弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

雇止め-労働契約法19条1号類型(期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できる類型)への該当性が認められた例

1.雇止めについての法規制

 有期労働契約において、契約期間満了に際し、使用者から次期の契約更新を拒絶することを「雇止め」といいます(第二東京弁護士会 労働問題検討委員会『2018年 労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、第1版、平30〕384頁参照)。

 有期労働契約は、契約期間の満了により終了するのが原則です。この意味において、雇止めをすることは、基本的には使用者の自由です。

 しかし、労働契約法19条は、有期労働契約の更新が反復されていて期間の定めのない契約と同視できるようになっている場合や(1号類型)、契約更新に向けた合理的期待がある場合(2号類型)には、雇止めをするにあたり、客観的合理的理由・社会通念上の相当性が必要になると規定しています。客観的合理的理由・社会通念上の相当性が認められない場合、労働者から契約更新の申込みがなされると、使用者の承諾が擬制されます。結果、労働契約は、従前と同一の条件のもとで更新されたものとして扱われることになります。

 上述のとおり、法律で規制されている雇止めには、1号類型と2号類型と、二つの類型があります。このうち、実務上、圧倒的に多くの事案で適用されているのは2号類型です。1号類型への該当性が認められる事案は殆どありません。

 1号類型に該当するハードルの高さを象徴する近時の事案に、福岡地判令2.3.17労働判例ジャーナル99-22博報堂事件があります。本件は、昭和63年4月に新卒で入社して以降、約30年に渡り29回も雇用契約が更新されてきたという事案における雇止めの可否が問題になった事案です。この事案で、裁判所は、2号類型への該当性は認めましたが、1号類型への該当性については、

「被告は、平成25年まで、雇用契約書を交わすだけで本件雇用契約を更新してきたのであり、平成24年改正法の施行を契機として、平成25年以降は、原告に対しても最長5年ルールを適用し、毎年、契約更新通知書を原告に交付したり、面談を行うようになったものである。」

このような平成25年以降の更新の態様やそれに関わる事情等からみて、本件雇用契約を全体として見渡したとき、その全体を、期間の定めのない雇用契約と社会通念上同視できるとするには、やや困難な面があることは否めず、したがって、労働契約法19条1号に直ちには該当しないものと考えられる。

と判示し、これを否定しています。

 このように1号類型への該当性が認められることは極めて稀です。しかし、近時公刊された判例集に、この1号類型への該当性を認めた裁判例が掲載されていました。東京地判令3.3.19労働判例ジャーナル113-60 学校法人明泉学園事件です。

2.学校法人明泉学園事件

 本件は高等学校の国語科教員として勤務してきた方に対する雇止めの可否が問題になった事件です。

 原告教員の方は、平成3年3月に大学を卒業した後、平成3年4月1日から平成30年3月31日までの間、期間1年の労働契約を繰り返し更新してきました。更新回数・期間とも長期間に渡ることから、本件では労働契約法19条1号への該当性が議論の対象になりました。

 この事案で、裁判所は、次のとおり述べて、1号類型への該当性を認めました。

(裁判所の判断)

「被告は鶴川高校を設置運営する学校法人であるところ、前項(認定事実)のとおり、原告は、平成3年度以降、鶴川高校において、毎年度、週に10コマないし18コマの科目を担当するとともに、入学試験の問題作成や採点等を担当し、平成23年11月7日から平成28年3月31日までを除き、クラス担任又は副担任を務め、部活動の顧問、学校運営に関する校務、生徒募集のための活動も担当しており、被告において一貫して、恒常的・基幹的業務を務めていたといえる。また、本件労働契約の更新状況をみると、前記第2の1(前提事実)・・・のとおり、原告は、平成3年4月から平成30年3月まで合計26回の更新を経て勤続年数が27年間と長期間に及んでいた。さらに、後記・・・のとおり、鶴川高校においては、平成10年度まで、常勤講師を含む全職員について、特別の事情がない限り、毎年度少なくとも1号俸ずつ定期昇給しており、常勤講師について別紙2の給料表(2等級は37号俸まで存在する。)の2等級4号俸から毎年度1等級ずつ定期昇給するとの慣行が法的拘束力を有するものとして存在していたことからすれば、常勤講師につき短期的雇用を予定していたとはいい難い。そして、更新手続として、前記第2の1(前提事実)・・・のとおり、被告は、原告に対し、平成6年度以降、毎年度、更新前に本件応諾書及び本件念書(平成15年度まで。)に署名押印をして被告に提出するよう求め、原告は各書面に署名押印して被告に提出し、被告は、本件給与発令、本件辞令を交付するなどの措置がとられていたが、他方、本件労働契約の更新前に面談等が実施されたことはなかった。さらに、前記・・・(前提事実)・・・のとおり、平成16年度以降の本件応諾書には本件労働契約の『更新をしない場合』の具体的事由が記載されていたが、原告は、後記・・・のとおり、平成27年6月3日、同年12月24日、平成28年9月2日、訓告書の措置を受けているため、前記・・・のとおり、平成27年度、平成28年度本件不更新条項の(26)過去において懲戒処分・訓告書・注意書の措置を受けた者に当たるにもかかわらず、平成28年度、平成29年度の本件労働契約の締結に当たり、被告は、原告に対してこの点につき何らの指摘もしていないのであって、平成17年度以降の本件労働契約の更新の際、原告について本件不更新条項に当たるか否かを審査した上で本件労働契約を更新していたとはいえない。したがって、本件労働契約の更新手続は、書面の取り交わしのみで実際には実質的な審査をしていないという意味で形骸化していたと評価するほかない。

「以上のとおり、原告の携わっていた業務内容、更新の回数、雇用の通算期間、毎年度定期昇給をさせるとの法的拘束力を有する労使慣行の存在及び契約の更新手続の具体的状況に鑑みれば、前記・・・の被告の主張欄記載の被告の主張を考慮しても、本件労働契約を終了させることが期間の定めのない契約を締結している労働者に解雇の意思表示をすることにより当該期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できるといえ、労契法19条1号に該当すると認めるのが相当である。

3.1号類型が認められた稀有な例

 1号類型であろうが2号類型であろうが、いずれかの類型に該当しさえすれば、雇止めにあたり客観的合理性・社会通念上の相当性が必要になるというルールが適用されます。しかし、雇止めに必要となる客観的合理性・社会通念上の相当性は相対的な概念で、1号類型に該当した方が、2号類型に該当する場合よりも、強い事情が必要になると理解されています。

 本件は1号類型への該当性が認められた稀有な例で、同種事案において1号類型への該当性を論証するにあたり参考になります。

 

事業譲渡に伴う労働条件の不利益変更に対抗するための法律構成

1.事業譲渡と労働契約

 一定の営業目的のため組織化され、有機的一体として機能する財産(得意先関係等の経済的価値のある事実関係を含む)を譲渡することを、事業譲渡といいます。

 ある会社が別の会社に対して事業譲渡をすることは、日常的に行われています。

 それでは、その事業の中で働いている人の労働契約は、事業譲渡に伴って、どのような影響を受けるのでしょうか?

 事業譲渡が行われていたとしても、自動的に労働契約上の使用者の地位が譲受人に承継されるわけではありません。引き続きその事業の中で働き続けるためには、譲受人との間で新たに労働契約を締結し直す必要があります。

 しかし、譲受人には、従前の通りの条件で労働契約の申込みをする義務があるわけではありません。そのため、事業譲渡の場面では、往々にして、労働条件の不利益変更の打診が伴います。

 このように労働条件の不利益変更を突き付けられた労働者は、厳しい選択を迫られます。

 これを受け入れなかった場合、労働者の労働契約は、元々の雇い主(事業の譲渡人)との間で存続します。しかし、労務の提供先となる事業そのものが消滅しているわけですから、良くて配転、悪ければ整理解雇されることになります。

 他方、これを受け入れると、当面の雇用は維持されます。しかし、労働条件は従前よりも悪化します。労働条件の不利益変更には法律や判例で一定の制限が課せられてますが(労働契約法9条、10条、最二小判平28.2.19労働判例1136-6山梨県民信用組合事件等参照)、事業譲渡に伴う労働条件の変更は、旧労働契約の破棄と新労働契約の締結であるため、こうした法理が直接適用されることはありません。

 それでは、事業譲渡に伴い、労働条件の切り下げられた労働契約を譲受人と新たに締結してしまった場合、もう労働者は何も言えなくなってしまうのでしょうか?

 この問題に挑んだ裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判令3.3.26労働判例1245-13 ヴィディヤコーヒー事件です。

2.ヴィディヤコーヒー事件

 本件で原告になったのは、喫茶店、レストランの経営及び管理等を目的とする旧Cに採用され、その直営の店舗(本件店舗)の店長として勤務していた方です。旧Cから被告への本件店舗等の事業譲渡に伴い、平成28年8月16日付けで被告と雇用契約を締結した後も、本件店舗の店長として働いていました。

 原告と旧Cとの間の労働契約には退職金の定めがありました。しかし、被告と新たに締結した雇用契約書には、「退職金は、支給しない。」と明記されていました。

 これだけを見れば、原告が被告を退職しても、被告に対して退職金の請求をすることは認められないように思われます。旧Cを一旦退職した後で、新たに被告と退職金なしの雇用契約を締結したと理解されるからです。被告からすれば、退職金は旧Cに請求してくれという話になります。

 しかし、旧CとF(本件店舗の事業譲受会社として被告を設立した会社)との間で交わされた事業譲渡契書には、

「現在、旧Cが雇用している従業員は現在の雇用条件と同条件で旧Cがそのまま雇用し被告に出向させる。毎月の給与明細については給与日前に被告に報告する。なお、全店舗を被告に移行した時点で被告が引き継ぐこととする。(以下、この条項を『本件条項』という。)」

という付加条件がつけられていました。

 こうした付加条件を根拠に、退職金の支払義務を含め労働契約が包括的に承継されているとして、被告を退職した原告は、被告に対し、退職金の支払を求める訴えを起こしました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、退職金支払義務の承継を否定しました。

(裁判所の判断)

「原告及び補助参加人は、本件事業譲渡契約において、旧Cと従業員との雇用に関する契約内容や権利義務関係は被告が包括的に承継する旨が合意されたから、原告がこれに同意したことをもって、旧Cと原告との雇用契約とこれに基づく権利義務関係は被告に承継されたと主張し、証拠・・・中にはこれに沿う部分がある。」

「しかし、前記認定事実・・・によれば、旧CとFとの間で、本件事業譲渡契約の条件交渉の際、本件店舗等の従業員の処遇について、勤務地、給与、交通費、店舗における立場を変えずに被告が引き継ぐものの、Fにおいて退職金の定めはないことが明らかにされていたこと、Gから本件店舗等の各店長に対しても、経営者が変わっても雇用条件や地位に変更はないが退職金はなくなること、ただし旧Cの下での退職金は旧Cにおいて支払うことが説明されたこと、その上で、原告を含む本件店舗等の店長は、Fが設立した被告との間で新たに雇用契約書及び労働条件通知書を取り交わし、本件店舗等のアルバイトは、改めて被告に履歴書を提出し、被告との間で労働条件通知書を取り交わしていることが認められ、これらの事実によれば、本件事業譲渡契約において、Fは、本件店舗等の従業員が望めば、勤務地、給与、地位等の条件を変えることなく被告において雇用を維持することを約したにすぎず、被告においては退職金の定めがないこともあって、被告による雇用を望む従業員とは新たに雇用契約を締結し直すことが予定されていたものであり、原告についても、本件雇用契約書及び本件労働条件通知書の内容で、被告と新たな雇用契約を締結したというべきである。

「これに対し、原告及び補助参加人は、本件条項に『現在、旧Cが雇用している従業員は現在の雇用条件と同条件で旧Cがそのまま雇用し・・・全店舗を被告に移行した時点で被告が引き継ぐこととする。』とあるのは、本件事業譲渡契約後も維持された雇用契約の内容や権利義務関係を被告が引き継ぐことを意味すると主張する。」

「しかし、前記認定事実・・・によれば、旧CとFは、本件事業譲渡契約後も本件店舗等の賃貸人の承諾が得られるまで、対外的には本件店舗等の経営者は旧Cのままとし、従業員の雇い主も旧Cのままとして、賃貸人の承諾が得られた後に、被告が本件店舗等の経営を引き継ぎ、従業員の雇い主も被告とすることを合意していたものと認められ、このような事実によれば、本件条項は、上記のような取扱いについて定めたにすぎないというべきであり、被告において雇用の維持を約する以上に、旧Cにおける雇用契約を承継することまで定めたものとは解されない。」

「また、原告は、本件店舗等の従業員に対する退職金債務を被告が承継しないのであれば、その旨が明示されていてしかるべきところ、本件覚書にそのような記載はないと主張する。」

「しかし、前記認定事実・・・によれば、本件事業譲渡契約の条件交渉の際、本件店舗等の従業員が旧Cで勤務していた期間の退職金の帰趨が話題になることはなかったこと、本件覚書・・・をみても、本件事業譲渡契約における譲渡の対象は、本件店舗等の事業に関する動産、権利等の資産であり、負債は対象とされていないことが認められ、本件吸収分割契約書等・・・には、承継する負債として退職給付債務が明示されていることと対照的である。そうすると、本件覚書に退職金債務を被告が承継する旨の明示がないことは、むしろ、そのような承継の合意がないことを裏付けるというべきである。」

「さらに、原告及び補助参加人は、原告はGから、労働条件や労働者としての地位が被告にそのまま引き継がれ、退職金も被告に引き継がれ、被告を退職する際に被告から支払われるとの説明を受け、これに同意する趣旨で本件雇用契約書及び本件労働条件通知書に署名押印したにすぎず、その証拠に原告は旧Cに退職金請求をしないまま被告の下での勤務を続けたと主張し、原告はこれに沿う供述・・・をする。」

「しかし、前記認定事実・・・によれば、Gは、本件店舗等の各店長に対し、被告の下では退職金がないことを説明し、旧Cの下での退職金については被告を退職する際に旧Cが責任を持って支払う旨のMからの回答を伝え、退職金の支給はない旨が記載された雇用契約書及び労働条件通知書に署名押印を得ており、原告についても同様であったことが認められる。

「この点、前記認定事実・・・のとおり、Gは被告に転職した者であり、被告の主張に沿うGの供述の信用性は慎重に吟味する必要があるものの、退職金に関するGの説明は、被告の意向に沿う動機がないIの供述とも一致すること、とりわけIは自ら退職金の帰趨を問い合わせており、これに対する回答についての記憶も正確なものということができることにかんがみ、信用することができる。」

「また、本件店舗等の各店長といえども、旧Cの経営の内実を把握する立場にはなく、前記認定事実・・・のとおり、旧Cは本件事業譲渡契約後も被告から業務委託を受けて本件店舗等の運営を引き続き行っていたから、『今はお金がないので、被告を退職するときに責任をもって旧Cが支払う。』との説明を信じたとしても不自然とは言い難く、現にIもこの説明を信じたと供述するところである。」

「さらに、本件労働契約書や本件労働条件通知書は、いずれも一覧性のある書類であり、条項も少ない上、原告自身が空欄を埋めて完成させる形式となっており、そこに退職金の支給はない旨の記載があることに気付かないことは通常考え難く、またその記載に意味がないと考える理由もない。

「したがって、前記認定に反する原告の供述は採用できない。」

「以上によれば、旧Cと原告との雇用契約が被告に承継されたとの原告の主張は採用できず、雇用契約の承継に伴い退職金に関する権利義務関係も被告に承継されたとする原告の主張には理由がない。」

3.承継の合意よりも合理性審査の議論の方が適切

 上述のとおり、裁判所は、事業譲渡に際してG(旧Cの常務取締役)から退職金支払債務の承継がないと説明を受けていたことなどを指摘したうえ、被告が旧Cとの労働契約を承継したとの主張を排斥しました。

 しかし、このことは事業譲渡に伴う労働条件の不利益変更に対抗するための法律構成の不存在を意味するわけではありません。

 本裁判例が掲載されていた雑誌のコメント部分に、次のような論評が書かれていました。

「東京日新学園事件(さいたま地判平16.12.22労判888号13頁)は、客観的に合理的な理由を伴わずして、いわゆる全部譲渡に当たり一部の労働者の雇用関係のみが承継を排除される場合には、『当該労働者と事業譲受人との間に、労働力承継の実態に照らし合理的と認められる内容の雇用契約が締結されたのと同様の法律関係が生じるものと解するのが相当である』と判示している。また、勝英自動車学校(大船自動車興行)事件(東京高判平17.5.31労判898号16頁)は、営業譲渡に際して、譲受会社・譲渡会社が『譲渡人の下での賃金等の労働条件を相当程度下回る水準に改訂することに異議のある従業員については承継の対象から除外する』旨の合意を交わしていたところ、当該合意については、民法90条違反として無効になると判示している。」

 そして、コメントは会社分割と事業譲渡の機能的類似性に着目したうえで、会社分割に関する労働契約承継のルールを定めた労働契約承継法を事業譲渡の場合にも類推適用する可能性にも言及し、

「退職金を支払わないとする事業譲渡後の労働条件が『合理的』であるのか否か」

という問題設定の立て方をする余地があったのではないかと指摘しています。

 これは鋭い指摘であり、事業譲渡に伴い不本意な合意をしてしまった労働者の保護を考えるにあたっての有力な法律構成を示唆するものだと思います。本件でも、こうした構成で争っていれば、結論が異なっていたかも知れません。

 

指導改善研修期間の約半分を残して改善の見込みがないと意見を述べることが許されるのか?

1.期間途中での見切り

 公立学校の教員は、地方公務員ではあるものの、「教育公務員特例法」という特殊なルールが適用されます。

 その中の一つに、「指導改善研修」という仕組みがあります。

 これは、児童等に対する指導が不適切であると認定された教諭等に対し、その能力、適性等に応じて、当該指導の改善を図るために必要な事項に関する研修をいいます(教育公務員特例法25条1項)。

 指導改善研修の期間は、原則として、1年を超えない範囲で設定されます(教育公務員特例法25条2項本文)。 

 指導改善研修の実施時と終了時には、

「教育学、医学、心理学その他の児童等に対する指導に関する専門的知識を有する者及び当該任命権者の属する都道府県又は市町村の区域内に居住する保護者」

の意見を聴くことが義務付けられています(教育公務員特例法25条5項)。

 指導改善研修の終了時、任命権者は、指導改善研修を受けた者の児童等に対する指導の改善の程度に関する認定を行います(教育公務員特例法25条4項)。ここで、指導の改善が不十分でなお児童等に対する指導を適切に行うことができないと認定された教諭等は、免職その他の必要な措置を受けます(教育公務員特例法25条の2)。

 それでは、こうしたルールのもと、指導改善研修の半ばにおいて、任命権者から教育公務員特例法25条5項に基づく諮問を受けた機関が、改善の見込みがないとの意見を述べることは許容されるのでしょうか?

 半分で見切りが可能だったとすれば、当初から期間を半分にできたはずです。その意味で、半分の期間で見切りを付けることは、公務員・労働者に酷であるだけではなく、当初期間が設けられた趣旨を没却するようにも思われます。

 また、法が諮問機関の意見具申を義務付けているのは、指導改善研修の最初と最後だけでもあります。それなのに、まだ半分を残している段階において、諮問機関が見切りで「改善の見込みなし」との意見を具申することは許されるのでしょうか?
 近時公刊された判例集に、この問題が争点となった裁判例が掲載されていました。大阪地判令3.3.19労働判例ジャーナル113-46 大阪府事件です。

2.大阪府事件

 本件で原告になったのは、大阪府立高等学校の教諭として勤務していた方です。平成24年4月から12月までの間、指導改善研修を受けていたところ、8月の段階で諮問委員会(本件諮問委員会)が「改善が見込まれるとは考え難い」「分限免職の前に多色検討をjっ支することが必要」などの意見を出しました。本件委員会の意見をD管理主事を通じて伝えられた原告は、平成24年10月をもって退職する旨の退職届の提出を行いました。こうした事実関係のもと、本件諮問委員会の意見具申は、裁量の範囲を逸脱した違法なものであるとして、大阪府を相手取り、国家賠償を求めて提訴しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告の請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「原告は、本件諮問委員会の意見具申は

〔1〕指導改善研修半ばにして原告につき教員として資質の改善が見込めないと断定する点、

〔2〕研修内容を見直して他職検討を組み入れるべきであると述べる点、

〔3〕他職検討について具体的な検討を行っていない点において、

諮問委員会としてなすべき義務を怠り、あるいは諮問委員会に与えられた権限を越えるものとして違法であると主張する。」

「しかし、府教委は、指導改善研修の開始時認定と終了時認定の際に、各認定を正確に行うため、教育学、医学、心理学その他の児童等に対する指導に関する専門的知識を有する者及び大阪府内に居住する保護者である者の意見を聴かなければならないところ(教特法25条の2第5項)、そのための機関として、被告は、諮問委員会を設置し、設置要綱を定めている(大阪府教育委員会規則第13号(教特法25条の2第5項及び第6項に規定する手続に関する規則)7条、『指導が不適切である』教諭等への支援及び指導に関する要綱、諮問委員会設置要綱、乙1)。そして、諮問委員会設置要綱によれば、諮問委員会は、指導が不適切である教諭等に対する具体的な対応方策について、専門的・多角的見地から検討を行い、府民に信頼される学校教育や学校運営に資することを目的として設置され、府教委の求めに応じ、指導が不適切である教諭等に対する府教委の対応案について意見を述べるものとされている。」

「このような諮問委員会の設置目的と趣旨にかんがみれば、諮問委員会には、指導改善研修の開始時認定と終了時認定の際に府教委の求めに応じて意見を述べることはもとより、指導改善研修の途中においても、府教委の求めがあれば、それまでの研修の内容と改善の程度を踏まえ、その後に予定されている研修の内容の相当性とそれによる改善の程度の見込みについて検討し、残りの研修期間における府教委の対応について意見を述べることが当然に予定されているというべきである。」

「本件において、前記認定事実によれば、本件諮問委員会は、府教委から原告の研修状況についての報告を受け、再度の指導改善研修の開始から5か月が経過した時点での研修成果にかんがみれば残り4か月間で改善が見込まれるとは考え難いところ、終了時認定の際には他職検討の結果を踏まえる必要があるとして、研修内容を変更して他職検討を組み入れる方向で検討するよう意見を述べたものであり、諮問委員会の権限と義務に反するところは何ら認められない。」

「なお、本件諮問委員会において他職検討の具体的内容までは検討されていいないものの、研修内容をどのように変更して他職検討を組み入れるかは、第一次的には府教委において検討すべき事柄であり、この検討を促す本件諮問委員会の意見具申に欠けるところはないというべきである。」

「以上によれば、本件諮問委員会の意見具申の違法をいう原告の主張はいずれの点をとっても採用の限りでない。」

3.見切りが早すぎるのではないかと思われるが・・・

 民間の場合、試用期間の半分を残した段階、あるいはPIP(Performance Improvement Program)を半分しか消化していない段階で、改善の見込みなしとして解雇を言い渡された場合、労働者側としては争える余地がある場合が多いです。

 また、法律の解釈として、最初と最後以外に意見を述べることが想定されているのかという感覚もあります。

 本件諮問委員会の判断が、本当に職権を逸脱したものではないのかは再考の余地があるように思われます。

 しかし、本件のような裁判例もあるため、指導改善研修の対象になった場合には、最初から隙を作らないよう、注意しながら取り組むことが推奨されます。

 

安全配慮義務違反の前提となる予見可能性-抽象的な危惧があれば足りるとされた例(じん肺・石綿関連疾患以外)

1.予見可能性

 不法行為構成であれ、安全配慮義務違反の構成であれ、損害賠償を請求するにあたっては、

加害行為が故意や過失に基づいていること、

加害行為と損害との間に相当因果関係があること、

が必要とされています。

 この「過失」や「相当因果関係」の要素に「予見可能性」という概念があります。

 過失は予見可能な結果を回避すべき注意義務違反と定義されているため、予見可能性のない行為は過失に基づいているとはいえません。

 また、その行為からその結果を予見することができないときは、その行為からその結果が生じることが社会通念上相当とはいえないため、相当因果関係が否定されます。

 それでは、予見可能性を認定するにあたっては、どの程度の予見可能性があればよいのでしょうか? 結果を具体的に予見することまで必要なのでしょうか? それとも、抽象的な危惧感さえあれば足りるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり、参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。福井地判令3.5.11労働判例ジャーナル113-28 三星化学工業事件です。

2.三星化学工業事件

 本件は、被告の従業員として勤務していた原告らが、稼働していた工場で使用されていた薬剤に暴露し、その結果、膀胱癌を発症したと主張して、安全配慮義務違反に基づく損害賠償を請求した事件です。

 本件では、安全配慮義務違反の有無と関係して、予見可能性が認められるといえるのかどうかが争点になりました。

 原告は、

「生命、健康という被害法益の重大性に鑑みると、被告の予見義務の程度としては、安全性に疑念を抱かせる程度の抽象的な危惧で足り、健康障害の性質や程度、発症頻度まで具体的に認識することを要しないというべきである。」

「なお、被告は、本件で問題とされるべき予見の対象は、本件薬品の皮膚吸収による発がんの可能性であると主張するが、本件薬品には経皮的曝露による健康障害発生の可能性があり、被告がこれを知っていた以上予見可能性がなかったとはいえない。」

と主張しました。

 これに対し、被告は、

「原告らの主張する高度の注意義務は、化学工場の排水が地域住民の生命・健康に危害を及ぼした公害の事案の裁判例において判示されたものであり、労働衛生上の安全配慮義務が問題となる本件において、公害における加害企業と同様の高度の結果予見義務が課されるものとはいえない。」

「また、本件で問題とされるべき予見の対象は、本件薬品の皮膚吸収による発がんの可能性である。」

と反論しました。

 こうした双方の主張を踏まえ、裁判所は、予見可能性の程度について、次のとおり述べて、抽象的な危惧感で足りると判示しました。結論としても、裁判所は、原告の請求を一部認容しました。

(裁判所の判断)

「安全配慮義務は、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随的義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべきものである(最高裁判所昭和50年2月25日第三小法廷判決・民集29巻2号143頁参照)。」

被告は、安全配慮義務の前提となる予見可能性について、具体的な疾患及び同疾患発症の具体的因果関係に対する認識が必要であるとして、本件において予見可能性があったというためには本件薬品の皮膚吸収による発がんの可能性の認識が必要であったのであり、被告にはこれがなかった旨主張しているが、生命・健康という被害法益の重大性に鑑み、化学物質による健康被害が発症し得る環境下において従業員を稼働させる使用者の予見可能性としては、安全性に疑念を抱かせる程度の抽象的な危惧であれば足り、必ずしも生命・健康に対する障害の性質、程度や発症頻度まで具体的に認識する必要はないと解される。被告の同主張は採用できない。」

3.危惧感で足りるとされた、じん肺等以外の類型

 予見可能性の程度に関する議論は、紛争類型や被侵害利益の内容に応じて、混迷を極めています。例えば、生命や身体を被侵害利益としていても、いじめ裁判においては、

「予見可能性は具体的特定の損害の発生について存在する必要はなく、抽象的に何らかの損害が発生するかもしれないというおそれを認識できれば足りるとする説(危惧感説)。何らかの損害が予見可能であれば、そのような危険な行為をしたことに非難可能性があるという発想に基づく。」

「しかし、今日の社会活動はほとんどすべて何らかの損害を生じさせ得るといえるから、予見可能性の要件は形骸化し、無過失責任とさして変わらない。抽象的に何らかの損害が予見可能だというだけでは、行為者が損害回避のためにいかなる措置をとるべきかもわからず、損害を回避できなかったことにつき責任を負わせることができない。予見可能な損害ないし危険に応じて行為者には一定の具体的な回避義務が課せられているとした上で、そのような回避義務を怠った者に損害賠償責任を負担させるのが公平の見地に照らして相当である。その意味で、予見可能性は行為者に対してどのような内容の回避義務を課するのか、その前提として問題になっているのであり、回避義務との関係でどの程度具体的に危険の予見を要するかが決まってくる。」

と危惧感だけでは足りないとする見解が有力です(蛭田振一郎ほか『いじめをめぐる裁判例と問題点』判例タイムズ1324-68参照)。

 しかし、予見可能性は常に具体的なものが必要になるかというと、そういうわけではありません。

 例えば、近時公刊された判例集にも、石綿ばく露の事案においても、

「安全配慮義務の前提として使用者が認識すべき予見義務の内容は、生命、健康という被害法益の重大性に鑑みると、安全性に疑念を抱かせる程度の抽象的な危惧であれば足り、必ずしも生命・健康に対する障害の性質、程度や発症頻度まで具体的に認識する必要はないというべきである

と判示した裁判例が掲載されています(神戸地判平30.2.14労働判例1219-34住友ゴム工業(旧オーツタイヤ・石綿ばく露)事件参照)。

 過失や相当因果関係の認定にあたり必要な予見可能性の程度は、上述のとおり、紛争類型や被侵害利益の内容に応じてモザイク的な様相を呈していて、極めて分かりにくくなっています。

 比較的近時の裁判例において、危惧感説は、じん肺・石綿関連疾患をめぐる裁判例で採用されることが目立っていました。

 本件は、じん肺・石綿関連とは別の疾患でありながら、予見可能性の程度として危惧感説を採用した裁判例として注目に値します。危惧感説の適用範囲が拡張すれば、被害者の救済により資するからです。本件は、危惧感説が、じん肺・石綿関連疾患に特有のものではないことを論証するうえで参考になります。

 

精神障害の業務起因性を判断するにあたり、6か月以上前の出来事まで考慮された例

1.精神障害の労災認定基準

 精神障害の労災認定について、厚生労働省は、

平成23年12月26日 基発1226第1号「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(最終改正:令和2年8月21日 基発0821第4号)

という基準を設けています。

精神障害の労災補償について|厚生労働省

https://www.mhlw.go.jp/content/000661301.pdf

 上記基準は、

対象疾病を発病していること、

対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること、

業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこと、

の三つの要件が満たされる場合、対象疾病は業務上の疾病として取り扱われるとされています。

 ただ、心理的負荷の程度を考える上での出来事が対象疾病の発病前おおむね6か月に限定されるというのは飽くまでも原則であって、例外がないわけではありません。

 上記基準は、

「いじめやセクシュアルハラスメントのように、出来事が繰り返されるものについては、発病の6か月よりも前にそれが開始されている場合でも、発病前6か月以内の期間にも継続しているときは、開始時からのすべての行為を評価の対象とすること。」

と規定し、ハラスメント事案などの場合には、例外的に6か月以上前の出来事も心理的負荷を考えるうでの評価対象になるとしています。

 実務上、この例外に該当するという主張がなされることは、それほど珍しいことではありません。しかし、こうした主張を裁判所が採用した例は、決して多くはありません。こうした状況のもと、近時公刊された判例集に、発病前6か月よりも前の出来事であっても心理的負荷を考えるうえでの評価対象になると判示した裁判例が掲載されていました。和歌山地判令3.4.23労働判例ジャーナル113-30 国・和歌山労基署長事件です。

2.国・和歌山労基署長事件

 本件は労災の不支給処分の取消訴訟です。

 原告になったのは、幼稚園教諭として勤務していた方です。本件幼稚園の教諭から、いじめ、嫌がらせ、無視等を受けたため、大うつ病性障害等を発症し、休職を余儀なくされたとして、休業補償給付の支給を請求しました。しかし、和歌山労働基準監督署長(処分行政庁)は不支給処分をしました。これに対し、処分の取消を求めて出訴したのが本件です。

 本件では平成25年4月初旬ころに対象疾病である中等症うつ病エピソードを発症したと認定されています。

 そのため、原則的には、平成24年9月以前の出来事は心理的負荷を考えるうえで考慮されないことになります。しかし、裁判所は、次のとおり判示し、同月以前の出来事も含め、心理的負荷を評価し、原告の請求を認めました。

(裁判所の判断)

「前記のとおり、原告は、平成24年4月に副主任になったものの、本件幼稚園において経験年数を上回るP4教諭を差し置いての昇格であったことに加え、上司に当たるP6教頭とP5教務主任との間にも浅からぬ感情的な対立が存在しており、就任直後から、困難な人間関係の中に置かれていた。また、同月6日、原告がP6教頭に行ったP4教諭に関する報告が原因で同教諭の原告に対する不信感が決定的なものとなった。これを背景に、平成24年7月頃以降、P4教諭は、本件幼稚園における定例行事であった研修会等への参加を拒絶し、結果として他の教諭らの協力も得られず、例年どおりの活動を行うことができなくなり、副主任として経験の浅い原告は更に対応に苦慮することとなった。そのような中、原告は、同年9月末、P4教諭と激しい言い争いとなり、また、P5教務主任からは、研修会の活動への対応等に苦慮する中においても助力を得られず、逆に、同年10月末には問題の原因が原告にある旨の批判的な発言を受けた。このようなP5教務主任の態度には、同人のP6教頭との間の感情的な対立やそのP6教頭と原告が良好な関係を保っていたことの影響がうかがわれるところである。その結果、原告は、遅くとも平成25年1月にストレスが原因で胃潰瘍となり体調を崩すに至った。さらに、同年2月、P5教務主任は、原告に対し、業務上の指導を行う際、既に信頼をなくしている旨の適切さを欠いた発言に及んだ。その後、平成25年3月末、原告は、平成24年4月以降深い対立関係にあったP4教諭との共同担任を任されることとなった。このような経過であるから、本件各出来事はいずれも共通の人間関係を基礎とする中で連続して起きたものとして、発病前6か月を超える出来事も含めて総合的に評価するのが相当である。

「その中でも、

出来事〔4〕(P4教諭らが研修会を欠席したこと等)

は、平成24年7月頃から同年10月頃まで続いた問題であり、単独で心理的負荷の強度が『強』であるとまではいえないものの、上記の職場環境、関係者間の軋轢その他の状況に照らすと、それに近いものがあったといえる。加えて、

出来事〔7〕(平成24年10月28日の出来事)は

出来事〔4〕と一体のもの、また、

出来事〔3〕(悪口や嫌みを言われ、無視されたこと)及び

出来事〔6〕(平成24年9月28日の出来事)は

出来事〔4〕と一連の出来事として評価することが可能であり、全体として心理的負担を増大させる要素とみることができる。その後の

出来事〔9〕(給茶機の件で叱責を受けたこと)、

出来事〔11〕(P25教頭への相談、報告等をめぐる発言)及び

出来事〔12〕(昼食場所についての指示)は

個々に評価すれば必ずしも客観的に心理的負荷の大きいものであるとはいえないが、それまでのP4教諭及びP5教務主任との対立関係やストレスを原因とする胃潰瘍により体調不良の状態にあった中で、心理的負荷を更に増大させる要因になったとみることができる。そのような中、

出来事〔10〕(原告とP4教諭がひよこ組の共同担任になったこと等)は、

原告とP4教諭及びP5教務主任との関係に照らし、原告にとって相当の心理的負荷を与える出来事であったものと認められ、単に原告の個人的な受け止め方の問題であるとはいえない。」

「以上を総合的に評価すると、発病直前に原告に生じていた心理的負荷の強度は『強』であったというべきである。」

(中略)

「以上のとおり、本件幼稚園において業務に関連して生じた出来事による原告の精神的負荷は強度であると認められるから、原告の精神障害の発病は、本件幼稚園の業務に内在する危険が現実化したものと評価することができ、相当因果関係が認められる。」

3.発症時期の問題をクリアする方法

 労災の取消訴訟や労災民訴では、しばしば対象疾患の発症時期の認定が問題になります。それは、心理的負荷の強弱の評価対象となる出来事に、発症時期から6か月という縛りがあるからです。

 しかし、本件のようなハラスメント事案では、出来事の連続性を論証して6か月以上前に遡った出来事まで評価対象としてカウントできる可能性があります。6か月の縛りから抜け出すことができるのであれば、発症時期について、あまり熾烈に争っていく必要はなくなります。

 本件はハラスメントをテーマとする労災の取消訴訟、労災民訴の主張、立証を考えて行くにあたり、参考になる裁判例だと思います。

 

情報漏洩(スロットの当たり台に関する情報の漏洩)は、なぜ発覚したのか?

1.情報漏洩は、なぜ発覚したのか

 昨日、情報漏洩を理由とする懲戒解雇の効力が問題になった事例として、東京地判令3.3.10労働判例ジャーナル113-58 遊楽事件という裁判例をご紹介させて頂きました。この事案では、パチンコホールの経営を主要な業務とする株式会社で店長として勤務していた労働者が、当たりが出る確率が高い設定のスロット台に関する情報を外部に漏洩したのかどうかが問題になりました。

 原告労働者は否認しましたが、裁判所は情報漏洩の事実を認定したうえ、被告会社の行った懲戒解雇の効力を認めました。

 しかし、店のどこに当たり台が設定されているのかは、極めて単純な情報です。外部に漏洩するにしても、記録媒体に保存する必要はありませんし、メモを作ったり、プリントアウトしたりする必要もありません。単純に記憶して口頭で伝えれば目的を達成することができます。

 一見すると、こうした情報の漏洩行為が発覚したり、使用者側から立証されたりすることは、なさそうにも思われます。

 それでは、本件の裁判所は、どのような根拠のもとで、情報漏洩の事実を認定したのでしょうか?

 この問題について、裁判所は、次のとおり判示しています。

2.裁判所の判断

「本件店舗には、平成29年12月頃から、開店直後より設定6の台で遊技する不審な客がみられるようになり、Eらによる本格的な調査が開始された平成30年7月15日以降は、連日のように開店後まもなく設定6の台に着席して長時間遊技する特定の客がみられたこと、上記客の中には、開店前の整理券配布人数が数名(うち20円スロットで遊技する者の割合は統計的に約33%)であるのに、開店後まもなく218台ある20円スロット台のうち1台しかない設定6の台を選択して遊技する例や、Eらが島図と異なる設定を入れたにもかかわらず、開店後まもなく島図上設定6とされている台で遊技を開始し、その後も長時間遊技する例があったことが認められるところ、上記のような事態が偶然生じることは確率的に見て通常考え難く、本件店舗の設定情報が、何らかの方法で上記特定の客らに漏えいしていたことが推認される。

「さらに、前記認定のとおり、上記不審な客のうちの一人であるHは、清永弁護士に架電した際、Jが設定情報を入手して、自分とKがそれに基づいて遊技したことを認める発言をしている。これに対し、Hは、当法廷において、上記発言が真実でなかった旨証言しているが、仮に設定情報を入手して遊技した事実がないのであれば、自身が法的責任を負うリスクを冒してまで上記のような作り話をする理由はないことや、同人が翌日に清永弁護士に送信した前記認定にかかるメッセージの内容に照らして、採用することができない。」

「以上の事実に照らせば、少なくとも平成30年7月15日以降、本件店舗の設定情報がHらに漏えいしていたと認めるのが相当である。」

(中略)

「本件当時、本件店舗の設定情報を知り得たのは、原告、E、D、F及びGの5名のみであったところ、少なくとも平成30年7月15日以降、E、D、F及びGについては、それぞれ前日の遅番調整者ないし当日の早番調整者でなく設定情報を知り得ない日にも上記不審な客らが来店しており、情報漏えいに関与していないことがうかがわれる。これに対し、原告は、上記不審な客らが来店した全ての日に設定情報を知り得たところ、原告は、社内通達で開店直後に設定6の台に直行する者がいないかを確認し、これを発見した場合には本部に連絡するなど適切に対処することとされていたにもかかわらず、少なくとも平成30年7月15日以降、度々上記のような不審な客が現れていたのに対し、具体的な調査をするなどしておらず、逆にEらが島図上設定6の台に設定1や2を入れるようになると、島図通り設定を入れているか確認するようになり、不自然である。また、前記認定のとおり、打ち子とされる客のうちH、J及びKは、原告と同じ群馬県邑楽郡の出身ないし居住歴を有し、原告と年齢も近いことから、原告とHらとの間に個人的なつながりがあった可能性が認められるところ、同地から70km程度離れた本件店舗を度々訪れていたというのも、単なる偶然とは考え難い。さらに、前記認定のとおり、Hは、清永弁護士に架電した際、Jから『店長が容認しているので、捕まることはない。』と誘われた旨述べているところ、同事実も情報漏えいと原告との結びつきを示す事情ということができる。

「以上に照らせば、本件店舗の設定情報をHらに漏えいしたのが原告であることが推認される。」

3.非違行為に発覚はつきもの

 本件では、

会社のルールに反して不審な台の選び方をする客を放置していたこと、

ダミーの島図に食いついてしまったこと、

打ち子から使用者側の弁護士に対して情報提供がされてしまったこと、

などから原告の犯人性が認定されることになりました。

 不審なことが続けば会社は目星をつけて証拠固めをしてきます。

 また、複数人での非違行為では、常に裏切りの危険もつきまといます。刑事事件で共犯者供述の信用性を慎重に検討しなければならないのと同じく、非違行為の共同者には、自分の責任を軽くしたいとの思いから、使用者側に情報提供したり迎合したりするようになってしまうことがままみられみられます。

 そうそう白は切りとおせるものでもありません。やはり、故意による外部への情報漏洩など、しないに越したことはありません。

 

情報漏洩での懲戒解雇の有効例-スロットの設定に関する情報の外部への漏洩

1.情報漏洩と懲戒の処分量定

 企業秘密の漏洩は、大抵の就業規則で懲戒事由として規定されています。しかし、漏洩される情報の内容や漏洩行為の態様が多岐に渡ることから、その処分量定は軽微なものから重大なものまで幅広く分布しています。この処分量定の幅広い分布は、情報漏洩を処分事由とする懲戒処分の効力について、見通しを立てることを困難にしています。

 こうした状況のもと、近時公刊された判例集に、情報漏洩を理由とする懲戒解雇の効力を有効と認めた裁判例が掲載されていました。東京地判令3.3.10労働判例ジャーナル113-58 遊楽事件です。どのような性質の情報を、どのような態様で漏洩すれば懲戒解雇になるのかを知るうえで参考になります。

2.遊楽事件

 本件で被告になったのは、パチンコホールの経営を主要な業務とする株式会社です。

 原告になったのは、被告が運営するガーデンC店(本件店舗)の店長を務めていた方です。スロットの設定に関する情報を外部に漏洩し、特定の人物らに不正に出玉を獲得させ、会社に損害を与えたとして、被告から懲戒解雇されました。これに対し、情報漏洩の事実を否定して懲戒解雇の効力を争い、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 裁判所は、情報漏洩の事実を認定したうえ、次のとおり述べて、懲戒解雇の効力を認めました。

(裁判所の判断)

一般に、設定情報の漏えいは、店舗の業績や存立に直結し得る重大な問題であり、企業秩序に与える影響も大きいところ、本件においてもこれと異なると解すべき事情はない上、前記認定のとおり、被告の算定でも相当額の損害が見込まれていることから、原告の被る不利益の程度を考慮しても、本件処分をすべき必要性は高いというべきである。

「そして、被告は、本件処分に先立ち、就業規則の定める賞罰委員会を開催し、原告の弁明を聞く機会を設けているから、手続的にも不相当であったとは認められない。」

「これに対し、原告は、上記賞罰委員会において、原告の求めにもかかわらず、被告側から根拠資料の提示がされなかったことから、手続的相当性を欠く旨主張するが、後に原告に対し損害賠償請求をすることなども考え得る状況において、被告が根拠資料を提示しなかったことをもって、手続として不相当であったということはできず、上記原告の主張は採用することができない。」

「また、原告は、本件処分当時、被告がどのような根拠資料に基づき、どのような推認過程で原告が情報漏えいを行ったと判断したか明らかでないとも主張するが、前記認定のとおり、Eは、平成30年8月16日、Lに対し、原告が設定情報を漏洩している疑いがあることを根拠とともに伝え、LはそれをM部長に報告していること、D、E、Lらの報告書は、同月25日ないし26日に作成されており・・・、その基礎となるスロット台の稼働データ等の資料自体は被告が保有していたことから、被告が、それらを総合的に考慮して、原告の情報漏えいの事実があると判断したことが、手続的に不相当であったということはできない。」

「その他、原告の主張を考慮しても、本件処分が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないとは認められないから、本件処分が権利濫用として無効となるものとは解されない。

3.処分量定に関する議論がなされなかった事案ではあるが・・・

 本件の原告は処分事由(漏洩行為)の存在を争ったため、処分量定に関する議論(やったことに対して処分が重すぎるという議論)を展開していませんでした。つまり、処分事由の認定に関する議論を突破されてしまうと、なしくずし的に懲戒解雇の効力が有効とされやすい構造の事件であったことは意識されなければならないと思います。

 それでも、パチンコホールを経営する会社において、設定情報を漏洩したことについて、懲戒解雇処分(本件処分)をすべき必要性を高いと判断した点には目を引かれます。やはり、①業務基盤を脅かすような情報を、②故意に外部に流し、③会社に多額の損害を与えたという三拍子がそろうと、懲戒解雇は有効とする方向に大きく傾いてくるのだろうと思われます。