弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

腕相撲大会は、従業員の腕力、俊敏さ、性格などをみて給与・人事評価をする目的であったとの説明が採用されなかった例

1.労働者災害補償保険のメリット制

 労働者災害補償保険の保険料には「メリット制」という考え方が採用されています。これは、事業場の労働災害の多寡に応じて、一定の範囲内で、労災保険率・労災保険料額を増減させる仕組みをいいます。

https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/roudouhokenpoint/dl/rousaimerit.pdf

 いわゆる「労災隠し」が発生するのは、メリット制が採用されていることにも原因があります。労災事故が発生すると、保険料率が上がってしまいます。そのため、使用者には、労災事故を隠したい(業務起因性がなかったことにしたい)という誘因が働くことになります。

 しかし、当然のことながら、全ての使用者が労災を隠そうとするわけではありません。業務起因性が微妙なケースであったとしても、労働者の労災保険給付の受給に協力しようとしてくれる使用者もいます。

 ただ、使用者が業務起因性を争わなければ常に労災保険給付が受給されるかというと、そういうわけでもありません。業務起因性の有無は、労働基準監督署長が認定することになっており、使用者側の説明に無理があれば、不支給処分になります。近時公刊された判例集に掲載されていた、山形地判令3.7.13労働判例ジャーナル117-44 国・山形労基署長事件も、そうした事件の一つです。

2.国・山形労基署長事件

 本件は労災の不支給処分に対する取消訴訟です。

 原告になったのは、農業を主たる業とする株式会社(本件会社)に雇用され、農作業に従事していた方です。本件会社は、代表取締役Dの呼びかけにより、業務終了後である午後7時から、飲食店において決起大会を開催しました。そして、同日午後8時から行われた腕相撲大会(本件腕相撲大会)に参加し、腕相撲を行ったところ、2人目との対戦中、右肘を骨折しました(本件傷害)。

 原告は本件傷害について、休業補償給付・療養補償給付を請求しました。しかし、山形労働基準監督署長は、業務に付随する行為ではないことを理由に、各請求に対して不支給を決定しました(本件各処分)。これに対し、審査請求、再審査請求を経て、取消し訴訟を提起したのが本件です。

 本件で特徴的だったのは、会社の側が労災保険給付の受給に協力的であったことです。代表取締役Dは、原告の労災認定を容易にするため、

「本件腕相撲大会は、従業員の腕力、俊敏さ、性格などをみて、給与と人事の評価をする目的であった」

と説明しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、本件傷害の業務起因性を否定しました。

(裁判所の判断)

「労災保険は、『業務上の事由』による『負傷』等に対して、必要な保険給付を行うものであるから(労災保険法1条、7条1項1号)、保険給付の対象となるためには、当該負傷が業務上の事由によるものであること、すなわち、事業主の支配下にあり、かつ管理下にあって業務に従事しているといえる必要がある。これが肯定された場合、当該負傷が労働者が労働契約に基づき事業主の支配下にあることに伴う危険が現実化したとして業務起因性が認められるのである。」

「これを本件についてみると、本件決起大会は、Dの発案で全員参加を前提として開催され、日程調整に当たっても社員全員が参加可能な日時が調整され、参加費用は本件会社の負担とされたというのであるから・・・、入社して間もない原告が参加を断ることが事実上できなかったことは明らかである。また、本件決起大会は、通年雇用の従業員に自覚を持たせ、士気を高めるために例年開催されていたものであり、その冒頭では、Dからさくらんぼ収穫のための期間、場所、就労時間についての説明があったというのであるから・・・、本件決起大会が、およそ業務と無関係に開催されたものとはいいがたい。」

「しかし、本件負傷が業務上の負傷であるというためには、事業主の支配下にあり、かつ、管理下にあって業務に従事しているといえる必要があるところ、以下のとおり、本件負傷について、そのような事情は認められない。」

「すなわち、本件決起大会は、参加が事実上強制されていたものの、午後7時からの開始予定に遅れて参加することも許容され、さらには開始前から飲酒を始める者がいたというように・・・、参加方法や過ごし方は従業員の自由な判断に委ねられていたといえるから、その拘束性は一般の業務に比べて相当に緩やかであったといえる。」

「そして、本件腕相撲大会は、上記のような拘束性が緩やかな本件決起大会において、Dによる業務の説明が終わったあとの午後7時30分頃から行われた飲食を伴う懇親会の行事として午後8時頃から行われているのであるから・・・、業務との関連性は薄いというほかない。実際に、本件腕相撲大会が開始されるまで、原告は飲酒せず、仕事に関連した話をしていたというものの、その内容はさくらんぼが受賞したことや、桃の食べ頃についてといった話題のほか、これから繁忙期を迎えるといった差しさわりのない話題にすぎず、具体的な業務の打合せをしていたものではない・・・。Dが本件懇親会で業務の打ち合わせ等を行うよう指示したという事実もない。さらに、本件懇親会に参加した取引業者に対する接待が指示され、原告がこれを行っていたという事情もない・・・。そうすると、本件懇親会は、業務と離れて単純に飲食を楽しむことも可能な場として設定されたものといえるから、その参加について、業務への従事と同視することはできない。」

上記のように、本件腕相撲大会は、相当程度飲食が進んだ段階で行われた余興であるから・・・、その参加に当たり、原告がDから声掛けされ、職場の雰囲気を壊したくないという思いで参加したという経緯・・・を十分に考慮しても、その際に原告が負傷したことについて、業務上の負傷であるということはできない。この点につき、Dは、本件腕相撲大会は、従業員の腕力、俊敏さ、性格などをみて、給与と人事の評価をする目的であったと説明しているが・・・、Dは、それ以前には、場を盛り上げるために腕相撲を行ったと説明していた・・・のであるから、給与と人事の評価目的であるというDの説明は、後に説示の賃金の支給と同様、原告の労災申請のためにされた後付けの説明である疑いは排斥できない。

以上によれば、本件負傷が、事業主の支配下にあり、かつ、管理下にあって事業に従事していた際に生じたということはできない。なお、本件会社は、決起大会や懇親会の参加者に対して、事後的に賃金を支給しているが、これが原告の労災認定を容易にするための便法にすぎないことは、前記認定の経緯・・・から明らかであるから、この点は前記判断を左右しない。

「これに対し、原告は、本件懇親会は慰労のためのものであり、懇親会とは異なり、業務としての性質を持つと主張する。しかし、本件懇親会が職員の士気を高めるために開催された本件決起大会の中の一行事であり、業務とおよそ無関係とはいいがたいことは事実であるとしても、本件懇親会の性質、酒食の提供の有無、懇親会中における業務への従事の有無、程度、本件腕相撲大会の目的、態様といった事情に照らすと、本件懇親会や本件腕相撲大会が、業務への従事と同視できる行事であったとはいえない。原告の主張は採用できない。」

3.より適切な説明はなかったのだろうか

 やはり、腕相撲大会で、腕力、俊敏さ、性格などをみて給与・人事評価をする目的であったというのは、説明として無理があったように思われます。

 もちろん、事実を創作するようなことは許されませんが、労災保険給付の受給に協力してもらえるのであれば、腕相撲大会への参加が事実上強制されていたことを補強してもらうなど、他にも方法があったかもしれません。

 本件のような事案もあるため、業務起因性の判断が微妙で、かつ、会社が労災保険給付の受給に協力的である場合、どのように協力してもらえるのかは、法律家の関与のもと、慎重に検討することが推奨されます。

 

代表取締役・労務管理担当の取締役とその他の取締役の注意義務の差

1.取締役の善管注意義務

 株式会社と役員の関係は委任に関する規定によって規定されます(会社法330条)。そのため、取締役(役員)は会社に対し「善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務」(善管注意義務)を負います(民法644条)。

 この善管注意義務の内容は、取締役の所掌事務によって、その内容を異にするのでしょうか?

 株式会社の規模が大きくなると、複数名の取締役が事務分掌をした方が効率的な組織運営ができます。しかし、取締役間での合議、あるいは、取締役会で決められた事務分掌は、委任者(株主)の意思とは関係のないところで行われた受任者間での取決めにすぎないという見方もできます。

 それでは、こうした内部的な事務分掌が、法令上の義務である善管注意義務の内容に影響をもたらすことは、在り得るのでしょうか?

 これは、ざっくばらんに言うと、会社に問題が生じた時、取締役に「自分の所掌事務ではないから知らない(あるは注意義務が軽減される)」という弁解が認められるのかという問題です。

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。熊本地判令3.7.21労働経済判例速報2464-3肥後銀行事件です。

2.肥後銀行事件

 本件は肥後銀行の株主が提起した責任追及の訴えです。旧法下において株主代表訴訟といわれていた手続です。

 本件で原告になったのは、肥後銀行の従業員であった亡P13の妻です。亡P13は平成24年10月18日に自殺するまで肥後銀行に勤務していました。

 本件の原告は、肥後銀行の株主でもあったため、

「P13が肥後銀行の業務に起因して平成24年10月18日に自殺し、肥後銀行が原告及びその子らに対する損害賠償金、訴訟費用、弁護士費用等を支払うとともに法令遵守が重視される銀行としての信用が著しく損ねられ、信用毀損による損害を被ったのは、当時肥後銀行の取締役であった被告らが、従業員の労働時間管理体制の構築に係る善管注意義務を懈怠したためである」

と主張し、当時の取締役らを被告として、肥後銀行に損害賠償を支払うことを求める訴えを提起しました。

 裁判所は、結論として原告の請求を棄却しましたが、各取締役の善管注意義務の内容について、次のように判示しています。

(裁判所の判断)

「労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは周知のところであり、労働基準法所定の労働時間制限や労働安全衛生法65条の3所定の作業管理に関する努力義務は、上記のような危険の発生を防止することをも目的とするものと解されることからすれば、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う(最高裁平成12年3月24日第二小法廷判決・民集54巻3号1155頁)。」

「そして、上記使用者の労働者の健康等に対する安全配慮義務を遵守するために、従業員の労働時間管理を含む労務管理は企業経営において不可欠かつ会社経営の根幹に係る重要な事項であると考えられることに加え、使用者は、労働者に対し36協定に基づく時間外労働をさせた場合に労働基準法37条1項に基づく割増賃金を支払う必要があるほか、厚生労働省が定めた労働時間適正把握基準・・・を遵守することが求められていることに照らすと、会社は従業員の健康等に対する安全配慮義務を遵守し、その労務管理において従業員の労働時間を適正に把握するための労働時間管理に係る体制を構築・運用すべき義務を負っており、代表取締役及び労務管理を所掌する会社の取締役も、その職務上の善管注意義務の一環として、上記会社の労働時間管理に係る体制を適正に構築・運用すべき義務を負っているものと解される。また、代表取締役及び労務管理を所掌する取締役以外の取締役は、取締役会の構成員として、上記労働時間管理に係る体制の整備が適正に機能しているか監視し、機能していない場合にはその是正に努める義務を負っているものと解される(なお、労働時間適正把握基準は、上級行政機関が下級行政機関及び職員に対してその職務権限の行使を指揮し、職務に関して命令するために発する通達であり、法規としての性質は持たないが、裁判所が使用者等の善管注意義務違反の有無を判断するに当たって参照すべき規範であると解される。)。」

「もっとも、会社が上記労働時間管理に係る体制の構築・運用義務を履行するに際し、具体的にどのような内容の体制を整備すべきかについては、労務管理が専門的な知識や経験を要する業務であることに加え、規模の大きな会社では労務管理のためのシステムの整備に相応の費用及びそれに専従する人員の配置を必要とすることを併せ考慮すると、上記労働時間に係る体制の構築・運用は経営判断の問題であり、会社の経営を委ねられた専門家である代表取締役及び労務管理を所掌する取締役に裁量権が与えられているというべきである。したがって、会社の取締役に対し、適切な労務管理の体制の構築・運用を怠ったことが善管注意義務に違背するとしてその責任を追及するためには、代表取締役及び労務管理を所掌する取締役の判断の前提となった情報の収集、分析、検討が不合理なものであったか、あるいは、その事実認識に基づく判断の過程及び判断内容に明らかに不合理な点があったことを要するものと解するのが相当である(なお、取締役は、会社経営を行うに当たり法令を遵守することが求められているから、取締役が上記労務管理の体制整備に際して労働基準法等の法令を遵守すべきことは当然である。)。」

3.代表取締役・労務管理所掌の取締役-その他の取締役

 上述のとおり、裁判所は、代表取締役・労務管理所掌の取締役と、その他の取締役で、善管注意義務の内容を異なるものと理解しました。

 これは取締役の任務に関する判断であるため、会社法429条1項に基づいて第三者が取締役に損害賠償請求を行う場面にも妥当する可能性があるように思われます。

 大規模な会社の取締役がどのように所掌事務を分担しているのかは、外部からはあまりよく分かりませんが、被告選定にあたっては、取締役毎に善管注意義務(任務)の内容が異なる可能性があることに留意する必要がありそうです。

 

診療録・カルテの写しを提供しなくても、復職要件が満たされていると判断された例

1.私傷病休職からの復職

 私傷病休職をしていた方が復職するためには、傷病が「治癒」している必要があります。「治癒」とは「従前の職務を通常の程度に行える健康状態に回復した」ことを意味します(佐々木宗啓ほか編著『労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕479頁参照)。

 使用者が「治癒」を認定するにあたっては、診療録(カルテ)の写しなど、医療情報の提供を求められるのが一般です。これに対し、労働者には、診断書の提出などによって協力する義務があります。正当な理由なくこの義務を懈怠する場合、解雇等の不利益を受けることがあります(前掲『労働関係訴訟の実務Ⅱ』485頁参照)。

 しかし、休職に至るまでの間にハラスメント等の複雑な経緯がある場合、医療情報の提供に抵抗感を持つ労働者は少なくありません。また、診療録(カルテ)には、しばしば他人に知られたくない類の愁訴がそのまま記録されています。

 それでは、こうした場合、診療録の写しを提出しなくても済む方法はないのでしょうか? この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。一昨日、昨日とご紹介させて頂いている 京都地判令3.8.6労働判例1252-33 丙川商店事件です。

2.丙川商店事件

 本件で被告になったのは、鮮魚等の卸売業を展開する有限会社です。

 原告になったのは、被告との間で期間の定めのない労働契約を締結し、被告店舗において勤務していた方2名(原告甲野、原告乙山)です。適応障害を発症し、休職していたところ、休職期間の満了による退職扱いを受けたため、その無効を主張して地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 退職扱いの無効を導く理由として、原告らは休職事由の消滅を主張しました。復職が可能な程度に症状が改善していたというのが、その骨子です。

 しかし、原告らは被告から求められたカルテ及びその附属書類の提出には応じていませんでした。本件では、原告らの不協力が、復職の可否を判断するにあたり、どのような意味を持つのかが問題になりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、休職事由は消滅していると判示しました。

(裁判所の判断)

「原告らは、症状が著明に改善したとして、主治医から、平成31年1月1日から職場復帰が可能である旨の平成30年11月30日付け診断書・・・を得ていたこと、同年12月3日、原告らは、組合を通じて被告に対し、上記診断書の写しを同封して、平成31年1月16日から職場復帰する旨を伝える文書を送付したこと、同日、被告に出社したが、被告から就労を拒否されたことが認められる。」

「これらの事実によれば、原告らは、平成31年1月16日の時点において、職場復帰が可能な程度に症状が改善しており、休職事由は消滅していたものと認めるのが相当である。」

「これに対し、被告は、原告らが復職できないのは、使用者が復職の可否を判断するためのカルテ等の客観的資料を原告らが全く提示せず、原告らの復職の可否を判断できなかったためでり、原告らの使用者に対する協力義務の不履行に起因するものであると主張する。」

「しかしながら、前記期認定事実によれば、原告らは、職場復帰に際して、カルテ及び附則書類一切の提出には応じなかったものの、主治医の診断書の写しを提出するとともに、主治医に対する直接の病状照会も了解している。また、その後、原告らは、被告に対し、平成31年3月にはカルテに代わるものとして主治医作成の『職場復帰支援に関する情報提供書(復帰診断書)』・・・を提出し、同年4月には事実経過等を記載した資料・・・を提出して、被告が指定する心療内科の医師の診察を受けることも提案している。しかし、被告は、上記提案にも応じず、原告らからの情報提供では不十分であるとしているのであって、これらの交渉経緯に照らせば、被告の復職拒否が原告らの協力義務の不履行に起因するものであるとはいえない。なお、上記情報提供書・・・には『職場k何強の整備』の担保に言及されているところであり、被告はこの具体的説明内容が判明しない限り復職は受け入れられない旨を主張するが、被告は主治医に対する病状照会も、被告が指定する医師の診察を受けさせることもなく復職拒否の判断をしているのであって、環境整備の具体化がされていない点をもって原告に協力義務の不履行があるとまでは言い難い。」

「以上によれば、原告らは、被告の復職拒否により、平成31年1月16日以降の労務に復することができなかったのであるから、被告は、原告らに対し、同年2月分以降の賃金支払義務を負う・・・。」

3.代替提案が合理的理由もなく拒否されたら・・・

 本件の原告らは、カルテに代わるものとして、主治医作成の「職場復帰視点に関する情報提供書」など種々の方法で医療情報の提供を申し出ていました。こうした申出を適切に検討することもなく、機械的にカルテの提出を求め続けた使用者の姿勢に対し、消極的な評価を与えた点に、本件の特徴があります。

 本件のような事案もあるため、使用者側から頑なにカルテの写しの提出を求められた際には、積極的に代替案を提示していくことも、一考に値するようにも割れます。

就労を拒否された時に他社就労をしたことは解雇理由になるか?

1.兼業・副業の禁止

 厚生労働省では「働き方改革実行計画」(平成29年3月28日 働き方改革実現会議決定) を踏まえ、副業・兼業の普及促進を図っています。

副業・兼業|厚生労働省

 しかし、兼業や副業に対して消極的な姿勢をとる会社は、依然として少なくありません。こうした会社では、就業規則上、無許可での兼業・副業が解雇事由として明記されていることがあります。

 それでは、地位確認を求めて係争中の労働者が他社就労した場合、こうした規定に基づいて会社が労働者に対して改めて解雇の意思表示を行うことは認められるのでしょうか?

 直観的に分かると思いますが、こうした解雇が認められることは、あまりありません。就労を拒否された労働者が生活のために当座の仕事を見つけることは非難されるべきではありません。そのため、状況によって就労の意思が否定されることはあっても、解雇に客観的合理的理由・社会通念上の相当性が認められる余地は殆どありません。

 近時公刊された判例集にも、就労を拒否された労働者による他社就労を理由とした解雇の効力が否定された裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、京都地判令3.8.6労働判例1252-33 丙川商店事件です。

2.丙川商店事件

 本件で被告になったのは、鮮魚等の卸売業を展開する有限会社です。

 原告になったのは、被告との間で期間の定めのない労働契約を締結し、被告店舗において勤務していた方2名(原告甲野、原告乙山)です。適応障害を発症し、休職していたところ、休職期間の満了による退職扱いを受けたため、その無効を主張して地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件の原告らは、係争中、生活を維持するため、他社での就労を開始しました。被告会社は、これが就業規則に規定されている解雇事由に該当するとして、予備的に解雇の意思表示を行いました。そのため、本件では、本件では係争中に他社就労したことを理由とする解雇の可否が争点になりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、他社就労を理由とする解雇の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

・原告甲野について

「原告甲野は、適応障害を発症し、平成29年11月2日から休職していたこと、主治医から平成31年1月1日からの職場復帰が可能である旨の診断書が得られたため、事前に組合を通じて、同月16日から職場復帰する旨を伝えた上で、同日、被告に出社したが、その後、同月17日頃から、J株式会社にて就労を開始したことが認められる。」

そうすると、原告甲野は、被告から就労を拒否される中、生活のために他社に就職したものと認められ、また、後記・・・で判示するとおり、被告の就労拒否は理由がないものである。

以上によれば、原告甲野が被告の承認なく他社に就労したことは本件就業規則上の解雇事由には該当するものの、本件の具体的事情の下でこれを理由に解雇することは著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができず、解雇権の濫用として無効である。

・原告乙山について

「被告乙山は、原告甲野から同人所有の空き家(一軒家)を借り、休職に入るより前の平成29年8月頃から本件簡易宿所を開設して、民泊事業を行っていることが認められる。」

「しかしながら一方で、原告乙山本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告乙山は本件就業規則で禁止されているとの認識のないまま上記事業を開設しており、休職に入る前も被告での勤務時間外を利用して業務をこなしており、実際に被告での勤務に具体的な支障を及ぼしたことを認めるに足りる根拠はない。」

「また、原告乙山は、適応障害を発症し、平成29年9月28日から休職していたこと、主治医から平成31年1月1日からの職場復帰が可能である旨の診断書が得られたため、事前に組合を通じて、同月16日から被告に職場復帰することを伝えた上で、同日、被告に出社したが、被告から就労を拒否されたこと、同年2月移行、K株式会社、L株式会社、株式会社M、株式会社Nにて順次就労していたことが認められる。」

「しかし、これらの就労については、原告乙山が、被告から就労を拒否される中、生活の維持のためであったものと認められ、また、後記・・・で判示するとおり、被告の就労拒否には理由がないものである。

以上によれば、原告乙山が被告の承認なく民泊営業を開始したり、他社に就労したりすることは本件就業規則上の解雇事由には該当するものの、本件の具体的事情の下でこれを理由に解雇することは著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができず、解雇権の濫用として無効である。

以上によれば、被告による本件各解雇は、いずれも無効である。

3.生活の維持のために働いたからといって解雇されることは考えられにくい

 解雇事件の依頼を受ける時、他社で就労しても大丈夫なのかと気にする方は珍しくありません。従来より賃金の高い会社で正社員として稼働した場合に就労意思が問題になることはあっても、無許可兼業を理由として行われる予備的な解雇の意思表示が有効とされることは考えられにくいように思います。

 近時では、こうした予備的な解雇の意思表示を行う会社自体少なくなっていますが、本件は解雇されても大した問題ではないことを示す説明用の最新裁判例として活用することが考えられます。

 

就業規則の規定について誤記との主張が排斥された例

1.法適合性に疑義のある規定を含んだ就業規則

 小~中規模の事業者の就業規則には、法適合性に疑義のある規定を含んでいるものが少なくありません。専門家に依頼せず、自分で作成・変更するから、このような現象が生じるのではないかと思います。

 こうした規定の効力に疑義があることを指摘すると、事業者側から「誤記であって、~のように解釈すべきである」という反論が寄せられることがあります。

 近時公刊された判例集に、この誤記との主張が排斥された例が掲載されていました。京都地判令3.8.6労働判例1252-33 丙川商店事件です。

2.丙川商店事件

 本件で被告になったのは、鮮魚等の卸売業を展開する有限会社です。

 原告になったのは、被告との間で期間の定めのない労働契約を締結し、被告店舗において勤務していた方2名(原告甲野、原告乙山)です。適応障害を発症し、休職していたところ、休職期間の満了による退職扱いを受けたため、その無効を主張して地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件の特徴は、退職扱いの根拠となった就業規則の法適合性に疑義があったことです。具体的に言うと、被告の就業規則は、

業務上の傷病により欠勤し3か月を経過しても治療しないとき」(療養休職)

を休職事由としたうえ、

療養休職における休職期間6カ月が満了してもなお休職事由が消滅せず復職できないときは、その日で退職すると規定していました。

 しかし、労働基準法19条1項本文が、

「使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後三十日間並びに産前産後の女性が第六十五条の規定によつて休業する期間及びその後三十日間は、解雇してはならない。

と規定していることとの関係で、業務上の傷病による欠勤・休業期間が通算9か月になったというだけで自然退職扱いすることには、法適合性に疑義がありました。

 そのため、被告は、就業規則の解釈について、

「『業務上の』とあるのは明白な誤記であり、正しくは『業務外の』である」

として、就業規則の定めを「業務外の」と読み替えたうえで、休職期間満了により自然退職になると主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告の主張を排斥しました。

(裁判所の判断)

「確かに、業務上の傷病の場合に休職中の従業員を解雇することは労働基準法19条に反し、強行法規違反として無効の規定となるから、本件就業規則17条1号に『業務上の』と記載されているのは、同規則作成時において、何らかの誤解等があった可能性は否定しきれない。また、一般に、業務外の傷病に対する休職制度は、解雇猶予の目的を持つものであるから、本件就業規則17条1号を無効とはせずに、『業務外の傷病』であると解釈して労働者に適用することは、通常は労働者の利益に働く解釈であると考えられる。」

「しかしながら、本件においては、上記規定による休職期間満了後も引き続き被告から休職扱いを受けてきた原告らが、上記休職期間満了により既に自然退職となっていたか否かが争われている。このような場面において、労働者の身分の喪失にも関わる上記規定を、文言と正反対の意味に読み替えた上で労働者の不利に適用することは、労働者保護の見地から労働者の権利義務を明確化するために制定される就業規則の性質に照らし、採用し難い解釈であるといわざるを得ない。

したがって、本件就業規則17条1号を『業務外の傷病』による休職規定であるとして、これを原告らに適用することはできないというべきである。

3.誤記の主張が排斥された

 上述のとおり判示した後、裁判所は、原告らの休職について、

「その他特別の事情があり、会社が休職を相当と認めたとき」(特別休職)

に該当すると判示しました。

 そのうえで、特別休職による休職扱いをやめる前に、復職可能な状態になっていたとして、退職扱いの効力を否定しました。

 安易に使用者を救済することを否定し、就業規則を文言に忠実に理解した裁判例として、実務上参考になります。

 

不利益緩和措置としての調整給(特別手当)の法的性質

1.激変緩和措置・不利益緩和措置

 降格や就業規則の変更など、賃金の減額が行われる場面において、激変・不利益を緩和するため、調整給等の名目で金銭が支給されることがあります。

 それでは、この調整給等の名目で支給される金銭の法的性質は、どのように理解されるのでしょうか?

 もし、これが賃金に該当するならば、労働基準法上の諸規制に復することになります。例えば、直接払・全額払が必要になるほか、休業手当や割増賃金の算定基礎に組み込まれることになります(労働基準法24条、26条、37条参照)。また、激変・不利益緩和措置をとったうえで賃金を減額するにあたっては、

賃金の一部を調整給等に振り替える段階、

調整給等を消滅させる段階、

の各段階において、労働条件の不利益変更としての効力を検討しなければならないという理解も成り立つ可能性があります。様々な場面に影響してくることから、調整給等の法的性質をどのように理解するのかは、実務家にとって重要な関心事となっていました。

 このような状況のもと、近時公刊された判例集に、調整給等の法的性質が何かを理解するうえで参考になる裁判例が掲載されていました。東京地判令3.1.20労働判例1252-53 GCA事件です。

2.GCA事件

 本件で被告になったのは、企業買収等に関する斡旋、仲介及びコンサルティング業務等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告のアナリストとして勤務していた方です。元々、賃金年額800万円のアソシエイトとして勤務していましたが、アナリストに降格され、賃金年額が720万円とされました。そのうち120万円(月10万円)は不利益緩和措置としての調整給(後に特別手当に改称)であり、一定期間後に不支給となることが想定されていました。

 本件は、この特別手当月額10万円が不支給となったことについて、同意のない無効な賃金減額であると主張し、原告が未払賃金として毎月10万円を支払うよう求めて被告を提訴した事件です。

 本件では調整給(特別手当)の賃金への該当性が争点になりました。この争点について、裁判所は、次のとおり述べて、特別手当は、賃金ではなく任意的恩恵的給付であるため、労働者の同意を得ることなく減額することができると判示しました。

(裁判所の判断)

「労働の対償たる賃金(労働基準法11条)を減額するためには、労働契約、就業規則又は労働協約上の根拠、あるいは,労働者の同意(以下、これらを併せて『労働者の同意等』という。)を要するが、支給の有無が使用者の裁量に委ねられている任意的恩恵的給付については,労働の対償たる賃金には該当せ、これを不支給とすることにつき、労働者の同意等を要しないと解される。」

「そこで、本件特別手当の性質について検討すると、前記前提事実・・・によれば、被告は、本件降格及び本件降給を行うにあたり、原告に対し、本件通知書を交付して、給与が年額720万円となること、その内訳は、①基本給として、年額435万円(月額36万2500円)、②専門職固定残業手当として、年額165万円(月額13万7500円)、③調整給(特別手当)として、降格による減額分を配慮し、平成24年度限り、年額120万円(月額10万円)である旨通知しているのであり、また、被告の就業規則(給与規程)においては特調整給(特別手当)の定めがない(甲17)ことを踏まえると、平成24年当時において、本件特別手当は、労働の対償ではなく、本件降格による不利益を緩和するための調整給として支払われた任意的恩恵的給付であったことは明らかである。そして、令和2年1月までの間に、本件特別手当の性質が変更されたと認められる事情は存在しないから、本件特別手当は任意的恩恵的給付にすぎず、これを不支給とすることにつき、労働者の同意等を要しないというべきである。」

3.任意的恩恵的給付ということには疑問もあるが・・・

 賃金のうちかなりの割合・金額を占める調整給・特別手当を任意的・恩恵的給付と言い切ることには直観的には違和感があります。また、労働者に支給する金銭と、賃金と任意的恩恵的給付に分けることが可能であるとするならば、賃金構成の多くの部分が任意的恩恵的給付になるよう賃金制度を構築しておけば、使用者は労働者の収入を広範に操作できることになりますが、これが賃金に関する法規制の潜脱にならないのかも気になります。

 とはいえ、調整給等を、任意的恩恵的給付として位置付け、その不支給に労働者の同意等を必要ないとした裁判例があることは意識しておく必要があります。

 

違法な譴責処分を理由とする損害賠償請求が認容された例

1.違法な譴責処分・戒告処分を理由とする損害賠償(慰謝料)請求のハードル

 違法な譴責処分・戒告処分を理由とする損害賠償(慰謝料)請求には、三つのハードルがありあす。

 一つ目は、故意・過失です。

 客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない懲戒処分は、その権利を濫用したものとして効力を否定されます(労働契約法15条)。しかし、損害賠償請求が認められるためには、単に違法・無効な懲戒処分がされたことを立証するだけでは足りず、違法・無効な懲戒処分が行われたことが故意・過失に基づいているまで立証する必要があります(民法709条参照)。

 二つ目は、損害の発生です。

 譴責処分・戒告処分といった懲戒処分は、多くの場合、具体的な不利益と紐づいているわけではありません。そのため、違法・無効な懲戒処分が故意・過失に基づいていることまで立証できたとしても、そもそも損害が発生しているのかという問題が生じます。

 三つ目は、損害の回復です。

 これは、違法・無効な懲戒処分が行われたとしても、判決の理由中など、どこかしらの部分で懲戒処分が違法・無効であると宣言されてしまえば、違法・無効な懲戒処分を受けたことにより生じた精神的苦痛は、自動的に慰謝されてしまうのではないかという問題です。

 上述の理論的なハードルがあることのほか、見込まれる慰謝料額との兼ね合いから訴訟事件化する事件数自体が少ないこともあって、違法な譴責処分や戒告処分を理由とする損害賠償(慰謝料)請求を認容した公表裁判例は、決して多くはありません。

 こうした状況の中、近時公刊された判例集に、違法な譴責処分を理由とする損害賠償(慰謝料)請求が認容された裁判例が掲載されました。東京地判令3.9.7労働経済判例速報2464-31 テトラ・コミュニケーションズ事件です。

2.テトラ・コミュニケーションズ事件

 本件で被告になったのは、情報通信技術に関するコンサルティング業務等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で期限の定めのない雇用契約を締結していた方です。特徴的なのは、過去に被告に対して労働審判を申立ていたことです。

 労働審判の後も被告のもとで稼働していたところ、被告の従業員Pから、企業年金の確定拠出年金への移行に係る必要書類の提出を求められた際、

「この件で、私が不利益を被ることがありましたら、訴訟しますことをお伝えします。」

とのメッセージ(本件メッセージ)を送りました。

 これが懲戒事由に該当するとして、被告は原告に対して譴責処分を行い、始末書の提出を命じました。これが懲戒権の濫用で不法行為を構成するとして、原告が慰謝料等の支払いを求めて被告を提訴したのが本件です。

 この事件で、裁判所は、次のとおり述べて、被告の損害賠償責任を認めました。

(裁判所の判断)

「懲戒処分に当たっては、就業規則等に手続的な規定がなくとも格別の支障がない限り当該労働者に弁明の機会を与えるべきであり、重要な手続違反があるなど手続的相当性を欠く懲戒処分は、社会通念上相当なものといえず、懲戒権を濫用したものとして無効になるものと解するのが相当である」

「これを本件についてみるに、本件けん責処分は、原告に弁明の機会を付与することなくなされたものである。原告がAに対して本件メッセージを送信したこと自体は動かし難い事実であるし、証拠・・・によれば、原告が度々抗議に際して訴訟提起の可能性に言及するなどして被告、その代表者および従業員に対する敵対的な態度を示していたことが認められ、これが抗議の方法として相当といえるか疑問の余地もある。しかしながら、それが脅迫に当たるか、DC移行に係る必要書類の提出を拒むなどした原告の態度が、懲戒処分を相当とする程度に業務に非協力的で協調性を欠くものといえるかについては、経緯や背景を含め、本件メッセージの送信についての原告の言い分を聴いた上で判断すべきものといえる。そうすると、原告に弁明の機会を付与しなかったことは些細な手続的瑕疵にとどまるものともいい難いから、本件けん責処分は手続的相当性を欠くものというべきである。」

「したがって、本件けん責処分は、懲戒権を濫用したものとして無効と認められる。」

懲戒処分は、労働者に経済的な不利益を与え、その名誉・信用を害して精神的苦痛を与え得る措置であるため、これが懲戒権の濫用と評価されるときは、使用者の不法行為(民法709条)が成立し得るが、必ずしも懲戒権の濫用が不法行為の成立に直結するわけではないから、使用者の故意・過失、労働者の不利益や損害の有無等を検討する必要があるところ、被告には原告に弁明の機会を付与せずに本件けん責処分をしたことについて、少なくとも過失が認められる。

「原告は、本件けん責処分によって多大な精神的苦痛を被ったとし、損害として慰謝料100万円及び弁護士費用50万円を主張する。」

けん責処分は、それ自体で労働者に実質的不利益を課すものではないものの、昇級・一時金・昇格などの考課査定上不利に考慮されることがあり得ること、始末書を提出することについては心理的な負担感も伴うことからすると、違法なけん責処分によって精神的苦痛を被ることは否定し難い。

「もっとも、前記前提事実のとおり、本件けん責処分は、被告代表者からメールで告知されたものであり、これが被告の他の従業員等の知れるところとなったなどの事情もうかがわれない。また、前記のとおり、原告が度々訴訟提起の可能性に言及するなどして被告に対する敵対的な態度を示していたことが認められ、本件けん責処分及びその原因となった本件メッセージの送信もその延長という側面が少なからずある。そうすると、原告が本件けん責処分によって多大な精神的苦痛を被ったとまではいい難い。」

その他本件に顕われた一切の事情を考慮すると、原告が本件けん責処分によって被った精神的苦痛を慰謝するに足りる相当な額は、10万円と認めるのが相当である。

また、原告が本件訴訟の追行を弁護士に委任したことは当裁判所に顕著であるところ、本件けん責処分と因果関係のある弁護士費用は1万円と認めるのが相当である。

3.弁明の機会が設けられなかった事案では過失が認定されやすい?

 損害の発生が認められたうえ、損害の自動的な回復といった議論が採用されなかったこともさることながら、本件で特徴的なのは、故意・過失の認定ではないかと思います。裁判所は、懲戒権の濫用が不法行為の成否直結す問題であることを否定しながらも、弁明の手続が欠けていたことを理由に、比較的あっさりと過失を肯定する判断を導いています。この背景には、弁明を聞くなど適切な情報収集と検討を経た上で結論を誤るのは仕方のない面があるにしても、弁明の機会を設けないまま懲戒権を行使するのであれば、判断を誤ったとしてもその責めは使用者で負うのが筋ではないかといった価値判断があるようにも思われます。

 譴責処分・戒告処分は、軽微な処分であるからか、労働者から弁明すら徴求することなく、安易に濫発されていると思われる例が少なからず見受けられます。経済的に割に合うケースばかりでないことは確かですが、一方的に処分されて釈然としない思いをお抱えの方は、法的措置を検討してみても良いかも知れません。