弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

係争中のSNSの使用は要注意(ツイッターでのつぶやきが墓穴を掘った事案)

1.時短営業に踏み切ってフランチャイズ契約を解除された事件

 以前、時短営業に踏み切ったコンビニオーナーがフランチャイズ契約を解除されて、マスコミ等で話題になりました。

 24時間営業を求めることと優越的地位の濫用(独占禁止法2条9項5号、19条)などの独占禁止法上の諸規制との関係性がどのように理解されるのかが気になっていたところ、近時公刊された判例集に、仮処分事件の裁判例が掲載されていました。大阪地決例2.9.23労働経済判例速報2440-3 セブン-イレブン・ジャパン(仮処分事件)です。

 しかし、裁判例に目を通すと、やや拍子抜けしました。独占禁止法上の論点が殆ど判断されていなかったからです。これはセブンーイレブン・ジャパン側が、時短営業とは関係のない解除事由を持ち出して裁判を組み立てたからです。

2.セブン-イレブン・ジャパン(仮処分)事件

 本件では二つの仮処分事件(第1事件、第2事件)が併合して審理されています。

 第1事件は、セブン・イレブンージャパン(債権者)側が、フランチャイズ契約の解除を主張し、コンビニエンス・ストア店舗建物(本件建物)の引渡しを求めた事件です。

 第2事件は、コンビニエンス・ストアの経営者(債務者)が、フランチャイズ契約の解除の無効を主張し、フランチャイズ契約上の地位の確認等を求めた事件です。

 中心的な争点は、フランチャイズ契約の解除の効力をどのように理解するのかでした。

 ここで時短営業に踏み切ったことが契約解除の理由だということであれば分かりやすいのですが、債権者側は、契約解除は時短営業とは関係ないと主張しました。

 具体的には、

暴行や暴言を含む異常な顧客対応、

ツイッターで債権者やその取締役を誹謗中傷したこと、

が解除事由に該当すると主張しました。

 債務者側は、フランチャイズ契約の解除は、本部の意向に反して時短営業に踏み切ったことによる意趣返しだと反論しましたが、債権者側の主張する解除事由がいずれも認められてしまったため、

「解除事由は債務者が債権者の意向に反して時短営業に踏み切ったこととは無関係である」

として、比較的あっさりと排斥されました。

 債権者が主張した解除事由等に対する裁判所の判示は、次のとおりです。

(裁判所の判断)

・異常な顧客対応について

「債務者の顧客に対する対応についてみると、上記認定事実・・・によれば、債務者は、①顧客に対して暴行に及ぶ、②顧客等の自動車を傷つけるなどの有形力を行使した・・・ほか、②自らの意に添わない言動をした顧客等に喧嘩腰で乱暴な物言いや侮辱的な言動をしたり、横柄な態度をとったりしていたこと・・・が認められる。これら債務者の顧客に対する対応・・・は顧客等の身体、財産を傷つけ、顧客等に不快な印象を与えるものであって、笑顔で挨拶する、丁寧な言葉遣いをするなどして顧客に対して気持ちを込めて接客する『フレンドリーサービス』に反するものといわざるを得ない。そして、債務者は、少なくとも1年以上の間、これらの行為を繰り返していたと認められる。」

「なお、債務者は、上記以外にも、時期や状況等は必ずしも明確でないものの、顧客等に対して暴行に及んだり、乱暴で横柄な態度をとったりしていたことが何度もあったことが窺われる・・・。」

(中略)

「以上によれば、債務者の本件各顧客対応は、いずれもセブン-イレブン・イメージの構成要素の一つである接客方法(『フレンドリーサービス』)に反し、セブン-イレブン・イメージ及び債権者の信用を低下させていると言えるから、本件基本契約5条3号及び4号に違反するものと認められる。」

・ツイートについて

「上記認定事実・・・の各ツイートの内容が、いずれも債権者又はその取締役らに関するものであることは、その文言に照らして明らかである。そして、これらの各ツイートの内容は、債権者の経営方針に対する論評と理解でき、直ちに不当とまではいい難いものも含まれている一方、債権者の取締役に対して、

①「人間落ちに落ちたらこんな顔出来るんです。」・・・、

②「人としても下の下!相手にするのも汚らわしい!」・・・

などと人身攻撃の内容が含まれていると評価せざるを得ないものや、債権者に対して

③「悪の本性」・・・、

④「セブンの腐敗」・・・

などと誹謗中傷する内容であると認められるものが含まれており、このようなツイートについては、正当な論評の域を逸脱したものであるといわざるを得ない。また、

⑤「自分たちが金の力だけで雇った、老いぼれの元警視総監のコネを使って、国家権力を我が物のようにして、長野県警に罪のない人を逮捕させてしまいました。」・・・、

⑥「セブン本部と国はたぶん金の力で繋がっています。」・・・、

⑦「金の力でつるんで、下の者を痛めつけて自分たちだけが栄耀栄華に耽る!」・・・

などという表現は、債権者が国等に不正に金銭を支払い、不当な利益を得ている旨の事実を適示するものであり、債権者の社会的信用を低下させ得るものであると認めるのが相当である・・・。」

「このように、本件各ツイートが正当な論評の域を逸脱して債権者及びその取締役らを誹謗中傷等するものや債権者の社会的信用を低下させ得るものであることに加え、債権者と契約関係にある債務者が実名を用いて本件各ツイートをしていること、本件各ツイートはツイッターという一般に広く利用されているソーシャルネットワーキングサービス上でされたものであり、その内容は広く伝播されたと認められること、以上の点を併せ考慮すると、本件各ツイートは、全体として、不特定多数の者に対し、債権者について否定的な印象を与えるものであって、その信用を低下させるものであると認められる。」

「以上によれば、債務者が本件各ツイートをしたことは、本件基本契約5条4号に違反するというべきである。」

・意趣返しであるとの主張について

「債権者による本件フランチャイズの契約解除は有効であること、同解除事由は、債務者が債権者の意向に反して時短営業に踏み切ったこととは無関係であること、以上の点からすると、債権者による本件フランチャイズ契約の解除及び取引拒絶が、債権者本部の意向に反して時短営業に踏み切ったことに対する意趣返しであるという債務者の主張は採用できない。」

「以上によれば、本件フランチャイズ契約が有効に解除されている以上、債務者に独占禁止法24条に基づく侵害停止請求権及び侵害予防請求権があるとは認められない。」

※ ただし、保全の必要性が否定され、結論として債権者の申立は却下されました。

3.ツイッターをめぐる問題

 係争中(法的措置をとる前段階を含む)の依頼人のSNSの使い方は、近時、弁護士の頭を悩ませる問題になりつつあります。紛争の当事者になると冷静でいられないことが多く、ついつい筆がすべりがちになります。しかし、事件の相手方は、そうした失点を見逃しません。当たり前ですが、取れる揚げ足は全て取ってきます。

 本件では、顧客対応の点も解除事由とされているため、ツイートしていなければ勝っていたというわけではないと思います。

 しかし、不要不急で、現実的な利益にも繋がらないツイートが、解除の有効性を支える二本の柱のうち一本を構成させてしまったことは否定できません。また、これが、社会的な問題としてクローズアップされていた時短営業の適否に踏み込まなくても勝てるというセブン-イレブン・ジャパン側の戦略的判断を惹起したことも否定できないと思います。

 弁護士的な感覚で言うと、ツイートに限らず係争中の相手がインターネット上に垂れ流すネガティブな情報発信は、目の前に餌が放り投げられているのと同じような意味合いで捉えられます。

 依頼人には注意喚起していることですが、ツイートをして、負けやすくなることはあっても、勝ちやすくなることはありません。少なくとも係争中は、SNSの利用は控えておいた方が賢明です。

 

不活動仮眠時間と労働密度

1.不活動仮眠時間の労働時間性

 不活動仮眠時間の労働時間性について、最一小判平14.2.28労働判例822-5 大星ビル事件は、

「不活動仮眠時間であっても労働からの解放が保障されていない場合には労基法上の労働時間に当たるというべきである。そして、当該時間において労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価される場合には、労働からの解放が保障されているとはいえず、労働者は使用者の指揮命令下に置かれているというのが相当である。

と判示しています。

 法律相談をしていると、この判示事項を捉え、1人で仮眠をとりながら宿直勤務をするような場合には、何かあったら対応しなければならないのだから、その時間は当然に労働時間になるはずだと考えている方を目にすることがあります。

 しかし、こうした考えは早合点です。1人で勤務しており、何かあったら対応しなければならなかったとしても、あまりに何もない日が続くような場合には、仮眠時間を労働時間として認定してもらうには難があります。

 大星ビル事件最高裁判決も、上記の判示に続けて、

「上告人らは、本件仮眠時間中、労働契約に基づく義務として、仮眠室における待機と警報や電話等に対して直ちに相当の対応をすることを義務付けられているのであり、実作業への従事がその必要が生じた場合に限られるとしても、その必要が生じることが皆無に等しいなど実質的に上記のような義務付けがされていないと認めることができるような事情も存しないから、本件仮眠時間は全体として労働からの解放が保障されているとはいえず、労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価することができる。したがって、上告人らは、本件仮眠時間中は不活動仮眠時間も含めて被上告人の指揮命令下に置かれているものであり、本件仮眠時間は労基法上の労働時間に当たるというベきである。」

と実作業が生じる必要性が皆無に等しい場合などには、仮眠時間が労働時間に該当しないことを認めています。

 この意味において、仮眠時間の労働時間性を検討するにあたっては、必ず労働密度(どれくら起きて実作業を行わなければならなかったのか)が問題になります。

 近時公刊された判例集にも、このことが裏付けられる裁判例が掲載されていました。大阪地判令2.12.22労働判例ジャーナル109-18 東雲事件です。

2.東雲事件

 本件は警備員の待機時間の労働時間性が問題になった裁判例です。

 原告になったのは、被告会社で警備業務に従事していた方です。被告会社を退職後、時間外勤務手当等(残業代)を請求する訴えを起こしました。

 訴訟では原告の実労働時間をどのようにカウントするのかが争点の一つになりました。

 原告は、

「原告は、大阪市港湾局に警備員として派遣され、同局が管理している管轄道路の巡回業務に従事していた。一回の勤務において巡回業務に従事する時間は、午前9時から午後零時30分まで、午後4時から午後6時30分まで、午後8時から午後11時30分まで、午前5時から午前8時までの合計4回であり、原告は、被告から備品として支給された車両を使用し、巡回業務を行っていた。原告は、巡回業務を行っていない時間帯には大阪市港湾局の待機場所で待機し、管轄道路内で交通事故が発生した場合など連絡を受けると、すぐに対応することになっていた。現に、原告が勤務していた期間において、複数回交通事故が発生し、原告が呼び出されたことがあった。

などと主張して、待機時間も労働時間に該当すると主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、待機時間のうち相当部分について労働時間には該当しないと判示しました。

(裁判所の判断)

「原告を含む各警備員は、報告書の作成のほかは、被告から待機時間中に行うべき特段の業務を指示されておらず、交通事故、倒木等が発生するなどの連絡を受けた場合には現場に向かうこととなっていたものの、午後11時30分から午前5時までの5時間30分の仮眠時間において実際に業務に従事することはほとんどなく、私服に着替えて仮眠を取っており、午後零時30分から午後4時まで及び午後6時30分から午後8時までの合計5時間の待機時間中についても、連絡を受けることは月1回程度しかなく、各警備員は、食事を取ったり、新聞を読んだりするなどして過ごしていたものであって、これらの事情によれば、午後11時30分から午前5時までの仮眠時間帯だけでなく、午後零時30分から午後4時まで及び午後6時30分から午後8時までの合計5時間の待機時間帯についても、労働から解放されており、基本的に休憩時間とみるのが相当である。

「そして、本件全証拠によっても、平成30年4月1日から平成31年3月31日までの間において、原告が午後11時30分から午前5時までの仮眠時間帯に作業に従事したことを認めるに足りる証拠はない。一方で、原告は、午後零時30分から午後4時まで及び午後6時30分から午後8時までの合計5時間の待機時間帯において、報告書の作成に加え、他の警備員作成のものを含めて報告書の整理を行っていたほか、月1回程度は連絡を受けて対応に当たっていたものであり、これらの事情によれば、原告は、平均して1日1時間の限度で、労務に従事していたものと推認するのが相当であって、この認定を左右するに足りる他の証拠はない。なお、始業時刻である午前8時30分から午前9時までは制服への着替え等の準備作業を、終業時刻が午後5時30分である場合の午後4時から午後5時30分までの間は巡回作業の一部や片づけ等の作業を、終業時刻が午前8時30分である場合の午前8時から午前8時30分までの間は片づけ等の作業を、それぞれ行っていたものと推認されるから、これらの時間帯は労働時間に当たるというべきである。」

「そうすると、終業時刻が午後5時30分である勤務日の休憩時間は午後零時30分から午後4時までの3時間30分のうちの2時間30分、終業時刻が翌日午前8時30分である場合の勤務日の休憩時間は午後零時30分から午後4時まで及び午後6時30分から午後8時までの合計5時間のうちの4時間並びに午後11時30分から午前5時までの5時間30分(合計9時間30分)となる」

3.対応義務があるだけでは足りず、労働密度の検討は必ず必要になる

 上述のとおり、裁判所は、何かあったときに対応義務がある場合でも、実際にどの程度対応していたのかを検討して労働時間への該当性を判断しています。そして、本件のように労働密度が低いと、労働時間への該当性を否定する判断をすることがあります。

 対応義務があると、それだけで残業代請求が可能であるかにも見えますが、事件の見通しを考えるうえでは、労働密度の検討を避けて通れないことにも留意しておく必要があります。

 

 

手書きのメモによる労働時間立証が認められた例

1.手書きのメモと労働時間立証

 残業代請求の局面で、手書きのメモも証拠になると言われることがあります。

 確かに、民事裁判においては、手書きのメモでも証拠として取調べの対象にはなります。しかし、それで具体的な始業時刻、終業時刻の認定まで行きつくかというと、手書きのメモでは、そこまでの信用性を認めてくれないことが少なくありません。

 ただ、使用者側が労働時間管理を全くしていなかったり、具体的な反論を放棄しているような場合には、手書きのメモによる労働時間立証が認められることもあります。近時公刊された判例集に掲載されている大阪地判令2.12.25労働判例ジャーナル109-40 WISEONE事件も、そうした事案の一つです。

2.WISEONE事件

 本件は、飲食店を営む株式会社である被告で勤務していた方が原告となって、退職後に時間外勤務手当等を請求した事件です。

 この事件で、原告は、出退勤状況を手書きで記録した「出勤帳」というメモに基づいて労働時間を立証しようとしました。

 被告会社は、これを虚偽だと主張しましたが、裁判所は、次のとおり述べて、出勤帳による労働時間立証を認めました。

(裁判所の判断)

「原告の勤務状況に関して、

〔1〕本件店舗は、開店時刻が午前11時、閉店時刻が翌日午前5時であり、定休日はなかったところ、うどん、焼き肉、もつ鍋等のメニューを取り扱っており、肉のブロックのカット、ホルモンの解凍、焼き肉の網の交換、たれの補充、アルコールの提供、うどん等のメニューの調理、配膳、片付け、レジ対応等の業務があったこと、

〔2〕原告が被告に入社した平成26年7月当時、本件店舗には4名の社員がおり、3交代制のシフトにより本件店舗を運営していたが、約1年の間に原告以外の3名が退社し、以後、社員は原告一人で運営するようになったこと、

〔3〕そのため、原告は、店を開けて仕込みをした後、アルバイトと共に、接客、注文受け、ホール、配膳、片付け、レジ対応をするという勤務状況となり、深夜には原告が一人で店を切り盛りしなければならないことも多く、開店から閉店まで原告が本件店舗に常駐しなればならない日が増え、夜の営業準備を終えた午後3時から午後7時までの間に仮眠をとる状態となっていたこと、

以上の事実が認められる。」

「また、上記各証拠及び弁論の趣旨によれば、原告が出退勤記録簿として提出する「出勤帳」と題する手書きメモ(・・・以下、単に「出勤帳」という。)の作成経緯及び作成状況に関し、

〔4〕本件店舗において、平成28年12月に、アルバイトが本件店舗で友人に無料で料理を提供するという不正行為があったことを契機に、社員である原告のシフトが本件店舗のシフト表に掲載されなくなったこと、

〔5〕そこで、原告は、自身の勤務実態を記録化するために、出勤帳に出退勤状況を手書きで書き留めて記録するようになったこと、

〔6〕原告は、前もって出勤予定を記載していた2018年2月分・・・を除き、毎日の勤務を終えた帰宅後にその都度、出勤帳に書き留めていたこと、

以上の事実が認められる。」

「上記〔1〕ないし〔3〕の各事実に鑑みると、原告は、平成29年8月1日以降も、本件店舗の唯一の社員として、連日、恒常的に本件店舗に長時間滞在し、営業時間中は仮眠や休憩の時間を除いて概ね本件店舗の業務全般に携わっており、その繁忙度も高かったと認められるところ、出勤帳に記載された出退勤時刻及び休憩時間は、かかる原告の勤務実態と整合的である。また、上記〔4〕ないし〔6〕の各事実によれば、原告が出勤帳を作成するに至った経緯に不自然な点はなく、作成状況に特に記録の正確性を疑わせるような事情も窺われず、他方、使用者である被告は、原告の労働時間を示す資料を何ら提出しない。

以上によれば、原告の提出する出勤帳には、原告が前もって出勤予定を記載していたという平成30年2月分・・・を除き、原告の実際の労働時間を記録したものとして信用性を認めることができる。

これに対し、被告は、原告の主張する労働時間は、原告が自身に有利になるように作成した出退勤の記録に基づいて計算された虚偽の内容である旨主張するが、上記・・・で認定説示したとおり、理由がない。

3.意外と引用機会のある類型

 残業代請求をしていると、使用者側が客観的方法による労働時間管理を放棄しているような事案であっても、裁判所から立証のハードルを緩めることに難色を示されることが少なくありません。

 そうした場合、メモ等の客観性にやや難点のある証拠であったとしても、これに基づいて労働時間の立証が認められるべきであることを力説して行くことになりますが、この作業を行う時に、メモ等による労働時間立証が認められた裁判例をストックしておくと、意外と役に立ちます。

 本件も、ストックとなる裁判例の一つとして、記憶しておいて損のない裁判例だと思われます。

管理監督者性の抗弁が否定される一方、固定残業代の有効性が認められた例

1.両立しにくい不思議な主張

 残業代請求をした時に、会社側から「原告は管理監督者に該当するから、残業代を払う義務はない。」と反論されることがあります。こうした反論がなされるのは、労働基準法上、管理監督者に対して時間外勤務手当(残業代)を支払う必要がないとされているからです(労働基準法41条2号)。

 また、これと同時に、賃金を構成する一定の手当が残業代の趣旨であるとして、残業代が(一部)弁済済みであるという主張(固定残業代の主張)が出されることもあります。

 しかし、二つの主張は、論理的に両立しにくい関係にあります。

 管理監督者に該当するのであれば、残業代を支払う義務がないことになるため、一定の手当を残業代の趣旨で支払っていたというのは、義務もないのにお金を支払うという不思議なことをしていたことになります。また、残業代を支払う義務があったことを自認するのであれば、管理監督者であるという主張は論理的に成立しません。

 こうしたことから、管理監督者性と固定残業代の両方の主張が出される場合、基本的には全額の支払義務を否定する管理監督者性が中心的な争点となり、管理監督者性が否定されれば、固定残業代に関する主張も否定されることになります。それは、労働者側から、

「残業代を払う必要のない者(管理監督者)だと認識していたのであれば、当該手当を残業代であるとの趣旨のもとで支払っていたのは論理的でない。」

と熾烈に攻められ、実務上はそれに一定の説得力のあることが多いからです。

 しかし、近時公刊された判例集に、管理監督者性を否定しながら、労働者に支給されていた一定の手当に残業代としての性質を認めた裁判例が掲載されていました。

 昨日、一昨日とご紹介させて頂いている大阪地判令2.12.17労働判例ジャーナル109-22 福屋不動産販売事件です。

2.福屋不動産販売事件

 被告になったのは、不動産の売買・賃貸・仲介及び管理等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告の元従業員3名です(P1~P3)。

 原告のうちP2は、被告に吸収合併された株式会社福屋不動産販売(奈良)の店長(マネージャー)の地位にあった方です。また、原告P3は、同じく被告に吸収合併された株式会社福屋不動産(牧方)の店長(マネージャー)の地位にあった方です。

 本件では、被告から、管理監督者であるとの主張が出されるとともに、原告P2、原告P3に支払われていた職務手当が固定残業代であるとの主張が出されました。

 固定残業代に関する主張は、被告の賃金規程において、職務手当が、

「営業職及び業務アドバイザーを対象に、一賃金計算期間の時間外労働、休日労働、深夜労働の割増賃金として、予め原則125%賃金29時間相当額を支給する。」

「仲介営業職、法人営業職及び、業務アドバイザーを対象に、一賃金計算期間の時間外労働、休日労働、深夜労働の割増賃金として、予め原則125%賃金20時間相当額を支給する。」

と定められていたことが根拠とされていました。

 これに対し、原告らは、

「原告P2及び原告P3に支払われた職務手当は、賃金29時間相当額又は20時間相当額になっておらず、賃金規程の改定に関わらず金額が増減している。また、福屋不動産販売(奈良)及び福屋不動産販売(枚方)は、原告P2及び原告P3の時間外労働時間を把握しておらず、原告P2及び原告P3を管理監督者と考えて職務手当を支払っていた。したがって、職務手当は割増賃金として支払われたものではない。

と反論し、被告の主張を争いました。

 裁判所は、原告P2、P3の管理監督者への該当性を否定したうえ、次のとおり判示して、職務手当を固定残業代として扱うことを認めました。

(裁判所の判断)

「本件旧賃金規程(奈良)及び本件旧賃金規程(枚方)には、第25条(職務手当)1項に『営業職及び業務アドバイザーを対象に、一賃金計算期間の時間外労働、休日労働、深夜労働の割増賃金として、予め原則125%賃金29時間相当額を支給する。』、本件新賃金規程(奈良)及び本件新賃金規程(枚方)には、第26条(職務手当)1項に『仲介営業職、法人営業職及び、業務アドバイザーを対象に、一賃金計算期間の時間外労働、休日労働、深夜労働の割増賃金として、予め原則125%賃金20時間相当額を支給する。』と定められている・・・。そうすると、福屋不動産販売(奈良)及び福屋不動産販売(枚方)の職務手当は、時間外労働等に対する対価として支払われており(最高裁判所平成30年7月19日第一小法廷判決・労判1186号5頁等参照)、また、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金の部分とを判別できるものと認められる(最高裁判所昭和63年7月14日第一小法廷判決・労判523号6頁、最高裁判所平成24年3月8日第一小法廷判決・集民240号121頁等参照)。」

「上記のとおり、職務手当を割増賃金として支給する旨明確に定められている以上、原告P2及び原告P3に支払われた職務手当が、賃金29時間相当額又は20時間相当額になっていないとしても、また、福屋不動産販売(奈良)及び福屋不動産販売(枚方)が、原告P2及び原告P3の時間外労働時間を管理していないとしても、さらに、原告P2及び原告P3を管理監督者と扱ってきたとしても、職務手当が時間外労働等に対する対価として支払われたことが否定されるものではない。

「以上によれば、原告P2と福屋不動産販売(奈良)、原告P3と福屋不動産販売(枚方)との間には職務手当を固定残業代として支払う合意があり、また、その明確区分性もあって有効なものと認められる。」

3.あながち泡沫主張として排除できるものではないかも知れない

 管理監督者扱いをしておきながら、残業代を払っていたという主張は、矛盾を含むため、一般論として言えば、労働者側にとっては、それほど脅威になる主張ではないと思います。

 しかし、本件のような裁判例もあるため、規定のされ方によっては、あながち泡沫主張として排除できるものではないのかも知れません。

 

 

管理監督者に相応しい賃金額の絶対値(900万円程度が目安にされた例)

1.管理監督者のに相応しい賃金

 管理監督者には、時間外勤務手当(残業代)を支払う義務がありません(労働基準法41条2号)。俗に、管理職には残業代を支払う必要がないと言われているルールです。

 この管理監督者への該当性は、

① 職務内容、権限および責任の程度、

② 勤務態様-労働時間の裁量・労働時間管理の有無、程度、

③ 賃金等の待遇、

を総合的に考慮して判断されています(白石哲『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕154頁参照)。

 このうち、③の賃金等の待遇については、

絶対的な意味での金額が幾らなのか、

勤務先の中で相対的にどれくらいの位置にあるのか、

という二つの観点から考察がなされます。

 幾ら会社の中で相対的に高い順位に位置していたとしても、絶対的な意味で低い金額しかもらっていなかったとすれば、管理監督者に相応しい待遇とはいえません。

 逆に、絶対的な意味で高い金額をもらっていたとしても、その会社の中では低い部類に属するのであれば、やはり管理監督者に相応しい待遇とはいえません。

 それでは、裁判所が考える絶対的な意味での管理監督者に相応しい賃金は、一体幾らくらいとされているのでしょうか?

 昨日ご紹介した大阪地判令2.12.17労働判例ジャーナル109-22 福屋不動産販売事件は、この問題を考えるにあたっても、有益な示唆を含んでいます。

2.福屋不動産販売事件

 本件は、いわゆる残業代請求事件です。

 被告になったのは、不動産の売買・賃貸・仲介及び管理等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告の元従業員3名です(P1~P3)。

 原告のうちP2は、被告に吸収合併された株式会社福屋不動産販売(奈良)の店長(マネージャー)の地位にあった方です。また、P3は、同じく被告に吸収合併された株式会社福屋不動産(牧方)の店長(マネージャー)の地位にあった方です。

 原告P2に支払われていた賃金は、平成27年の年収が761万9300円(福屋不動産販売(奈良)の従業員中9位)で、平成28年の年収が891万9300円(福屋不動産販売(奈良)の従業員中5位)でした。

 原告P3に支払われていた賃金は、平成27年の年収が946万6754円(福屋不動産(牧方)の従業員中2位)、平成28年の年収が1166万4238円(福屋不動産(牧方)の従業員中1位)でした。

 いずれも店長職にあったうえ、比較的高額の賃金を得ていたことから、管理監督者性の有無が争点になりました。

 裁判所は、原告P2、原告P3の待遇について、次のとおり判示し、いずれの管理監督者性も否定しました。

(裁判所の判断)

・原告P2の管理監督者性

(前略)

「原告P2は、7万円の役職手当を受領していたが・・・、福屋不動産販売(奈良)において、管理職としては扱われていないアシスタントマネージャー・・・の役職手当が3万円であることからすると・・・、その差額が管理職としてふさわしいものであるとまではいえない。また、原告P2の平成27年の年収が761万9300円、平成28年の年収が891万9300円であり・・・、福屋不動産販売(奈良)の従業員の中では高額であるものの(同従業員の平均年収は、平成27年が490万9654円、平成28年が536万1270円であった・・・)、客観的に特に高額であるとまではいえない。

「以上の検討を総合すると、上記イのとおり、〔2〕労働時間管理が緩やかではあったものの、上記・・・のとおり、〔1〕業務内容や権限及び責任の重要性や〔3〕賃金等の待遇については管理監督者に相応しいものとまではいえず、原告P2が管理監督者であったとは認められない。」

・原告P3の管理監督者性

(前略)

原告P3の平成27年の年収が946万6754円、平成28年の年収が1166万4238円であり・・・、福屋不動産販売(枚方)の従業員の中では高額であった(同従業員の平均年収は、平成27年が390万4280円、平成28年が330万1419円であった・・・)」

「もっとも、原告P3は、7万円の役職手当を受領していたが・・・、福屋不動産販売(枚方)において、管理職としては扱われていないアシスタントマネージャー・・・の役職手当が3万円であることからすると・・・、その差額が管理職としてふさわしいものであるとまではいえない。」

「以上の検討を総合すると、上記・・・のとおり、〔2〕労働時間管理が緩やかであり、〔3〕賃金等の待遇も相応に高いものであったものの、上記・・・のとおり、〔1〕業務内容や権限及び責任の重要性については管理監督者に相応しいものとまではいえず、原告P3が管理監督者であったとは認められない。」

3.900万円程度が一つの目安か?

 上述のとおり、裁判所は900万円に満たない原告P2の賃金を、

「客観的に特に高額であるとまではいえない。」

「賃金等の待遇については管理監督者に相応しいものとまではいえず」

と評価する一方、年収が900万円を超える原告P3の賃金を、

「賃金等の待遇も相応に高いものであった」

と評価しました。

 管理監督者に相応しい賃金額に関する裁判例は多々ありますが、本件の特徴は、

原告が複数いたため基準が比較的分かりやすく可視化されている点

900万円と比較的高い水準にラインが引かれている点

にあります。

 残業代を請求する訴訟をしていると、年収が600万円、700万円といった水準でも、管理監督者性の主張を抗弁として出されることが結構あります。

 こうしたケースにおいて、本裁判例は、賃金等の待遇が絶対的な意味で管理監督者に相応しいとはいえないことの根拠として活用できる可能性があり、覚えておいて損のない事案であるように思われます。

 

年収が高くても(1600万円超)管理監督者性が否定され、残業代を請求できるとされた例

1.管理監督者性

 管理監督者には、時間外勤務手当(残業代)を支払う義務がありません(労働基準法41条2号)。俗に、管理職には残業代を支払う必要がないと言われているルールです。

 この管理監督者への該当性は、

① 職務内容、権限および責任の程度、

② 勤務態様-労働時間の裁量・労働時間管理の有無、程度、

③ 賃金等の待遇、

を総合的に考慮して判断されています(白石哲『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕154頁参照)。

 ただ、総合考慮とはいうものの、①、②、③の各要素の重みには、明確な差があります。例えば、②、③で管理監督者に相応しいといえるような事情があっても、①の権限や責任の程度が十分ではないと判断される場合、管理監督者性は否定されます。

 近時公刊された判例集に掲載されていた、大阪地判令2.12.17労働判例ジャーナル109-22 福屋不動産販売事件も、そうした傾向が色濃く表れている裁判例の一つです。

2.福屋不動産販売事件

 本件は、いわゆる残業代請求事件です。

 被告になったのは、不動産の売買・賃貸・仲介及び管理等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告の元従業員3名です(P1~P3)。

 原告のうちP1は、被告に吸収合併された株式会社福屋不動産販売(奈良)の本部長の地位にあった方です。年収が1600万円を超えていた年もあったことから、原告P1の残業代請求の可否の判断にあたり、管理監督者性が争点の一つになりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、原告P1の管理監督者性を否定しました。

(裁判所の判断)

・〔1〕業務内容、権限及び責任の重要性

「原告P1は、奈良県内に7つの店舗を有し、従業員数約60名の福屋不動産販売(奈良)の本部長の地位にあり、第2営業部の本部長として奈良(福屋不動産販売(奈良)の各店舗)だけでなく、滋賀の地域も担当していた・・・。もっとも、福屋不動産販売(奈良)を含む福屋グループは、元々1つの法人を分社化したものであり、分社化後も人事労務管理や経理業務は、親会社である福屋HDが一括して委託を受けて行っているところ・・・、福屋グループとして実質的に見れば、2つの営業部のうちの1つに所属し、その所管する複数の地域の一部を担当していることになる。

「また、原告P1は、福屋不動産販売(奈良)の半期計画表、実績推移表及び実績比較表を作成していた・・・。しかしながら、これらは店長作成の半期計画表等を取りまとめたものであるところ、P6取締役の証言・・・によれば、本部長が上記半期計画表等を取締役等に提出する一方、本部長が店長の作成する半期計画等を修正することはないとのことである。そうすると、原告P1がその内容を実質的に決定しているとはいえず、上記半期計画表等を作成していたことの故に経営者と一体的な立場にあったといえるものではない。

「さらに、被告は、原告P1がリーダー店長及び店長の人事考課を実質的に決定していた旨主張し、これに沿うP7本部長及びP6取締役の証言・・・も存する。しかしながら、リーダー店長及び店長の人事考課における本部長の配点は100点満点中40点にとどまり、残り60点は取締役及び福屋HDが決めていたのであるから、本部長がリーダー店長及び店長の人事考課を実質的に決定していたとは認められない。取締役及び福屋HDが本部長の点数を参考にすることを超えて、実質的に本部長の配点が人事考課を決定していたことを裏付けるに足りる証拠もない。したがって、P7本部長及びP6取締役の上記証言部分・・・を採用することができない。加えて、被告は、原告P1が店長の人事異動や福屋不動産販売(奈良)全体に影響するクレーム対応の決裁権限を有していた旨主張し、これに沿うP7本部長及びP6取締役の証言・・・も存する。しかしながら、これらを裏付けるに足りる証拠がない上、福屋不動産販売(奈良)を含む福屋グループにおいては、人事関連を含め、30万円以下の物品の購入にいたるまで稟議(決裁)を必要とされていた・・・。また、具体的に原告P1の判断により人事異動やクレーム対応が決定された事例も見当たらない。そうすると、P7本部長及びP6取締役の上記証言部分・・・を採用することができない。加えて、原告P1が福屋不動産販売(奈良)の経営会議に参加していたといった事情も見当たらない。

「そうすると、原告P1について、管理監督者に相応しい業務内容や権限及び責任の重要性があったとまで認めることができない。

・〔2〕労働時間の裁量、労働時間管理の有無・程度

原告P1は、タイムカード等による労働時間の管理が行われていない・・・。また、原告P1が所定始終業時刻よりも遅い出勤又は早い退勤をしている日について、それによる給料の減額が行われた事実は窺われない。もっとも、福屋不動産販売(奈良)においては、不動産販売の営業という業務内容から、本部長及び店長以外の従業員についてもタイムカード等による労働時間の管理は行われておらず・・・、厳格な労働時間の管理がされているわけではない。

・〔3〕賃金等の待遇

原告P1は、月額30万円の役職手当を受領しており、平成27年の年収が1469万2300円、平成28年の年収が1662万2050円であって・・・いずれも福屋不動産販売(奈良)の従業員の中では1位であった。

・小括

「以上の検討を総合すると、上記・・・のとおり、〔2〕労働時間管理が緩やかであり、〔3〕賃金等の待遇も高いものであったものの、上記・・・のとおり、〔1〕業務内容や権限及び責任の重要性については管理監督者に相応しいものとまではいえず、原告P1が管理監督者であったとは認められない。

3.年収が高いからしょうがないと諦める必要はない

 以前、労働時間に裁量があり、年収が1200万円を超えていても、残業代請求できた裁判例をご紹介させて頂いたことがあります。

巨大企業における管理監督者性-労働時間に裁量があり、年収1200万を超えても残業代請求できる場合がある - 弁護士 師子角允彬のブログ

 本件は、これを上回る年収がある事案でしたが、管理監督者性が否定されました。

 管理監督者性の判断にあたり、一番重要になるのは、権限や責任です。これが不十分である場合、幾ら労働時間に裁量があり、高い賃金を得ていたとしても、管理監督者性は容易には認められません。

 年収が高いと、時間外勤務手当等を計算するうえでの時間単価も高くなるため、労働時間が長くなくても、かなりの金額を請求できることがあります。

 自分も該当するのではないかとお考えの方は、一度、弁護士のもとに相談に行ってみることをお勧めします。もちろん、当事務所でご相談をお受けすることも可能です。

第二東京弁護士会 労働問題検討委員会 副委員長に選任されました

 本日、第二東京弁護士会 労働問題検討委員会が開催され、副委員長への選任を受けました。

 第二東京弁護士会は、6000名以上の弁護士が所属する大規模な単位会で、45の委員会を擁しています。

第二東京弁護士会とは|第二東京弁護士会

委員会|第二東京弁護士会

 会員である弁護士は、一つないし複数の委員会に所属しています。労働問題検討委員会は、そのうちの一つで、321人の委員・幹事が所属しています。

 労働問題検討委員会の所管事務は、

「労働法分野での改正に関する調査研究と提言、若手のスキル向上等を目的とした実務の調査研究、学生に判りやすい『ワークルール』の教育、社会保障制度に関連する実務上の問題点の調査研究等」

と多岐に渡ります。

 委員長の職務は、委員会の会務を総理し、会議の議長となり議事を進行することとされています。副委員長の職務は、上記の職責を担う委員長を補佐することです(第二東京弁護士会 委員会一般規則8条参照)。

 職責に応えることができるよう、力を尽くして行きたいと思います。