弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

給与ファクタリング業者に金銭を返す必要がないとされた例

1.給与ファクタリングとは

 給与ファクタリングとは、

「個人が勤務先に対して有する給与(賃金債権)を、給与の支払日前に一定の手数料を徴収して買い取り、給与が支払われた後に、個人を通じて資金の回収を行う」

ことをいいます。

ファクタリングに関する注意喚起:金融庁

 例えば、賃金債権のうち10万円を給与ファクタリング業者に8万円で売却します。これにより、労働者は給与ファクタリング業者から8万円を受け取ります。そして、給料日になったら、支払いを受けた賃金の中から10万円を給与ファクタリング業者に支払います。

 通常のファクタリングでは、債権を買い取ったファクタリング業者が権利行使して債務者からお金を取り立てます。しかし、労働基準法上、

「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。

とされています(労働基準法24条1項)。

 この規定とのかねあいで、給与ファクタリング業者は、働者に代わって勤務先からお金を取り立てることができません。そのため、しばしば、労働者に賃金を受け取らせ、受け取った賃金で債権を買い戻させるといったスキームがとられます。

 しかし、一見して分かるとおり、これは、ファクタリング業者が労働者にお金を貸し、給料日に労働者から借金を取り立てているのと変わりありません。

 貸金業者は、貸金業法、出資の受入れ、預り金及び金利等の取締りに関する法律(出資法)、利息制限法といった各種法律の規制下にあります。

 給与ファクタリングは、債権譲渡や債権買戻の法形式を使うことにより、貸金業法などの各種法律の適用を免れようとするものです。

 その危険性・違法性は、上記リンク先で、金融庁が、

「『給与ファクタリング』を業として行うことは、貸金業に該当します(貸金業を営む者は、財務局長又は都道府県知事の登録を受ける必要があります。登録を受けずに貸金業を営む者はヤミ金融業者です。)」

などと注意喚起しているとおりです。

 金融庁が注意喚起に踏み切って以来、給与ファクタリングに対する行政の姿勢は明らかになっていました。しかし、少額の金銭がやりとりされる例が多く、紛争になりにくいこともあり、給与ファクタリングの適法性をめぐる裁判所の姿勢は、それほど明確ではありませんでした。

 そうした状況の中、給与ファクタリングの違法性を理由に、ファクタリング業者に対して金銭を返す必要はないと判示しが裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令2.3.24判例時報2470-47です。

2.東京地判令2.3.24判例時報2470-47

 本件は給与ファクタリング業者が、労働者に対し、債権の買戻し代金を請求した事件です。

 そのスキームは概ね次のとおりです。

 先ず、原告業者が、被告労働者から、給与債権のうち6万3000円の譲渡を受けます。原告業者は、債権譲渡の代金として、被告労働者に対し4万円を支払います。

 このとき、原告業者は、被告労働者との間で、給料日に譲渡債権を額面額で買い戻してもらう合意を取り付けておきます。

 この合意に基づいて、原告業者は、被告労働者の給料日に、買戻代金6万3000円を支払えと請求します。

 こうしたスキームのもと、原告業者が、被告労働者に対し、買戻代金6万3000円の支払いを求める訴えを起こしたのが本件です。

 これに対し、被告労働者は、その実体が法外な利息をとる貸金であることを根拠に、受け取ったお金は公序良俗に違反する不法原因給付であるから、返還する義務を負わないと原告業者の主張を争いました。

 裁判所は、次のとおり述べて、給与ファクタリングによる本件取引の違法性を認め、原告業者の請求を退けました。

(裁判所の判断)

「被告は、本件取引は実質的に高利の貸付けであり、貸金業法の規制に抵触し又は暴利行為として民法90条の公序良俗に反し無効であると主張する。」

「この点、貸金業法や出資法は、金銭の貸付けを(業として)行う者が、所定の割合を超える利息の契約をしたり、又はこれを超える利息を受領したりする行為を規制しているところ、各法はいずれも規制対象となる貸付けに、『手形の割引、売渡担保その他これらに類する方法』によってする金銭の交付を含む旨を定めている(貸金業法2条1項本文、出資法7条)。これらの規制は、いわゆる高金利を取り締まって健全な金融秩序の保持に資すること等を立法趣旨としていることからすれば、金銭消費貸借契約とは異なる種類の契約方法が用いられている場合であっても、金銭の交付と返還約束を主たる内容とするもの、すなわち、契約の一方当事者の資金需要に応えるため、一定期間利用後の返済を約して他方当事者が資金を融通することを主目的とし、経済的に貸付けと同様の機能を有する契約に基づく金銭の交付については、前記各条の『これらに類する方法』に該当するというべきである。そこで、まず、給与ファクタリングによる本件取引が、『これらに類する方法』に当たるか検討する。」

労働基準法24条1項の趣旨に徴すれば、労働者が賃金の支払を受ける前に賃金債権を他に譲渡した場合においても、その支払についてはなお同条が適用され、使用者は直接労働者に対し賃金を支払わなければならず、したがって、労働者の賃金債権の譲受人は自ら使用者に対してその支払を求めることは許されない(前掲最高裁昭和43年3月12日判決)。そうすると、原告のように、労働者である顧客から給与債権を買い取って金銭を交付した業者は、常に当該労働者を通じて譲渡に係る債権の回収を図るほかないことになる。このような給与ファクタリングを業として行う場合においては、業者から当該労働者に対する債権譲渡代金の交付だけでなく、当該労働者からの資金の回収が一体となって資金移転の仕組みが構築されているというべきである。

「本件取引では、前述のとおり、債権譲渡人たる被告の買戻義務は明確に定められていないものの、被告は、譲渡した給与債権の支給日(振込日)には、受領した給与の中から、譲渡債権の額面額を支払うことが当然の前提とされていたことが認められる。このことは、被告が同日に額面額を支払わなかったとすると、原告から被告に厳しい取立てがされるのみならず、使用者に債権譲渡が通知され、使用者の信頼を損なったり、迷惑をかけたりするおそれがあることに加え、額面額の全額を支払うまで、原告から本件のような請求を受け続けることからも裏付けられる。」

「また、原告は、債務者の破綻等による不払の危険を負担している旨主張するが、給与債権は破産手続においても財団債権ないし優先的破産債権とされて厚く保護されており(破産法149条1項、98条1項)、通常使用者にとって支払の優先度の高いものであるから、その不払の危険は被用者である債権譲渡人の破綻の危険と比べて極めて小さい。しかも、原告が給与債権を譲り受けるに際しては、前月まで直近3か月の給与が遅滞なく支払われていることを確認した上で、翌月の給与債権を譲り受けることになるから、その間に債務者が破綻等する危険はかなり低いというべきである。」

「さらに、そのような事態が生じたときにはそもそも被用者からの回収も見込めなくなるから、実態としても被用者に対する通常の金銭消費貸借による貸付けとは異なる危険を負担しているとはいい難い。」

「したがって、本件取引のような給与ファクタリングの仕組みは、経済的には貸付けによる金銭の交付と返還の約束と同様の機能を有するものと認められ、本件取引における債権譲渡代金の交付は、『手形の割引、売渡担保その他これらに類する方法』による金銭の交付であり、貸金業法や出資法にいう『貸付け』に該当する。

そうすると、原告は、業として『貸付け』に該当する給与ファクタリング取引を行う者であるから、貸金業法にいう貸金業を営む者に当たる。

そして、原告が支払を請求する前記・・・の取引について、貸金業法ないし出資法の定める計算方法により年利率を計算すると、・・・年850%を超える割合による利息の契約をしたと認められる(なお、これ以前に行われた取引の利率も、いずれも年700%を超えるものであり、・・・最初の取引に至っては、年1800%を超える利率となる)。これは、貸金業法42条1項の定める年109.5%を大幅に超過するから、本件取引は同項により無効であると共に、出資法5条3項に違反し、刑事罰の対象となるものである。

「したがって、原被告間の本件取引が有効であることを前提として、譲渡債権に係る給与を受領した被告に対して、譲渡債権の額面額を支払う合意の履行を求めたり、譲渡債権の額面額を不当に利得したとして不当利得の返還を求める原告の請求は、その前提を欠くものであって、理由がない。

3.給与ファクタリング業者とは関わり合いにならないのが一番だが・・・

 給与ファクタリング業者は、ファクタリング業者を自称してはいても、その実体は単なる闇金融であることが多々みられます。

 闇金融からの違法な請求・取り立て行為に対しては、本件裁判例が構築しているような理屈で対抗することができます。

 しかし、闇金融と関わり合いになることは、多くの人にとって多大なストレスを伴います。救済法理はあるにしても、金融庁が注意喚起しているとおり、関わり合いにならないにこしたことはありません。

 第一次的には関わらないのが一番ですが、万一、関わってしまったら、速やかに弁護士のもとに相談に行くことをお勧めします。

 

雇用調整助成金を利用せず有期労働者を整理解雇することは非常に難しい

1.有期労働者への整理解雇の四要素の適用

 整理解雇=経営上の理由による人員削減のための解雇の効力は、①人員削減を行う経営上の必要性、②使用者による十分な解雇回避努力、③被解雇者の選定基準およびその適用の合理性、④被解雇者や労働組合との間の十分な協議等の適正な手続、という4つの観点から判断されると理解されています。

(90)【解雇】整理解雇|雇用関係紛争判例集|労働政策研究・研修機構(JILPT)

 この整理解雇の4要素の考え方は、無期で働く正社員を整理解雇する場面だけではなく、有期労働者を整理解雇する場面にも適用があります。

 ただ、同じく4要素に基づいて判断されるとはいっても、有期労働者は、無期で働く正社員よりも、ずっと解雇されにくい立場にあります。

 意外に思われる方もいるかも知れませんが、契約期間内である限りは、有期労働者の方が無期で働く正社員よりも強く保護されています。例えば、福岡地小倉支判平29.4.27労働判例1223-17 朝日建物管理事件は、

「本件労働毛役は期間の定めのある労働契約であるから、被告が原告をその期間途中において解雇するためには、『やむを得ない事由がある場合』でなければならず(労働契約法17条1項)、期間の定めの雇用保障的な意義や同条項の文言等に照らせば、その合理性や社会的相当性について、期間の定めのない労働契約の場合よりも厳格に判断するのが相当というべきである。」

と、有期労働者の解雇が無期労働者の解雇よりも困難であると明示的に述べています。

 整理解雇の4要素の考え方は、無期で働く正社員に適用される場合にも、かなり厳格な基準として機能しています。そのため、有期労働者に適用される場合には、解雇をほぼ不可能にするのと同じくらい強い力を発揮します。そのことは、昨日ご紹介した仙台地決令2.8.21労働判例1236-63 センバ流通(仮処分)事件の判示事項からも読み取ることができます。

2.センバ流通(仮処分)事件

 本件は、労働契約上の地位の保全や、賃金の仮払の可否がテーマになった労働仮処分事件です。

 本件で債務者になったのは、タクシーによる一般乗用旅客自動車運送業等を目的とする有限会社です。

 債権者になったのは、債務者との間で有期労働契約を締結し、タクシー乗務員として働いていた方です。債務者から整理解雇されたことを受け、その無効を主張し、労働契約上の地位の保全や、賃金の仮払を求める仮処分の申し立てを行いました。

 本件の事案としての特徴は、雇用調整助成金の申請を行うことなく、整理解雇に踏み切られていたことです。昨日は、これが解雇可否努力との関係で、どのように評価されるのかをご紹介しました。本日は、これが人員削減を行う経営上の必要性との関係で、どのように評価されたのかをご紹介させて頂きます。

 本件の人員削減を行う経営上の必要性について、裁判所は、次のとおり述べて、これを否定しました。

(裁判所の判断)

「債務者の売上については、令和2年3月頃から、新型コロナによるタクシー利用客の減少による売上の減少が始まり・・・、令和2年4月は利用客が著しく減少した結果、売上が激減した・・・。」

「債務者の令和2年4月の収支を見るに、上記・・・のとおり、債務者の運賃収入は約501万円にとどまるにもかかわらず、乗務員給与約762万円、退職金約531万円、法定福利費約71万円、燃料費約116万円、製造経費約138万円(主な内訳は修繕費約64万円、保険料約28万円、自賠責保険料約24万円等)、販売管理費約269万円(主な内訳は給料手当約80万円、地代家賃約45万円、宣伝広告費約50万円、雑費約49万円等)等の合計約1902万円の経費が発生し、営業外収支を含め最終的に同月は約1415万円もの支出超過となっている。」

「また、債務者の令和2年4月30日の資産全体を検討しても、上記・・・のとおり、資産は現預金約2769万円、仮払消費税約421万円等の合計約4101万円に過ぎないのに対し、負債は前会計年度の未払消費税約1110万円、仮受消費税約1408万円、Fに対する2000万円以上の実質的な借受金を含む約3665万円の未払費用、Eからの900万円の借入金を含む長期借入金約936万円等の合計約7234万円であり、総額約3133万円もの債務超過となっている。」

「このような収支及び資産状況に加え、新型コロナの影響によるタクシー利用客の減少がいつまで続くのか不明確な状況であった以上、本件解雇時において、債務者に人員削減の必要性があること及びその必要性が相応に緊急かつ高度のものであったことは疎明がある。」

「しかし、令和2年4月と同様の支出が今後も継続するのかという点については、給与は従業員を休業させることによって6割の休業手当の支出にとどめることが可能であり、しかも、雇用調整助成金の申請をすればその大半が補填されることがほぼ確実であった・・・。また、退職金は恒常的に発生するものではなく、燃料費及び製造経費の大半を占める修繕費、保険料、自賠責保険料は、臨時休車措置をとることにより免れることができた・・・。販売管理費についても、地代家賃はともかくとして、給与手当や宣伝広告費、雑費等は削減の余地がある。そうすると、債務者の単月当たりの収支は大幅に改善の余地があったといえる。」

「また、債務者の負担する債務については、E及びFに対する負債が2900万円以上を占めている。債務者とE及びFとの間には資本関係等はないものの、Eが債務者の初代代表取締役であり・・・、現代表者に代わって団体交渉に出席するなど・・・、経営に密接に関与していることからすると、E及びEが代表者を務めるFに対する債務は即時全額の支払の必要があるとは解されない。そうすると、債務者の債務超過の程度は額面ほど大きくはないものといえる。」

「そして、債務者は、令和2年5月1日及び8日に合計500万円をEから借り入れていること・・・から明らかなとおり、Eからさらに融資を受けることが可能であった。」

「また、債務者は、貸借対照表上に金融機関からのものと思われる借入金の計上がほとんどないこと・・・、債務者は平成27年以降、継続して約1億8364万円から約2億円を超える運賃収入を計上するなど・・・、相応の営業規模の企業であったことからすると、当面の資金繰りについては金融機関から融資を受ける余地も十分にあったものと考えられる。

「さらに、債務者が本件解雇に際して交付した本件解雇通知には、『借金が100万円単位で増えていき、いつまで増えるのかを解らないまま増やし続けられない』『要はコロナウイルスが終息した時従業員の給料を減額しなければ借金返済不能の様な結果は避けなければならない』との記載があるが、かかる記載からは、債務者において、さらなる借金が不可能ではないと考えていること、現状のままでも給与を減額すれば存続可能であると考えていることがうかがわれる。少なくとも、本件解雇をしなければ直ちに倒産に至るとの見通しであったとは考えられない。

「これらの事情を総合すると、債務者の人員削減の必要性については、直ちに整理解雇を行わなければ倒産が必至であるほどに緊急かつ高度の必要性であったことの疎明があるとはいえない。

4.倒産必至でなければ人員削減を行う経営上の必要性すら認められない

 人員削減を行う経営上の必要性は、整理解雇の可否を判断するにあたり、それが認められなければ論外という入口の役割を果たしています。そして、整理解雇の可否は、各要素の相関で決まるためか、近時の裁判例の傾向として、無期で働く正社員が対象になる場合、倒産必至の状態でなければ人員削減を行う経営上の必要性すら認められないといった極端な判断がなされることは、あまりありません。

 しかし、センバ流通(仮処分)事件では、

休業と雇用調整助成金を使えば収支は大幅に改善する、

資本関係がなくても経営が密接に関連する取引先への支払いは直ちにしないでもいい、

資金繰りは金融機関から借りればいい、

給与を減らせば存続できるなら給与を減らせ、

というかなり思い切ったことを指摘したうえ、

倒産必至であるような状況にはないから、人員削減の必要性は認められない、

と判示しました。

 雇用調整助成金が、かなり手厚く支給されることを考えると、これを利用することなく有期労働者を整理解雇することは、不可能に近いと評しても、過言ではなさそうに思います。

 有期労働者は、法律上、かなり強く保護されています。

 コロナ禍の中、雇用調整助成金の利用すらしてもらえず、期間途中で整理解雇されてしまった有期労働者の方は、法的措置を検討してみても良いのではないかと思います。

 

雇用調整助成金を利用せずに行われた整理解雇の効力(解雇回避努力との関係)

1.解雇回避努力

 整理解雇=経営上の理由による人員削減のための解雇の効力は、①人員削減を行う経営上の必要性、②使用者による十分な解雇回避努力、③被解雇者の選定基準およびその適用の合理性、④被解雇者や労働組合との間の十分な協議等の適正な手続、という4つの観点から判断されると理解されています。

(90)【解雇】整理解雇|雇用関係紛争判例集|労働政策研究・研修機構(JILPT)

 新型コロナウイルスが流行し始め、企業への深刻なダメージが懸念されたころ、整理解雇の効力と雇用調整助成金との関係が議論されました。この時は、助成金を申請しなくても整理解雇は許容されるとする見解と、助成金を申請しないで行われた整理解雇は解雇回避努力との関係で効力に疑義があるとする見解と、大雑把に言って二つの見解の対立があったように記憶しています。

 しかし、雇用調整助成金などの諸般の支援策が効を奏したのか、極端かつ大規模な整理解雇が行われたという話はあまり聞かれず、長らくの間、整理解雇の効力と雇用調整助成金との関係については、公表裁判例に乏しい状態が続いていました。

 そうした状態の中、近時公刊された判例集に、雇用調整助成金と整理解雇の効力との関係性について、かなり踏み込んだ判断をした裁判例が掲載されていました。仙台地決令2.8.21労働判例1236-63 センバ流通(仮処分)事件です。

 センバ流通(仮処分)事件では、幾つもの興味深い判断が示されていますが、本項では解雇回避努力との関係について紹介します。

2.センバ流通(仮処分)事件

 本件は、労働契約上の地位の保全や、賃金の仮払の可否がテーマになった労働仮処分事件です。

 本件で債務者になったのは、タクシーによる一般乗用旅客自動車運送業等を目的とする有限会社です。

 債権者になったのは、債務者との間で有期労働契約を締結し、タクシー乗務員として働いていた方です。債務者から整理解雇されたことを受け、その無効を主張し、労働契約上の地位の保全や、賃金の仮払を求める仮処分の申し立てを行いました。

 本件の事案としての特徴は、雇用調整助成金の申請を行うことなく、整理解雇に踏み切られていたことです。

 これが解雇回避努力との関係でどのように評価されるのかが注目されたところ、裁判所は、次のとおり述べて、解雇回避措置の相当性について「相当に低い」と評価しました。事案の結論としても、整理解雇の効力を否定しています。

(裁判所の判断)

「債務者は、本件解雇に先立つ解雇回避措置として、令和2年4月17日以降、それまで、概ね16人から10人程度稼働していた従業員のうち4人程度を除いて休業させ、稼働する乗務員に残業や夜勤を禁止するなどして、賃金や残業代、深夜割増手当の削減をしたこと、取引先に対し値引き交渉を行ったことは疎明がある。」

「しかし、債務者は、本件解雇に先立ち、雇用調整助成金の申請や臨時休車措置の活用はしていない。

令和2年3月から4月中旬にかけて、厚生労働省や労働基準監督署、宮城県タクシー協会がホームページや説明会を利用して雇用調整助成金を利用した雇用の確保を推奨していたこと・・・、東北運輸局がホームページを利用して臨時休車措置の利用を推奨していたこと・・・、債務者自身が、令和2年4月20日から同月27日までの間、雇用調整助成金の利用を検討する旨の説明を債権者らや他の従業員にしていたこと・・・に照らすと、債務者は、本件解雇に先立ち、これらの措置を利用することが強く要請されていたというべきである。債務者の解雇回避措置の相当性は相当に低い。

「この点、債務者は、①緊急かつ高度の人員削減の必要性があり、時間をかけて解雇回避措置を実施する時間的余裕がなかった、②雇用調整助成金の受給を受けるまでの間休業手当の支払を継続するだけの財政的基盤がなかった旨を主張するが、当面の間は保有している現預金や融資を活用して資金繰りが可能であったことは上記のとおりである。債務者の主張は上記結論を左右しない。」

3.やはり整理解雇には、最低限、雇用調整助成金の申請が前置されるべきだろう

 整理解雇にあたり、雇用調整助成金の利用を強制するべきではないとする見解は、大体、本件の債務者のように、「そんな暇はない。」「いつ支給されるのかも分からない雇用調整助成金をあてにした資金繰りはできない。」といったことを指摘します。

 しかし、センバ流通(仮処分)事件の裁判所は、そうした論理を否定しました。

 雇用調整助成金は、厚生労働省のFAQによると、書類が整っている場合、申請から2週間程度で支給/不支給決定が行われるとされています。

雇用調整助成金(新型コロナ特例)|厚生労働省

https://www.mhlw.go.jp/content/11600000/000645247.pdf

 最初の緊急事態宣言の最中で支給までのスケジュールが不透明であったセンバ流通(仮処分)事件においてさえ、雇用調整助成金の申請を先行すべきことが強く意識されていることを考えると、スケジュールがある程度見通せるようになっている現在時点においては整理解雇を行うには、猶更、雇用調整助成金の申請を先行して行うべきことが求められることになると思われます。

 冒頭で、極端かつ大規模な整理解雇は、あまり耳にしないと申し上げましたが、小規模な整理解雇もどきの解雇は、日常相談業務に携わっているだけでも、一定数目にします。

 雇用調整助成金の申請すら行わない勤務先から、安易に整理解雇された方は、本件のような裁判例を根拠に、その効力を争うことを検討してみても良いのではないかと思います。

 

軽微な非違行為を理由に定年後再雇用拒否することは許されるか?

1.軽微な非違行為と定年後再雇用の問題

 軽微な非違行為を理由に、定年後再雇用を拒否することは許されるのでしょうか?

 過去、名古屋高判令2.1.23労働判例1224-98学校法人南山学園(南山大学)事件という裁判例がありました。

 これは譴責処分を受けたことを理由とする定年後再雇用拒否の効力が争われた事案です。この事件では、そもそも譴責処分が無効ということで、定年後再雇用の拒否が許されないという結論になったこともあり、譴責処分と定年後再雇用拒否を結びつける大学のルールそれ自体の適法性は判断の対象になりませんでした。

 しかし、高年齢者雇用安定法上の継続雇用措置とは、

「高年齢者が希望するときは、当該高年齢者をその定年後も引き続いて雇用する制度」

をいいます(高年齢者雇用安定法9条1項2号)。希望さえすれば引き続いて雇用してもらえることが前提であるにもかかわらず、譴責の対象でしかないような軽微な非違行為を理由に定年後再雇用を拒否することは、法的に許されるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり、参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。富山地決令2.11.27労働判例1236-5 ヤマサン食品工業(仮処分)事件です。

2.ヤマサン食品工業(仮処分)事件

 本件は定年後再雇用を拒否された労働者が申し立てた仮処分事件です。

 債務者会社は、各種山菜の缶詰製造等を業とする株式会社です。

 債権者労働者は、被告でA3室係長として勤務していた方です。定年後再雇用を拒否されたことを受け、賃金仮払い等を求める仮処分を申立てました。

 債権者が定年後再雇用を拒否されたのは、譴責処分を受けたからです。

 定年前に債権者と債務者との間で交わされた定年後再雇用に関する合意(本件合意)には、

「就業規則の定めに抵触した場合」

契約を破棄し、再雇用の可否及び労働条件を再度検討するとの条項が付けられていました(本件就業規則抵触条項)。

 債権者は、

自宅待機中に使用外出したこと、

関連会社が従業員に対して無償提供していた除菌水を一人で大量に持ち帰ったこと、

が就業規則の定めに抵触するとして、譴責処分を受けました。

 これを受け、債務者は、就業規則に抵触して譴責処分を受けたのだから、本件合意を解除し、定年後再雇用契約を締結しないと通告しました。

 本件では、こうした取り扱いが許容されるのかが争点になりました。

 争点に対する判断の中で、裁判所は、本件就業規則抵触条項の評価について、次のとおり判示しました。

(裁判所の判断)

「平成24年改正前の高年法9条2項においては、労使協定により、継続雇用制度の対象者を限定する基準を定めることが認められていたが、同改正により同項が削除され、事業主には、同改正附則3項の経過措置に定められた年齢の者を対象とする場合を除き、継続雇用を希望する定年到達者全員を65歳まで継続雇用することが義務付けられたのであり、その趣旨は、老齢厚生年金の受給開始年齢までの収入を確保することにあると解される。そして、『高年齢者雇用確保措置の実施及び運用に関する指針』の内容をも踏まえると、心身の故障のために業務に耐えられないと認められることや、勤務条件が著しく不良で引き続き従業員としての職責を果たし得ないこと等の就業規則に定める解雇事由又は退職事由(年齢に係るものを除く。)に該当する場合に限り、例外的に継続雇用しないことができるが、労使協定又は就業規則において、これと異なる基準を設けることは、平成24年改正後の高年法の趣旨を没却するものとして許されないと解するのが相当である。

(中略)

「本件就業規則抵触条項についても、解雇事由又は退職事由に該当するような就業規則違反があった場合に限定して、本件合意を解除し、再雇用の可否や雇用条件を再検討するという趣旨であると解釈すべきである。」

3.軽微な非違行為を理由に定年後再雇用を拒否することは許されない

 「高年齢者雇用確保措置の実施及び運用に関する指針」には、次のような記載があります。

「継続雇用制度を導入する場合には、希望者全員を対象とする制度とする。この場合において法第9条第2項に規定する特殊関係事業主により雇用を確保しようとするときは、事業主は、その雇用する高年齢者を当該特殊関係事業主が引き続いて雇用することを約する契約を、当該特殊関係事業主との間で締結する必要があることに留意する。」

「心身の故障のため業務に堪えられないと認められること、勤務状況が著しく不良で引き続き従業員としての職責を果たし得ないこと等就業規則に定める解雇事由又は退職事由(年齢に係るものを除く。以下同じ。)に該当する場合には、継続雇用しないことができる。」

「就業規則に定める解雇事由又は退職事由と同一の事由を、継続雇用しないことができる事由として、解雇や退職の規定とは別に、就業規則に定めることもできる。また、当該同一の事由について、継続雇用制度の円滑な実施のため、労使が協定を締結することができる。なお、解雇事由又は退職事由とは異なる運営基準を設けることは高年齢者等の雇用の安定等に関する法律の一部を改正する法律(平成 24 年法律第 78 号。以下「改正法」という。)の趣旨を没却するおそれがあることに留意する。

「ただし、継続雇用しないことについては、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であることが求められると考えられることに留意する。」

高年齢者雇用安定法の改正〜「継続雇用制度」の対象者を労使協定で限定できる仕組みの廃止〜|厚生労働省

https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/koureisha/topics/dl/tp0903-560.pdf

 裁判所は、上記指針を踏まえ、定年後再雇用を拒否できるのは、解雇事由又は退職事由に該当する場合に限られ、これと異なる基準を設けることは、そもそも許容されないと判示しました。そのうえで、本件就業規則抵触規定にも、解雇事由又は退職事由に該当するような就業規則違反があった場合に限り、本件合意を解除し、再雇用の可否や雇用条件を再検討するという趣旨であるという限定解釈を加えました。

 裁判所の判示に従うと、基準を設けること自体が禁止の対象になるため、学校法人南山学園(南山大学)事件のように、譴責のような軽微な懲戒処分と定年後再雇用の拒否とを無条件に結びつけるようなルールは、許容されないという帰結されるのではないかと思います。

 そして、軽微な懲戒処分と定年後再雇用の拒否を結びつけるようなルールが無効であるならば、譴責の効力にまで立ち入った判断をしなくても、使用者側から本来解雇に相当する重大な非違行為が温情的に譴責処分に留められたといったような余程特殊な事情でも立証されない限り、定年後再雇用拒否は許されないことになりそうです。

 軽微な非違行為でも効力を維持されがちな譴責の効力を争うよりも、非違行為が解雇事由に該当するのかをダイレクトに問題にした方が、労働者側として争いの筋がいいことは確かです。本件の裁判所が示した判断は、定年後再雇用の拒否を争うにあたり、実務上参考になるように思われます。

 

公立学校教師(教育職員)の持ち帰り残業と公務災害

1.教育職員の長時間労働の問題

 公立学校教師の長時間労働を問題視する声の高まりを受け、令和2年1月17日、文部科学省から、

「『公立学校の教育職員の業務量の適切な管理その他教育職員の服務を監督する教育委員会が教育職員の健康及び福祉の確保を図るために講ずべき措置に関する指針』の告示等について」(元文科初第1335号)

という通知が出されました。

「公立学校の教育職員の業務量の適切な管理その他教育職員の服務を監督する教育委員会が教育職員の健康及び福祉の確保を図るために講ずべき措置に関する指針」の告示等について(通知)(令和2年1月17日):文部科学省

 これは「在校等時間」に上限規制を設け、教育職員の長時間労働を抑制しようとするものです。

 しかし、教育職員の業務量そのものが減少するわけではないため、持ち帰り残業を招き、より長時間労働の実体が分かりにくくなるだけではないかとの懸念も出されています。

2.持ち帰り残業での労働時間把握の重要性

 脳・心臓疾患にしても、精神障害にしても、それが公務災害(労災)と認定されるためには、時間外労働の時間数が一定のボリュームを持っていることが、重要な意味を持ちます。上記通知の発出により、持ち帰り残業が増加すると、自宅で何時間働いていたのかという困難な論証に挑まなければならなくなる事件が増加するのではないかと予想されます。

 そうした問題意識を持っていたところ、近時公刊された判例集に、持ち帰り残業の労働時間数に着目したうえ、脳幹部出血に公務起因性を認めた裁判例が掲載されているのを目にしました。福岡高判令2.9.25労働判例1235-5 地公災基金熊本県支部長(市立小学校教諭)事件です。

3.地公災基金熊本県支部長(市立小学校教諭)事件

 本件は公務外災害認定処分の取消訴訟です。

 原告になったのは、市立小学校の教諭の方です。脳幹部出血を発症し、後遺障害を負ったことについて、公務災害認定請求を行いました。しかし、公務外であるとの認定を受けてしまったため、その取消を求めて出訴しました。

 原審は原告の請求を棄却し、公務外認定処分の効力を維持しました。これに対し、原告が控訴人となって控訴提起したのが本件です。

 本件では持ち帰り残業の時間数が争点の一つとなりましたが、裁判所は次のとおり述べて、一審判決を取り消し、公務起因性を認定しました。

(裁判所の判断)

「控訴人は、平成23年度の2学期において、本件小学校のクラス担任は担当していなかったものの、算数TT教員として授業を受け持ち、水曜日の5校時に『あいあいたいむ』のない週以外は原則として1校時から5校時までの全ての時間に授業を担当していた。また、控訴人は、研究主任として毎週水曜日に実施される校内研修の企画、立案、資料の作成、研究発表会に向けての提案や資料作成をするとともに、本件小学校がモデル校及び推進校に指定されたことにより必要となった研究紀要の作成の業務、関連する取組としての『チャレンジよみもの』のプリントの作成及び返却されたプリントへのコメント記入、思考力プリントの作成、計算大会の問題の作成等の業務を行っていた。さらに、控訴人は、部活動の指導を担当し、休日に試合の引率を担当することもあった。」

「上記各業務の内容は、認定事実・・・に記載のとおりであり、その内容を検討すると、個々の業務自体が過重であるとまではいえないものの、控訴人は、これらの業務を同時期に並行して処理していたのであるから、控訴人の業務上の負荷については、控訴人の業務を全体として評価する必要がある。」

「本件発症前1か月間における控訴人の週40時間(1日当たり平均8時間)を超える校内時間外労働時間は51時間06分、自宅での時間外労働時間は41時間55分であり、時間外労働時間の合計は93時間01分にのぼる。この時間は、認定基準において『通常の日常の職務に比較して特に過重な職務に従事したこと』に該当する場合の一つとして挙げられている、発症前1か月における月100時間(週当たり平均25時間)の時間外労働には達していないものの、これに近い時間数であるということができる。」

「また、控訴人の本件発症前2週間の時間外労働時間は、本件発症前1週目につき28時間38分・・・、本件発症前2週目につき33時間34分・・・であって、いずれも週当たり25時間を超えている。」

「さらに、控訴人の本件発症前2か月目の時間外労働時間は40時間09分(校内時間外労働時間31時間45分、自宅での時間外労働時間8時間24分)であり、本件発症前3か月目から6か月目までの校内時間外労働時間は別紙・・・のとおりである。上記期間において、認定基準で『通常の日常の職務に比較して特に過重な職務に従事したこと』に該当する場合の一つとして挙げられている、発症前1か月を超える月平均80時間(週当たり20時間)の時間外労働をしたと認められる期間はないものの、本件発症前6か月目の校内時間外労働時間がほぼ80時間となるなど、長期間にわたって恒常的に長時間の時間外労働をしていたということができる。」

前記のとおり、控訴人の時間外労働時間には、自宅での作業時間が含まれているところ、自宅での作業は、職場における労働に比して緊張の程度が低いということができる。しかし、前記認定の控訴人の業務内容に加え、別紙・・・のとおり認められる時間外労働の状況からすれば、控訴人は、本件発症前1か月間において、通常の出勤日は午後7時ころまで本件小学校で時間外労働をした上で、仕事を持ち帰り、自宅で公務に該当する業務を行っていたと認められ、これらの事情によれば、控訴人は、職場で時間外労働をした後、そこで終了させることのできなかった文書やプリント類の作成の業務を自宅で行うことを余儀なくされていたものと認められる。また、その自宅作業の時間及び時刻からすれば、控訴人は、自宅作業を行うことを余儀なくされた結果、睡眠時間が減ったものと認められる。

「本件発症の前日である12月13日においても、控訴人は、本件小学校から帰宅後、午後8時44分から午後11時37分まで自宅で業務を行っていたことが認められ、12月14日は午前7時40分に本件小学校に出勤している(甲1・53頁)から、本件発症の前日の夜から朝にかけての睡眠時間も短いものであったと認められる。」

「前記のとおり、控訴人は、本件小学校での授業のない土曜日や日曜日に、部活動の試合の引率を担当することもあり、本件発症前1か月間では3回(11月20日、同月26日、12月10日)行っていた。この部活動の試合の引率は、本来休日である土曜日又は日曜日に、午前の早い時間に自宅を出て対応することを余儀なくされていたものであって、睡眠時間及び休日の休息の時間を減少させ、控訴人の疲労の回復を遅らせる要因となったものということができる。」

「長時間労働の継続による睡眠不足と疲労の蓄積が脳血管疾患の発症の基礎となる血管病変等を増悪させ得る因子となることは医学的経験則となっているところ・・・、上記・・・の事情を総合考慮すれば、控訴人の本件発症前における業務は、その身体的及び精神的負荷により、脳血管疾患の発症の基礎となる血管病変等をその自然経過を超えて増悪させ得ることが客観的に認められる負荷であったということができる。

4.通知前の事案ではあるが・・・

 持ち帰り残業への懸念に対しては、冒頭でご紹介した通知でも一定の手当がされています。具体的に言うと、通知は、

「在校等時間の上限を遵守することのみが目的化し、それにより自宅等における持ち帰り業務の時間が増加することはあってはならないこと。本来、業務の持ち帰りは行わないことが原則であり、仮に行われている場合には、その縮減のために実態把握に努めること。

と規定しています。

 本件は通知の発出前の事案であり、パソコンに残された記録をもとに持ち帰り残業の労働時間数が認定されました。通知の発出後は、持ち帰り残業が行われている場合、その実態把握に努めることとされているため、もう少し立証が楽になる可能性もありますが、本件は持ち帰り残業における労働時間数の認定、持ちかえり残業の業務負荷など、主張、立証の計画を考えて行くにあたり、先例として一定の意義を有する事案だと思われます。

 

放漫経営のツケを埋め合わせるための退職金制度の廃止合意の有効性

1.退職金減額合意の効力を論じた裁判例

 退職金減額の合意の効力を論じた最高裁判例に、最二小判平28.2.19労働判例1136-6山梨県民信用組合事件があります。

 この事件で、最高裁は、

「労働契約の内容である労働条件は、労働者と使用者との個別の合意によって変更することができるものであり、このことは、就業規則に定められている労働条件を労働者の不利益に変更する場合であっても、その合意に際して就業規則の変更が必要とされることを除き、異なるものではないと解される(労働契約法8条、9条本文参照)。もっとも、使用者が提示した労働条件の変更が賃金や退職金に関するものである場合には、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為があるとしても、労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服すべき立場に置かれており、自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば、当該行為をもって直ちに労働者の同意があったものとみるのは相当でなく、当該変更に対する労働者の同意の有無についての判断は慎重にされるべきである。そうすると、就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解するのが相当である(最高裁昭和44年(オ)第1073号同48年1月19日第二小法廷判決・民集27巻1号27頁、最高裁昭和63年(オ)第4号平成2年11月26日第二小法廷判決・民集44巻8号1085頁等参照)。」

と判示し、形式的に退職金減額の合意が存在するかのような体裁が生じていても、その効力が否定される場合があることを認めました。

 この系譜に属する裁判例で、近時公刊された判例集に興味深い裁判例が掲載されていました。大阪地判令2.10.29労働判例ジャーナル108-40 東神金商事件です。何が興味深いのかというと、放漫経営のツケを埋め合わせるための退職金制度の廃止合意の効力を否定したことです。

2.東神金商事件

 本件で被告になったのは、土木建築資材の販売等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告の元従業員2名です。被告を退職した後、在職中の退職金制度の廃止の効力を争い、その支払いを求める訴えを提起しました。

 被告は、全従業員の同意を得て退職金制度を廃止したうえ、就業規則を変更したので退職金の支払い義務を負わないとして、原告の請求を争いました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、退職金制度の廃止合意の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「被告は、平成26年10月頃に本件旧就業規則から退職金を支給しない旨の就業規則(本件新就業規則及び本件新賃金規程)に変更する前提として、平成13年頃、既に原告Aを含む被告の従業員全員の同意を得て、被告の退職金制度を廃止していた旨主張し、これに沿う被告代表者の供述(陳述書の記載を含む。)も存する。」

「しかしながら、将来の退職金を失わせるという不利益の大きさに鑑み、その同意の有無については慎重に判断せざるを得ないところ、まず、原告Aを含む被告の従業員と被告との間で、退職金制度の廃止に同意する旨の書面は取り交わされていない・・・。また、原告Aを含む被告の従業員は、E会長及びD元社長から退職金制度の廃止の説明を受けた際、特に異議を述べておらず、退職金支払のための積立型保険の解約返戻金も受領しているけれども・・・、従業員としての立場を考えると、そのことから直ちに退職金制度の廃止自体にまで同意していたとまではいえない。そのほか、被告代表者の上記供述(陳述書の記載を含む。)部分を裏付けるに足りる証拠はなく、これを採用することができない。」

「仮に、原告Aを含む被告の従業員が形式上被告の退職金制度の廃止に同意したと見られる行為を行っていたとしても、同廃止は、被告が自社ビルを約3億円で購入し、その借金が嵩んだことを主たる要因とするものであって・・・、そのような理由で退職金を廃止されることに労働者が同意するとは考え難い。したがって、このような行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとはいえず、原告Aの同意があったものとすることができない(最高裁判所平成28年2月19日第二小法廷判決・民集70巻2号123頁等参照)。」

「したがって、原告Aを含む被告の従業員が被告の退職金制度の廃止を同意していたとは認められない。」

3.財務状態の悪さだけではなく、財務状態が悪くなった経緯が問われる

 この裁判例の目を引くところは、財務状態が悪くなった経緯を問題視し、退職金廃止合意の効力を否定した点です。現実問題、財務状態が悪くなったのだから仕方ないではないかといった現状追認的な判断はせず、自社ビルを約3億円で購入し、その借金が嵩んだことを主たる要因とする退職金制度の廃止など、労働者が納得するわけがないだろうという価値判断のもと、退職金制度の廃止合意の効力を否定しました。

 山梨県民信用組合事件の最高裁判決は、

「労働者により当該行為がされるに至った経緯」

が考慮要素になることを明示しています。そのため、合意の効力を判断するにあたり、経緯が参酌されるのは、当然ではあります。しかし、財務状態が悪化した理由に、ここまで踏み込んだ裁判例は、比較的珍しいように思います。

 放漫経営のツケを、労働者の賃金減額、退職金減額等で賄おうとする会社は、決して少なくありません。本件は、そうしたツケを押し付けられた労働者が、退職金減額の効力を争う場面で活用できる可能性を持つ事案として、位置付けることができます。

 

違法行為を理由とする解雇-勤務先から命令されたことは抗弁になるか?

1.違法行為を理由とする不利益取扱い

 違法行為をしたことは、多くの場合、懲戒処分などの不利益取扱いの理由になります。この違法行為が、自発的に行われたことであれば、責任をとらされるのも、ある程度は仕方ありません。しかし、違法行為が、勤務先や上司からの指示であった場合はどうでしょうか? 例えば、勤務先や上司から指示されて、入札談合に参加したり、許認可官庁の公務員に賄賂を渡した場合であっても、談合に参加したり、贈賄を実行したりした労働者は、懲戒処分などの不利益取扱いを免れないのでしょうか?

 勤務先からの指示であることを理由に労働者が懲戒処分などの不利益取扱いを免れるためには、乗り越えなければならないハードルが二つあります。

 一つ目は、違法行為を指示されたことを立証できるかという問題です。

 少し想像すれば分かることだとは思いますが、違法行為の指示は、できるだけ痕跡を残さないように行われます。そのため、違法行為を指示された実体があったとしても、それを立証することは、決して容易ではありません。

 二つ目は、違法行為を指示されたことが立証できたとして、指示されたことをやっただけなのだから企業秩序への侵害はない、ゆえに不利益を科するのは不当だという議論を、裁判所が受け入れるのかという問題です。

 司法機関としての性格からか、裁判所が違法行為をした人に対し同情的な姿勢を示すことは、あまりありません。違法行為を指示されたとしても、そのようなものは断ればよく、従った以上は責任を負うのは当たり前だ-裁判所の発想は、そうした考え方と親和的です。

 違法行為が不利益取扱いの理由になっており、それが会社からの指示に基づいているかが争われる事案は、多くの場合、一番目のハードルが乗り越えられずに終わります。そのため、二番目のハードルについての裁判所の考えは、今一分かりにくい状態にありました。こうした状況のもと、近時公刊された判例集に、二番目のハードルについての裁判所の考え方を知るにあたり、参考になる裁判例が掲載されていました。一昨日、昨日と紹介させて頂いている徳島地判令2.11.18 社会福祉法人柏涛会事件です。

2.社会福祉法人柏涛会事件

 本件で被告になったのは、社会福祉事業を行うことを目的とする社会福祉法人です。

 原告になったのは、被告が運営する知的障害者支援施設の従業員です。被告柏涛会から普通解雇されたことに対し、解雇無効を主張して地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件紛争が生じる以前、被告柏涛会は、職員の暴行で利用者(d)が小腸断裂の傷害を負ったとして、利用者dとその両親(dら)から損害賠償を求める訴えを起こされていました(第一訴訟)。高松高裁は、職員の暴行によって利用者に小腸断裂の傷害が発生したことを認め、利用者dの請求を一部認容する判決を言い渡しました。

 本件では、こうした背景事情のもと、施設の制服を着用してテレビ番組に出演し、虐待に関するインタビューに応じたところ、解雇されたという経過が辿られています。

 本件で被告柏涛会が主張した解雇理由は三点ありました。その中の一つに、

「利用者に対し、一室に閉じ込めたり、引きずるという虐待行為を行い、反省も認められないこと」

がありました。

 被告柏涛会は、上記の解雇理由を構成する具体的事実として、

平成18年3月24日に、第一訴訟の被害者である利用者dの襟首をつかんで引きずり回したこと、

平成14年頃から平成21年頃にかけて、利用者の居室の入口につっかえ棒をして利用者を室内に閉じ込めたこと、

を主張しました。

 これに対し、原告は、

「本件施設においては、利用者を本件施設の105号室、206号室に集め、部屋から出ていこうとする利用者の腕をつかんで引き戻すなどの行為が漫然と行われていた。このような処遇が行われていたのは、本件施設の慢性的な人員不足が放置されていたことに加え、そのようにしなければ被告bに叱責される状況であったからである。」

「原告は、このような処遇が利用者に対する『虐待』であると認識しつつも、他の職員と同様に、利用者の腕をつかんで引っ張って移動させたことがあるが、このような行為は原告単独で行われたものではなく、本件施設の方針に基づいて行われていたものである。」

と、虐待はしたが、それは被告柏涛会の方針であったからだと反論しました。

 裁判所は、次のとおり述べて、被告柏涛会主張に係る事実が、解雇理由になることを否定しました。

(裁判所の判断)

「被告柏涛会は、原告が、本件施設の利用者を室内に閉じ込めたことを、原告の解雇事由として挙げる。そして、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、本件施設においては、少なくとも平成14年頃から平成21年頃までの間、児童部については105号室、成人部男子については206号室に利用者が集められ、原告を含む少数の職員によって処遇されていたことや、原告が上記各部屋から出ようとする利用者の腕をつかんで引っ張って移動させるなどしていた事実が認められる。しかし、仮に、本件施設において行われていた、児童部、成人部男子の利用者を一室に集めるという取扱いが、客観的に見て不適切であると評価すべき余地があるとしても、被告柏涛会は、従前の各訴訟の中で、上記各部屋における利用者の処遇は適切な『見守り支援』であると主張していたのであって・・・、それが被告柏涛会の方針として行われていたものであることは明らかであり、原告が、独断で利用者に対する不適切な行為に及んでいたということはできない(なお、原告が、利用者の居室の入り口につっかえ棒をして利用者を室内に閉じ込めたと認めるに足りる証拠もない。)。また、原告は、部屋から出ようとする利用者の腕をつかんで引っ張って移動させたことは自認するが、その態様が、知的障害者支援施設の利用者が部屋から退出することによって生じる危険等を回避するために必要な限度を超え、その人格を無視し、自由を阻害するなど、利用者を虐待するものと評価すべきものであったと断ずることはできない。」

3.違法行為は勤務先から命令されたからだとの抗弁が通った?

 障害者虐待防止法2条7項1号は、

「障害者の身体に外傷が生じ、若しくは生じるおそれのある暴行を加え、又は正当な理由なく障害者の身体を拘束すること。」

を障害者虐待として定義しています。

 利用者の腕を掴んで引っ張って、一部屋に多数の利用者を押し込めるという対応は、私の感覚では、障害者虐待に該当する可能性が高いように思われます。

 この対応について、裁判所は、

「仮に、・・・客観的に見て不適切であると評価すべき余地があるとしても」

という留保をつけながらの判断ではあるものの、被告柏涛会の方針のもとで行われた行為であり、独断で行ったものではないことを理由に、原告を救済しました。

 入札談合や贈賄のような明らかに違法な行為まで妥当するかは疑問ですが、障害者虐待の成否といった違法か否かの判断が微妙な領域に関しては、違法行為が勤務先からの命令に基づいていることが、抗弁になり得るのかも知れません。