弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

顧客・利用者から理不尽に絡まれても、やり返さない方がいい?

1.カスタマーハラスメント(顧客等からの著しい迷惑行為)

 近時、カスタマーハラスメントという言葉が社会全体で認識されるようになりつつあります。これは顧客等からの著しい迷惑行為を意味する言葉です。

 令和2年1月15日 厚生労働省告示第5号「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」は、「顧客等からの著しい迷惑行為」を「暴行、強迫、ひどい暴言、著しく不当な要求等」と定義したうえ、事業者は「顧客等からの著しい迷惑行為」により、その雇用する労働者が就業環境を害されることのないよう、適切に対応するために必要な体制の整備や、被害者への配慮のための取組を行うことが望ましいとしています。

https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000584512.pdf

 こうしたルールもあるため、カスタマーハラスメントを受けて対処に困った場合、労働者としては、先ずは事業者への相談を試みてみるのがセオリーです。

 理不尽に顧客等から絡まれたときには、事業者に相談するよりも前に、言い返したくなってしまう方もいるのではないかと思います。しかし、会社内での立場を守るためには、言い返さない方が賢明です。近時公刊された判例集にも、そのことがうかがえる裁判例が掲載されていました。東京地判令3.3.17労働判例ジャーナル113-60ヴァイアックス事件です。

2.ヴァイアックス事件

 本件は利用者への対応が問題視された解雇事件です。

 被告になったのは、図書館の管理運営業務の請負等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告と期間の差定めのない雇用契約(本件雇用契約)を締結し、図書館で受付業務に従事していた方で、格闘技経験者でもありました。

 平成31年4月25日、78歳の男性利用者(本件利用者)との間でトラブルが発生しました。

 本件利用者は、本件図書館の副責任者であるcから受け取った書籍を、「ここに置くべきである」という趣旨のことを言いながら、元あった場所とは別の場所に置きました。これを原告が注意したところ、本件利用者は大声で言い返し、原告との間でのやりとりが続きました。

 その後、cは本件利用者のところへ行き、本件図書館の外へ誘導しようとしましたが、本件利用者は大声で原告を非難する発言を続けました。

 原告は「なんでそこまで言われなあかんねん。絶対許さん。」などとはは発言し、本件利用者のところへ行き、本件図書館の警備員やcが止めようとする中、外へ出て話をしようなどと言いながら本件利用者の両肩付近に両手をかけたところ、本件利用者が抵抗して転倒しました。

 この件は被告から問題とされましたが、原告は本件利用者への謝罪を拒み、行き過ぎた行為は特になかったとの認識を崩しませんでした。そうしていたところ、原告は被告から普通解雇されてしまいました。本件で問題視されたのは、この普通解雇の効力です。

 この事案で、裁判所は、次のとおり述べて、普通解雇の有効性を認めました。

(裁判所の判断)

「原告がある程度強い力でつかむような状況で本件利用者の両肩付近に手を掛けたこと・・・は、殴る蹴るなどの暴力ではないものの、一定の有形力の行使であり、暴行と表現されてもやむを得ないものである。本件利用者は、大声を出していたものの暴れていたわけではなく、本件図書館の器物の損壊や、他の利用者への暴行の恐れがあったとは認められないことや、本件利用者が従前本件図書館において問題を起こしたことはない・・・ことからすれば、原告による本件利用者対応は、本件図書館の受付業務に従事する者として、冷静さを欠いた不適切なものであったというほかない。一般に図書館の職員の行為により図書館の利用者が転倒するという事態は図書館の利用過程において発生する事象ではないのであるから、本件利用者が重大な傷害を負うような結果は発生しなかったものの、原告の有形力の行使を契機として本件利用者が転倒したこと自体が図書館の運営上重大な出来事であり、他社とコンソーシアムを組み区から委託を受けて運営業務を行っている被告の信頼ひいては経営に重大な影響を及ぼしかねない出来事であるから、原告の責任は重大であるというべきである。」

「そもそも、原告が本件利用者に対しある程度強い口調で対応すること・・・がなければ、本件利用者が10分以上原告を非難して大声を出し続け本件図書館外への誘導にも従わないような事態は生じなかったと考えられることに加え、原告は、本件利用者への対応を他の職員に交代することや、少なくとも自らは対応を中断すること、本件カウンターから出て行かないこと、出て行った後も警備員らからの制止に従うことなど、複数の時点で本件利用者との接触を避ける選択肢があったにもかかわらず、自らある程度強い口調で本件利用者への対応を続け、さらにある程度強い力でつかむような状況で本件利用者の両肩付近に両手を掛け、その結果本件利用者が転倒したというのであるから、原告に本件利用者を転倒させるつもりがなかったとしても、原告が本件利用者対応について反省すべき点は多々あるというべきである。したがって、たとえ本件利用者が本件書籍を所定の場所以外の場所に戻したこと・・・が本件利用者対応に係るトラブルの発端であり、本件利用者についても不適切な言動があったことや、本件図書館の他の常勤職員が的確にクレーム処理を担当することがより望ましかったことを考慮しても、原告の対応が正当化されるものではなく、原告の責任が重大であることには変わりがないというべきである。

「さらに、原告は、本件利用者が転倒した直後に本件利用者に対して謝罪することなくさらに詰め寄ろうとしたり・・・、その後も、本件電話1、本件面談1、2及び本件電話2などを通じて、自らの正当性を主張し、本件利用者対応に行過ぎた点はなく、その考えが変わることはあり得ない旨述べ・・・、本件利用者が転倒したことの重大性を理解せず、反省の態度も示さないのであるから、原告を一度問題が起こった本件図書館で今後も勤務させ続けることは困難であり、他の図書館での勤務は考えられないという原告に対して自宅謹慎を命じ、その後改めて面談を行って反省の有無を確認した上、反省が見られないことから、被告での勤務が難しいと考えて自主退職を促したことも不相当とまでは言えないというべきである。さらに、自主退職の促しを受けて原告が被告及び本件利用者に対する訴訟提起、暴露本出版並びに被告の千代田区との契約更新を妨害することを示唆する発言をし、和解による解決も全面的に否定したこと・・・については、原告の言い分が聞き入れられないことや自主退職を促されたことに対する反発である旨の原告の主張を加味しても、被告に対する敵対心をむき出しにしたもので、今後原告が被告の業務命令に従わない可能性を示すものであり、原告と被告との間の信頼関係が破壊されたと判断することには相当な理由があるといえる。そして、原告が自己の正当性と本件図書館での受付業務に従事し続けることに固執して謝罪も明確に拒否して業務命令に従わない姿勢を示している以上、被告が、仮に原告に対して他の図書館への異動命令や懲戒処分を発しても反発して従わないと考えて普通解雇に踏み切ったこともやむを得ないというべきである。

「そうすると、原告の本件利用者対応及び本件利用者対応後の言動は、本件就業規則の普通解雇(27条)に関する定めのうち、『勤務成績又は業務能力が不良で就業に適さないと認めるとき(1号)』、『就業状況が不良で、社員としての職責を果たし得ないと認められたとき(2号)』、『その他前各号に準ずる事由があったとき(10号)』(第2の1(2))に該当すると認められるから、懲戒処分や正式な配転命令を経ることなくなされたことを踏まえても、本件解雇は客観的合理的理由があり、社会通念上相当であると認められ、権利の濫用には当たらず、有効である。

3.絡まれてもやり返さないこと・使用者に対して感情的にもならないこと

 本件の経緯をみると、原告の方が、やや気の毒であるようにも思われます。おそらく本件利用者に謝罪するなり、反省の意思を示すなりしていれば、解雇にはならなかった可能性が高いし、仮に解雇されていたとしても、裁判所がその効力を認めていたかは疑問です。

 しかし、使用者に対して、訴訟提起や暴露本の出版、区との契約更新の妨害を示唆するなど感情的な対応をとってしまったため、解雇は有効であるとの結論が導かれてしまいました。

 ストレスは溜まるかも知れませんが、顧客や利用者から絡まれた場合には、やはり、言い返すなどの対応はとらず、淡々と使用者に対応を相談するに留めておいた方が良さそうです。

 

時間外勤務時間(残業時間)を目標時間内に修正する業務で生じる心理的負荷

1.公務員のサービス残業問題

 所属部署に割り振られる予算上の制約などの理由により、公務員にはサービス残業が横行しています。これは古くから指摘されている問題ですが、残念ながら改善には至っていません。

 部署単位で残業代を調整するとなると、ある程度組織的に行わざるを得ません。そして、組織的な調整を行うにあたっては、所属部署の職員の残業時間を目標時間内に修正することが業務として生じることがあります。

 指摘するまでもありませんが、このような修正は法的に問題があります。それでは、このような違法な業務を命じられることは、職員に対し、どのような心理的負荷を生じさせるのでしょうか?

 近時公刊された判例集に、この問題を取り扱った裁判例が掲載されていました。名古屋地判令3.4.19労働判例ジャーナル113-32 地方公務員災害補償基金・愛知県支部長事件です。

2.地方公務員災害補償基金・愛知県支部長事件

 本件は公務災害(労災の公務員版)の取消訴訟です。

 原告になったのは、市職員の方です。平成19年4月1日の市民病院(本件病院)への異動後、量的・質的に加重な公務によって同年5月頃までに精神障害(双極性感情障害)に罹患したとして、公務災害認定を請求しました。しかし、公務外認定処分を受け、審査請求も棄却されてしまったため、処分の取消を求めて裁判所に出訴しました。

 本件の原告は、精神障害を発症させた心理的負荷として、量的過重(時間外勤務の時間数)と質的過重を主張しました。質的過重として原告が展開した主張は、次のとおりです。

「原告は、庶務的な業務を担当したことがなく、その研修を受けたこともなかったのに、平成19年4月に本件病院に配置換えとなり、全く経験がなかった業務に従事することになったばかりか、職員全員が慣れない自分の仕事に手いっぱいで、かつ、厳格な期限のある業務に追われていたため、お互いをサポートできる状況にはなかった。また、原告は、業務を行うに当たって、医師となかなか連絡が取れず、対応に苦慮する医師を相手として常に緊張を強いられ、その過程で、副院長に罵声を浴びせられることもあった。」

「さらに、原告は、前任者からの引継ぎ事項として、職員の勤務実態に関係なく、職員の時間外勤務時間を月80時間以内に修正するという違法行為を強要された一方、労働基準監督署の是正勧告にも対応しなければならなかった。

「このように、原告の公務は、質的に過重であった。」

 こうした原告の主張を受け、裁判所は、次のとおり判示し、精神障害の公務起因性を認めました。

(裁判所の判断)

-時間外勤務時間について-

「原告は、本件病院で勤務を開始した平成19年4月2日から精神障害の発病日である同月25日までの間に、少なくとも合計123時間45分の時間外勤務・・・をしていたものと認められる」

-質的過重について-

「原告は、原告の業務が、

〔1〕対応に苦慮する医師らを相手とするものであって、

〔2〕職員の時間外勤務時間を月80時間以内に修正するよう強要されていたばかりか、

〔3〕労働基準監督署の是正勧告にも対応しなければならなかったという点で

質的に過重であった旨主張し、原告の供述・・・は、これに沿うものである。」

「そこで検討するに、原告の前記供述については、

〔1〕医師らの対応に苦慮することがあった点については、本件病院が医療機関であるということに加えて、職場関係者及びd主査の供述・・・によっても裏付けられていること、

〔2〕本件病院では、当時、時間外勤務時間を80時間までとする方針が採用されており・・・、現に、原告の時間外勤務時間自体、実際には毎日4時間30分を限度として承認されていたにとどまる・・・ばかりか、原告は、本件病院の全職員の命令簿の作成及び取りまとめを担当していたこと、

〔3〕豊橋労働基準監督署は、原告の着任後間もない平成19年4月11日、本件病院に対し、医師に係る賃金台帳について是正勧告を行っており、原告は、その対応に当たる担当者の一人であることが明らかであることを踏まえると、原告の前記供述は、いずれも裏付けがあるものとして信用できる。」

「以上に加えて、原告は、本件病院への配置換え直後に、前記のとおり長時間にわたって慣れない庶務業務に従事することになったものであり、このこと自体、原告の心理的負荷として評価することが可能である。」

「そうすると、原告は、平成19年4月、配置換え直後に長時間にわたって慣れない庶務業務に従事したものであり、原告の当時の業務は、前記・・・のような困難を抱えたものであって、特に職員の時間外勤務時間を月80時間以内に修正する作業は、それ自体法律的に問題がある業務であるばかりか、ただでさえ長い原告の時間外勤務時間をさらに増大させる甚だ不条理なものであって、原告に対して質的にも量的にも大きな心理的負荷を与えたものといえる。

3.残業時間の修正の強要が職員に大きな心理的負荷を与えると認められた例

 精神障害の労災認定基準には、「業務に関し、違法行為を強要された」という類型が定められており、この類型の標準的な心理的負荷は「中」とされています。

https://www.mhlw.go.jp/content/000661301.pdf

 本件は、残業時間を組織的に修正する業務の強要を、大きな心理的負荷を与える出来事として位置付けたことに特徴があります。

 量的過重だけでも大きな負荷があり、質的過重が公務起因性の認定にあたりどれだけ影響を及ぼしてたのかは不分明です。また、質的過重は飽くまでも公務起因性との関係で判断されているにすぎず、本件は残業時間の組織的修正を直接問題にした事件というわけでもありません。それでも、残業時間の組織的修正を不条理で職員に大きな心理的負荷を生じさせる業務だと位置付けたことは、サービス残業の横行する公務員の勤務関係において画期的な判断だと思われます。一朝一夕に解決する問題ではないにしても、これを機に、公務員のサービス残業の問題が少しでも改善に向かうことが期待されます。

 

不合理な弁解は解雇の決め手になるのか?

1.使用者からの事情聴取への対応

 使用者から非違行為についての事情聴取を受けているときに、反発を覚え、感情的・挑発的な物言いをしてしまう労働者の方は少なくありません。しかし、こうした対応は、往々にして事態をより悪化させます。近時公刊された判例集に掲載されていた、東京地判令3.3.16労働判例ジャーナル113-56 SOMPOケア事件も、そうした事案の一つです。

2.SOMPOケア事件

 本件は試用期間中の解雇の可否が問題となった事件です。

 被告になったのは、有料老人ホーム・サービス付き高齢者向き住宅グループホームの運営、居宅サービス事業を営む株式会社です。

 原告になったのは、被告に採用され、介護付き老人ホームで働いていた方です。試用期間中、きちんと挨拶をするように述べてきた従業員Dに対し「お前やんのか。」などと言って胸ぐらをつかむなどの行為に及びました。その後、使用者からの事情聴取の際に、「以前にバイクで交通事故に遭ったことがあってその影響で記憶が飛ぶことがある」などと発言しました。しかし、実際には、バイクの免許を持ったこともなければ、交通事故に遭ったこともありませんでした。こうした行為が問題視され、解雇されてしまったため、その効力を争って地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 この事案で、裁判所は、次のとおり判示し、解雇の効力を認めました。

(裁判所の判断)

「被告が原告を解雇した時点で原告は試用期間中にあった。そして、被告の就業規則の定め等に照らせば、原告と被告との試用期間中の労働契約は、解約権留保付き労働契約と解すべきである。そして、使用者が、採用決定後における調査の結果により又は試用期間中の勤務状態等により、当初知ることができず、また知ることが期待できないような事実を知るに至った場合において、そのような事実に照らしその者を引き続き当該企業に雇用しておくのが適当でないと判断することが、上記解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に相当であると認められる場合には、さきに留保した解約権を行使することができるものと解すべきである。」

「被告は介護事業を営んでいるところ、介護施設の職員は、利用者と直接に接する立場にあり、ときには利用者からの理不尽な要求等にも対応しなければならないし、何より他の職員と協調して職務に当たることが求められるものということができる。この点、原告は、前記のとおり同僚の発言に立腹してその胸ぐらをつかみ暴言を吐くなどの感情的な行為に及び、その上、被告からの事情聴取においても、これを認めずかえって全く架空の事実を告げるなど不誠実な態度をとるに及んでいる。これらによれば、原告は、被告における職員としての適格性を欠いているということができる。

被告は、原告の試用期間中の勤務状態により当初知ることができず、また知ることができないような原告の上記の不適格性を知るに至ったものであるところ、原告を引き続き被告に雇用しておくのが適当でないと判断することは、解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に相当であるというべきである。

(中略)

以上によれば、本件解雇は、その余の解雇理由について判断するまでもなく、留保解約権の行使として正当であり、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であるということができる。本件解雇は有効である。

3.不合理な弁解が効いたのではないだろうか?

 確かに、暴行は軽く見ることのできない事由ではあります。しかし、幾ら試用期間中であったとしても、実際に殴打する等の行為に及んだわけでもなく、挨拶の有無に端を発した従業員間の小競り合いを発生させただけであったとすれば、解雇まで認められていたのかは疑問です。裁判所が解雇を有効だと判断したのは、事情聴取の時に不合理な弁解をしてしまったことが心証に強く影響してしまったのではないかと思われます。

 弁解の機会を活用することは労働者の権利です。しかし、弁解の仕方が不適切であったときに、消極的な評価を受けないことまでが保障されているわけではありません。

 やってしまったことを書き換えることはできませんが、事情聴取にどのような姿勢で臨むのかは、コントロール可能なことです。解雇を阻止したり、その効力を争ったりする場合には、コントロール可能な事情を着実に押さえて行くことが重要な意味を持ちます。

 冷静な対応は難しい、そう思ったら、できるだけ早く弁護士に相談し、事情聴取に対してどのように臨むのかをしっかりと協議しておくことが推奨されます。本件でも事情聴取前に一度でも弁護士とリハーサルができていれば、違った結論になっていた可能性も否定できないのではないかと思われます。

 

性同一性障害者が自認する性別に対応するトイレを使用する利益(続報)

1.性自認に基づいた性別で社会生活を送る権利が問題となった裁判例

 以前、

性同一性障害者が自認する性別に対応するトイレを使用する利益と行政措置要求の可能性 - 弁護士 師子角允彬のブログ

という記事の中で、東京地判令元.12.12労働判例ジャーナル96-1 経済産業省職員(性同一性障害)事件という裁判例を紹介させて頂きました。

 これは、身体的性別は男性であるものの、自認している性が女性である方に対し、女性用トイレの自由な使用を認めなかったことの適否が問題になった事件です。この事件で、裁判所は、性自認に一致するトイレを利用する利益が重要な法的利益であると位置づけたうえ、経済産業省が原告に女性用トイレの使用を制限したことについて国家賠償法上の違法性を認めるという画期的な判断をしました。

 こうした事件で裁判所が国家賠償法上の違法性を認めるのは、かなり異例なことです。控訴があって高裁に移審したことを認識して以来、地裁の判断が高裁でも維持されるのかが気になっていたところ、近時公刊された判例集に、控訴審判決が掲載されていました。東京高判令3.5.27労働判例ジャーナル113-2 経済産業省職員(性同一性障害)事件です。

2.経済産業省職員(性同一性障害)事件(控訴審)

 東京高裁の判断のうち、個人的に注目しているのは、次の部分です。

-性自認に基づいた性別で社会生活を送ることの権利性について-

「性別は、社会生活や人間関係における個人の属性の一つとして取り扱われており、個人の人格的存在と密接不可分のものということができる。他方、性同一性障害者は、生物学的には性別が明らかであるにもかかわらず、心理的にはそれとは別の性別であるとの持続的な確信を持ち、かつ、自己を身体的及び社会的に他の性別に適合させようとする意思を有する者であって、そのことについて医学的知見に基づく医師の診断を受けていることから(性同一性障害者特例法第2条参照)、自己の身体の性的徴表と性自認との矛盾・相克に悩むとともに、社会生活上様々な問題を抱えている状況にあり、かつては、性同一性障害者が治療等を受けることで上記心理的な相克を解消したとしても、戸籍上の性別に関する記載の訂正の許可の申立て(戸籍法113条)が一般的に認められていなかったことから、入学や就職等の場面で、性同一性障害者であることが露見することで、いたずらに好奇の目にさらされたり、差別を受けるなどの問題が生じていた。そこで、性同一性障害者特例法は、一定の要件が満たされることを前提に、性同一性障害者につき性別の取扱いの変更の審判を認めることによって、上記のような性同一性障害者の社会的な不利益を解消するために、制定されたものと解される。」

「このような、性同一性障害者特例法の立法趣旨及びそもそも性別が個人の人格的生存と密接不可分なものであることに鑑みれば、一審原告が主張の基礎とする自らの性自認に基づいた性別で社会生活を送ることは、法律上保護された利益であるというべきである。

一審被告は、自らの性自認に基づいた性別で社会生活を送ることの外延が不明確である旨主張するが、上記のとおり、個人の人格的存在と密接不可分である性別は、様々な場面が想定される社会生活や人間関係における個人の属性の一つであり、社会生活や人間関係における個々の局面において、様々な問題に直面するという特性を有していると解されることからすれば、その権利としての内容についても、個々の局面において具体化する個別の内容が吟味されるべきであるというべきであり、一義的に明確な外延を有しているわけではない。そして、遅くとも性同一性障害者特例法が成立した平成15年7月時点では、性別が生物学的基準によって一律に決められるものではないことが明らかとなっていたことからすると、性同一性障害者にとっても、性別適合手術を受け、性同一性障害者特例法によって戸籍上の性別を訂正して社会生活を送るか、性別適合手術は受けずに既存の性別のまま社会生活を送るかということについての選択の問題が生じていたというべきであり、かかる選択の問題は、性別が個人の属性として意味を持つ個々の局面において生じ得る問題と同一のものであることは明らかである。そうしてみると、自らの性自認に基づいた性別で社会生活を送る際において、その権利としての内容が一義的に明確な外延を有しているわけではないことは、法律上保護された利益であることを否定する根拠たり得ないというべきである。

-国家賠償法上の違法性について-

「経産省は、一審原告が、平成21年10月23日には、一審原告から近い将来に性別適合手術を受けることを希望しており、そのためには職場での女性への性別移行も必要であるとの説明を受けて、一審原告の希望や一審原告の主治医であるD医師の意見も勘案した上で、対応方針案を策定し本件トイレに係る処遇を実施したのち、一審原告が性別適合手術を受けていない理由を確認しつつ、一審原告が戸籍上の性別変更をしないまま異動した場合の異動先における女性用トイレの使用等に関する経産省としての考え方を説明していたのであって、一審原告が経産省に復職した平成26年4月7日以降現在まで、本件トイレに係る処遇を維持していることについて、経産省において、一審原告との関係において、公務員が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該行為をしたと認め得るような事情があるとは認め難く、本件トイレに係る処遇につき、国家賠償法第1条第1項の違法性があるとの一審原告の主張を採用することはできない。

 3.違法性は否定されたが、権利性は承認された

 本件で国家賠償法上の違法性が否定されたことは、当事者の方にとって残念だったのではないかと思います。

 それでも、高裁で「自らの性自認に基づいた性別で社会生活を送ること」に国家賠償法上の権利性が認められたことは、なお注目に値します。被侵害利益としての権利性が認められれば、事実関係によっては国家賠償法上・不法行為法上の違法性が認められる余地が開けるからです。地裁の判断から後退したとはいえ、高裁の判断も、性同一性障害者の権利擁護を考えるうえで重要な裁判例であることには違いありません。

 

執筆に参加した書籍のご紹介Ⅲ

 第二東京弁護士会は、厚生労働省から委託を受け、「フリーランス・トラブル110番」という法律相談・ADR(Alternative Dispute Resolution 裁判外紛争解決手続)事業を実施しています。

『フリーランス・トラブル110番』の開始について|第二東京弁護士会

 私の所属している労働問題検討委員会は、この事業で中核的な役割を担っています。そうした関係もあり、労働問題検討委員会では、フリーランスをめぐる法律問題についての研究に取り組んできました。

 その成果の一環として、令和3年9月10日、

第二東京弁護士会労働問題検討委員会編著『フリーランスハンドブック』〔労働開発研究会、初版、令3〕

という書籍が発行されます。

 この書籍の執筆には私も参加しています。

 私が担当したのは、

第1章 第2節 統計からみるフリーランス

第3章 第2節 第2款 独禁法-優越的地位の濫用

の部分です。

 フリーランスが増加傾向にあることは統計上明らかです。これに併せ、フリーランスをめぐる法的なトラブルも、目立つようになってきています。また、フリーランスの保護を考えるにあたっては、経済法、特に、弱者保護に重要な役割を果たす独占禁止法上の優越的地位の濫用に関する知識は欠かすことができません。執筆に参加し、フリーランスをとりまく現状を統計的数値から理解し、優越的濫用に関する知見を深めることができたのは、大変有意義なことでした。

 フリーランスの保護を考えるにあたり、労働者性が認められる場合に労働法の適用を主張することは、従来から行われていました。しかし、労働者性が認められない場合に何ができるのかに関する研究は、従来、必ずしも十分とはいえない状態にあったのではないかと思われます。この部分に知見の蓄積があることは、私の強みの一つだと自負しています。

 お困りのことがありましあら、ぜひ、お気軽にご相談ください。

 

 

 

管理監督者性を否定するための立証活動-月初に残業が多くなる傾向

1.管理監督者性

 管理監督者には、労働基準法上の労働時間規制が適用されません(労働基準法41条2号)。俗に、管理職に残業代が支払われないいといわれるのは、このためです。

 残業代が支払われるのか/支払われないのかの分水嶺になることから、管理監督者への該当性は、しばしば裁判で熾烈に争われます。

 管理監督者とは、

「労働条件その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者」

の意と解されています。そして、裁判例の多くは、①事業主の経営上の決定に参画し、労務管理上の決定権限を有していること(経営者との一体性)、②自己の労働時間についての裁量を有していること(労働時間の裁量)、③管理監督者にふさわしい賃金等の待遇を得ていること(賃金等の待遇)といった要素を満たす者を労基法上の管理監督者と認めています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ」〔青林書院、改訂版、令3〕249-250参照)。

 本日の記事で考えてみたいのは、②自己の労働時間についての裁量の問題です。

 実務上、自己の労働時間について裁量を判断するにあたっては、

「当該労働者の始終業時間がどの程度厳格に取り決められ、管理されていたかが中心となる。特に、タイムカード等による出退勤の管理がされていたとか、遅刻、早退、欠勤等の場合に賃金が控除されていたかなどが問題となる」

(中略)

「そこで、日々の業務内容や、遅刻・欠勤等の場合の賃金控除の有無等の事情から、当該労働者に対する始業・終業時刻・勤務時間の遵守がどの程度厳格なものであったか、当日の業務予定や結果等の報告の要否、社外業務について上長の許可等の要否などの事情から、当該労働者において、業務遂行の方法や時間配分等に関する裁量の度合いがどの程度あったかを判断するのが相当」

だと理解されています(前掲『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ』253頁参照)。

 昨日ご紹介した、東京地判令3.3.17労働判例ジャーナル113-60 カーチスホールディングス事件は、①経営者との一体性だけではなく、②労働時間の裁量についても興味深い判断を示しています。何が興味深いのかというと、残業の傾向から労働時間についての裁量を否定しているところです。

2.カーチスホールディングス事件

 本件で被告になったのは、各種自動車・自動二輪車の売買・輸出入・仲介・斡旋の事業等を営む会社です。事業会社であるとともに、これらの事業を営む会社の持株会社でもあります。

 原告になったのは、被告との間で労働契約(本件労働契約)を締結し、経理業務等に従事していた方です。退職後、被告を相手取って、時間外勤務手当等を請求する訴訟を提起したのが本件です。

 在職中、原告は、財務経理部の課長職にあり、6~8名(派遣社員1名)を含む部下を管理する立場にあったことから、本件では、原告の管理監督者性が争点になりました。管理監督者への該当性は一般的な判断枠組に従って判断されていますが、②労働時間の裁量について、裁判所は、次のとおり判示し、これを否定しました。結論としても、原告の管理監督者への該当性を否定しています。

(裁判所の判断)

「原告が、本件請求期間中、基本的には午前9時までには出勤し、朝礼に参加し、朝礼の当番も割り振られていたこと・・・からすれば、用事がある場合などに割り振られた当番の変更が可能であったとしても、原告は、朝礼への参加を事実上求められていたことが推認される。また、原告が、決算前の時期には休日と申請していた土日も出勤し、それ以外の月も、月次締め作業や月次処理のために月初に残業が多くなる傾向にあったこと・・・からすれば、原告は、財務経理業務の繁閑に応じて残業をする必要があったものと認められる。そうすると、原告は、始業時刻及び終業時刻について制約があったものであり、自己の裁量で労働時間を管理することが許容されている立場にあったとは認められない。

「被告は、原告が遅刻をしているにもかかわらず欠勤控除されておらず、原告のタイムシートが厳格に管理されていなかったことや、休日を自由に決めることができたことから労働時間に裁量があった旨主張する。しかしながら、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、平成30年4月1日、7日、8日、15日、21日、22日、29日、同年9月9日、同年11月11日の遅刻はいずれも土日であり、原告がシフト表上は休日と申請した日に出勤したものであって、所定労働日の始業時刻に遅刻したものではないと認められるほか、同年9月21日、同年12月6日、14日、17日、28日は平日に遅刻しており、同年9月21日は午前11時45分に出勤しているものの、同年12月の遅刻はいずれも10分~30分に留まるものであるから、この程度の遅刻があったことは、前記アの認定を左右する事情とはいえない。また、原告のタイムシートはP2部長が月末に確認印を押印していたものであるが、前記アのとおり財務経理業務の繁閑に応じて残業をする必要があったことからすれば、厳格な管理をされていないことをもって、労働時間に裁量があったとはいえない。そして、被告の従業員の休日がいずれもシフトによって決定されていたことからすれば・・・、原告がシフト表で希望の休日を申請して取得していたとしても、労働時間に裁量があったことを裏付ける事情とはいえない。」

3.業務の繁閑・残業傾向からの立証

 冒頭に述べたとおり、労働時間の裁量の有無は、タイムカード等による出退勤管理の有無、賃金控除の有無、業務予定や結果等の報告の要否、上長の許可の要否等の事情に着目して行われるのが一般です。

 こうした状況のもと、裁判所は、残業傾向を根拠として、労働時間に裁量がないことを認めました。これは一つの特徴的な立証方法を示したものとして参考になります。管理監督者扱いされていても業務量に繁閑のある中で働いている人は、決して少なくないのではないかと思います。そうした方が管理監督者性を争い、残業代を請求するにあたり、本件は先例として活用できる可能性があります。

 

賃金額の決定権限と管理監督者性

1.管理監督者性

 管理監督者には、労働基準法上の労働時間規制が適用されません(労働基準法41条2号)。俗に、管理職に残業代が支払われないいといわれるのは、このためです。

 残業代が支払われるのか/支払われないのかの分水嶺になることから、管理監督者への該当性は、しばしば裁判で熾烈に争われます。

 管理監督者とは、

「労働条件その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者」

の意と解されています。そして、裁判例の多くは、①事業主の経営上の決定に参画し、労務管理上の決定権限を有していること(経営者との一体性)、②自己の労働時間についての裁量を有していること(労働時間の裁量)、③管理監督者にふさわしい賃金等の待遇を得ていること(賃金等の待遇)といった要素を満たす者を労基法上の管理監督者と認めています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ」〔青林書院、改訂版、令3〕249-250参照)。

 この①経営者との一体性は、①’経営への参画状況、②’労務管理上の指揮監督権、③’実際の職務内容といった要素から判断されています。

 本日の記事で考えてみたいのは、②’労務管理上の指揮監督権の内容です。

 ②’労務管理上の指揮監督権は、

「部下に関する採用、解雇、人事考課等の人事権限、部下らの勤務割等の決定権限等の有無・内容が重要視され、単に採用面接を担当しただけであったり、人事上の意見を述べる機会が与えられるだけであったりすると、管理監督者性が否定される傾向にある・・・。他方、最終的な人事権まではないが、その意向が反映されたことなどを理由に管理監督者性を肯定した事案もある」

と理解されています(前掲『労働関係訴訟の実務Ⅰ』251-252頁参照)。

 要するに、労務管理に形式的に関与しているだけでは不十分であるものの、最終的な人事権までは必須のものとはされていないということです。こうした曖昧性があることから、目下、どういった権限があれば②’労務管理上の指揮監督権が認められるのかが、実務上の関心事になっています。

 こうした議論状況のもと、この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令3.3.17労働判例ジャーナル113-60 カーチスホールディングス事件です。

2.カーチスホールディングス事件

 本件で被告になったのは、各種自動車・自動二輪車の売買・輸出入・仲介・斡旋の事業等を営む会社です。事業会社であるとともに、これらの事業を営む会社の持株会社でもあります。

 原告になったのは、被告との間で労働契約(本件労働契約)を締結し、経理業務等に従事していた方です。退職後、被告を相手取って、時間外勤務手当等を請求する訴訟を提起したのが本件です。

 在職中、原告は、財務経理部の課長職にあり、6~8名(派遣社員1名)を含む部下を管理する立場にあったことから、本件では、原告の管理監督者性が争点になりました。管理監督者への該当性は一般的な判断枠組に従って判断されていますが、①経営者との一体性について、裁判所は、次のとおり判示し、これを否定しました。結論としても、原告の管理監督者への該当性を否定しています。

(裁判所の判断)

「原告は、財務経理部の課長として、人事関係の業務として、財務経理部に所属する6~8名の従業員のシフトを取りまとめて提出し・・・、従業員が提出したタイムシートの上長確認欄に押印し・・・、一次考課者として人事考課を行っていた・・・ほか、希望職種を財務経理とする応募者14名について一次面接を担当していた・・・。このうち、採用面接については、原告が不合格と判断した9名についていずれも採用に至っていないことからすれば、採用面接に関し、一定の実質的な権限を有していたといえる。もっとも、従業員の賃金額に関しては、原告は採用に関して一次面接を担当したにとどまり、採用する際の賃金額等の労働条件の決定に関与していたとは認められず、また、財務経理部所属の従業員の人事考課について一次考課を担当しているものの、二次考課者であるP2部長の評価も踏まえた最終評価としての賃金額の決定に関与していたと認めるに足りる証拠はないことからすれば、賃金額の決定について実質的な権限があったとは認められない。また、財務経理部の従業員のシフト表を取りまとめて提出することは、事務的な業務であって、重要な職務や権限であるとはいえないほか、タイムシートの上長確認欄に原告が押印していることから、財務経理部に所属する従業員のタイムシートが原告に提出され、その確認を行っていたことは認められるものの、原告にタイムシートが提出された後、少なくともタイムシートの実績については上司である財務経理部部長のP2部長にも報告して承認を得た上、人事部に提出されていたこと・・・からすると、タイムシートの申請に対する事務的な確認以上に、実質的な権限があったと認めるに足りる証拠はない。」

「原告は、財務経理部の課長として、監査法人との監査報告会や経営者ディスカッションに出席していたと認められるが・・・、平成30年11月7日の監査報告会以外はP2部長を含む役員とともに出席していたものであり、原告は自身の担当する財務経理業務について必要な発言や対応をしていたとしても、最終的な決定権限はP2部長又は被告の他の役員にあったと解され、原告に財務経理に関して決定権限があったとは認められない。また、本件リース契約についてP5部長から相談を受けて対応しているものの・・・、財務経理部として会計処理に関する検討をしていたものであって、原告自身が本件リース契約の内容や、締結の是非等の経営上の決定に関与していたとは認められず・・・、アガスタの会計処理に関しても、親会社の財務経理部として必要な対応を検討したものであり、これについてはP2部長の指示の下で、監査法人やアガスタの取締役であるP5部長と対応を協議していたものである。このほか、原告は経営会議には一回しか出席しておらず、取締役会についても資料の準備をする程度の関与をしたのみであった・・・。」

「以上によれば、原告は、被告の財務経理部において、採用面接や、財務経理部に所属する従業員の一次考課を行い、タイムシートの申請を受ける業務をしており、このうち、採用面接については実質的な権限を有していたと認められるが、これは、使用者の人事権の一部に過ぎず、その他の業務内容に照らしても、基本的には財務経理業務を担当していたものであり、原告が経営上の事項について実質的な決定権限を有していていたものとは認められないことからすれば、労働時間規制の枠を超えた活動を要請されざるを得ない重要な職務や権限を有していたとか、その責任を負っていたとまでは評価できず、実質的に経営者と一体的な立場にあるといえるだけの重要な職務と責任、権限があったとは認められない。

「なお、被告は、P2部長が取締役兼執行役等を務め、数多くの部署に所属して業務を執行していることから、実質的には原告が財務経理部のトップの責任者であり、経営者と一体的な立場にあるといえるだけの重要な職務と責任、権限を有していた旨主張する。しかしながら、上記のとおり、監査法人との会議や、アガスタの会計処理等、原告がP2部長の指示の下で業務を行っていたことが認められることや、原告が人事労務管理について実質的権限を有していたと認められるのが一部業務に過ぎないことからすれば、原告が財務経理部のトップであるとは直ちに評価し難いこと、財務経理部が被告において重要な部署であり、原告が日々の財務経理業務について一定の権限を有していたとしても、そのことから直ちに経営上の事項について実質的権限を有しているとは評価できないことからすれば、被告の主張は採用できない。」

 3.賃金額の決定権限に注目された例

 「経営者との一体性」「労務管理上の指揮監督権」といった概念は、曖昧かつ難解なものです。これを具体化する指標として、他の労働者の賃金額を決定する権限に焦点を当てた判断がなされたことは注目に値します。

 管理監督者扱い(残業代の出ない扱い)をされていても、他の労働者の賃金額を決定する権限までは持っていないという方は少なくないのではないかと思います。そうした方が管理監督者性を争うにあたり、本件は有意義な先例として機能する可能性があります。