弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

労災(公務災害)の認定申請の放置への対応(国家賠償よりも行政訴訟)

1.労災認定の標準処理期間

 労災の請求を行うと、労基署が調査を行い、労基署長が支給・不支給の決定を行います。請求を行ってから支給・不支給が判断されるまでの標準処理期間は、災害や給付の種類によって1か月から8か月の範囲で定められています(平成25年10月1日 基労管発1001第2号/基労補発1001第2号/基労保発1001第1号 『労働基準法施行規則の一部を改正する省令の施行に伴う事務連絡の改正について』参照)。

https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc0176&dataType=1&pageNo=1

 標準処理期間が最も長いのは、精神障害に係るもので、8か月と定められています。ただ、これも、平成25年2月26日 基労0226第1号『労災補償業務の運営に当たって留意すべき事項について』という文書で、6か月以内に短縮することが求められているなど、迅速な判断に努めることが求められています。

https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tb9032&dataType=1&pageNo=1

 このように、労災には、請求者を長期間に渡って不安定な状態に置き続けない工夫が設けられています。

 しかし、実務上、労災の支給・不支給の判断に長い期間を要することは、まま見られます。こうした場合、不安定な状態に置かれた労働者が、国に対して慰謝料等の損害賠償を求める余地はないのでしょうか?

 このことが問題になった事案が、近時公刊された判例集に掲載されていました。高知地判令2.6.17労働判例ジャーナル105-56 国・法務大臣事件です。

2.国・法務大臣事件

  本件は自衛官候補生に任命された方が原告となって提起した、国家賠償請求事件です。

 この方は平成24年8月6日に、

「TFCC損傷及び両膝タナ障害であるため、手術が必要」

との診断を受けました。

 TFCC損傷とは

「手関節尺側の手根骨と尺骨末端に介在する軟部組織で三角繊維軟骨とその周囲の靭帯構造からなる三角繊維軟骨複合体(TFCC)が損傷して生ずる外傷」

をいいます。

 また、タナ障害とは、

「タナ障害とは、膝関節包の中にあるタナと呼ばれる骨膜ヒダが、膝蓋骨と大腿骨の間に挟まれて炎症を起こす症状」

をいいます。

 原告の方は、これら損傷・傷害が訓練に起因する公務災害であるとして、平成25年11月5日に公務災害申請を行いました。

 しかし、この申請には、かなりの時間がかかりました。

 結論が出ないことから、原告の方は、平成29年9月14日、

「自衛官が公務災害の申請をした場合、相当期間内に応答処分されることによって焦燥や不安の気持ちを抱かされない利益は、内心の静謐な感情を害されない利益として、不法行為法上保護される利益と解され、被告は、かかる相当期間内に当該申請に対し応答処分すべき条理上の作為義務を負うと解される(最高裁判所昭和61年(オ)第329号,第330号平成3年4月26日第二小法廷判決・民集45巻4号653頁(以下『平成3年判決』という。))。」

(中略)

「被告は,平成24年10月18日の相談から起算すれば約5年2か月間、平成25年11月5日の公務災害申請から起算しても約4年1か月間、公務災害申請を放置されたのであり、被告が公務災害の認定業務を徒に放置したものであるから、かような被告の不作為は、国賠法上違法というべきである。」

などと主張し、不作為の違法性を問題にする訴訟を提起しました。

 本件は、その後、ようやく

平成29年12月21日付けで両膝タナ障害が、

平成30年4月26日付けで左手首TFCC損傷が

公務災害であると認定され、

平成31年2月4日付けで右手首TFCC損傷が

公務外災害であると認定されるという経過が辿られています。

 こうした事実関係のもと、裁判所は、次のとおり判示し、原告の請求を認めない判断をしました。

(裁判所の判断)

「一般的には、各人の価値観が多様化し、精神的な摩擦が様々な形で現れている現代社会においては、各人が自己の行動について他者の社会的活動との調和を充分に図る必要があるから、人が社会生活において他者から内心の静穏な感情を害され精神的苦痛を受けることがあっても、一定の限度では甘受すべきものというべきではあるが、社会通念上その限度を超えるものについては人格的な利益として法的に保護すべき場合があり、それに対する侵害があれば、その侵害の態様、程度いかんによっては、不法行為が成立する余地があるものと解される(平成3年判決)。

「原告は、平成25年11月5日、本件公務災害申請を行ったが、両膝タナ障害については平成29年12月21日まで、左手首TFCC損傷については平成30年4月26日まで、右手首TFCC損傷については平成31年2月4日まで、それぞれ本件公務災害申請に対する公務災害認定の結果が通知されなかったため・・・、両膝タナ障害については約4年1か月間、左手首TFCC損傷については約4年5か月間、右手首TFCC損傷については約5年3か月間、公務災害申請に対する結果が通知されなかったといえる。そうすると、原告が、本件公務災害申請に係る認定手続において、上記期間中に不安や焦燥の気持ちを抱いたということはできる。

「しかしながら、原告は、本件公務災害申請時において、既に両手首及び両膝の痛みの原因を認識しており、その原因であるTFCC傷及びタナ障害は奇病難病とはいい難く、日常生活に重大な支障をもたらす傷害とはいえないといった事情を考慮すれば、原告が抱いたかかる不安や焦燥は、本件公務災害申請に対する処分がなされることによって解消する性質のものといわざるを得ない。それゆえ、かかる不安や焦燥を抱かされないという利益は、国賠法上保護された権利又は利益と認めることはできない。

仮に、上記の利益が国賠法上保護された権利又は利益であるとすれば、これに対する侵害の有無が問題となるものの、本件公務災害申請からこれに対する処分がなされた期間を考慮したとしても、原告が抱いた不安や焦燥は、上記の事情からして、なお社会通念上受忍すべき限度に留まるものといわざるを得ないから、国賠法1条1項の要件である権利侵害があるとはいえない。

「したがって、いずれにせよ、原告の主張には理由がない。」

3.国家賠償よりも行政訴訟

 上述のとおり、裁判所は、不作為の国家賠償法上の違法性を否定しました。不安や焦燥を抱かされない利益が権利性を否定されたことや、4年以上待たされてなお受忍限度内とされたことを考えると、申請の放置が違法とされるケースは、極めて限定的になるのではないかと思います。

 行政庁が申請に対していつまで経っても処分をしてくれない場合、不作為の違法確認の訴え(行政事件訴訟法37条)、義務付けの訴え(行政事件訴訟法37条の3)といった救済手段をとることができます。

 国家賠償による事後的な救済を得られる余地が乏しい以上、ある程度待ってみても処分をしてもらえない場合には、こうした手続を検討してみてもよいのではないかと思います。国家賠償法上の違法性と、不作為の違法確認の訴えの中で判断される違法性とはイコールではないため、国家賠償法上の違法性がなくても、不作為の違法確認の訴えが認められることは十分にありえます。

 処理の遅延にお困りで、手続を検討してみたいという方がおられましたら、ぜひ、一度、ご相談頂ければと思います。

 

適性判断のための有期雇用と試用期間

1.試用期間後の本採用拒否に係る規制の潜脱手段としての有期雇用

 試用期間の定めが解約留保権付労働契約であると理解される場合、本採用拒否は解雇として理解されます。この場合、試用期間中であったとしても、客観的合理的理由・社会通念上の相当性が認められない限り、使用者は労働者の本採用を拒否することができません(第二東京弁護士会 労働問題検討委員会『2018年 労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、第1版、平30〕52頁参照)。

 こうした試用期間に係る規制を潜脱するため、有期雇用契約が用いられることがあります。試用期間を有期雇用契約に置き換え、使用者にとって好ましい場合には期間満了時に無期雇用契約を締結し、好ましくない場合には期間満了とともに契約を終了させてしまうといったようにです。

 しかし、これは法の潜脱以外の何物でもありません。こうした潜脱を防ぐため、最三小判平2.6.5労働判例564-7 神戸弘陵学園事件は、

「使用者が労働者を新規に採用するに当たり、その雇用契約に期間を設けた場合において、その設けた趣旨・目的が労働者の適性を評価・判断するためのものであるときは、右期間の満了により右雇用契約が当然に終了する旨の明確な合意が当事者間に成立しているなどの特段の事情が認められる場合を除き、右期間は契約の存続期間ではなく、試用期間であると解するのが相当である」

と述べ、適正評価・判断のための有期雇用契約を試用期間として理解するべきだと判示しています。

 神戸弘陵学園以降、契約期間の定めを無期労働契約の試用期間であると評価し、留保解約権行使の適法性を判断した裁判例は一定数存在します。他方、期間満了により雇用契約が当然に終了する旨の明確な合意が当事者間に存在しているなど「特段の事情の有無を論じた裁判例は、大阪地判平15.4.25労働判例850-27愛徳姉妹会(本採用拒否)事件がみられます(前掲『2018年 労働事件ハンドブック』57頁参照)。

 このように有期労働契約を試用期間の代わりに用いるという法潜脱手段は、最高裁判例により厳しく制限されている状態にありました。

 しかし、近時公刊された判例集に、労働者の能力や適性を判断するために有期労働契約を利用することを正面から認めたうえ、期間満了による労働契約の終了を認めた裁判例が掲載されていました。東京地判令2.6.23労働判例ジャーナル105-56 電通オンデマンドグラフィック事件です。

2.電通オンデマンドグラフィック事件

 本件で被告になったのは、広告・宣伝業務やセールスプロモーションに関する業務等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、

「平成30年4月1日から同年9月30日まで」

を契約期間として、被告と労働契約を結んだ方です。期間を平成30年10月1日から平成31年3月31日までとして、契約を一度更新された後、雇止めを受けました。これに対し、本件の契約期間は「業務内容や社風などを双方で確認する」ための試用期間であるとして、地位確認等を求める訴えを提起しました。

 原告が契約期間を試用期間であると認識した背景事情として、裁判所は、次の事実を認定しています。

「P3取締役は、平成30年3月9日、原告に対し、メールを送信し、原告を採用する方針に決まったことを伝えた。」

「P3取締役は、同メールにおいて、被告の中途採用制度の概要について、『当社の中途採用では、初めの6か月間を社員試用期間として、初回の採用契約は『有期契約社員』となります。この6か月間において、業務内容や社風などを双方で確認することとし、『有期契約社員』を経て、その後に『正規社員』採用となります。』、『有期契約期間は社の業務状況や、作業に取組みスキルの過不足などを判断したうえで、最長1年間に延長する場合が有ります。(6か月間契約・2回まで)』などと説明した上で、原告に対し、上記中途採用条件を同月2日の面接での説明内容などと併せて検討した上で、最終的に被告への入社を希望するか否かを確定して欲しいと依頼した。」

「原告は、同月10日、P3取締役に対し、上記メールに対する返答として、『試用期間に関して親切にご説明頂き、ありがとうございます。内容は承知致しました。』、『こちらの入社希望は変わっておりません。』と返信した。」

「P3取締役は、原告に対し、被告への入社希望を了承した旨を伝え、同月14日に採用条件などを説明するために面談を行う旨を連絡した。」

 こうした事実関係を前提としながらも、裁判所は、次のとおり述べて、雇用期間の定めが試用期間であることを否定し、契約は終了しているとして、原告の請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「本件労働契約を締結するに当たり、被告が原告に対し、本件労働契約が6か月間の期間の定めのある有期契約社員としての契約であると説明し、本件労働契約の締結及び更新の際に、原告が署名して被告に提出した本件採用条件承諾書1及び同2には、いずれも『雇用形態 有期契約社員』と明記され、『契約期間』として『2018年4月1日から2018年9月30日まで(6ヵ月)』又は『2018年10月1日から2019年3月31日まで(6ヵ月)』と定められていたことからすると、本件労働契約が有期労働契約として締結されたことは明らかであり、そこで定められた期間は契約の存続期間であると認められる。

「原告は、被告のP3取締役が採用面接の際に原告に説明したように、本件労働契約の期間は『社員試用期間』であり、『業務内容や社風などを双方で確認する』ための期間であるから、その性質は試用期間であり、本件労働契約は解約権留保付きの無期労働契約であると解されるべきであると主張する。」

「しかしながら、法律上、有期労働契約の利用目的に特別な限定は設けられておらず、労働者の能力や適性を判断するために有期労働契約を利用することもできると解される。特に、本件のような中途採用の場合には、即戦力となる労働者を求めていることが少なくなく、即戦力となることを確認できた者との間でのみ正社員としての労働契約を締結するための手段として、有期労働契約を利用することには相応の合理的理由があると認められる。したがって、労働契約において期間を定めた目的が労働者の能力や適性の見極めにあったとしても、それだけでは当該期間が契約期間なのか、試用期間なのかを決めることはできないというべきである。期間の定めのある労働契約が締結された場合に、その期間が存続期間なのか、それとも試用期間であるかは、契約当事者において当該期間の満了により当該労働契約が当然に終了する旨の合意をしていたか否かにより決せられるというべきである。

「これを本件についてみるに、上記・・・のとおり、原告と被告は、本件労働契約において原告の地位を6か月間の期間の定めのある有期契約社員と定めていることや、本件有期契約社員規則2条が有期契約社員の労働契約において定められる期間は『契約期間』であると明記し、同規則3条が原則として『契約期間満了時には当然にその契約は終了する。』、例外的に契約が更新される場合であっても、その回数は1回に、その期間は6か月以内に限られ、『この場合も、継続的な雇用ではない。』と明確に定めていることに照らすと、原告と被告は、本件労働契約を締結するに当たり、期間の満了により本件労働契約が当然に終了することを明確に合意していたと認められる。

「この点に関し、原告は、本件労働契約において期間を定めた趣旨・目的が労働者の適性を評価・判断することにあるにもかかわらず、当該期間を契約の存続期間であると解するのは、最高裁平成元年(オ)第854号同2年6月5日第三小法廷判決・民集44巻4号668頁(神戸弘陵学園事件 括弧内筆者)に反するとも主張する。しかしながら、同判例は、契約当事者間に期間の満了により当該労働契約が当然に終了する旨の合意があったか否かが不明な事案に関するものであり、これと事案を異にする本件には当てはまらないというべきである。

3.神戸弘陵学園事件の判示に反しているのではないか

 有期労働契約は、その性質上、期間の満了とともに、当然に終了する形式をとります。

 そのため、電通オンデマンドグラフィック事件の裁判所が判示しているように、有期労働契約と試用期間とが、

「契約当事者において当該期間の満了により当該労働契約が当然に終了する旨の合意をしていたか否かにより決せられる」

のだとすれば、有期労働契約が試用期間と理解される場面は、殆どなくなってしまうのではないかと思います。

 これは、本件の原告が主張するとおり、有期雇用契約を用いた試用期間に係る規制の潜脱の抑止を図る最高裁の神戸弘陵学園事件の趣旨に反しているように思われます。

 電通オンデマンドグラフィック事件が孤立した裁判例で終わるのか、それとも同様の判断枠組を用いる裁判例が続いて従来の実務が変更を迫られるのか、今後の裁判例の動向が注目されます。

 

求人票の記載を鵜呑みにしないこと

1.いわゆる求人詐欺の問題

 求人票の記載と採用後の実際の労働条件が、相違しているという問題があります。

 なぜ、このような問題が生じるのかというと、募集要項等の内容は、直ちに労働契約の内容になるわけではないからです。

 一般論として、労働者の採用は、

① 使用者による求人広告、求人票などによる募集、

② 労働者の応募、

③ 使用者による労働条件の通知、

④ 意思の合致による労働契約の締結、

という段階を経て行われます。

 募集をかけた使用者と、これに応募した労働者との間で、労働条件に関する交渉が行われることは珍しくありません。また、③の労働条件の通知は、労働基準法15条1項によって使用者に義務付けられたことでもあります。

 そのため、契約で定められた労働条件がどのようなものなのかを考える場合には、求人広告や求人票の記載よりも、労働条件明示書面(労働条件通知書)や雇用契約書に何と書いてあるのかが重視される傾向にあります。

 しかし、こうしたルールのもとでは、求人票や求人広告で優れた労働条件を示しながら、採用間際になった異なる労働条件を示し、なし崩し的に労働契約を締結するといった弊害が生じがちです。これが俗に求人詐欺と言われる問題です。

 求人詐欺に対しては、国も決して手をこまねいているわけではありません。平成30年1月1日施行の改正職業安定法により、労働者の募集を行う者は、募集にあたって明示した労働条件を変更等する場合、変更箇所を明示しなければならないとされました(即業安定法5条の3等参照)。

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11600000-Shokugyouanteikyoku/0000171017_1.pdf

 しかし、未だ求人詐欺の問題は解決するには至っていません。近時公刊された判例集にも、この問題が議論された裁判例が掲載されていました。東京地判令2.6.19労働判例ジャーナル105-56 交通機械サービス事件です。

2.交通機械サービス事件

 本件は原告に対する雇止めの可否が問題になった事件です。

 被告になったのは、東日本旅客鉄道株式会社所有の車両用機器の修繕、清掃業務等を主要業務とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で有期労働契約締結した方です。原告が被告と交わした「期間限定雇用員契約書」(本件契約書)には、契約期間について、

「期間の定めあり(平成27年4月15日~平成27年9月30日)」

と記載されており、更新の有無については、

「更新する場合がある」

となっていました。

 しかし、原告が見たハローワークの求人票には、雇用期間について、

「雇用期間の定めあり 6ケ月 契約更新の可能性あり(原則更新)」

と書かれていました。

 被告が平成27年9月30日をもって雇用契約を終了させたところ(本件雇止め)、求人票の記載等を根拠に、原告がその効力を争ったのが本件です。

 この問題について、裁判所は、次のとおり判示し、雇用契約の終了を認めました。

(裁判所の判断)

「原告と被告との間では、これまで雇用契約が更新されたことはなく、雇用継続期間は6か月であることからすると、本件雇用契約が長期にわたるものであるということはできない。また、原告は、被告との間で、本件雇用契約を締結するにあたり、本件契約書に署名押印しているが、本件契約書には、約6か月間の雇用期間が明記された上で、更新の有無について、『更新の契約をしない場合がある』、『更新する場合があり得る』、『更新の契約をしない』の3段階の定型文言が記載されているところ、本件雇用契約では、『更新の契約をしない場合がある』ではなく、『更新する場合があり得る』が選択されており、契約更新の際に考慮する事情の記載があることからすると、本件契約書の文言からは、本件雇用契約の更新が当然に予定されていたということはできない。さらに、被告は、平成27年及び平成28年の2年間で、原告以外の3人について、初回の有期雇用契約を更新せずに期間満了で雇用契約を終了しており、被告において、有期雇用契約が当然に更新されるという運用がなされていたということはできない。その他、被告において、採用面接時や雇用契約締結時、原告に雇用継続の期待を持たせる言動があったと認めることはできない(この点について、原告は、採用面接時のやりとりや本件契約書を交付する際の被告とのやり取りについて、覚えていない旨供述している。・・・)。これらの事情に鑑みると、本件雇用契約について、本件雇用契約の期間満了時に、『労働契約が更新されるものと期待することについての合理的理由がある』と認めることはできない。

「これに対し、原告は、本件求人票には、雇用期間について『原則更新』の記載があることから、雇用契約が更新されるものと期待することについての合理的理由がある旨主張する。しかしながら、本件求人票の雇用期間の欄には、単に『原則更新』と記載されているのではなく、『契約更新の可能性あり(原則更新)』と記載されていることや、原告は、本件雇用契約を締結するにあたり、上記のとおり、契約期間や更新の有無について明記された本件契約書に署名押印して被告に交付していることからすると、この点に関する原告の主張は、上記判断を左右するものではない。

3.求人票の記載を鵜呑みにしないこと

 採用間際の段階で契約更新に関する原則と例外を逆転させられても、話が違うと声を挙げることは労働者にとって、決して容易ではないと思います。

 そういう意味で、求人詐欺が問題となる事案には、

① 契約書等の記載を見過ごしたケース、

② 契約書等の記載を認識していながら異議を述べられなかったケース、

の二通りがあると思います。

 本件がどちらのケースに該当するのかは、判決文を見るだけでは分かりません。

 しかし、①のケースに関して言えば、労働条件明示書面(労働条件通知書)や雇用契約書の記載をよく確認することで紛争は回避できます。

 平成30年1月1日から施行されている改正法による是正が期待できるものの、本件のような裁判例もあることを踏まえると、求職者には、安易に求人票の記載を鵜呑みにせず、労働条件明示書面(労働条件通知書)や雇用契約書の内容を十分に確認してから労働契約を締結することが推奨されます。

 

大学教授会への出席・参加に権利性が認められた事例

1.大学教員の特殊性

 労働者の中でも、大学教員は、かなり特殊な地位にあります。それは、大学の自治や、学問の自由といった、通常の労働契約にはない価値観を、労働契約の中に読み込んで行く必要があるからです。

 そうした特殊性が発露する一場面が、就労請求権の問題です。一般の労働者にとって、就労はあくまでも義務であり、権利性までは認められないのが原則です。しかし、大学教員の場合、学生に対して講義・指導を行うことなどの就労に権利性が認められた裁判例は少なくありません(第二東京弁護士会 労働問題検討委員会『2018年 労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、第1版、平30〕9-10頁参照)。

 このブログを見て法律相談を申し込んでくれる方の中で、大学教員の方は、結構な割合を占めています。そうした関係もあり、大学教員の労働契約上の地位の特殊性について、学術的に興味深い領域の一つとして、関心を持っていたところ、近時公刊された判例集に目を引く裁判例が掲載されていました。東京地判令2.7.1労働判例ジャーナル105-56 公立大学法人都留文科大学事件です。何に目を引かれたのかというと、教授会への出席・参加に権利性が認められた点にです。

2.公立大学法人都留文科大学事件

 本件で被告になったのは、大学を設置運営する地方独立行政法人です。

 原告になったのは、被告との間で雇用契約を締結し、文学部教授として勤務していた方です。前職の大学で学生に対してハラスメントを行ったことを理由に被告から解雇されたところ、地位確認等を求める訴訟を提起し、復職和解が成立しました。

 しかし、復職後も、被告は、教授会への出席を拒否するなどの対応をとりました。

 具体的には、次のような事実が認定されています。

「c(被告理事、副理事長 括弧内筆者)は、被告大学教授会の案内先のリストに原告を含めず、これにより原告に教授会への出席を許さなかった。なお、平成30年10月24日開催の教授会について、原告に案内が誤送信されたことから、原告が一旦はこれに出席したものの、途中で被告職員から退出するように指示されたことから、退出した。」

 こうした妨害行為の排除を請求の趣旨の一つに掲げ、原告は被告を訴えました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、原告が大学教授会に出席・参加することに権利性を認めました。

(裁判所の判断)

「原告は、前訴和解により、被告が原告に対し、被告大学の教授会に出席させ、審議に参加させる義務を負うと主張する。」

「前記認定事実・・・のとおり、被告大学教授会は、被告大学に関する重要な事項について、学長の決定に際して意見を述べる権限を付与されている機関である。このことからすると、被告においては、教授会が、大学の自治を支えるべき中核的な存在であるというべきであって、教授会の構成員においては、教授会への出席及び審議への参加が、義務にとどまらず、権利でもあるというのが相当である。

原告は、前訴和解の効力により、継続して教授の地位にあることから、前記認定事実・・・のとおり、教授会の構成員に該当するところ、原告について、教授会への出席を許さない正当な理由は認められない。仮に他の教員等に配慮をすべき何らかの事情があったにしても、被告としては、前訴和解の内容に鑑み、速やかに支障となっている事項を解消して、原告を教授会に出席できるようにすべきであったといえ、少なくとも、別訴判決確定後3年以上という長期にわたって、原告の出席を認めない理由はない。」

「また、原告が出席を阻害されていたのが、教授会の決議等によるのではなく、前記認定事実・・・のとおり、cが単独で行ったものであることにも鑑みると、原告には、教授会へ出席し、その審議に参加する権利があると認められる。

「そして、前記認定事実・・・のとおり、原告には教授会の案内が送られておらず、原告が教授会に出席した際には、被告大学の職員から退出するよう指示され、退出を余儀なくされたことがあると認められる。このことからすると、原告の教授会出席及び審議への参加は、現に妨害され、将来にも妨害されるおそれがあるというべきである。」

「以上より、原告の妨害予防請求のうち、教授会への出席等への妨害予防を求める部分は、理由があると認められる。」

3.教授会の決議があれば別かも知れないが・・・

 被告において、大学教授会は、次のように位置づけられていたと認定されています。

「被告大学教授会規程によると、教授会は、学長、副学長、教授、准教授、専任講師及び助教により構成されると定められており、その他出席制限等の定めはない。また、教授会においては、学生の入学、卒業及び修了に関すること、学位の授与に関すること、教育課程の運用及び実施に関すること等、学生の身分や教育研究に関する重要な事項について審議し、学長の決定に際して意見を述べることとされている」 

 規程の上で、出席制限等の定めがなかったこと、教授会に意見を述べる権限が付与されていたことなどの前提事実は抑えておく必要がありますが、裁判所は、原告が大学教授会に出席・参加することに権利性を認めました。

 また、裁判所は、

「 原告が、被告の副理事長であるcにより、教授会の案内先から除外され、被告大学教授として有する教授会への出席及び審議への参加の権利を害されてきたと認められ、当該行為は、原告に対する不法行為に当たる。」

と判示し、教授会への出席妨害が不法行為に該当することも認めました。 

 教授会の議決によって締め出された場合にどうなるかという問題は残るものの、教授会への出席・参加に正面から権利性を認めた裁判例は珍しく、注目に値します。

 また、この裁判例は、教授会から締め出されたという場面だけではなく、非公式の場で意思決定がなされていて実質的な意思決定に参加できないというケースに応用できる可能性がある点においても、画期的な判断だと思われます。

 

公務員-懲戒処分を受ける以前の事情聴取段階から弁護士の関与を

1.公務員の懲戒処分の事前手続

 以前、公務員の懲戒処分は、行政手続法の適用除外となっているため、どのような事前手続が踏まれれば、手続的な適正さが担保されたことになるのかが明確でないというお話をしました。

公務員の懲戒処分-事情聴取と弁明の機会付与が渾然一体となっている問題 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 そのため、手続的な観点からの違法/適法の境目は、裁判例の傾向を分析して判断して行くしかありません。昨日紹介した 大阪地判令2.6.29労働判例ジャーナル105-42 守口市門真市消防組合事件は、弁明の機会付与という観点からも有益な示唆を与えてくれます。

2.守口市門真市消防組合事件

 本件は、

「平成26年10月から平成27年12月までの間、整骨院と共謀し、診療報酬を欺いたこと」(本件非違行為)

を理由に懲戒免職処分、それに引き続く退職手当全部不支給処分を受けた消防士長が、勤務先である特別地方公共団体・守口市門真市消防組合に対し、各処分の取消を求めて出訴した事件です。

 懲戒免職処分の有効性は幾つかの観点から争われていますが、その中の一つに手続的観点からの問題があります。

 懲戒免職処分は、守口市門真市消防組合消防職員の懲戒の手続及び効果に関する条例(本件懲戒手続条例)に基づいて行われました。

 しかし、この手続条例には、処分の際に、被処分者に対して告知・聴聞の機会を与えることを定めた規定は存在しませんでした。

 こうした状況のもと、事情聴取に引き続いて懲戒免職処分が行われたことを捉え、原告は、

「本件は、詐欺の故意や共謀という行為者の主観面が問題となる上、免職という職員の地位を失わせる処分についてのものであり、原告の反論を聞くべき必要性が高い事案であるから、本件懲戒免職処分に先立ち、聴聞を行うべきであったところ、被告は、原告に対し、事情聴取(原告が被告担当者からの質問に答えるのみで、反論を行うものではない)を行ったにすぎない。そうすると、適正手続の観点から、公正な処分であったとはいえない。」

と主張しました。

 これに対し、被告消防組合は、

「被告担当者は、本件懲戒免職処分に先立ち、平成29年1月10日及び同月15日、原告に対する事情聴取を行っており、原告に弁明、反論の機会を十分に与えている。」

「したがって,本件懲戒免職処分にあたり手続違反はない。」

と反論しました。

 裁判所は、次のとおり述べて、手続的な観点からの問題はないと判示し、結論としても懲戒免職処分の有効性を認めました。

(裁判所の判断)

「本件懲戒免職処分に先立ち、聴聞を行うべきであったところ、被告は、原告に対し、事情聴取(原告が被告担当者からの質問に答えるのみで、反論を行うものではない)を行ったにすぎない旨主張して、本件懲戒免職処分の手続に問題がある旨主張する。」

しかし、本件懲戒手続条例には、懲戒処分をする際、被処分者に対して告知・聴聞の機会を与えることを定めた規定は存しない・・・のみならず、処分行政庁は、原告に対し、本件懲戒免職処分をするに先立ち、2度にわたり、何に関する事情聴取であるかを伝えた上で質問したり、説明等を聴取しているのであって、その過程で供述を強制された旨の主張やこれを認めるに足る証拠もない。

そうすると、本件各処分をするに先立ち、原告に対して弁明の機会も与えられていたといえる。

「よって、この点に関する原告の主張は採用できない」

(中略)

「したがって、本件懲戒免職処分が違法であるとはいえない。」

3.放っておいたら反論の機会は付与されない

 告知・聴聞の手続をきちんと条例で定めていない自治体は、少なくないように思います。こうした自治体で懲戒処分を受けそうになった場合には、手続規定が欠けている場合に求められている弁明手続が裁判例でどのように理解されているのかを前提に防御方法を考えて行くしかありません。

 以前紹介した、津地判令2.8.20労働判例ジャーナル105-28 津市事件もそうですが(冒頭のリンク先参照)、裁判所は明示的に反論を述べる機会を付与しなくても、事情聴取の手続が前置されていれば、弁明の機会が付与されていたと判断する傾向があります。

 問題視されない以上、自治体には、処分に先立ち、被処分者に対して明示的な反論の機会を与える誘因がありません。そのため、懲戒処分を受けそうになっている方としては、反論のための機会が別途付与されないことを前提に、事情聴取の機会を利用して適切な反論を展開して行く必要があります。

 事情聴取と同時に反論を展開するという作業は、一般の方にとって決して簡単ではありません。一旦懲戒処分が出されると、その効力を争うことが必ずしも容易でないことからも、懲戒処分のための手続が開始された場合には、処分が出る前の段階から弁護士を関与させることが推奨されます。

 

公務員は公務外非行の詐欺でも退職金(退職手当)まで吹き飛ぶ

1.公務員の懲戒処分

 公金に関する公務員の不正行為に対して、法は極めて厳格な立場をとっています。

 国家公務員の場合、公金を横領、窃取、詐取した職員は、基本的に免職になります(「懲戒処分の指針について」(平成12年3月31日職職―68)(人事院事務総長発)最終改正: 令和2年4月1日職審-131参照)。

懲戒処分の指針について

 また、懲戒免職処分等を受けて退職したことは、退職手当の支給制限事由に該当します(国家公務員退職手当法12条1項1号)。懲戒免職処分を受けた場合、退職手当は全部不支給が原則になるため(国家公務員退職手当法の運用方針 昭和60年4月30日 総人第261号 最終改正 令和元年9月5日閣人人第256号参照)、公金を横領、窃取、詐取して懲戒免職とされた国家公務員は、ほぼ自動的に退職金の全部不支給処分を受けます。

https://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/jinjikyoku/files/s600430_261.pdf

 このように公金に関する不正行為には厳格な姿勢がとられていますが、公務外非行にに対しては、そこまで厳しい立場がとられているわけではありません。

 同じく横領、窃取、詐欺をしたとしても、それが公務外非行であれば、「免職又は停職」が標準的な懲戒処分になります(前掲「懲戒処分の指針について」参照)。

 また、懲戒免職処分を受けた場合でも、前掲「国家公務員退職手当法の運用方針」で、

「停職以下の処分にとどめる余地がある場合に、特に厳しい措置として懲戒免職等処分とされた場合」

が退職手当不支給を一部に留められる場合として規定されているため、全額とまではいかなくても、退職手当の一部は受給できる余地が生じます。

 上述の国家公務員に関するルールは、多くの地方自治体でも参考にされているため、地方公務員が懲戒処分を受けた場合にも妥当します。

 しかし、公務外非行であるからといって、必ずしも処分が甘くなるとは限りません。近時公刊された判例集に、公務外非行の詐欺で懲戒免職・退職手当全部不支給処分の有効性が認められた裁判例が掲載されていました。大阪地判令2.6.29労働判例ジャーナル105-42 守口市門真市消防組合事件です。

2.守口市門真市消防組合事件

 本件は、

「平成26年10月から平成27年12月までの間、整骨院と共謀し、診療報酬を欺いたこと」(本件非違行為)

を理由に懲戒免職処分、それに引き続く退職手当全部不支給処分を受けた消防士長が、勤務先である特別地方公共団体・守口市門真市消防組合に対し、各処分の取消を求めて出訴した事件です(ただし、退職手当全部不支給処分の処分事由には過去の勤務態度などの事情も付加されています)。

 原告の方は直接詐欺行為に及んだわけではなく、謝礼(月額5000円)をもらって詐欺行為に加担した立場にありました。

 直接現金を詐取した方(F)は、起訴され、次の事実で有罪判決を受けたとされています。

「Fは、C、D、E院長及び原告と共謀の上、柔道整復施術療養費名目で現金をだまし取ろうと考え、・・・平成26年11月11日頃から平成28年2月10日頃までの間、15回にわたり、真実は、原告が本件整骨院に約40日しか通院していないのに、合計238日間通院して、柔道整復師による施術を受けたとする内容虚偽の柔道整復施術療養費支給申請書等を作成の上、大阪府市町村職員共済組合(以下『共済組合』という。)に提出して、柔道整復施術療養費の支払いを請求し,共済組合の職員らをしてその旨誤信させ、よって、平成27年2月3日から平成28年5月6日までの間、15回にわたり、共済組合から25万7577円を詐取した」(本件詐欺行為)

 ただし、原告の方は本件詐欺行為について不起訴処分(起訴猶予)を受ける留まりました。

 こうした事実関係のもと、裁判所は、次のとおり判示し、各処分の適法性を認めました。

(裁判所の判断)

-懲戒免職処分の裁量逸脱・濫用の有無について-

「原告は、Dらとの共謀に基づいて、本件詐欺行為を行ったものであって、原告の行為は、詐欺罪(刑法246条1項)に該当する刑法上の犯罪行為である。詐欺罪の法定刑は10年以下の懲役であるところ、原告は、本件詐欺行為において、首謀者たる地位にあるとはいえないものの、自らの保険証を提供し、自らが通院したとの事実を仮装することが可能な日を伝えるなどして、原告が本件整骨院へ通院した事実を仮装し、柔道整復施術療養費の詐取を可能ならしめるにあたり、重要な役割を果たしている上、かかる犯罪行為への関与につき、月額5000円という比較的少額のものとはいえ、多数回にわたり報酬を受領している。」

「以上によれば、原告の行為は、公務に対する信頼を著しく損なう悪質なものであり、厳しい非難に値するものというべきであって、原告が指摘する事情を踏まえても、被告が、原告に対する事情聴取を経て、懲戒処分として免職処分を選択したことは、社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したものということはできない。

-退職手当全部不支給処分の裁量逸脱・濫用の有無について-

「退職手当の性格は、勤続報償的要素のほか、生活保障的要素、賃金後払い的要素が含まれると解されるものの、原告は、上記のとおり、刑法上の犯罪行為である本件詐欺行為において重要な役割を果たし、相当期間にわたり、少額とはいえ報酬を多数回にわたって受領していることからすると、本件非違行為の内容は悪質であって、原告が占めていた職の職務内容や責任の程度のいかんを問わず、本件非違行為が公務に対する信頼に消極的影響を及ぼし、原告の継続勤務の功を抹消するものと言わざるを得ない。」

「なお、本件退職手当条例は、国家公務員退職手当法とほぼ同様の文言を用いた規定となっているところ、国家公務員の退職手当法の運用方針においては、懲戒免職処分がされた場合、退職手当を全部不支給とすることを原則とし、例外的に退職手当一部不支給処分とすることができるとする4項目・・・を定めるが、本件は、このいずれにも該当しない。また、本件退職手当条例には、処分をする際、被処分者に対して告知・聴聞の機会を与えることを定めた規定は存しない・・・のみならず、本件各処分をするに先立ち、原告に対して弁明の機会も与えられていたといえることは上記・・・で説示したとおりである。」

「以上の事情のほか、原告が本件非違行為を行うに至った経緯に特に酌むべき事情があるとは認められず、共謀の事実を否認したり、本件非違行為の社会的影響などを過小視する等、真摯な反省の情を示しているとも認められないことにも鑑みると、本件詐欺行為について原告の氏名が報道されたとは認められないことなど、原告の主張内容を考慮しても、退職手当の全部を不支給とした被告の判断に裁量権の逸脱又は濫用があるということはできない。

3.報道なし、利益少額、起訴猶予でも厳しい

 公務員に限ったことではありませんが、懲戒処分の効力を検討するにあたり、報道がされたかどうかが考慮要素の一つになることがあります。

 報道されるかどうかは本人のコントロールできない偶然的な事情に依拠することから、これが考慮要素とされることに違和感を持つ方もいるのではないかと思います。

 しかし、懲戒処分を行うにあたっては、企業の場合には対外的な信用性がどれだけ毀損されたのか、公務員の場合には公務に対する国民の信用がどれだけ毀損されたのかが問われることになります。こうした観点から、報道の有無は、一定の重さを持つ考慮要素になるとされています。

 本件の場合、報道されたわけでもなく、得た利益も少額で、刑事的にも起訴猶予処分を受けるに留まっています。このレベルの公務外非行で懲戒免職処分・退職手当全部不支給処分というのは、やや厳しいようにも思われますが、裁判所は、いずれの処分の適法性も認めました。

 やはり、犯罪は割に合いません。公職に就いている方は、そのことを特に自覚した方が良さそうです。

 

労災が否定されても民事訴訟での損害賠償請求は可能?-業務起因性がないことは不法行為法上の相当因果関係がないことを意味しないとされた例

1.相当因果関係概念の相対性

 民法709条は、

「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」

と規定しています。

 ここでいう「よって」とは、加害行為と権利利益の侵害(損害)との間に、相当因果関係を要する趣旨であると理解されています。相当因果関係というのは、簡単に言うと、当該行為から当該結果が生じることが社会通念上相当だと認められる関係のことで、賠償義務の対象となる損害を合理的な範囲に限定する役割を果たしています。

 この「相当因果関係」という概念は、労災の場面にも転用されています。例えば、最二小判昭51.11.12最高裁判所裁判集民事119-189は、疾病や負傷が「公務上」(「業務上」とほぼ同義です)のものであると認められるための要件として、

「相当因果関係のあることが必要」

であるとの判断を示しています。

 どのような場合に疾病や負傷と業務との間に相当因果関係が認められるかに関しては、労災の認定基準(行政解釈)を下敷きにした膨大な裁判例の集積があります。

 そのため、仕事が原因で疾病・負傷・死亡等の結果が発生した事案において、勤務先に損害賠償を請求する民事訴訟を提起する場合、相当因果関係が認められるか否かの判断にあたっては、労災の場面で用いられている相当因果関係の認定手法が、逆輸入するような形で用いられることが多く見られます。

 同じ用語であることもあり、不法行為法上の「相当因果関係」と、業務(公務)起因性が認められるか否かを判断する基準としての「相当因果関係」は、しばしば混同されがちです。

 しかし、両者は概念として区別するのが正確です。確かにオーバーラップする部分が大きいことは否定しませんが、飽くまでも別の概念であることを理解していなければ、損害賠償請求訴訟における主張、立証のポイントを外しかねません。また、労災が否定されても民訴でなら芽のある事案を見落としてしまう危険もあります。近時公刊された判例集にも、そのことが看取される裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した仙台地判令2.7.1労働判例ジャーナル105-40 北海道事件です。

2.北海道事件

 本件は北海道の公立高校の自殺した教諭(亡e)の両親が、自殺の原因は先輩教諭からのパワー・ハラスメントにあるとして、北海道を相手取って国家賠償を請求した事件です。

 この事件では幾つもの争点が提示されていますが、その中の一つに義務違反と死亡結果との間に相当因果関係が認められるかという問題がありました。

 被告北海道は、

「亡eのi教頭に対する相談及び亡eの遺書に記された自殺時の心情には、他人を非難する内容は含まれておらず、かえって自己の不甲斐なさを訴えるものであったのだから、業務の過重化及びg教諭による叱責が亡eを自殺に追いやった原因であるとはいえない。加えて、亡eは、稚内高校に勤務する前にも、自殺を数回試みたことがあるなど、性格や精神的傾向において著しい脆弱性があった。そうすると、本件においても、亡eは、必要以上に自分自身を追い詰めて自殺に至ったものであるから、仮にh校長らに安全配慮義務違反があるとしても、亡eの死亡との間に相当因果関係はない。」

などと主張し、亡eが自殺したのは、そのメンタルの脆弱性が原因であって、自分達の安全配慮義務違反に原因があるわけではなないと主張しました。

 被告北海道の主張は、労災の場面で用いられる「ストレス-脆弱性理論」に依拠した議論です。

 「ストレス-脆弱性理論」とは、労災の「対象疾病の発病に至る原因」について「環境由来の心理的負荷(ストレス)と、個体側の反応性、脆弱性との関係で精神的破綻が生じるかどうかが決まり、心理的負荷が非常に強ければ、個体側の脆弱性が小さくても精神的破綻が起こるし、逆に脆弱性が大きければ、心理的負荷が小さくても破綻が生ずる」とする考え方をいいます。

https://www.mhlw.go.jp/content/000661301.pdf

 これは個体側の脆弱性によって発病したといえる場合に、疾病の業務起因性(業務との相当因果関係)を否定する脈絡の中で、しばしば論及される考え方です。

 不法行為の成否や安全配慮義務違反が問題となる損害賠償法のもとでの「相当因果関係」が、労災の場面で用いられている「相当因果関係」と同一のものであるとすれば、被告北海道の組み立てた議論は原告の主張に対する有効な反論になります。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、相当因果関係の存在を認め、被告北海道の主張を排斥しました。

(裁判所の判断)

「・・・h校長らの安全配慮義務違反と亡eの自殺との間には相当因果関係があるものと認めるのが相当である。」

「これに対し、被告は、亡eの遺書には、他人を非難する内容は含まれておらず、かえって自己の不甲斐なさを訴える内容であったのであり、元来有していた精神的脆弱性と相まって、必要以上に自分を追いつめて自殺に至ったものであるから、h校長らの安全配慮義務違反と亡eの自殺との間には相当因果関係がなく、また、労災認定基準によれば、亡eのうつ状態は、業務を起因として発病した精神障害には当たらず、うつ状態による自殺も業務に起因するものではないから、仮に被告の安全配慮義務違反が認められたとしても、亡eの自殺との間に相当因果関係はない旨主張する。」

「しかしながら、前記認定事実によれば、亡eが残した遺書には、g教諭の副担任が割り当てられた4月から状況が一変し、仕事のミスで周囲に詫びる日を繰り返し、消えたくなる気持ちで一杯であり、g教諭の足を引っ張ってばかりいた趣旨が記載されていたことからすれば、当該遺書にg教諭に対する直接的な非難の言葉が記載されてなかったとしても、亡eの自殺の原因自体がg教諭からの注意であったことは、上記遺書自体からも読み取り得るというべきである。のみならず、前記認定事実によれば、自殺に至る直前である平成27年7月22日には、実家に帰省する予定を立てて夏期休暇を取得し、スポーツ観戦のチケットの購入を原告aに依頼するなどしていたのであり、g教諭の注意のほかに、自殺に至る原因を認めるに足りる的確な証拠がないことからすると、前記認定事実に係る事実経過を踏まえれば、亡eの自殺の原因は、教師として生きてゆく自信を喪失させるようなg教諭の度重なる注意にあったとするのが自然である。」

「また、被告主張に係る災害補償制度は、使用者が労働者を自己の支配下に置いて労務を提供させるという労働関係の特質に鑑み、業務に内在ないし随伴している危険が現実化して労働者に傷病等を負わせた以上、使用者に無過失の補償責任を負担させるのが相当であるとする危険責任の法理に基づくものである。そのため、業務と傷病との間の相当因果関係の有無は、その傷病が当該業務に内在又は随伴する危険の現実化したものであるかどうかによって判断されるべきものである。これに対し、不法行為法は、損害の公平な分担を趣旨とし、使用者側の過失に基づき、労働者が被った損害を填補させるものであるから、不法行為における相当因果関係の有無は、債務者の有責行為と損害との間における事実的因果関係及び債務者に当該損害を負担させる相当性の有無によって判断されるべきものである。

そうすると、上記制度趣旨の相違に鑑みると、業務起因性がないことをもって直ちに不法行為法上の相当因果関係がないとはいえず、被告の主張を踏まえても、上記判断を左右するに至らない。

「したがって、被告の主張は、採用することができない。」

3.労災が否定されても民事訴訟での損害賠償請求が可能な場面はある

 本件の裁判所は、労災の場面での相当因果関係と、民事訴訟の場面での相当因果関係とが別の概念であることを正面から判示し、業務起因性がなかったとしても、直ちに不法行為法上の相当因果関係がないことを意味するわけではないとしました。

 相当因果関係概念の相対性を指摘する考え方は従前からありましたが、ここまではっきりと概念上の差異を区別した判示は比較的珍しいように思います。

 確かに、疾病や負傷に労災認定を受けられなかった場合、民事訴訟で勤務先の責任を問うことが容易でないことは否定できません。また、責任が認められたとしても、ストレスへの脆弱性が背景にある場合、相当割合の素因減額が見込まれます。

 しかし、自殺事案のような深刻な被害が発生している事案では、素因減額がされてもなお、損害賠償額がかなりの金額に及ぶことは珍しくありません。本件でも6割の素因減額がされましたが、原告aに1300万1699円、原告bに1234万1699円と、合計2500万円以上の損害賠償請求が認められています(弁護士費用含む)。

 労災が認定されなかった事案でも、民事訴訟の芽はなくはありません。労災給付の不支給処分を受けて釈然としない思いをお抱えの方は、損害賠償請求の可否について、一度、弁護士のもとに相談に行ってみると良いと思います。