弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

管理監督者に相応しい待遇-「一介の保育士としては高額」「他の職員と比較して高額」で足りるのか?

1.管理監督者と待遇

 管理監督者には、労働基準法上の労働時間規制が適用されません(労働基準法41条2号)。管理監督者とは「労働条件その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者」の意と解されています。そして、裁判例の多くは、①事業主の経営上の決定に参画し、労務管理上の決定権限を有していること(経営者との一体性)、②自己の労働時間についての裁量を有していること(労働時間の裁量)、③管理監督者にふさわしい賃金等の待遇を得ていること(賃金等の待遇)といった要素を満たす者を労基法上の管理監督者と認めています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ」〔青林書院、改訂版、令3〕249-250参照)。

 このうち、「③賃金等の待遇」の判断にあたっては「定期に支給される基本給、その他の手当において、その地位に相応しい待遇を受けているか、賞与等の一時金の支給率やその算定基礎において、一般労働者に比べて優遇されているかなどに留意する必要がある。」とされています(前掲文献251頁)。

 それでは、ここでいう一般労働者とは、どのような労働者を指すのでしょうか?

 全労働者の平均を意味するのでしょうか? 業界毎の一般的な労働者を意味するのでしょうか? その企業における他の一般従業員を指すのでしょうか?

 この問題は、あまり良く分かっていません。絶対的な賃金額の多寡と、その業界・その企業における相対的な位置付けとが総合的に考慮されているらしいことは分かるのですが、どこに重心があるのかは、裁判所によってニュアンスに差があります。

 そのせいか、賃金水準の低い業界の使用者から、しばしば「〇〇にしては高い。」「自社の他の職員(社員)と比べれば高い。」などと、相対的な水準が強調されることがあります。だから、絶対額としては、それほどの賃金が支払われていなくても、管理監督者に該当するという論理です。

 それでは、このような使用者側の主張は、法的に理由のあるものなのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介した、京都地判令4.5.11労働判例1268-22 社会福祉法人セヴァ福祉会事件です。

2.社会福祉法人セヴァ福祉会事件

 本件はいわゆる残業代請求事件です。

 被告になったのは、保育園を経営する社会福祉法人です。

 原告になったのは、被告との間で労働契約を締結し、平成17年4月1日から令和2年3月31日までの間、保育士として勤務していた方です。退職のタイミングに合わせ、割増賃金(残業代)の支払いを請求したのが本件です。

 本件の被告は、原告を管理監督者であるとし、その待遇について次のとおり主張しました。

(被告の主張)

原告の、交通費、夜勤手当及び土曜手当等を除く月額固定賃金は、令和元年度には37万9500円・・・、平成30年度には41万2467円・・・、平成29年度には38万4500円・・・というように、一介の保育士としてはもちろんのこと、本件事業場の他の職員と比較しても高額であった。」

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告の主張を排斥し、原告は管理監督者ではないと判示しました。

(裁判所の判断)

 ・判断枠組

「管理監督者とは、労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者の意と解されており、管理監督者に当たるか否かの判断にあたっては、資格及び職位の名称にとらわれることなく、職務内容、責任と権限、勤務態様に着目する必要があり、かつ、管理監督者の地位にふさわしい待遇がされているか留意する必要があるとされている。具体的には、①事業主の経営上の決定に参画し、労務管理上の決定権限を有していること(経営者との一体性)、②自己の労働時間についての裁量を有していること(労働時間の裁量)、③管理監督者にふさわしい賃金等の待遇を得ていること(賃金等の待遇)といった要素を満たす者を管理監督者と認めるべきである。」

・経営者との一体性

「原告が勤務シフト表を作成していたことは当事者間に争いがないところ、これは、総合責任主幹などの管理職の地位にあった原告が、その地位に基づく業務の遂行として行ったものと見る余地もあり、これを超えて、原告が、職員の労務管理全般について責任を有する地位にあったことを認めるに足りる証拠はない。また、原告が、卒園式等の式典に関する計画実施の統括等を行っていたことも窺われるものの、式典の実施方法等については被告代表者が単独で決定できたものと認められること(甲24)からすれば、原告も被告代表者の指揮命令下で式典の計画実施の統括等を行っていたものと認めるのが相当である。そして、原告は、職員の採用手続に関わったこともない(被告代表者尋問の結果(以下『被告代表者』という。))。被告は、原告に本件事業場の実質的な運営に関する広い裁量が与えられていたと主張するが、本件事業場の運営に関する事項は被告代表者が単独で決定していたのであって(甲25)、原告が広い裁量権を持っていたという事実はない。よって、原告が経営者と一体となって、経営に関する決定に参画する立場にあったということはできない。」

・労働時間の裁量

「原告が勤務シフト表を作成していたことは当事者間に争いがないところ、上記(1)アのとおり、その勤務シフトは、原告を含むほとんどの保育士が毎日残業をする前提で組まれていたのであって、原告自身もそのような勤務シフト表に拘束されて勤務していたのであるから、原告が労働時間についての裁量を有していたということはできない。」

・賃金等の待遇

「被告は、原告の賃金が、一介の保育士としてはもちろんのこと、本件事業場の他の職員と比較しても高額であったと主張する。しかしながら、交通費、夜勤手当及び土曜手当等を除いた月額固定賃金が40万円前後というのが、管理監督者にふさわしいくらいに高額とは解し難い。また、原告の賃金が他の職員に比して高額なのは、原告が本件事業場の保育士の中で最も勤務歴が長く(原告本人)、管理職の肩書も付いていたのであるから、当然ということもできる。さらに、原告には、前記前提事実・・・のとおり、役職手当も支給されていたものの、その額は3万円ないし5万円にすぎないのであって、これもまた管理監督者にふさわしい金額とはいい難い。よって、原告が管理監督者にふさわしい賃金等の待遇を得ていたということはできない。

・小括

「以上によれば、原告が管理監督者の地位にあったと認めることはできない。」

3.「当業界の中では高い」「当社の中では高い」に反駁するために・・・

 上述のとおり、裁判所は、

一介の保育士としては高い、

事業場の他の職員と比べれば高い、

との被告の主張を排斥し、原告が管理監督者にふさわしい賃金等の待遇を得ていたということはできないと判示しました。

 ある民間団体のホームページによると、保育士の平均給料は約25万円とのことです。

【2022年最新版】保育士さんの平均給料はいくら?引き上げによって今後賃金は上がるのか | 保育士求人なら【保育士バンク!】

 これと比較すると、確かに、被告における原告への待遇(月額固定賃金約40万円前後)は「一介の保育士としては」高いと言えるのかもしれません。

 しかし、裁判所は、業界や企業における相対的な立ち位置は問題にせず「月額固定賃金が40万円前後というのが、管理監督者にふさわしいくらいに高額とは解し難い」と絶対的な意味合いで賃金額が不十分だと判示しました。

 冒頭で述べたとおり、絶対定な金額としては低額であるにもかかわらず、使用者側から「うちの業界では高い方である。」「うちの会社の中では高い方である。」といった主張が出されることは少なくありません。こうした主張に反論して行くにあたり、本裁判例は大いに活躍することが期待されます。

 

タイムカードのない期間の残業代を、タイムカードのある期間の平均値から推計することが認められた例

1.実労働時間の主張立証責任

 割増賃金(残業代)を請求するにあたっての実労働時間の主張立証責任は、原告である労働者の側にあります。したがって、割増賃金を請求するにあたっては、労働者の側で始業時刻・終業時刻を特定し、その間、労務を提供していたことを立証する必要があります。

 しかし、使用者の側で労働時間を把握・管理する責務・義務が懈怠している場合、働いた各日について何時から何時まで働いたのかを明確に主張・立証することは、現実問題として極めて困難です。そのため、使用者の側で労働時間を証する資料をきちんと提出できない場合、労働者側で乗り越えなければならない立証のハードルを下げるべきではないのかという議論があります。

 こうした議論に対し、裁判所は、次のような姿勢をとっています。

「使用者側が調整し、保管すべき賃金台帳その他の書類を保持せず、あるいは証拠提出しないために、労働者において正確な残業時間が不明である場合には、それは使用者の責任であるから、労働時間の立証の評価にあたっては、このことも考慮し、使用者の不利益に扱うべきであるとする主張も実務上されることがある。」

「この点については、行政法規である労基法108条・109条の存在を理由として、労働契約上の賃金請求権に関する主張立証責任を労働者から使用者に転換することは困難であり、勤怠管理が適切に行われていない場合であっても、実労働時間を推認できる程度の客観的資料がない場合には時間外労働時間の存在を認定することは困難である・・・。もっとも、労働時間の適切な主張立証とともに、労働時間数についても、労働者の側が一応の立証をしたと評価される場合には、使用者の側において有効かつ適切な反証ができていなければ、労働者の提出資料によって、労働時間性及び労働時間の認定がされることになる。」(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ』〔青林書院、改訂版、令3〕165頁参照)。

 噛み砕いて言うと、

①主張立証責任の転換はしない、

②客観的資料がなければ、時間外労働の存在が認定できないのは仕方ない、

③ただし、労働時間数について、労働者側で一応の立証がされ、使用者側から有効な反証活動がなければ、労働者側提出資料に基づいて労働時間の認定を行う、

というルールを打ち出しています。

 上記文献には③のようなルールが書かれていますが、個人的な実務経験の範疇でいうと「一応の立証」のハードルは結構高いように思われます。特に、推計を行うことにより「一応の立証」がされたと認めてもらえたことは、あまりありません。

 しかし、近時、公刊物上で、推計による割増賃金の請求を認める例が、散見されるようになっています。例えば、東京地判令4.2.25労働判例ジャーナル125-24 阪神協同作業事件は、タイムカードのない期間の労働時間について、労働時間を特定可能な期間の平均値で推計することを認めました。

タイムカードのない期間の労働時間について、労働時間を特定可能な期間の平均値で推計することが認められた例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 これと似たような発想のもと、近時公刊された判例集に、タイムカードのない期間の残業代について、タイムカードのある期間の平均値から推計することが認められた裁判例が掲載されていました。京都地判令4.5.11労働判例1268-22 社会福祉法人セヴァ福祉会事件です。

2.社会福祉法人セヴァ福祉会事件

 本件はいわゆる残業代請求事件です。

 被告になったのは、保育園を経営する社会福祉法人です。

 原告になったのは、被告との間で労働契約を締結し、平成17年4月1日から令和2年3月31日までの間、保育士として勤務していた方です。退職のタイミングに合わせ、割増賃金(残業代)の支払いを請求したのが本件です。

 原告の方はタイムカードに基づいて労働時間を立証しようとしました。

 しかし、被告が一部期間のタイムカードを開示しなかったため、タイムカードのない期間の割増賃金をどのように計算するのかという問題が生じました。

 この問題について、裁判所は、次のとおり判示し、タイムカードのある期間の平均的な割増賃金の額から推計を行うことを認めました。

(裁判所の判断)

原告のタイムカードが開示されないことから、平成30年4月度から同年6月度までの未払時間外・深夜割増賃金額を推定すると、上記・・・のとおり、同年7月度から令和2年3月度までの21か月間の期間に総額633万7251円の未払時間外・深夜割増賃金が生じていることからすれば、概ね月額30万円の未払時間外・深夜割増賃金が生じていたものと推定される。そうすると、平成30年4月度から同年6月度までの期間に、総額90万円の未払時間外・深夜割増賃金が生じていたものと推定され、上記の計算結果と合わせると、平成30年4月度から令和2年3月度までの期間では、総額723万7251円の未払時間外・深夜割増賃金が生じていたものと推定される。また、平成30年4月度から同年6月度までの各月に月額30万円の未払時間外・深夜割増賃金が生じていたとした場合、各月分の未払時間外・深夜割増賃金に対する各支払期日(毎月25日)の翌日から原告の退職の日である令和2年3月31日まで民法所定の年5分の割合による確定遅延損害金を計算すると、別紙2の2のとおり、合計8万3269円となり、上記・・・の計算結果と合わせると、平成30年4月度から令和2年3月度までの期間では、確定遅延損害金は総額35万7933円となる。」

3.推計を許容する方向に舵が切られつつあるのか?

 労働時間立証にあたり推計が許容されないとなると、資料を破棄したり、資料を出さなかったり、そもそも資料を作成しなかったりする使用者が得をすることになります。

 この結論は不合理ではないかと何度も主張してきたのですが、個人的経験の範疇では、裁判所の反応は芳しくありませんでした。

 しかし、本件や阪神協同作業事件のように、一部でもタイムカードなどの客観的証拠が揃っている事案では、そこから残部を推計することを許容する裁判例が、近時、公刊物に掲載されるようになってきています。

 裁判例の傾向が、推計をより柔軟に認める方向に舵を切ったのか、それとも、タイムカードが揃っている事案についてのみ立証の厳格さを多少緩和したのか、今後の裁判例の動向が注目されます。

 

ハラスメントで出勤できなくなった労働者による復職までの期間の賃金請求

1.解雇撤回事件(復職事件)の攻撃防御の展開

 解雇は客観的合理的理由と社会通念上の相当性がある場合にしか認められません(労働契約法16条)。この規制を考慮しない無理のある解雇がなされている事案で復職を求めると、使用者側から「解雇を撤回する」と回答されることがあります。

 しかし、労働契約法を無視した無理のある解雇を強行するような会社では、労働者が解雇前にハラスメントを受けていることが珍しくありません。こうした場合、労働者の側で、ハラスメントを踏まえた配慮がなければ安心して復職することができないという気持ちになることは自然なことです。

 それでは、解雇が撤回されたものの、使用者側からハラスメントに対する特段の配慮が示されない場合、労働者は不就労期間中の賃金を請求することができるのでしょうか?

 解雇事件の未払賃金の請求は、

「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。」

と規定する民法536条2項本文に基づいています。違法な解雇をした使用者の責めに帰すべき事由によって、労務提供義務を履行することができなくなった場合について、使用者は賃金の支払を拒むことができないという理屈です。

 それでは、解雇が撤回された場合に、

「働くことができないのは、ハラスメント対応など復職に向けた諸条件を整えない使用者の責めに帰すべき事由による」

として、復職までの不就労期間中に賃金を請求することはできないのでしょうか?

 当然のことながら、解雇を撤回した使用者の側は、働かないのは労働者の側の事情だという姿勢をとります。賃金の支払に容易には応じず、実務上、労使間で不就労期間中の賃金支払義務の存否が争われることは、決して少なくありません。

 この問題を考えるにあたり、近時公刊された判例集に参考になる裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いていた、東京地判令4.2.4労働判例ジャーナル125-42 トラストリー事件です。

2.トラストリー事件

 本件で被告になったのは、宅地建物取引業等を業とする株式会社です。

 原告は、令和2年3月1日に被告との間で雇用契約を締結し(本件雇用契約)、同年5月30日まで被告で労務を提供していた方です。

 原告の方は、

同日付けで試用期間満了に伴う解雇・留保解約権行使をされたことが違法であるとして、地位確認やバックペイの支払いを求めるとともに、

被告の実質的代表者であるCからパワーハラスメント(パワハラ)を受けたのに、被告が全く配慮しなかったと主張して、慰謝料の支払いを請求しました。

 これに対し、被告は、

「本件雇用契約は純粋な3か月の有期雇用契約である」

同年5月22日、Cは「君の試用期間、2か月ぐらい延長しませんか?」と発言したが、これは「原告に対し、新たに2か月間の有期雇用契約締結の申し入れをするか否かを問うているものである。」

「本件雇用契約は、3か月が満了する」同年5月30日に「当然終了している」

などと述べ、第一次的には解雇事案ではないと主張しました。

 被告は、仮定的に、同年3月1日から同年5月30日までの期間を使用期間と解するにしても、留保解約権の行使には、客観的合理的理由、社会通念上の相当性があると主張しました。

 裁判所は、本件雇用契約は試用期間付きの期間の定めのない雇用契約であり、解雇権・留保解約権行使は違法であるとしたうえ、次のとおり述べて、未払賃金の請求を認めました。

(裁判所の判断)

「原告が令和2年6月1日以降被告に出社していないのは、同年5月30日にCから解雇を通告されたからにほかならず、また、原告は、被告に対し、代理人弁護士を通じて、出社できない理由を明確に通知している(甲5の1・2)。」

「以上のとおり、被告の主張する解雇理由は、いずれも事実を認めるに足りる証拠がないか、事実が認められるとしても、本件解雇の合理的理由を客観的に基礎づけるものとはいない。仮に、解雇理由が存在したとしても、適切な指導を経ないまま突然解雇を通告するのは社会通念上相当とは認められない。」

「したがって、本件解雇は、解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存し、社会通念上相当として是認され得るものとは認められず、解約権の濫用に当たり無効である。」

「その結果、原告は、本件解雇の日以降も、被告との間の雇用契約上の権利を有する地位にあることになる。」

そして、前記認定事実1(9)によれば、原告が被告に出勤できていないのは、本件解雇、Cのパワハラ行為及び後述の被告の安全配慮義務違反のためであると認められる。そうすると、原告が被告の責めに帰すべき事由によって本件雇用契約に基づく債務を履行することができなくなっているものということになるから、被告は、原告に対する本件解雇の日以降の給与の支払を拒むことができないこととなる(民法536条2項)。

3.注目の「前記認定事実1(9)」

 この事件で目を引かれるのは、上述の「前記認定事実1(9)」です。

 これは次の事実を指しています。

(裁判所の認定した「前記認定事実1(9)」)

「原告は、同年6月1日以降、欠勤した。」

「原告は、同月9日、被告に対し、Cのパワハラ行為を指摘した上で、職場復帰の意向があることを伝え、職場復帰のスケジュール等を尋ねる文書を送付した。」

「同月16日、原告代理人谷垣雅庸、被告代理人須田唯雄及びDの3名で話合いを行ったが、解決には至らなかった。」

被告は、同年7月2日、原告に対し、原告を同月末まで従前どおり待遇すると文書で回答したが、Cのパワハラ行為を踏まえた職場復帰後の配慮についての記載はなかった。

「そこで、原告は、上記文書に対して反論するとともに、職場復帰後の配慮方法を尋ねる文書を送付した。」

「これに対し、被告は、職場復帰後の配慮としては、Cが原告に接触せず、両名では何も話さないこと、これが最大限の配慮である旨を回答した。

「原告は、これ以上の話合いは難しいと考え、労働審判を申し立てた。(甲5~8、12)」

 被告の賃金支払方法は月末締め翌月10日払です。

 この事件の裁判所は、上述のとおり「被告は、原告に対する本件解雇の日(令和2年5月30日 括弧内筆者)以降の給与の支払を拒むことができない」と指摘したうえ

「被告は、原告に対し、令和2年7月から本判決確定の日まで、毎月10日限り、25万円の割合による金員を支払え」

という判決主文を言い渡しています。

 このことからも明確に分かるとおり、裁判所は、令和2年7月に被告が行った

「原告を同月末まで従前どおり待遇する」

「職場復帰後の配慮としては、Cが原告に接触せず、両名では何も話さないこと、これが最大級の配慮である」

という回答に意義を認めませんでした。同年7月中に原告が働かなかったのも、飽くまでも被告に責任があるという立場を堅持したということです。

 これはハラスメントに対する配慮を見せず、ただ従前通りの労働条件で復職することを認めたとしても、使用者の責めによる労務提供義務の履行不能状態が解消されないことを意味しています。

 これは解雇撤回後の不就労期間の賃金請求の可否を考えるうえで極めて画期的な判断です。ハラスメント対応を行わず、漫然と従前通りの労働条件での復職することを求める使用者への対抗手段として、広く活用して行くことが考えられます。

 

弁護士の助言に従い証拠を保全するために行った録音が解雇理由にならないとされた例

1.録音の重要性

 労働事件を処理するにあたり、録音は重要な証拠になります。特に、ハラスメントをテーマとする訴訟では、立証の核になることも少なくありません。

 そのため、在職中の労働者からハラスメントに関する相談を受けた弁護士は、当面の対応として、しばしば加害者の言動を録音するように指示します。

 しかし、近時、職場での録音に消極的な評価を与える裁判例が散見されるようになっています。

 例えば、東京地立川支判平30.3.28労働経済判例速報2363-9 甲社事件は、

「被用者が無断で職場での録音を行っているような状況であれば、他の従業員がそれを嫌忌して自由な発言ができなくなって職場環境が悪化したり、営業上の秘密が漏洩する危険が大きくなったりするのであって、職場での無断録音が実害を有することは明らかであるから、原告に対する録音禁止の指示は、十分に必要性の認められる正当なものであったというべきである。」

と判示したうえ、使用者からの録音禁止の指示に従わなかったことを解雇の正当性を支える一つの事情として位置付けました。

 また、東京高判令元.11.28労働判例1215-5 ジャパンビジネスラボ事件は、

「一審原告は、一審被告からの指導を受け、一審被告代表者からも録音の禁止を命じられたにもかかわらず、あえてこれに従うことなく、執務室内における録音を止めなかったのみならず、自らが署名した誓約書を撤回すると述べたり、執務室内における録音をしない旨を約する確認書を自ら提出したにもかかわらずこれを破棄して録音をしたものであるから、このような一審原告の行為は、服務規律に反し、円滑な業務に支障を与える行為というべきである。」

と判示し、使用者からの録音禁止命令に反して執務室内で録音を行ったことを雇止めの効力を認める方向の事情として評価しています。

職場での録音の許否-従来型のアドバイス「取り敢えず録音」は危うい - 弁護士 師子角允彬のブログ

 このように労働契約を解消する方向での事情として録音を位置付ける裁判例が散見されることに危惧を抱いていたのですが、近時公刊された判例集に、パワハラを受けたと認識する中で弁護士の助言に従い証拠を保全するために行った録音行為は、解雇を正当化する理由にならないと明言した裁判例が掲載されていました。東京地判令4.2.4労働判例ジャーナル125-42 トラストリー事件です。

2.トラストリー事件

 本件で被告になったのは、宅地建物取引業等を業とする株式会社です。

 原告は、令和2年3月1日に被告との間で雇用契約を締結し(本件雇用契約)、同年5月30日まで被告で労務を提供していた方です。

 原告の方は、同日付けで試用期間満了に伴う解雇・留保解約権行使をされたことが違法であるとして、地位確認やバックペイ、慰謝料等の支払いを求め、被告に対し、訴えを提起しました。

 この事案で、裁判所は、次のとおり述べて、解雇・留保解約権行使の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「解約権留保付雇用契約における留保解約権に基づく解雇については、通常の解雇の場合よりも広い範囲における自由が認められるにしても、解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認され得る場合にのみ許されるものと解するのが相当である(最高裁昭和48年12月12日大法廷判決・民集27巻11号1536頁参照)。」

「被告は、本件解雇の客観的に合理的な理由として、〔1〕原告が賃貸借契約についての契約金明細と実入金額の違いの説明を放置したこと、〔2〕当月末までに集計すべきサブリース代金の集計が遅れたこと、〔3〕契約書の同一性を確認する突合を指導するとこれに反発したこと、〔4〕職務に対する適性がなく、自己中心的であったこと、〔5〕解約届記載の敷金返還口座を訂正したこと、〔6〕原告がCらの承諾なくその会話内容を録音したこと及び〔7〕原告が令和2年6月1日以降に連絡なく出社しなくなったことを挙げる。」

「しかしながら、〔1〕、〔2〕及び〔3〕については、時期や具体的内容が不明である上、仮に被告主張の事実があったとしても、業務に支障が生じた事実までは認められない。」

「〔4〕についても、具体的内容が不明である上、Cが原告を職務の適性がなく自己中心的であると評しているとしても、上記評価を裏付ける客観的な証拠はない。むしろ、Bは、同年5月29日の会話の中で、原告がCに冷遇されている理由については分からないと述べた上で、「目の敵にされてるだけ」、『仕事うんぬんの話じゃなくなっちっゃて』いると発言しており(甲9の1・2)、原告の勤務態度や能力にさほどの問題がなかったことがうかがわれる。」

「〔5〕については、前記認定事実のとおり、原告が解約届記載の敷金返還口座を訂正したことは認められるが、借主法人の担当者の了解を得て行ったことであり、私文書偽造等と評価される行為ではない。また、被告の業務に支障が生じた事実もない。」

〔6〕については、原告がCらの承諾なく会話内容を録音していたことは認められるとしても、これは、原告がCからパワハラを受けていたと認識する中で、弁護士の助言に従い、証拠を保全するために行ったものであり、解雇を正当化する理由とはならない。

「〔7〕原告が令和2年6月1日以降被告に出社していないのは、同年5月30日にCから解雇を通告されたからにほかならず、また、原告は、被告に対し、代理人弁護士を通じて、出社できない理由を明確に通知している・・・。」

「以上のとおり、被告の主張する解雇理由は、いずれも事実を認めるに足りる証拠がないか、事実が認められるとしても、本件解雇の合理的理由を客観的に基礎づけるものとはいない。仮に、解雇理由が存在したとしても、適切な指導を経ないまま突然解雇を通告するのは社会通念上相当とは認められない。」

「したがって、本件解雇は、解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存し、社会通念上相当として是認され得るものとは認められず、解約権の濫用に当たり無効である。」

3.やはり基本的には問題ないものと理解されるべきだろう

 上述のとおり、本裁判例は、

① パワハラを受けていたと認識する中で、

② 弁護士の助言に従い、

③ 証拠を保全するために行った

録音は解雇を正当化する理由にはならないと判示しました。

 判断の内容は至極常識的なものだと思います。

 近時、職場での録音に消極的な裁判例が出現していましたが、その流れに歯止めをかける裁判例として注目されます。

 

就労請求権の存否が問題になった例(牧師-否定)

1.就労請求権

 使用者に労働することを請求する権利を、就労請求権といいます。

 代表的な裁判例は、

①労働契約等に就労請求権についての特別の定めがある場合、

または

②労務の提供について労働者が特別の合理的な利益を有する場合、

を除き、一般的に労働者は就労請求権を有するものではないとの考え方を採用しています(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕249頁参照)。

 つまり、原則的には否定されるものの、例外的には肯定される場合があるということです(上記①、②の場合)。

 就労請求権の存否は、しばしば裁判所でも争いの対象になります。これまで就労請求権が認められた職種としては、大学教員、調理人、医師などがあります(上記『詳解 労働法』249-250頁参照)。

 この就労請求権の存否をめぐる争いに一例を加える裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介した、大阪地判令4.2.10労働判例ジャーナル125-38 在日本南プレスビテリアンミッション事件です。

2.在日本南プレスビテリアンミッション事件

 本件で被告になったのは、キリスト教の教義を広め、儀式行事を行い、信者を教化育成することを目的とすると共に、病院(本件病院)を運営している宗教法人です。

 原告になったのは、牧師資格を有している女性で、被告との間で定年後に嘱託職員雇用契約(本件再雇用契約 係争中に更新されており、最新のものが「本件再雇用契約〔2〕」)を締結して働いている方です。

 本件では複数の請求が掲げられましたが、その中に、

被告は、原告に対し、令和3年4月1日から令和4年3月31日までの嘱託職員雇用契約に基づいて、別紙記載の労働条件で就労させよ

という請求がありました。

 ここでいう別紙記載の労働条件とは、次のようなものです。

勤務日 月曜日、火曜日、木曜日及び金曜日

本件病院と老健施設における平日朝のメッセージの回数 月1セット(本件病院及び老健施設の両施設において1か月に1回ずつ)

賃金 基本給 月20万9950円

   伝道手当 月10万5000円

 上記の「メッセージ」とは日常語でいうメッセージとは異なり、「礼拝等の場において行う司式と説教」を意味します。

 原告がこのような請求を掲げて訴えの提起をしたのは、勤務日数を週3にされたうえ、メッセージの担当を外されたからでした。原告の方は、

「被告は、入院患者への寄り添い業務はチャプレン室全体で対応すべきものであり、原告一人が突出して行うべきではないとして、原告の勤務日数を週4日から週3日にしたが、原告の寄り添い業務の時間と機会を取上げることは、入院患者にとっても本件病院の理念・・・にとっても好ましくなく、原告や入院患者に理由のない精神的苦痛を与えるだけである。」

「原告がチャプレンとして提供する労務は、本件病院のような医療を通じてキリストの福音を伝えることを目的とする病院とその関連施設でなければ提供することができない極めて特殊な労務である。そのため、原告は、労務の提供について特別の利益を有するため、被告に対して別紙記載の労働条件での就労請求権(本件就労請求権)を有している。」

などと主張し、上記の条件で就労させることを請求しました(チャプレン=宗教上の礼拝・説教・牧会・宣教等に従事する聖職者のこと)。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告の就労請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「労働契約は、労働者が使用者の指揮命令に従って労務を提供する義務を負い、使用者はこれに対して賃金を支払う義務を負うことを要素とする契約である(民法623条、労働契約法6条参照)。このような労働契約の性質からは、労働者が提供した特定の労務を使用者が受領する義務を基礎づけることはできず、個別の労働契約の内容や当該契約関係上の特別の事情などの根拠を要する。」

「以上によれば、労働者は原則として使用者に対して就労請求権を有さず、個別の労働契約等において特別の定めがある場合や当該労働者の業務の性質上労務の提供について特別の合理的な利益を有する場合などの特段の事情がある場合に限り、就労請求権を有するものと解するのが相当である。

「そこで、以下では、本件就労請求権のメッセージの実施について、上記特段の事情が認められるか否かについて検討する。」

(中略)

原告は、労務提供上の特別な利益として、チャプレンの労務は、本件病院のような医療を通じてキリストの福音を伝えることを目的とする病院とその関連施設でなければ提供することができない極めて特殊な労務である点を挙げる。しかし、証拠・・・によれば、メッセージはチャプレン以外に信仰告白をしたものであれば担当できる業務であることが認められる。また、メッセージを担当しないことによって、原告の他の業務に支障が生じるなどの事情は認められない。したがって、原告の上記主張は、労務の提供について特別の利益を基礎づける事情に当たるものではないから、採用することができない。

「以上のとおり、本件では、就労請求権を認める特段の事情は認められないから、本件就労請求権は認められない。」

3.肯定されても良さそうには思われるが・・・

 上述のとおり、裁判所は、特別の利益が認められないとして、牧師の就労請求権を否定しました。

 しかし、牧師の仕事は、職務であると同時に、個人にとっての宗教的行為でもあります。特定の信仰を有している人にとって、その仕事に従事することは、何物にも代えがたい価値があるのではないかと思います。

 個人的には就労請求権が認められることが相当な職種だと思っていたため、今回の裁判所の判断は残念に思います。

 

民事訴訟で就労を請求の趣旨に掲げることができるのか?

1.就労請求権

 使用者に労働することを請求する権利を、就労請求権といいます。

 代表的な裁判例は、

①労働契約等に就労請求権についての特別の定めがある場合、

または

②労務の提供について労働者が特別の合理的な利益を有する場合、

を除き、一般的に労働者は就労請求権を有するものではないとの考え方を採用しています(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕249頁参照)。

 つまり、原則的には否定されるものの、例外的には肯定される場合があるということです(上記①、②の場合)。

 これまで就労請求権が認められた職種としては、大学教員、調理人、医師などがあります(上記『詳解 労働法』249-250頁参照)。

 それでは、就労請求権の存在を主張する労働者は、訴訟法上、どのような争い方ができるのでしょうか? 特定の就労をさせろということを請求の趣旨に掲げて訴えを提起することは許されるのでしょうか? それとも、就労請求権侵害を理由とする損害賠償請求を行うことができるに留まるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判令4.2.10労働判例ジャーナル125-38 在日本南プレスビテリアンミッション事件

2.在日本南プレスビテリアンミッション事件

 本件で被告になったのは、キリスト教の教義を広め、儀式行事を行い、信者を教化育成することを目的とすると共に、病院(本件病院)を運営している宗教法人です。

 原告になったのは、牧師資格を有している女性で、被告との間で定年後に嘱託職員雇用契約(本件再雇用契約 係争中に更新されており、最新のものが「本件再雇用契約〔2〕」)を締結して働いている方です。

 本件では複数の請求が掲げられましたが、その中に、

被告は、原告に対し、令和3年4月1日から令和4年3月31日までの嘱託職員雇用契約に基づいて、別紙記載の労働条件で就労させよ

原告が、被告に対し、令和3年4月1日から令和4年3月31日までの嘱託職員雇用契約に基づいて、別紙記載の労働条件で就労する権利があることを確認する

という請求がありました。

 ここでいう別紙記載の労働条件とは、次のようなものです。

勤務日 月曜日、火曜日、木曜日及び金曜日

本件病院と老健施設における平日朝のメッセージの回数 月1セット(本件病院及び老健施設の両施設において1か月に1回ずつ)

賃金 基本給 月20万9950円

   伝道手当 月10万5000円

 上記の「メッセージ」とは日常語でいうメッセージとは異なり、「礼拝等の場において行う司式と説教」を意味します。

 原告がこのような請求を掲げて訴えの提起をしたのは、勤務日数を週3にされたうえ、メッセージの担当を外されたからでした。原告の方は、

「被告は、入院患者への寄り添い業務はチャプレン室全体で対応すべきものであり、原告一人が突出して行うべきではないとして、原告の勤務日数を週4日から週3日にしたが,原告の寄り添い業務の時間と機会を取上げることは、入院患者にとっても本件病院の理念・・・にとっても好ましくなく、原告や入院患者に理由のない精神的苦痛を与えるだけである。また、被告は、令和3年4月以降、原告にメッセージの担当を禁じて同僚の病院チャプレン等に担当させているが、これは被告が原告と同僚らとの関係を分断しかねないパワーハラスメントである。」

「以上のとおり、原告の勤務日数とメッセージの担当回数に係る労働条件は、原告の能力と経歴に照らして合理的な理由なく仕事を与えないというパワーハラスメントである。したがって、本件再雇用契約〔2〕において原告が担当するメッセージの回数は月1回であり、これに伴って労働条件は別紙のとおりとなる。」

「原告がチャプレンとして提供する労務は、本件病院のような医療を通じてキリストの福音を伝えることを目的とする病院とその関連施設でなければ提供することができない極めて特殊な労務である。そのため、原告は、労務の提供について特別の利益を有するため、被告に対して別紙記載の労働条件での就労請求権(本件就労請求権)を有している。」

「本件再雇用契約〔2〕の契約書には、『なお、現在法人と裁判中なので将来変更の可能性がある。』との定めがあるところ、これは、原告の勤務日、メッセージの担当回数及び賃金について、将来裁判所が妥当と判断する労働条件に従うという特約である。そのため、原告は、被告に対して、裁判所が妥当と判断する労働条件で就労する権利として、本件就労請求権を有している。」

などと主張し、就労させることや、就労請求権の確認を請求しました(チャプレン=宗教上の礼拝・説教・牧会・宣教等に従事する聖職者のこと)。

 裁判所は、結論として原告の請求を棄却しましたが、次のとおり判示して、就労請求の適法性を認めました。

(裁判所の判断)

・本件訴えのうち原告の被告に対する就労請求権の確認を求める部分の適法性について

「原告は、本件訴えにおいて、本件就労請求権の内容に沿って就労を求めている。そうすると、同部分が認められれば、本件訴えのうち原告の被告に対する就労請求権の確認を求める部分は目的を達するから、本件訴えのうち同部分は、訴えの利益を欠く不適法なものであって、却下を免れない。」

・本件訴えのうち原告が被告に対して就労を求める部分の適法性について

「被告は、本件訴えのうち原告が被告に対して就労を求める部分は、令和3年4月以降の原告と被告との間の労働契約(本件再雇用契約〔2〕)に係る訴えであるところ、同部分は本件訴えに先立って申し立てられた労働審判手続において審理の対象とされていなかったため、本件訴えの審理の対象とはならず不適法である旨主張する。」

「しかし、労働審判に対し適法な異議の申立てがあったときは、労働審判手続の申立てに係る請求については、当該労働審判手続の申立ての時に訴えの提起があったものとみなされるところ(労働審判法22条1項)、その後の訴訟手続における訴えの変更(民事訴訟法143条)を制限する旨の定めは見当たらない。したがって、被告の上記主張は法令上の根拠を欠くものであるから、採用することができない。」

被告は、本件訴えのうち原告が被告に対して就労を求める部分は、当事者間の労働契約の個別の条項に係る問題であり、私的自治に委ねられている範囲であるから、裁判の対象外である旨主張する。

しかし、当事者の合意の効果として本件就労請求権が認められるか否かは実体法上の権利の有無及び内容に係る問題であり、訴えの適法性に係る問題ではない。被告の上記主張は、訴えの適法性に係る主張とはいえず、採用することができない。

・本件就労請求権の有無について

「労働契約は、労働者が使用者の指揮命令に従って労務を提供する義務を負い、使用者はこれに対して賃金を支払う義務を負うことを要素とする契約である(民法623条、労働契約法6条参照)。このような労働契約の性質からは、労働者が提供した特定の労務を使用者が受領する義務を基礎づけることはできず、個別の労働契約の内容や当該契約関係上の特別の事情などの根拠を要する。」

「以上によれば、労働者は原則として使用者に対して就労請求権を有さず、個別の労働契約等において特別の定めがある場合や当該労働者の業務の性質上労務の提供について特別の合理的な利益を有する場合などの特段の事情がある場合に限り、就労請求権を有するものと解するのが相当である。」

「そこで、以下では、本件就労請求権のメッセージの実施について、上記特段の事情が認められるか否かについて検討する。」

「原告は、上記の個別の労働契約等における特別の定めとして、本件再雇用契約〔2〕の契約書の『その他』の項目に『なお、現在法人と裁判中なので将来変更の可能性がある。』と定められている箇所を指摘し、これはメッセージの担当回数及び賃金について、将来裁判所が妥当と判断する労働条件に従うという特約であると主張する。しかし、上記条項の文言は当事者間の裁判の結果として労働条件が変更される可能性を示すにとどまり、提供する労務の具体的な内容を裁判所において定めてこれを被告が受領しなければならない旨の合意があるとは認められない。したがって、原告の上記主張は、指摘する事情をもって就労請求権を基礎づけることができないため、採用することができない。」

「また、原告は、労務提供上の特別な利益として、チャプレンの労務は、本件病院のような医療を通じてキリストの福音を伝えることを目的とする病院とその関連施設でなければ提供することができない極めて特殊な労務である点を挙げる。しかし、証拠・・・によれば、メッセージはチャプレン以外に信仰告白をしたものであれば担当できる業務であることが認められる。また、メッセージを担当しないことによって、原告の他の業務に支障が生じるなどの事情は認められない。したがって、原告の上記主張は、労務の提供について特別の利益を基礎づける事情に当たるものではないから、採用することができない。」

「以上のとおり、本件では、就労請求権を認める特段の事情は認められないから、本件就労請求権は認められない。」

3.確認請求はダメだが就労請求は適法

 上述のとおり、裁判所は、就労請求権の確認請求は不適法としつつも、就労請求については、その適法性を認めたうえ、実体判断を行いました。

 就労請求をダイレクトに行うという発想は従来それほど意識されていなかったように思われますが、この判決により手続選択の幅が広がりそうです。

 

ハラスメントで高額の慰謝料が認められた事案-長期間に渡る性的自由の侵害

1.ハラスメントの慰謝料

 事案の内容にもよりますが、一般論としていうと、パワーハラスメントやセクシュアルハラスメントを理由とする損害賠償請求で、高額の慰謝料が認容されることは、あまりありません。

 しかし、稀に数百万円規模の高額な慰謝料の請求が認められる事案もあります。こうした事案の特徴を把握し、高額の慰謝料請求が認容される事案を類型化しておくことは、従来あまり意識されてこなかったことではありますが、被害者救済にとって意味のあることだと思っています。

 このような問題意識を持って近時公刊された判例集に目を通していたところ、ハラスメント(性的関係の強要等)で高額の慰謝料の請求が認められた裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した東京高判令4.2.10労働判例ジャーナル125-36 ローカスト事件です。

2.ローカスト事件

 本件で被告(被控訴人)となったのは、

映画や舞台装置等の企画や特殊撮影等を行う特例有限会社と(被控訴人会社)、

被告の代表取締役Bの二男で取締役のC(被控訴人C)

の二名です。

 原告(控訴人)になったのは、被控訴人Cから事務員として働かないかとの誘いを受け、被控訴人会社で経理等の事務全般を担当していた方です。本件の原告は、

被控訴人Cから、飲み会で強い酒を飲まされ、意識を失っている間に被控訴人Cの自宅に連れていかれて意に反する性的暴行を受け、

その後も被控訴人会社の上司と部下という地位を利用して繰り返し性的関係を強要され、

控訴人の人格を否定するような言動を受け続けた後、

被控訴人会社から一方的に解雇されたと主張して、地位確認や未払賃金、損害賠償等を求める訴えを提起しました。

 一審が少額の慰謝料のみ認容したことから、原告側が控訴したのが本件です。

 本件は極めて凄惨な事件で、裁判所は事件の筋を次のように認定しています。

(裁判所の認定)

「当裁判所は、本件訴訟の主たる争点である、平成26年8月21日に被控訴人Cが控訴人に対して行った控訴人の意に反する性的暴行(準強制性交)から、平成29年2月に控訴人が、被控訴人会社から一方的に解雇されるに至るまでの一連の行為については、それぞれの言動等を分断されたエピソードとして捉えられるべきではなく、・・・以下で詳述するとおり、控訴人を正社員として雇用した被控訴人会社の取締役であり、被控訴人会社の代表取締役の息子であって次期社長として目され、同社の従業員の人事や解雇などについて権限を掌握していた被控訴人Cが、その地位や権限を濫用し、控訴人がようやく得た被控訴人会社の正規職員の職を解雇されかねないことを強くおそれていることに乗じ、嫌がる控訴人に対し、自分勝手な時間帯やシチュエーションにおいて性行為を繰り返し、被控訴人Cに対し心理的に反抗できない立場にある控訴人に対し、真に控訴人が同意するとは考えられない性行為を行い、控訴人をあたかも自己の所有物であるかのように扱い、控訴人の人格を否定するような言動を繰り返して行った事案であると考える。」

 この事案で、裁判所は、次のとおり述べて、被控訴人Cの不法行為責任を認め、控訴人が被った精神的苦痛に対する慰謝料の額としては400万円が相当であると判示しました。

(裁判所の判断)

・被控訴人Cの不法行為の有無について

「被控訴人Cは、控訴人に対し、前記2で認定したとおり、平成26年8月21日の飲み会の後に、意識を失っている控訴人の衣服を脱がせて、被控訴人Cが控訴人に対して意に反する性的暴力を行い、この行為は準強制性交(当時の準強姦)等に該当する不法行為であることは明らかである。そして、その後も、被控訴人Cは2年以上の間、控訴人を深夜までスナックや被控訴人C宅に連れ回して、避妊せずに自己本位な性的行為に及ぶことを繰り返し、控訴人の体調等に配慮することなく、自らの欲望の充足を優先させていたものであって、被控訴人Cは被控訴人会社の取締役であり代表取締役の息子であり次期代表取締役と目され、控訴人をいつでも辞めさせることができる実質的権限を有しており、控訴人は、解雇を恐れて、被控訴人Cの要求に従い続け、控訴人は妊娠及び流産と思われる兆候を繰り返し体調を悪化させていたところ、控訴人が平成29年2月17日の夜に、控訴人から被控訴人Cの横暴に耐え切れず、被控訴人Cのこれまでの言動を批判して反抗的な態度を見せるや否や、被控訴人Cは控訴人に対し、死んでくれなどの暴言とともに解雇を通告した。被控訴人Cによる上記一連の行為は、控訴人において被控訴人Cの要求を拒否することが困難な状況にあることを利用して、控訴人の性的自由を侵害し、同人の意に反する行動を強要して健康を害させると共に現在に至るまで精神科に通院を必要とする多大な精神的ダメージを負わせるなど人格権を侵害する違法なものというべきであって、不法行為を構成することは明らかである。(なお、被控訴人Cによる不法行為は、平成26年8月の性交渉も含めて一連のものとして捉えるべきであることからすれば、強姦行為の消滅時効の成否・・・については判断を要しないことになる。)

・損害について

「上記認定のとおりの被控訴人Cの不法行為の悪質な態様や期間の長さに加え、控訴人は経済的に困窮し、精神的に不安定な状態が続いて精神科に通院するなどしていることからすれば、多大な精神的苦痛を被ったというべきである。そうすると、控訴人の被った精神的苦痛に対する慰謝料の額としては400万円が相当である。そして、本件事案の性質、審理の経過、認容額等を考慮すると、被控訴人Cの行為と相当因果関係のある控訴人の弁護士費用は40万円とするのが相当である。」

3.長期間に渡る性的自由の侵害

 本件で慰謝料額が高額化したのは、裁判所が性的自由の侵害を重視していること、被害を受けた期間が長いこと、経済的な困窮が生じたこと、精神科への通院を余儀なくされたことなどが関係しているように思われます。

 また、一連の性的自由の侵害行為を継続的不法行為として捉え、時効の問題がクリアされている点でも本件は参考になります。