弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

任期付き公務員の再任用拒否に期待権侵害が認められた例

1.公務員と雇止め

 労働契約法19条は、

「当該有期労働契約が過去に反復して更新されたことがあるものであって、その契約期間の満了時に当該有期労働契約を更新しないことにより当該有期労働契約を終了させることが、期間の定めのない労働契約を締結している労働者に解雇の意思表示をすることにより当該期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できると認められる」場合、又は、

「当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められる」場合、

契約の更新を拒絶するためには、客観的合理的理由・社会通念上の相当性を要するとしています。客観的合理的理由・社会通念上の相当性が認められない場合、当該有期労働契約は同一の労働条件で更新されます。

 このルールは、国家公務員や地方公務員には適用されません(労働契約法21条1項参照)。そのため、任期付き公務員は、再任用を拒否された場合であっても、労働契約法19条に基づいて再任用拒否の効力を争うことはできません。

 しかし、再任用拒否が任用継続に対する期待を侵害したと認められる場合、期待権侵害を理由に損害賠償を請求できることがあります。近時公刊された判例集にも、期待権侵害を理由とする慰謝料請求が認められた裁判例が掲載されていました。東京地判令3.6.24労働判例ジャーナル116-56 世田谷区役所事件です。

2.世田谷区役所事件

 本件で被告になったのは、幼稚園(本件幼稚園)を管理運営する特別地方公共団体です。

 原告になったのは、本件幼稚園で臨時職員(事務補助職員)として勤務していた方です。事務補助職員fと交替で、1週間あたり平日2~3日の勤務を行っていました。

 しかし、書類上は、原告は奇数月のみ、被告は偶数月のみ、本件幼稚園に勤務していると扱われていました。

 これは世田谷区教育委員会臨時職員取扱要綱に原因があります。同要綱は、臨時的任用にかかる職員について、

「2か月を超えない任用期間を定めた臨時職員にあっては、当該任用期間が満了し、1か月を経過した後であれば、同一年度内において再度任用することができるが、同一年度内における任用期間は、通算して6か月を超えることができない」

と定めていました。臨時的任用の仕組みは用いたい/だけれども要綱に違反することはできない、こうして生まれたのが本件の枠組みです。賃金は、偶数月には原告に、奇数月に、fに支払われていました。原告とfは、もらった賃金について、相手方の取り分を相互に精算していました。

 こうした事実関係のもと、原告は、労働契約上の地位の確認の確認や、期待権侵害を理由とする慰謝料請求等を求める訴えを提起しました。慰謝料請求は地位確認請求が通らなかった場合に備えた予備的なものでした。

 本件で注目されるのは予備的請求である慰謝料請求についての判断です。裁判所は主位的請求は棄却しましたが、次のとおり述べて期待権侵害を認め、被告に慰謝料等22万円の支払いを命じました。

(裁判所の判断)

「原告は、被告が何ら合理的な理由なく原告の再任用を拒否したことは違法であると主張する。」

(中略)

「任命権者が、任用期間の定めのある地方公務員に対して、任用予定期間満了後も任用を続けることを確約ないし保障するなど、同期間満了後も任用が継続されると期待することが無理もないものとみられる行為をしたというような特別の事情がある場合には、当該地方公務員がそのような誤った期待を抱いたことによる損害につき、国家賠償法に基づく賠償を認める余地があると解される。」

「前記前提事実・・・において認定した事実によれば、

〔1〕原告が本件幼稚園において従事していた事務補助の職務は、継続性が求められる職務であること、

〔2〕原告は、平成23年12月2日に勤務を開始して以来、被告(教育委員会)から、奇数月だけでも少なくとも30回以上にわたって繰り返し臨時職員としての任用を受け、勤務開始時にd副園長から説明を受けたとおり、任用されていない偶数月も含めて継続的に勤務をし、結果的に勤務の継続が約5年4か月の長期間に及んでいたこと、

〔3〕同じく事務補助職員として原告と交替で勤務していたfは、原告が勤務を開始した時点で既に14~15年にわたり勤務を継続していたこと、

〔4〕d副園長及びe副園長も、条件明示書兼承諾書及び申請書兼決定書の記載内容と原告の勤務実態が異なっていることを認識していたにもかかわらず、そのような状況を継続し、原告に対し、上記各書面の記載内容どおりの勤務形態(隔月勤務)に改めるよう指導したことはなかったこと、

〔5〕原告は、奇数月ごとの再任用の際、条件明示書兼承諾書に署名押印して提出していたが、任用期間が満了する都度、翌月又は翌々月の任用について意向を確認されることはなく、当然のように再任用が継続されていたこと、

〔6〕そのような中、d副園長は、原告に対し、ずっと働いてほしいと述べるなど、長期にわたる職務の継続を期待させるような言動をしていたことが認められる。これらの事情に照らせば、被告は、原告が奇数月ごとに再任用され、任用月に当たらない偶数月も含めて勤務を継続することを期待することが無理もないとみられる行為をしたという特別の事情があったと認めるのが相当である。

「以上によれば、原告の再任用に対する期待は、法的保護に値するというべきであるところ、前記・・・において認定した事実によれば、e副園長は、原告に対し、原告との関係が良好でないA教諭が復職することから、本件通告をし(e副園長において、原告とA教諭の間の人間関係の調整を試みたり、両者の関係性を踏まえた対応を検討したりした形跡はない。)、被告においてこれ以降原告を再任用していないのであるから、被告は、原告の上記期待権を違法に侵害したというべきである。なお、e副園長は、本件通告をした真の理由は、原告に仕事上のミスが多いことや原告が業務指示に従わないことであった旨証言するが・・・、e副園長の陳述書・・・にはこの点について全く記載されておらず、これらの事実を裏付ける証拠も提出されていないから、e副園長の上記証言を採用することはできない。」

したがって、被告は、原告に対し、国家賠償法1条1項に基づき、上記期待権の侵害による精神的損害を賠償すべき責任を負う。

「そして、原告の本件幼稚園での事務補助職による収入額のほか、原告の勤務実態や任用終了の際のやり取りの内容その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、上記精神的損害に対する慰謝料として20万円を認めるのが相当である。また、上記認容額及び審理の経過を考慮すると、上記期待権の侵害と相当因果関係のある弁護士費用として、2万円を認めるのが相当である。」

3.慰謝料額は低廉であるが・・・

 本件で認められた慰謝料は20万円と少額に留まっています。しかし、裁判所が原告の期待権侵害の主張を採用したのは、注目に値します。期待権侵害による慰謝料請求を認めた事件は類例に乏しいからです。

 期待権侵害による慰謝料請求の可否等や慰謝料水準を把握するにあたり、本請求は数少ない認容例の一つとして参考になります。

 

文言自体は侮辱的ではなくても、嫌がっていることを言い続ければハラスメント・不法行為になるとされた例

1.パワーハラスメント

 パワーハラスメントの類型の一つに、

「精神的な攻撃(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言) 」

があります。

 令和2年1月15日 厚生労働省告示第5号「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」によると、

人格を否定するような言動を行うこと。相手の性的指向・性自認に関する侮辱的な言動を行うことを含む。」

「業務の遂行に関する必要以上に長時間にわたる厳しい叱責を繰り返し行うこと」

「他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責を繰り返し行うこと」

「相手の能力を否定し、罵倒するような内容の電子メール等を当該相手を含む複数の労働者宛てに送信すること。」

が該当例として挙げられています。

 上述のとおり「精神的な攻撃」の典型は、人格否定・叱責・能力否定・罵倒といったように、それ自体、攻撃的・侮辱的・否定的な言葉を浴びせることです。

 それでは、文言それ自体をみれば侮辱的・攻撃的・否定的な意味合いを持つとはいえない言葉を浴びせているにすぎない場合、ハラスメント・不法行為を構成する余地はないのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令3.6.30労働判例ジャーナル116-38 しまむら事件です。

2.しまむら事件

 本件で被告になったのは「ファッションセンターしまむら」を経営する株式会社(被告会社)と、その準社員2名(被告c、被告d)です。

 原告になったのは、被告会社のアルバイト店員の方です。令和元年9月中旬から下旬にかけて、被告cと被告dから、個別に、あるいは、同じ機会に「仕事したの。」と言われ続けたことにより精神的苦痛を受けたとして、損害賠償を求めたのが本件です。

 「仕事したの。」は、その言葉自体に侮辱的な意味合いが含まれているとはいいにくいように思われます。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、不法行為の成立を認めました。

(裁判所の判断)

被告cは、9月中旬以降、原告に対し、『仕事したの。』と言うようになり、店長代理のfにも原告に仕事をしたか聞くと面白いから聞くようにけしかけ、実際にfが被告cに言われたとおり原告に『仕事した。』と質問し、これに対して原告が拒絶反応を示していることに照らすと、被告cは、原告に対し、原告の拒絶反応等を見て面白がる目的で『仕事したの。』と言っていることが認められる。したがって、被告cのこの行為は、原告に対する嫌がらせ行為であるといえる。加えて、被告cの9月26日午後1時頃の原告に対する行動も、その前後の経緯からすると、原告に対する嫌がらせ行為の一環として行われたものと認められる。

また、被告dも被告cと同じ時期に、原告に対し、個別に、あるいは被告cと同じ機会に『仕事したの。』と被告cと同じ内容の発言をしているのであるから、被告cと同様に原告の拒絶反応等を見て面白がる目的でしたと認められる。したがって、被告dのこの行為は、原告に対する嫌がらせ行為であるといえる。

そして、原告はこれらの嫌がらせ行為により精神的に塞ぎ込んで通院するまでに至ったのであるから、被告c及び同dの行為により原告の人格権が侵害されたということができる。

以上によれば、被告c及び同dは、原告に対し、共同不法行為に基づく損害賠償責任を負う。

「これに対し、被告cは、冗談交じりに『仕事したの。』と言ったり、悩み事や心配事があるのかと心配してスキンシップを取ったりしたのであって、不法行為に当たらないと主張する。」

「しかし、前記・・・のとおり、被告cは、店長代理のfにも原告に仕事をしたか聞くと面白いから聞くようにけしかけていることからすると、単なる冗談交じりに『仕事したの。』と言っていたとは認められない。また、上記アのとおり、原告の拒絶反応等を見て面白がっている被告cが原告に悩み事や心配事があるのかと心配してスキンシップを取ったのか疑わしいといわざるを得ないから、被告cの上記主張は採用できない。」

「また、被告dは、原告が仕事をしていなかったため『仕事をしたの。』と言ったと主張するが、被告cと同時期に、時には同じ機会に『仕事をしたの。』と言っていることや原告が仕事をしていなかったとうかがわれる確たる証拠がないことに照らしても、被告dの主張は採用できない。」

3.当たり前のことではあるが・・・

 言葉自体が侮辱的でなくても、侮辱的な意図をもって発言し、相手の拒否反応を見て面白がっていれば不法行為になるというのは、直観的には当たり前のことでしかありません。

 しかし、侮辱的な意図で言われていることの立証が難しいため、実務上、言葉自体に侮辱的な意味合いがない場合に不法行為の成立が認められることは極めて稀です。

 本件はそうした立証が奏功した稀有な事案です。認容された慰謝料は5万円と少額ですが、字面を見るだけでは分かりにくい形で弄られている人・いじめられている人の救済を考えるうえで参考になります。

 ちなみに立証が成功したのは、原告の塞ぎこむ様子を見て心配に思った原告の夫が、原告にボイスレコーダーを持たせたからだと思われます(判決でそのような事実が認定されています)。抑揚や細かなニュアンスまで再現できる録音が、ハラスメントの立証にあたり効果的であることを示す一例ともいえます。

 

即戦力中途採用の場合でも、能力不足解雇にあたり指導改善の機会付与を要するとされた例

1.能力不足を理由とする解雇

 労働契約法16条は、

「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」

と規定しています。

 能力不足(勤務成績不良)を理由とする解雇について、どのような場合に客観的合理的理由・社会通念上の相当性が認められるのかに関しては、新規卒業者と即戦力中途採用者とを分けて考えるのが一般的です。

 具体的に言うと、

「長期雇用システムの下の正規従業員については、一般的に、労働契約上、職務経験や知識の乏しい労働者を若年のうちに雇用し、多様な部署で教育しながら職務を果たさせることが前提とされるから、教育・指導による改善・向上が期待できる限りは、解雇を回避すべきであるということにな」る

「他方、高度の技術能力を評価され、特定の職位、職務のために即戦力として高水準の給与で採用されたが、その期待された技術能力を有しなかったという場合には、労小津契約上、労働者には給与に見合った良好な技術能力を示すことが期待されているといえるため、教育・指導が十分であったといえない場合であっても、比較的容易に勤務成績・態度不良に該当し、解雇の相当性が肯定されることになる」

と理解されています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕395-396頁参照)。

 このように、即戦力中途採用者への解雇の効力を争う事案において、指導改善の機会が付与されていないという観点からの主張は、有効打になりにくい傾向にあります。

 しかし、近時公刊された判例集に、即戦力中途採用者に対する解雇であっても、指導改善の機会を付与すべきであることを明示した裁判例が掲載されていました。東京地判令3.7.12労働判例ジャーナル116-1 Zemax Japan事件です。

2.Zemax Japan事件

 本件で被告になったのは、世界各国に子会社を持つ米国所在のゼマックス合同会社(米国ゼマックス社)の子会社として、物理系ソフトウェア(光学設計解析ソフトウェア等)の販売及び顧客に対する技術的サポート(テクニカルサポート)等を業務としていた株式会社です。

 原告になったのは、被告との間でエンジニアリングサービスを主な職務として、労働契約(本件労働契約)を交わしていた年俸850万円の労働者です。具体的な業務内容としては、顧客からの技術的な質問に対してメールで回答するというエンジニアリングサーピスを担当していました。令和2年3月8日付けで被告から、

「労働能力もしくは能率が甚だしく低く、または甚だしく職務怠慢であり勤務に耐えないと認められたとき」

に該当するとの解雇通知書を交付されました。これを受けて、解雇無効を原因とすして、地位確認等を求める訴えを提起位したのが本件です。

 本件では原告の方が即戦力として中途採用された方であったため、指導改善の機会付与の点が解雇の可否との関係で、どのように評価されるのかが問題になりました。

 この問題について、裁判所は、次のとおり述べて、指導改善の機会を付与する必要があると判示しました。

(裁判所の判断)

「原告は被告の製品を含む光学を扱う業務について相当の知識と経験を有している旨の経歴を登録しており、被告はこれを受け、原告にテクニカルサポート業務等を行う相当の能力があると期待して原告を採用したものと認められ、原告が被告においてテクニカルサポート業務等を担当することは本件労働契約締結時に原告にとっても明らかにされていたといえるから、本件労働契約上、原告には、顧客からの相当数の質問について,少なくとも顧客から不満が出ない程度の内容の回答をする能力を有することが求められていたと認めるのが相当である。」

(中略)

このように能力不足を理由として解雇する場合,まずは使用者から労働者に対して,使用者が労働者に対して求めている能力と労働者の業務遂行状況からみた労働者の能力にどのような差異があるのかを説明し,改善すべき点の指摘及び改善のための指導をし,一定期間の猶予を与えて,当該能力不足を改善することができるか否か様子をみた上で,それでもなお能力不足の改善が難しい場合に解雇をするのが相当であると考えられる。

3.結論として解雇の効力は肯定されているが・・・

 本件では、上述のような規範が打ち立てられながらも、結論として、労働者への解雇の効力は肯定されています。労働者敗訴の事案ではありますが、即戦力中途採用者に能力不足を理由とする解雇を告知する場合であっても指導改善の機会付与を要すると判断されている部分は、汎用性の高い重要な判示で、同種事案の処理に参考になります。

 

業務委託契約で働いているエステシャン等の労働者性

1.エステシャン等の労働者性

 このブログでも何度か言及したことがありますが、私の所属している第二東京弁護士会では、厚生労働省からの委託を受けて、フリーランス・トラブル110番という相談事業を実施しています。

フリーランス・トラブル110番【厚生労働省委託事業・第二東京弁護士会運営】

 この事業には私も関与していますが、ここには、エステシャン、ネイリスト、まつげエクステ店などの美容関係産業に従事している方からの相談が多数寄せられています。相談者の多くは業務委託契約を締結して仕事をしています。しかし、その契約の内容は、店側に有利で一方的なものが少なくありません。

 こうした一方的な契約に困っている人に対しては、しばしば労働者性を主張することが有効な救済方法になります。

 例えば、仕事先から契約解除を言い渡されても、労働者性が認められれば、解雇権の濫用であるとして、解除権の行使に強力な制約をかけることができます(労働契約法16条参照)。また、仕事先から高額の違約金を請求されても、賠償予定の禁止を根拠に支払を拒むことができます(労働基準法16条)。

 相談業務との関係で、エステシャン等の労働者性についての裁判例の動向を注視していたところ、近時公刊された判例集に、まつげエクステ業務の受託者に労働者性を認めた裁判例が掲載されていました。東京地判令3.7.13労働判例ジャーナル116-30 クリエーション事件です。

2.クリエーション事件

 本件で被告になったのは、美容、理容、エクステの店舗経営並びにスクールの運営等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で業務委託契約(本件契約)を締結し、まつげエクステに関わる業務に従事していた方です。令和2年2月28日、被告代表者(B)から翌日から出勤する必要がないと告げられたことなどを受け、本件契約は労働契約であると主張し、労働者としての地位の確認等を求める訴えを提起しました。

 本件では、原告と被告との間で交わされていた契約が労働契約と認められるのか否かが争点になりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、原告の労働者性を肯定しました。結論としても、地位確認請求、未払賃金(業務委託料相当額)請求を認めています。

(裁判所の判断)

「本件契約については『業務委託契約書』と題する本件契約書が作成されている。しかしながら、労働契約法上、労働者とは、『使用者に使用されて労働し、賃金を支払われる者』(労働契約法2条1項)とされ、また、労働基準法は、同法の保護の対象となる労働者を、『事業(中略)に使用される者で、賃金を支払われる者』(労働基準法9条)と規定しているところ、これらの規定に照らせば、労働契約の性質を有するか否かの判断に当たっては、形式的な契約形式にかかわらず、労務提供の形態や報酬の労務対償性及びこれらに関連する諸要素を総合的に考慮し、その実態が使用従属関係の下における労務の提供と評価できるか否かにより判断することが相当である。」

「証拠・・・及び弁論の全趣旨・・・によれば、被告は、主にクイックまつげエクステをフランチャイズ展開する事業を営む株式会社であり、直営店舗のほか、加盟店(被告から研修を受けて証明書の発行を受け、顧客に対して施術を行う店舗)及び代理店(被告と加盟店を仲介する店舗)を通じてまつげエクステの事業を行っていたこと、原告は、令和元年8月ころから、被告の事務所の鍵及び携帯電話を交付され、α所在の事務所又はβ所在の直営店舗(サロン)において、本部長の肩書で、加盟店の管理(販促物の供給、連絡等)、事務用品の購入、広告及び販促物の作成、セミナー及び講習会のサポート並びにBの秘書業務等の業務を行っていたことが認められる。」

「そして、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、Bは被告の代表取締役であること、原告及びBと被告の代理店等が加入するLINEグループが20以上あり、原告はBとの間でLINEグループにより、被告の内部的事務、取引に係る予算及び発注、代理店その他の関係者との連絡等の業務に関するやり取りを行っていたこと、原告とBは、LINEグループでのやり取りを通じて、頻繁に業務上の報告、連絡をしていたこと、原告が業務を行うに当たってはBから具体的な指示を受けることが多くあったことが認められ、これらの事情に照らせば、Bは原告に対して業務上の指揮命令を行う関係にあったと認められる。なお、Bは、原告本人尋問において、原告に対し、自らが依頼したコピーを取ることを拒否したことを非難する旨の発言をしているところ(原告本人〔19頁〕)、かかる発言からも、Bが原告に対して指揮命令を行う関係にあったことがうかがわれる。

「また、証拠・・・によれば、原告は、休暇を取得する場合はBに報告し、Bの了承を得ていたこと・・・、Bは、令和2年1月ころから、原告に対してタイムカードに打刻するよう求めており・・・、同月28日、原告に対し、『ずいぶんまえから、タイムカードできるよえにしてくださいといいましたが、いつできるのでしょう。』、『きちんと皆んな8時間勤務で、お休みもまえもってわかるようにするために、タイムカードをかったのですが、全然いみがないです。』、『会社は早くても6時までは対応してもらいたいので今月はそのようにおねがいします。』、『タイムカードおしてください。』、『お昼とるとらないは、自由ですが、8時間はいるようにしてください。』などのメッセージを送信したこと・・・が認められる。

上記の事実によれば、原告は、Bから具体的な指示を受けて被告の業務を遂行していたと認められ、仕事の依頼や業務の指示に対する諾否の自由を有していたとは認められない。また、原告は、被告における勤務日や勤務時間について一定の拘束を受けていたというべきであり、これらの事情を考慮すれば、本件契約の性質は労働契約と認めることができる。

「これに対し、被告は、原告の勤務時間は定められておらず、原告に対してタイムカードの打刻を指示したことはない旨主張する。しかしながら、原告と被告との間で原告の勤務時間が明確に定められていなかったとしても、上記のとおり、原告は、休暇の取得等の点で制約を受けていたほか、令和2年1月頃からはタイムカードへの打刻を求められるなど、緩やかではあるが時間的拘束を受けていたということができ、また、上記のとおり、原告がBから具体的な指示を受けて被告の業務を遂行していたことも併せ考慮すれば、やはり、原告は被告から指揮命令を受けていたというべきであり、本件契約の性質が労働契約であるとの認定は左右されない。よって、被告の主張は、採用することができない。」

3.LINEメッセージと尋問での発言が根拠になった

 本件で労働者性を肯定するうえでの鍵になったのは、LINEメッセージと代表者による尋問での供述です。

 本件に限らず、LINEを仕事に活用している会社は少なくありません。このLINEメッセージの履歴は、しばしば仕事の在り方を雄弁に物語ってくれます。紛争になることが懸念される場合には、メッセージは無暗に消すべきではありませんし、適宜、テキストデータの形で保存しておくと便利だと思います。

 また、労働者性が争点となる事案においては、仕事を断ったことに対する恨みがましい供述が意味を持つことがあります。本件では意味のある法廷供述が得られていますが、供述を得る方法は尋問に限ったことではありません。録音が重要な意味を持つこともあります。普段から恨みがましいことを言われている場合には、録音して供述を固定化しておくことが考えられます。

 証拠方法についても、実体判断についても、本裁判例はエステシャン等の労働者性を考えて行くうえで参考になります。フリーランスの問題を扱う弁護士にとっては、銘記しておくべき裁判例であるように思われます。

 

就活セクハラ・入学セクハラへの対抗手段-同意していたという加害者の弁解を排斥するためには

1.就活セクハラ・入学セクハラ

 厚生労働省告示第615号 平成18年10月11日 事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(最終改正:令和2年1月15日 厚生労働省告示第6号)は、

「職場におけるセクシュアルハラスメント」

を、

「職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働
者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されること」

と定義しています。

 ここでいう

「労働者」

は、

「いわゆる正規雇用労働者のみならず、パートタイム労働者、契約社員等いわゆる非正規雇用労働者を含む事業主が雇用する労働者の全てをいう」

とされています。

 つまり、雇用されていない就活生等は、セクシュアルハラスメントを防ぐための事業主による雇用管理措置の対象とはされていません。

 こうした背景もあり、現在、就活セクハラ(人事担当者等による就活生等に対するセクハラ)という問題が注目されるようになってきています。

『NO!就活セクハラ』=事業主のみなさま 就活生等に対するセクハラ予防対策は万全ですか?= | 東京労働局

 就活セクハラの典型は、採用と絡めて、食事やデートに執拗に誘ったり、性的な関係を求めたりすることです。厚生労働省による注意喚起もさることながら、人事戦略を歪めたり、社会的信用を毀損したりすることから、各企業においても、懲戒戒処分の対象とされるなど、就活セクハラは厳しい非難の対象とされています。

 しかし、就活セクハラに対しては、拒否することによる不利益取扱いを怖れて、当初、迎合的・同調的な対応をとってしまう方も少なくありません。このように同意したともとれる言動をとってしまっていた場合、もう被害を訴え出ることはできなくなってしまうのでしょうか?

 また、直ちに訴え出ることはないにしても、将来訴え出る可能性を視野に入れて、同意の存在を認定されないためには、どういったことをしておけば良いのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。秋田地判令3.7.19労働経済判例速報2461-24 Y市教育委員会事件です。

2.Y市教育委員会事件

 本件で被告になったのは、Y市教育委員会等を設置する普通公共団体(Y市)です。

 原告になったのは、Y市役所臨時職員として採用され、高校(本件高校)教員として勤務し、レスリング部の監督を務めていた方です(既婚者)。元アマチュアレスリングの競技者であり、本件高校のレスリング部監督として顕著な指導実績をあげていました。

 平成29年11月22日、原告は、Q2中学校に在学中で本件高校の受験を志望していた生徒(本件生徒)の保護者(本件生徒の母、保護者女性)に対し、

「入試、部活等で話したいのですが、夕食しながらどうですか?」

との記載を含むLINEメッセージを送信しました(本件行為1)。

 また、平成29年12月4日には、Y市内の飲食店において保護者女性と食事をした後、飲食店に隣接する駐車場に止めていた自家用車内において、保護者女性を抱き寄せてキスをし、その後に交際を求めました(本件行為2)。

 その2日後である平成29年12月26日、保護者女性はQ2中学校を訪問し、学年主任及び学級担任に対し相談し、本件行為1、2が発覚しました。

 本件行為1、2を理由にY市が原告を懲戒免職処分にしたところ、その取消しを求めて原告が出訴したのが本件です。

 原告の方は、

「本件行為2については、保護者女性の同意の下に行われた行為であるから、優越的立場を利用したセクシュアル・ハラスメント行為ではな」い

「本件行為2より後にされた本件行為2に同意していなかった旨の保護者女性の供述には信用性がない」

などと、自分のしたことはセクハラではないと主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告の主張を排斥しました。結論としても、懲戒免職処分を有効とし、原告の請求を棄却しています。

(裁判所の判断)

「①原告は、本件高校の前期選抜における本件生徒の合否の判定に深く関与することができる地位にあり・・・、保護者女性もそのことを認識していたこと、②原告は、本件生徒の入試、部活について話したいという理由で保護者女性を食事に誘ったこと・・・、③保護者女性は、二人だけの食事になることを避けようとして友人を同伴させることを提案したが、原告が『話しにくい話題もある』としてこれを受け容れなかったこと・・・、④食事後、保護者女性は、原告から送っていくと言われてこれを受け容れたものの、原告が車の鍵を探して店内に戻った間に、友人にLINEメッセージを送り、職場からの電話を装って自分の携帯電話に電話をかけてほしいと頼んでいること・・・、⑤保護者女性が予めボイスレコーダーを準備し、実際にこれを起動させていること・・・、⑥それまで、原告と保護者女性との間に一対一の私的交際はなかったところ、保護者女性は、社内で原告から交際を申し込まれたが、即座に断っていること・・・が認められる。」

上記①~⑥の事実を総合すると、本件生徒の前期選抜の合否に深く関与するという優越的立場にある原告が、消極的な姿勢を示している保護者女性を二人切りの食事に応じさせたのみならず、更に、消極的姿勢を示している保護者の意に沿わないキス行為に及び、更に不倫交際を申し込んだということができる。

(中略)

「要するに、原告は、保護者女性に対して優越的立場にあり、保護者女性が原告からの誘いや要求を明確に拒否することが困難な状況にあるにもかかわらず、保護者女性から事前に明確な拒否がなく、物理的な抵抗を受けなかったことをもって、保護者女性が原告からキスされることに同意していると一方的に考え、保護者女性に対し、キスという性的行為に及んだ上に不倫交際を申し込んだものであり、これらの行為は典型的なセクシュアル・ハラスメント行為である。

(中略)

「原告は、本件行為2の後に保護者女性により録音された二人の会話内容・・・から保護者女性の明るい話しぶりや保護者女性が笑いながら原告との会話を続けていたことが分かり、原告が保護者女性の同意なくキスをするような状況でなかったことは明らかであるとも主張するが、本件で録音されたごく短時間の会話の音声のみからそのような推認をすることは困難である上、セクシュアル・ハラスメント事案においては、被害者が事態を深刻化させないようその場では加害者に迎合するような態度をとることはままあることであって、本件行為2の直後に保護者女性が表面上明るい話しぶりであったり笑ったりしていたからといって、本件行為2に同意していたとはいえないから、原告の上記主張は採用できない。

3.入学セクハラの事案であるが、就活セハラにも応用可能であろう

 本件の判示で目を引かれるのは、

友人への助けを求めるメールや、ボイスレコーダーの起動の事実等が摘示されたうえで同意の存在に関する原告の反論を排斥していることと、

同意の不存在と迎合とを「ままあること」と位置付け、行為直後の笑顔等が同意の存在を基礎付けないと判断していること、

です。

 前者は、ちょっとした工夫で、同意の認定は妨げられることを示しています。

 また、後者は、管理職からのセクハラについて、

「職場におけるセクハラ行為については、被害者が内心でこれに著しい不快感や嫌悪感等を抱きながらも、職場の人間関係の悪化等を懸念して、加害者に対する抗議や抵抗ないし会社に対する被害の申告を差し控えたりちゅうちょしたりすることが少なくないと考えられる」(最一小判平27.2.26労働判例1109-5L館事件)

とした判例の趣旨を、職場における労働者だけではなく、労働者以外の者にも拡張する意味を持っています。

 本件は入学希望者(の保護者)に対するセクハラ事案です。しかし、入学希望者と就職希望者は立場が似通っており、この事件の判示事項は、就活セクハラに対しても有効であるように思われます。

 就活セクハラ・入学セクハラを受けていることを一人で抱え込むと、かなり大きな心理的負荷が生じるの例が少なくありません。最終的に責任追及をする/しない 関わらず、ストレスを感じている方は、早目に弁護士対応をに相談してみることも一考に値するように思われます。

 

期間途中で業務委託契約を解除された業務受託者は、残期間に得られたはずの報酬を請求できるのか?

1.期間途中での業務委託契約の解除

 業務委託契約に基づいて働いているフリーランスの方からよく寄せられる相談類型の一つに、取引先から契約を切られたというものがあります。

 業務委託契約の多くは、準委任契約という契約類型に該当します(民法656条)。

 準委任契約は、各当事者がいつでも契約を解除することができるのが原則です(民法651条1項)。ただし、相手方に不利な時期に委任を解除したときは、やむを得ない事由があった場合を除き、損害の賠償をしなければならないとされています(民法651条2項)。

 それでは、有期業務委託契約を途中解約された業務受託者は、「不利な時期」に(準)委任契約を解除されたとして、残期間に得られたはずの報酬相当額を損害賠償請求することができないのでしょうか?

 会社法上、正当な理由なく任期途中で解任された取締役は、残任期分の報酬相当額の損害賠償を請求することができるとされています(会社法339条2項)。取締役と会社の関係は委任契約として規律されます(会社法330条)。

 民法上の(準)委任契約の途中解約の問題も、会社法上の取締役と同様に理解することができるのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令3.7.14労働判例ジャーナル116-28 米八グループ事件です。

2.米八グループ事件

 本件で被告になったのは、経営コンサルティング業務、経理業務・人事業務などのアウトソーシングサービスを業とする株式会社です。

 原告になったのは、被告の臨時株主総会で常務執行役員社長室長に選任された方です。被告から常務執行役員を解任し、委任契約を解除するとの意思表示を受けたことを受け、原被告間の契約は雇用契約であると主張して、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認等を請求しました。

 この事件の原告は、被告との契約が雇用契約であると認定されなかった場合に備え、委任契約であったとしても、「不利な時期」に解約されたものであることから、取締役の任期(会社法332条1項)に準じ、2年分の役員報酬相当額の損害賠償請求が認められるべきだと主張しました。

 裁判所は、原告・被告間の契約を雇用契約ではなく委任契約であると理解したうえ、次のとおり述べて、被告に発生する損害賠償責任を契約解除時点までに限定しました。

(裁判所の判断)

「原告は、常務執行役員社長室長に就任して約4か月しか経っていないという原告に『不利な時期』(民法651条2項)に本件委任契約を解除されたから、被告は民法651条2項又は会社法339条2項に基づく損害賠償責任を負うところ、原告の損害額は、通常の取締役の解任の場合と同様に任期終了までの報酬と考えるべきであるから、2年分の役員報酬相当額となると主張する。」

「前提事実・・・のとおり、被告は指名委員会等設置会社ではないから、被告における執行役は会社法の定める必置の役員ではない(会社法402条1項参照)。したがって、原告が就任した常務執行役員は会社法上の規定によらない任意の役員にすぎないから、その任期につき同条7項の適用はないし、被告が本件委任契約の解除について会社法上の責任を負うこともない。また、被告が本件契約を解除したことにより民法651条2項に基づく損害賠償責任を負うとしても、本件委任契約には期間の定めがあったとは認められないから、『不利な時期』(民法651条2項)に解除されたとして2年分の役員報酬相当額の損害賠償を求めることはできず、解除時までの損害賠償を求めることができるにとどまるというべきである。

3.期間の定めがあったら請求できていた?

 本件で目を引かれたのは、期間の定めがあったとは認められないことを理由に残任期分の役員相当額の損害賠償請求が否定されているところです。

 そもそも残期間の逸失利益の賠償が認められないのであれば、こうした判示をする必要はなく、民法651条2項で賠償の対象となる「損害」には残期間の報酬相当額は含まれない(報酬相当額は稼働した期間に対応する部分でしか発生しない)とだけ述べていれば足りたはずです。裁判所の判断を反対解釈すれば、期間の定めがあったと認められる場合、「不利な時期」による解除として残任期に得られたであろう報酬相当額の損害賠償請求の可能性がありそうにも思われます。

 この問題の答えは、実務上、それほど明確ではありません。ただ、私の知る限り、会社法339条2項は会社役員の場合にのみ妥当する特則で、契約解除に伴う損害賠償請求は、残任期分の報酬相当額の逸失利益の填補を目的とするものではないとする理解の方が優勢なのではないかと思います。そうした状況下にあって、本裁判例は、期間の定めがあれば残任期に得られたであろう報酬相当額を請求する余地があるかのような判断をした事案として注目されます。

 

労働契約上の権利を有する地位にあることを主張するにあたり、雇用契約か委任契約かという争点設定はとらないこと

1.雇用契約と委任契約

 雇用契約は、

「当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって、その効力を生ずる」

契約です(民法623条)。

 他方、委任契約は、

「当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって、その効力を生ずる」

契約です(民法643条)。

 雇用契約は、労働契約として、労働基準法、労働契約法などの労働法の適用を受けます。他方、委任契約は、「原則として」労働法の適用を受けません。そのため、裁判実務上、時として、ある契約が、雇用契約なのか、委任契約なのかが争われることがあります。

 しかし、こうした争いは、あまり意味のあるものではありません。労働法の適用範囲は、雇用契約・委任契約といった法形式ではなく、労働者としての実質を有しているのか否かによって画されるからです。

 現行実務上、ある人が労働者かどうかの判断に影響力を持っているのは、

昭和60年12月19日の厚生労働省労働基準法研究会報告「労働基準法の『労働者』の判断基準について』

です。

https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000xgbw-att/2r9852000000xgi8.pdf

  これによると、労働者性の判断にあたっては、

「雇用契約、請負契約といった形式的な契約形式のいかんにかかわらず、実質的な使用従属性を、労務提供の形態や報酬の労務対償性及びこれらに関連する諸要素をも勘案して総合的に判断する必要がある」

とされています。つまり、委任契約が原則として労働法の適用を受けないというのは、あくまでも原則であるにすぎず、例外がないわけではありません。委任契約であったとしても、実質的な使用従属性が認められる場合、契約当事者は労働法の適用を受けることになります。

 労働法の適用の可否が争われる局面において重要なのは、雇用契約か委任契約かといった法形式上の区別ではありません。労働者としての実質(使用従属性)が認められるかどうかです。労働法の適用を主張したい場合、雇用契約か委任契約かという争点設定をするのではなく、より直接的に労働者性が認められるのかどうかという議論をする必要があります。そうしないと「委任契約だけれども労働法の適用を受けられる」という領域を見落としてしまうからです。

 近時公刊された判例集にも、争点設定の適格性に疑問を覚える裁判例が掲載されていました。東京地判令3.7.14労働判例ジャーナル116-28 米八グループ事件 です。

2.米八グループ事件

 本件で被告になったのは、経営コンサルティング業務、経理業務・人事業務などのアウトソーシングサービスを業とする株式会社です。

 原告になったのは、被告の臨時株主総会で常務執行役員社長室長に選任された方です。被告から常務執行役員を解任し、委任契約を解除するとの意思表示を受けたことを受け、原被告間の契約は雇用契約であると主張して、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認等を請求しました。

 この事件で違和感があるのは、原告と被告との間の契約が、雇用契約なのか委任契約なのかが争点になっていることです。

 裁判所は、次のとおり述べて、原告と被告との間の契約が、委任契約であると判示しました。

(裁判所の判断)

「争点(1)(原告と被告との間の契約は雇用契約か委任契約か。委任契約である場合、解除条件が付されていたか)について」

「原告は、被告との間で賃金年間900万円とする期限の定めのない雇用契約を締結したと主張する。」

「しかしながら、原告は平成30年12月20日に被告の臨時株主総会で常務執行役員社長室長に選任されたが、原告と被告との間で雇用契約書や労働条件通知書が作成されたことはなく、原告の主張を裏付ける確たる証拠はない。」

「また、被告の就業規則・・・では、書類選考、健康診断、面接等の選考試験に合格した者を従業員として採用し、被告は採用された者に対して採用時の給与額等を記した書面を交付し、採用された者は、誓約書、身元保証書、入社届等の必要書類を提出することが定められているが(第4条、第5条、第7条)、原告については就業規則に定められた方法で常務執行役員に選任されたわけではないし、選任時点で報酬額も定まっていなかった。」

「このように、原告と被告との間の契約が雇用契約であることを裏付ける確たる証拠がなく、被告の就業規則に定められた手続によらずして被告の臨時株主総会で常務執行役員として選任されており、選任時点で重要な条件である報酬額も定まっていなかったことからすると、原告と被告との間の契約は雇用契約とは認められず、委任契約と認められる。」

3.なぜ雇用契約/委任契約という争点設定をしたのだろうか?

 上述のとおり判示した後、裁判所は、原告と被告との間の契約が委任契約として労働法の適用を受けないことを前提に論を進めています。

 ここで一つ疑問が浮かびます。なぜ、原告の方が、雇用契約なのか/委任契約なのかという争点設定をしたのかです。

 原告の方が本件の契約を雇用契約だと主張したのは、労働契約法上の解雇権濫用法理(労働契約法16条)の適用を受けるためだと思われます。労働契約法16条の適用があれば、滅多なことでは契約関係を解消されない反面、委任契約の場合、当事者はいつでも契約を解除することができるからです(民法651条1項)。

 しかし、解雇権濫用法理の適用を受けたいのであれば、雇用契約か/委任契約かよりも、労働者か/労働者でないのかを争点とした方が良かったのではないかと思われます。委任契約であったとしても労働者としての実質を有していることを立証できれば、解雇権濫用法理の適用を受けることは可能だからです。

 会社側が委任契約として事務処理をしているところに、雇用契約だという主張の仕方で切り込んで行くのは危険な行為です。法形式で議論する限り、雇用契約であることを指し示す事実が豊富に出てくるとは思えないからです。実際、本件では、働き方の実体に踏み込む以前の問題として、形式的な事務処理が雇用に適合的でないことを理由に、原告の主張が排斥されています。

 確かに、労働者性が認められるのかどうかという争点設定をしたとしても、勝訴できていたのかは分かりません。判決文に就労実体が書かれていないため、原告の方が、どのような働き方をしていたのかを確認できないからです。

 しかし、働き方の実体で逆転できる含みを持たせるためにも、本件のような事案は、雇用契約なのか/委任契約なのか よりも、労働者なのか/労働者でないのか を争点にした方が良かったのではないかと思われます。