弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

退職勧奨の違法性-拒絶表明がない場合に用いる規範

1.退職勧奨の違法性

 退職勧奨を行うことは、それ自体が違法とされているわけではありません。

 しかし、

「社会的相当性を逸脱した態様での半強制的ないし執拗な退職勧奨行為が行われた場合には、労働者は使用者に対し不法行為として損害賠償を請求することができる」

と理解されています(以上、佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕540頁参照)。

 この損害賠償を請求することができる類型は、二つあるように思われます。

 一つ目の類型は、明示的な拒絶表明のある場合です。この類型に関しては、最一小判昭55.7.10労働判例345-20 下関商業高校事件が、

「被勧奨者が退職しない旨言明した場合であっても、その後の勧奨がすべて違法となるものではないけれども、被勧奨者の意思が確定しているにもかかわらずさらに勧奨を継続することは、不当に被勧奨者の決意の変更を強要するおそれがあり、特に被勧奨者が二義を許さぬ程にはっきりと退職する意思のないことを表明した場合には、新たな退職条件を呈示するなどの特段の事情でもない限り、一旦勧奨を中断して時期をあらためるべきであろう。

と被勧奨者の拒絶意思の表明を違法/適法の分水嶺とした一審判断を支持しています。

 二つ目の類型は、執拗な働きかけが行われる場合です。

 一つ目の類型でも態様の執拗さは違法性の有無を判断するにあたっての主要な考慮要素であり、相当部分で重なり合うことは確かだと思います。

 しかし、態様が執拗でなくても、拒絶意思の表明があれば、一つ目の類型には該当する可能性があります。また、拒絶意思の表明がなくても、態様が執拗であれば、二つ目の類型に該当する可能性があります。

 近時公刊された判例集に、二つ目の類型として位置付けられる裁判例が掲載されていました。東京高判令2.10.21労働判例1260-5 東武バス日光ほか事件です。

2.東武バス日光ほか事件

 本件で被告(控訴人)になったのは、一般乗合旅客自動車運送事業等を目的とする株式会社とその役職員数名です。

 原告に(被控訴人)なったのは、被告に対して正社員として入社し、路線バスの運転手として働いていた方です。男子高校生や女子高校生に対する不適切な言動を行ったことを理由に退職勧奨を受けたことなどを理由に、被告らに対して慰謝料等を請求したのが本件です。

 一審裁判所は、退職勧奨の違法性を認め、原告の請求を一部認容する判決を言い渡しました。これに対し会社側が控訴したのが本件です。

 なお、本件は下記の記事で紹介した地裁事件の控訴審でもあります。

退職勧奨に違法性が認められた近時の裁判例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 この事案において、裁判所は、次のとおり述べて、退職勧奨の違法性を判断しました。

(裁判所の判断)

「使用者のする退職勧奨が許容される限度を超えて違法となるのかはいかなる場合かを検討するに、使用者が、就業規則・・・の定めに従った懲戒解雇処分や解雇によるのではなく、あくまでも辞職(自主退職)を求める場合(退職勧奨)には、労働者がこれに応じるか否かを自由に決定できることを要するのであって、それが労働者の自由な意思形成を阻害するものであってはならない。そうすると、使用者のする退職勧奨は、その内容及び態様が労働者に対し明確かつ執拗に辞職(自主退職)を求めるものであるなど、これに応じるか否かに関する労働者の自由な意思決定を促す行為として許される限度を逸脱し、その自由な意思決定を困難とするものである場合には、労働者は使用者に対し、不法行為として損害賠償を請求することができると解するのが相当である。

(中略)

「本件退職強要発言は、被控訴人に対し、単にこのままでは雇用継続できない旨の会社の判断を伝えて自主退職するか否かの検討を求めるにとどまらず、繰り返し辞職(自主退職)を迫り、考慮の機会を与えないままその場で退職願いの作成等の手続をさせようとしたものというべきであり、その発言の内容及び態様並びにその後の被控訴人の精神状態に照らし、労働者に対し明確かつ執拗に辞職(自主退職)を求めるものであり、これに応じるか否かに関する労働者の自由な意思決定を促す行為として許される限度を逸脱し、その自由な意思決定を困難にするものであって、違法というほかない。したがって、控訴人B及び控訴人Dのした本件退職強要発言は不法行為を構成し、同控訴人らは同一の機会にしたこれらの犯罪について、共同不法行為に基づく損害賠償責任を負うというものである。」

3.依拠すべき引用裁判例を意識すること

 私見ではありますが、退職勧奨が違法であることを理由に損害賠償を請求する場合、依拠すべき規範を明確に意識しておくことが重要です。拒絶表明がある場合には下関商業高校事件を、拒絶表明がない場合には東武バス日光ほか事件といったようにです。

 拒絶表明がないのに下関商業高校事件を引用すると、拒絶表明の欠如を理由に損害賠償を否定されることがあります。拒絶表明がある場合に東武バス日光ほか事件を引用しても立証のハードルが乗り越えられていないということで損害賠償請求を否定されることがあります。

 単一の規範であるかのように記述した文献もありますが、個人的には退職勧奨が違法とされる類型は二種類あり、それぞれの類型に即した裁判例・規範を引用しておく必要があるように思われます。

 

元の職場とは異なる職場への復職命令の有効性

1.休職からの復職をめぐる問題

 厚生労働省が公表している

令和2年 労働安全衛生調査(実態調査) 結果の概況

によると、メンタルヘルス不調により連続1か月以上休業した労働者の割合は、0.4%とされています。

令和2年 労働安全衛生調査(実態調査) 結果の概況|厚生労働省

 割合だけみるとメンタルヘルス不調から休職する人の数は少なそうにも思われます。

 しかし、雇用者数は約6000万人以上にもなるため、

統計局ホームページ/労働力調査(基本集計) 2022年(令和4年)3月分結果

単純計算でも、メンタルヘルス不調が原因で連続1か月以上休職したことのある労働者の数は240万人以上にもなります。

 このような世相を反映してか、メンタルヘルス不調で休職した方の復職の可否をめぐる紛争は、決して少なくありません。

 メンタルヘルス不調に陥った労働者の職場復帰を支援する必要があることについては、厚生労働省でも問題意識が持たれており、

心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き

という文書が作成・公表されています。

心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き |厚生労働省

 この文書の中に、

「『まずは元の職場への復帰』の原則」

というルールが記述されています。

 これは、

「職場復帰に関しては元の職場(休職が始まったときの職場)へ復帰させることが多い。これは、たとえより好ましい職場への配置転換や異動であったとしても、新しい環境への適応にはやはりある程度の時間と心理的負担を要するためであり、そこで生じた負担が疾患の再燃・再発に結びつく可能性が指摘されているからである。これらのことから、職場復帰に関しては『まずは元の職場への復帰』を原則とし、今後配置転換や異動が必要と思われる事例においても、まずは元の慣れた職場で、ある程度のペースがつかめるまで業務負担を軽減しながら経過を観察し、その上で配置転換や異動を考慮した方がよい場合が多いと考えられる。」

という考え方をいいます。

 それでは、この原則に反し、元の職場とは異なる職場への復職を命令することは許されるのでしょうか?

 昨日ご紹介した東京地判令3.10.27労働判例ジャーナル121-46 ツキネコ事件は、この問題を取り扱った裁判例でもあります。

2.ツキネコ事件

 本件で被告になったのは、スタンプ台等の印判用品の販売並びに輸出入等の業務を目的とする株式会社(被告会社)と、その代表取締役C(被告C)の二名です。

 被告会社は従業員約70名、年商約10億円規模の会社であり、原告は従業員として開発部長の職に在った方です。

 本件では複数の請求がなされていますが、その中の一つに労働契約上の地位の確認請求がありましした。これは復職命令に従わないことを理由とする解雇の効力が争われたものです。

 原告の方は「抑うつ状態」との診断を受けての休職から復職するにあたり、元々の職場である開発部ではなく、インク班インク製造チームで勤務することを命じられました。このような復職命令は安全配慮義務を無視した違法な命令であるとして、原告は復職命令に従わなかったことに問題はなかったと主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、復職命令は有効だと判示しました。結論としても、解雇は有効であるとして、地位確認請求を棄却しています。

(裁判所の判断)

「原告は、肉体労働を伴う吉川工場のインク班インク製造チームへの勤務を命ずる本件復職命令は、医学的に見て問題であるから、原告に対する安全配慮義務を無視した違法な命令であると主張し、同主張に沿う証拠としてE医師の意見書・・・を提出する。」

「しかし、同意見書では、認定事実・・・のとおり、重い荷物を扱うような肉体労働をさせることについて十分な配慮がなされることが望ましい旨の意見が述べられているにとどまる。また、原告自身も、インク製造班でリハビリを行って腰を痛めた後、今後もやっていけるのか質問され、神経の病気なのでやってみなければ分からない、製造・運搬などの力仕事以外で細かい業務が多いと回答し・・・、その後も腰の状態について尋ねられ、我慢が十分できる程度の痛みと回答しており・・・、リハビリ期間中に腰の痛みでリハビリに耐えられないと訴えたことは一度もない。令和元年5月8日に行われた復職に向けた面談で、被告Cから、復職後の職場を告げられた際にも、原告は、現在、背中からお尻にかけて神経痛があり、通院しているが、リハビリ勤務をする前からあった症状であること、インク製造に従事する従業員が腰痛など抱えながら業務をしていることも承知していると述べた上で雇用契約書に署名しており、インク製造の業務に耐えられないとは述べていない・・・。他方、被告Cは、同面談の際に、重量物を扱うなどの業務については配慮したいと考えていると回答し・・・、その後も、被告会社は、本件復職命令に応じないと述べた原告に対し、実際の働き方は体調相談しながら進める旨のメールを送信している・・・。加えて、原告自身、インク製造班でもデスクワークがあることは認めている・・・。」

「以上のとおり、原告の主治医のE医師の意見、原告がリハビリ期間から本件復職命令に至るまでインク製造班での業務に耐えられないと申し出たことがないこと、被告会社も原告の体調には配慮すると明言していることに加え、インク製造班でも軽作業があることに照らすと、本件復職命令が医学的に問題であり、原告に対する安全配慮義務を無視した違法なものであるということはできない。したがって、原告の上記主張は採用できない。」

「また、原告は、まずは原告を元の職場に復職させるべきであるから、本件復職命令は違法であると主張し、この主張に沿う証拠として厚生労働省作成の『心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き』・・・を提出する。

しかしながら、同手引きにおいても、元の職場への復帰はあくまでも原則であり、『職場要因と個人要因の不適合が生じている可能性がある場合、(中略)元の職場環境等や同僚が大きく変わっている場合などにおいても、本人や職場、主治医等からも十分に情報を集め、総合的に判断しながら配置転換や異動の必要性を検討する必要がある』として元の職場への復帰に限定されない旨を述べている。

本件では、原告は、被告会社の製品の製造を巡るD取締役工場長とのトラブルを発端に精神疾患を発症して休職しており・・・、主治医であるE医師も外部と接触する業務と開発業務は避けた方がいいと指摘していたのであるから・・・、元の職場である開発業務に復職させず、本件復職命令を発したことが違法であるということはできない。したがって、原告の上記主張も採用できない。

以上によれば、本件復職命令が違法なものであるということはできない。

3.「まずは元の職場への復帰」の原則

 本件において「まずは元の職場への復帰」の原則を主張した原告の主張は受け入れられませんでした。

 しかし、元の職場への復帰させなかったことの当否が議論されている点において、必ずしも無視黙殺されている訳でないことは読み取れます。

 復職にあたって不本意な業務を打診されたという相談は、実務上も決して少なくありません。本裁判例は「まずは元の職場への復帰」の原則の取扱事例として、実務上参考になります。

 

退職勧奨に応じられない場合には、退職しない意思を明確に表明すること

1.退職勧奨の限界

 退職勧奨とは、

「辞職を勧める使用者の行為、あるいは、使用者による合意解約の申込みに対する承諾を勧める行為」

をいいます。

 退職勧奨を行うことは、

「基本的には自由である」

と理解されています。

 ただ、

「社会的相当性を逸脱した態様での半強制的ないし執拗な退職勧奨行為が行われた場合には、労働者は使用者に対し不法行為として損害賠償を請求することができる」

とされています(以上、佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕540頁参照)。

 この損害賠償を請求することができる場合に関するリーディングケースに、最一小判昭55.7.10労働判例345-20 下関商業高校事件があります。

 下関商業高校事件では、市立学校教諭に対する退職勧奨の適法性が問題になりました。この事件で、最高裁は、

「被勧奨者が退職しない旨言明した場合であっても、その後の勧奨がすべて違法となるものではないけれども、被勧奨者の意思が確定しているにもかかわらずさらに勧奨を継続することは、不当に被勧奨者の決意の変更を強要するおそれがあり、特に被勧奨者が二義を許さぬ程にはっきりと退職する意思のないことを表明した場合には、新たな退職条件を呈示するなどの特段の事情でもない限り、一旦勧奨を中断して時期をあらためるべきであろう。

(中略)

「市教委の退職を求める理由はこの機会において十分説明されたものと考えられるところ、これに対し原告らは退職する意思のないことを理由を示して明確に表明しており、特に原告らについてはすでに優遇措置も打切られていたのであるから、それ以上交渉を続ける余地はなかったものというべきである。しかるに被告八木らはその後も原告坂井については五月二七日までの間に一〇回、同河野については七月一四日までに一二回、それぞれ市教委に出頭を命じ、被告八木ほか六人の勧奨担当者が一人ないし四人で、一回につき短いときでも二〇分、長いときには一時間半にも及ぶ勧奨を繰り返したもので、明らかに退職勧奨として許容される限界を越えているものというべきである。」

などと判示した一審の判断を支持しました。

 こうした判示を意識してか、実務上、退職勧奨の適否の判断にあたっては、退職しない意思が明確に拒絶されたのかどうかがポイントになる例が少なくありません。近時公刊された判例集に掲載されていた、東京地判令3.10.27労働判例ジャーナル121-46 ツキネコ事件も、そうした裁判例の一つです。

2.ツキネコ事件

 本件で被告になったのは、スタンプ台等の印判用品の販売並びに輸出入等の業務を目的とする株式会社(被告会社)と、その代表取締役C(被告C)の二名です。

 被告会社は従業員約70名、年商約10億円規模の会社であり、原告は従業員として開発部長の職に在った方です。

 本件では複数の請求がなされ、争点も多岐に渡りますが、その中の一つに違法な退職勧奨がなされたことを理由とする損害賠償請求がありました。

 この事件では、休職後リハビリ中の原告に対し、7か月余りの間に21回の面談が設けられ、複数回に渡り退職勧奨が行われました。

  かなり強度の退職勧奨が行われているようにも見えますが、裁判所は、次のとおり述べて、退職勧奨は違法とは認められないと判示しました。

(裁判所の判断)

「原告は、被告Cが原告に対して執拗に退職勧奨をしており、実質的には退職強要であって、不法行為に該当する旨主張する。」

「ところで、使用者は、労働者に対し、基本的に自由に退職勧奨をすることができ、使用者のする退職勧奨は原則として不法行為に当たらないが、労働者の自由な意思形成を阻害したり、名誉感情を侵害したりした場合には不法行為となる場合があると解される。」

「本件では、被告Cは、リハビリの経過を観察することのほかに、リハビリを通じて本人の適性を受入れさせること、経営がニッケグループに替わったことを理解させることなどの目的で、7か月余りの間に原告と21回の面談を行い、その間、たびたび被告会社を退職して別の会社で働く選択肢もある、復職したら嫌なこともあると予想されると話すなどしており、原告に対して複数回にわたって退職勧奨を行ったと認められる。しかし、原告は、平成31年3月4日の18回目の面談に至ってももう少しだけ時間がほしいと回答するなど、被告Cに対し、退職勧奨を明示的に拒絶したことはないし、被告Cも原告の復職には応じない、原告を辞めさせるなどと明言したことはない。このような点に照らすと、被告Cによる退職勧奨の頻度、回数はやや多いとはいえるものの、被告Cの退職勧奨が原告の自由な意思形成を阻害したとは認められない。現に、原告は被告Cの退職勧奨に応じていないし、被告Cも原告に対して復職命令を発している。」

「また、被告Cは、原告との面談の際、原告に適性のある職種はないなどと述べているが、名誉感情の侵害は、それが社会通念上許される限度を超える侮辱行為であると認められる場合に初めて人格的利益の侵害が認められるものであるところ(最高裁平成22年4月13日第三小法廷判決・民集64巻3号758頁参照)、原告に対する配転命令権を有する被告会社の代表者である被告Cが原告との面談やリハビリを通じて原告に適性のある職種はないと判断し、その結果を原告に伝えたとしても、社会通念上許される限度を超える侮辱行為であるとはいえない。」

「以上のとおり、被告Cによる退職勧奨は違法とは認められないから、原告の主張は採用できない。」

3.不本意な退職勧奨に対しては、明確に拒絶の意思を表明すること

 私の感覚では、21回も退職勧奨をして辞めていないというのは、明確な退職勧奨の拒絶ではないかと思うのですが、裁判所はこれを否定しました。明示的な退職勧奨の拒絶というためには、態度で示すだけではなく、言葉で拒絶の意思を伝えることまで必要であるとの理解に立つものと思われます。

 退職勧奨に応じられない場合には、拒絶の意思を、はっきりと言葉で使用者に伝える必要があります。明言しておかないと、退職勧奨が続いたり、明言後も続く退職勧奨を違法だと判断してもらいにくくなったりします。

 それでも、使用者に対して、はっきりとした物言いをするのは難しい、そうお考えの方は、弁護士に退職勧奨を拒絶する旨の通知の作成を委託してもいいのではないかと思います。そうした通知の作成は、当事務所でも取り扱っています。お困りの方は、お気軽にご相談ください。

 

事業所(診療所)が閉鎖されると誤信した合意退職が無効とされた例

1.事業廃止に伴う解雇

 法人の解散など事業廃止に伴う解雇は、比較的緩やかに効力が認められます。東京地裁労働部に勤務歴のある裁判官の手による佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕399頁にも、

「会社が解散した場合、会社を清算する必要があり、もはやその従業員の雇用を継続する基盤が存在しなくなるから、その従業員を解雇する必要性が認められ、会社解散に伴う解雇は、客観的に合理的な理由を有するものとして原則として有効である」

と書かれています。

 また、事業廃止の必要性や手続的妥当性が欠如していることを理由に、解雇が無効であるとの結論を勝ち取ったとしても、事業活動が停止され、人もいなくなっている以上、将来的な展望が描けるわけではありません。

 このような理論的、現実的な問題があることから、事業廃止を理由に退職勧奨を受けた労働者は比較的簡単に合意退職に応じてしまいがちです。

 それでは、こうした実情を逆手にとられ、廃業するからと言われて合意退職に応じてしまったものの、実際には勤務先が廃業しなかった場合、合意退職に応じてしまった労働者は、どのようなことが言えるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判令3.11.15労働判例ジャーナル121-42医療法人一栄会事件です。

2.医療法人一栄会事件

 本件で被告になったのは、住吉診療所(本件診療所)と難波診療所という二つの診療所を運営する医療法人です。

 原告になったのは、被告との間で有期労働契約(自動更新の約定あり)を締結し、本件診療所で外来診療を担当していた歯科医師の方です。被告から「住吉診療所の人材不足及び業績不振のための閉鎖」を理由とする雇用契約満了通知を受け取り、退職合意書に押印してしまいました。しかし、実際には住吉診療所が閉鎖されることがなかったため、錯誤・詐欺に基づくものであることを理由に退職への同意を取消し、雇用契約上の地位の確認などを求める訴えを提起しました。

 このような事実関係のもと、裁判所は、次のとおり述べて、合意退職の効力を否定しました。なお、結論としても、地位確認請求を認容しています。

(裁判所の判断)

「被告の原告に対する説明は、本件診療所全体の閉鎖というものであったと認めるのが相当である。」

「さらに進んで検討すると、被告は、外来診療の業績不振のほか、その原因として、本件診療所に勤める原告以外の従業員から、原告による歯科衛生士に対するパワハラ・セクハラ、体臭、原告の勤務態度、患者に対する問題行動等の苦情が相次いでおり、原告に対する注意・指導を行っても原告が対応を改めなかったため苦情が止まらなかったことを踏まえて、本件診療所の継続が困難であると判断するに至った旨主張しているところ、被告が従業員から聴取したとする原告の問題行動は、〔1〕就業時間中に副業の準備をしていた、〔2〕本件診療所のパソコンでアダルトサイトを閲覧しており、注意しても『18禁』じゃないからとの理由で閲覧をやめなかった、〔3〕保険会社の担当者からの電話に対し、『殺したろか』などと暴言を吐いた、〔4〕就業時間中にコンビニやATM等に行くため外出をする、〔5〕居眠りをする、〔6〕患者に対する説明が乏しく、患者が不信感を抱く、〔7〕体臭がきついので入浴するよう注意しても従わない、〔8〕私物が散乱しており、指導をしても片付けない、〔9〕原告が同じミスを繰り返すため従業員が注意すると、大声で威嚇し、右手手首をつかむ、〔10〕患者に対し、不謹慎な発言を行う、〔11〕原告に対する態度が気に入らないとの理由で、ある非常勤歯科医師を辞めさせ、代わりの医師を募集してほしいと要望するなどである。
 これらについて検討すると、原告は、本人尋問において、〔1〕について、就業時間中に本件診療所のパソコンを使用して副業の講師アルバイトの講義プリント及び試験問題を作成したこと、〔2〕本件診療所のパソコンを使用して『18禁』ではないサイト(歯科衛生士からアダルトサイトであるとの指摘を受けたサイト)を閲覧していたこと、〔3〕自転車運転中に自動車と交通事故を起こしたことに関して保険会社の担当者の対応が誠実さを欠いていたとして、『殺したろか』という発言をしたこと、〔4〕就業時間中の患者が不在の時間帯にコンビニや銀行に行くとの理由で外出していたこと、〔5〕就業時間中に居眠りをしたこと、〔7〕入浴の頻度が3日に1回程度であり、臭いという指摘を受けたことがあること、〔10〕訪問診療の際に、『P5』という苗字の患者に対し、『P5さん、握手しましょう、大統領と北朝鮮の書記長も固く握手しましたね』という発言をしたこと、〔11〕原告に対する態度が気に入らないとの理由で、ある非常勤歯科医師を辞めさせ、代わりの医師を募集してほしいと要望したことがあることについて、認める旨の供述をしている・・・。そうすると、少なくとも、原告も自認する上記の言動が認められることになるところ、これらの言動が、医師として、職員との関係においても、患者との関係においても不適切であることはいうまでもなく、原告の言動には問題があったというほかない。そして、本件診療所における原告と従業員との関係は悪化していたものであるが(なお、原告も従業員との関係が悪化していたことは認める旨の供述をしている・・・、これは、上記のような原告の言動に起因するものであることが明らかである。」

「以上からすると、被告は、上記のような原告と従業員との関係の悪化という状況を受けて、円滑に手続を進めるため、便宜上、原告に対して本件診療所の閉鎖という説明を行い、合意退職とすることで、円満な関係解消を図ろうとしたものであることがうかがわれる。

以上を総合考慮すると、被告は、本件診療所全体を閉鎖する意図は有していなかったが、原告に対して本件診療所全体を閉鎖する旨の説明を行い、原告は、その説明を信じて、合意退職することとしたことになる。そうすると、原告が合意退職の前提としていた本件診療所全体の閉鎖という主要な部分が事実と異なっていたことになるから、本件合意退職には、意思表示の瑕疵(錯誤あるいは詐欺)があったといわざるを得ない。

3.労働者への悪口が虚偽説明の動機として使われている

 本件で興味深いのは、使用者側が展開した労働者の悪口が、虚偽の説明をした動機の認定に使われている点です。

 詐欺など敢えて嘘を言われたと主張する場合、相手方に嘘を言うだけの強い動機があることを主張、立証する必要があります。意思表示の受け手にとって、そうした主張、立証を行うことは、必ずしも容易ではありません。このことは、実務上、詐欺取消が認められにくい一つの要因を構成しています。

 どのような意図か分かりませんが、本件の場合、使用者側から労働者の問題点が多数列挙されていたようです。しかし、解雇事件でも雇止め事件でもないのだから、このような主張には何の意味もありません。それどころか、敢えて虚偽の説明をする動機があることを自白しているに等しい行為といえます。

 このような使用者側の主張の逆用パターンがあることは、同種事件を処理するにあたっての参考例として、覚えておいても良さそうに思われます。

 

配転命令を受けると都合の悪い事情は、可能な限り事前に言っておくこと

1.配転命令後に配転されると困る事情を補充できるのか?

 突然の配転命令を受けて、その私生活への影響の大きさに困惑する方は少なくありません。このように私生活上、重大な不利益を受けることは、配転命令を拒む理由になるのでしょうか?

 最二小判昭61.7.14労働判例477-6 東亜ペイント事件は、配転命令が権利濫用として無効になる場合として、

① 業務上の必要性がない場合、

② 業務上の必要性があっても、他の不当な動機・目的のもとでなされた場合、

③ 業務上の必要性があっても、著しい不利益を受ける場合、

の三類型を掲げています。

 私生活上、重大な不利益が生じる場合は、③の類型として、配転命令を拒むことができる可能性があります。

 それでは、配転命令を受けてしまった後、会社が認識していなかった配転命令を受けると困る事情があるとして、事後的に事情を補充して行くことは許されるのでしょうか?

 この問題と考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判令3.11.29労働経済判例速報2474-3 NECソリューションイノベータ事件です。

2.NECソリューションイノベータ事件

 本件で被告になったのは、NECの子会社で、コンピュータ、これに関連する電子機器及び通信機器で構成されるシステムに関するコンサルテーション、教育、システムインテグレーションなどを業とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で雇用契約を締結していた方です。配転命令を拒否したところ、被告から懲戒解雇されたことを受け、配転命令・懲戒解雇の効力を争い、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。平成31年3月1日に配転命令を受けた当時、原告の方は、平成20年生まれの長男と、昭和18年生まれの母親と同居して生活していました。

 原告の方は、業務上の必要性の不存在や、不当な動機・目的の存在を主張したほか、長男の自家中毒(周期性嘔吐症)、長男の喘息、母親の体調不良等の事情を「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」の内容として主張しました。

 これに対し、被告は、

「長男や母親の健康状態を含む家庭事情については、当時原告から被告に対し具体的に申告されなかったため被告が知悉できなかった事柄であるから、そもそも、本件配転命令の有効性の判断事情として考慮されるべきものではない」

と主張し、事後的に申告された事情を配転命令の適否を検討するうえでの考慮要素にすることを争いました。

 裁判所は、この論点について、次のとおり述べて、事後的な事情を考慮要素にすることを否定し、配転命令・懲戒解雇の効力を有効だと判示しました(ただし、本裁判例では「仮に、原告が本件訴訟において提出した各資料を考慮したとしても・・・本件配転命令が権利の濫用となることを基礎づける特段の事情があるとはいえない」と述べています)。

(裁判所の判断)

「原告は、本件訴訟において、原告の長男及び母親に係る診断書や通院状況に関する資料を提出しているところ、これらは、本件配転命令発出前には、被告あるいはH1に提出されていなかったものである。被告は、上記各資料については、原告が申告しなかったため被告としては知悉することができなかったものであるから判断事情として考慮すべきではない旨主張し、他方、原告は、上記各資料に基づく主張もしているので、以下、検討する。」

「H1は、平成30年7月、統合オペレーションサービス事業部について、関西・西日本オフィスを含む三つの事業場を閉鎖し、玉川事業場に集約することを明らかにし、同月18日に方針説明会を開催し、同年8月3日以降に個別面談を実施している・・・。そして、原告は、同日から同年10月26日までの間にK1事業部長と3回の面談を行ったものの・・・、今後の原告のキャリアについて話合いはまとまらず、その後、I1マネージャーやL1シニアマネージャーが、原告に対し、繰り返しメールを送信したり、実際に原告が勤務していたG1ビルまで説明のために出張するなどして玉川事業場への配転が困難である事情を聴取するための面談の機会を設けようとしていたにもかかわらず、原告が、暴言ないし社会人としての礼節を欠いた不適切な表現を含むメールを送信するなどして、断固として面談に応じない姿勢を示したため・・・、被告又はH1の担当者と原告との面談が実現せず、ひいては、被告又はH1の担当者が、原告から、玉川事業場に転勤することができない具体的な事情を聴取することができなかったものである。

「原告は、本人尋問の時点においても、面談において、本件配転命令に応じることができないとする家庭の事情等を具体的に説明すべきであったとは考えない旨供述するが、原告の個人的な事情について、被告又はH1が原告の協力を得ることなく調査することができる範囲には自ずから限界がある。他方で、自身に関する個別事情を最もよく把握している原告において、配転命令に応じることが困難な具体的な事情を説明することは基本的に容易であり、かつ相当というべきである。」

以上によれば、被告が、本件配転命令以前に、原告が本件訴訟において提出しているような医師の意見書や診断書等の内容を認識していないのは、原告が被告から述べる機会を与えられなかった、あるいは上記書類を提出する機会がなかったことによるのではなく、被告又はH1が、原告に対し、玉川事業場への配転に応じることができない理由を聴取する機会を設けようとしたにもかかわらず、原告が自ら説明の機会を放棄したことによるものというほかない。

そうすると、被告又はH1が、原告に対して、医師の意見書や診断書の提出を求めるなどの必要な調査を怠ったということはできないのであって、本件配転命令に際し、被告又はH1が医師の意見書・診断書等の原告の長男及び母親の具体的な状態を認識することができなかったのは原告が招いた事態であるから、被告又はH1が、本件配転命令を発出した時点において認識していた事情を基に、本件配転命令の有効性を判断することが相当というべきである。

「原告は、L1シニアマネージャーからの面談要求に応じなかったのは、本件配転命令に応じられない事情については既にK1事業部長に説明済みであったこと、本件特別転進支援施策に応じることを迫ることが目的ではないかと警戒したため面談に応じなかったものであることなどから、説明の機会を放棄したものではない旨主張する。」

「しかし、原告が、K1事業部長に対して説明した内容は既に前記・・・で認定説示したとおりであるところ、その内容に照らせば、本件配転命令に応じられない事情を十分に説明していたといえないことは明らかである。」

「また、K1事業部長が、原告に対し、本件特別転進支援施策について説明したのは1回目の個別面談の際のみであり、ほかに、被告又はH1の担当者が、原告に対し、個別に本件特別転進支援施策についての説明をした機会はなく、原告に対し、本件特別転進支援施策に応募するよう働きかけがなされていたというような事情はない。」

「さらに、I1マネージャーやL1シニアマネージャーが、原告に送信したメールをみても、原告が配転に応じることが困難である事情を聴取したい旨や人財活用施策の面談ではない旨が明記されており・・・、これらの文言に照らせば、I1マネージャーあるいはL1シニアマネージャーが行おうとしていた面談が本件特別転進支援施策に関する面談ではなかったことが明らかである。そして、本件特別転進支援施策の募集期間が平成30年11月9日であったこと・・・に照らせば、同日以降にI1マネージャーやL1シニアマネージャーが、本件特別転進支援施策に応募するよう勧めることは想定し難く、ほかに、I1マネージャー又はL1シニアマネージャーが、実際は、原告に対する退職勧奨を行う意図を有していたにもかかわらず、虚偽の理由で面談を申し入れていたことをうかがわせる事情も見当たらない。」

「以上からすると、面談に応じなかったことに関する原告の主張は採用できない。」

3.幾つかの特殊な事情のある裁判例であるが・・・

 以上のとおり、裁判所は、配転命令の効力を判断するための考慮事情は、

「本件配転命令を発出した時点において認識していた事情」

が基になると判示しました。

 本件は、

事前に事情聴取の機会が設けられていて、寝耳に水というケースではなかったこと、

事前の事情聴取の際に労働者側に不適切な対応があったこと、

などの特殊事情が存在しています。また、裁判所が、

「仮に、原告が本件訴訟において提出した各資料を考慮したとしても・・・本件配転命令が権利の濫用となることを基礎づける特段の事情があるとはいえない」

ダメ押しの判断をしているのも、形式的な割り切りに躊躇していたことの現れではないかと思われます。

 そう考えると、この裁判例の射程は、それほど広いものではないと言えるかも知れません。

 しかし、配転命令が発出された時点で使用者側が認識していた事情の範囲で考慮要素を切ってしまった裁判例が存在することは意識しておく必要があります。

 このような裁判例を見ると、仮に会社に対して不信感を持っていたとしても、リスク管理上、配転されると困る事情は出し惜しみをせず、事前に全部伝え切っておいた方が良さそうに思われます。

 

違法に支払われた退職手当の返還を求める自治体の権利の消滅時効の起算点

1.代表者等が不法行為に加担している場合

 民法724条は、

「被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないとき。」

不法行為による損害賠償の請求権が、時効によって消滅すると規定しています。

 法人を被害者とする不法行為に関しては、基本的には法人の代表者等が「損害及び加害者」を知った時から消滅時効期間が起算されます。

 しかし、法人の代表者等が不法行為に加担している場合、「損害及び加害者」を知ったとしても、損害賠償請求権が行使されることは期待できません。このような場合であっても、消滅時効期間は法人の代表者等の認識を基準に起算されるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。神戸地判令3.11.26労働判例ジャーナル121-34 神戸市事件です。

2.神戸市事件

 本件は神戸市が原告となって提起した損害賠償請求事件です。

 地方公務員法上、職員団体に在籍専従した期間は、退職手当の算定の基礎となる勤続期間には参入されないと規定されています(地方公務員法55条の2第5項参照)。

 しかし、神戸市では在籍専従期間として除算できる期間に上限を設ける取決めをしていました(本件取決め)。結果、法で除算すべきとされている期間よりも短い期間しか勤続期間から除算されない職員が複数発生することになりました。これに対し、神戸市が、退職手当を受給した職員やその相続人に対し、

除算期間が短くされたことにより、本来支払われるべき金額よりも、高い金額を退職手当として支払うことになった、

除算期間の誤りを正すことなく退職手当を受領したことは、不法行為に該当する、

などと主張し、払い過ぎた額に相当する損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。

 しかし、本件では退職手当が支給されたのが随分昔であり、かつ、歴代の給与課長が(地方公務員法に反する)本件取決めを認識したうえで退職手当の支出がなされていたという特徴がありました。

 こうした事実関係のもと、本件では、不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効の起算点がどこにあるのかが争点になりました。

 この論点について、裁判所は次のとおり判示し、消滅時効期間が経過しているとして、原告の請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効は、被害者が損害及び加害者を知った時から起算されるが、『損害及び加害者を知った』とは、加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに、その可能な程度にこれを知ったことを意味し(最高裁昭和48年11月16日第二小法廷判決・民集27巻10号1374頁参照)、被害者が法人である場合には、通常、法人の代表者又は不法行為に関係する事柄について代表者から委任を受けるなど、特定の事項につき法人を代表する権限を有する者(以下、これらの者を『代表者等』という。)が『損害及び加害者』を知れば足りると解される。」

「もっとも、代表者等も他の加害者とともに当該不法行為に加担するなどし、代表者等と他の加害者との共同不法行為が成立するような場合(以下、不法行為に加担した代表者等『加害代表者等』という。)には、加害代表者等が損害賠償請求権を行使することを現実的に期待することは困難であるから、このような場合には単に加害代表者等が損害及び加害者を知るのみでは消滅時効は起算されず、法人の利益を正当に保全する権限のある加害代表者等以外の代表者等において、損害賠償請求権を行使することが可能な程度に『損害及び加害者』を知ったときから、消滅時効が起算されると解すべきである。

「本件についてみると、本件退職手当の受給が違法であるかについて当事者間に争いがあるものの、仮に本件退職手当の支給が給与条例主義の趣旨に反するものであり違法であるとして、その受給行為が不法行為に該当する場合には、給与条例主義に反する本件取決めに基づき、違法な退職手当支給決裁を行う給与課長の行為も、原告に対する背信行為であるといわざるを得ず、給与課長による支給決裁と本件退職手当受給者らによる受給行為は、原告に対する共同不法行為に当たるというべきである。そうすると、違法な退職手当支給決裁を行った給与課長自身には、自らが加担した共同不法行為に関し、自らこれを是正し、又は原告代表者を通じて原告が損害賠償請求権を行使するための役割を果たすことは期待できないのであって、当該給与課長自身の認識のみを基準に、消滅時効が起算されるということはできない。」

「もっとも、本件退職手当受給者らに対する退職手当支給決裁を行った給与課長が異動し、その後任として、本件退職手当受給者らに対する退職手当支給決裁を行っていない者が給与課長に着任したときには、当該後任の給与課長自身は、自らは原告に対する関係で共同不法行為者には当たらないのであるから、その職責上、違法な退職手当の支給について是正し、又は原告代表者を通じて、原告が損害賠償請求権を行使するための役割を果たすことは可能であって、原告の利益を正当に保全する権限を有するものと評価すべきである。そして、法令による除算期間の定めに反する内容の本件取決めは給与課に引き継がれており・・・、歴代の給与課長は本件取決めの存在と、本件取決めに基づく退職手当の支給の存在について認識していると認められるから、自ら本件退職手当受給者らに対する退職手当支給決裁を行っていない後任の給与課長は、上記引継ぎを通じて、前任の給与課長らによる共同不法行為を認識し、原告に対する共同不法行為について、その損害及び加害者を知ったものというべきである。

したがって、本件退職手当受給者らのうち、最終の本件退職手当を受給した被告cの退職手当支給決裁を行った給与課長の後任者の着任をもって、原告が『損害及び加害者』を知ったものというべきであり、消滅時効はその時点から起算されると解すべきところ、・・・、被告cの退職手当支給決裁を行った給与課長の後任者は平成20年4月1日に着任しており、その着任の日から3年後である平成23年4月1日の経過により、消滅時効が完成したものというべきである。」

「原告は、給与課長自身が違法な取決めに基づいて退職手当を支給したものであるから、給与課長自身が原告の利益を保全するために行動を起こし、損害賠償請求をすることはあり得ないから、給与課長の認識を基準として消滅時効が起算されることはないと主張する。しかし、消滅時効の起算について基準となる、法人の利益を正当に保全する権限の有無は、代表者等の地位にある個人が加害代表者等に該当するか否かという属人的な判断に基づきされるべきであって、抽象的な『給与課長』という職ないし地位それ自体について上記権限の有無を論ずることは相当ではなく、原告の主張は採用できない。」

3.給与課長の後任者の着任が基準となった

 上述のとおり、裁判所は、給与課長の後任者の着任を基準として、消滅時効が起算されると判示しました。公務員の場合、首長の交代によって組織内部での事務取扱が大きく変わり、それと同時に、かなり昔の不適切行為まで蒸し返して問題にされることがあります。本裁判例は、代表者等が加害行為に加担してる場合の損害賠償責任という珍しいテーマを扱った裁判例として、実務上参考になります。 

 

変な髪型にされない権利-中学校教諭が生徒の髪を切ったことに違法性が認められた例

1.素人によるヘアカット

 子どもの頃、親や学校の教師から髪を切られて不本意な思いをした方は、少なくないのではないかと思います。

 素人が切るのであるから、当たり前のことです。理容師は理容師法で、美容師は美容師法で、それぞれ国家資格として位置付けられています。素人でもきちんと切れるのであれば、国家資格による規制は必要ありません。

 それでは、学校の教師から髪を切られ、変な髪型いされてしまった場合、慰謝料を請求することはできるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。甲府地判令3.11.30労働判例ジャーナル121-30 山梨市事件です。

2.山梨市事件

 本件で被告になったのは、原告が通っていた中学校(本件中学校)を設置する地方公共団体です。

 原告になったのは、本件中学校に在学していた方です。同級生からいじめられていることを認識していたにもかかわらず適切な対応がとられなかったこと、体臭に問題があるとして衛生指導を受けたこと、教員によって髪を切られたことが、それぞれ違法であるとして、慰謝料等の支払いを求めて国家賠償請求訴訟を提起したのが本件です。

 いじめへの対応、体臭の件では違法性が否定されましたが、教員によって髪を切られたことに関しては、次の事実認定のもと、これを違法だと判示しました。結論としても、慰謝料10万円と弁護士費用1万円の合計11万円の限度で原告の請求を一部認容しています。

(裁判所の認定した事実)

「原告は、本件衛生指導の翌日の平成28年6月7日夜、寝ている原告母を起こし、髪を肩くらいまで切ってほしい旨を伝え、原告母に髪を切ってもらった。背中の真ん中くらいまであった原告の髪は、原告母が髪を切ったことにより、肩にかからないくらいの長さになったが、原告母は、原告の前髪を切っておらず、原告の前髪は目に掛かっている状態であった。また、原告母が髪を切った後に洗髪すると、原告の髪は毛先がはね出してくるなど整っていない状態であった。そのため、原告母は、原告に対し、前髪及びはね出してくる毛先は翌朝整える旨を伝えた。・・・」

「原告は、平成28年6月8日朝、時間がなかったため原告母に前髪及びはね出してくる毛先を切ってもらうことなく、本件中学校へ登校し、同日行われた東山梨中学校総合体育大会(以下『総体』という。)に出場する生徒の見送りのために正面玄関前にいたE教諭に対し、原告母に髪を切ってもらったことや、原告母から続きをE教諭に整えてもらうよう言われたことを伝え、総体の救護役員として出掛けようとしていたG教諭に対しても、同様のことを伝えた。」

原告は、吹奏楽部の部活動を行った後、下校までの間自習をしていた同日午後3時頃、E教諭から、髪を整えるか尋ねられ『はい』と答えた。E教諭は、本件中学校2階の多目的室前の廊下に原告を案内し、原告に椅子を持ってこさせてその椅子に座らせ、底に穴をあけたポリ袋を頭から原告に被せ、鏡のない場所で、霧吹き、くし及び工作用のはさみを用いて原告の前髪及び毛先が飛出している部分を切った。E教諭は、下校のスクールバスの発車時刻前、原告の髪を切り終え片付けを始めた。」

「そうしたところ、総体から戻り別件でE教諭を探していたG教諭は、原告がにこにこしながらE教諭に髪を切ってもらっているのを見付けた。G教諭は、E教諭が学校で生徒の髪を切っていることに驚いたが、原告母に連絡した上でやっているのであろうと考え、原告に対し、左右の長さが整っていない部分があるのでもう少し切ったらどうかと言った。E教諭は、原告に聞いた上で、更に原告の髪を切った。G教諭は、E教諭が原告の髪を切っている間、スマートフォンのインカメラ機能で原告に髪の状態を見せ、E教諭に対し、『カリスマ美容師みたいですね』と言った。原告は、本件ヘアカット行為の間、笑顔を見せており、髪を切ることを拒絶するような言動をすることはなかった。また、本件中学校の数人の生徒が本件ヘアカット行為を見た。」

原告は、本件ヘアカット行為が終わった後スクールバスで帰宅したが、その際、先輩に『変ですか。』と尋ねると『うーん。』と言われ、同級生から『キモい』などと言われ、自宅近くの建物の鏡に映った自身の姿を見てショックを受けた。・・・

「原告母は、平成28年6月8日、帰宅した原告が『学校でE教諭に髪を切られた』『泣きたい』などと言ったので、F教諭に電話し、E教諭と原告が仲の良いことは知っているので、いじめるつもりで髪を切ったとは思っていないが、連絡はしてほしかったと伝えた・・・。E教諭は、原告母に電話し、原告母に連絡しなかったことを詫びた・・・。」

「原告は、平成28年6月9日、本件中学校を欠席し、同月10日、登校してE教諭の顔を見たところ気分が悪くなり、美術室で休み、連絡を受けた原告母が、昼頃迎えに行った・・・。」

「原告の中学2年時の出席状況は、授業日数179日のところ、出席日数は58日であった・・・。原告の中学3年時の出席状況は、授業日数198日のところ、出席日数は63日であり、うち32日が保健室への短時間の登校であり、うち17日は被告の〇〇での学習であった・・・。」

(裁判所の判断)

「E教諭は、原告母が原告の髪を切った翌日の平成28年6月8日朝、原告母に前髪及びはね出してくる毛先を切ってもらうことなく本件中学校に登校した原告から、原告母から続きをE教諭に整えてもらうよう言われたと伝えられたことを契機として、原告の同意を得ながら本件ヘアカット行為を行ったと認められる。」

「しかし、女子中学生にとって、髪の毛をどのように切るかは容姿や個性にも関わる重大な関心事であり、また、一旦切った髪の毛はすぐには元に戻らないという意味で不可逆性を伴うことなどからしても、理美容師でもない教諭が、中学校で生徒の髪の毛を切ること自体、教育の過程においておよそ想定されていない行為である。

加えて、上記認定事実・・・のとおり、E教諭が行った本件ヘアカット行為の態様は、他の生徒に見られる可能性のある廊下で、底に穴をあけたポリ袋を頭から原告に被せるという、他の生徒に見られることにより自尊心が傷つけられる可能性のある方法によるものであって、鏡もない場所で工作用のはさみを用いて行われた本件ヘアカット行為は、その態様や方法において不適切であったといわざるを得ない。

「また、原告が、原告母から続きをE教諭に整えてもらうよう言われたと述べていたことや、E教諭が、原告の前髪及び毛先が飛び出している部分を切ったにすぎないことを踏まえても、原告は、本件ヘアカット行為当時14歳の中学生であり、一般的に教師に逆らえない立場にある上、発達特性やその場の空気を読んで行動してしまう側面等に起因して正確に意思を伝えられていない可能性があることをも考慮すれば、E教諭には、保護者である原告母に髪を切ることの当否を事前に確認する必要があったものと認められる。そして、本件ヘアカット行為に当たって連絡を受けることによって、原告母が本件ヘアカット行為の当否等の検討をする機会が与えられる利益は、本件ヘアカット行為の当事者である原告にとっても法的利益であるというべきである。

「以上によれば、E教諭は、本件ヘアカット行為に先立ち保護者に原告の髪を切ることの当否を確認する義務を負っていたにもかかわらず、これを怠ったというべきであり、髪を切る方法や態様も適切であったとはいえず、原告に対して負う職務上の法的義務に違反したものと認められる。」

3.迎合的な態度が重視されていない点も重要

 上述のとおり、裁判所は、学校教諭が髪を切ったことについて違法性を認めました。

 被侵害利益としてヘアカットの当否を検討する機会が認められたことも重要ですが、児童の迎合的な態度が違法性を認定する妨げになっていないことも重要です。ここで示された経験則は、生徒対学校の訴訟に広く応用できる可能性があります。迎合を重視しない経験則はセクシュアルハラスメントに関する事案などで発展してきたものですが、この経験則がどこまで広がりを見せるのか、今後の裁判例の動向が注目されます。