弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

配送業務従事者の労働者性が問題になった事案

1.フリーランスの法律問題

 第二東京弁護士会では、フリーランス・トラブル110番という事業を行い、フリーランスの方からの法律相談に応じています。

フリーランス・トラブル110番

 法律相談は多数の弁護士が持ち回りで担当しています。私も相談担当弁護士の一人として、フリーランスの方からの法律相談を受けています。

 相談を担当・集計していて思うことの一つに、配送業者の方からの相談の多さを挙げることができます。業務委託料が安すぎる、休めない、契約を切られた、交通事故を起こして多額の損害賠償を請求された、途中解約に多額の違約金の定めがあって辞めたくても辞められないなど、相談の内容は多岐に渡ります。

 こうした悩みは、労働者性を主張することができれば、一定程度解決します。

 例えば、最低賃金を割るような水準の業務委託料が設定されていることに対しては、最低賃金法の適用を主張することが考えられます。休めないという問題に対しては、労働基準法34条(休憩)、35条(休日)、39条(年次有給休暇)の適用が考えられます。契約を切られたことに対しては、労働契約法16条(解雇)の適用が考えられます。損害賠償請求に対しては、使用者から労働者への損害賠償を一定の限度に制限する判例法理の適用が考えられます。退職に伴う違約金の定めに関しては、労働基準法16条(賠償予定の禁止)の適用が考えられます。

 このように雇用類似の働き方をしている人の保護を考えるにあたっては、労働法を適用することができるのかが重要な意味を持っています。

 こうした観点から、配送業務従事者の労働者性に対して強い関心を持っていたところ、近時公刊された判例集に、この点が争われた裁判例が掲載されていました。東京地判令2.11.24労働判例ジャーナル110-42 ロジクエスト事件です。

2.ロジクエスト事件

 本件は一審簡裁の控訴審事件です。

 原告・控訴人になったのは、業務委託契約書を交わしたうえ、被告・被控訴人から依頼を受けて配送業務に従事していた方です。労働者であるにもかかわらず、被告・被控訴人から違法に解雇されたなどと主張して、損害賠償を求める訴訟を提起しました。

 一審裁判所が請求を全部棄却する判決を言い渡したことを受け、これを不服とした原告が控訴したのが本件です。

 本件の主な争点は、労働法を適用する前提となる労働者性を原告・控訴人に認めることができるのかでした。

 原告・控訴人は、

「〔1〕本件会社の求人広告に「手取り保障」や「交通費の支給」、本件会社のホームページに1日6時間から、日曜祝日手当有りとの記載があること、

〔2〕日曜日、祝日は1100円の時給が加算されていること、

〔3〕土日のみ働くとの内容のシフト表を提出した際、週3日は働かなければならないと言われ、週3日働くとのシフト表を提出し直さなければならなかったこと、

〔4〕本件契約書には、業務委託を遂行するに当たり、本件会社所有のエコキャリーバック、エコキャリーカート、ユニフォームを借り受け使用するとの記載があること、

〔5〕本件会社から、配達先に対し電車で配送していると言わない旨、また、髭を生やしてはいけない、身だしなみを改善しなければならない旨指導されていたこと

などからすれば、本件契約は、労働契約に当たる。」

と主張し、自らの労働者性を主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告・控訴人の主張を排し、その労働者性を否定しました。

(裁判所の判断)

 「控訴人は、・・・本件契約が労働契約に当たる旨主張する。」

「しかし、本件契約は、配送業務に関する基本契約であり、個別の配送業務については、本件会社が業務があれば発注することとなっており、控訴人にその発注についての諾否の自由があるものと認められる・・・。控訴人は、週3日働く旨のシフト表を提出し直さなければならなかったと主張するが、これを裏付ける証拠はないし、仮に控訴人が週3日働く旨のシフト表を本件会社の要望に応じて提出し直したことがあったとしても、もともとの募集が週3日以上を前提としていたこと・・・に照らせば、これをもって控訴人の諾否の自由がないとは直ちにいえない。」

「また、本件契約において、控訴人は、業務の遂行に当たり、本件業務の性質上最低限必要な指示以外は、業務遂行方法等について裁量を有し自ら決定することができることとされている・・・。そして、控訴人は、配送業務の遂行に当たり、本件会社の社名やロゴが入ったエコキャリーバック、エコキャリーカート、ユニフォームを使用しているが、これは円滑な業務遂行を目的としたものである可能性がある以上、控訴人の労働者性を基礎付けるものとはいえない。また、仮に控訴人が身だしなみについて注意されたことがあったとしても、社会通念に照らして、業務の性質上当然に注意されるべき事柄であるから、これをもって控訴人の労働者性を基礎付けるものとはいえない。」

「そして、本件契約の料金は、配送距離に応じた単価に個々の件数を乗じて算出するものであり・・・、労務提供時間との結び付きは弱いものであるといえる。そして、本件会社については『日曜祝日手当』が支給されていたことは争いがないが、日曜祝日に委託を受注する業者が少ないこととの関係で単価を上げざるを得なかった可能性がある以上、これをもって、控訴人の労働者性を基礎付けるものとはいい難い。本件会社の募集広告に『1時間当たり850円の手取り保障」『フリー切符代1日1590円支給』との記載があるが・・・、これらの条件は『勤務開始後1ヶ月間の特典』・・・という一時的なものであったことからすれば、これをもって控訴人の労働者性を基礎付けるものとはいえない。
「このほか控訴人が労働者性を基礎付けるものとして主張する事実を裏付ける証拠はない。控訴人の主張する事情をもってしても控訴人が労働者であると認めるには足りず、そのほか労働者性を認めるに足りる的確な証拠もない。」

「したがって、控訴人の上記主張を採用することはできない。」

 3.労働者性の消極事案ではあるが・・・

 上述のとおり、裁判所は、原告に労働者性は認められないと判示しました。

 これは労働者側敗訴の事案ではありますが、労働者性判断のポイントとなる評価項目や評価の仕方がどのようなものなのかを知るうえで参考になります。

 また、本裁判例は、あくまでも原告・控訴人について労働者性を否定したにすぎません。原告以外の他の配送業務従事者に訴訟提起した場合に、実体に応じて別異の判断が出る可能性は否定できません。

 本件での結論は消極でしたが、これは配送業務従事者がおよそ労働者ではないと判示したものではありません。配送業者だから自動的にダメだということはないので、気になる方は、冒頭のフリーランス110番への利用のほか適宜の方法で、自分が労働者に該当しないのかを、弁護士に相談してみてもいいように思われます。

運転手の労働時間:待機時間は労働時間か?

1.運転手の労働時間のカウント

 昨日、運転手の方の車庫(駐車場)~送迎先の移動時間が労働時間に該当するのかという話をしました。

運転手の労働時間:車庫~送迎先への移動時間は労働時間か? - 弁護士 師子角允彬のブログ

 しかし、運転手の労働時間のカウントで揉めやすいのは、これだけではありません。対象者を送って行って次の場所に移動するまでの待機時間も、しばしば労働時間への該当性が争われます。

 昨日ご紹介した、東京地判令2.11.6労働判例ジャーナル110-44 ラッキー事件は、この論点との関係でも、有益な判示をしています。

2.ラッキー事件

 本件は、いわゆる残業代請求事件です。

 本件で被告になったのは、不動産売買及び仲介等を目的とする株式会社らです(被告会社)。

 原告になったのは、被告C(被告会社において会長と称されていた者)の専属運転手として稼働していた方です。被告を退職した後、時間外勤務手当等の支払いを求める訴えを提起しました。

 本件の争点は多岐に渡りますが、その中の一つに労働時間の問題があります。

 被告Cを送り先から次の送り先に送っていくまでの待機時間について、原告は、

「待機時間中に被告Cからの指示があれば、その指示に従って直ちに被告Cが指定する場所に向かわなければならなかった。しかも、被告Cは、迎えの時刻を具体的に指定することはなかったから、原告は、本件車両を離れることができず、常にスマートフォンで被告Cからの指示があったかどうかを確認しなければならない状態にあった。」

と主張し、待機時間も労働時間に該当すると主張しました。

 これに対し、被告会社は、

「原告は、通常、午前10時までには被告Cを被告会社に送り届けており、午前10時から午後1時までは、被告Cから特段の指示がない限り、原告の休憩時間とされ、原告は、原告の居宅(以下『原告宅』という。)で自由に過ごしていた。したがって、午前10時から午後1時までの3時間は、被告Cから特段の指示があった場合を除いて被告会社の指揮命令下にはなかった。」

「また、被告Cは、夜間(夕刻以降)は、原告の送迎によって目的地へ到着した際には、次の予定が不明であるといった事情がない限り、原告に対し、次に被告Cの送迎に来るべき時刻と場所を告げた上で、それまでの間は休憩するよう指示していた。そして、原告は、実際に、被告Cから同指示を受けたときは、次の送迎までの時刻は自由に過ごしていた。被告Cが同指示をした場合は、原告は、被告会社の指揮命令下にはなかった。」

と主張し、待機時間の労働時間性を争いました。

 しかし、裁判所は、次のとおり判示し、待機時間の大部分について、労働時間性を認めました。

(裁判所の判断)

「まず、原告が本件車両内で待機していた場合については、被告Cから各送迎先での迎えの時刻について指示されることはほとんどなく、また、その指示があったとしても、指示の内容が前倒しに変更されることもそれなりにあり・・・、原告としてはいつ被告Cから迎えの指示がされるか明らかではないことが常態化したといえる。そして、原告は、このような被告Cの指示に対応するために、本件車両を駐車場に駐車することなく、路上等に駐停車して本件車両内で待機せざるを得なかった・・・。このような状況であったことからすれば、原告が本件車両内で待機していた場合については、待機時間の長短にかかわらず、また、被告Cから迎えの時刻について指示があったときも含めて、原告について待機時間の自由な利用が保障されていたとはいい難く、原告は被告会社の指揮命令下にあったというべきである。

「よって、原告が本件車両内で待機していた時間については全て労働時間に当たるといえる。」

「次に、原告が本件車両外で待機していた場合については、原告は、被告Cを被告事務所に送った後、本件駐車場に本件車両を駐車し、その後は、被告事務所に被告Cを迎えに行くまでは、本件居宅等で待機するなどしていたところ・・・、被告Cから事前又は待機開始後速やかに迎えの時刻について指示があり、その時刻に被告Cを迎えに行けば足りることが多かったといえる・・・。もっとも、事前又は待機開始後速やかに同指示がないことも相当程度あったほか、同指示があったとしても、指示の内容が前倒しに変更されることもそれなりにあり、いつ被告Cから迎え時刻についての指示がされるか明らかではないことも一定程度あったといえる・・・。」

「そうすると、原告が本件車両外で待機していた時間については、その一部について、待機時間の自由な利用が保障され、被告会社の指揮命令下から離れていたというべきであり、原告が本件車両外で待機していた時間の長さ・・・も勘案すると、各稼働日ごとに1時間は労働時間に当たらない時間があったと認めるのが相当である。

3.運転手の方の残業代は跳ねやすい

 運転手の方で、車庫~送迎先への移動時間や待機時間を、労働時間としてカウントしてもらえていない方は、割と良く目にします。

 こうした場合、移動時間や待機時間の労働時間性が認められると、残業代は跳ねあがる傾向にあります。本件でも、割増賃金部分だけで896万3920円もの金額が認められています。同額の付加金請求も認められているため、遅延損害金を合わせると、認容額は2000万円近くにまで及びます。

 移動時間や待機時間を労働時間としてカウントしない扱いがとられていることに疑問をお感じの運転手の方は、これらを労働時間としてカウントすると、どれくらいの時間外勤務手当等を請求できるのかを、調べてみても良いのではないかと思います。

 

運転手の労働時間:車庫~送迎先への移動時間は労働時間か?

1.通勤時間か労働時間か

 通勤時間は原則として労働時間に該当しません。しかし、勤務先営業所と用務先の移動時間は「通常は移動に努めることが求められているのであり、業務から離脱し、自由利用することが認められていないから、自由利用が可能であったとする特段の事情がない限り、労働時間になる」と理解されています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務』〔青林書院、初版、平29〕107頁参照)。

 このように通勤時間と用務先への移動時間は、概念的には区別されています。

 しかし、職種によっては、両者の区別が曖昧であることも少なくありません。例えば、自動車運転手です。自動車運転手は、車庫を経由して、送迎先に向かいます。この車庫~送迎先への移動に要する時間は、通勤時間なのでしょうか、それとも、労働時間に該当するのでしょうか?

 近似公刊された判例集に、この問題が争われた裁判例が掲載されていました。東京地判令2.11.6労働判例ジャーナル110-44 ラッキー事件です。

2.ラッキー事件

 本件は、いわゆる残業代請求事件です。

 本件で被告になったのは、不動産売買及び仲介等を目的とする株式会社らです(被告会社)。

 原告になったのは、被告C(被告会社において会長と称されていた者)の専属運転手として稼働していた方です。被告を退職した後、時間外勤務手当等の支払いを求める訴えを提起しました。

 本件の争点は多岐に渡りますが、その中の一つに労働時間の問題があります。

 出庫~迎え先、送り先~帰庫の移動時間について、原告は、

「被告Cの専属運転手であった原告が業務を開始するためには本件車両が駐車されている場所に行って運転を開始する必要があり、業務を終了するためには同所に本件車両を戻す必要があるから、出庫も帰庫も業務遂行に必要な行為である。」

として、これを労働時間だと主張しました。

 しかし、被告会社は、

「原告の業務は、被告Cを送迎することであったから、本件車両で被告Cの自宅・・・に被告Cを迎えに行くところから始まった。被告Cの指示は、被告Cが指定した時刻(通常は午前9時30分)にC宅に迎えに来るようにというものであった。原告が本件車両に乗車してからC宅に到着するまでの間については、原告は、被告Cが指定した時刻に間に合えばいつ本件車両に乗車してもよく、被告Cの指揮命令下にはなかったから、その間は労働時間には当たらない。したがって、始業時刻は、被告Cが指定した時刻、すなわち、原告がC宅に到着した時刻・・・である。」

「また、始業時刻と同様に、原告が被告CをC宅に送り届けた後は、原告は被告Cの指揮命令下にはなかったから、労働時間には当たらない。したがって、終業時刻は、被告CをC宅に送り届けた時刻・・・とすべきである。」

として、これを争いました。

 この問題について、裁判所は、次のとおり判示し、出庫・帰庫時間の労働時間性を認めました。

(裁判所の判断)

・始業時刻について

「原告は、本件車両の運転手として被告CをC宅や被告事務所その他の各用務先の間で送迎していたところ・・・、本件車両を運行するため、本件車両を本件駐車場等に取りに行き、同所で本件車両に乗車してC宅に向けて運転を行うことは、被告Cの専属の運転手として被告Cの送迎を行うという原告の業務の遂行のために必要不可欠な行為である。したがって、原告が本件車両を運転して本件駐車場等を出た時刻・・・からは、原告は被告会社の指揮命令下にあったといえるから、同時刻が原告の始業時刻と認められる。

・終業時刻について

「原告は、被告Cが一日の用務を終えて被告CをC宅に送り届けた後、本件車両を運転し、給油をした上で、本件駐車場等に駐車させているところ・・・、運行した本件車両を本件駐車場等に戻す行為や給油をする行為は被告Cの専属の運転手として被告Cの送迎を行うという原告の業務のために必要不可欠な行為である。」

「したがって、原告が本件駐車場等に本件車両を駐車するまでの間、原告が被告会社の指揮命令下に置かれていたといえるから、原告が本件車両を運転して本件駐車場等に本件車両を駐車させた時刻・・・が終業時刻と認められる。

3.出庫・帰庫時間で案外金額が伸びることがある

 私自身の実務経験に照らすと、専属運転手の方は、対象者の自宅以外の場所に迎えに行ったり、対象者を自宅以外の離れた場所に送ってから帰庫したりしていることも少なくないように思います。会社が用意した車庫(駐車場)と対象者の自宅との間が結構離れていることもあります。そのため、出庫・帰庫時間が労働時間に該当するのか否かで、金額に相当な差が生じることがあります。

 出庫・帰庫時間が労働時間としてカウントされてない会社にお勤めの方は、こうした裁判例を根拠に、時間外勤務手当等を請求することを検討してみても良いかも知れません。当事務所でも、随時、ご相談をお受け付けしています。

 

シフト制労働者-シフトに入れろと要求できるか?

1.シフトに入れてもらえない問題

 シフト制の労働者の脆弱性の一つに、使用者からシフトに入れてもらえなくなることがあります。

 現行法制上、稼働しなかった日に対応する賃金は、支払われないのが原則です。例外として、使用者の「責めに帰すべき事由」(民法536条2項)によって労務を提供できなくなった場合に限り、賃金を請求できます。

 しかし、使用者からシフトに入れてもらえなければ、そもそも労務提供義務自体が発生しません。労務提供義務がないときに労務を提供しなかったからといって、賃金が発生することはありません。このようにして、シフト制の労働者は、解雇されなくても、シフトに入れてもらえないことにより、生活の糧を失ってしまいます。

 こうした場合、労働者にどのような対抗措置が考えられるのかは、従来から議論されてきました。

 代表的な法構成は二つあります。

 一つは、最低シフト数(所定労働日数)の合意を導き出すことです。契約書に明確に定められていなかったとしても、合理的な意思解釈によって、労使間で最低シフト数が合意されていたとする理論構成です。最低シフト数の合意を導き出すことができれば、そのシフト数に満つるまで稼働できなかったことは、使用者の責めに帰するべき事由によることになります。この法律構成を採用した裁判例(横浜地判令2.3.26労働判例1236-91 ホームケア事件)が、近時出現したことは、以前、このブログでも紹介させて頂いたとおりです。

シフトに入れてもらえないという問題への解決策 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 もう一つは、シフトに入れずに労働者を干すことが、使用者に認められている裁量を逸脱・濫用しているという法律構成です。近時公刊された判例集に、この法律構成を採用した裁判例が掲載されていました。東京地判令2.11.25 労働経済判例速報2443-3 有限会社シルバーハート事件です。

2.有限会社シルバーハート事件

 本件で原告になったのは、介護事業及び放課後児童デイサービス事業を営む有限会社です。

 被告になったのは、原告に雇用された労働者です。雇用契約書に「シフトによる。」と明記されいてるシフト制の労働者で、労働組合に加入していました。配転をめぐる紛争が発生し、原告から、

「原告の被告に対する、勤務時間及び勤務地限定合意に基づき週3日・1日8時間・合計24時間、原告の介護事業所に限定して労務を提供させる債務」

などの複数の債務が存在しないことの確認を求める訴えを提起されました。

 これに対し、被告は、

「本件労働契約を締結した際、週3日・1日8時間・合計24時間で就労場所を原告のQ2事業所(介護事業所)とする内容で合意」が存在した、

このような合意が存在するとは認められないにしても「原告が、平成29年8月及び同月9月に被告のシフトを不当に削減し、同月10月以降はシフトに全くは入れていないことは使用者の権利の濫用であり違法、無効であり、原告の責めに帰すべき事由により就労ができなかったものであるから、以下のとおり、直近3カ月間の月額賃金との平均額との差額を支払うべきである。」

と主張し、未払賃金の支払等を求める反訴を提起しました。

 この事件の最大の特徴は、

「本件労働契約において、勤務時間について週3日、1日8時間、週24時間、勤務地について介護事業所、職種につき介護職とする合意があったとは認められない。」

と最低シフト数の合意を明確に否定しながら、シフト決定権限の濫用を認めている部分です。

 裁判所の判示は、次のとおりです。

(裁判所の判断)

「前記・・・のとおり、本件労働契約において勤務時間につき週3日、1日8時間、週24時間とする合意があったとは認められず、毎月のシフトによって勤務日や勤務時間が決定していたことからすれば、適法にシフトが決定されている以上、被告は、原告に対し、シフトによって決定された勤務時間以外について、原告の責めに帰すべき事由によって就労できなかったとして賃金を請求することはできない。しかしながら、シフト制で勤務する労働者にとって、シフトの大幅な削減は収入の減少に直結するものであり、労働者の不利益が著しいことからすれば、合理的な理由なくシフトを大幅に削減した場合には、シフトの決定権限の濫用に当たり違法となり得ると解され、不合理に削減されたといえる勤務時間に対応する賃金について、民法536条2項に基づき、賃金を請求し得ると解される。

「そこで検討すると、被告の平成29年5月のシフトは13日(勤務時間73.5時間)、同年6月のシフトは15日(勤務時間73.5時間)、7月のシフトは15日(勤務時間78時間)であったが、同年8月のシフトは、同年7月20日時点では合計17日であったところ、同月24日時点では5日(勤務時間40時間)に削減された上、同年9月のシフトは同月2日の1日のみ(勤務時間8時間)とされ、同年10月のシフト以降は1日も配属されなくなった・・・。同年8月については変更後も5日(勤務時間40時間)の勤務日数のシフトが組まれており、勤務時間も一定の時間が確保されているが、少なくとも勤務日数を1日(勤務時間8時間)とした同年9月及び一切のシフトから外した同年10月については、同年7月までの勤務日数から大幅に削減したことについて合理的理由がない限り、シフトの決定権限の濫用に当たり得ると解される。

「この点、原告は、被告が団体交渉の当初から、児童デイサービス事業所での勤務に応じない意思を明確にしたことから、被告のシフトを組むことができなくなったものであり、被告が就労できなかったことは原告の責めに帰すべき事由によるものではない旨主張する。」

「しかしながら、第二次団体交渉が始まったのは同年9月29日であるところ、被告が児童デイサービスでの半日勤務に応じない旨表明したのは同年10月30日で、一切の児童デイサービスでの勤務に応じない旨表明したのは平成30年3月19日であり・・・、平成29年9月29日時点で被告が一切の児童デイサービスでの勤務に応じないと表明していたことを認めるに足りる証拠はない。」

「そして、原告はこの他にシフトを大幅に削減した理由を具体的に主張していないことからすれば、勤務日数を1日とした同年9月及びシフトから外した同年10月について、同年7月までの勤務日数から大幅に削減したことについて合理的な理由があるとは認められず、このようなシフトの決定は、使用者のシフトの決定権限を濫用したものとして違法であるというべきである。

「一方、被告は、同年10月30日の第2回団体交渉において、児童デイサービスでの半日勤務には応じない旨表明しているところ・・・、このような被告の表明により、原則として半日勤務である放課後児童デイサービス事業所でのシフトに組み入れることが困難になるといえる。そして、前記・・・のとおり、被告の勤務地及び職種を介護事業所及び介護職に限定する合意があるとは認められないところ、被告の介護事業所における勤務状況・・・から、原告が被告について介護事業所ではなく児童デイサービス事業所での勤務シフトに入れる必要があると判断することが直ちに不合理とまではいえないことからすれば、同年11月以降のシフトから外すことについて、シフトの決定権限の濫用があるとはいえない。」

「そうすると、被告の同年9月及び10月の賃金については、前記シフトの削減がなければ、シフトが削減され始めた同年8月の直近3か月(同年5月分~7月分)の賃金の平均額を得られたであろうと認めるのが相当であり、その平均額は、以下のとおり、6万8917円である。」

3.シフト決定権限の濫用

 シフト決定権限の濫用という法律構成は、概念上は考えられてきましたが、裁判例において実際に採用されたという例は、あまり聞かれませんでした。そうした状況のもと、東京地裁労働部が、シフトから干すという問題について、シフト決定権限の濫用という法律構成を採用したことは、極めて画期的なことです。

 今後、シフト制の労働者は、シフトに入れてもらえない問題に対し、ホームケア事件とともに、この裁判例を積極的に活用して行くことが考えられます。

 

 

教師の生徒に対するわいせつ行為に対する処分量定-退職手当全部不支給処分が適法とされた例

1.教師のわいせつ行為に対する処分量定

 教師のわいせつ行為に対する処分量定は、かなり厳しいものになっています。

 例えば、東京都教育委員会の

「教職員の主な非行に対する標準的な処分量定」

では、

同意の有無を問わず、直接陰部、乳房、でん部等を触わる、又はキスをした場合」

原則として懲戒免職になることが定められています。

教職員の主な非行に対する標準的な処分量定|東京都教育委員会ホームページ

 成人に近い年齢の生徒と同意のうえで行為に及んだとしても、処分量定は懲戒免職が標準となります。懲戒免職処分は退職手当の不支給と紐づけられており(東京都職員の退職手当に関する条例17条1項1号参照)、懲戒免職処分になると原則として退職手当は全部不支給になります(東京都職員の退職手当に関する条例の解釈及び運用方針参照)。

 近時公刊された判例集にも、教師の生徒に対するわいせつ行為の処分量定の厳しさがうかがわれる裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令2.12.11労働判例ジャーナル110-36 東京都・都教委事件です。

2.東京都・都教委事件

 本件は都立高校の教諭が、懲戒免職処分及び退職金全部不支給処分の取消を求めて裁判所に出訴した事件です。

 懲戒免職処分・退職金全部不支給処分を受けたのは、生徒である女子生徒と不適切な内容のLINEメッセージを送信したほか、個別指導時に多数回に渡りキス行為をしたからです。原告の主張の骨子は、懲戒事由の認定に誤りがあるほか、処分が重すぎるというものです。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、退職金全部不支給処分に問題はないと判示しました。

(裁判所の判断)

「原告は本件懲戒免職処分を受けて退職した者に当たるところ、本件運用方針・・・によれば、退職手当等の全部を支給しないことが原則となる・・・。そして、本件運用方針・・・では、懲戒免職処分を受けた者につき退職手当等の一部を支給しない処分にとどめることができる非違の内容及び程度を限定列挙し、しかも、その場合であっても、公務に対する都民の信頼に及ぼす影響に留意して慎重な検討を行うものとする旨定めている・・・。」

「本件非違行為は前記・・・のとおりであって、列挙されている事由のいずれかに該当すると認めることはできないから、本件運用方針によれば、本件において例外的に退職手当等の一部を支給しない処分にとどめる余地はないことになる。また、原告は教育公務員として高度の倫理性が求められる職務を担当する責任ある立場であるにもかかわらず、前記・・・のとおり、約7か月間にわたり、本件高校の教室内で個別指導の際、当時本件高校第2学年で未成年であった本件生徒に対しキス行為を少なくとも合計30回繰り返し、さらには路上でもキス行為をし、生徒との間の私的な連絡を禁止されていたにもかかわらず、本件生徒に対し不適切なLINEのメッセージを繰り返し送信したのであり、本件非違行為の内容及び程度は重大で、また、本件非違行為が公務に対する信頼に及ぼす影響は大きいといわざるを得ない。そして、被告での勤続期間が臨時的任用教員であった期間を含めても平成28年4月1日から平成30年9月25日までの2年6か月にとどまること・・・などを併わせ考慮すると、本件不支給処分が社会通念上著しく妥当を欠き、都教育員会の裁量権の範囲を逸脱し、又はその濫用があったということはできない。」

「以上に対し、原告は、〔1〕本件生徒とのキス行為に関しては本件生徒の思わせぶりな行動があり、〔2〕当時原告は多忙な勤務のためうつ病及び双極性障害にり患し、正常な判断を行うことが著しく困難な状況下で断り切れずに応じてしまった、〔3〕本件生徒は成人に近い年齢であったなどの事情を参酌すべきと主張する。」

「しかし、原告の上記主張〔1〕のような事実を認めるに足りる的確な証拠はなく(かえって、比較的長期間にわたって多数回キス行為を繰り返したこと、原告と本件生徒との間のLINEのやり取りや原告の本件生徒に対する謝罪文の内容等・・・からすれば、原告は積極的に本件キス行為に及んだことが推認される。)、仮にそのような事実があったとしても、本件高校の教員として本件生徒を指導する立場にあった原告においてキス行為を多数回繰り返したことを正当化する事情には到底なり得ず、参酌すべき事情といえない。また、原告の上記主張〔2〕については、原告は、平成29年9月から平成30年6月7日までの間に、精神科に通院したり精神的な不調を理由に休暇の取得を申し出たり、実際に休暇を取得したりしたことはなく・・・、また、同月9日に精神科を受診した際に、原告は、医師に対し、同月7日、保護者からのクレームがあり、そこからゆううつ感、不安感、意欲低下、食欲不振といった症状が出現した旨申告したことからすれば・・・、原告の抑うつ状態が出現したのは、本件生徒の親が本件非違行為につき申告をした日である同日以降であると認められ、同日以前に、抑うつ状態であった事実を認めるに足りる証拠はない。さらに、原告の上記主張〔3〕については、本件生徒は原告自らが指導する対象者であり、かつ未成年であることからすれば、本件生徒の年齢は前記・・・の判断を覆すに足りない。

「したがって、本件不支給処分が社会通念上著しく妥当を欠き、都教育委員会の裁量権の範囲を逸脱し、又はその濫用をした違法があったということはできないから、本件不支給処分には取り消すべき違法性はないこととなる。」

3.どちらから迫ったのかも年齢も関係ない

 上述のとおり、裁判所は、仮に生徒からの思わせぶりな態度があったとしても、それはキス行為を正当化する事情には到底なり得ないと判示しました。また、対象者の年齢も、自ら指導する未成年の生徒である以上、処分量定を減じる理由にはならないとしました。

 教師の生徒に対するわいせつ行為に対して、裁判所は重大な処分を許容しやすい傾向にあります。比較的多くの事案でなされる、思わせぶりな態度をとられた、同意があった、成人と遜色ない年齢であったなどの弁解は、刑事処分との関係では意味を持っても、懲戒処分との関係では、殆ど意味を持ちません。

 圧倒的多数の教師は生徒に恋愛感情を持つことはないわけですが、処分量定が重く、弁護も困難であるため、異性に接する時、教師の方は、常に自分の立場を意識しておく必要があります。

 

公務員の懲戒処分は審査請求期間に注意-病気でも救済はない

 1.審査請求前置

 公務員が懲戒処分の効力を争う場合、裁判所に訴訟を提起するに先立って、審査請求という行政不服申立をしておく必要があります。

 これについては、国家公務員に関しては、国家公務員法92条の2が、

「第八十九条第一項に規定する処分であつて人事院に対して審査請求をすることができるものの取消しの訴えは、審査請求に対する人事院の裁決を経た後でなければ、提起することができない。

と規定しています。

 地方公務員に関しては、地方公務員法51条の2が、

「第四十九条第一項に規定する処分であつて人事委員会又は公平委員会に対して審査請求をすることができるものの取消しの訴えは、審査請求に対する人事委員会又は公平委員会の裁決を経た後でなければ、提起することができない。

と規定しています。

 ここで注意しなければならないのは、審査請求の期間が3か月と極めて短く設定されていることです(国家公務員法90条の2、地方公務員法49条の3参照)。3か月というのは、割とあっという間で、審査請求をしないまま、この期間が過ぎてしまうと、懲戒処分の取消訴訟を提起しても、不適法却下されてしまいます。

 この点、裁判所はドライであり、滅多なことでは救済はされません。近時公刊された判例集にも、その片鱗を見ることができる裁判例が掲載されていました。東京地判令2.12.11労働判例ジャーナル110-36 東京都・都教委事件です。

2.東京都・都教委事件

 本件は都立高校の教諭が、懲戒免職処分及び退職金全部不支給処分の取消を求めて裁判所に出訴した事件です。

 懲戒免職処分・退職金全部不支給処分を受けたのは、生徒である女子生徒と不適切な内容のLINEメッセージを送信したほか、個別指導時に多数回に渡りキス行為をしたからです。原告の主張の骨子は、懲戒事由の認定に誤りがあるほか、処分が重すぎるというものです。

 しかし、原告の方は、訴訟提起に先立ち、懲戒免職処分への審査請求を前置していませんでした。審査請求をしなかった経緯について、原告は、

「平成30年6月11日にうつ病及び双極性障害を発症し少なくとも平成31年3月15日までその症状が継続し、審査請求の期限である平成30年12月25日時点においても審査請求をすることが現実的に困難な状況であった。・・・また、原告がうつ病及び双極性障害を発症した原因が過酷な勤務実態にあることからすれば、原告が審査請求をできなかったことをもって本件懲戒免職処分の取消しの訴えを不適法とすることは勤労者の権利保障の観点からも著しく正義に反するというべきである。

と主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、懲戒免職処分に係る取消訴訟を不適法却下sました。

2.裁判所の判断

「地公法51条の2、49条1項は、懲戒その他その意に反すると認める不利益な処分であって人事委員会に対して審査請求をすることができるものの取消しの訴えは、審査請求に対する人事委員会の裁決を経た後でなければ、提起することができない旨定めている。本件懲戒免職処分は、上記の懲戒その他その意に反すると認める不利益な処分に当たるところ、前記第・・・のとおり、原告は、被告の人事委員会に対して本件懲戒免職処分を不服とした審査請求をせず同委員会の裁決を経ないまま、本件懲戒免職処分の取消しの訴えを提起している。」

「したがって、本件懲戒免職処分の取消しの訴えは審査請求前置の要件(行訴法8条1項ただし書)を充足していない。」

「以上に対し、原告は、・・・主張欄記載のとおり、平成30年6月11日にうつ病及び双極性障害を発症し、少なくとも平成31年3月15日までその症状が継続していたから、地公法51条の2、49条1項適用の前提である適正な判断能力を欠いていたし、また、審査請求をすることが現実的に困難な状況であったとして、地公法51条の2及び同法49条1項の適用がないなど主張する。
原告主張の趣旨は必ずしも明らかではないが、地公法51条の2、49条1項がうつ病及び双極性障害を発症していないことをその適用要件としているとの趣旨であるとすれば、そうとは解せられない。また、行訴法8条2項3号所定の『その他裁決を経ないことにつき正当な理由があるとき」に該当するか否かを検討しても、後記・・・のとおり、原告は抑うつ状態との診断を受けたことはあるものの、本件全証拠によっても、原告が本件懲戒免職処分の不服申立期間内に審査請求をすることが客観的に見て極めて困難であるなど審査請求前置主義を緩和すべき具体的事情を認めるに足りる証拠はない。したがって、原告の上記主張はいずれにしても採用することができない。

3.懲戒処分の効力を争う場合、処分後すぐに弁護士に相談を

 上述のとおり、裁判所は、病気等の事情があっても、審査請求前置主義を緩和する事情にはあたらないと判示しました。

 裁判所は、期間制限について、これを形式的に理解する傾向がみられます。懲戒処分の効力を争うにあたり、門前払いにならないためには、法に定められた手続を踏みはずすことなく争って行く必要があります。

 しかし、法の内容は単純ではなく、一般の方が手続を踏みはずすことなく懲戒処分の効力を争って行くことは、必ずしも容易ではありません。

 懲戒処分の効力に疑義を覚えた場合には、やはり、できるだけ早い段階から弁護士に相談し、争って行くための手順等を確認しておくことが重要です。

 

 

専門的業務における指揮監督関係

1.労働者性の判断基準

 労働法の適用を逃れるために、業務委託契約や請負契約といった、雇用契約以外の法形式が用いられることがあります。

 しかし、当然のことながら、このような手法で労働法の適用を免れることはできません。労働者性の判断は、形式的な契約形式のいかんにかかわらず、実質的な使用従属性を勘案して判断されるからです(昭和60年12月19日 労働基準法研究会報告 労働基準法の「労働者」の判断基準について 参照 以下「研究会報告」といいます)。業務委託契約や請負契約といった形式で契約が締結されていたとしても、実質的に考察して労働者性が認められる場合、受託者や請負人は、労働基準法等の労働法で認められた諸権利を主張することができます。

https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000xgbw-att/2r9852000000xgi8.pdf

 研究会報告によると、労働者性の有無は、

「指揮監督下の労働」という労務提供の形態

「賃金支払」という報酬の労務に対する対償性

の二つの基準に基づいて判断されます。

 この

「指揮監督下の労働」

と認められるか否かを検討するにあたっての重要な考慮要素の一つに、

「業務遂行上の指揮監督の有無」

があります。

 業務の内容及び遂行方法について「使用者」の具体的な指揮命令を受けていることは、指揮監督関係の基本的かつ重要な要素であると位置付けられています。

2.フリーランスとの関係

 令和3年3月26日、内閣官房、公正取引委員会、中小企業庁、厚生労働省が連名で公表した「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」において、フリーランスは、

「実店舗がなく、雇人もいない自営業主や一人社長であって、自身の経験や知識、スキルを活用して収入を得る者を指す」

とされています。

 この定義からも分かるとおり、フリーランスの仕事には、一定の専門性があることが少なくありません。

 専門性のある仕事は、上司自身が仕事の内容や遂行方法を理解していないことも多く、仕事の内容や遂行方法を細かく指示されにくいという特徴があります。

 つまり、フリーランスは、その概念上、「業務遂行上の指揮監督の有無」という要素において、労働者に該当しにくいことになります。

 しかし、業務遂行上の指揮監督が緩いのは、使用者との間で雇用契約を締結して専門的な業務に従事している労働者でも同じです。社会が複雑・高度化し、業務の専門分化が進む昨今、「業務遂行上の指揮監督の有無」の位置付けも、再検討が必要であるとはいえないのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり、参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令2.3.25労働判例1239-50 ワイアクシス事件です。

3.ワイアクシス事件

 本件はコピーライターの労働者性が問題になった事件です。

 本件で被告になったのは、広告、広報に関する企画及び制作等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告の下、月額45万円の固定額で、コピーライティング業務等を行っていた方です(本件契約)。被告が原告との間の「業務委託契約」を終了するという通知を出したことを受け、本件契約は、雇用契約であり、被告が行った「解雇」の意思表示は無効だと主張し、地位確認等を求める訴えを提起しました。

 この訴訟では、本件契約が、業務委託契約なのか、雇用契約なのかが問題になりました。この論点について、裁判所は、次のとおり述べて、原告の労働者性を肯定しました。

(裁判所の判断)

「労基法9条及び労契法2条1項の各規定によれば、労働者とは、使用者との使用従属関係の下に労務を提供し、その対価として使用者から賃金の支払を受ける者をいうと解されるから、労働者に当たるか否かは、雇用、請負といった法形式のいかんにかかわらず、その実態が使用従属関係の下における労務の提供と評価するにふさわしい者であるかどうかによって判断すべきである。」

「そして、実際の使用従属関係の有無については、指揮監督下の労働であるか否か(具体的な仕事の依頼、業務指示等に対する諾否の自由の有無、業務遂行上の指揮監督関係の存否・内容、時間的場所的拘束性の有無・程度、業務提供の代替性の有無)、報酬の労務対償性に加え、事業者性の有無(業務用機材等機械・器具の負担関係、専属性の程度)、その他諸般の事情を総合的に考慮して判断するのが相当である。」

(中略)

被告が受注した広告制作業務の過程において、コピーライティング業務については、被告代表者や被告の社員が原告に対して具体的な指示をすることはあまりなく、原告に相当程度任されていたと認められるが・・・、これは、コピーライティングという業務の専門性によるところが大きいといえる。また、原告は、依頼者である顧客のディレクターの指示には従って修正を重ねていく必要があったものであり・・・、その指示に従わずに自由に作成することなどは許されていなかった・・・。」

「そして、被告においては、月に2回の定例会議において、被告代表者が、原告を含む各社員に対し、担当業務の進捗状況や進行予定などを確認していたほか、前月の売上の数字を出して発破をかけるなどしていた・・・。」

「このように、コピーライティング業務自体についてはその業務の性質上、被告代表者や被告の社員から具体的な指示はあまりされていなかったものの、顧客のディレクターの指示には従って業務を進める必要があり、被告においても、原告の業務の進捗状況や進行予定については、毎月2回の定例会議で確認し、原告に対しても他の社員とともに前月の売上げの状況を踏まえた訓示がなされ、少なくとも既存の顧客との関係では売上げを増やすための努力を求められていたと推認されることからすると、これらの業務に対する指示の状況は、コピーライティング業務を委託する場合に通常注文者が行う程度の指示等に留まるものと評価することは困難である。

被告は、原告のコピーライティング業務について被告代表者が口出しすることはないことから、指揮監督関係はなかった旨主張するが、被告代表者はデザイナーであり、コピーライティングという専門的な業務の性質上、コピーの内容に立ち入った指示が困難であったものであるから、コピーの内容について具体的な指示をあまりしていなかったことが、直ちに指揮監督関係を否定する要素とはいえない。

(中略)

「以上検討したところによれば、原告の業務については、具体的な仕事の依頼、業務指示等に対する諾否の自由はなく・・・、原告は、被告からの指示の下、顧客からの指示に従って業務を行っていたほか、月2回の定例会議における業務の進捗状況の確認を受けるなど、被告の業務上の指揮監督に従う関係が認められ・・・、時間的場所的拘束性も相当程度あり・・・、業務提供の代替性があったとはいえないこと・・・からすると、被告の指揮監督の下で労働していたものと推認される。これに、原告に支払われる固定報酬の実質は、労務提供の対価の性格を有していると評価できること・・・、原告には事業者性が認められず・・・、専属性がなかったとはいえないこと・・・、被告も原告を労働者として認識していたことが窺われること・・・等を総合して考えれば、原告は、被告との使用従属関係の下に労務を提供していたと認めるのが相当であって、原告は、労基法9条及び労契法2条1項の労働者に当たるというべきである。

4.主要業務に具体的な口出しがなくても指揮監督関係は肯定されることはある

 以上のとおり、主要業務に具体的な口出しがなかったとしても、それが専門性に由来する場合には、周辺的な事情から指揮監督関係が肯定されることがあります。指揮監督関係が認められるかは、通常注文者・委託者が行う程度の指示に留まっていたのかどうかが検討のポイントになります。

 専門性が高く、主要業務に具体的な口出しがなかったからといって、直ちに労働者性の主張が妨げられるわけではありません。

 突然契約を解除されたり、長時間働かせ放題になっている場合、フリーランスの方は、労働者性を主張できないのかを検討してみても良いだろうと思います。労働者性の判断には高い専門性が必要になるため、詳しく聞きたい方は、弁護士への相談をご検討ください。