弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

雇止め-問題行動が契約更新に向けた合理的期待を失わせる理論的根拠

1.雇止め法理の適用における問題行動の位置付け

 労働契約法19条2号は、

「当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められる」

場合(いわゆる「合理的期待」が認められる場合)、

有期労働契約の更新拒絶を行うためには、客観的合理的理由、社会通念上の相当性が必要になると規定しています。

 この規定があるため、契約更新に向けて合理的期待を有している労働者は、さしたる理由もなく契約更新を拒絶されることから保護されています。

2.二段階審査

 この規定の適用を受けるにあたっては、労働者は二つのハードルを乗り越える必要があります。

 一つは合理的期待が認められることです。契約更新に向けた合理的期待が認められない場合、大した理由があろうがなかろうが、期間満了により労働契約は終了することになります。

 もう一つは、客観的合理的理由・社会通念上の相当性です。契約の更新が認められるためには、使用者側が主張する雇止めの事由が、客観的合理的理由・社会通念上の相当性に欠けているといえる必要があります。要するに、大した理由もないのに、契約の更新を拒絶することは許されないということです。

 雇止めの可否を検討するにあたっては、このように司法審査の構造が二段階に分かれていることを意識しておく必要があります。

3.問題行動の位置付けは?

 それでは、雇止め法理の適用の可否を判断するにあたり、労働者側に問題行動があったことは、どこに位置付けられるのでしょうか?

 更新に向けた期待を減殺する事情として、合理的期待が認められるのかどうかの考慮要素として位置付けられるのでしょうか?

 それとも、合理的期待とはあまり関係がなく、客観的合理的理由・社会通念上の相当性が認められるか否かを判断する段階で検討されるのでしょうか?

 この問題は、あまりはっきりとは分かっていません。合理的期待の有無を審査する段階での考慮要素として位置付けた裁判例もあれば、客観的合理的理由・社会通念上の相当性の有無を判断する段階で検討した裁判例もあります。

 しかし、個人的には合理的期待の有無の段階での考慮要素として位置付けることには疑問を持っていました。その理由は理論的根拠が良く分からないことです。問題行動を起こして、使用者側から「次の契約の更新はなくなりますよ。」と注意指導を受けていた場合に、注意指導を受けていたことと、注意指導にも関わらず問題行動が改まらなかったことがセットで合理的期待を減殺するという理屈であれば分からなくもありません。しかし、契約の更新に向けた注意指導と紐づけられていない問題行動それ自体に合理的期待を減殺する効力があるとする理論的根拠は良く分かりません。

 立法者意思にしても、問題行動を合理的期待と直接結びつく事情として評価いていたのかは疑問があります。具体的に言うと、平成24年8月10日 基発0810第2号 厚生労働省労働基準局長「労働契約法の施行について」は、合理的期待の考慮要素について、次のとおり記述しています。

法第19条第1号又は第2号の要件に該当するか否かは、これまでの裁判例と同様、当該雇用の臨時性・常用性、更新の回数、雇用の通算期間、契約期間管理の状況、雇用継続の期待をもたせる使用者の言動の有無などを総合考慮して、個々の事案ごとに判断されるものであること。 なお、法第19条第2号の『満了時に』は、雇止めに関する裁判例における判断と同様、『満了時』における合理的期待の有無は、最初の有期労働契約の締結時から雇止めされた有期労働契約の満了時までの間におけるあらゆる事情が総合的に勘案されることを明らかにするために規定したものであること。したがって、いったん、労働者が雇用継続への合理的な期待を抱いていたにもかかわらず、当該有期労働契約の契約期間の満了前に使用者が更新年数や更新回数の上限などを一方的に宣言したとしても、そのことのみをもって直ちに同号の該当性が否定されることにはならないと解されるものであること。

 上記文書では合理的期待の存否を判断するための考慮要素として労働者の問題行動は明示されていませんし、一旦生じた合理的期待を事後的な事情によって消滅させることには否定的な考えが持たれているようにも見えます。

 このように問題行動を二段階審査のどの段階に位置付けるのかは、不分明なところが多いのですが、近時公刊された判例集に、問題行動が合理的期待を減殺する理由が説明された裁判例が掲載されていました。横浜地川崎支判令3.12.21労働判例ジャーナル122-30 アクイティオ事件です。

4.アクイティオ事件

 本件で被告になったのは、川崎市市民ミュージアムの指定管理者とされていた株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で有期労働契約(平成29年4月1日~平成30年3月31日)を締結し、副館長として働いていた方です。問題行動があるなどとして、平成30年3月31日付けで被告から雇止めにされました。これを受けて、雇止めの無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 裁判所は、次のとおり述べて、雇止めは有効であると判示し、原告の請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「市民ミュージアムにおいては、土日祝日に館長、副館長及び学芸部門長の責任者が不在とならないよう調整した上で各従業員の出勤日を記載したシフト表が作成され、前月下旬までには確定し、事務室内に貼り出されて周知されていたこと、確定後に出勤日に変更が生じた場合には、振替出勤表を決裁者に事前に提出して許可を得てからシフト変更を行い、壁に貼ってあるシフト表を差し替えるという運用がなされていたこと、それにもかかわらず、原告は、シフト表どおりに出勤せず、シフト表によれば出勤日であるにもかかわらず勤務開始時刻になっても出勤しないことや、シフト表で出勤日とされている当日朝の勤務開始時刻直前になって電話やメールで午後から出勤する旨の連絡をして午前中は出勤しないこと、そのため出席を予定していた会議に遅刻したり出席しなかったりということがしばしばあったこと、このような原告の勤務態度について不満を抱いている従業員が複数おり、そのため、b次長は、平成29年6月頃から原告が午前中出社してこないという遅刻を繰り返しているとの苦情が市民ミュージアムの従業員から出ているという報告を受けるようになったこと、a統括館長も、シフト表を作成していたmから、『原告が毎回シフトを確定した後に出勤日や休みを頻繁に変更するので、シフトの意味がなくなっている。』、『原告と個別に直に話して、メール送信も確認版と確定版と2回行っているが・・・「直前に変えるから」と言われたこともある。』などとして原告への対応を依頼するメールが届いたこと、これにより、b次長及びa統括館長がc館長に対し、原告に厳重注意することを求め、c館長において、原告に対し、勤怠状況を改善するよう度々注意していたことが認められる。」

「そして、前記認定事実・・・のとおり、本件雇用契約において、雇用期間の更新可否の判断基準として、『〔2〕勤務成績、態度』が明記されているのであるから、これについて問題がある場合には雇用契約が更新されない可能性があることは原告において十分認識可能だったといえるところ、上記のとおり、c館長から勤怠状況を改善するよう度々注意を受けていたことを踏まえると、原告が、本件雇用契約は当然に更新されるといった強い期待を抱く状況にはなかったというべきである。

(中略)

「さらに、前記認定事実・・・のとおり、原告が副代表理事を務める本件NPO法人と映像作家故fの遺族との間において、故fの資料及び著作権の管理をめぐってトラブルが発生していたにもかかわらず、原告が市民ミュージアム副館長という肩書で、別の美術館において故fに関する本件講演を行おうとしていたことに関し、故fの遺族が川崎市に説明を求め、これを受けた川崎市が市民ミュージアムに状況説明を求める事態となり、これを知ったa統括館長が、平成30年1月に原告と面談を行い、その際、原告に対し、〔1〕館長に事前に報告もなく他で講演をすることは問題である旨、〔2〕市民ミュージアム及び川崎市も巻き込んで市民ミュージアムに対する信頼を失墜させる大変な問題になっている旨を伝えた。」 

「a統括館長による上記〔1〕の指摘は、前記認定事実・・・のとおり、被告の就業規則に服務心得として、『会社の命令または許可を受けないで、在籍のまま他の事業の経営に参加したり、またはその労務、公職一般、もしくは営業を営むこと』を禁止する旨が定められていることを前提としたものであるところ、原告は、平成29年4月か同年5月にb次長からも兼業をするなら届出を出すように指示を受けていたこと、a統括館長の認識によれば、原告以外にも大学の臨時講師や他の場所で講演をしている学芸員はいたが事前に届出をしていたということにも照らせば、学芸部門長以下従業員を管理する副館長という立場にある原告が上記のような届出を怠っていたことは(仮に上記定めに該当するか疑義があったのであれば、原告において事前に被告に問い合わせて届出の要否を確認すべきであった。)、副館長としての資質や態度に問題があると判断されても致し方ないといわざるを得ない。」

「そして、前記認定事実・・・のとおり、本件雇用契約において、雇用期間の更新可否の判断基準として、『勤務成績、態度』、『能力』が明記されているのであるから、これについて問題がある場合には雇用契約が更新されない可能性があることは原告において十分認識可能だったといえるところ、上記のとおり、原告は、c館長から上記〔1〕の問題を指摘され、また、上記〔2〕のように市民ミュージアムに対する信頼を失墜させる大変な問題であるといった強い非難を受けたのであるから、原告が本件雇用契約は当然に更新されるといった期待を抱く状況にはなかったというべきである。

「以上のとおり、上記・・・に認定判示した各事情を総合すると、原告において本件雇用契約が更新されることを期待していたとしても、その期待には合理的な理由があるものとは認められず、労働契約法19条2号の要件に該当しない。」

5.契約更新基準との整合性

 本件の裁判所は『勤務成績、態度』『能力』といった事情が契約更新の可否の判断基準が明示されていたことをもって、問題行動を合理的期待を失わせる事情として位置付けました。このような説明は、問題行動を一段階目の考慮要素として位置付けるにあたっての一つの理論的根拠になり得るものだと思われます。

 労働者側にとって有利な裁判例ではありませんが、裁判所が合理的期待の有無を判断するにあたっての着想のポイントとして、本件の判示には留意しておく必要があります。

 

 

賃金減額の同意を得るにあたり労働者への情報提供が求められる趣旨-弱い立場にない労働者にも情報提供は必要か?

1.合意原則の修正-自由な意思の法理

 労働契約法3条1項は、

「労働契約は、労働者及び使用者が対等の立場における合意に基づいて締結し、又は変更すべきものとする。」

と規定しています。

 変更という言葉が明示されていることからも分かるとおり、労働者と使用者の合意により労働契約の内容を変更することは、別段、禁止されているわけではありません。これは労働者の利益になる方向での変更だけではなく、賃金減額のように不利益になる方向での変更にもあてはまります。

 しかし、賃金のような重要な労働条件を労働者に不利益に変更するにあたっては、ただ単に合意・同意が成立しているという外形があれば足りるというわけではありません。最二小判平28.2.19労働判例1136-6山梨県民信用組合事件は、

「使用者が提示した労働条件の変更が賃金や退職金に関するものである場合には、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為があるとしても、労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服すべき立場に置かれており、自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば、当該行為をもって直ちに労働者の同意があったものとみるのは相当でなく、当該変更に対する労働者の同意の有無についての判断は慎重にされるべきである。そうすると、就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解するのが相当である(最高裁昭和44年(オ)第1073号同48年1月19日第二小法廷判決・民集27巻1号27頁、最高裁昭和63年(オ)第4号平成2年11月26日第二小法廷判決・民集44巻8号1085頁等参照)。」

と判示し、「自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在」するとは認められない場合、賃金減額に関する労働者の同意(合意)を認定することを否定しています。

 最高裁の判示からも分かるとおり、労働者の同意(合意)が自由な意思に基づいていると認められるためには、使用者側からの事前の情報提供や説明の内容が重要な意味を持っています。

 それでは、この情報提供や説明が求められる趣旨は、どこにあるのでしょうか?

 使用者に対して物怖じせず、特に弱い立場にあるとは考えられない労働者との関係でも、賃金減額の同意が効力を持つためには、事前の情報提供や説明が不可欠であるといえるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令3.11.5労働判例ジャーナル122-54 解雇無効地位確認等請求事件です。

2.解雇無効地位確認等請求事件

 本件で被告になったのは、司法書士事務所を経営する司法書士の方です。

 原告になったのは、平成28年8月頃、被告との間で期間の定めのない雇用契約を締結し、司法書士補助者として就労していた方です。

 一定の時期から基本給を月額22万円とされていましたが、令和元年5月分(同年6月10日支払)から、これを月額20万円に減額されました。

 その後、同僚に対して威圧的言動をとったことなどを理由に、令和2年5月11日、被告から解雇の意思表示を受けました。

 このような経過のもと、原告は、賃金減額も解雇も無効であると主張し、被告を相手取って、地位確認や基本給22万円を基準とした解雇日以降の未払賃金の支払等を求める訴えを提起しました。

 賃金減額の効力をめぐっては、他の事案と同様、自由な意思に基づいてなされたものと認めるに足りる合理的理由が客観的に存在するのか否かが問題になりました。

 しかし、本件では、原告となった労働者が、使用者である被告に対して自由に物を言えない状態に置かれているとはいいにくい事案でした。

 例えば、裁判所では、次のような事実が認定されています。

(裁判所の認定した事実)

「原告は、C(被告事務所の女性職員 原告よりも年長者 括弧内筆者)に対し、令和2年2月7日、被告事務所内において、怒鳴ったり、甲高い声に声色を変えたりしながら、『いつまでもなめてる態度とってんじゃねーよお前は』、『何様だてめーは』『今までニートか。』『すーっごい、大変失礼なことしたんですよー』などと言い、Cが、『申し訳ございませんでした。』と言っても、因縁を付けたり、奇声を発するなどの行為を続けた。その際の様子は、Cが録音していた。」

「原告は、令和2年2月19日、被告事務所及び事務所ビル内において、甲高い声に声色を変えて大声で独語したり、高笑いをしたりしたほか、ランドビジョンの社員及びCに対して大声で声をかけ、Cの電話を妨げた。その際の様子は、被告がビデオ撮影していた。」

「原告は、令和2年2月26日、被告事務所及び事務所ビル内において、甲高い声に声色を変えて大声で独語したり、高笑いをしたり、Cの電話を妨げるなどしたほか、原告を注意したランドビジョンの社員に対し、口真似を交えつつ、『うるさいのどっちだったかなー』、『痛い目に遭うぞ』などと言った。その際の様子は、被告がビデオ撮影していた。」

「原告は、令和2年3月2日、被告事務所内において、甲高い声に声色を変えて大声で独語したり、高笑いをしたりし、原告を注意した被告に対し、『あれ、さっきあっちでなんか笑い倒していたのはいいんですか』、『あっちに言わずにこっちに言うのはちょっと筋が通ってないですね』などと言った。その際の様子は、被告がビデオ撮影していた。」

「原告は、令和2年3月16日午前8時50分頃、被告事務所に出勤した。被告は、同日午前9時頃、110番通報をし、自宅待機を命じた職員が出勤してきてしまい対応しきれない旨を伝えたところ、同日午前9時15分頃、警察官1名が被告事務所に臨場し、それに気づいたランドビジョン関係者4人も被告事務所に入ってきた。警察官は、30分ほど原告並びに被告及びランドビジョン関係者から事情を聞いた上で、民事不介入の態度をとり、原告と被告で話し合うよう告げて、被告事務所から退去した。原告は、被告らから更に退去を求められても、『訴えりゃいいじゃん!』、『まだ仕事がある。』、『警察官に話合うよう言われたんだから話合いをしないと。』などと言って退去を拒否したが、同日午前10時35分頃、被告事務所から退去した。」

 本件では、このような使用者に対して物怖じしない労働者との関係でも、賃金減額の同意が認められるためには、異議を述べることなく賃金を受領していた事実だけでは足りないのかが問題になりました。

 この問題について、裁判所は、次のとおり述べて、賃金減額の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「賃金のような重要な労働条件の不利益変更に対する労働者の同意については、明示的又は黙示的のいずれであるとを問わず、慎重かつ厳格に認定する必要がある。このような同意があったといえるためには、労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服すべき立場に置かれており、自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば、単に当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する必要がある。」

(中略)

「被告は、原告が、本件減給に黙示的に同意していたとも主張する。そして、前記前提事実・・・のとおり、原告は、令和元年6月10日支払の同年5月分から、本件減給により月2万円減額された賃金を受け取り続けるという、本件減給を受入れる旨の行為をしていたものではある。」

「しかしながら、前記・・・で説示したところに照らせば、原告が単に異議なく本件減給後の賃金を受け取っていたことをもって、直ちに黙示の同意があったということはできず、本件減給後の賃金の受領に先立つ被告から原告への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が原告の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かを検討する必要がある。そして、原告が本件減給後の賃金を受け取ることに先立つ原告への情報提供は、被告の供述・・・によっても、売掛金の回収が悪いであるとか、業務縮小の可能性があることを述べた程度の抽象的なものであって、その裏付けとなる資料が示された形跡もなく、原告が本件減給の必要性を判断するにはおよそ不十分なものであったといわざるを得ない。被告は、原告が業務縮小の原因になったとも主張するが、このことが原告に説明されたと認めるに足りる証拠もない。

被告は、原告の行状からすれば、被告に対して弱い立場にあったとはいえない旨も主張する。しかし、前記・・・で説示したとおり、重要な労働条件の不利益変更に対する労働者の同意については、使用者と労働者との間の力関係のみならず、労働者において企業の経営状況に関する情報を収集する能力に限界があることを前提に、労働条件の不利益変更の必要性についての判断材料が与えられていたかも問われるべきであるから、仮に原告が被告との関係で弱い立場になかったとしても、それだけで原告への情報提供が不要となるものではない。

「以上のほかに、原告が本件減給に黙示的に同意したことを根拠付ける事情は見当たらず、原告は、本件減給に黙示的に同意したとは認められない。」

「なお、原告は、本件減給について、令和元年5月10日支払の給料袋に入っていた給与明細を受け取った際に異議を述べ、同年7月2日にも異議を述べたと主張し、その旨供述する・・・が、前者についてはその裏付けとなる客観的な証拠はなく、後者についても、原告と被告が、被告事務所において、原告の職務及び待遇に関して議論をした際の会話の内容・・・から、原告が、明確に賃金の減額を対象として異議を述べているとは認められず、上記原告の主張は採用することができない。もっとも、原告が本件減給に積極的に異議を述べたか否かは、前記・・・の結論を左右するものではない。」

3.弱い立場になくても情報力格差是正の観点から情報提供は必要

 本件の裁判所は、情報提供の趣旨が、力関係の問題だけではなく、経営状況に関する情報力格差にもあるとしました。そのうえで、弱い立場にない労働者との関係でも、賃金減額の同意を認定するためには情報提供が必要となると判示しています。

 気が強く物怖じせず発言できるからといって、情報提供が不要になることはありません。問題行動があるからといって、雑に扱うことが許されるわけでもありません。情報提供の重要性が強調された事案として参考になります。

 

雇用(任用)継続の可否を判断するにあたり、反省等を過度に重視することを戒めた例

1.雇用継続の可否の判断と改善可能性(反省)

 問題行動を理由とする普通解雇や懲戒解雇の可否を判断するにあたり、しばしば「改善可能性」という概念が登場します。「事前の注意・指導による改善の可能性が残されている以上、解雇をするのは行き過ぎではないのか?」といったような脈絡の中で用いられます。

 この「改善可能性」の有無を判断するにあたり、行為者に反省の気持ちがあるのかに言及する裁判例は少なくありません。

 確かに、同じような間違いを何度も犯されることを使用者としても許容できないことは分からないではありません。その意味で、本人に改める意思(反省)があるのかば、ある程度重要な考慮要素になることは否定できません。

 ただ、この反省の気持ちを重視するあまり、裁判例の中には、反省の欠如を、問題行動の矮小さを補強する要素として用いているものも散見されます。問題行動それ自体は大したことがなくても「反省の気持ちが欠けていることに鑑みれば、改善可能性があるとはいえず、労働契約を解消することもやむを得ない」といったようにです。

 しかし、反省の気持ちのような主観的な要素を過度に重視することは、個人的には問題だと思っています。客観的・定量的に把握することができない事実を重視することは法的安定性や予測可能性を阻害するうえ、反省の有無はしばしば弁解の有無と結びついて議論されるからです。問題行動を理由とする労働契約の解消の可否を議論するうえで中心に据えられるのは、飽くまでも当該行動の性質や内容といった客観的要素であるべきで、問題行動の質量が不十分である時に、反省の欠如を不可して労働契約を解消するようなことは、内心の自由への過度の制約になるのではないかとも思います。

 このような問題意識を有していたところ、近時公刊された判例集に、反省を過度に重視して定年後再任用の可否を判断することを戒めた裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、大阪高判令3.12.9労働判例ジャーナル122-38 大阪府事件です。

2.大阪府事件

 本件で原告になったのは、大阪府立公立学校の教員であった方です。平成29年3月31日に定年を迎えるにあたり大阪府教育委員会(府教委)に再任用の選考を申し込んだところ、「否」とされ、再任用を受けることができませんでした。これに対し、府を相手取り、再任用されれば得られたはずの給与額相当の逸失利益等の賠償を求める国家賠償請求訴訟を提起しました。

 再任用を受けられなかった理由は、国家斉唱時の起立斉唱の拒否に係るものですが、原審は、原告の請求を棄却しました。これに対し、原告側が控訴したのが本件です。

 控訴審は、次のとおり述べて再任用拒否の違法性を認め、原告(控訴人)の請求を一部認容しました。

(裁判所の判断)

「平成29年度再任用教職員採用審査会は、本件意向確認において、控訴人が、入学式又は卒業式における国歌斉唱時に起立斉唱を含む上司の職務命令に従うとの意向確認ができなかったことが、上司の職務命令や組織の規範に従う意識が希薄であり、教育公務員としての適格性が欠如しており、勤務実績が良好であったとはみなせないから、総合的に判断して、再任用しないとしたが・・・、再任用の可否の審査にあたって、過去の懲戒処分歴が重視されることは、選考要綱に、合否の判定基準の1つとして『従前の勤務実績』が挙げられていること・・・、選考に合格した者の合格を取り消すことができる場合について『非違行為があったとき』が定められていること・・・からも明らかといえる。そして、懲戒処分は、当該職員のした非違行為の態様及び結果、動機、故意若しくは過失の別又は悪質性の程度、他の職員又は社会に与える影響等の事項を考慮し、懲戒処分をするか否か及びいずれの懲戒処分を選択するかを決定するものであり(被控訴人の職員の懲戒に関する条例2条3項参照)、府教委の定める懲戒処分等取扱基準では、免職、停職、減給、戒告の意義や処分範囲が明確に定められている・・・。ところが、平成29年度再任用教職員採用審査会における選考においては、過去に戒告処分を受けたにとどまる控訴人が再任用を『否』とされ、生徒に対する体罰を繰り返し戒告処分より重い減給1月の懲戒処分を受けた案件〔6〕事案の教員Aが再任用『合格』とされており、過去の懲戒処分の軽重と再任用の選考結果とが逆転した状態が生じている。このことは、再任用の可否の判断に当たって重視されるべき事情である過去の懲戒処分歴について、他の選考対象者との関係で不合理に取り扱われないという法的保護に値する期待に反するものといえる。」

「また、再任用の選考に当たって、過去に懲戒処分を受けた者の反省や非違行為後の規範遵守の状況等を一定の範囲で考慮することが裁量権の行使として許されるとしても、より重視されるべきは、過去に懲戒処分を受けた事案の内容及び懲戒処分の軽重であって、反省等は付随的なものとして扱われるべきであるから、同一年度の選考において、反省等を顧みて、重い懲戒処分を受けた者を再任『合格』とし、軽い懲戒処分を受けた者を再任用『否』とすることは、反省等を過度に重視するものであり、裁量権の適切な行使とはいえない。なお、案件〔6〕事案は、短期間に3回生徒に対して暴力を振るった事案であり、このような行為態様に照らせば、教員Aが反省の弁を述べたからといって直ちに同種の行為に及ぶことがないと評価するのは相当でなく、教員Aが、2回の戒告処分を受けている控訴人に比べて同種の行為に及ぶ可能性が低いとまではいえない。」

「以上によれば、平成29年度の再任用選考において、控訴人を『否』、教員Aを『合格』としたことは、本来重視されるべき再任用を希望する教職員の過去の懲戒処分の軽重を重視せず、一方で反省等を過度に重視したものであり、合理性を欠くものといわざるを得ない。

「加えて、〔ア〕前記のとおり、被控訴人の教職員においては、本件不採用の頃には、再任用や再任用更新を希望する者がほぼ全員採用される実情にあったこと、〔イ〕控訴人につき選考要綱に基づく校長の内申では、勤務実績等の4項目(勤務実績、勤労意欲、専門的知識等、心身の状況)ともに『適』であり、総合評価も『適』であったこと、〔ウ〕控訴人が平成29年3月31日現在で60歳の定年であったことからすると、公的年金の報酬比例部分の支給開始年齢が62歳、基礎年金相当部分の支給開始年齢が65歳と認められるから、控訴人は、再任用により得られるはずの給与が得られず、年金も支給されないという状態に陥ったこと、〔エ〕控訴人は、研修後に提出した意向確認書の記載を含め一貫して卒業式又は入学式における国歌斉唱時の起立斉唱の命令以外の職務命令には従う意向を示しているとみられ、また、控訴人の勤務に関し、2度の戒告処分を含む国歌斉唱時の起立斉唱に関するもののほか、特に問題点が指摘されたことは窺われないこと、〔オ〕公立学校の式典における国歌斉唱時の起立斉唱等に関する職務命令に従わなかった事例における懲戒処分の選択に関し、事案の性質等を踏まえた慎重な考慮が必要となる旨が判示されたところ(最高裁平成24年1月16日第一小法廷判決・裁判集民事239号1頁、同日第一小法廷判決・裁判集民事239号253頁各参照)、雇用と年金の接続を図る必要性が高いことや再任用を否とした場合の結果の重大性が増大していることなど近年の事情を勘案すれば、本件事案の懲戒処分歴の扱いについても、定年退職前の懲戒処分の選択と同様に事案の性質等を踏まえた慎重な考慮が望まれるべきことからすると、府教委の本件不採用の判断は、客観的合理性や社会的相当性を著しく欠くものとして、裁量権の逸脱又は濫用に当たり、違法というべきである。

3.反省等は付随的事情

 裁判所の判断は、公務員の定年後再任用の可否という、重要ではあるもののマイナーな論点の中で示されたものではあります。取り扱われているテーマも、国歌斉唱時の起立斉唱というかなり特殊なものです。

 しかし、「反省等」の位置づけに関しては、民間における労働契約継続の可否の場面にも広く妥当するのではないかと思われます。本裁判例は反省等の主観的要素が過度に強調されることへの牽制として活用して行くことが考えられます。

 

公務員の定年後再任用の可否-裁判例の変化の兆候?

1.公務員の定年後再任用

 民間企業は、高年齢者の65歳までの安定した雇用を確保するため、

① 65歳までの定年の引き上げ、

② 継続雇用制度の導入、

③ 定年制の廃止、

のいずれかの措置を講じることになっています(高年齢者等の雇用の安定等に関する法律9条1項)。

 これに対応する公務員の仕組みとして、「定年後再任用」というものがあります。

 例えば、国家公務員の場合、60歳定年を迎えた職員は、65歳まで再任用を受けることができます(国家公務員法81条の2、同法81条の4等参照)。

 しかし、民間で定年後再雇用の対象にならない人がいるのと同様、公務員にも定年後再任用の対象にならない人がいます。このように対象外とされた人は、再任用の可否に関する判断を、どのように争うことができるのでしょうか?

 再任用職員の採用選考の合否の決定には処分性がないと解されているため、定年後再任用されなかったことは、取消訴訟や義務付け訴訟の対象にはなりません(東京地判平平25.7.8LLI/DB判例秘書登載)。

 しかし、違法に再任用拒否された方は、国家賠償請求訴訟を提起して、逸失利益や慰謝料の請求をすることが認められています。

 ただ、再任用拒否に国家賠償法上の違法性が認められる場面は、かなり限定的に理解されており、賠償請求を認めた裁判例も少数に留まっています(第二東京弁護士会 労働問題検討委員会『2018年 労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、第1版、平30〕第13章参照)。

 このような状況の中、定年後再任用拒否に国家賠償法上の違法性を認めた裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪高判令3.12.9労働判例ジャーナル122-38 大阪府事件です。

2.大阪府事件

 本件で原告になったのは、大阪府立公立学校の教員であった方です。平成29年3月31日に定年を迎えるにあたり大阪府教育委員会(府教委)に再任用の選考を申し込んだところ、「否」とされ、再任用を受けることができませんでした。これに対し、府を相手取り、再任用されれば得られたはずの給与額相当の逸失利益等の賠償を求める国家賠償請求訴訟を提起しました。

 再任用を受けられなかった理由は、国家斉唱時の起立斉唱の拒否に係るものですが、原審は、原告の請求を棄却しました。これに対し、原告側が控訴したのが本件です。

 控訴審は、次のとおり述べて再任用拒否の違法性を認め、原告(控訴人)の請求を一部認容しました。

(裁判所の判断)

「再任用制度は、定年等により一旦退職した職員を、任期を定めて新たに採用するものであって、任命権者は採用を希望する者を原則として採用しなければならないとする法令の定めはなく、また、任命権者は成績に応じた平等な取扱いをすることが求められると解されるものの(地公法13条、15条参照)、再任用選考の可否を判断するに当たり、従前の勤務成績をどのように評価するかについて規定する法令の定めもない。これらによれば、再任用選考の可否の判断に際しての従前の勤務成績の評価については、基本的に任命権者の裁量に委ねられているものということができる(平成30年最判参照-筆者注 最一小判平30.7.19)。」

「他方、地方公務員の再任用制度は、平成13年度から公的年金の基礎年金相当部分の支給開始年齢が65歳まで段階的に引き上げられることになったことに対応して、平成11年の改正により、60歳定年後の継続勤務のための任用制度として新たな再任用制度を定めたものである・・・。そして、平成25年3月29日の本件通知により、国から地方公共団体に対し、定年退職する職員が再任用を希望する場合、当該職員の任命権者は、退職日の翌日、地公法28条の4又は28条の5の規定に基づき、当該職員が年金支給開始年齢に達するまで、常時勤務を要する職又は短時間勤務の職に当該職員を再任用するものとすることが要請されている。これは、地公法59条及び地方自治法245条の4に基づき国から地方自治体に対して要請されたものであり、平成25年3月26日に、平成25年度以降、公的年金の報酬比例部分の支給開始年齢も段階的に60歳から65歳へと引き上げられることに伴い、無収入期間が発生しないよう、国家公務員の雇用と年金の接続を図る本件閣議決定がなされたことを受けてなされたものである(・・・平成24年の高年法の改正(平成25年4月1日施行)により、事業主が労使協定で定める基準により継続雇用の対象となる高年齢者を限定できる仕組みが廃止されるなど、民間の労働者についても、雇用と年金の接続を図る対応がなされていた・・・。そして、府教委は、本件通知を踏まえて、雇用と年金の接続を図る観点から再任用制度の見直しを行っている・・・。)」

「このように雇用と年金の接続を図る法的な対応が進む状況下で、被控訴人の教職員の再任用率は、本件通知前の平成24年度が99.69%、平成25年度が99.61%と元々高い率ではあったものの、本件通知後は、平成26年度が99.45%、平成27年度が99.83%、平成28年度が99.92%、平成29年度が99.81%と推移し、全体として一段と高くなっていた。被控訴人において、教職員の再任用の可否は選考要綱に基づく選考によって決することとされ、実際に再任用教職員採用審査会で実質審理がされて再任用の可否が決せられていたことなどからすると、再任用希望者が原則として全員採用されるという運用が確立していたとまではいえないが、上記のような教職員の極めて高い再任用率に照らすと、被控訴人の教職員の再任用においては、再任用希望者はほぼ全員が採用されるという実情にあったといえる。」

「上記の諸事情、すなわち、〔1〕本件通知が、地公法28条の4又は28条の5の規定に基づいてなされたものであり、その趣旨に対応した再任用制度の見直しを府教委が行ったこと、〔2〕国家公務員や民間労働者についても本件通知に沿う法的対応がなされていたこと及びそれらの内容が年金の報酬比例部分の支給開始年齢が段階的に60歳から65歳へと引き上げられ、無収入期間が発生しないように雇用と年金の接続を図るものであったこと、〔3〕被控訴人の教職員の再任用率は平成26年度以降、99.45%から99.92%で推移し、再任用を希望した者がほぼ全員採用されるという実情があったことからすると、遅くとも、控訴人が再任用を希望した平成29年度の再任用教職員採用選考の頃には、再任用を希望する教職員には、再任用されることへの合理的期待が生じていたと認められ、上記合理的期待が生じた理由及びその裏付けとなっている社会的な要請からすると、この合理的期待は、法的保護に値するものに高まっていたと解することができる。そして、このように法的保護に値する合理的期待を有することからすると、再任用希望者は、再任用選考において他の再任用希望者と平等な取扱いを受けることについて強く期待することができる地位にあったと認められる。

そうすると、再任用選考の可否の判断に際しての従前の勤務成績の評価については、前記のとおり基本的に任命権者である府教委の裁量に委ねられているものということができるが、遅くとも本件不採用の当時においては、他の再任用希望者との平等取扱いの要請に反するなど、その裁量判断が客観的合理性や社会的相当性を著しく欠くと認められる場合には、府教委の判断は、裁量権の逸脱又は濫用として違法と評価されることになるというべきである。

「そこで、上記・・・を踏まえて、本件不採用について裁量権の逸脱又は濫用があったかについて判断する。」

「平成29年度再任用教職員採用審査会は、本件意向確認において、控訴人が、入学式又は卒業式における国歌斉唱時に起立斉唱を含む上司の職務命令に従うとの意向確認ができなかったことが、上司の職務命令や組織の規範に従う意識が希薄であり、教育公務員としての適格性が欠如しており、勤務実績が良好であったとはみなせないから、総合的に判断して、再任用しないとしたが・・・、再任用の可否の審査にあたって、過去の懲戒処分歴が重視されることは、選考要綱に、合否の判定基準の1つとして『従前の勤務実績』が挙げられていること・・・、選考に合格した者の合格を取り消すことができる場合について『非違行為があったとき』が定められていること・・・からも明らかといえる。そして、懲戒処分は、当該職員のした非違行為の態様及び結果、動機、故意若しくは過失の別又は悪質性の程度、他の職員又は社会に与える影響等の事項を考慮し、懲戒処分をするか否か及びいずれの懲戒処分を選択するかを決定するものであり(被控訴人の職員の懲戒に関する条例2条3項参照)、府教委の定める懲戒処分等取扱基準では、免職、停職、減給、戒告の意義や処分範囲が明確に定められている・・・。ところが、平成29年度再任用教職員採用審査会における選考においては、過去に戒告処分を受けたにとどまる控訴人が再任用を『否』とされ、生徒に対する体罰を繰り返し戒告処分より重い減給1月の懲戒処分を受けた案件〔6〕事案の教員Aが再任用『合格』とされており、過去の懲戒処分の軽重と再任用の選考結果とが逆転した状態が生じている。このことは、再任用の可否の判断に当たって重視されるべき事情である過去の懲戒処分歴について、他の選考対象者との関係で不合理に取り扱われないという法的保護に値する期待に反するものといえる。」

「また、再任用の選考に当たって、過去に懲戒処分を受けた者の反省や非違行為後の規範遵守の状況等を一定の範囲で考慮することが裁量権の行使として許されるとしても、より重視されるべきは、過去に懲戒処分を受けた事案の内容及び懲戒処分の軽重であって、反省等は付随的なものとして扱われるべきであるから、同一年度の選考において、反省等を顧みて、重い懲戒処分を受けた者を再任『合格』とし、軽い懲戒処分を受けた者を再任用『否』とすることは、反省等を過度に重視するものであり、裁量権の適切な行使とはいえない。なお、案件〔6〕事案は、短期間に3回生徒に対して暴力を振るった事案であり、このような行為態様に照らせば、教員Aが反省の弁を述べたからといって直ちに同種の行為に及ぶことがないと評価するのは相当でなく、教員Aが、2回の戒告処分を受けている控訴人に比べて同種の行為に及ぶ可能性が低いとまではいえない。」

「以上によれば、平成29年度の再任用選考において、控訴人を『否』、教員Aを『合格』としたことは、本来重視されるべき再任用を希望する教職員の過去の懲戒処分の軽重を重視せず、一方で反省等を過度に重視したものであり、合理性を欠くものといわざるを得ない。」

「加えて、〔ア〕前記のとおり、被控訴人の教職員においては、本件不採用の頃には、再任用や再任用更新を希望する者がほぼ全員採用される実情にあったこと、〔イ〕控訴人につき選考要綱に基づく校長の内申では、勤務実績等の4項目(勤務実績、勤労意欲、専門的知識等、心身の状況)ともに『適』であり、総合評価も『適』であったこと、〔ウ〕控訴人が平成29年3月31日現在で60歳の定年であったことからすると、公的年金の報酬比例部分の支給開始年齢が62歳、基礎年金相当部分の支給開始年齢が65歳と認められるから、控訴人は、再任用により得られるはずの給与が得られず、年金も支給されないという状態に陥ったこと、〔エ〕控訴人は、研修後に提出した意向確認書の記載を含め一貫して卒業式又は入学式における国歌斉唱時の起立斉唱の命令以外の職務命令には従う意向を示しているとみられ、また、控訴人の勤務に関し、2度の戒告処分を含む国歌斉唱時の起立斉唱に関するもののほか、特に問題点が指摘されたことは窺われないこと、〔オ〕公立学校の式典における国歌斉唱時の起立斉唱等に関する職務命令に従わなかった事例における懲戒処分の選択に関し、事案の性質等を踏まえた慎重な考慮が必要となる旨が判示されたところ(最高裁平成24年1月16日第一小法廷判決・裁判集民事239号1頁、同日第一小法廷判決・裁判集民事239号253頁各参照)、雇用と年金の接続を図る必要性が高いことや再任用を否とした場合の結果の重大性が増大していることなど近年の事情を勘案すれば、本件事案の懲戒処分歴の扱いについても、定年退職前の懲戒処分の選択と同様に事案の性質等を踏まえた慎重な考慮が望まれるべきことからすると、府教委の本件不採用の判断は、客観的合理性や社会的相当性を著しく欠くものとして、裁量権の逸脱又は濫用に当たり、違法というべきである。」

「そして、上記違法の内容からすると、府教委には、過失が認められるから、被控訴人は、控訴人に対し、国家賠償法1条1項に基づき、損害賠償責任を負うこととなる。」

3.閣議決定・総務副大臣通知の影響力

 本件では幾つかの興味深い判断が示されています。その中の一つが、閣議決定・総務副大臣通知の位置づけです。

 平成25年3月26日「国家公務員の雇用と年金の接続について」という閣議決定が行われました。また、平成25年3月29日には総行高第2号「地方公務員の雇用と年金の接続について」という総務副大臣通知が発出されました。前者は国家公務員について、後者は地方公務員について、年金支給開始年齢に達するまでの間、再任用を希望する職員について再任用するものとすることを求めている文書です。

https://www.gyoukaku.go.jp/koumuin/sankou/08.pdf

https://www.soumu.go.jp/main_content/000216510.pdf

 閣議決定・総務副大臣通知の後、定年後再任用の拒否に違法性が認められる場面を限定的に理解していた裁判例の流れに変化が生じるのかが気になっていました。その後、しばらく定年後再任用拒否の違法性を争点とする公表裁判例が見られなかったところ、本件の裁判所は閣議決定・総務副大臣通知に言及したうえ、再任用拒否に違法性を認めました。

 国家公務員に関しては、法改正が行われ、令和5年から定年が延長されることになっています。しかし、これは段階的なもので、定年が65歳になるのは令和13年度以降であるとされています。定年延長が完成するまでの間は、従来と同様、定年後再任用制度を運用して行くのだと思います。

定年がもたらすもの

 国家公務員の定年を基準として条例で定年を定めるとされている地方公務員についても同様で、すぐに定年後再任用制度がなくなるわけではありません。

 本裁判例は閣議決定・総務副大臣通知を踏まえ、定年後再任用拒否の違法性を従前よりも争い易くするものとして参考になります。本裁判例が、従前の裁判例の潮流を変えるきっかけになるのか、今後の裁判例の動向が注目されます。

発生原因・発生機序の良く分からない疾患(化学物質過敏症)に労災の適用が認められた例

1.発症の機序や原因が良く分からない疾病で労災は使えるのか?

 負傷、疾病、障害、死亡等が「業務上の」(労働者災害補償保険法7条1項1号)ものであるといえるためには、負傷等と業務との間に相当因果関係があることを要すると理解されています(最二小判昭51.11.12集民119-189参照 なお、この裁判例は公務災害に関する裁判例ですが、労災の裁判例でもしばしば引用されています)。

 相当因果関係とは、簡単に言うと、ある行為から、ある結果が発生することが、社会通念上相当だといえる関係を意味します。

 このように労災の適用要件を相当因果関係として理解すると、一つの困難な問題が発生します。医学的な発生原因・発生機序がよく解明されていない疾病をどのように取り扱うのかという問題です。

 原因が何なのか・特定の原因が特定の結果を引き起こす機序が何なのかが解明されていないと、原因-結果の関係を分析しようにも、検証のしようがありません。理論的帰結としては、発生原因・発生機序が解明されていない疾病で、業務起因性(相当因果関係)が認められることはありえないことになります。

 実際、裁判実務上も、医学的な発生原因・発生機序がよく解明されていない疾病で労災の適用が認められた事例はあまりありません。

 しかし、少数ながらも、相当因果関係が認められた裁判例はあります。稀に話題になるのですが、近時公刊された判例集にも、「化学物質過敏症」という発生原因や発生機序が良く分かっていない疾患について、相当因果関係を認めた裁判例が掲載されていました。札幌高判令3.9.17労働判例1262-5 国・岩見沢労基署長(元気寿司)事件です。

2.国・岩見沢労基署長(元気寿司)事件

 本件は元気寿司株式会社に勤務していた従業員の方が提起した労災の不支給処分の取消訴訟です。事業所内のトイレに散布された殺菌剤(本件殺菌剤)の原液を拭き取る作業に従事した際、化学物質過敏症を発症したとして、労働者災害補償保険法に基づく療養補償給付等をの支給を申請しました。一旦は療養補償給付・休業補償給付の支給決定を受けたものの、各支給決定が取り消されるとともに、障害保障給付も支給しない処分を受けました。これに対し、各処分の取消を求めて出訴しました。

 本件では化学物質過敏症の業務起因性(業務との相当因果関係)が争点になりました。一審はこれを否定し、原告の請求を棄却しましたが、原告の控訴を受けた本件二審は、次のとおり述べたうえ、原告(控訴人)の請求を認めました。

(裁判所の判断)

「労災保険法に基づく業務災害に対する保険給付は、労働基準法(以下『労基法』という。)75条1項が定める『労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかった場合』に行われる(労災保険法7条1項1号)。労基法75条2項は、同条1項に規定する業務上の疾病の範囲は厚生労働省令で定めることとし、これを受けて労基則35条及び別表1の2が業務上の疾病の範囲を定めており、同別表は、疾病の具体的列挙規定(1号から9号までのうち、包括的救済規定以外のもの)、追加規定(10号)、包括的救済規定(2~4号、6号及び7号の各末尾の規定並びに11号)から構成されている。」

「控訴人は、化学物質過敏症を発症したと主張して労災保険法上の保険給付の支給を求めるところ、化学物質過敏症は、上記具体的列挙規定及び追加規定に掲げられた疾病には当たらないから、上記包括的救済規定、具体的には同別表4号9(同号1から8に掲げるもののほか、これらの疾病に付随する疾病その他化学物質等にさらされる業務に起因することの明らかな疾病)又は11号(その他業務に起因することの明らかな疾病)に該当するか否かを検討することになる(なお、同別表11号に該当する疾病は、1号から9号までのいずれの号の大分類にも属さない疾病であって、業務との因果関係が認められるもの及びこれらの号の大分類のうちいずれのものに該当するかについて疑義があるが、業務との相当因果関係の認められる疾病であり、上記各号末尾の包括的救済規定に掲げられた疾病は、①これらの号に例示的に掲げられた具体的疾病に付随して生じる疾病で、業務との相当因果関係が認められるもの、②今後の労働環境の変化、医学の発達等により業務との相当因果関係が認められ、かつ、これらの号の大分類の中に属すると考えられる疾病((イ)これらの号に例示された有害因子による例示疾病以外の疾病及び(ロ)これらの号に例示された有害因子以外の有害因子であって、これらの号の大分類に属するものによる疾病)であると解される。)。」

「ここでいう『業務に起因することの明らかな疾病』とは、具体的列挙規定に掲げられた疾病とは異なり、一般的な形での業務起因性の推定は困難であるが、有害因子への曝露条件や身体的素因等を検討した結果、個別に業務と当該疾病との間に相当因果関係が客観的に認められる疾病は、業務上疾病として取り扱うことを意味するものと解される。」

「そして、労災保険法に基づく労働者災害補償制度は、使用者が労働者を自己の支配下に置いて労務を提供させるという労働関係の特質に鑑み、業務に内在又は通常随伴する危険が現実化して労働者に疾病等を負わせた以上、使用者に無過失の補償責任を負わせるのが相当であるとする危険責任の法理に基づくものであると解されることから、業務と疾病等との間の相当因果関係の有無は、当該疾病等が当該業務に内在又は通常随伴する危険が現実化したことによるものであるかどうかによって決すべきである。」

被控訴人は、業務起因性を肯定するためには、①当該有害因子を有する業務に従事したこと(労働の場における有害因子の存在)、②当該有害因子について、業務上の事由により発症したと認めるに足りるだけの曝露を受けていること(有害因子の曝露条件)、③発症した疾病が、曝露した有害因子により発症する疾病の症状・徴候を示し、かつ、曝露時期と発症との間及び症状の経過に医学的矛盾がないこと(発症の経過及び病態)の3要件を満たす必要があると指摘した上、化学物質過敏症については、その概念・発症機序・診断基準が未確定で、化学物質過敏症を発症したと認めるに足りる有害因子の曝露量は不明であるといわざるを得ず、控訴人が、有害因子について、業務上の事由により発症したと認めるに足りるだけの曝露を受けたかについて判断することができず、要件②(有害因子の曝露条件)を満たしているとはいえないし、化学物質過敏症の概念及び発症機序が確立されているとはいえない以上、控訴人が発症した疾病が、曝露した有害因子により発症する疾病の症状・徴候を示し、かつ、曝露時期と発症との間及び症状の経過に医学的矛盾がないことについても、判断することができないから、要件③(発症の経過及び病態)を満たしているとはいえない旨主張する。

しかし、被控訴人の上記主張によれば、化学物質過敏症については一切労災を認めないということになりかねない。

そして、訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし、かつ、それで足りると解される(最高裁昭和50年10月24日第2小法廷判決・民集29巻9号1417頁、最高裁平成9年11月28日第3小法廷判決・裁判集民事186号269頁参照)こと、労基則別表1の2第4号9や第11号等の包括的救済規定が、業務上の疾病の範囲を、発症の原因とその機序が確立した医学的知見により説明することができる場合に限定する趣旨であるとは解されないこと、前記・・・のとおり、ごく微量の化学物質によって多彩な精神・身体症状を呈する病態が存在すること自体は、一般的に肯定されていること、発症の原因や機序が科学的に解明されていないとしても、症状の推移と業務との対応関係などの各事案の個別具体的な事情に照らして、業務と疾病との間に相当因果関係が認められる場合はあり得ると考えられることからすれば、発症の原因や機序が十分に解明されていないことを理由として、直ちに業務起因性を否定することは相当でない。

(中略)

「以上からすれば、本件においては、控訴人の化学物質過敏症の発症機序などについて確定することこそできないものの、控訴人が、業務上の事由により化学物質過敏症を発症したと認めるに足りるだけの有害因子(次亜塩素酸ナトリウム等)の曝露を受けており、控訴人において発症した疾病が、曝露した有害因子(次亜塩素酸ナトリウム等)により発症する化学物質過敏症の症状・兆候を示し、かつ、曝露時期と発症との間及び症状の経過に医学的矛盾がないものと認められる。したがって、控訴人の化学物質過敏症は、本件拭き取り作業に内在又は通常随伴する危険が現実化したことによるものであって、これらの間には相当因果関係があると認められる。

3.発生原因・発生機序が不十分でも勝てることはある

 相当因果関係という概念の性質上、発生原因・発生機序が分からない疾患に労災が認められることは基本的にはありません。

 しかし、本件裁判例のように、稀に認められる例もあります。本当に全くの未解明であればどうにもなりませんが、ある程度は解明されている疾病で協力医がみつかれば、労災が認められる可能性もなくはないのだろうと思われます。

外資系企業の高収入労働者に対する整理解雇でも、配転、職位降格、賃金・賞与の減額が検討されるべきか?

1.解雇回避努力とアップ オア アウト(up or out)文化

 整理解雇の可否を判断するにあたっては、解雇回避努力(解雇以外の人員削減手段を用いて解雇をできる限り回避すること)が求められます。

 職種限定や勤務地限定のない労働者については、解雇回避のための配転・出向等を広く行うことが求められます。他方、職種限定や勤務地限定のある労働者に対して、限定の範囲を超えた配転・出向等の提案をする必要があるのかには議論があります(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕944-945頁参照。なお、水町教授は「労働契約上の限定範囲を超えた配転や出向を提案することを含めて、できる限りの解雇回避努力を行うことが使用者には求められる。」との見解を提唱しています)。

 この職種限定・勤務地限定のない労働者と、職種限定・勤務地限定のある労働者との中間に位置する存在として、高収入を売りにしている外資系企業で高い職位にいる労働者があります。外資系企業といっても、その日本法人の就業規則には、多くの日系企業と同様、労働者に対して広範な配転命令権を有することが規定されています。しかし、この種の外資系企業には、アップ オア アウト(up or out)という文化が存在します。これは昇進できなければ退職するという企業文化を指す用語です。就業規則の規定上、広範な配転命令権があったとしても、外資系企業は配転命令権を行使することなく退職を勧奨してきますし、労働者の側も、配転されることを期待していない/配転で不本意な仕事につかされるくらいなら辞めて他社に行くと思っている方が少なくありません。法的には職種・勤務地限定がないものの、事実上職種・勤務地限定があるかのような意識が持たれているという意味において、彼ら・彼女らは中間的な存在と位置付けられるのです。

 それでは、こうした方々に対して整理解雇が行われる場合、解雇回避のために配転・出向等を検討・実施すべき使用者の義務は、どのように理解されるのでしょうか?

 昨日ご紹介した東京地裁令3.12.13労働経済判例速報2478-18 バークレイズ証券事件は、この問題との関係でも参考になる判断を示しています。

2.バークレイズ証券事件

 本件で被告になったのは、世界的な金融グループであるバークレイズ・グループに属する株式会社です。

 原告になったのは、被告と期間の定めのない労働契約を締結し、マネージング・ディレクター(MD)という最上位の職位にあった方です。賃金も高額で、基本給1638万円、追加固定求1680万円、住宅手当882万円の合計4200万円が支払われていました(年額)。被告から、

「会社の運営上または天変地変その他これに準ずるやむを得ない事由により、会社の縮小または部門の閉鎖等を行う必要が生じ、かつ他の職務への転換が困難なとき」

に該当することなどを理由に解雇されたことを受け、労働契約上の地位の確認や、解雇されて以降の賃金の支払を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件でも解雇の可否は整理解雇法理の枠組みに従って判断されました。興味深いと思ったのは、解雇回避努力に関して、次のような判断が示されているところです。なお、解雇の効力は否定されています。

(裁判所の判断)

「被告は、地位と職種を特定して従業員の採用を行っており、原則として被告の命令による一方的な配転は行わない旨を主張し、バークレイズ・グループの日本拠点の人事責任者を務める被告のP5人事部長及び被告代表者は、被告においてMDのポジションを削減することが決定された場合には、降格や賃金の減額を提示することなく、退職勧奨するのが慣行である旨を述べる。」

「しかしながら、原告は、平成17年に、職位としてはディレクター、役職としてはMTN部長として旧会社に採用されたものであり、当初からシンジケーション本部のMDとして採用されたものではない。また、本件において原被告間の労働契約書等は提出されておらず、原被告間の労働契約において、原告が従事すべき職務内容を限定する旨の合意があったと認めるに足りる証拠はない。さらに、前記前提事実・・・のとおり、被告の就業規則においては、MDであるか否かを問わず、社員に対し、業務の都合により、会社が一方的に就業場所、職務もしくは職務上の地位の変更を命ずることがある旨が規定されている・・・とともに、就業規則38条1項4号に基づく解雇は『他の職務への転換が困難なとき』にされると規定されているのであって、原被告間の労働契約においては、解雇に当たって、配置転換のみならず、職位の降格、さらには、これに伴う賃金や賞与の減額が検討されるべきことが予定されていたと認められる。」

「したがって、仮に、被告において、MDに対する退職勧奨に当たって、職位の降格や賃金の減額を検討しない慣行が存在するとしても、解雇に当たっても同様に解すべきであるとはいえず、原被告間の労働契約の内容に照らせば、本件解雇に当たっては、被告において、シンジケーション本部の人員構成ないし人件費をその収益に見合ったものにするという目的を達するため、職位の降格や賃金の減額等の措置を取ることができないか、検討する必要があったというべきである。

3.一定の就業規則の文言を前提とするものではあるが・・・

 本件の判断は、

「他の職務への転換が困難なとき」

が整理解雇要件として明示的に掲げられているという事実関係を前提とするものではあります。

 それでも、up or out の慣行があるからといって、解雇回避措置として配転等を検討する義務は否定されないと判断されたことは、大きな意味があるように思われます。

 外資系企業で働いているからといって、また、高給をもらっているからといって、一方的な解雇を受け入れなければならないことはありません。解雇に納得がいかないとお考えの方は、弁護士に相談してみると良いと思います。もちろん、当事務所でもご相談に応じさせて頂くことは可能です。

 

外資系企業の高収入労働者にも整理解雇法理は適用されるのか?

1.整理解雇法理

 使用者が経営上の必要性から人員削減を行うためにする解雇を「整理解雇」といいます。使用者側の事情に起因していること等の理由により、整理解雇については、一般の解雇と比べてより具体的で厳しい制約を課す法理が裁判例上形成されています。一般に整理解雇の四要件(四要素)と呼ばれるものです(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕942頁参照)。

 この整理解雇法理は、厳格な解雇規制として機能しています。そのためか、外資系企業から「日本の一般的な企業とは異なる我々に適用されるべきではない」という趣旨の主張がなされることがあります。

 日本で事業活動を営むのに日本のルールに従わなくても良いというのは、違和感というよりも、理解し難い感があります。また、解雇理由に制限を設けていないのは、米国の連邦法など極一部であり、大抵の国は解雇理由に一定の制限を課しています。別に自由に労働者を解雇できることが国際標準であるというわけでもありません。

(参考)

https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11201250-Roudoukijunkyoku-Roudoujoukenseisakuka/0000088778.pdf

 当然のことながら、裁判所においても採用されないのですが、整理解雇法理が適用されるべきではないとする主張は一定の頻度で散見されます。近時公刊された判例集に掲載されていた東京地裁令3.12.13労働経済判例速報2478-18 バークレイズ証券事件も、そうした事案の一つです。

2.バークレイズ証券事件

 本件で被告になったのは、世界的な金融グループであるバークレイズ・グループに属する株式会社です。

 原告になったのは、被告と期間の定めのない労働契約を締結し、マネージング・ディレクター(MD)という最上位の職位にあった方です。賃金も高額で、基本給1638万円、追加固定求1680万円、住宅手当882万円の合計4200万円が支払われていました(年額)。被告から、

「会社の運営上または天変地変その他これに準ずるやむを得ない事由により、会社の縮小または部門の閉鎖等を行う必要が生じ、かつ他の職務への転換が困難なとき」

に該当することなどを理由に解雇されたことを受け、労働契約上の地位の確認や、解雇されて以降の賃金の支払を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件の被告は、

「原告が主張する整理解雇の4要件は、典型的な大手日本企業における人員削減のための解雇の有効性を判断した裁判例の蓄積によって生まれたものであり、本件にそのまま当てはめることはできない。硬直的な整理解雇法理を適用し、本件解雇が無効であるとの判断がされれば、国際企業が日本におけるビジネスから撤退し、又は、日本において高い職位を設けないという結果を招きかねない。」

などと主張し、整理解雇法理の適用を争いました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告の主張を排斥しました。結論としても、解雇は無効であるとし、原告の請求を大筋において認めています。

(裁判所の判断)

「同号に基づく解雇の有効性を判断するに当たっては、人員削減の必要性、解雇回避努力、人選の合理性、手続の相当性といった諸要素を総合的に考慮した上で、本件解雇が同号所定の事由に該当し、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当とであると認められるか否か(労働契約法16条)を判断するのが相当である。」

「これに対し、被告は、外資系金融機関における雇用慣行に照らせば、本件解雇については上記諸要素に沿って判断すべきではないなどと主張するが、本件解雇の有効性の判断において、雇用慣行等を背景とした原被告間の労働契約の内容を踏まえるべきことと上記諸要素を考慮すべきことは何ら矛盾するものではなく、上記判断枠組自体を否定すべき理由はないというべきである。」

(中略)

「以上のとおり、本件解雇は、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であるとは認められないから、解雇権を濫用したものとして、無効である。」

「なお、被告は、本件解雇が無効であるとの判断がされれば、国際企業が日本におけるビジネスから撤退し、又は、日本において高い職位を設けないという結果を招きかねないなどとも主張する。しかしながら、以上の判断は、①原被告間の労働契約において、原告の担う職務や果たすべき職責、責務の遂行や職責に必要な能力、期待される評価等を限定する旨の合意があったと認めるに足りる証拠が提出されていないこと、②就業規則の内容が、整理解雇に当たって、配置転換や職位の降格等を検討することを予定したものとなっていること、③被告が、本件解雇に至るまで、原告に対し、勤務評価において職務能力や勤務成績の不良を指摘せず、高額の賞与を支給し続けてきたこと、④シンジケーション本部の収益目標や被告代表者による忠告の具体的な時期・内容を認めるに足りる証拠が提出されていないこと等、本件における事実関係及びその基礎となる証拠関係を踏まえたものである。被告が指摘する懸念については、使用者において、国際企業における人事労務管理と整合する合理的な内容の労働契約や就業規則を締結又は制定するようにしたり、解雇の有効性を基礎付ける事実を裏付ける客観的な資料を適切に作成し保存したりすること等によって対処することができるものであり、被告の上記主張を採用することはできない。」

3.外資系企業でも適用されるルールは同じ

 巷間で外資系企業は解雇されやすいという話を聞くことがあります。

 これは外資系企業で働く労働者の中には、解雇を宣告されたら、これを争うよりも、見切りをつけて転職して行くという性格の方が多く、日系企業よりも紛争になりにくいというだけです。解雇の効力を争うことは当然可能です。治外法権でもあるまいし、適用されるルールは、日系企業に適用されるものと変わりありません。

 賃金が高かろうが、客観的合理的理由・社会通念上の相当性が認められない解雇は無効です。納得できないという方は、弁護士のもとに相談に行ってみると良いと思います。もちろん、当事務所でもご相談をお受けすることは可能です。