弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

農作業従事者の腕相撲大会での負傷が業務上の災害と認められた例

1.労災の適用要件-業務上の事由による負傷

 業務上の事由により負傷した労働者に対しては、労働者災害補償保険法に基づいて手厚い保険給付が行われます。

 「業務上の事由」により負傷したといえるのかどうかは、

当該事故が業務遂行中に起こったか否か(業務遂行性)、

業務遂行性が認められる場合、負傷が業務に起因して発生したものか否か(業務起因性)、

という二つの段階で審査されています。

 業務遂行性のレベルでは、しばしば、歓送迎会・忘年会・新年会等の宴会、運動会、社員旅行など通常の業務とは異なる行事への参加の場面で問題になります。こうした行事への参加に業務遂行性が認められるのか否かは、

「それが事業活動と密接に関連して行われ、参加が事実上強制または要請されていた場合には、当該行事への参加およびそれに付随する行為は業務行為(事業主の支配下にある行為)と認められ、業務遂行性が肯定される」

と理解されています(以上、水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕790-791頁参照)。

 この業務遂行性との関係で、以前、農作業従事者の腕相撲大会での負傷について、業務上の災害であることが否定された裁判例をご紹介しました(山形地判令3.7.13労働判例ジャーナル117-44 国・山形労基署長事件)。

腕相撲大会は、従業員の腕力、俊敏さ、性格などをみて給与・人事評価をする目的であったとの説明が採用されなかった例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

  腕相撲大会の性質に関する説明に無理があったことから、この裁判例に目を通した時には、業務上の災害であることが否定されても仕方がないと思いましたが、本件は、その後、上訴されて結論が逆転したようです。控訴審判決が判例集に掲載されていました。仙台高判令3.12.2労働判例ジャーナル121-28国・法務大臣事件です。業務遂行性の肯定例として参考になるため、ご紹介させて頂きます。

2.国・法務大臣事件

 本件は労災の不支給処分の取消訴訟の控訴審です。

 原告・控訴人になったのは、山形県寒河江市でさくらんぼ、桃、ラ・フランスなど果物を生産する株式会社において農作業に従事していた労働者です。

 寒河江市内のそば処で社長ほか8名の従業員全員と取引先従業員2名が参加したさくらんぼ収穫に向けた決起大会に出席しました。決起大会において、社長からの指名で腕相撲大会に参加したところ、右橈骨頭骨折等の怪我をしました。これが業務上の負傷に該当するとして、療養補償給付と休業補償給付を請求しましたが、山形労働基準監督署長は、業務上の負傷に該当しないとして、いずれの給付も支給しない処分をしました。これに対し、審査請求、再審査請求を経て取消訴訟を提起しました。一審が取消請求を棄却したことを受け、原告労働者側が控訴したのが本件です。

 控訴審裁判所は、一審とは異なり、次のとおり述べて、負傷が「業務上の事由」によっていることを認め、原告控訴人の請求を認容しました。

(裁判所の判断)

「決起大会は、社長自ら企画実施し、会社が従業員の全員参加により主催したもので、その目的は、会社の主力業務であるさくらんぼ収穫の繁忙期を間近に控え、事務的な連絡のほか、通年の従業員に対し、短期労働者に対し指導的役割を果たすことへの自覚を促し、慰労として飲食を提供し、士気を高めてさくらんぼの収穫作業への積極的な取組みへの動機づけを行い、併せて繁忙期の作業分担など従業員の指揮監督の一助として、従業員の資質・特性を把握し、さくらんぼの収穫を迅速、安全に確実に行えるようにすることにあったと認められる。」

「決起大会は、社長であるDが、従業員全員が参加可能な日取りを選び、始めから酒食を提供するそば処の座敷を会場として、時刻も夕食時の午後7時からとし、日中の通常業務のなかった控訴人も、全員参加であると社長から説明されて参加が求められ、遅参が許容されつつも実際に全員が参加したものである。」

このような決起大会の目的や開催方法からして、決起集会は、会社が労働者に参加を強制した業務であることは明らかである。

「そして、決起大会は、夕食時の午後7時から始まるにもかかわらず、まず初めにD社長自らが業務の説明を30分程度もしており、他方で、会場をそば処として全員の集合前から酒を飲み始める者もいたことから、飲食を伴う懇親会と社長の従業員への説明を一体のものとして企画実施されたことも明らかである。」

「そして、腕相撲は、決起大会における例年の恒例行事であって、全員参加の勝ち抜き戦で行われていたこと、今回の決起大会や懇親会も、そば処の座敷で行われ、腕相撲は懇親会の途中から座敷のテーブルで行われたこと、採用されて1月半余りにしかならない新人労働者である控訴人が、従業員8名の小規模会社の社長であるDから、決起大会の恒例行事で全員参加の勝ち抜き戦であると腕相撲を行う趣旨を説明され、初戦となる社長の対戦相手として直接指名されたという腕相撲の参加の経緯からすれば、控訴人は、会社の労働者としての立場から、社長の要請に応じて腕相撲に参加しないわけにはいかない状況に置かれたものといえる。

「そして、懇親会も腕相撲も、会社の収益の根幹にかかわるさくらんぼ収穫業務を間近に控え、とりわけ新人の労働者であった控訴人においては他の従業員との懇親を深めて知識経験を共有し、従業員の連帯感と協調性を高め、危険を伴う肉体労働でもある農作業において、安全かつ迅速に収穫作業を行うとともに、短期労働者のリーダーとしての資質も高め、労働者が事業収益の向上に一層寄与していくことを目的とするという意味で、決起大会における社長からの業務説明のみにとどまらない業務上の必要性を一体として有していたといえるのである。」

「控訴人は、社長に勝ったことから、勝ち抜き戦の恒例に従って、続いて社長に指名された取引先の従業員と対戦して右肘骨折等のけがをしたのであって、腕相撲に参加して骨折したことは、会社の業務として行われた決起大会の一環として、一連一体の行事として行われた懇親会や腕相撲において、社長の指示に従って腕相撲の対戦をしたからにほかならない。」

「このような社長の指示が、業務命令に近い義務的な性質の指示であると控訴人に受けとめられるのは当然であって、控訴人が腕相撲に参加して対戦したことは、決起大会への参加と一体となる会社の業務として、社長の指示に従って労働者が業務を遂行した行為にほかならないものと認めるのが相当である。」

控訴人が、さくらんぼ収穫に向けた会社の決起大会での腕相撲により右肘骨折等のけがをしたことは、療養補償給付及び休業補償給付の事由となる労働者が業務上負傷した場合にあたる。

「業務上負傷した場合にあたらないという理由で、控訴人の給付請求に対し支給しない旨の決定をした本件各処分は、労災保険法12条の8第2項及び同項で引用する労働基準法75条、76条により定まる『労働者が業務上負傷した場合』という各保険給付の支給要件の解釈適用を誤り、労災保険法12条の8第2項の規定に違反した違法なものであるから取り消すべきである。」

3.小規模企業における社長からの指示をどうみるのか 

 一審は、

「本件決起大会は、参加が事実上強制されていたものの、午後7時からの開始予定に遅れて参加することも許容され、さらには開始前から飲酒を始める者がいたというように・・・、参加方法や過ごし方は従業員の自由な判断に委ねられていたといえるから、その拘束性は一般の業務に比べて相当に緩やかであったといえる。」

と腕相撲大会への参加の強制性に疑義を呈しました。

 これに対し、控訴審は、従業員8名の会社において入社1か月半の新人が指示されれば参加するよりほかなかったとして、負傷が業務上の事由によると判示しました。

 一審と控訴審とで結論が分かれたのは、このように小規模会社における社長の指示の拘束力・強制性をどのように評価するのかがポイントになったのではないかと思われます。本件控訴審の判示は、小規模会社において上役から指示された行事参加への業務遂行性の判断にあたり、参考になります。

 

有期労働契約の解雇無効を理由とする地位確認請求-自動更新条項があっても、雇止め法理は主張しておかないとダメ

1.自動更新条項

 期間の定めのある契約には、当事者の一方から異議が述べられない限り、自動的に更新するという条項が定められていることがあります。こうした趣旨の条項を、一般に「自動更新条項」といいます。

 それほど頻繁に確認されるわけではありませんが、有期労働契約においても自動更新条項が定められていることがあります。

 それでは、自動更新条項付きの有期労働契約を結んでいた労働者が、期間途中で使用者から解雇され、その効力を争って地位確認の訴えを提起するとき、解雇無効を主張するだけで十分なのでしょうか?

2.問題の所在-雇止め法理(労働契約法19条)との関係をどう考えるのか?

 法律上、有期労働契約は、

契約が反復更新され、期間の定めのない労働契約と同視できるような場合や、

契約が更新されると期待することに合理的な理由がある場合、

客観的合理的理由と社会通念上の相当性が認められなければ、使用者側から更新を拒絶することはできないとされています(労働契約法19条)。

 しかし、有期労働契約は、あくまでも期間の満了により終了するのが原則です。労働契約法19条は、労働者が契約の更新を申し込まなければ発動することはありませんし、訴訟で主張しなければ裁判所がこれを採り上げて審理の対象とすることもありません。

 自動更新条項が置かれている有期労働契約を締結している労働者が、契約期間途中での解雇を争う場合にも、契約期間の満了後も労働契約上の権利を有する地位にあることを主張するにあたっては、労働契約法19条の適用を主張しなければならないのかが今回のテーマです。

 この問題の考え方は、二つあります。

 一つは、労働契約法19条を意識した主張は必要ないとする考え方です。解雇が無効であれば、有期労働契約は期間満了まで存続することになります。期間満了まで存続した有期労働契約は自動更新条項によって更新されます。ゆえに、労働契約法19条の適用を論じるまでもなく、当初有期契約の期間満了後も当然に労働契約上の権利を有する地位が保持されているとする考え方です。この考え方に立てば、解雇の効力を審理する裁判に時間がかかったとしても、特に気にする必要はありません。

 もう一つは、自動更新条項があったとしても、有期労働契約は、飽くまでも期間の満了により終了するという考え方です。この考え方に立てば、期間途中での解雇の効力が否定されたとしても、それによって回復するのは期間満了までの労働契約上の権利を有する地位に限られるため、期間満了後も労働契約上の権利を有する地位にあることを主張しようと思えば、労働契約法19条の適用を意識した主張を組み立てておく必要が生じます。裁判をやっている最中に、当初労働契約の期間が満了してしまいそうな時には、きちんと契約の更新を求めておかなければなりません。

 昨日ご紹介した東京地判令3.10.26労働判例ジャーナル121-50 アジアスター事件は、この問題についても参考になる判断を示しています。

3.アジアスター事件

 本件で被告になったのは、グラフィック関連事業等を目的とする株式会社です。

 原告は、被告との間で、以下の有期雇用契約を締結しました。

期間の定め 令和2年5月19日~令和3年5月19日

契約更新の有無 自動的に更新する

基本給 月額70万円

試用期間 2か月

 しかし、被告は、原告が事業推進部の部長のポストと待遇に見合う能力を有していなかったなどと主張し、令和2年6月11日に原告を解雇しました。この解雇は一時撤回されましたが、令和2年6月17日、被告は改めて原告を解雇しました。これを受けた原告が、被告に対し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件の裁判所は、解雇無効を認めましたが、次のとおり述べて、地位確認請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「・・・以上によれば、被告が主張する解雇事由を認めることができず、被告が令和2年6月19日にした解約留保権の行使は、理由がない。」

「したがって、原告は、被告に対し、有期雇用契約の残りの期間に相当する令和2年7月20日から令和3年5月19日までの10か月分の月額給与700万円の支払を求めることができる。」

(中略)

「原告は、被告に対し、雇用契約上の地位確認請求を求めている。」

「しかし、原告と被告との雇用契約は、前記前提事実・・・のとおり、令和2年5月20日から令和3年5月19日までの有期雇用契約であり、同日の経過により原告と被告との雇用契約は終了している。そして、被告は、雇用してから1か月経過した令和2年6月19日に原告を解雇し、その後も一貫して原告との雇用契約を否認し続けており、原告との雇用期間が満了した令和3年5月19日の時点で黙示に契約更新を拒絶したものと認められる。

前提事実・・・によれば、原告と被告との雇用契約書には、『契約更新の有無』の項目について『自動的に更新する』という記載があり、上記雇用契約書の成立の真正が認められる。

しかし、上記記載は、原告と被告との有期雇用契約を無期雇用契約に転換させるものではない。

したがって、原告の雇用契約上の地位確認請求は理由がない。

4.自動更新条項があるからといって雇止め法理を主張しないのはダメ

 以上のとおり、裁判所は、契約の更新がされていないことを理由に、当初有期労働契約で定められた期間の満了により労働契約上の権利を有する地位は失われていると判示しました。

 自動更新条項がある以上、契約の更新に向けた合理的期待が存在しないとは考えられにくく、契約の更新を申し込んだうえ、労働契約法19条の適用を主張していれば、地位確認請求も、当初有期労働契約の終期以降の未払賃金請求も認容されていた可能性が高いのではないかと思われます。

 自動更新条項付きの有期契約労働者の契約期間途中での解雇の効力を争う事件を処理するにあたっては、過誤を防ぐため、本裁判例の存在を強く意識しておく必要があります。

 

能力不足を理由とする解雇-即戦力・高水準の給与の労働者であっても能力評価に3週間では短すぎるとされた例

1.能力不足を理由とする解雇

 一般に、能力不足を理由とする解雇に関しては、

「長期雇用システム下の正規従業員については、一般的に、労働契約上、職務経験や知識の乏しい労働者を若年のうちに雇用し、多様な部署で教育しながら職務を果たさせることが前提とされるから、教育・指導による改善・向上が期待できる限りは、解雇を回避すべきであるということになり、勤務成績・態度不良の該当性や、解雇の相当性は、比較的厳格に判断されることになる。他方、高度の技術能力を評価され、特定の職位、職務のために即戦力として高水準の給与で中途採用されたが、その期待された技術能力を有しなかったという場合には、労働契約上、労働者には給与に見合った良好な技術能力を示すことが期待されているといえるため、教育・指導が十分でったといえない場合であっても、比較的容易に勤務成績・勤務態度不良に該当し、解雇の相当性が肯定されることになると考えられる。

と理解されています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕395-396頁参照)。

 このようなルールが適用されるためか、即戦力・高水準の給与の労働者は、厳しい評価に晒され、試用期間中に留保解約権を行使されたり、短期間で解雇されたりすることが珍しくありません。

 こうした短期間で留保解約権、解雇権が行使されている事案の中には、幾ら何でも結論を出すのが性急に過ぎるのではないかと思われる事案も含まれています。近時公刊された判例集に掲載されていた東京地判令3.10.26労働判例ジャーナル121-50 アジアスター事件も、評価の性急さが問題になった事件の一つです。

2.アジアスター事件

 本件で被告になったのは、グラフィック関連事業等を目的とする株式会社です。

 原告は、被告との間で、以下の有期雇用契約を締結しました。

期間の定め 令和2年5月19日~令和3年5月19日

契約更新の有無 自動的に更新する

基本給 月額70万円

試用期間 2か月

 しかし、被告は、原告が事業推進部の部長のポストと待遇に見合う能力を有していなかったなどと主張し、令和2年6月11日に原告を解雇しました。この解雇は一時撤回されましたが、令和2年6月17日、被告は改めて原告を解雇しました。これを受けた原告が、被告に対し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 この事件の裁判所は、次のとおり述べて、能力不足を否定しました。結論としても、解雇の効力を否定したうえ、残りの契約期間分の賃金請求を認めています(ただし、期間満了により雇用契約が終了しているとして地位確認は棄却)。

(裁判所の判断)

「前提事実及び証拠・・・によれば、原告と被告との雇用契約は有期契約であるところ、原告と被告は2か月の試用期間についても合意していること、被告が令和2年6月19日にした解雇は、その試用期間内にされていることが認められ、これらによれば、被告が同日にした解雇は解約留保権の行使であると認められる。」

「有期雇用契約であっても、当事者が試用期間についても合意している以上、使用者が、採用決定後における調査の結果により又は試用期間中の勤務状態等により、当初知ることができず、また知ることが期待できないような事実を知るに至った場合において、そのような事実に照らしその者を引き続き当該企業に雇用しておくのが適当でないと判断することが、解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に相当であると認められる場合には、さきに留保した解約権を行使することができるものと解すべきである。しかしながら、労働契約自体が有期雇用であって、その期間の中においては無期雇用よりも雇用保障がされていること(労働契約法16条、17条1項)に照らせば、有期雇用契約における解約留保権の行使は、無期雇用契約におけるものよりはより厳格に認められるべきである。」

「被告は、原告が、前記のとおり、要旨、そのポストと待遇に見合う能力を有していなかった旨主張し、証拠・・・がこれに沿う。」

「しかし、原告は、令和2年5月20日に被告に入社しているところ、被告は同年6月11日にはいったん原告を解雇しており、その間は約3週間しかない。そして、原告は、被告が令和2年6月11日にした解雇を同月17日に撤回した後、同月18日と同月19日の二日しか勤務していない。そして、被告は、この間、原告に対し、業務の改善を求めたりすることもしていない。このような短期間で原告がそのポストと待遇に見合う能力を有していなかったと判断することは困難であるといわざるを得ない。被告の前記主張を採用することはできない。

3.能力評価をするにも3週間では短すぎる

 実務上、解雇予告期間と試用期間の満了を意識してか、かなり早い段階で能力不足の烙印を押される例があります。

 しかし、裁判所は、幾ら何でも3か月で見切りをつけるのは早すぎると判示しました。労働契約の内容によって「長い」「短い」の評価が変わり得ることは否定できませんが、この裁判例は、能力不足を理由とする短期間での留保解約権行使・解雇権行使の可否を考えるにあたり参考になるように思われます。

 

自動車運転手の駐停車時間の労働時間性(自宅にいても労働時間性が認められた事案)

1.自動車運転手の駐停車時間の労働時間性

 使用者の指示があれば直ちに作業に従事しなければならない状態にある時間を一般に「手待ち時間」といいます。自動車運転手の駐停車時間は、手待ち時間の典型であるとされています。

 手待ち時間は、現象的に何もしていないように見えても、行政解釈上、出勤を命じられ、一定の場所に拘束されている以上、労働時間であるとされています(昭33.10.11基収6286号 佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ』〔青林書院、改訂版、令3〕152頁参照)。

 しかし、現象的に何もしていないように見えるためか、自動車運転手の駐停車時間の労働時間性が争われることは、実務上、決して少なくありません。特に、駐停車時間中、自動車を離れていた場合には、その傾向が顕著であるように思われます。近時公刊された判例集に掲載されていた、東京地判令2.11.6労働判例1259-73 ラッキーほか事件も、そうした事案の一つです。

2.ラッキーほか事件

 本件で被告になったのは、

不動産売買及び仲介等を目的とする株式会社(被告会社)

被告会社の代表取締役(被告Y1)、

被告会社において「会長」と称されている者(被告Y2)、

の三名です。

 原告になったのは、被告から雇用され、被告Y3の専属運転手として働いていた方です。被告会社を退職後、割増賃金(いわゆる残業代)や損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。

 本件で問題になった原告の働き方は、次のとおりだと認定されています。

「原告は、被告会社が用意した世田谷区内のマンション(原告宅)に寝泊まりし、朝、原告宅の近くにある本件車両用の駐車場(以下『本件駐車場』という。)等に向かい、本件車両に乗って、同じく世田谷区内のY2宅に被告Y2が指定した時刻までに被告Y2を迎えに行った。」

「原告は、被告Y2を乗せた後、銀行等の被告Y2の指示する場所への送迎を行い、あるいは、直接に、世田谷区内の被告会社の事務所(以下『被告事務所』という。)に被告Y2を送り届け、その後、本件駐車場に戻って本件車両を駐車し、適宜本件車両の清掃をするなどした上で、原告宅に戻って待機した。

「原告は、その後、被告Y2の指示に基づいて、被告事務所に被告Y2を迎えに行き、被告Y2の指示する各場所に被告Y2を送迎した。原告は、その間、被告Y2から迎えの指示があればすぐに迎えに行けるように、本件車両を駐車場に止めることなく路上に駐停車し、本件車両内で待機していた。

「原告は、被告Y2の用事が済むと、被告Y2をY2宅に送り届け、給油をした後、本件駐車場等に本件車両を止めた。」

 このような働き方を前提に、被告らは、原告が本件車両の内外で待機していた時間は労働時間にはあたらないと主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、車両外待機時間のうち1時間のみ労働時間には当たらないと判断し、残りの時間は労働時間に該当すると判示しました。

(裁判所の判断)

「被告らは、原告が本件車両の内外で待機していた時間は労働時間に当たらない、また、待機時間が2時間以上の場合やそれに満たなくとも送迎時刻の指示がある場合は労働時間に含めるべきではない旨主張するので検討する。」

「まず、原告が本件車両内で待機していた場合については、被告Y2から各送迎先での迎えの時刻について指示されることはほとんどなく、また、その指示があったとしても、指示の内容が前倒しに変更されることもそれなりにあり・・・、原告としてはいつ被告Y2から迎えの指示がされるか明らかではないことが常態化したといえる。そして、原告は、このような被告Y2の指示に対応するために、本件車両を駐車場に駐車することなく、路上等に駐停車して本件車両内で待機せざるを得なかった・・・。このような状況であったことからすれば、原告が本件車両内で待機していた場合については、待機時間の長短にかかわらず、また、被告Y2から迎えの時刻について指示があったときも含めて、原告について待機時間の自由な利用が保障されていたとはいい難く、原告は被告会社の指揮命令下にあったというべきである。」

「よって、原告が本件車両内で待機していた時間については全て労働時間に当たるといえる。

「次に、原告が本件車両外で待機していた場合については、原告は、被告Y2を被告事務所に送った後、本件駐車場に本件車両を駐車し、その後は、被告事務所に被告Y2を迎えに行くまでは、本件居宅等で待機するなどしていたところ・・・、被告Y2から事前又は待機開始後速やかに迎えの時刻について指示があり、その時刻に被告Y2を迎えに行けば足りることが多かったといえる・・・。もっとも、事前又は待機開始後速やかに同指示がないことも相当程度あったほか、同指示があったとしても、指示の内容が前倒しに変更されることもそれなりにあり、いつ被告Y2から迎え時刻についての指示がされるか明らかではないことも一定程度あったといえる・・・。

そうすると、原告が本件車両外で待機していた時間については、その一部について、待機時間の自由な利用が保障され、被告会社の指揮命令下から離れていたというべきであり、原告が本件車両外で待機していた時間の長さ・・・も勘案すると、各稼働日ごとに1時間は労働時間に当たらない時間があったと認めるのが相当である。

3.自宅にいても労働時間

 車両内で待機していた時間が労働事案に該当することは想定の範囲内のこととはいえ、本件は自宅に戻っていた時間も1時間を除き全て労働時間としてカウントした点に特徴があります。これによって、労働時間は、かなり伸びたのではないかと推測されます。

 自動車運転手で手待ち時間の労働時間性の認識に齟齬がある場合、労働時間性に関する主張が認められることにより、残業代の跳ね上がるケースが少なくありません。本件でも900万円弱の割増賃金と同額程度の付加金の請求が認められています。

 自動車運転手の手待ち時間は、冒頭で掲げた通達もある関係で、比較的勝ち易い論点の一つです。今回、自宅待機中の労働時間性を認めた東京地裁労働部の裁判例が出現したことで、その傾向は更に強まったのではないかと思われます。

 残業代請求との関係で、お困りの方がおられましたら、ぜひ、お気軽にご相談ください。

コロナ禍での会社解散に伴う整理解雇-雇用調整助成金を利用して再就職のあっせん等の時間を稼ぐ義務はあるか?

1.会社解散と整理解雇

 既に流行に慣れてきつつある感も否めませんが、新型コロナウイルスに関連する企業倒産は今も少なくありません。帝国データバンクが公開している新型コロナウイルス関連倒産の発生累計件数は、右肩上がりになっており、令和4年4月段階で3193件を示しています。

新型コロナウイルス関連倒産 | 株式会社 帝国データバンク[TDB]

 企業が倒産すると、取引先等にかなりの不利益を生じさせます。そうした事態を防ぐためか、倒産に至る前に自主的に解散する会社も少なくありません。

 法人の解散に伴う解雇に関しては、

「整理解雇の4要素により判断されるのではなく・・・、事業廃止の必要性と解雇手続の妥当性を総合考慮することになる・・・。会社が解散した場合、会社を清算する必要があり、もはやその従業員の雇用を継続する基盤が存在しなくなるから、その従業員を解雇する必要性が認められ、会社解散に伴う解雇は、客観的に合理的な理由を有するものとして原則として有効であるが、会社が従業員を解雇するにあたっての手続的配慮を著しく欠き、会社が解散したことや解散に至る経緯等を考慮してもなお手続的配慮を著しく不合理であり、社会通念上相当として是認できないときには解雇権の濫用となる

と理解されています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕399頁参照)。

 それでは、この手続的配慮として、雇用調整助成金の活用を求めることはできないのでしょうか? 解散するにしても、会社には、雇用調整助成金を利用して労働者に再就職までの時間的猶予を与える義務があるとはいえないのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令3.10.28労働経済判例速報2473-3 龍生自動車事件です。

2.龍生自動車事件

 本件で被告になったのは、一般旅客自動車運送事業等を業とする株式会社です。

 原告になったのは、被告と労働契約を締結し、タクシー従業員として勤務してきた方です。

 新型コロナウイルス感染症拡大に伴う売上の激減等により事業の継続が不可能な事態に至ったとして、令和2年4月15日、被告は、原告ほか全ての従業員に対し、同年5月20日付けで解雇するとの意思表示をしました(本件解雇)。そして、令和2年6月2日、被告は臨時株主総会決議により解散し、清算手続を開始させました。

 こうした被告の動きに対し、原告は、解雇の無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起しました。

 原告が解雇無効を主張した根拠の一つに、雇用調整助成金の不活用がありました。具体的には、

雇用調整助成金を利用し、雇用を維持しつつ、事業譲渡先を探したり、再就職先のあっせんをしたりすることなく行われている点で、本件解雇には手続的配慮が欠けている、

ゆえに本件解雇は無効だ

という議論を展開しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告の主張を排斥しました。結論としても、解雇の効力を肯定し、原告の請求を棄却しています。

(裁判所の判断)

「被告は、本件解雇に先立ち、本件解雇予告期間中に事業譲渡が実現しない限り、被告の事業を廃止し、事業譲渡の成否を問わず、事業譲渡又は事業廃止の後に解散することを決定していたと推認されるから、本件解雇は解散に伴うものと認められる。」

「そして、会社の解散は、会社が自由に決定すべき事柄であり、会社が解散されれば、労働者の雇用を継続する基盤が存在しないことになるから、解散に伴って解雇がされた場合に、当該解雇が解雇権の濫用に当たるか否かを判断する際には、いわゆる整理解雇法理により判断するのは相当でない。もっとも、①手続的配慮を著しく欠いたまま解雇が行われたものと評価される場合や、②解雇の原因となった解散が仮装されたもの、又は既存の従業員を排除するなど不当な目的でなされたものと評価される場合は、当該解雇は、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であるとは認められず、解雇権を濫用したものとして無効になるというべきである(なお、仮に原告の主張するとおり、本件解雇が解散に伴うものではなく事業の廃止に伴うものと解したとしても、被告が全ての事業を廃止している以上、労働者の雇用を継続する基盤が存在しないことは会社が解散された場合と同様であり、解散に伴う解雇と同様の枠組みにより判断すべきこととなると解される。)。」

(中略)

「原告は、合意退職に応じた者を退職させた後に残った従業員に対して、雇用調整助成金を利用して雇用を継続しつつ、事業譲渡先を探したり、再就職先のあっせんをしたりすべきであったと主張する。」

「しかし、雇用調整助成金は、経済上の理由により急激に事業活動の縮小を余儀なくされた事業主が、労働者を休業させるなどして雇用の継続を図るものであるところ(雇用保険法施行規則102条の3)、事業の継続を断念した事業主において、従業員が再就職する(当該事業を譲渡した場合において譲渡先に雇用されることを含む。)までの雇用を確保する目的で雇用調整助成金を利用することが当然に想定されているとは解されないから、被告がかかる措置をとらなかったからといって本件解雇が手続的配慮を著しく欠いたまま行われたということはできず、原告の上記主張は採用することができない。

3.会社解散に対しては雇用調整助成金の抗弁は脆弱?

 会社が存続している場合、雇用調整助成金を利用しないままなされた整理解雇の効力は、容易には認められない傾向にあります。

雇用調整助成金を利用せずに行われた整理解雇の効力(解雇回避努力との関係) - 弁護士 師子角允彬のブログ

雇用調整助成金を利用せず有期労働者を整理解雇することは非常に難しい - 弁護士 師子角允彬のブログ

 しかし、会社解散との関係では、これを利用しなくても手続的配慮を欠いたことにはならないと判示されました。新型コロナウイルスの影響下における解雇の相談は、決して少なくありません。雇用調整助成金の不利用が万能の抗弁でないことは、実務上、留意しておく必要があるように思われます。

 

休職開始日を休職命令の到達時よりも前の日付に遡らせることは可能なのか?

1.意思表示の効力発生時期

 民法97条1項は、

「意思表示は、その通知が相手方に到達した時からその効力を生ずる」

と規定しています(到達主義)。

 この規定に従うと、休職命令も、使用者からの通知が労働者に対して到達した時に発生するということになりそうです。

 しかし、休職を命じる通知が、何等かの理由により、実際に休み始めたよりも後に到達することがあります。こうした場合に、休職開始の日を遡らせることは許されるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令3.11.25労働経済判例速報2473-16 学校法人工学院大学事件です。

2.学校法人工学院大学事件

 本件で被告になったのは、工学院大学等を設置、運営する学校法人です。

 原告になったのは、被告との間で労働契約を締結し、専任の事務職員として勤務していた方です。

 被告の就業規則上、原告は、定年年齢(65歳)に達した年の年度末に年度末(平成27年3月31日)に退職することになっていました。

 しかし、原告の方は平成25年11月26日から休職しているとされ、被告における休職期間の上限である16か月後、平成27年3月25日をもって自然退職(休職期間満了による退職)したものと扱われました。これに対し、普通退職として受給した退職金と、定年退職した場合に受給できたであろう退職金の差額を請求したのが本件です。

 この時、根拠になったのが到達主義の規定です。平成25年11月26日から休職を命じる旨の書面を原告が受け取ったのは、平成26年1月21日ころでした。原告は、休職命令の効力が発生するのは、平成26年1月21日の翌日からであり、定年退職時点では未だ休職期間満了に至っておらず、退職原因は自然退職ではなく、定年退職になるはずだと主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、退職原因を平成27年3月25日付けの自然退職だと認定しました。結論としても、差額退職金の請求を棄却する判決が言い渡されています。

(裁判所の判断)

本件就業規則10条本文及び同1号は連続して3か月を超えて欠勤した場合に休職を命ずることができる旨定め、・・・本件休職者に対する暫定給与規程1条及び2条は欠勤期間を発病日から3か月間とし欠勤期間後16か月を休職期間とする旨定めているところ、これらの規定からすれば被告は3か月を超える欠勤の事実を確認しなければ休職命令の発令はできないが、他方、労働者が欠勤期間3か月間に続けて切れ間なく一定額の給与の支払及び傷病手当金の支給を受けられるようにするためには、欠勤期間が3か月間となった日の翌日から休職期間としなければならないことになるから、被告における休職制度においては、欠勤期間が3か月間となった翌日である休職期間の始期の日よりも後の日になってから、同日を休職期間の始期と定める休職命令の発令を行うことも想定されていると解するのが合理的である。

(中略)

「以上によれば、被告が、原告が本件辞令書面を実際に受領する以前から本件休職期間が開始しているとしたこと、つまり、本件休職期間の始期を平成25年11月26日とし、満了日を平成27年3月25日としたこと又は被告が平成25年11月26日時点で原告に対し本件休職命令に関する辞令交付等の明確な意思表示をしていなかったことにより、本件休職命令が無効になるとは認められない。」

3.就業規則の建付けによっては可能

 以上のとおり、裁判所は、就業規則の建付けによっては、日付を遡らせることは可能だと判示しました。

 個人的な感覚として、休職の始期は自然退職の効力とも関連して、意外と争いの対象になることが多いように思われます。そうした争いの見通しを立てて行くにあたり、本件の裁判例は参考になります。

 また、裁判所は自然退職に対してドライです。数日の差で退職金が大きく異なることは、心情的には気の毒に思いますが、休職の場面における裁判所のドライさは常に考慮に入れておく必要があります。

使用者から私用を命じられた時に与えてしまった損害でも、賠償義務の制限を主張できるのか?

1.使用者に対する損害賠償義務

 労働者が職務を遂行するにあたり、必要な注意を怠って労働契約上の義務に違反して使用者に損害を与えた場合、債務不履行に基づく損害賠償責任を負うことがあります。

 しかし、労働者の職務遂行にかかる損害賠償責任には、二つのレベルで制限が加えられています。

 一つ目は、損害の有無のレベルでの議論です。損害賠償責任が発生する場面を故意又は重過失がある場合に限定する裁判例は少なくありません。

 二つ目は、損害賠償の限度のレベルでの議論です。損害賠償責任を負う場合であっても、その範囲は、損害の公平な分担という観点から、信義則上相当と認められる限度に制限されると理解されています(以上について、水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕244-245頁参照)。

 このうち二つ目の議論は、最高裁判例に根拠があります。

 具体的に言うと、最一小判昭51.7.8民集0-7-689が、

使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により、直接損害を被り又は使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被つた場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができるものと解すべきである。」

と判示しており、これが賠償義務を制限する法的な根拠になっています。

2.「事業の執行につきなされた」とは?

 ここで一つ問題があります。損害賠償額を制限する法理の適用要件として、

「事業の執行につきなされた」

という縛りがついていることをどう考えるのかという問題です。

 比較的小規模な企業や、アットホームさを標榜する企業にありがちなのですが、労働者が経営者から公私の別なく様々な雑用を押し付けられていることがあります。

 こうした労働者が私用中に使用者に損害を与えた場合であっても、

「事業の執行につきなされた」

との要件を満たし、損害賠償額の制限を主張することは許されるのでしょうか?

 昨日ご紹介した大阪地判令3.11.24労働判例ジャーナル121-36 坂本商会事件は、この問題にも有益な示唆を与えてくれます。

3.坂本商会事件

 本件は使用者が労働者に対して提起した損害賠償請求事件(甲事件)と、労働者が使用者に対して提起した未払賃金請求事件(乙事件)とが併合された事件です。

 甲事件の原告になったのは、建設機械の賃貸等を目的とする株式会社です。

 被告になったのは、賃金月額27万3310円で、原告の従業員として稼働していた方です。原告会社の所有する普通貨物自動車(本件車両)を運転中、自損事故を起こしてしまいました。事故の態様は、

「本件車両の運転操作を誤り、本件車両を道路脇の岸和田土木事務所管理に係る横断防止柵に衝突させ、本件車両の右前部及び上記横断防止柵を損傷させた」

というものだったと認定されています。

 この事故により本件車両を廃車にせざるを得なくなったとして、被告労働者は原告会社から時価相当額32万円の請求を受けました。

 原告会社の請求を原審は10万円の限度でのみ認めました。これに対し、原告会社が控訴したのが本件です。

 本件で原告・控訴人会社は、

「被控訴人は、本件事故当日、控訴人代表者の所有する船舶(以下『本件船舶』という。)内に保管されていたカップラーメン等を食べ、そのついでに本件船舶の清掃をしようと、本件車両を運転して本件船舶の停泊場まで行く途中又は同所から帰る途中で、本件事故を起こしたものである。このように本件事故は、被控訴人が私用で本件車両を運転していた際に発生したものであり、被控訴人が控訴人の事業を執行している際に発生したものではない。」

と主張し、信義則により損害賠償額が制限されることを争いました。

 しかし、裁判所は、次のとおり判示し、原告・控訴人の主張を排斥しました。

(裁判所の判断)

「証拠・・・によれば、被控訴人は、平成26年1月に控訴人に雇用され、控訴人の本社工場等において機械の洗浄等の単純作業に従事していたものの、控訴人は、被控訴人が日本語能力や体力面で上記勤務に耐えないと判断し、被控訴人を、控訴人代表者の運転手兼雑用係として勤務させることとしたこと、被控訴人は、控訴人代表者から公私の別なく、控訴人代表者の送迎、本件船舶内の清掃、その他の雑用を命じられるまま、その指示に従い、控訴人から賃金を得ていたこと、本件事故当日も、被控訴人は、控訴人代表者の指示に従い、趣味の釣りに行く控訴人代表者を送り、又は本件船舶内を清掃していたところ、本件事故はその帰路で発生したものであることが認められる。

以上によれば、本件事故は、控訴人の事業の執行につき発生したものということができる。

「これに対し、控訴人は、本件事故は被控訴人が本件船舶内に保管されていたカップラーメン等を食べ、そのついでに本件船舶内を清掃しようと、本件車両を運転して本件船舶の停泊場まで行く途中又は同所から帰る途中で発生したものであり、本件船舶内での食事は被控訴人の私用であり、本件船舶内の清掃は控訴人代表者の私用であって、控訴人代表者は被控訴人に私用を命じた際には自ら対価を支払っていたから、本件事故は控訴人の事業の執行につき発生したものではない旨主張し、証拠・・・中にはこれに沿う部分がある。」

「しかし、被控訴人が、控訴人代表者の運転手兼雑用係として、控訴人代表者から公私にわたる指示を受け、日常的に本件船舶内の清掃等の作業に従事していたことは、先に認定したとおりであり、このような事実に鑑みれば、被控訴人が本件船舶内で食事をとることがあったにせよ、控訴人代表者から、本件船舶内の清掃を行う際には、本件船舶内で食事をとることも許されていたというにすぎないと考えるのが自然である上、控訴人代表者が公私を区別し、私用については別途対価を支払っていたとは認め難い。

そうすると、本件事故が、控訴人代表者から私用を命じられた被控訴人が本件車両を運転中に発生したものであったにせよ、控訴人代表者の指示に基づくものである以上、被控訴人による本件車両の運転は、まさに控訴人における控訴人代表者の運転手兼雑用係としての被控訴人の業務そのものであり、控訴人の事業の執行につきなされた行為と評価することができ、これに反する控訴人の主張は採用できない。

4.私用を命じられた時に与えた損害でも100%の賠償が必要とは限らない

 上述のとおり、裁判所は、私用を命じられた際の事故であったとしても、

「事業の執行につきなされた行為」

であると評価できると判示しました。

 のべつまくなく公私に渡って経営者から命じられる雑用をこなしているような場合、私用の遂行中の事故であったとしても、損害賠償義務を制限する法理を適用できる可能性があります。

 私用遂行中の事故であったとしても、必ずしも損害の100%を賠償する必要がないことは、広く知られていい情報ではないかと思います。