弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

解雇の撤回により心理的負荷は緩和・除去されるのか?

1.解雇による心理的負荷

 解雇を通告されると、労働者はかなりの衝撃を受けます。精神的な不調をきたしてしまう人も少なくありません。

 精神障害の労災認定に用いられる

平成23年12月26日 基発1226第1号「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(最終改正:令和2年8月21日 基発0821第4号)

も、

「突然解雇の通告を受け、何ら理由が説明されることなく、説明を求めても応じられず、撤回されることもなかった」

場合、強い心理的負荷が発生すると規定しています。

 それでは、このような解雇によって生じた心理的負荷は、解雇撤回によって緩和・除去されるといえるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。高松高判令4.8.30労働判例ジャーナル129-26 せとうち周桑バス事件です。

2.せとうち周桑バス事件

 本件で被告になったのは、乗合バス、貸切バスを使用した旅客自動車運送事業等を営むことを目的とする株式会社です。

 原告になったのは、平成24年2月1日に被告に入社し、以降、運行管理、貸切バスの予約業務、車両トラブルへの対応、運転手の点呼等の業務に従事していた方です。被告から解雇されたことを受け、解雇無効を主張して地位確認等を求めるとともに、パワハラを理由とした慰謝料等の支払いを求める訴えを提起しました。

 原審裁判所は、地位確認請求のみ認容し、その余の請求を棄却しました。これに対し、原告、被告の双方から控訴されたのが本件です。

 本件で第一審原告が解雇無効の理由として活用したのは、労働基準法19条1項の

「使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後三十日間・・・は、解雇してはならない。」

という条文です。業務に起因して鬱病を発症し、その療養のために休業していた期間に行われた解雇だから無効だというのが原告の主張の骨子です。

 本件では訴訟で効力が問題となった解雇に先行して、一旦解雇⇒解雇撤回されたという経緯がありました(第一次解雇)。この第一次解雇がもたらした心理的負荷について、裁判所は次のとおり述べて鬱病と業務との相当因果関係を認め、解雇の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「前記認定事実によれば、第1審原告は、平成25年6月14日に第1審被告から同年7月15日付けで解雇(第1次解雇)するとの通知を受け、同年10月15日に復職(本件復職)したものの、従前従事していた業務とは異なるバスの清掃等を中心とする業務のみに従事させられ、その結果、長時間行うべき業務がない状態に置かれた上、事務所設置のパソコンのパスワードも知らされず、第1審被告の当時の代表者であるDからしばしば叱責されていたことが認められる。」

「第1審被告による上記取扱いは、これを受けた第1審原告の側から見れば、第1審原告が第1次解雇前に従事していた業務から第1審原告を排除しようとする行為が繰り返された一連のものであり、平成25年6月14日に始まり、うつ病を発症した時期に近接する平成26年2月まで継続したものということができるから、上記取扱いにより第1審原告が受けた心理的負荷の程度を評価する場合には、その開始時からの全ての行為を一体として評価し、かつ、行為が繰り返されたことにより心理的負荷が強まったものとして評価するのが相当である・・・。」

「そして、第1次解雇の通告は、その性質上、第1審原告に強い心理的負荷を与える行為というべきであり(認定基準別表1の業務による心理的負荷評価表の具体的出来事20『退職を強要された』参照)、従前事務的作業をしていた第1審原告が、主としてバスの清掃を命じられ、他に行うべき業務がない状態に置かれた上、第1審被告の当時の代表者からしばしば叱責され、事務所のパソコンのパスワードを知らされなかったという異例の業務内容の変更とそれに付随する職場における状況も、第1審原告に強い心理的負荷を与えるものというべきであって(認定基準別表1の業務による心理的負荷評価表の具体的出来事21『配置転換があった』参照)、これらの行為が繰り返されたことにより心理的負荷が強まったというべきであるから、第1審原告に強度の心理的負荷を与えるものであったというべきである。

「この点、第1審被告は、第1次解雇は前件調停において撤回されているから、第1次解雇は、『退職を強要された』には該当しないし、仮に撤回後も第1次解雇による心理的負荷が残っているとしても、心理的負荷の強度は『弱』を超えることはない旨主張する。

しかしながら、突然の解雇が労働者に対して強い心理的負荷を与えるものであることは明らかであり、第1審原告が結果として復職できたとしても、その心理的負荷の程度が残っていないとか、軽微であるなどということはできない。第1審被告の上記主張は、採用できない。

「また、第1審被告は、バスの清掃業務は、その他の業務内容と比較して特別異質なものではなく、本件復職後の担当業務の減少は、従前2人勤務体制であったものが3人勤務体制になったことによるものであって、第1審原告が第1次解雇前にパソコンを使用して業務を行うことはほとんどなかったなどとして、認定基準別表1の業務による心理的負荷評価表の具体的出来事21の『配置転換があった』には当たらないと主張する。」

「しかしながら、第1審原告について、第1次解雇前と本件復職後とで、業務を行う部署に変更はなかったとしても、具体的な担当業務に変更があったことは明らかであって、そのような担当業務の変更は、『配置転換があった』ものとして心理的負荷を与えるものであったというべきである。第1審被告の上記主張は、採用できない。」

「さらに、第1審被告は、『退職を強要された』、『配置転換があった』との出来事があったとしても、それらは、第1審被告が、第1審原告を第1次解雇前の業務から排除する意図をもってした一連の出来事などということはできず、相互に関連するものではないから、それらの出来事が相まって心理的負荷の強度が上がるとはいえないと主張する。」

「しかしながら、上記各出来事を客観的に見れば、第1審被告は、第1審原告を第1次解雇前の業務に就かせなかったのであり、第1審原告の立場からみると、第1審原告を第1次解雇前の業務から排除する意図をもって行われた一連の出来事であるというべきであるから、それらの出来事を一体のものと評価し、それらが継続することによって心理的負荷が強まるものと解するのが相当である。第1審被告の上記主張は、採用できない。」

「以上によれば、C医師が第1審原告をADHDと診断していることなどを考慮しても、第1審被告における業務による心理的負荷が相対的に有力な要因となってうつ病を発病させたと認められるから、第1審原告のうつ病の発症と第1審被告における業務との間に相当因果関係が認められると解するのが相当である。」

・・・

「したがって、本件解雇は、第1審原告が業務上の疾病にかかり療養のために休業していた期間にされたものと認められるから、労基法19条1項本文に反し無効である。」

3.一旦解雇によって生じた心理的負荷は解雇撤回によっても治癒されない

 上述のとおり、裁判所は、先行する第一次解雇について、これを撤回したとしても、解雇により生じた心理的負荷が治癒されることを否定しました。

 冒頭で述べたとおり、解雇を通告されて精神に不調を生じさせてしまう方は少なくありません。形成不利とみた使用者から一方的に解雇を撤回されたとしても、わだかまりが残り続けるのが普通です。

 この判断は業務起因性に関するものですが、本件の判示事項は、解雇⇒解雇撤回された場合に、就労を拒否しつつ賃金を請求することができるのかという問題を考えるうえでも参考になるのではないかと思われます。

 

家事使用人に該当することを理由とする労災不支給処分の取消訴訟で処分行政庁が業務起因性の欠如を追加主張することは許されるのか

1.労働者災害補償保険法上の保険給付の不支給事由

 労働者災害補償保険法上の保険給付おを受給するためには、幾つかの要件が充足されている必要があります。

 疾病や負傷が業務に起因していることや(業務起因性)、労働基準法の家事使用人ではないことは(労働基準法116条2項、労働者災害補償保険法12条の8第2項参照)、そうした法律要件の一つです。

 それでは、家事使用人に該当するとして行われた労災の不支給処分に対し、取消訴訟の段階で処分行政庁が新たに業務起因性がないと主張を追加することは許されるのでしょうか? 昨日ご紹介した東京地判令4.9.24労働判例ジャーナル129-1 国・渋谷労基署長(介護ヘルパー)事件は、この問題を考えるうえでも参考になる判断を示しています。

2.国・渋谷労基署長(介護ヘルパー)事件

 本件で原告になったのは、急性心筋梗塞又は心停止(本件疾病)で死亡した労働者亡Eの配偶者です。亡Eは、会社(本件会社)から紹介や斡旋を受けて、個人宅や障害者施設等で家政婦として勤務していました。また、本件会社との間で労働契約を締結し、非常勤の訪問介護ヘルパーとしても働いていました。

 亡Eは本件会社から紹介を受けて、F宅で家政婦として家事及び介護を行う業務(本件家事業務)に従事するとともに、訪問介護ヘルパーとして訪問介護サービスを提供する業務(本件介護業務)を行いました。業務開始後ほどなくして亡Eが本件疾病で死亡したことを受け、原告の方は、労働者災害補償保険法に基づく遺族給付及び葬祭料を請求しました。

 しかし、処分行政庁(渋谷労働基準監督署長)は、亡Eが家事使用人として介護及び家事の仕事に従事していたことを理由に、各保険給付を不支給とする処分を行いました。これに対し、原告が各不支給処分(本件各処分)の取消を求める訴えを提起したのが本件です。

 当初、本件の処分行政庁側は家事使用人に該当することを指摘していました。しかし、取消訴訟の係属中、処分行政庁側は、家事使用人であることに加え、業務起因性がないことを主張しました。

 原告は処分理由の追加は許されないと主張しましたが、裁判所は、次のとおり述べて、追加を認めました。

(裁判所の判断)

「(1)処分理由の差替えの当否に関する判断枠組みについて」
「 取消訴訟の訴訟物は処分の違法一般であるところ、行政事件訴訟法は取消訴訟における行政庁の主張の制限について特段の規定を置いていない。したがって、取消訴訟においては、別異に解すべき特別の理由のない限り、原則として、被告(行政庁)は、取消しを訴求されている処分の適法性を維持ないし基礎付けるため、処分時の認定事実や根拠法規の解釈適用にとらわれることなく、訴訟物の範囲で客観的に存在した一切の法律上及び事実上の根拠を主張することが許されるものと解すべきである(最高裁昭和51年(行ツ)第113号同53年9月19日第三小法廷判決・裁判集民事125号69頁参照)。しかして、上記のように処分理由の差替え(処分理由の追加を含む。以下同じ。)は、訴訟物である当該処分の範囲内で許されるのであって、処分理由の差替えにより処分の同一性が失われることとなる場合は、当該訴訟物とは無関係の処分理由により当該処分の適法性を基礎付けようとするものにほかならないから、そのような処分理由の差替えは許されないと解すべきであるところ、処分は、公権力の行使として実定行政法規が定める処分要件が充足されて初めて処分としての適法性が基礎付けられることになるのであるから、取消訴訟における審判対象となる処分の違法一般がどのような事項を含むかも個別の実定行政法規の規定及びその解釈により定まるものと解され、処分理由の差替えが処分の同一性を害することになるか否かも、当該処分に係る個別の実定行政法規の解釈、すなわち当該実定行政法規が処分時の理由に基づいてされた処分と差替え後の処分理由に基づく処分とをそれぞれ別個の処分として措定するという立法政策を採用しているか否かという観点から検討するのが相当というべきである。」

「(2)被告による処分理由の追加の当否について」

「これを本件について見るに、本件各処分は、労災保険法が予定する保険給付を支給しない旨の処分であるところ、労災保険法は、対象疾病に起因する被災労働者の療養、休業、後遺障害及び死亡結果等の被災事由ごとに保険給付の支給を予定しているところ、概要、いずれも申請者から被災労働者の『傷病』及びそ『災害原因』等を特定した請求書の提出を受けた上で、申請された傷病が対象疾病に該当し、これに業務起因性が認められ、他の支給制限事由が存在しない限り、申請された保険給付の種別に応じた個別の要件(具体的な療養費用や給付基礎日額の計算、後遺障害等級の認定等)の充足をもってこれを支給するものと規定している(労災保険法7条1項、12条の8第2項、労災保険法施行規則第3章)。そうすると、労災保険法は、保険給付の種別に応じて処分要件を措定し、申請者が申告した具体的な『傷病』及びその『災害原因』の存否に関する判断を踏まえて申請に係る保険給付の支給の可否を決定するという仕組みを採用しているといえるから、同一の種別の保険給付の範囲内であり、対象疾病の内容及びその原因について同一性があるといえる限りは同一の処分として取り扱うという立法政策を採用しているものと解するのが相当である。
イ 以上を踏まえ、被告による処分理由の追加により本件各処分の同一性が害されることになるか否かについて見ると、本件各処分は、亡Eが労基法116条2項の『家事使用人』に該当することを理由に不支給としたものであるが、同規定は『家事使用人』について労基法の適用を除外し、労災保険法の適用も排除するという法律効果を定めた規定であると解されるから、『家事使用人』の該当性の有無は、業務起因性と同様に労災保険給付の支給要件と位置付けているものと解される。また、本件各処分が処分時において前提とした亡Eの傷病と災害原因は被告による処分理由の追加によっても変わるところはない。この点、本件各処分に際しては、不支給決定の理由として亡Eが労基法116条所定の『家事使用人』に該当し同法の適用除外となり、労災保険法も適用されないという処分理由が提示されているところ、これは本件各申請に係る労災保険給付の給付要件を欠くものであることを示したものといえ、処分庁の判断の慎重、合理性を担保してその恣意を抑制するとともに処分の理由を相手方に知らせて不服申立ての便宜を与えるために処分理由の提示を義務付けている行政手続法8条の趣旨も全うされているといえるから、本件各処分の理由付記に取消事由を構成する違法があるともいえない。

「以上によれば、本件において、被告が本件各処分の処分理由として業務起因性の不存在を追加的に主張したとしても本件各処分の同一性は害されないといえるから、被告による処分理由の追加は許されるものと解するのが相当である。」

3.最早別の処分であるようにも思われるが・・・

 家事使用人か否かと業務起因性の有無は質的に違う理由であり、最早別処分というべきではないかとも思われます。しかし、裁判所は、本件各処分の同一性は害されないとして、処分理由の追加を認めました。

 裁判所の判断には違和感もありますが、本件は理由追加を許容した裁判例としても実務上参考になります。

 

家事使用人を兼ねているという一事をもって労災を適用しないことは許されない

1.家事使用人の特殊性

 家事使用人(家事一般に使用される労働者)には、労働基準法が適用されません(労働基準法116条2項)。これは「家事使用人については、その労働の態様は、各事業における労働とは相当異なったものであり、各事業に使用される場合と同一の労働条件で律するのは適当ではない」からだと理解されています(厚生労働省労働基準局『労働基準法 下』〔労務行政、平成22年版、平23〕1140頁参照)。

 その帰結として、家事使用人は労働災害に被災したとしても、労働者災害補償保険法による保険給付を受給できないのが原則です。これは労働者災害補償保険法12条の8第2項が、

「保険給付・・・は、労働基準法第七十五条から第七十七条まで、第七十九条及び第八十条に規定する災害補償の事由・・・が生じた場合に、補償を受けるべき労働者若しくは遺族又は葬祭を行う者に対し、その請求に基づいて行う。」

と規定しているからです。家事使用人は労働基準法の適用がないため、「労働基準法第七十五条から第七十七条まで、第七十九条及び第八十条に規定する災害補償の事由」が生じることはなく、したがって、労働者災害補償法による保険給付も受給できないという理屈です。

 しかし、家事使用人という就労形態は、それ単体ではなく、他の就労形態と併用して使われることも少なくありません。このような場合にも労働者災害補償保険法上の保険給付を受けることは一切できないのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令4.9.24労働判例ジャーナル129-1 国・渋谷労基署長(介護ヘルパー)事件です。

2.国・渋谷労基署長(介護ヘルパー)事件

 本件で原告になったのは、急性心筋梗塞又は心停止(本件疾病)で死亡した労働者亡Eの配偶者です。亡Eは、会社(本件会社)から紹介や斡旋を受けて、個人宅や障害者施設等で家政婦として勤務していました。また、本件会社との間で労働契約を締結し、非常勤の訪問介護ヘルパーとしても働いていました。

 亡Eは本件会社から紹介を受けて、F宅で家政婦として家事及び介護を行う業務(本件家事業務)に従事するとともに、訪問介護ヘルパーとして訪問介護サービスを提供する業務(本件介護業務)を行いました。業務開始後ほどなくして亡Eが本件疾病で死亡したことを受け、原告の方は、労働者災害補償保険法に基づく遺族給付及び葬祭料を請求しました。

 しかし、処分行政庁(渋谷労働基準監督署長)は、亡Eが家事使用人として介護及び家事の仕事に従事していたことを理由に、各保険給付を不支給とする処分を行いました。これに対し、原告が各不支給処分(本件各処分)の取消を求める訴えを提起したのが本件です。

 裁判所は本件家事業務が亡EとFの息子との間で締結された雇用契約に基づいて提供されたものであることを前提としながらも、次のとおり述べて、家事使用人に該当することのみを理由に本件各処分を行たことは違法だと判示しました(ただし、業務起因性が認められないことを理由に結論として原告の請求は棄却されています)。

(裁判所の判断)

「原告は、処分行政庁が本件各申請に対し、亡Eが労基法116条2項所定の『家事使用人』に該当するとして本件各処分をしたことは同規定の解釈適用を誤った違法がある旨を主張するので、以下検討する。」

「前記・・・において認定し説示したとおり、亡EがF宅において提供していた業務のうち本件家事業務に係る部分については、Fの息子との間の雇用契約に基づいて提供されていたものと認められる。」

「しかして、原告の本件各申請は、亡Eが本件会社に雇用された労働者であることを前提に、本件会社の業務に起因して亡Eが本件疾病を発症して死亡したとして遺族補償給付及び葬祭料の支給を求めるものであるところ、亡EのF宅における業務のうち本件家事業務に係る部分については、前示のとおり本件会社の業務とはいえず、Fの息子との間で締結された雇用契約に基づく業務であり、当該業務の種類、性質も家事一般を内容とするものであるから、当該業務との関係では、亡Eは労基法116条2項所定の『家事使用人』に該当するものといわざるを得ない(150号基準に照らしても『家事使用人』に該当しないとはいえない。)。」

「他方で、亡EのF宅における業務のうち訪問介護サービスに係る部分(本件介護業務)については、本件会社の業務と認められ、当該業務の種類、性質も家事一般を内容とするものであったとはいえないから、当該業務との関係では、亡Eが労基法116条2項所定の『家事使用人』に該当するとはいえない。しかして、前示のとおり、本件各申請は、亡Eが本件会社に雇用された労働者であることを前提に、本件会社の業務に起因して亡Eが本件疾病を発症して死亡したとして遺族補償給付及び葬祭料の支給を求めるものであるところ、上記のとおり、本件介護業務との関係では亡Eは本件会社と雇用契約を締結した労働者であり、労基法116条2項所定の『家事使用人』に該当するものとは認められないのであるから、処分行政庁が、本件各申請について、亡Eが労基法116条2項の『家事使用人』に該当することのみを理由に本件各処分を行ったことについては、同規定の適用を誤った違法があるものといわざるを得ない。したがって、原告の上記主張は、その限度において理由があるというべきである

3.家事使用人を兼ねているという一事をもって労災を適用しないことは許されない

 上述のとおり、裁判所は、家事使用人を兼ねているという一事をもって労災を適用しないことを違法だと判示しました。

 当たり前であるようにも思われますが、家事使用人と兼業している労働者の救済を考えるにあたり、実務に与える影響は大きいのではないかと思います。

 

配転の効力を争うための「保全の必要性」-解雇されるからでは足りないのか?

1.配転の効力を争う上での民事保全の役割

 不本意な配転命令を受け、その効力を争う場合、異議を留保したうえで配転先で労務を提供しつつ法的措置をとって争うのが原則です。配転命令に従わないと、無断欠勤(正当な理由のない労務提供の拒否)を理由に解雇されてしまうからです。

 もちろん、解雇されても、配転命令の効力が無効であれば、何の問題もありません。配転先で労務提供をしなかったとしても、配転命令が無効である以上、債務不履行にはなりません。配転先で労務提供をしなかったことを理由とする解雇も無効であり、労務提供できなかったとしても、労働者は賃金を請求する権利を失いません。

 しかし、配転命令が無効である範囲は、極めて限定的に理解されています(最二小判昭61.7.14労働判例477-6 東亜ペイント事件参照)。配転命令が有効であれば、配転先で労務提供をしないことは無断欠勤と同様に扱われ、解雇も基本的には有効になります。配転命令の効力を争うにあたり、配転先での労務提供を拒否することは積極的には推奨できません。

 それでも、何等かの理由で配転先での労務提供が困難であったり、不可能であったりする事案はあります。そうした場合に活用する手続に民事保全という手続があります。

 これは配転先で就労する義務がないことを仮に定める(暫定的に実現する)ための手続です。訴訟で結論が得られるまで待つ時間的余裕のない場合に活用される手続です。ただ、この手続を利用するためには、それなりの確からしさで被保全権利が存在すること(配転命令が無効であること)を立証できなければならないほか、「保全の必要性」が認められなければなりません。配転との関係でいうと、保全が認められるためには、「著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするとき」であると認められなければなりません(民事保全法23条2項)。

 それでは、この「保全の必要性」としては、どのような事情が必要になってくるのでしょうか? 配転命令に従わないでいると解雇されてしまうからというだけでは、保全の必要性を基礎づける事情として足りないのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。福岡高決令4.2.28労働判例1274-91 学校法人コングレガシオン・ド・ノートルダム(抗告)事件です。

2.学校法人コングレガシオン・ド・ノートルダム(抗告)事件

 本件で相手方になったのは、北九州市及び福島市に学校を設置する学校法人です。

 申立人・抗告人になったのは、北九州市所在の学校で勤務していた方です。解雇された後、その効力を争い、控訴審事件で勝訴したものの、今度は福島市所在の学校への勤務を命じられてしまいました。本件は、配転命令の効力を争い、福島市所在の学校で勤務すべき義務のないことを仮に定めることを求めた仮処分事件(民事保全事件)です。福岡地裁小倉支部が申立を却下したため、申立人は抗告を申立てました。

 この事案で、抗告審である福岡高裁は、次のとおり述べて、保全の必要性否定し、抗告を棄却しました。

(裁判所の判断)

抗告人は、抗告人が本件配転命令に従わない場合に相手方が抗告人を懲戒解雇する可能性は十分にあること、本件配転命令は無効であり抗告人が本件配転命令に従う義務はないにもかかわらず、抗告人はA学院(桜の聖母学院 括弧内筆者)において業務に従事することを余儀なくされるのであり、抗告人の精神的苦痛は著しいものがあることなどを主張し、抗告人に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるため仮処分命令を発する必要性があると主張する。

しかし、抗告人はA学院に勤務すべき義務がないとの仮の地位を定める仮処分命令を求めるものであるところ、仮の地位を定める仮処分命令はその任意の履行を期待するものにすぎず、仮に抗告人が本件配転命令に従わない場合に相手方が抗告人を懲戒解雇する可能性があるとしても、本件配転命令や解雇の有効性は本案により最終的に確定されるべき事柄であるし、仮の地位を定める仮処分命令は、被保全権利が疎明されるとともに抗告人に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするときに発することができるのであるから(民事保全法23条2項)、仮に被保全権利が疎明されているとしても、上記保全の必要があるか否かは別途検討すべきものであるといえる。

「そして、相手方は、前件控訴審判決確定後も、抗告人をB(明治学園 括弧内筆者)において勤務させることなく、抗告人にA学院での勤務を命ずる本件配転命令を発したのであり、Bで数学科教諭として勤務することを望んでいた抗告人において、本件配転命令が不本意なものであり、福島市に転居した上で相手方代表者のいるA学院で勤務することは抗告人に身体的または精神的負担を負わせるものであることは否定できない。しかし、本件配転命令に基づく異動の前後で賃金の減少は認められず、給与規定により赴任旅費や住宅手当も支給されるから、転勤や転居による経済的負担についても大きいとはいえず、身体的負担についても同様である。また、A学院における数学科教諭としての業務はBにおける業務と大きく異なるものとはいえず、その業務内容において抗告人に何らかの不利益を負わせるものともいえないことからすれば、本件配転命令による抗告人の精神的苦痛が多大なものであるとは解し難い。以上のことからすれば、本件配転命令により抗告人に著しい損害又は急迫の危険が生じるとは認められない。」

3.「解雇されるから」だけではダメ

 上述のとおり、裁判所は、従わないと解雇されるからという理由で保全の必要性を認めることには消極的な見解を示しました。

 従来の裁判例の流れとの関係で別段特異な判断ではありませんが、配転先で労務提供をしながら争うことのできない労働者にとって、民事保全の申立が認められるのかどうかは切実な問題です。個人的には、現状よりも、間口は広く採られて然るべきではないかとは思いますが、事件の結論を見通すうえで、裁判所の見方がかなり厳しいことは、十分に理解しておく必要があります。

 

無期転換権を行使した労働者には正社員就業規則が適用されないのか?

1.無期転換ルールと無期転換行使後の労働条件

 労働契約法18条1項1文は、

「同一の使用者との間で締結された二以上の有期労働契約・・・の契約期間を通算した期間・・・が五年を超える労働者が、当該使用者に対し、現に締結している有期労働契約の契約期間が満了する日までの間に、当該満了する日の翌日から労務が提供される期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたときは、使用者は当該申込みを承諾したものとみなす。」

と規定しています。

 これは、簡単に言うと、有期労働契約が反復更新されて、通算期間が5年以上になった場合、労働者には有期労働契約を無期労働契約に転換する権利(無期転換権)が生じるというルールです(無期転換ルール)。

 無期転換権を行使した労働者の労働条件がどうなるかについては、労働契約法18条1項2文が、

「この場合において、当該申込みに係る期間の定めのない労働契約の内容である労働条件は、現に締結している有期労働契約の内容である労働条件・・・と同一の労働条件(当該労働条件・・・について別段の定めがある部分を除く。)とする。」

と規定しています。

 要するに、

期間以外の労働条件は、原則として現に締結している有期労働契約の内容に準拠する、

ただし、別段の定めがある場合はこの限りではない、

という意味です。

 それでは、正社員就業規則は、ここでいう「別段の定め」に該当しないのでしょうか? 無期転換権の行使によって無期労働契約者となった以上、同じく無期労働契約者である正社員の就業規則が適用になるとはいえないのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪高判令3.7.9労働判例1274-83 ハマキョウレックス(無期契約社員)事件です。

2.ハマキョウレックス(無期契約社員)事件

 本件で被告・被控訴人になったのは、一般貨物自動車運送事業等を目的とする株式会社です。

 原告・控訴人になったのは、被告との間で有期労働契約を締結し、トラック運転手として配送業務に従事してきた方2名です。いわゆる無期転換ルールの適用を主張し、契約は無期労働契約に転換しました。しかし、適用される就業規則の内容に争いがあったため、原告らは正社員就業規則(期間の定めのない労働契約を締結して採用された労働者に適用される就業規則)に基づく権利を有する地位にあることの確認等を求める訴えを提起しました。

 一審が原告の請求を棄却したことを受け、原告側が控訴したのが本件です。

 就業規則の適用関係について、裁判所は、次のとおり述べて、正社員就業規則の適用を否定し、控訴を棄却しました。

(裁判所の判断)

控訴人らは、当審において、無期転換後の控訴人らの労働条件は、正社員であるAとの職務評価や待遇の比較において、職務評価による職務の価値が同一であれば同一又は同等の待遇とすべき原則(同一価値労働同一賃金の原則)に反しており、公序違反により無効であるから、信義則上、控訴人らと被控訴人との間において正社員就業規則が適用されるとの合意が成立したとみるか、無期転換後の控訴人らの労働条件について正社員就業規則が適用されるというべきであるなどと主張する。しかし、証拠・・・によれば、労契法18条を新設した労働契約法の一部を改正する法律案が審議された第180回国会における参議院厚生労働委員会(平成24年7月31日開催)において、厚生労働大臣政務官が、契約期間の無期化に伴って労働者の職務や職責が増すように変更されることが当然の流れとして考えられるが、当事者間あるいは労使で十分な話し合いが行われて、新たな職務や職責に応じた労働条件を定めることが望ましく、『別段の定め』という条文も、こうした趣旨に沿った規定であると考えられるとの答弁をしていること、労契法の改正内容の周知を図ることを目的として発出された『労働契約法の施行について』(平成24年8月10日基発0810第2号都道府県労働局長あて厚生労働省労働基準局長通知)・・・において、『別段の定め』とは、『労働協約、就業規則及び個々の労働契約(無期労働契約への転換に当たり従前の有期労働契約から労働条件を変更することについての有期契約労働者と使用者との間の個別の合意)をいうものであること』と説明されていることが認められる。そして、これらを踏まえると、労契法18条1項後段の『別段の定め』とは、労使交渉や個別の契約を通じて現実に合意された労働条件を指すものと解するのが相当であり、無期転換後の労働条件について労使間の合意が調わなかった場合において、直ちに裁判所が補充的意思解釈を行うことで労働条件に関する合意内容を擬制すべきものではなく、控訴人が主張するような同一価値労働同一賃金の原則によって労働条件の合意を擬制することが制度上要求されていると解することはできないというべきである。このことからしても、本件において、控訴人らが主張する職務評価による職務の価値が同一であれば同一又は同等の待遇とすべき原則(同一価値労働同一賃金の原則)が、平成30年10月1日の控訴人らの無期転換の時点において公の秩序として確立しているとまでは認めるのは困難である。また、控訴人らと正社員であるAとの職務評価や待遇等と比較しても、無期転換後の控訴人らの労働条件と正社員のそれとの相違が、両者の職務の内容及び配置の変更の範囲等の就業の実態に応じて許容できないほどに均衡が保たれていないとも認め難い。したがって、この点に関する控訴人らの主張は採用できない。」

3.正社員就業規則が当然に適用されるわけではない

 以上のとおり、裁判所は、正社員就業規則の適用を否定しました。本件は契約社員就業規則の適用を明示的に合意してしまっていた事案であり、過度な一般化は慎まれるべきだとは思いますが、無期転換ルールを争って勝ったその先のことまで考えるにあたり参考になります。

 

 

契約書の交付に関する否定的な言動がハラスメントとされた例

1.契約書が作成されない問題

 企業とフリーラスとの間での契約のように、当事者間の力関係に格差がある場合、敢えて契約書が作られないことがあります。契約書が作られないのは、大抵、力の強い側、企業側の意向でそうなります。

 なぜ、力の強い側が契約書を作りたがらないのかというと、契約条件が不明確なままであった方が都合がいいからです。契約条件が不明確であれば、トラブルが生じても、力の強さに物を言わせて、様々な作業負担やリスクを力の弱い方に押し付けることができるからです。こうした会社は、契約締結時には「信頼関係を大事にしているから契約書は交わさない」(なぜ、信頼関係を大事にすることが契約書の不作成につながるのかは分かりませんが)などと言いますが、トラブルが生じたり、契約を終了させようとしたりすると態度を豹変させて様々な不利益を押し付けようとしてきます。

 こうした問題が生じないよう、使用者には、労働契約の締結にあたり、労働者に対し、労働条件を書面等で交付することが義務付けられています(労働基準法15条、労働基準法施行規則5条参照)。また、労働契約の内容は、できる限り書面により確認するものとされています(労働契約法4条2項)。

 しかし、このような規制があるにもかかわらず、契約書の作成や交付に否定的な態度をとる使用者は少なくありません。

 それでは、こうした契約書の作成や交付に対する否定的言動が、ハラスメント(不法行為)を構成することはないのでしょうか?

 昨日ご紹介した、大阪地判例4.7.15労働判例ジャーナル129-56 WASH LIFEほか1社事件は、この問題を考えるにあたっても参考になる判断を示しています。

2.WASH LIFEほか1社事件

 本件で被告になったのは、

洗浄剤の製造・販売等を目的とする株式会社(被告WASHLIFE)、

被告WASHLIFEの100%子会社で、ピラティススタジオ等の経営等を目的とする令和元年10月1日に設立された株式会社(被告PERFETTA)、

被告WASHLIFE及び被告PERFETTAの代表取締役(被告B)

の三名です。

 原告になったのは、昭和43年生まれの女性であり、神戸市内において、筋力トレーニング、エクセサイズ等を目的とする「ピラティス・スタジオ sorama」を経営していた方です。

 原告の方は、

原告が被告WASHLIFEにスタジオの経営業務を委託する、

被告WASHLIFEは受託業務を行うため、被告PERFETTAを設立し、被告PERDETTAがスタジオの運営を行う、

原告はPERFETTAの従業員として雇用され、毎月一定額の給料の支払いを受ける、

という枠組みのもとで働いていました。

 本件で原告が掲げた請求は多項目に渡りますが、その中の一つに、ハラスメントを理由とする被告Bに対する損害賠償請求がありました。

 このハラスメントを理由とする損害賠償請求の可否について、裁判所は、次のとおり述べて、原告の請求を一部認容しました。

(裁判所の判断)

「原告と被告WASHLIFEが本件契約を締結していること、原告と被告PERFETTAが雇用契約を締結していることからすれば、被告WASHLIFE及び被告PERFETTAの代表取締役である被告Bが、原告に対し、ピラティス・スタジオの運営に関して指示を行ったり、不明な点があれば説明を求めたり、原告の業務遂行に不十分な点があれば、注意・指導すること自体は必要な行為であるということができる。」

「そこで、被告Bの原告に対する言動を見ていくと、被告Bは、原告に対して、『指示に従えるか』とのLINEを送信し、原告が『私で今答えられませんので、少しお待ち頂けますか』と返信したのに対し、法的措置を取る、裁判に移行する、態度を改めないなら裁判になっても絶対に和解しないなどとするLINEを送信した上、返信が遅かったなどとして始末書を作成させているが・・・、原告が被告Bの指示に従わなかったというような事情もうかがわれないにもかかわらず、唐突に上記のようなLINEを送信し、原告の対応が気にいらないとして、法的措置をとるなど強硬な文言のLINEを送信することは、その文言に照らしても、業務遂行上、必要なものであったということはできず、また、始末書の作成を必要とするようなものであったということもできない。なお、このことは、Cが被告Bに対して恋愛感情を抱いており、仮に、原告がそのことに関して、被告Bが主張するような言動をしていたとしても左右されるものではない。」

「また、被告Bは、原告がスタッフに係る契約書の交付を求めたことに対し、契約書の交付を求めることはけんかをするということであり、そうであれば営業を停止する旨の発言をしているところ・・・、使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して、労働条件を明示しなければならず、賃金等については書面で明示しなければならないこと(労基法15条1項)、使用者は、労働条件及び労働契約の内容について労働者の理解を深めるようにし、労働契約の内容についてできる限り書面により確認するものとされていること(労働契約法4条)などからすれば、スタッフに契約書の交付をすることは当然のことである。それにもかかわらず、被告Bは、上記のとおり、スタッフに係る契約書の交付を求めた原告に対し、上記のような発言を行ったものである。

「さらに、被告Bは、Fが退職したことは原告のミスである、原告がほかの従業員とも問題がある、被告Bが問題があると言っているのだから認めろなどと発言しているが・・・、Fが退職するに至った原因が原告にあることや、原告が従業員との関係において問題を抱えていたことをうかがわせる事情は認められず、また、原告がチケットの返金に関して相談したことについても始末書を作成させているが、ピラティス・スタジオにおいてチケットの返金をしないと明確に定めていたことを客観的に裏付ける証拠はなく、その点を措くとしても、業務遂行について疑問が生じたときに相談すること自体は従業員として適切な行動であるといえるが(なお、同じ事項について以前にも相談していたというような事情があれば注意・指導の対象となることもあり得るが、本件において、そのような事情はうかがわれない。)、被告Bは、上記のような言動を行ったものである。」

「加えて、被告Bは、ミーティングにおいて、利益が少ないことについて、原告を訴える、悪質なやり方をしていることになる、嫌がらせをしているってことやからなどと述べた上で、本件契約書に従えば原告の給料がなくなるなどと述べているが・・・、原告は、飽くまで被告PERFETTAに雇用された立場であったのだから、ピラティス・スタジオが利益が出るように運営するのは被告PERFETTAの責任であって(なお、原告が意図的に不適切な業務遂行をしていたことを裏付ける証拠もない。)、利益が上がらないからといって原告の給料が支払われないことになるものではない。」

「そして、被告Bは、原告が売上げをごまかしているなどとした上、300万円の出資を求めているが・・・、原告が売上げをごまかしていたことを裏付ける証拠はなく、また、原告が出資に応じなければならない理由も必要性もない。」

以上に加えて、原告と会話をする際に、被告Bが声を荒げたり、何かをたたくなどしていることなどをも併せ考慮すれば、被告Bの言動は、原告を威迫するものといわざるを得ず、本件に現れた一切の事情を総合考慮すれば、被告Bの一連の言動は、社会通念上、契約当事者間における業務遂行の在り方に関する注意・指導の範囲や、紛争に関する交渉として許容される限度を超えており、その程度は、不当なものというにとどまらず、違法なものといわざるを得ない。

したがって、被告Bの行為は、原告に対する違法なパワーハラスメントに該当するものであったと認められる。

「そして、被告Bの言動の内容、経緯など本件に現れた一切の事情を総合考慮すれば、被告Bの不法行為により原告が被った精神的苦痛を慰謝するための慰謝料は50万円とすることが相当であり、これと相当因果関係にある弁護士費用は5万円とすることが相当である。」

3.フリーランス新法との関係

 現状、企業とフリーランスとの契約について、一般的な形で書面の交付義務を定めている法令はありません。しかし、契約条件が不明確であることに起因するトラブルがあまりにも多いことから、フリーランス新法では、業務委託の際にも書面の交付義務を定めるという方向性が示されています。

「フリーランスに係る取引適正化のための法制度の方向性」に関する意見募集の結果について|e-Govパブリック・コメント

https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/PcmFileDownload?seqNo=0000241038

 書面の交付が義務化されれば、労働契約の場合と同じように、敢えて契約書を作成せず契約条件を不明確にすることを不法行為として捕捉できるようになるかもしれません。今後の立法、裁判例の動向が注目されます。

 

法的措置をとるなどの強硬な文言のLINEがハラスメントとされた例

1.法的措置を予告するメッセージ

 法的措置をとることは国民に認められた当然の権利です(憲法32条)。法的措置を予告することも、基本的に不法行為を構成することはありません。

 しかし、一般の方の受け止め方として、法的措置を示唆されると不安になる方は少なくありません。それでは、使用者から労働者に対する法的措置を予告する言葉は、いついかなる場合もハラスメント(不法行為)を構成することはないのでしょうか? これは、基本的には適法とされている法的措置の示唆も、状況によってはハラスメント(不法行為)を構成することがあるのではないかという問題です。

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判例4.7.15労働判例ジャーナル129-56 WASH LIFEほか1社事件です。

2.WASH LIFEほか1社事件

 本件で被告になったのは、

洗浄剤の製造・販売等を目的とする株式会社(被告WASHLIFE)、

被告WASHLIFEの100%子会社で、ピラティススタジオ等の経営等を目的とする令和元年10月1日に設立された株式会社(被告PERFETTA)、

被告WASHLIFE及び被告PERFETTAの代表取締役(被告B)

の三名です。

 原告になったのは、昭和43年生まれの女性であり、神戸市内において、筋力トレーニング、エクセサイズ等を目的とする「ピラティス・スタジオ sorama」を経営していた方です。

 原告の方は、

原告が被告WASHLIFEにスタジオの経営業務を委託する、

被告WASHLIFEは受託業務を行うため、被告PERFETTAを設立し、被告PERDETTAがスタジオの運営を行う、

原告はPERFETTAの従業員として雇用され、毎月一定額の給料の支払いを受ける、

という枠組みのもとで働いていました。

 本件で原告が掲げた請求は多項目に渡りますが、その中の一つに、ハラスメントを理由とする被告Bに対する損害賠償請求がありました。

 このハラスメントを理由とする損害賠償請求の可否について、裁判所は、次のとおり述べて、原告の請求を一部認容しました。

(裁判所の判断)

「原告と被告WASHLIFEが本件契約を締結していること、原告と被告PERFETTAが雇用契約を締結していることからすれば、被告WASHLIFE及び被告PERFETTAの代表取締役である被告Bが、原告に対し、ピラティス・スタジオの運営に関して指示を行ったり、不明な点があれば説明を求めたり、原告の業務遂行に不十分な点があれば、注意・指導すること自体は必要な行為であるということができる。」

「そこで、被告Bの原告に対する言動を見ていくと、被告Bは、原告に対して、『指示に従えるか』とのLINEを送信し、原告が『私で今答えられませんので、少しお待ち頂けますか』と返信したのに対し、法的措置を取る、裁判に移行する、態度を改めないなら裁判になっても絶対に和解しないなどとするLINEを送信した上、返信が遅かったなどとして始末書を作成させているが・・・、原告が被告Bの指示に従わなかったというような事情もうかがわれないにもかかわらず、唐突に上記のようなLINEを送信し、原告の対応が気にいらないとして、法的措置をとるなど強硬な文言のLINEを送信することは、その文言に照らしても、業務遂行上、必要なものであったということはできず、また、始末書の作成を必要とするようなものであったということもできない。なお、このことは、Cが被告Bに対して恋愛感情を抱いており、仮に、原告がそのことに関して、被告Bが主張するような言動をしていたとしても左右されるものではない。」

「また、被告Bは、原告がスタッフに係る契約書の交付を求めたことに対し、契約書の交付を求めることはけんかをするということであり、そうであれば営業を停止する旨の発言をしているところ・・・、使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して、労働条件を明示しなければならず、賃金等については書面で明示しなければならないこと(労基法15条1項)、使用者は、労働条件及び労働契約の内容について労働者の理解を深めるようにし、労働契約の内容についてできる限り書面により確認するものとされていること(労働契約法4条)などからすれば、スタッフに契約書の交付をすることは当然のことである。それにもかかわらず、被告Bは、上記のとおり、スタッフに係る契約書の交付を求めた原告に対し、上記のような発言を行ったものである。」

「さらに、被告Bは、Fが退職したことは原告のミスである、原告がほかの従業員とも問題がある、被告Bが問題があると言っているのだから認めろなどと発言しているが・・・、Fが退職するに至った原因が原告にあることや、原告が従業員との関係において問題を抱えていたことをうかがわせる事情は認められず、また、原告がチケットの返金に関して相談したことについても始末書を作成させているが、ピラティス・スタジオにおいてチケットの返金をしないと明確に定めていたことを客観的に裏付ける証拠はなく、その点を措くとしても、業務遂行について疑問が生じたときに相談すること自体は従業員として適切な行動であるといえるが(なお、同じ事項について以前にも相談していたというような事情があれば注意・指導の対象となることもあり得るが、本件において、そのような事情はうかがわれない。)、被告Bは、上記のような言動を行ったものである。」

「加えて、被告Bは、ミーティングにおいて、利益が少ないことについて、原告を訴える、悪質なやり方をしていることになる、嫌がらせをしているってことやからなどと述べた上で、本件契約書に従えば原告の給料がなくなるなどと述べているが・・・、原告は、飽くまで被告PERFETTAに雇用された立場であったのだから、ピラティス・スタジオが利益が出るように運営するのは被告PERFETTAの責任であって(なお、原告が意図的に不適切な業務遂行をしていたことを裏付ける証拠もない。)、利益が上がらないからといって原告の給料が支払われないことになるものではない。」

「そして、被告Bは、原告が売上げをごまかしているなどとした上、300万円の出資を求めているが・・・、原告が売上げをごまかしていたことを裏付ける証拠はなく、また、原告が出資に応じなければならない理由も必要性もない。」

「以上に加えて、原告と会話をする際に、被告Bが声を荒げたり、何かをたたくなどしていることなどをも併せ考慮すれば、被告Bの言動は、原告を威迫するものといわざるを得ず、本件に現れた一切の事情を総合考慮すれば、被告Bの一連の言動は、社会通念上、契約当事者間における業務遂行の在り方に関する注意・指導の範囲や、紛争に関する交渉として許容される限度を超えており、その程度は、不当なものというにとどまらず、違法なものといわざるを得ない。

したがって、被告Bの行為は、原告に対する違法なパワーハラスメントに該当するものであったと認められる。

「そして、被告Bの言動の内容、経緯など本件に現れた一切の事情を総合考慮すれば、被告Bの不法行為により原告が被った精神的苦痛を慰謝するための慰謝料は50万円とすることが相当であり、これと相当因果関係にある弁護士費用は5万円とすることが相当である。」

3.他の事実も考慮されてハラスメントが認められた事案ではあるが・・・

 本件でパワーハラスメントとして違法性が認められたのは、被告Bの一連の言動とされています。そのため、法的措置をとるなどの強硬な文言が用いられたことが単体でパワーハラスメント(不法行為)を構成するのかは、やや不分明です。

 それでも、法的措置の示唆が消極的に評価されたことは、なお注目に値します。使用者が労働者に対して法的措置を示唆することは少なくありませんが、本裁判例を根拠に反駁して行くことがが考えられます。