弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

職業人として生きて行く自信を喪失させるような注意をする先輩を新人から引き離すべき注意義務

1.新人指導に向かない先輩「〇〇に向いていない」

 新人時代、上司や先輩から「お前は、〇〇(教師・弁護士・営業等)に向いていない。」という叱責を受けた人は少なくないと思います。

 何一つ具体的な課題の解決に結びつかないうえ、経験不足から先輩の言葉を真に受けがちな新人の心を大きく傷つける言葉であり、こうした言動をとる人こそ、新人の指導には向いていないように思います。

 一昔前ならともかく、こうした新人指導に向かない人材は、できるだけ新人から隔離するのが正解です。新人がメンタルヘルスを損なうようなことがあれば、組織として責任を問われることになるからです。近時公刊された判例集にも、職業人として生きて行く自信を喪失させるような先輩から新人を引き離すべき注意義務の存在を認めた裁判例が掲載されていました。仙台地判令2.7.1労働判例ジャーナル105-40 北海道事件です。

2.北海道事件

 本件は北海道の公立高校の自殺した教諭(亡e)の両親が、自殺の原因は先輩教諭からのパワー・ハラスメントにあるとして、北海道を相手取って国家賠償を請求した事件です。

 亡eに心理的負荷を与えたと思われる言動は幾つかありますが、一例を挙げると、次のような事実が認定されています。

「g教諭は、平成27年6月23日、亡eに対し、亡eの生徒への関与姿勢について、約36分間にわたり、『生徒の方見てるっつうのは答えひとつだべや。関わっていくしかねーべや、お前向いてねーって。うそつけって。おまえ向いてねえから答えでねえんだよ。』、『行動しろよって言われて怒られてんのに行動しないっていう選択をするの?』などと言って注意した。また、g教諭は、上記注意の際、亡eに対し、『そのスタンスを否定するわけじゃないから。』と話す一方、『何もしないことを怒られているのに、何もしないことを取るのか。』と言い、亡eの生徒に関する関与姿勢を変えるように執拗に促した。g教諭による上記注意の中には、教育の根本たる亡eの生徒への関与姿勢そのものを否定するなど、亡eの生徒指導の姿勢ないし言動を批判する言葉が多数含まれており、亡eは、従来からのg教諭による度重なる注意とあいまって、教師として生きてゆく自信を喪失した。・・・」

「そのため、亡eは、同月24日、自殺を図ろうとして稚内市内のホームセンターにおいて練炭を購入するとともに、同日、自宅において、ベルトで自分の首を絞めて自殺を図ったが、痛くなり、これを中止した・・・。」

「なお、亡eは、g教諭との上記やりとりを録音していたため、平成27年6月23日の上記注意は、亡eが自殺した後に初めて発覚した。」

 こうした事実関係が積み重ねられていたことから、本件の原告らは、

「被告の設置する稚内高校の管理職員であり、公共団体である被告の公権力の行使に当たる公務員であるh校長らは、稚内高校定時制課程の教諭を管理するに当たり、勤務する教諭間の力関係によって仕事の配分が決定されて偏りが生じたり、若年教諭に対するアドバイスの域を超えた詰問や叱責により、若年教諭が心理的打撃を受けて心身の健康を害し、労働の提供が困難になり、あるいは、不可能になるような事態が発生することがないよう配慮するとともに、そのような状態が発生した場合には、速やかに改善して労働環境を整備する義務を負っていた。それにもかかわらず、h校長らは、業務の過重化及びg教諭による叱責を防止するための具体的措置を講じず、被告は安全配慮義務に違反した。」

と主張しました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり判示したうえ、h校長の安全配慮義務違反を認めました。

(裁判所の判断)

「i教頭は、亡eから、g教諭から注意を受けることにつき度々相談を受けていたところ、平成27年6月26日には、亡eから、教師として生きてゆく自信を喪失させるような注意をg教諭から受けたことについて相談を受けた上、心療内科を受診する旨告げられ、同月29日には、亡eが、心療内科においてうつ状態であると診断された旨報告を受けたのであるから、i教頭から上記報告を伝えられたh校長を含め、g教諭による注意を原因として亡eがうつ状態となっている事実を現に認識していたものと認めるのが相当である。そして、一般的に、うつ状態の患者には自殺念慮がみられるところであるから、亡eについてそのほかに自殺の兆候が見られなかったとしても、g教諭の注意により亡eが教師として生きてゆく自信を喪失して悩んでいた従前からの相談内容を踏まえると、g教諭が亡eに対する注意を再び行った場合には、未だ勤務経験2年余りにすぎない亡eが教師として生きてゆく自信を再び喪失させるなどして亡eがうつ状態を更に悪化させ、亡eに対し自殺を動機付けるなど亡eの生命又は心身の健康を損なうことになることは、h校長らにとって予見可能であったものと認めるのが相当である。
 そうすると、被告に代わって亡eに対し業務上の指揮監督を行う権限を有するh校長らは、少なくとも、亡eがうつ状態であると診断された旨報告を受けた平成27年6月29日以降は、同校の教諭に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して亡eの心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負っていたものと解するのが相当である。」

「したがって、h校長らは、上記注意義務の内容に従って、g教諭に対し、亡eのうつ状態の原因が教師として生きてゆく自信を喪失させるようなg教諭の度重なる注意にあることを自覚させ、未だ勤務経験2年余りにすぎない亡eが教師として生きてゆく自信を喪失させないように、亡eにこれ以上の注意をしないよう自制を促すとともに、亡eの意向を聴取するなどして亡eの精神状態に配慮した上で亡eの意向に反しない限度で、g教諭が業務において亡eに接触する機会を減らす措置を講じる義務を負っていたというべきである。

(中略)

「 h校長らは、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して亡eの心身の健康を損なうことがないように、g教諭に対し、亡eのうつ状態の原因が教師として生きてゆく自信を喪失させるようなg教諭の度重なる注意にあることを自覚させ、未だ勤務経験2年余りにすぎない亡eが教師として生きてゆく自信を喪失させないように、亡eにこれ以上の注意をしないよう自制を促すともに、亡eの意向を聴取するなどして亡eの精神状態に配慮した上で、亡eの意向に反しない限度で、g教諭が業務において亡eに接触する機会を減らす措置を講じる義務を負っていたにもかかわらず、これを怠ったものというべきである。

「したがって、h校長らは、亡eの心理的負荷等が過度に蓄積してその心身の健康を損なうことがないよう注意する義務に違反したものと認めるのが相当である。」

3.課題の解決に役立たない先輩からの暴言は上長に相談を

 冒頭に述べたとおり、新人の方は経験が不足しているため、先輩からの言葉を真に受けがちな傾向があるように思われます。

 しかし、他人が他人の職業適性を正確に評価することは土台無理な話です。同じ職業でも、数年も経てば、必要な能力が変わってくることも珍しくありません。向いているか向いていないかは、何年もその仕事に取り組んでみて初めて朧気に自覚できるものでしかありません。

 向いていようがいまいが新人としては目の前の課題に立ち向かうしかないのですから、課題の解決に役立つことを言えず、圧をかけることしかできない先輩を指導担当にされた時には、できるだけ速やかに上長に指導担当の変更を申し出ることが推奨されます。新人を壊す従業員は組織にとってリスク要因になる時代なので、法令遵守に鋭敏な職場であれば、適切な対応をしてくれると思います。

 また、メンタルヘルスを損なったり自殺したりするよりは遥かにましなので、自分で言い出せない場合や、組織が適切な対応をしてくれない場合には、多少大げさに見えても、選択肢の一つとして、弁護士に職場との交渉を委ねることも検討してみて良いのではないかと思います。

 

97時間分の固定残業代の合意が有効とされた例-裁判所は小規模零細事業者に甘すぎないか

1.裁判所の問題点-小規模事業者・素人に甘い

 以前、

裁判所は素人による逸脱した行為(弁護士の頭越しに行う直接交渉)に甘すぎではないだろうか - 弁護士 師子角允彬のブログ

という記事を書きました。

 私の個人的な実務経験の範囲内で言うと、素人や小規模零細事業者といった法律を読み込む力のない方に対し、裁判所が甘すぎると感じることは少なくありません。大企業や法専門家が行えば厳しい非難の対象になりかねない行為が、能力が不足している以上は仕方ないといわんばかりに放任されるのは、端的に不公平であり、裁判所の問題点の一つではないかと思っています。

 近時公刊された判例集にも、使用者側の事業が小規模な八百屋であるこが考慮要素の一つとされ、相当長時間の時間外労働を予定した固定残業代の合意が有効とされた裁判例が掲載されていました。大阪地判令2.7.16労働判例ジャーナル105-56野菜村事件です。

2.野菜村事件

 本件は被告会社の元従業員が、退職後に残業代を請求した事件です。

 残業代請求の可否及び額を計算するにあたり、固定残業代の合意の有効性が争点の一つになりました。固定残業代の合意の有効性は、幾つかの観点から問題にされていますが、その中の一つに想定残業時間の長さがありました。

 原告の賃金は月額28万円とされていました。被告会社は内13万円は固定残業代として合意された手当に相当すると主張しました。そのような理解に対し、原告は、

「労基法32条は、労働者の労働時間の制限を定め、同法36条は、36協定が締結されている場合に例外的にその協定に従って労働時間の延長等をすることができることを定め、36協定における労働時間の制限は、月45時間と定められている(平成10年12月28日労働省告示第154号)。被告が主張する固定残業代(計13万円)の合意は、約120時間分の時間外労働に対する割増賃金の額に相当するところ、上記法令の趣旨に反し、恒常的な長時間労働を是認する趣旨で合意されたものと考えざるを得ず、公序良俗に反し、無効である。」

と主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、固定残業代の合意の効力を認めました。

(裁判所の判断)

「原告は、被告が主張する固定残業代(計13万円)の合意は、約120時間分の時間外労働に対する割増賃金の額に相当するところ、労働省の労働時間の制限を定める労基法32条、36条及び平成10年12月28日労働省告示第154号といった法令の趣旨に反し、恒常的な長時間労働を是認する趣旨で合意されたものと考えざるを得ず、公序良俗に反し、無効である旨主張する。」

「この点、本件労働契約の固定残業代のうち、時間外割増賃金に相当する早朝手当及び時間外手当計10万5000円を863円(基本給15万円を被告における1か月の所定労働時間数173.8時間で除したもの)に時間外割増賃金率1.25を乗じた1079円で除すると、約97時間分の時間外労働に相当することとなる。

「しかしながら、上記労働省告示154号の基準は時間外労働の絶対的上限とは解されず、また、これらの法令に反する時間外労働が行われたとしても、割増賃金支払義務は当然に発生するから、そのような場合の割増賃金の支払を含めて早朝手当及び時間外手当を本件労働契約において定めたとしても、それが当然に無効になると解することはできない。確かに、労基法36条6項3号(平成30年7月6日法律第71号により改正[平成31年4月1日施行]された。なお、本件割増賃金請求権は、同改正前のものである。)で定められた労働時間(1か月あたり平均80時間)等も超える点で、相当長時間の時間外労働を予定するものであるけれども、上記労働時間を約17時間超えるにとどまること、被告の事業が小規模な八百屋であること等も考慮すると、公序良俗違反として約97時間分の固定残業代全部を無効とするまでの不当性は認められない。なお、労基法36条6項2号及び同項3号の労働時間は休日労働も含むものではあるが、原告が法定休日労働を行っていない月も相当数見られる(休日出勤手当に相当する法定休日労働を行っていない)本件において、休日出勤手当の分も含めて何時間分の労働時間に相当するのか算定し、公序良俗違反の有無を検討することは相当でない。」

「そうすると、本件労働契約の固定残業代の合意が公序良俗に反し、無効であるとまでは認められない。

3.中小企業の人材難は司法に対する不信感も一因となっているのではないか

 中小企業の経営者から、募集をかけても人材が集まりにくいという声を聞くことがあります。その背景には、幾つもの要因があるとは思いますが、法の不遵守が甘くみられていて、いざとなった時に法による保護を受けられるかどうかが不安であることも挙げられるのではないかと思います。

 必ずしも一定しているわけではありませんが、想定残業時間の多さから固定残業代の効力を否定した裁判例は幾つもあります。

固定残業代として許容されない想定残業時間のライン - 弁護士 師子角允彬のブログ

固定残業代における残業時間数の上限について - 弁護士 師子角允彬のブログ

 元々、法令順守の行き届いた大企業では、顕著な労基法違反は生じにくい傾向にあります。働き方改革関連法の成立により、折角残業規制が強化されても、小規模事業者であることが公序良俗違反を否定する事情になり得るとされては、法の趣旨が大きく毀損されることになります。

 流石に小規模事業者であることだけで公序良俗違反が否定されることはないにしても、素人や小規模事業者であること(法の読み込み・遵守を行う力が不足していること)を法違反かどうかを判断するにあたり考慮することは、端的に言って裁判所の悪習ではないかと思います。

 真面目に法令順守に取り組んでいる中小事業者が割を食うことにもなりかねませんし、こうした悪習は直ちに是正されるべきではないかと思います。

 

 

休業命令の濫用-就業できる労働者に対する休職命令は許容されない

1.休職命令

 メンタルヘルスの不調等が疑われ、業務状況の低下が認められる場合、使用者から私傷病休職を命じられることがあります。

 このとき就業規則等に定められている休職命令を出すための要件が満たされていれば問題ないのですが、扱いにくい労働者を職場から排除するため、休職要件を十分に検討しないまま、休職命令が発令されることも珍しくありません。近時公刊された判例集に掲載されていた、大阪地判令和2年7月9日 労働判例ジャーナル105-38 タカゾノテクノロジー事件も、そうした事例の一つです。

2 タカゾノテクノロジー事件

 本件で被告(反訴被告)になったのは、医療機器の製造、販売等を目的とする株式会社です。

 原告(反訴原告)になったのは、被告の従業員の方です。休職命令を受けた後、自然退職という扱いを受けてしました。これに納得できず、大阪地裁に対し、地位確認等を求める訴えを提起したという経過が辿られています。

 裁判所は、原告(反訴原告)の方が不穏な言動を取っていた事実を認めながらも、次のとおり述べて休職命令の適法性を否定しました。

(裁判所の判断)

「反訴被告は、反訴原告が、

〔1〕平成29年6月上旬の時点で、周囲が静かであるにもかかわらず、周りの会話や梱包の音が気になって業務に集中できないと訴え、集中できた時間とできなかった時間を色分けした表を作成してP3産業医との面談で提出する、

〔2〕成果物の提出を指示すると、成果物の定義が不明であるとの理由で拒み、復職後に行った内容を記載したノートについても提出を拒んだため、復職後に行った内容を把握できるものを提出するよう指示すると、課題のキーワードが「金星」と「雷」であるというメモを提出する、

〔3〕他の社員の入退室や会話内容、トイレ休憩の時間帯に女子トイレに誰がいたかをノートに記録するなどの状況から、1回目の休職時点で発現した適応障害ないし類似する精神疾患が治癒ないし寛解していないことが強く窺われたと主張する。」

「また、反訴被告は、反訴原告に対し、本件各受診命令を行ったが、反訴原告がこれに応じなかったと主張し、これらの事情から、本件各休職命令は、本件就業規則24条1項1号(私傷病により長期に欠勤が見込まれるとき)又は同項6号(その他前各号に準ずる事情があると認めたとき)のいずれかの要件を満たすと主張する。」

「確かに、休職命令発令に当たり、必ずしも医師の確定診断が必要とまではいえないこと、受診命令を拒否した場合に休職命令を発令できる場合があることは反訴被告が指摘するとおりである。また、反訴被告主張・・・の反訴原告の言動があったことは認定事実・・・のとおりである。さらに、これらの事情がある場合に、反訴被告が、反訴原告の1回目の休職の原因となった適応障害への再罹患等の可能性があると考え、反訴原告に対し、改めて専門医の診断を受けるように求めることは、労使間における信義則ないし公平の観念に照らし合理的かつ相当な措置といえ、反訴被告は、就業規則に定めがないとしても医師の受診を指示することもできる。」

しかしながら、反訴原告の欠勤が続いていたわけではなかったことは認定事実・・・のとおりである。また、反訴被告の主張によれば、反訴原告には入社当初(適応障害と診断されて1回目の休職に至る前)から、同様の言動・トラブルが見られたというのであり、反訴被告自身、復職後の反訴原告の言動が、1回目の休職の時点で発症していた適応障害等の精神疾患が治癒していないためなのか、それとも傷病ではなく反訴原告のパーソナリティに由来するものか判断しかねたと述べている。さらに、P3産業医は、反訴原告が適応障害というより、うつ病等他の何らかの精神疾患を発症している疑いがあるとの所見を持っていたけれども・・・、平成29年8月17日、反訴原告と面談した結果、『今、病気の症状は感じられなかった。現時点で、僕がP1さんに対して就業制限とかアクションを起こすことはない。』旨述べており・・・、その趣旨は、時短勤務や勤務配慮の必要がないというものであって・・・、P3産業医の判断を前提とすると、仮に反訴原告が何らかの精神疾患を発症していたとしても、時短勤務等の必要もない状況であり、そうである以上、反訴原告が更に欠勤する必要がある状況ではなかった。加えて、P3産業医は、上記面談時点で、P14医師が反訴原告を診断した場合、何もないと言われると考えており・・・、反訴被告が本件各受診命令において、反訴被告担当者立会い等を条件としていたのも、P14医師が診断した場合、その診断の当否はともかく、反訴原告の意向を尊重して、適応障害等の精神疾患を再発又は発症していない(あるいは治癒している)との判断がされるものと考えていたためと推測される。そうすると、現に反訴原告の欠勤が続いている状況ではなかった上、産業医及び主治医とも反訴原告が欠勤する必要があるとは考えていなかったのであるから、反訴原告が私傷病により長期に欠勤が見込まれる、又はそれに準ずる事情があると認めることはできない。

「反訴被告は、最高裁判所平成24年4月27日第二小法廷判決や裁判例・・・を引用し、反訴被告が取るべき措置が休職命令しかなかった旨主張するが、いずれも労働者の欠勤が続いた事案であって、本件とは事案を異にする。また、反訴被告は、本件各休職命令が解雇猶予としての休職制度の趣旨に沿ったものである旨主張するが、同制度にそのような趣旨が含まれるとしても、それは能力不足を含む解雇一般を避けるためのものではなく、あくまで労働者の欠勤が続いて就業できないような場合にそのことを理由に解雇することを避けるものであって、反訴原告の欠勤が続いたわけではない本件とは前提が異なる。さらに、反訴被告は、社内に反訴原告が就労する現実的可能性のある部署がなかった旨主張するが、このこと自体は、本件就業規則24条1項1号ないし5号またはそれらに準ずる事情といえるものではない。加えて、1回目の休職までの反訴原告の言動・・・から直ちに復職後の反訴原告の病状を判断できるものでもない。

「以上によれば、本件各休職命令は、その要件を満たしておらず、無効であり、その結果、反訴原告は、本件就業規則29条3号の退職要件を満たしていない。」

3.安易な厄介払いは許されない

 上述のとおり、裁判所は、産業医が就業制限の必要性を認めず、現に欠勤が継続しているわけでもない場合、休職要件が充足されているとはいえないと判示しました。

 本件は労働者側にも一定の不穏な言動のあった事案ですが、だからといって医学的に就業可能な労働者に休職命令を出すことは許されないと判示した点に特徴があります。

 復職できずに自然退職したという事案では、復職要件の充足性に目が奪われがちですが、休職命令の適法性という切り口があることも、常に念頭に置いておく必要があります。

 

労働時間管理が緩やかでありながら管理監督者性が否定された事例

1.管理監督者

 管理監督者には時間外勤務手当(残業代)を支払う義務がありません(労働基準法41条2号参照)。しかし、法律概念としての管理監督者に該当しないにもかかわらず、管理監督者に該当すると強弁したところで(いわゆる名ばかり管理職)、時間外勤務手当の支払い義務を免れるわけではありません。そのため、管理監督者への該当性は、残業代請求の可否と結びつく論点として、しばしば熾烈に争われることになります。

 労働基準法上の管理監督者への該当性は、

① 職務内容、権限および責任の程度、

② 勤務態様-労働時間の裁量・労働時間管理の有無、程度、

③ 賃金等の待遇、

を総合的に考慮して判断されています(白石哲『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕154頁参照)。

 この三つの要素がいずれも管理監督者性を基礎づけている、あるいは、基礎づけていないという場合、管理監督者性の判断は比較的容易です。

 しかし、ある要素は管理監督者を肯定する方向で考えられるものの、他の要素は否定的に考えられるといった場合、管理監督者への該当性の判断は、微妙かつ困難なものになりがちです。

 近時公刊された判例集に、②の観点から労働者への労働時間管理の緩やかさを認めながらも、①、③の観点から管理監督者性を否定した裁判例が掲載されていました。大阪地判令2.7.20労働判例ジャーナル105-36 石田商会事件です。

2.石田商会事件

 本件は解雇された労働者が、時間外勤務手当等の支払いを求め、裁判所に訴訟提起した事案です。

 本件で被告になったのは、日用雑貨、食料品、書籍雑誌、服飾雑貨、タバコ、酒類の販売等を目的とする株式会社で、婦人服や紳士服、日用雑貨等を販売する小売店を営んでいました。

 原告になったのは、被告で統括バイヤーとして働いていた方です。統括バイヤーとして一定の職位にはありましたが、これが管理監督者に該当するのかが争点の一つになんりました

 裁判所は、次のとおり述べて、労働時間管理が緩やかであることを認めながら、管理監督者性を否定しました。

(裁判所の判断)

「管理監督者性については、〔1〕業務内容、権限及び責任の重要性、〔2〕労働時間の裁量、労働時間管理の有無・程度、〔3〕賃金等の待遇を総合的に考慮して判断するのが相当であるから、以下、認定事実を踏まえて検討する。」

「〔1〕業務内容、権限及び責任の重要性について」

「原告は、被告における4番目のポジションである統括バイヤーとして、どのような商品をどの程度仕入れ、当該商品をどの店舗にどのように割り振るかという仕入れ業務及び各店舗への商品の振分け業務等を行い・・・、被告代表者、P5専務及びP6本部長が出席する会議に出席してP4店対策等を担当し・・・、また、自らが幹部であるとの認識の下、他のバイヤーに指示したり、店長に指導を行うこともあった・・・。被告が小売業者であることからすると、商品の仕入れや各店舗の振分けを行う原告の業務は、相当程度重要なものであったといえる。また、原告が仕入れを行うに当たっては決裁を要しなかった・・・。」

「しかしながら、原告は、統括バイヤーという地位にあったとはいえ、営業本部の下に3部門あるうちの商品部という一部門の責任者にすぎず、自らもヤング・ヤングミセス・服飾等の部門のバイヤーとして、その仕入れ作業、売り場の設営等を行っていた。また、他の部門のバイヤーは、雑貨部門のP17のほかは、P5専務やP6本部長という原告より上のポジションの者であった・・・。さらに、原告の下のアシスタントバイヤーも1名ないし3名であり・・・、専従ではなく、店舗の従業員も兼ねるなどしていた・・・。加えて、上記会議も商品部の会議である以上・・・、その責任者である原告が出席するのは当然であり、そのことから直ちに原告が被告の経営に関与していたといえるものではなく、同会議において各対策を決めるに当たって原告が果たした寄与・貢献についても必ずしも明らかでない。この点、被告代表者は、原告がP7店のアルバイトを採用し、P17の採用を強く推薦したと供述するが、これらを裏付けるに足りる証拠はなく、また、原告が上記アルバイトの採用や採用の推薦以上に人事に関わった事情も窺われない。」

「そうすると、原告が管理監督者に相応しい業務内容や権限及び責任の重要性があったとまで認めることができない。」

「〔2〕労働時間の裁量、労働時間管理の有無・程度について」

「P6本部長がタイムカードの打刻を行わない一方、原告は、タイムカードを打刻し、また、業務日誌を提出してその出退勤を管理はされていたものの、原告も認めているようにその打刻は極めてルーズなものであり、出退勤時刻を打刻していない日が多く見られる・・・。さらに、所定始終業時刻よりも遅い出勤又は早い退勤をしている日が見られるも、それによる給料の減額が行われた事実は窺われない。」

「〔3〕賃金等の待遇について」

「原告の賃金額計約31万円は、被告の従業員の中では高額な給料であるが(店長で22万円から27万円・・・)、被告の求人票記載の賃金額が計20万6420円から計49万1180円であったこと・・・からしても、客観的に特に高額な金額とはいえない。」

「以上の検討を総合すると、上記・・・のとおり、〔2〕労働時間管理が緩やかではあったものの、上記・・・のとおり、〔1〕業務内容や権限及び責任の重要性や〔3〕賃金等の待遇については管理監督者に相応しいものとまではいえず、原告が管理監督者であったとは認められない。」
3.三要素とはいうものの、本質的なのは、①(職務内容、権限および責任の程度)

 上述の判示からも分かるとおり、三要素とはいうものの、管理監督者への該当性の有無に本質的な影響を及ぼすのは、①(職務内容、権限およい責任の程度)です。この要素で管理監督者性が消極と評価されると、②(勤務態様-労働時間の裁量・労働時間管理の有無、程度)や、③(賃金等の待遇)で、ある程度管理監督者性と親和的な評価がされたとしても、管理監督者性は否定されやすいのではないかと思います。

 そのため、②や③で管理監督者への該当性を争いにくいのかなと思われる場合であっても、必ずしも悲観する必要はありません。①の観点から管理監督者とは言えない様相を呈しているのであれば、まだ逆転の芽はあります。

 管理監督者扱いされて時間外勤務手当を支給されていなかった人が管理監督者ではないと判断されると、それに伴って請求可能となる時間外勤務手当は相当な金額に及ぶことがあります。

 時間外勤務手当請求の可否が気になる方は、ぜひ、一度ご相談をお寄せ頂ければと思います。

定年後再雇用後の労働条件切り下げ打診からの更新拒絶

1.定年後再雇用

 高年齢者雇用安定法9条1項は、

「定年(六十五歳未満のものに限る。以下この条において同じ。)の定めをしている事業主は、その雇用する高年齢者の六十五歳までの安定した雇用を確保するため、次の各号に掲げる措置(以下『高年齢者雇用確保措置』という。)のいずれかを講じなければならない。

一 当該定年の引上げ

二 継続雇用制度(現に雇用している高年齢者が希望するときは、当該高年齢者をその定年後も引き続いて雇用する制度をいう。以下同じ。)の導入

三 当該定年の定めの廃止」

と規定しています。

 高年齢者雇用確保措置として多くの企業で採用されているのは、第二号の継続雇用制度の導入です。これに基づいて定年後再雇用の仕組みが運用されています。

 あまり極端な処遇をして問題になった事案はありますが、加齢による労働能力の低下が否定できないこともあり、定年後再雇用に伴って賃金等の労働条件の切り下げを行うことは、それ自体が禁止されているわけではありません。したがって、企業側で示された労働条件に納得できない労働者が、再雇用契約の締結に応じられないとして、再雇用契約が成立しなかったとしても、それが直ちに違法とされるわけではありません。

 それでは、定年後再雇用として有期で現役時と同様の労働条件を設定したものの、その後、労働条件の切り下げを打診し、合意できなかったからといって雇止めすることは許容されるのでしょうか?

 近時公刊された判例集に、この問題が議論された裁判例が掲載されていました。福岡地裁令2.3.19労働判例1230-87 テヅカ事件です。

2.テヅカ事件

 本件は定年後再雇用として1年間の有期雇用契約を締結し、二度に渡り更新していた原告労働者が、被告会社から雇止めを受けたため、その効力を争って地位確認等を求めて出訴した事件です。

 原告の定年退職時の給与は、基本給35万7000円に手当等を含めて合計43万7000円でした。

 定年後再雇用契約時、1回目の更新時では、同様の給与水準が維持されました。

 2回目の更新時は、基本給を1万円増額されるとともに、時間外手当を含む「役職手当」が3万円減らされ、その給与水準は合計41万7000円になりました。

 3回目の更新時、被告は、勤務内容の変更・原告の業務能力・被告の業績等を理由に月給を19万5000円(このほか通勤手当等は社員の規則規程に準ずる)にすることを提案しました。これを原告が拒否し、更新されないまま有期労働契約の期間が経過したたため、訴訟提起に至ったという経過が辿られています。

 これに対し、被告は、大意、

定年後再雇用契約に雇止めに関するルール(労働契約法19条)は適用されない、

高年齢者雇用安定法は65歳まで無条件に雇用し続けることを義務付けたものではなく、月額40万円を超える給与が支払われ続けると期待することに合理的がないことは明らかである、

などと主張し、原告の主張を争いました。

 裁判所は、各論点について次のとおり判示したうえ、雇止めの効力を否定し、原告の地位確認請求を認容しました。

(裁判所の判断)

-雇止めに関するルール(労働契約法19条)の適否について-

本件雇用契約は、雇用期間を1年とする『有期労働契約』(労働契約法19条)であるから、労働契約法19条の適用があるというべきである。

被告は、高年法に従い設けられた本件継続雇用制度に基づく雇用が問題となっている本件は、労働契約法19条の妥当する場面ではなく、同法の問題ではない旨主張する。しかしながら、労働契約法19条が適用対象とする有期雇用契約について、類型や条件等を限定する法令は特段存在していないのであって、定年後の継続雇用であるからといって法の適用自体を否定すべき理由はなく、被告の言及する裁判例等は事案を異にするものであり本件に妥当しないから、被告の主張は採用することができない。

また、被告は、本件雇用契約が終了したのは、原告が被告の労働条件の提示を拒否して再提案をしなかったためであり、雇止めではないとも主張する。しかし、上記のとおり本件雇用契約にも労働契約法19条が適用されるのであり、本件雇用契約が同条により更新されたものとみなされるか否かは同条所定の要件を満たすか否かという点で検討されるべきであって、かつこれで足りるというべきである。

「そこで、後記に説示する以外の労働契約法19条所定の要件について検討するに、前記認定事実によれば、原告が被告に対して一貫して本件雇用契約の更新を申し込んでおり、雇止めが無効であるから同一の労働条件で更新されたものとみなされると主張して本件訴えを提起するに至ったことからすれば、原告は『当該有期労働契約の更新の申込みをした』と認められるし、被告の労働条件の提示を拒否し、さらに再提案をしなかったことをもって、原告が更新の申込みを撤回したとも認められない。また、被告は、原告に対して改めて労働条件を提案し、つまりは自らの提示する労働条件であれば更新に応ずるとの意思を示したのであって、原告の提案した労働条件を承諾しなかったのであるから、『当該申込みを拒絶』したとも認められる(以下『本件更新拒絶2』という。)。なお、被告の提示した労働条件の合理性・相当性等については、後記説示のとおり、被告が本件雇用契約の更新を拒絶したことについて客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるかの判断の要素として考慮されるべきである。」

-契約更新の合理的期待について-

本件継続雇用制度の運用実態を前提とすると、本件継続雇用制度に基づき継続雇用されていた被告の従業員は、更新することができない何らかの事情がない限り、契約期間の満了時に、満65歳に至るまでは更新されると期待し、そのことについて合理的理由があると認めるのが相当であり、それは原告も例外ではないというべきである。

「被告は、本件継続雇用制度は高年法所定の高年齢者の雇用確保措置として設けられたものであり、継続雇用においては賃金等を含む労働条件について定年退職前のものが保障されるものではない旨主張する。確かに、高年法9条1項は、事業主が講じるべき高年齢者雇用確保措置として、定年の引上げ、継続雇用制度の導入及び定年の定めの廃止の3つを掲げているところ、事業主が継続雇用制度を採用する場合における具体的な制度内容については、事業主(使用者)の合理的な裁量に委ねられているところが大きい。そして、継続雇用は、定年引上げや定年廃止とは異なり、満60歳(高年法8条本文)とする定年退職制度の存在を前提としつつ満65歳までの一定の雇用及び収入の確保を図るものであるから、一般論として、定年退職前の労働条件等が継続雇用においても当然に保障されるものとはいえない。そのため、事業主において高年齢者の雇用確保措置として有期雇用契約とその更新を前提とした継続雇用制度を設けていたとしても、その雇用契約の更新において、必ずしも定年退職前と同程度の賃金水準を保障しなければならないというものではなく、かつ労働者においてそのことを期待するものともいえない。

しかし、労働契約法19条2号は『当該有期労働契約が更新されるものと期待する』と規定しており、つまりは雇用が継続することを期待の対象とすることとしているのであって、従前の労働条件が維持されることを期待の対象としていないから、上記のとおりの継続雇用の特性があるとしても、本件雇用契約に労働契約法19条2号が適用される以上は、これをもって同号の要件該当性の判断を左右するものではない。被告が原告に提示した労働条件については、後記のとおり更新拒絶についての客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であるか否かにおける要素として判断されるべきである。」

「したがって、被告の主張は採用することができない。」

 3.一旦合意されてしまえば雇止め法理で保護される

 2020年3月に独立行政法人労働政策研究・研修機構「高年齢者の雇用に関する調査(企業調査)」によると、60歳直前の水準を100とした場合、平均的な水準の人の61歳時点での賃金の指数は78.7になります。

調査シリーズNo.198『高年齢者の雇用に関する調査(企業調査)』|労働政策研究・研修機構(JILPT)

 通常の雇用形態から定年後再雇用になる場合、相当幅の賃金減額が行われています。

 しかし、定年後再雇用でも一旦獲得された法的地位は強固であり、雇止めルールは普通に適用されます。また、賃金維持への期待がなくても雇用継続の期待があれば客観的合理的理由・社会通念上の相当性が認められない限り、従前の賃金水準での契約の更新が認められます。

 そのため、定年後再雇用で有期労働契約を結んでいる場合であったとしても、安易に企業側の労働条件の引き下げ要請に応じる必要はありません。

 

つながらない権利-育児短時間勤務者への帰宅後の頻回の電話等がパワーハラスメントにあたるとされた例

1.つながらない権利

 数年前から「つながらない権利」という言葉が知られるようになっています。

 日本法上の法令用語ではないため、本邦における正確な定義はありませんが、厚生労働省に設置されている

「仕事と生活の調和のための時間外労働規制に関する検討会」

では、

「深夜や早朝など24時間業務関係のメールや連絡が届いてしまうことを排除しようとする」

ものとして議論されています。

第4回「仕事と生活の調和のための時間外労働規制に関する検討会」議事録(2016年11月15日)

 こうした権利利益を現行の日本法のもとでも観念できるのかは判然としません。

 しかし、近時公刊された判例集に、「つながらない権利」の問題を考えるうえで興味深い裁判例が掲載されていました。東京地判令2.6.10労働判例1230-71 アクサ生命保険事件です。これは、以前、

長時間労働を理由とする慰謝料請求-精神疾患の発症なし、月30~50時間の水準の残業でも可能とされた例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

として紹介させて頂いた事件と同じ事件です。

 つながらない権利との関係で、何が興味深いのかというと、育児短時間勤務者への帰宅後の頻回の電話等がパワーハラスメントに該当すると指摘されている点です。

2.アクサ生命保険事件

 本件の被告は、生命保険等を業とする株式会社です。

 原告になったのは、パワーハラスメントを理由に被告から懲戒処分(戒告)を受けた従業員の方です。懲戒処分の違法無効を主張し、違法無効な懲戒処分をした被告に対し、不法行為責任に基づく慰謝料を請求するなどした事件です。

 被告には「職場におけるハラスメント防止ガイドライン」という文書があり、ここでは、

「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える、又は職場環境を悪化させる言動」

がパワーハラスメントに該当すると定義され、ハラスメントの事実が明らかになった場合には、懲戒措置を行うことが定められていました。

 こうしたルールのもと、被告は、

「平成29年7月4日、原告に対し、原告が部下のC(以下『C』という。)に、Cの帰宅後、遅い時間に何度も活動報告を求める電話を行ったことが、同人に対するパワーハラスメント行為(会社規定違反)に当たるとして、原告を懲戒戒告処分(以下『本件懲戒処分』という。)に処し」

ました。

 これに対し、原告は、

「Cに対して帰宅後、遅い時間に何度も活動報告を求める電話を行った事実は認めるが、原告のCに対する指導は、日々、B支社長及びA営業所長から執拗に報告を求められるという、いわば監視下に置かれた中、数字を上げるよう責め立てられ追い詰められた状況で、両者の指示に従ってやむを得ずしたものであるから、原告のCに対する指導だけを取り上げてパワーハラスメントに当たると認定した上で原告を懲戒処分に処したことは、パワーハラスメントの根本的な原因となっていたB支社長やA営業所長の指導を棚に上げ、原告だけに全ての責任を押し付けたもので、不当である」

などと主張し、本件懲戒処分は懲戒権の濫用にあたるとして、懲戒処分の効力を争いました。

 裁判所は、次のとおり述べて、原告の行為はパワーハラスメントに該当するとして、本件懲戒処分の有効性を認めました。

(裁判所の判断)

「本件懲戒処分の対象となった事実関係については、原告自身も認めているところ、Cは、育児を理由として、被告において午後4時までの短時間勤務を認められていた者であったが、その在職中、帰宅後の午後7時や午後8時を過ぎてから、遅いときには午後11時頃になってから、原告から電話等により業務報告を求められることが頻繁にあったというのである。その態様や頻度に照らしても、このような行為は、業務の適正な範囲を超えたものであると言わざるを得ず、また、育成部長の立場にあった原告が、育成社員であったCに対し、その職務上の地位の優位性を背景に精神的・身体的苦痛を与える、または職場環境を悪化させる言動を行ったと評価できるものであって、パワーハラスメントに該当し・・・、懲戒事由・・・となるものである。

(中略)

「以上によれば、被告による本件懲戒処分は有効であるといえるから、原告に対する不法行為の成立は認められない。」

3.差止めや損害賠償を認めたものではないが・・・

 本判決は、あくまでも使用者が業務時間外の頻回の電話等をパワーハラスメントだと認定したにすぎず、業務時間外に電話等を受けていた労働者からの差止請求や損害賠償請求を認容したものではありません。また、電話等を受けた労働者が育児のため短時間勤務を利用する社員であったことも、結論に影響している可能性があります。

 それでも、労働施策総合推進法上のパワーハラスメント(「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されること」同法30条の2第1項参照)と類似する概念定義のもと、業務時間外の頻回の電話等をパワーハラスメントだと認定したことの意義は大きいのではないかと思います。

 育児中で大変な思いをしている方はもとより、そうではない方も、あまりに頻回に渡り業務時間外に電話等の連絡を受けている場合には、パワーハラスメントとして職場に対応を相談してみても良いかも知れません。就業環境の改善に積極的な企業であれば、何らかの是正措置をとってくれる可能性があります。

 

公務員の懲戒処分-処分説明書の拘束力

1.処分理由書

 懲戒処分を受けた公務員は、処分理由の書かれた説明書の交付を求めることができます。

 その法的な根拠を挙げると、国家公務員法89条は、

「職員に対し、その意に反して、降給し、降任し、休職し、免職し、その他これに対しいちじるしく不利益な処分を行い、又は懲戒処分を行わうとするときは、その処分を行う者は、その職員に対し、その処分の際、処分の事由を記載した説明書を交付しなければならない。」(1項)

「職員が前項に規定するいちじるしく不利益な処分を受けたと思料する場合には、同項の説明書の交付を請求することができる。」(2項)

と規定しています。

 地方公務員法49条は、

「任命権者は、職員に対し、懲戒その他その意に反すると認める不利益な処分を行う場合においては、その際、その職員に対し処分の事由を記載した説明書を交付しなければならない。」(1項)

「職員は、その意に反して不利益な処分を受けたと思うときは、任命権者に対し処分の事由を記載した説明書の交付を請求することができる。」(2項)

と規定しています。

 それでは、処分行政庁は、争訟手続の中で、説明書の記載に対応しない事実を処分の理由であると主張することが許容されるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪高判令2.6.19労働判例1230-56 京都市(児童相談所職員)事件です。

2.京都市(児童相談所職員)事件

 本件は児童相談所の職員として勤務していた被控訴人が、控訴人から受けた停職3日の懲戒処分の取消を求めて出訴した事案です。一審が職員側の請求を認容したことから、地方自治体(京都市)側が控訴したという経過が辿られています。

 停職処分の理由は幾つかありましたが、その中の一つに、職場の新年会(本件新年会)において、当該児童相談所で要保護児童として措置をとられていた児童の個人情報を含む発言をしたことが挙げられていました。

 これは、具体的には、次の事実として認定されています。

「京都市児童相談所の支援課のうち、虐待班(4、5班)の職員による職場新年会(本件新年会)が、平成27年1月14日午後6時35分頃から、職場外の店舗において開催された。本件新年会に出席した職員の中には、業務上、本件虐待事案を了知していない職員が複数名存在した。」

「本件新年会には、原告を含む合計12名の職員が参加しており、二つのテーブルに分かれて座っていたところ、原告は、C主席を含む合計6名ほどが座るテーブルの席で、飲酒をしながら、C主席に対し、本件児童への京都市児童相談所の対応をただそうと考え、『Aの件はどうするのですか。』『重大な問題を放置する児相は末期的ではないですか。』などと発言し、本件虐待事案に対する京都市児童相談所の対応について話題に出した。これに対して、C主席がしかるべき対応をするつもりである旨の回答をすると、原告は、『担当のGさんは全くやる気がありませんよね。』などと、本件児童の担当児童福祉司であったG職員を批判する発言をした。」(下線部及び打消線部=高裁の改め文で改められた部分)

 他方、控訴人が被控訴人に交付していた処分説明書には、これに対応する部分につき

「当該児童の個人情報を含んだ内容について発言したこと」

と書かれていました。

 裁判所は、次のとおり判示し、上記の処分説明書の記載のもとで、本件新年会での発言を懲戒事由として認定することを、消極に理解しました。

(裁判所の判断)

「市長(処分行政庁)は、本件懲戒処分の処分説明書において、本件対象行為3のうち本件新年会に関する部分につき、『当該児童の個人情報を含んだ内容について発言した』ことを懲戒事由としている・・・。」

任命権者は、職員に対し、懲戒処分を行う場合、処分の事由を記載した説明書(処分説明書)を交付しなければならないとされている(地方公務員法49条1項)。この仕組みに照らせば、懲戒処分の際の処分説明書において懲戒事由とされていない事由を当該懲戒処分の取消訴訟において処分行政庁の所属する公共団体が主張することは許されないというべきである。

「そうすると、Aにおいて重大な問題が発生していることと、その担当者の名前に言及することが『当該児童の個人情報を含んだ内容について発言した』ことといえるかどうかが問題となる。しかし、重大な問題といっても様々なことが考えられ、直ちに虐待行為と結びつくわけではないし、担当者の担当する職務にも様々なものがあるから、その名前を挙げたからといって、直ちにAにおける虐待行為と結びつくわけではない。まして、これらが本件児童と結びつくものではない。」

「したがって、控訴人の前記主張は、本件懲戒処分の処分説明書において懲戒事由とされている事実があったと認めることができず、理由がない。」

3.懲戒事由は処分説明書の記載に拘束される

 地方公務員法は、懲戒事由を、

「この法律若しくは第五十七条に規定する特例を定めた法律又はこれに基く条例、地方公共団体の規則若しくは地方公共団体の機関の定める規程に違反した場合」

「職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合」

「全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合」

と規定しています(地方公務員法29条1項)。

 このような仕組みがとられているため、新年会での発言が、

「当該児童の個人情報を含んだ内容について発言した」

事実に該当しないとしても、

「全体の奉仕者たるにふさわしくない非行」

に該当すると評価できるのであれば、これを理由に懲戒処分を下せるという理解も成り立たないわけではありません。

 しかし、裁判所は、そうした理解は採用しませんでした。処分説明書に

「当該児童の個人情報を含んだ内容について発言した」

と記載されている以上、そのように評価される事実でなければ懲戒事由には該当しないと判示しました。

 これは公務員の懲戒処分を争う場面一般に応用できる画期的な判示だと思います。こうした判断をした高裁レベルの裁判例が出たことは、注目に値します。