弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

勤務先の不祥事をマスコミに情報提供することによる報復の危険

1.勤務先の不祥事のマスコミへの情報提供

 勤務先の不祥事をマスコミに提供したいという相談を受けることがあります。そのようなことをして何の得があるのかという感覚を持つ方もいると思いますが、こうした相談は意外と多くあります。

 マスコミへの情報提供に関しては、公益通報者保護法の要件に合致する場合、解雇禁止などの法的保護を受けることができます(公益通報者保護法3条等参照)。しかし、公益通報者保護法で保護される範囲は、必ずしも広くはありません。

 公益通報者保護法の保護対象としての要件に合致しない場合、どうなるかというと、大抵の事案で報復を受けます。その報復は、かなり苛烈になる傾向があり、解雇等の重大な不利益取扱いを受けたという例も珍しくありません。

 こうした苛烈な報復行為に関しては好ましいとは思っていません。しかし、現実問題、枚挙に暇がないくらい発生しています。昨日紹介した徳島地判令2.11.18 社会福祉法人柏涛会事件も、マスコミへの情報提供に対する制裁が問題となった事件です。

2.柏涛会事件

 本件で被告になったのは、社会福祉事業を行うことを目的とする社会福祉法人です。

 原告になったのは、被告が運営する知的障害者支援施設の従業員です。

 本件紛争が生じる以前、被告柏涛会は、職員の暴行で利用者(d)が小腸断裂の傷害を負ったとして、利用者dとその両親(dら)から損害賠償を求める訴えを起こされていました(第一訴訟)。高松高裁は、職員の暴行によって利用者に小腸断裂の傷害が発生したことを認め、利用者dの請求を一部認容する判決を言い渡しました。

 この第一訴訟の控訴審判決の日、原告は同僚職員eと共に施設の制服を着用してテレビ番組に出演し、虐待に関するインタビューを受けました。

 インタビューの内容について、被告は次のとおり主張しています。

(被告の主張)

「原告は、四国放送が平成26年5月15日午後6時15分頃にテレビ放送した報道番組に、被告柏涛会のロゴ入りの制服を着て、eとともに出演した。上記番組内でのやりとりは次のような内容であった。

(アナウンサー)

『施設で日常的な暴行はなかったのか。施設の職員は四国放送の取材に対して』

(e)

『あのー、虐待って言うのは、あのー、日常、行われていました。叩いたり蹴ったりの虐待もいつものようにありました』

(原告)

『職員もそれが悪いとわかってたんですけれども、結局それが悪いと言えなかったという状態なので』

(アナウンサー)

『日常的な虐待を認める職員もいます。』」

 被告柏涛会は、このインタビューの後、原告に対し、質問内容を文書化するなどして、虐待の事実の調査を開始します。調査は原告が産前産後休暇・育児休暇を取得していた平成27年12月1日から平成30年6月7日までは行われませんでしたが、職場復帰日である同年6月8日から再開されました。被告柏涛会は、文書での質問を要求されたことを受け、原告を自宅待機とし、そのうえで質問状を送付しました。これに応じないでいたところ、同年12月11日、原告は被告から同年12月15日付けで解雇する旨の意思表示を受けました。

 これに対し、原告は、解雇無効を主要し、被告柏涛会を被告として、地位確認等を求める訴訟を提起しました。

 本件で、被告柏涛会は、次の三つの解雇理由を主張しました。

-解雇理由〔1〕-

利用者に対し、一室に閉じ込めたり、引きずるという虐待行為を行い、反省も認められないこと

-解雇理由〔2〕-

当法人の施設内における虐待行為等に関する聞き取り調査を拒否しこれに応じないこと。

-解雇理由〔3〕-

無断で当法人の制服を着用してテレビ番組に出演し、当法人の名誉を棄損する発言をしたこと。

 このうち注目するのは解雇理由〔1〕です。

 被告柏涛会は、

平成18年3月24日に、第一訴訟の被害者である利用者dの襟首をつかんで引きずり回したこと、

平成14年頃から平成21年頃にかけて、利用者の居室の入口につっかえ棒をして利用者を室内に閉じ込めたこと、

が解雇理由〔1〕を構成する具体的事実だと主張しました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、解雇理由〔1〕が就業規則上の解雇事由に該当することを否定しました。

(裁判所の判断)

「被告柏涛会は、原告が、平成18年3月24日、dの襟首をつかんで引きずり回したことを、原告の解雇事由として挙げる。そして、dの父が作成した説明図・・・には、平成18年3月24日正午前頃、本件施設の食堂前廊下において、本件施設の女性職員が、顔面蒼白で半白目となり、放心状態であるdの襟首を左手でわしづかみにし、強引に引きずっていた旨の記載があり、当該女性職員について、『(f)』と原告の氏名が、旧姓で記載されている。」

「しかし、dらと被告柏涛会との間では、被告柏涛会の職員がdに対して暴行を加えたとして第1訴訟が係属し、dらと被告柏涛会とは敵対関係にあったものであり、その一方当事者であるdの父が作成した上記説明図が客観的なものであるとはいい難い。また、その記載内容も、dの両親が、強引に引きずられているdを直近で目撃したとしながら、当該職員を制止したような事情もうかがわれず、いささか不自然であるといわざるを得ないし、dの父が、当該女性職員を原告であると断定した根拠も明らかでない。そうすると、上記説明図の記載は、にわかに採用することができない。そして、原告は、dを引っ張ったこと自体は自認しているものの・・・、原告が自認しているのは、職員が不足するため、本件施設内において、児童部の利用者を部屋から出られないようにし、部屋から退出しようとする利用者を引っ張って連れ戻していたという事実にすぎず、被告柏涛会が主張するような、dの襟首をつかんで引きずり回すという事実を認めているものとは解されない。他に、原告が、dの襟首をつかんで引きずり回したことを認めるに足りる証拠もない。

「被告柏涛会は、原告が、本件施設の利用者を室内に閉じ込めたことを、原告の解雇事由として挙げる。そして、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、本件施設においては、少なくとも平成14年頃から平成21年頃までの間、児童部については105号室、成人部男子については206号室に利用者が集められ、原告を含む少数の職員によって処遇されていたことや、原告が上記各部屋から出ようとする利用者の腕をつかんで引っ張って移動させるなどしていた事実が認められる。しかし、仮に、本件施設において行われていた、児童部、成人部男子の利用者を一室に集めるという取扱いが、客観的に見て不適切であると評価すべき余地があるとしても、被告柏涛会は、従前の各訴訟の中で、上記各部屋における利用者の処遇は適切な『見守り支援』であると主張していたのであって・・・、それが被告柏涛会の方針として行われていたものであることは明らかであり、原告が、独断で利用者に対する不適切な行為に及んでいたということはできない(なお、原告が、利用者の居室の入り口につっかえ棒をして利用者を室内に閉じ込めたと認めるに足りる証拠もない。)。また、原告は、部屋から出ようとする利用者の腕をつかんで引っ張って移動させたことは自認するが、その態様が、知的障害者支援施設の利用者が部屋から退出することによって生じる危険等を回避するために必要な限度を超え、その人格を無視し、自由を阻害するなど、利用者を虐待するものと評価すべきものであったと断ずることはできない。

3.外部機関に不祥事を出したことに対する勤務先の憎悪は甘くみれない

 本件の被告柏涛会は、信頼できる証拠もないのに、利用者dに身体的虐待を加えたことを解雇理由にしました。また、被告自身が定めていた「見守り支援」の方針に従っただけであるのに、利用者に虐待行為を加えたものとして、これも解雇理由にしました。

 障害者支援施設の職員に虐待のぬれぎぬを着せたことに関しては、ここまで過酷な報復をするのかと思う方がいるかも知れません。しかし、私の個人的な実務経験の範囲内で言うと、この程度であれば良くある話だといった感覚です。

 外部への通報が過度に抑制されるのは望ましくないし、報復を恐れて不祥事に口を噤むのも好ましいとは思っていません。また、違法な措置は、裁判をすることで、その効力を否定することができます。

 しかし、不祥事を外部に通報された時に、企業が抱く憎悪には、普通ではない何かを感じることが少なくありません。そのため、不祥事の外部へのリークには、かなりの覚悟を持っておくことが必要になります。少なくとも、カジュアルな苦情感覚で外部機関に情報を持ち込むことは、控えておいた方がいいように思います。

 

テレビ番組へのインタビューを理由とする解雇の効力が否定された例

1.記者会見に厳しい裁判所

 ジャパンビジネスラボ事件控訴審判決(東京高判令元.11.28労働判例1215-5)、三菱UFJモルガン・スタンレー事件(東京地判令2.4.3労働判例ジャーナル103-84)などの裁判例から分かるとおり、近時の裁判所は、記者会見に対し、あまり好意的な評価を与えてはいません。そうした評価の背景には、訴訟追行にあたり不可欠というわけではないにも関わらず、相手方の反論のない場で、一方当事者の見解をメディアを通じて拡散することへの疑問があるのではないかと思われます。

 一連の裁判例を踏まえると、勤務先にとって消極的な事実をマスコミに述べることに対し、労働者は慎重であるに越したことはありません。

 しかし、当然のことながら、マスコミとの関わり合いの一切が否定されるわけではありません。これまで否定例を紹介することばかりでしたが、近時公刊された判例集にマスコミとの関わり合いが肯定された裁判例が掲載されていました。徳島地判令2.11.18 社会福祉法人柏涛会事件です。

2.社会福祉法人柏涛会事件

 本件で被告になったのは、社会福祉事業を行うことを目的とする社会福祉法人です。

 原告になったのは、被告が運営する知的障害者支援施設の従業員です。被告柏涛会から普通解雇されたことに対し、解雇無効を主張して地位確認等を求める訴えを提起しました。

 本件紛争が生じる以前、被告柏涛会は、職員の暴行で利用者(d)が小腸断裂の傷害を負ったとして、利用者dとその両親(dら)から損害賠償を求める訴えを起こされていました(第一訴訟)。高松高裁は、職員の暴行によって利用者に小腸断裂の傷害が発生したことを認め、利用者dの請求を一部認容する判決を言い渡しました。

 本件では、こうした背景事情のもと、施設の制服を着用してテレビ番組に出演し、虐待に関するインタビューに応じたことが、解雇事由の一つとして主張されました。

 この部分についての被告の主張は、次のとおりです。

(被告の主張)

「原告は、四国放送が平成26年5月15日午後6時15分頃にテレビ放送した報道番組に、被告柏涛会のロゴ入りの制服を着て、eとともに出演した。上記番組内でのやりとりは次のような内容であった。

(アナウンサー)

『施設で日常的な暴行はなかったのか。施設の職員は四国放送の取材に対して』

(e)

『あのー、虐待って言うのは、あのー、日常、行われていました。叩いたり蹴ったりの虐待もいつものようにありました』

(原告)

『職員もそれが悪いとわかってたんですけれども、結局それが悪いと言えなかったという状態なので』

(アナウンサー)

『日常的な虐待を認める職員もいます。』」

 本件では、上述の原告の発言が解雇事由になるのかが争点の一つになりました。

 この問題について、裁判所は、次のとおり述べて、原告の発言は解雇事由には該当しないと判示しました。

(裁判所の判断)

「証拠・・・によれば、原告は、本件施設の旧制服を着用して四国放送の取材に応じ、『職員もそれが悪いとわかってたんですけれども、結局それが悪いと言えなかったという状態なので』などと発言し、その内容が、第1訴訟の控訴審判決が言い渡された平成26年5月15日に、報道番組内で放映された事実が認められる。そして、原告の上記発言内容が、知的障害者支援施設を運営する社会福祉法人である被告柏涛会の社会的評価を低下させるものであることは明らかである。

しかし、第1訴訟の控訴審判決においては、dの負った傷害は、被告柏涛会の従業員の暴行によるものであると認定されている上・・・、平成20年3月26日、徳島県が行った本件施設の職員からの聴取(聴取対象職員12名)でも、利用者の障害程度や状態にあった処遇でないと答えた者が7名、利用者への処遇を『一カ所に集めて軟禁状況』と答えた者が5名、利用者への支援が十分できていないと答えた者が6名、日常的に支援員が不足しているため十分な支援ができていないと答えた者が6名もおり・・・、本件施設における利用者に対する処遇が、職員らから見ても必ずしも十分なものではなかったことがうかがわれ、これらの事実に照らせば、四国放送のインタビューに対する原告の発言は、その重要な部分において真実であるといえる。そして、原告のインタビューにおける発言は、障害者地域生活自立支援センターにおける障害者に対する支援の状況に関するものであるから、公共の利害に関する事実であるといえ、また、原告と被告柏涛会との間で原告の処遇を巡る紛争があったことを考慮しても、上記発言は、障害者の支援に関するものであって、公益を図る目的によるものであるということができる。

「そうであれば、原告のインタビューにおける上記発言には違法性はなく、インタビューに応じたことをもって、原告に就業規則61条1項(3)、(4)に該当する事実があったとはいえない。

なお、eは、四国放送のインタビューに対し、虐待が日常的に行われ、叩いたり蹴ったりの虐待もいつものようにあった旨発言しているが、これはあくまでeによる発言であり、原告がこれを首肯する趣旨で上記発言をしたと認めるべき根拠はない。

※ 就業規則61条1項

(3)柏涛会が求める職務遂行能力において、職員本人の能力、勤務態度、人物の改善または向上が見られず、職員として不適当と柏涛会が判断したとき

(4)就業規則その他諸規則に定める規律違反が数度に及んで改善が見られないとき

3.同僚と一緒に出演しても巻き添えにはならない

 本件の判示で最も目を引かれたのは、原告の発言と同僚eの発言とが、切り離されて違法性を評価されている部分です。原告とeは、ともに番組に出演してインタビューを受けたとされています。

 eは『あのー、虐待って言うのは、あのー、日常、行われていました。叩いたり蹴ったりの虐待もいつものようにありました』と発言しています。原告とeの行為が共同行為のように捉えられ、日常的な虐待まで真実性立証の対象となると、そのハードルは一気に高くなります。そうなると、本件の結論がどうなっていたのかも、分かりません。

 しかし、裁判所は、共演したとしても、原告の発言は原告の発言、eの発言はeの発言という考え方を採用しました。このような考え方に依拠できると、自分の発言にさえ気を付ければよいだけになるため、労働者が複数名でマスコミのインタビューに答えるにあたっての負担は、かなり軽減されます。

 紛争予防、訴訟対策という観点から、マスコミとの関わりが危険なことに変わりはありませんが、本判決の判示事項は、労働者側にとって朗報になるものだと思います。

 

裸体写真の送付強要、奴隷契約書の送りつけの慰謝料

1.非典型的なハラスメント事案

 暴行や暴言といった典型的なハラスメント事案に関しては、裁判例の集積により、ある程度の相場観が形成されています。

 しかし、ハラスメント行為は多岐に渡っており、その全てが典型的であるわけではありません。時には予想の斜め上を行くハラスメントが行われることもあります。近時公刊された判例集に掲載されていた東京地判令2.10.28労働判例ジャーナル108-40 大器キャリアキャスティング事件も、そうした非典型的なハラスメントが問題になった事件の一つです。

2.大器キャリアキャスティング事件

 本件は、原告労働者が雇止めの効力を争って未払賃金の支払を求めるとともに、ハラスメントを理由とする損害賠償を請求した事件です。

 特異なのは損害賠償請求の部分で、原告は、ハラスメントに関し、次のような主張をしました。

(原告の主張)

「被告会社のエリアマネージャーであった被告P3は、令和2年1月4日、原告が勤務するセルフP4給油所に立ち寄り、原告が店舗2階で定時連絡の電話をしているところを見つけて原告に因縁をつけ、原告に対し,裸体写真を撮影してその写真を電子メールで送るよう強要したり、『奴隷契約書』と題する書面(甲7)を電子メールで送りつけ、性的な虐待を甘受するよう強要したものであり、被告P3の当該行為は不法行為に該当する。」

「原告は、前記・・・被告P3の行為によって精神的苦痛を受けたものであり、慰謝料は100万円が相当である。」

 被告が裁判所に欠席したことを受け、裁判所は、請求原因事実に自白があるとみなしたうえ、次のとおり判示して、原告の請求を認めました。

(裁判所の判断)

「被告P3は原告に対し不法行為に基づく損害賠償義務を負うと認められ、損害については、前記事実並びに証拠(甲7)及び弁論の全趣旨によって認められる本件に顕れた一切の事情を考慮すると、慰謝料として100万円を認めるのが相当である。」

3.被告欠席の事案ではあるが・・・

 本件は、欠席判決であることから原告の主張がそのまま認められたにすぎず、裁判所が相当と考える金額を示した事案とはいえないのではないかという疑問を持つ方がいるかも知れません。

 しかし、欠席判決であることは、適正な慰謝料額について裁判所が判断していないこととは、必ずしも結び付きません。なぜなら、裁判所は慰謝料額については、擬制自白に拘束されるわけではないからです。

 例えば、静岡地沼津支判平2.12.20労働判例580-17 ニューフジヤホテル事件は、被告不出頭の擬制自白事案でしたが、原告がセクシュアルハラスメントを理由に慰謝料500万円の支払いを請求したことに対し、精神的損害に対する慰謝料の額は100万円が相当であると判示しています。つまり、被告欠席の事案であったとしても、慰謝料額については、過大な請求がそのまま認められるわけではありません。

 本件は裸体写真の送付を強要したり、奴隷契約書を送りつけたりするというハラスメントについて、被害者に支払われるべき慰謝料額を100万円と認定しました。奴隷契約書というものは流石に私も目にしたことがありませんが、性的な画像の送付を強要する例は稀にあり、同種事案における慰謝料水準を知るうえで参考になります。

 

有期労働契約者はセクハラ・パワハラ被害を訴えることが遅れても被害救済の可能性がある

1.問題はすぐに事件化すること

 一般の方の中には、

「時効期間が経過するまでは、事件にすることができる」

という誤解をしている方が少なくありません。

 しかし、この発想は実務的には明確な誤りです。一般論として、古い事件を掘り起こしても、勝てることはあまりありません。

 主な理由は二点あります。

 一点目は、主張、立証が困難になることです。人の記憶は時間の経過と共に薄れて行きます。そのため、時間が経過すると、具体的な主張を行うことが困難になります。また、証拠資料は散逸し、証人となってくれる協力者の記憶も曖昧になって行きます。古い事件で主張、立証責任を果たして行くことは、決して容易ではありません。

 二点目は、長期間に渡る問題の放置が、裁判所の心証形成上不利に働くことです。問題が起きても、すぐに事件化していなければ、裁判所は、

黙認する趣旨であった(だから今更文句は言わせない)、

本当はそのような事実はなかった(後付けで創作した話にすぎない)、

などと理由をつけ、声を挙げた人の主張を排斥します。

 そのため、古い出来事を事件化することについて相談を受けても、実務上、多くの事案では消極的な見解を出さざるを得ません。

 こうした状況の中、近時公刊された判例集に、ハラスメント事案について、興味深い経験則を判示した裁判例が掲載されていました。大阪高判令2.10.1労働判例ジャーナル108-32 奈良市事件です。

2.奈良市事件

 本件は奈良市の環境部まち美化推進課で業務嘱託職員として働いていた方が原告となり、奈良市を被告として、再任用拒否の違法性を主張して地位確認等を求めるとともに、セクハラ・パワハラ等を原因とする損害賠償を請求した事件です。

 一審は、地位確認等に関係する請求は棄却しました。しかし、損害賠償請求の一部は認容しました。これに対し、被告奈良市が控訴したのが本件です。

 控訴人奈良市は、セクハラ・パワハラについて、本訴を提起するまで原告・被控訴人が被害を訴えてこなかったのは不自然であるから、被害を受けたとする原告・被控訴人の供述は不自然で信用できないと主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、控訴人の主張を排斥しました。

(裁判所の判断)

「控訴人及び補助参加人は、被控訴人が本訴提起まで補助参加人その他の者にセクハラ、パワハラによる被害を訴えていないから、補助参加人から被害を受けたという被控訴人の供述は不自然で、信用できない旨主張する。」

「しかし、上記・・・で引用した原判決・・・認定のとおり、被控訴人は、平成28年に受験したストレスチェックにより専門家等への相談を推奨される結果となり、平成29年2月22日に、産業医であるF医師と面接し、その際、F医師に対し、補助参加人(E職員)から『お前が大嫌い』と言われる、あからさまに嫌な態度を取られる、E職員が若い職員にセクハラをする、派閥を作っている、などと訴えている(控訴人は、この際、被控訴人はF医師に被控訴人自身に対するセクハラの事実を告げていないというが、F医師作成の『メンタルヘルス 面接指導結果報告書』・・・『相談概要』欄の記載内容、記載順序等に照らしても、被控訴人はF医師に対し、若い職員のみならず被控訴人自身へのE職員のセクハラ行為をも訴えているとみる方がより自然である。)。そして、被控訴人は、抗議等をしなかった理由として『やっぱり職場を辞めさせられるのが怖かったからです。』などと述べている・・・が、任用期間が限定的で、地位が不安定といえる非正規の嘱託職員であった被控訴人において、実際は被害を受けていたとしても、更なる被害や失職を恐れ、あるいは、再度任用されることを優先して、抗議をしたり被害を訴えたりすることをためらい、これをしなかったとしても理解できるところである。なお、控訴人及び補助参加人は、被控訴人が再任用されなかったことへの逆恨みを動機として、セクハラ等の被害を受けた旨の虚偽の供述をしたというが、被控訴人は、D課長から評価の結果水準に達していないとして任用期間を3か月にする旨告げられる5日前に、既に上記のとおり産業医であるF医師に自らのセクハラ被害を訴えていること等に照らしても、採用できない。」

「以上によると、被控訴人及び補助参加人の上記・・・の主張は採用できない。」

3.医療記録上に痕跡の残っていた事案ではあるが・・・

 本件は医療記録上に事件化するための痕跡が残されていた事案であり、ただ単に長期間経過した後に事件化が図られた事案ではありません。

 それでも、不安定な非正規職員の立場に寄り添い、抗議をしたり被害を訴えたりしなかったことを理由に形式的に労働者の主張を排斥しなかった点において、本件は画期的な判断を示した裁判例だと思います。

 本件判決後も古い事件の掘り起こしが困難である現状が劇的に変わることはないと思いますが、裁判所が示した経験則は、非正規・有期労働契約者のハラスメント被害者の救済を考えるにあたり、銘記しておく必要があります。

大学でのハラスメント「こんなことだから他大学に転出できない」「早くどこかの職を探して、ここから出ていけ」

1.大学でのハラスメント

 前にも言及したことがありますが、このブログを目にしたという大学職員の方から相談を受けることは少なくありません。

 相談を受けていて意外だったのは、封建的な体質の大学が結構多いという事実です。

 このことには、おそらく二つの理由があると思っています。

 一つは、大学の自治です。大学には自治的な運営が保障されています。そのためか、何か問題が生じても、内部的な独自のルールで処理しようという発想が強く、個々の構成員に、裁判所を頼ろうという発想が、そもそも希薄であるように思われます。この傾向には、自治権があることの帰結として、司法審査に制限が課せられていることが更に拍車をかけています。

 もう一つは、業務内容の特殊性です。紛争が司法審査の対象になったとしても、業務内容が専門的すぎるため、法曹関係者が紛争の内容を理解し難いのです。例えば、嫌がらせ目的で土木工学の博士論文の受領をずっと拒否し続けられているのか否かが問題になっている事案があったとしても、法曹関係者には当該論文の学問的な位置付けが分かりません。箸にも棒にもかからないものなのか、学位の授与に十分な水準を持っているのかは、嫌がらせ目的の存否に影響を与える重要な事実です。しかし、法専門家にすぎない法曹関係者には、自前の知識で業務の水準を評価することができません。

 こうした背景事情から、大学内での問題に裁判所が介入することはあまりなくなり、結果、封建的な体質が温存されたまま、現在に至っているのではないかと思います。

 この封建的な雰囲気は、実際の紛争実例からも読み取ることができます。近時公刊された判例集に掲載されていた、高松高判令2.11.25労働判例ジャーナル108-12 国立大学法人徳島大学事件も、そうした雰囲気をうかがい知れる事件の一つです。

2.国立大学法人徳島大学事件

 本件は徳島大学の薬学部の准教授である原告が、薬学部の教授であり、薬学部長でもあったCからパワーハラスメントないし嫌がらせ行為を受けたとして、大学を相手取り、職場環境配慮義務違反等を理由とする損害賠償請求訴訟を提起した事件です。

 一審は原告の請求を全部棄却しました。これに対し、原告が控訴したのが、高松高裁の二審になります。

 この事件でハラスメントとして認定された事実は、次のとおりです。

「控訴人は、平成26年4月14日午前8時頃、Cの教授室を訪れ、Cに対し、研究室の平成27年度の学生の募集人員につき、前年度の募集人数(Cの研究グループは4名まで、控訴人の研究グループは2名まで、両グループを併せて5名までとして募集)では、学生が控訴人の研究グループに来たがらないため、平成27年度は、Cの研究グループは2名まで、控訴人の研究グループは3名までとして募集することを提案したところ、Cは、控訴人の上記提案をCの研究グループは3名まで、控訴人の研究グループは2名までとして募集する提案であると誤解して、これを了承した。その後、Cは、控訴人提案の募集人数が記載された控訴人のメールを受け取ったEから、Cの研究グループは2名まで、控訴人の研究グループは3名までとして募集することになっていることを知らされ、同日午前11時頃、控訴人の教員研究室(居室)を訪れ、その入口のドアを開放させたまま、ドア付近に立って、『うちは教員が2人いるんだよ。あんたが3、うちが2ってなんだい。』などと、控訴人の提案を非難した。そこで、控訴人は、控訴人の研究グループに配属される学生の数が減っていることや、昨年度は希望者が1名いたものの1名では寂しいとして結局0名となったことから、Cに頼みに行き、了承してもらった旨を説明した。しかし、Cは、『あんたは非常識だ。』とか、控訴人の考えが理解できない旨などを述べ、沈黙した後、『こんなことだから他大学に転出できないんですよ。』、『早くどこかの職を探して、ここを出て行けばいいじゃないですか。』などと、通常よりも大きな声で、厳しい語調で控訴人を非難した。そして、控訴人が自らの提案を変えるとは言わなかったことから、Cは、一旦教授室に戻った。これらのやり取りに要した時間は、長くとも20分程度であった。

 上記の事実に対し、裁判所は、次のとおり述べて、Cの言動に違法性を認めました。

(裁判所の判断)

「学生の募集に関する控訴人の提案について、前年度は控訴人の研究グループに配属された学生が0名であり、全体として控訴人の研究グループに配属されている学生の数がCの研究グループのそれを相当に下回り大きな差が生じている状態になっていたことによれば、平成27年度の募集人数については、そのような状態を踏まえ、研究室の運営を行うCにおいても、控訴人の意見を聴取してさらに話し合うことが適切であったと考えられるところ、前記認定のCの言動は、Cの研究グループの教員の人数が多いことやCが教授であることから、Cの研究グループが控訴人の研究グループより多くの学生を受入れるのが常識であるとの考えの下、控訴人の意見を非常識であるとして非難し、また、控訴人に対して、Cの研究室から出て行けばよいとの旨や、控訴人のやり方では他大学の教授になって徳島大学から出て行くことができないとの旨を述べたものであり、Cの語調が厳しく、また声も大きかったと認められることや、Cが控訴人と同じ研究室に所属する教授として、控訴人の学内あるいは学外の教授職への就任において、事実上一定の影響力を有しており、相対的に優位な立場にあったといえることを併せ考えれば、職務上の地位や権限又は職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、人格と尊厳を侵害する言動であるといえ、違法な行為に当たるというべきである。

「これに対し、被控訴人及び被控訴人補助参加人(C)は、前記・・・のとおり、Cの発言の前後の経緯等、教授選考においてCが行使しうる影響力が小さいこと、発言後に控訴人はCと学生の募集人数についての協議をしていることによれば、控訴人の精神的衝撃の程度は大きいとはいえず、Cの言動は、悪質なものとは解されず、慰謝料が発生するような不法行為には該当しないと主張する。」

「しかし、控訴人が教授職に就任するために所属する研究室の教授であるCによる評価が影響することは否定できず、Cが優位な立場にあることを前提として、研究室の運営とは関係のない控訴人の職位に関する内容を発言したこと、Cは、前記のとおり、同日のうちに控訴人と学生の募集人数についての話合いを行っているにもかかわらず、自らの先の発言について、不適切であったとして謝罪するなどの対応はとっていないことからすれば、控訴人の受けた精神的衝撃の程度が間もなく緩和されたとも認められないのであって、被控訴人及び被控訴人補助参加人(C)の主張は採用できない。

3.所属する研究室の教授の評価が学外の教授職への就任にも影響する

 本件の判示で興味深いのは、言動に違法性が認められる根拠として、C教授が、原告・控訴人准教授に対し、

「学外の教授職への就任において、事実上一定の影響力を有して」

いると認定されている部分ではないかと思います。

 民間企業でも、転職者の現職場での評価が、転職先の採用面接で考慮されることはあります。しかし、職場や上司が変われば、その人の評価が変わることも珍しくはないとの知見が比較的一般化しているため、現職場での上司に転職先会社のポストへの影響力があるかと言われれば、一部特殊な業界を除き、普通はないと言って差し支えないように思います。

 しかし、本件の裁判所は、他大学の教授に就任するにあたっても、現職場の教授が事実上一定の影響力を有していると認定しました。どのような立証方法によったのかは定かではありませんが、これは原告・控訴人側で教授の持つ強力な権限を立証できたということを意味しています。

 大学職員の中には、一部の方の強力な権限のもと、ハラスメントを我慢している方が少なくないように思われます。事件の困難さの割に、見込まれる慰謝料の低い事件類型ではありますが(本件で裁判所が認めた慰謝料も僅か10万円です)、裁判を検討している方がおられましたら、お気軽にご相談頂ければと思います。

 

条件付採用期間中に訓告・懲戒処分を受けた公務員の採否

1.条件付採用

 公務員の採用は、最初は条件付のものになります。例えば、国家公務員法59条1項は、

「一般職に属するすべての官職に対する職員の採用又は昇任は、すべて条件附のものとし、その職員が、その官職において六月を下らない期間を勤務し、その間その職務を良好な成績で遂行したときに、正式のものとなるものとする。」

と規定しています。

 これは民間の試用期間に相当する仕組みです。条件付(条件附)採用間勤務して「職務を良好な成績で遂行した」と認められない場合、該当の職員は分限免職等の措置をとられることになります。

2.条件付採用期間中の訓告・懲戒処分

 この「職務を良好な成績で遂行した」と認められるか否かについて、訓告・懲戒処分との関係で、難しい論点があります。

 公務員には「勤勉手当」という名前の手当があります。これは民間でいう賞与に相当するもので、業績評価によって支給率が異なる仕組みがとられています(人事院規則九―四〇(期末手当及び勤勉手当)13条参照)。

 業績評価の区分の中には、

「直近の業績評価の全体評語が下位の段階である職員及び基準日以前六箇月以内の期間において懲戒処分を受けた職員その他の人事院の定める職員」

という類型があります。上記の、

「人事院の定める職員」

には、

「訓告その他の矯正措置の対象となる事実があった場合」

などが含まれます(期末手当及び勤勉手当の支給について(昭和38年12月20日給実甲第220号)35項2号参照)。

 上述のような規定があるため、懲戒処分や訓告等の措置を受けた公務員は、それ以外の点でのパフォーマンスがどれだけ優れていたとしても、勤勉手当の支給において、ほぼ自動的に成績下位のグループと同様の評価を受けることになります。

 以上は国家公務員の場合を例にした説明ですが、これと類似した仕組みは、多くの地方公共団体でも採用されています。

3.条件付採用期間中の訓告・懲戒処分

 それでは、条件付採用期間中に訓告・懲戒処分を受けた公務員は、どのように取り扱われるのでしょうか。勤務成績下位グループと同様に取り扱われる以上、「職務を良好な成績で遂行した」と認められる余地はなくなってしまうのでしょうか? それとも、訓告・懲戒処分を受けたことと「職務を良好な成績で遂行した」と認められるか否かの判断は、リンクしないものとして、切り離して理解されるのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介した、京都地判令2.3.24労働判例ジャーナル108-38 京都府事件です。

4.京都府事件

 本件は、条件付採用された公務員に対し、学生運動をして無期停学中であることを秘していたことなどを理由にした分限免職処分の可否が問題になった事件です。分限免職された公務員が原告となって、その取消を求め、被告自治体を訴えました。

 被告自治体は、分限免職処分をするに先立ち、虚偽を述べて人事課職員を欺き、不誠実な対応を取り続けたことを理由として、原告公務員に対し、訓告(本件訓告)をしていました。被告自治体では、訓告がなされることが、勤勉手当において「良好でない」との成績区分に分類されること、査定昇給において「やや不良」の成績区分に分類されることと結びつけられる仕組みが採用されていました。こうした仕組みを踏まえ、被告自治体は、原告公務員を「その職務を良好な成績で遂行した」(地方公務員法22条1項)と認めることができないとし、分限免職処分を行いました。

 しかし、公務員として真面目に仕事に取り組んで良好な成績を修めたのかという話と、学生運動で無期停学になったことを秘匿したという話は、論理的に別の話だという理解も成り立たないわけではありません。

 そのため、本件では、訓告の対象になった条件付採用職員を、自動的に「その職務を良好な成績で遂行した」とは認められないとすることの可否が争点になりました。

 この問題について、裁判所は、次のとおり述べて、訓告と「その職務を良好な成績で遂行した」とは認められないとの判断を結びつけることを否定しました。

(裁判所の判断)

被告の人事評価制度においては、人事評価は職務行動評価と目的達成努力評価によって行うものとされ、これらの評価方法はいずれも、それぞれの被評価者ごとに求められる職務行動、努力の水準を設定し、当該被評価者の具体的な行動・努力を評価水準に照らして判定する絶対評価によって行われるところ、これらの人事評価結果の活用の一つとして被告で行われている人事評価結果の給与への反映に当たっては、上記の絶対評価による人事評価の評点を順番に並べ、分布率に沿って成績区分を決定するという形で、人事評価結果の相対化が行われているが、訓告以上の矯正措置を受けた者については、上記の分布率とは関わりなく、勤勉手当の成績区分においては「良好でない(B)」、査定昇給の成績区分においては「やや不良(B)」と分類されていることが認められる。

「このような被告の人事評価制度の仕組みに照らせば、訓告以上の矯正措置を受けた職員が勤勉手当及び査定昇給の成績区分で下位に分類されることは、これらの矯正措置を受けたことのない他の職員との比較において、勤勉手当や査定昇給といった給与の成績区分上は下位に分類されるにすぎないものであって、絶対評価による人事評価の評点を順番に並べた結果としての「SS」ないし「A-」の成績区分の分類とは、相対評価の前提が異なるものというべきである。すなわち、訓告以上の矯正措置を受けたことに伴う勤勉手当及び査定昇給の成績区分での下位の分類は、矯正措置を受けていない者との相対評価の結果であって、絶対評価による人事評価の相対化の結果ではないのであるから、矯正措置を受けたことに伴う給与上の成績区分をもって、人事評価としての勤務成績の評価、すなわち能力の実証が行われたものということはできない。また、訓告を受けたことがその理由となる非違行為の内容等に照らして絶対評価による人事評価で不利に扱われることはあり得るとしても、被告が主張するような、訓告の理由となった所為の如何を問わず、訓告を受けた職員が勤勉手当等の成績区分で下位に分類されることをもって、当該職員の勤務成績の評価を一律に原則として低いものとする人事評価を行うとすれば、それは、人事評価の実施それ自体と実施された人事評価結果の反映とを倒錯したものといわざるを得ない。

「この点について、確かに、被告においては、特別評価は実施されておらず、条件付採用期間中の職員を正式採用するか否かの人事評価の実施に当たっては、被告の裁量的な運用に委ねられていることは否定できない。しかしながら、前記・・・のとおり、条件付採用制度の趣旨、目的が職員の採用を能力の実証に基づいて行うとの成績主義の原則の貫徹にあることからすれば、条件付採用期間は、試験等では完全に検証できない職務遂行能力や公務員への適性の有無を現実の執務を通じて確認するための期間というべきものであるから、実地の勤務による能力の実証が行われなければならない。そうすると、絶対評価による人事評価が採用されている被告の人事評価制度の下では、本来であれば、原告の条件付採用期間中の能力の実証には、絶対評価による勤務成績の評価が用いられるべき筋合いであるものといえ、そうであるにもかかわらず、勤勉手当等の成績区分上の分類をもって人事評価を行ったとする被告の判断手法は、先の説示で指摘した問題点をも踏まえれば、能力の実証に基づいて採用を行うとする条件付採用制度の上記趣旨、目的に沿うものとはいい難い。そして、被告は、原告について本件訓告を受けたことに伴う低い評価を変更すべき特段の事情がなかった否かを検討し、それらの事情がなかったというが・・・、能力の実証として、いかなる項目でどのような検討が行われたのかは何ら明らかではなく、この点においても、被告の本件分限免職処分に係る判断手法は、能力の実証との観点から疑問がある。

したがって、被告の本件分限免職処分に係る判断手法をもって、原告の勤務成績が良好でなかったものとして原告に本件人事院規則10条2号及び4号に準じた分限事由が存在すると認めることは、相当ではない。

5.「訓告・懲戒処分=条件付採用を乗り切れない」ではない

 従来、条件付採用期間中の不安定な時期に、訓告・懲戒処分を受けてしまうと、分限免職処分を受けても、敢えて争おうという発想になる方は、少なかったのではないかと思います。

 しかし、本件の裁判所は、訓告・懲戒処分と、本採用しないこと(分限免職処分)を機械的・自動的に結びつける仕組みを否定しました。これは条件付採用された公務員の方の身分保障を考えるにあたり、画期的な判断だと思います。

 平素の職務の良し悪しとは関係ないのではないか-そうした理由で条件付採用期間中に訓告・懲戒処分を受け、分限免職となった方は、今後、それを当然のこととして受け入れるのではなく、法的に争うことができないのかを検討してみても良いのではないかと思います。

大学から懲戒処分を受けたこと、学生運動歴は、公務員の正式採用の拒否事由になるか?

1.条件付採用

 公務員の採用は、最初は条件付のものになります。例えば、地方公務員法22条1項第1文は、

「職員の採用は、全て条件付のものとし、当該職員がその職において六月を勤務し、その間その職務を良好な成績で遂行したときに正式採用になるものとする。」

と規定しています。

 これは民間の試用期間に相当する仕組みです。6か月間勤務して「職務を良好な成績で遂行した」と認められない場合、該当の職員は分限免職等の措置をとられることになります。

2.就職の足枷としての学生運動

 学生運動は古くから就職活動の足枷になってきました。憲法判例として有名な三菱樹脂本採用拒否上告事件・最大判昭48.12.12労働判例189-16も、面接時に学生運動歴を秘匿したことが発端となっています。

 それでは、公務員の場合、学生運動をやった事実や、学生運動を理由に大学から懲戒処分を受けた事実を秘匿した場合、それは条件付採用された公務員の本採用を拒否する理由になるのでしょうか?

 この問題を考えるうえで、近時公刊された判例集に、参考になる裁判例が掲載されていました。京都地判令2.3.24労働判例ジャーナル108-38 京都府事件です。

2.京都府事件

 本件は、条件付採用された公務員に対し、学生運動をして無期停学中であることを秘していたことなどを理由にした分限免職処分の可否が問題になった事件です。

 この問題に対し、裁判所は、次のとおり述べて、分限事由(分限免職処分)の存在を否定しました。結論としても、原告の請求を認容し、分限免職処分を取り消しています。

(裁判所の判断)

「本件訓告の理由となった原告の所為、すなわち、原告が、B大学から本件無期停学処分を受けていることを秘匿し続けたほか、条件付採用期間中に更に本件放学処分を受けたことをも秘匿し続け、人事課からの指導に対して誠実に対応しなかったことについては、責任感、協調性といった面で勤務成績や公務員としての適性に関係し得るところであるから・・・、本件人事院規則10条2号及び4号に準じた分限事由の存否との関係では、なお検討を要する。」

「ここで、地方公共団体が、職員の採用に当たり、適当な者を選択するために、当該職員となろうとする者に対して必要な事項の開示を期待し、秘匿等の所為のあった者について、信頼に値しない者であるとの人物評価を加えることは当然であるが、右の秘匿等の所為がかような人物評価に及ぼす影響の程度は、秘匿等にかかる事実の内容、秘匿等の程度およびその動機、理由のいかんによって区々であり、それがその者の公務員としての勤務成績の不良や適性の欠如を裏付けるものとして分限事由となり得るかについても、一概にこれを論ずることはできない。また、秘匿等に係る事実の如何によっては、秘匿等の有無にかかわらずそれ自体で上記適性を否定するに足りる場合もあり得る。そこで、原告による本件無期停学処分及び本件放学処分の秘匿やこれらの各処分の理由となった学生運動参加の事実等について、それらが分限事由となり得るものか否かを判断するに当たっては、秘匿の動機、理由に関する事実関係や、秘匿等に係る学生運動参加の内容、態様及び程度といったものを個別的に検討する必要がある。」

「そこで、本件について上記の観点から検討するに、まず、本件無期停学処分及び本件放学処分の秘匿等の動機、理由として、原告は、本件放学処分とされたことには納得しておらず、人事課に対して自分に不利益になるようなものは敢えて言うべきではないと思ったなどの様々な理由によるものであった旨供述するところ、条件付採用期間中の職員にある者がいわゆる学生運動関与とそれに関わる大学からの懲戒処分といった事実が正式採用に向けて不利に作用するものと憶測するのは自然の情であるものといえ、上記秘匿をもって勤務成績や公務員としての適性を殊更に否定する事情とまではならないというべきである。次に、秘匿等に係る本件無期停学処分及び本件放学処分の理由となった学生運動の内容等をみるに、その運動内容はバリケード封鎖に関与したというもので必ずしも穏当な行動とはいえず、当時、中央執行副委員長の立場にあった原告には上記運動への一定程度の関与があったものと推認されるところではあるが、上記学生運動は飽くまで、本件条件付採用の1年半以上も前の平成27年10月に原告がB大学との関係で行ったものであり、被告とは無関係のものである。そして、被告での勤務を開始した平成29年4月以降に、原告がB大学全学自治会同学会の学生運動に関与したことはなく、また、本件全証拠を検討しても、原告が、条件付採用期間中の京都府A課での勤務において、勤務成績や適性の面で問題視されるような行動をとったことをうかがわせる証拠も存在しない。これらの事実関係に加え、原告の秘匿行為が被告の公務に関わるものでないことや、被告においても原告を懲戒処分とせずに矯正措置としての訓告をするにとどめたことをも併せて考慮すれば、原告が本件無期停学処分及び本件放学処分を秘匿し誠実な対応を取らなかったことは、責任感、協調性といった面での勤務成績や公務員としての適性の判断として殊更に重視して低く評価すべき要因たり得ないのであるから、原告を今後引き続き任用しておくことが適当でないと評価するまでには至らないものである。」

「したがって、本件訓告の理由となった原告の所為をもって、本件人事院規則10条2号及び4号に準じた分限事由が存在すると認めるのは相当ではない」

4.学生運動歴等の秘匿は責められない?

 冒頭で述べたとり、学生運動等と就職活動との相性は、あまり良くありません。以前に比べて下火になってきましたが、学生運動に参加したことを秘匿して企業や自治体に採用された方は、一定数いると思われます。そうした方が、過去を蒸し返された際、本裁判例は有効な盾となる可能性があります。