところ、そのように訂正するに至った理由は不明であって、かかる経過からは、原告本人の供述等の信用性を慎重に吟味せざるを得ない。

「そして、仮に、原告本人が供述等するように、自らが担当者として関与し、又は別の担当者に何らかの形で協力した取引において契約が成立するに至ったことのみによって、その利益(仕入価格と売却価格の差をいうものと解される。)の15%もの歩合給が支給されるとすると、g店舗住宅のように自社で仕入れてこれを転売し、多額の転売差益が発生した場合には、仲介契約の場合に比べて非常に歩合給が高額となる可能性がある(仲介の場合、仲介手数料は販売額の3%程度(原告本人))。しかも、転売の場合、被告は、売却するまでの間に発生する税金や諸費用を負担する必要があるほか、仕入れ及び転売に際しても、それぞれ一定の諸費用が発生するはずであって、にもかかわらず、このような費用等を考慮せず、転売差益の多寡を問わず、仲介手数料と同様に転売差益すなわち仕入価格と売却価格の差額の15%もの額を歩合給として支払うというような賃金条件は合理的なものとは言い難く、そのような賃金条件を被告が定めるとは直ちには考えにくい。」

「むしろ、原告本人の供述等によれば、各営業担当者は、獲得した売上実績を記載した売上計算書を作成して被告に提出するものの、歩合給の支給対象となるかどうかは、最終的にbが決めることになっていて、具体的な支給基準は定められていなかったというのであって、かかる供述等によれば、具体的な歩合給の支給の有無及びその額の決定はbの裁量に委ねられていた可能性が高く、原告が、cから、100万円以上の歩合給が支給されるような大きな売上実績を上げたにもかかわらず、手取額が数十万円しかなかったとの話を聞かされていたこと(原告本人)もこのような判断を裏付けるものであるといえる。そして、このような性質の歩合給は、むしろ、被告代表者が供述するように被告が会社の業績や従業員の実績等を踏まえて査定し、決定するボーナスすなわち賞与としての性格が強いものといえる。」

3.主張変遷のリスクに注意

 本件は主張の変遷だけで敗訴した事案ではありません。

 しかし、主張の変遷は、色眼鏡となって、供述の信用性等を慎重に吟味検討しなければならない根拠として指摘されるなど、裁判全体に好ましくない影響を与えています。

 主張の変遷は、このように裁判全体に悪影響を与える可能性もあるため、事実関係の正誤のチェックは、できるだけ入念に行ておくことが推奨されます。

 

業務上の負傷・疾病の療養中であることを無視した解雇と賃金請求

1.業務上の負傷・疾病の療養のための休業期間における解雇制限

 労働基準法19条1項本文は、

使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後三十日間並びに産前産後の女性が第六十五条の規定によつて休業する期間及びその後三十日間は、解雇してはならない。

と規定しています。この規定があるため、いわゆる労災事案において休業期間中に解雇されることはありません。

 しかし、休業する原因となっている負傷・疾病について、私傷病なのか業務起因性のあるものなのかで、使用者と労働者との間の認識が相違することがあります。

 それでは、業務起因性のある負傷・疾病であるのに、私傷病であるとの認識のもと使用者によって解雇が強行されてしまった場合、労働基準法19条1項本文違反を主張する労働者が、解雇無効と共に賃金を請求することはできるのでしょうか?

 これは負傷・疾病により労務提供能力に疑義のある場合でも賃金請求が可能なのかという問題です。

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、高松高判令4.8.30労働判例ジャーナル129-26 せとうち周桑バス事件です。

2.せとうち周桑バス事件

 本件で被告になったのは、乗合バス、貸切バスを使用した旅客自動車運送事業等を営むことを目的とする株式会社です。

 原告になったのは、平成24年2月1日に被告に入社し、以降、運行管理、貸切バスの予約業務、車両トラブルへの対応、運転手の点呼等の業務に従事していた方です。被告から解雇されたことを受け、解雇無効を主張して地位確認等を求めるとともに、パワハラを理由とした慰謝料等の支払いを求める訴えを提起しました。

 原審裁判所は、地位確認請求のみ認容し、その余の請求を棄却しました。これに対し、原告、被告の双方から控訴されたのが本件です。

 裁判所は、本件解雇が労働基準法19条1項本文に違反すると指摘したうえ、次のとおり述べて、原告による賃金請求を認めました。

(裁判所の判断)

本件解雇は、労基法19条1項本文に反し無効であり、第1審原告は、第1審被告がした違法な本件解雇によって、その労務の提供を拒否されているのであるから、履行不能について、債権者の責めに帰すべき事由によって就労が不能となっているものと認めるのが相当である。

「この点、第1審被告は、仮に本件解雇が無効であったとしても、第1審原告は、平成27年7月26日以降休職しているところ、その理由は、私傷病である抑うつ状態又はうつ病によるものであるから、本件解雇後、第1審原告による労務の提供が履行不能であることは、第1審被告の責めに帰すべき事由によるものではないと主張する。」

「しかしながら、前記認定のとおり、第1審原告のうつ病が第1審被告における業務に起因するものであるというべきであるから、第1審原告のうつ病が私傷病であるとする第1審被告の主張は採用できない。そして、前記のとおり、第1審原告のうつ病の発症は、第1審原告が第1次解雇前に従事していた業務から第1審原告を排除しようとする一連の行為が繰り返されたことによるものであるから、第1審被告の責めに帰すべき事由によるものというべきである。第1審被告の上記主張は、採用できない。」

3.損害賠償請求だけではなく賃金請求も可能

 業務に起因する負傷・疾病で働くことができなくなり、賃金相当額の利益を逸失した場合、損害賠償請求を行うことにより被害回復を図る例が比較的多いのではないかと思います。

 しかし、損害賠償請求を行うためには、使用者の側に注意義務違反や過失が認められなければなりません。慰謝料等を請求するにあたっては、やはり損害賠償請求の構成を採らざるを得ませんが、業務起因性と解雇の事実のみで逸失利益の填補を実現することができる賃金請求の構成もとることができれば、それに越したことはありません。

 賃金請求は、

「債権者の責めに帰すべき事由によって債務(労務提供義務)を履行することができなくなったとき」

に認められます(民法536条2項)。

 条文の文言と照合すると、業務上の負傷・疾病事案で賃金請求が認められることは当たり前のようにも見えますが、実際に認容例があることは、覚えておいて損はないように思います。