弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

残業代請求における14.6%の遅延利息の請求の可否-幅のありすぎる「合理的な理由」

1.賃金の支払の確保等に関する法律

 退職後に残業代を請求する場合、14.6%の遅延利息を請求するのが通例です。

 民法上の法定利率が年3%とされていること(民法404条2項)と対比すると、かなり高い利率であることが分かると思います。

 こうした高い遅延利息を請求できる根拠は、

賃金の支払の確保等に関する法律

という名前の法律にあります。

 この法律の第6条1項は、

事業主は、その事業を退職した労働者に係る賃金(退職手当を除く。以下この条において同じ。)の全部又は一部をその退職の日(退職の日後に支払期日が到来する賃金にあつては、当該支払期日。以下この条において同じ。)までに支払わなかつた場合には、当該労働者に対し、当該退職の日の翌日からその支払をする日までの期間について、その日数に応じ、当該退職の日の経過後まだ支払われていない賃金の額に年十四・六パーセントを超えない範囲内で政令で定める率を乗じて得た金額を遅延利息として支払わなければならない。

と規定しています。

 そして、賃金の支払の確保等に関する法律施行令第1条は、

賃金の支払の確保等に関する法律(以下「法」という。)第六条第一項の政令で定める率は、年十四・六パーセントとする。

と規定しています。

 これに基づいて、退職した労働者が残業代を請求する時には、14.6%の遅延利息を請求するのです。

 しかし、この遅延利息の適用には一定の例外があります。賃金の支払の確保等に関する法律第6条2項は、

「前項の規定は、賃金の支払の遅滞が天災地変その他のやむを得ない事由で厚生労働省令で定めるものによるものである場合には、その事由の存する期間について適用しない。

と規定しています。

 そして、賃金の支払の確保等に関する法律施行規則第6条は、「厚生労働省令で定めるもの」として、

一 天災地変

二 事業主が破産手続開始の決定を受け、又は賃金の支払の確保等に関する法律施行令(以下「令」という。)第二条第一項各号に掲げる事由のいずれかに該当することとなつたこと。

三 法令の制約により賃金の支払に充てるべき資金の確保が困難であること。

四 支払が遅滞している賃金の全部又は一部の存否に係る事項に関し、合理的な理由により、裁判所又は労働委員会で争つていること。

五 その他前各号に掲げる事由に準ずる事由

の五類型を掲げています。

2.4号要件をどう理解するか?

 このうち実務的に重要なのが、第4号の

「支払が遅滞している賃金の全部又は一部の存否に係る事項に関し、合理的な理由により、裁判所又は労働委員会で争っていること」

です。

 残業代を請求する訴訟で、何等かの論点らしい論点がある場合、一定程度の経験のある使用者側の代理人は、4号該当性を主張して、14.6%の遅延利息の適用を免れようとしてきます(知らないのか、あまり問題意識を持っていないのか、主張して来ない人も結構いますが)。

 しかし、この4号要件の該当性に関しては、厳格なのか緩やかなのかが今一分かりにくくなっています。

 例えば、東京地裁平30.11.1 LLI/DB判例秘書登載は、

「賃確法6条2項は、賃金の支払の確保措置を通じて労働者の生活の安定を図るという趣旨に基づき、賃金の支払遅滞が『天災地変その他のやむを得ない事由で厚生労働省令で定めるものによるものである場合』に限って、同条1項の適用を除外しようとするものであるから、単に賃金の存否を裁判所で争っているというだけでは足りず、当該争いが『合理的な理由』(賃確法施行規則6条4号)によるものであって、これによる賃金の支払遅滞が、天変地異による場合に準ずる程度にやむを得ないといえることが必要と解される

と「合理的な理由」が認められるためには、「天変地異」レベルのやむを得なさが必要だと言っています。

 他方、宇都宮地裁令2.2.19 LLI/DB判例秘書登載は、

「賃確法6条2項、賃確法施行規則6条4号にいう『合理的な理由により』とは、裁判所又は労働委員会において事業主が確実かつ合理的な根拠資料に基づく場合だけでなく、合理的な理由がないとはいえない理由により賃金の全部又は一部の存否を争っている場合も含むものと解するのが相当である。

と「合理的な理由」が認められるためには、合理性が「ないとはいえない」レベルで足りると判示しています。

 昨日紹介した、福島地いわき̪支判令2.3.26労働判例ジャーナル101-26 いわきオール事件では、

「原告は、P3が死亡により退職した日の翌日である平成29年10月27日以降について、賃確法6条所定の遅延利息の支払いを求めているところ、本件では1F手当を割増賃金の基礎となる賃金に含むかが争点となっている。そして、この点については上記・・・のとおり、割増賃金を支払うべき労働が1Fでの労働であった場合に限り、1F手当を割増賃金の基礎となる賃金に含むと解するべきであり、これに沿う被告の主張には理由があることを考慮すると、被告が時間外労働割増賃金に関し、合理的理由により争っている(賃確法6条2項、同法施行規則6条4号)と認められるから、時間外労働割増賃金については、商事法定利率によるべきこととなる。

と手当を残業代の基礎賃金に含めるかどうかで争いがあったことを根拠として、14.6%の遅延利息の発生を否定しています。タイムカードに基づいて残業代を計算して、268万6338円もの残業代が認められているのに、基礎賃金の算定の仕方という局所的な争いがあったことだけを根拠に、かなり緩やかに合理的理由を認めています。

3.天変地異に準じるという理解が解釈論としては正当だと思われるが・・・

 この問題は判例集を見ていても、クローズアップされることが少ないように思われます。しかし、労働事件の審理期間が民事訴訟の中で長めであることもあり、14.6%の遅延利息がつくかつかないかは、労使双方にとって、割と切実な論点になり得ます。そのため、「合理的な理由」の解釈について、裁判官の個性によるブレが大きすぎることは望ましいとは思われません。

 解釈論としては、例示の趣旨が没却されないよう、東京地裁のように天変地異に準じるとする理解が妥当ではないかと思います。機会があったら、上告受理申立で最高裁の判断を仰ぎたいところです。

 

防護服を着用したままの休憩は「休憩時間」か?

1.休憩時間

 休憩時間とは、労働からの解放が完全に保障されている時間をいいます。労働基準法上、使用者は、労働者に休憩時間を自由に利用させなければならないとされています(労働基準法34条3項)。

https://www.jil.go.jp/hanrei/conts/05/39.html

 それでは、休憩はとれていたものの、防護服を着脱することができなかったという場合、その時間は労働基準法上の「休憩時間」といえるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。一昨日も紹介した福島地いわき̪支判令2.3.26労働判例ジャーナル101-26 いわきオール事件です。

2.いわきオール事件

 本件は、福島第一原発の廃炉工事現場内に設置された自動車整備工場で働いていた方(故人)の残業代請求の可否が問題となった事件です。

 労働時間の認定に際し、エアコンの効いた部屋で涼んで休憩をとることができていたものの、防護服の着脱はできなかった時間が、労基法的な意味での「休憩時間」であると言えるのかが問題になりました。

 この論点について、裁判所は、次のとおり述べて、休憩時間にはあたらない(労働時間にあたる)と判示しました。

(裁判所の判断)

「夏時間については、午前10時頃から午前10時30分頃までの間、整備工場内にある休憩場所において休憩をとり、正午頃に1Fを退域後、休憩をとり、おおむね午後3時から午後3時30分頃に被告事業所に帰社して業務を行った後、終業となっていた」

(中略)

夏時間において、午前10時から午前10時30分までの間、休憩時間があったことは認められるが、その間、作業場内のエアコンが効いた部屋で涼むことはできたが、防護服などを着脱することはできなかったという・・・、その状況等に照らすと、当該時間が労働からの解放が保障された時間と評価することはできないから、当該時間を休憩時間と評価することはできない。

3.制服と防護服は違うのか?

 以前、不活動仮眠時間の労働時間性が問題になった事案として、東京高判平30.8.29労働判例1213-60 カミコウバス事件という裁判例を紹介しました。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2020/02/13/010208

 この事案の原告・控訴人(バスの交代運転手)は、バス車内で制服の着用が義務付けられていたことを、使用者からの指揮命令から解放されていなかった根拠として主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、不活動仮眠時間の労働時間性を否定しました。

「控訴人らは、①被控訴人に運行業務を依頼するB社が利用客のアンケート結果に基づく評価をしていることから、被控訴人からB社の評価を下げるような行動をしないよう指示命令されていた、②交代運転手についても、休憩する場所がバス車内に限られ、制服の上着の着用は義務付けられていたとして、休憩する場所や服装に自由がないのは被控訴人からの指示命令であったと主張する。

「しかし、上記①について、被控訴人が亡A及び控訴人X4に対し、B社の評価を下げるような行動をしないよう指示命令したことを認めるに足りる証拠はない。」

「また、上記②について、交代運転手の職務の性質上、休憩する場所がバス車内であることはやむを得ないことであるし、その際に、制服の着用は義務付けられていたものの、被控訴人は制服の上着を脱ぐことを許容して、可能な限り控訴人らが被控訴人の指揮命令下から解放されるように配慮していたものである。そうすると、交代運転手の休憩する場所がバス車内に限られ、制服の着用を義務付けられていたことをもって、労働契約上の役務の提供が義務付けられていたということはできない。

 原発の廃炉工場内の一角で防護服を着脱できない状態で涼んでいた時間が労働時間に該当するのであれば、バス車内で制服の着用を義務付けられて缶詰にされていた時間も労働時間といえても良いような気がします。しかし、裁判所は前者の労働時間性を認める一方、後者の労働時間性は否定しています。

 服装の自由・移動の自由のない休憩時間の労働時間への該当性は、微妙な事実関係の違いが結論を左右する極めて分かりにくい様相が呈されています。そのため、この論点で正確な見通しを立てるにあたっては、今後とも裁判例の集積を注意深く観察して行く必要があります。

 

死者が当事者である事件、周辺から事情聴取する時の注意点

1.農業アイドル自殺訴訟の経過に関する記事

 ネット上に、

「『農業アイドル自殺訴訟』で場外乱闘 タレント弁護士がちらつかせた“月9出演”話」

という記事が掲載されています。

https://news.yahoo.co.jp/articles/4e7aa69c8949152bfffdad8696c36c79384d357a?page=1

 記事には、

「橋川さんに承諾のないまま無断で法廷に提出された『聴取報告書』」

「橋川さんが振り返る。

『断ったはずの陳述書の文章がそのまま、私に何の断りもなく法廷に提出されていたんです。彼らは陳述書の文章を『聴取報告書』とタイトルを変えて、私のサインなしで、弁護士作成文書として提出したのです。私が実名で語っている形式のもので、文章そのものは陳述書と変わらないものです』

 にわかに信じがたい話だが、

『弁護士さんだから信用してお話ししていたのに、頭が真っ白になりました。すでにお話ししましたが、社長から会って話をしろと命じられて仕方なく会っただけで、事実を前提としてお話しした内容ではないのです。しかも、よく読んでみると話したつもりのない内容まで書かれていて……』(同)

 そして、遺族弁護団のこの身勝手な行動によって、関わりたくなかった裁判に否応無く関わらざるを得なくなってしまったというのだ。

『言ったつもりのないことが法廷に出されてしまったのだから、訂正しなければなりません。もはや佐藤弁護士のことなんて信用できません。どうしたら良いのか分からなくなり、みんなで話し合って、前事務所の社長にも相談して、被告側弁護士に話を聞いてもらうことにしました。そして、言ってもないことを勝手に法廷に出されてしまった経緯を陳述書にまとめてもらい、今度は堂々と法廷に提出してもらったのです』(同)」

などと書かれています。

 要するに、聴取報告書の作成過程(利益誘導があったのではないか?)と提出の仕方(原供述者の意向に反した聴取報告書を提出していいのか?)を問題提起しているようです。

2.周辺から事情聴取する時の注意点

 昨日の記事でも触れましたが、死者を当事者とする事件の遺族側は、処理が難しい事件類型の一つです。事実関係を最も良く知る立場にある人が死亡しており、何があったのかを語ることができないからです。

 このような事件では、残された痕跡や、周辺人物への事情聴取によって、本当は何があったのかを調査して行くしかありません。

 それでは、周辺人物への事情聴取は、どのように進めていくのが適切なのでしょうか? 記事にあるようなトラブルを予防するためには、どのような進め方が考えられるのでしょうか?

3.可能なら訴訟提起前に事情聴取は済ませること

 事情聴取を行う場合、当事者の死亡からあまり時間を置かないことが望ましいです。

① 遺族に対する同情的な気持ちが最も強いのが死亡直後であること、

② 記憶が比較的鮮明であること、

が理由です。

 時間が経過すればするほど、当初の同情的な気持ちは薄らぎ、協力は得られにくくなります。また、記憶の劣化により、入手できる情報の質量も低下します。

4.録音しておくこと 

 人の死が絡むような深刻な事件においては、事情聴取にあたり録音しておくことが推奨されます。

① 脅迫・利益誘導の疑いを払拭する必要があること、

② 音声データを証拠として残しておくこと、

が理由です。

 弁護士を何年かやれば普通に経験することですが、原供述者が弁護士から脅されただとか利益誘導をほのめかされただとか言い出すことは一定頻度であります。そういう疑いを払拭できるように、どっち側につくのかが良く分からない相手から事情聴取するにあたっては、録音して供述の録取過程に問題がなかったことを事後的に検証できるようにしておくのです。

 また、録音を音声データとして残しておけば、生音声や反訳書を出せばいいだけなので「聴取報告書」は出さなくて済みます。聴取報告書は飽くまでも伝聞で、原供述者に発言の趣旨を確かめることができないため、一般論として証拠としての価値はそれほど高くありません。その反面、事後的に原供述者から「そんなことは言っていない、捏造(ないし要約不相当)だ。」などと言われた時に、代理人自身の立場を危うくするほか、紛争が更に錯綜することになります。こういう証拠は、出さないで済むなら、それに越したことはないのです。

5.何等かの背景事情はあるのだろうが・・・

  教科書的に言えば、周辺人物の供述は、遺族への同情心の強いうちに録音媒体等に記録し、速やかに同意を取り付けたうえ、訴訟提起と同時に証拠提出してしまうことが推奨されます。訴訟提起と並行して事情聴取を続けることや、原供述者の承諾を得ることなく聴取報告書を提出することは、あまり望ましい事態ではないと思います。

 ただ、生の事件は、種々の現実的制約から、教科書通りに進められないことの方が多いため、本件でもそうならざるを得なかった何等かの背景事情はあるのだろうと思います。利益誘導にしても、反論のためのロジックは予め用意されているのだろうなという気はします。そういう意味では、原告側の行動の適否を論じるには、もう少し情報が必要ではないかと思います(それにしても、私なら記事にあるような形で陳述書の作成の依頼は絶対にしませんし、随分危ない橋を渡る人達だなという印象は否めませんが)。

 人の死が絡む事件では、事実調査の段階から弁護士に依頼した方がいいだろうとは思いますが、一般の方が自分で関係者への聴き取りをやる場合にも、

① すぐやること、

② 補充立証を必要としないほど、広範囲の人に、深く、聴取すること、

③ 録音してしまうこと、

を意識しておくと良いだろうと思います。

 

死者の残業代を請求する訴訟-タイムカードvs死人に口なし

1.死者の権利を行使することの困難さ

 権利を持った当事者が死亡してしまった場合に、その相続人が権利者に代わって訴訟提起などの権利行使を行うことがあります。

 しかし、この種の訴訟は、往々にして困難が伴います。事実関係を死者に語ってもらうことができないからです。

 多くの場合、係争となっている事件の内容を最も良く知っているのは、事件に至る経緯を直接経験してきた当事者です。そのため、当事者が死亡していると、訴訟を提起・追行するために必要な事実関係を十分に聞き取ることができません。すると、どうなるかというと、反対当事者が好き放題言っても、有効な反論を展開することが困難になります。そのため、相続人が死者の権利を承継して行使する事件は、処理が難しい事件類型の一つになっています。

2.死者の残業代を請求する訴訟(タイムカードvs死人に口なし)

 残業代を請求するにあたっては、労働者の側で労働時間を立証する必要があります。

 労働時間の立証は、

「タイムカード等の客観的な記録によって時間管理がなされている場合には、特段の事情のない限り、タイムカード打刻時刻をもって実労働時間と事実上推定するのが多くの裁判例・・・の立場である」

とされています(白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕56頁)。

 このとき、

「使用者が、タイムカードで時間管理していたにもかかわらず、労務の提供の態様が不完全であったとして、実労働時間を争う場合もあるが、タイムカードによって時間管理がされている場合には、タイムカード打刻時間をもって実労働時間と事実上推定するのが多くの裁判例の立場であるから、これに反する反証・・・は容易ではなく、奏功しないことも多い。」

とされています(前掲文献61-62頁)。

 つまり、生きている人が残業代請求をする場合、タイムカードが手元にありさえすれば、使用者側から「サボっていた。」「雑談してからタイムカードを打刻していた。」などと言われたとしても、「サボっていません。」「働いていましたよ。」と普通に反論していれば、余程のことがない限り、タイムカードをもとに労働時間が認定され、残業代を請求することができます。

 それでは、当事者である労働者が死亡していた場合はどうでしょうか。この場合、職場で直接稼働実体を見ていたわけでもない相続人は、「サボっていません。」「働いていましたよ。」などと実体験に基づいて反論することができません。

 この場合、タイムカードがあったとしても、使用者側の言いっ放しが通ってしまうのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。福島地いわき̪支判令2.3.26労働判例ジャーナル101-26 いわきオール事件です。

3.いわきオール事件

 本件は、福島第一原発の廃炉工事現場内に設置されていた自動車整備工場で就労していた亡P3の相続人が、P3の勤務先であった会社に対し、P3の残業代を請求した事件です。

 原告がタイムカードの打刻時間に基づいて労働時間を主張したのに対し、被告会社は、

「従業員に対し、残業を行う場合にはタイムカードに記入して深刻するよう指示していたから、タイムカードにその旨記載のない日についてはP3が残業していた事実はなく、終業後直ちにタイムカードを打刻せずに自由に過ごしていたにすぎない。また、そのような記載があったとしても、残業時間は10分程度に留まる。」

など主張し、タイムカードの打刻時間に基づいて労働時間を認定することに異を唱えました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり判示して、タイムカードの打刻時刻に基づいて労働時間を認定しました。

(裁判所の判断)

P3のタイムカード上の出退勤時間は、上記・・・のとおりであるが、被告が主として、タイムカードを用いてP3ら被告従業員の労働時間管理を行っていたことは、被告従業員であったP4及びP5の各タイムカードの記載等・・・に加えて、・・・P3と1F作業を共にしていたP4が、被告事業所に出勤後タイムカードを打刻し、作業終了後にタイムカードを打刻していた旨供述していること・・・からも裏付けられるというべきである。

「これに対し、被告は、

〔1〕被告従業員に対して残業をする場合には必ずタイムカードの特記事項にその旨記入するよう指導していたこと、

〔2〕P4のタイムカード上の退勤時間に照らして、P3とP4が就労せずに被告事業所に残留していたにすぎないこと

を主張する。」

「しかしながら、P3のタイムカード・・・はもとより、P4及びP5の各タイムカード・・・を見ても、必ずしも、特記事項が記載されておらず(例えば、上記・・・のとおり、P3と同じく1F勤務であったP4のタイムカードを見ても、1Fに勤務したと考えられる平成28年1月6日(出勤時刻午前4時49分)及び同月7日(出勤時刻午前4時33分)の特記事項には何の記載もなく、また、平成28年1月21日から同月30日までの特記事項にも何の記載もないこと、また、P5のタイムカードにも、P5が始業時刻である午前8時の1時間以上前に出勤していた平成28年3月7日から同月19日までの特記事項にも何の記載もない。)、必ずしも特記事項の記載により被告が残業時間を管理していたとは認められず、この点に関する被告の上記〔1〕の主張はその前提を欠き、採用できない。また、被告の上記〔2〕の主張についても、P4は、1Fから戻った後にP3とともにP5の仕事を手伝った旨・・・述べており、全く作業に従事することなく、P3及びP4がP5の退勤まで被告事業所にいたとも認められず、被告の上記〔2〕の主張は採用できない。」

「そして、P3がタイムカード打刻後直ちに業務に従事し、終業後直ちにタイムカードを打刻したと解することも本件労働契約における始業及び終業時刻に照らして不合理でないことからすると、P3の始業及び終業時刻については、タイムカードの打刻時間・・・によって認定するのが相当である。なお、始業時刻と終業時刻に同時刻が打刻されている日については、本件労働契約における始業及び終業時刻・・・を参照して出勤及び退勤時刻を認定するのが相当である。」

4.タイムカードを核とした立証は、そう簡単には揺らがない

 本件ではP3と一緒に作業をしていたP4が原告側に有利な証言をしてくれたという事情があります。これが労働時間の立証にある程度効いているのは確かだと思います。

 しかし、それを差し引いたとしても、やはりタイムカードによる立証は強いなと思います。他の労働者のタイムカードとの比較と組み合わせることによって使用者側の反論を封じ、労働時間管理が(特記事項欄ではなく)タイムカードに基づいて行われたことを導き、そこから特段の不合理性がないことを理由に、タイムカードに基づいて始業時刻・終業時刻を認定しています。

 一家の収入を支えていた方が亡くなった場合、遺族は否が応でも貧困問題と向き合わなければならなくなることが少なくありません。世知辛いことではありますが、残された家族の生活を守るためには、少しでも多くのお金を確保することが重要になります。そのため、タイムカードがあれば、必ずしも死人に口なしにならないことは、一般の方も覚えておいて良い知識だと思います。

 

整理解雇の三要素?

1.整理解雇の四要素

 整理解雇については、実務上、

「①人員削減の必要性、②解雇回避措置の相当性、③人選の合理性、④手続の相当性を中心にその有効性を検討するのが趨勢である」

と理解されています(白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕363頁参照)。

 しかし、この四つの要素について、それぞれが同じような比重を有しているかというと、必ずしもそういうわけではありません。特に、

「④手続の相当性」

に関しては、要素として大した意味を持っていないのではないかという指摘が根強くあります。

 上述の文献も、

「実務上は、決してこの要素を軽視しない方がよいと思われる」

としながら、

「手続の相当性については、他よりも比重が小さく、他を満たしているのに、これだけで解雇が無効となった例は少ないとする指摘もある」

との見解を紹介しています(上記文献377頁)。

 個人的な経験の範囲では、四要素とはいうものの、実体は三要素+αくらいの意味合いで捉えていた方が、(それがあるべき姿かは別として)現状認識として正確ではないかと思っていましたが、その認識を裏付ける裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判令2.3.26労働判例ジャーナル101-24 学校法人明浄学院事件です。

2.学校法人明浄学院事件

 本件で被告になったのは、大阪市に高等学校及び大学を設置する学校法人です。

 原告になったのは、被告が運営する高等学校に勤務していた保健体育の教諭2名です。被告から整理解雇を受けたため、当該整理解雇が無効であると主張して、地位確認等を求めて提訴したのが本件です。

 この事件の特徴は、整理解雇の効力を論じるに際し、手続の相当性が判示事項から省かれているところです。

 裁判所は、次のとおり述べて、整理解雇の有効性を否定しました。

(裁判所の判断)

「本件各解雇は、就業規則13条1項4号(『やむを得ない業務上の事情により事業を縮小、廃止するとき』)に基づくものであり、労働者(原告ら)の責めに帰すべき事由によるものとはいえないことから、本件各解雇について、客観的に合理的な理由があり、かつ、社会通念上相当であるといえるか否かを判断するに当たっては、〔1〕人員削減の必要性、〔2〕解雇回避努力の履行、〔3〕人選の合理性、〔4〕手続の妥当性の各事情を総合的に考慮して判断するのが相当というべきである。

〔1〕人員削減の必要性について

「上記認定事実によれば、被告の平成29年度の事業活動収支は、約3億の赤字であることに加え、日本タイムズや朝日新聞等の記事が掲載されたことにより平成30年度には本件高校の入学者数の減少が見込まれる状況であった・・・。したがって、被告が平成29年8月頃、平成30年度の本件高校の入学者数が41名減少することを見込んで、平成30年3月末までに本件高校の教員数を専任・常勤を含めて12から13名減少する方針を決めたこと・・・は、実際に平成30年度の本件高校の入学者数が55名減少したこと・・・も考慮すると、不合理とはいえない。」

「しかしながら、平成30年2月頃までには、専任教諭2名が懲戒解雇され・・・、専任教諭8名が希望退職に応じ、また、平成30年3月に定年退職予定者1名がいる状況であった・・・。さらに、被告の人員削減方針(12から13名)の対象者には常勤講師も含まれるところ、平成30年3月には常勤講師7名が退職となっている・・・。この点、被告は、常勤講師7名の退職については本件各解雇時には明らかでなかった旨主張するが、人員削減のために希望退職者の募集を行っている状況で、翌月に契約期間が満了する有期雇用契約者の退職の意向を確認していないとは考え難いし、その意向を確認していれば容易に判明した事実であると考えられる。一方、本件各解雇に先立って常勤講師との有期雇用契約の更新の可否を検討できなかった事情も見当たらない。また、被告は、懲戒解雇を受けた教員2名についてはその効力を争っていたなどとも主張するが、懲戒解雇が無効とされることに備えて人員削減するために解雇する合理性が認められるものでもない。仮に、常勤講師7名が平成30年3月頃になって急に退職を申し出たとしても、そのために同月頃(急な退職申し出を前提にすると急遽)、新たに13名を採用していること(認定事実ニ)からすると、本件各解雇の予告を撤回して原告らの雇用を継続することができなかった理由も見当たらない。」

「加えて、本件高校の教員数を専任・常勤を含めて12から13名減少する方策として、大阪観光大学や関連会社への異動も想定されていたところ(・・・現に原告P1にも株式会社明浄への転籍が打診されているところである・・・。)、教員1名が大阪観光大学に異動し、教員1名が株式会社明浄に転籍している・・・。」

「そうすると、平成30年3月までに、原告ら2名を除き、被告の計画を上回る本件高校の教員20名が削減されたことになり、想定以上に本件高校の入学者数が減少したことを考慮しても、更に原告ら2名を解雇する人員削減の必要性まであったのか否かについては疑問がある。」
〔2〕解雇回避努力の履行及び〔3〕人選の合理性について

「被告は、本件高校には、平成29年当時、専任4名を含めて6名の保健体育教員がおり、週当たり保健体育述べ授業数71から週当たり保健体育必履修授業数56を控除した週当たりの余剰授業数が15と多く、余剰時間に相当する年間人件費が573万円に上っていたため、保健体育教員2名を削減することとした旨主張する。しかしながら、平成30年2月頃までに、上記保健体育教員6名のうち、P4教諭が懲戒解雇、P7教諭が教頭(副校長)に就任になり、本件各解雇された原告ら2名に加え、更に平成30年3月までに、P9教員、P4教諭の後任であるP8教員も退職した結果、保健体育教員がP10教員1名になった。そのため、被告は、講師3名を保健体育教員として平成30年4月に採用している・・・。この点、入学者数の減少により保健体育の授業数も減少することが見込まれることからすると、講師3名の代わりに原告ら2名でも対応できた可能性は否定できない(その場合、原告らの年収が計約780万円であったのに対し、講師3名の年収が計約883万円であるため・・・、人件費が削減されないこととなる。)。また、人件費の削減は、解雇に至らなくても原告らの給与額を削減することによっても達成することができた。そうであるのに、被告は原告らに対し、保健体育教員として在職したまま給与を減額する提案を行っていない・・・。さらに、被告の人員削減方針の対象者には常勤講師も含まれるところ、被告が本件各解雇に先立ち、常勤講師の更新の可否を検討したなどの事情も見当たらない。そうすると、人員削減の対象として保健体育教員を選択する人選の合理性が認められず、また、被告が十分な解雇回避努力を行ったとも認められない。」

以上によれば、本件各解雇は、人員削減の必要性に疑問があることに加え、人選の合理性や十分な解雇回避努力の履行が認められず、客観的かつ合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められないから、いずれも無効である。

3.検討しなくても結論は変わらなかったであろうが・・・

 ①人員削減の必要性、②解雇回避措置の相当性、③人選の合理性の点で消極的な評価であるにもかかわらず、④手続的に相当であるからとの理由で整理解雇が有効とされることは先ずないと思います。

 そのような意味において、本件は、手続の相当性は議論する実益に乏しかったから無視されたという理解も成り立つように思われます。

 しかし、規範として四要素を指摘しながら、手続について全く検討・評価をしないまま結論を出すのは、④手続の相当性を軽視する裁判例の傾向を反映しているようにも読めます。

 ネット上の一般の方向けの記事には、整理解雇の四要素について、各要素の比重までは論じていないものが目立ちますが、各要素の意味は必ずしも均等ではないため、裁判所の判断傾向を読み解くには注意が必要です。

 

自宅作業時間の労働時間性の立証

1.持ち帰り残業

 業務量は多いのに勤務先からは早く帰れと言われる、そうした時に自宅に仕事を持ち帰って働いている人がいます。

 こうした自宅での作業時間も、使用者の指揮命令下で労務を提供していると認められる限り、労働時間になります。

 ただ、自宅での作業の労働時間性、何時から何時まで使用者の指揮命令下で労務を提供したといえるのかの立証には、困難を伴うことも少なくありません。

 近時公刊された判例集に、自宅作業時間の労働時間性を認定した裁判例が掲載されていました。熊本地判令2.1.27労働経済判例速報2419-3 地方公務員災害補償基金事件です。

 持ち帰り残業を行っている方・在宅で仕事をしている方の残業代請求の参考になるため、ご紹介させて頂きたいと思います。

2.地方公務員災害補償基金事件

 本件は労災の取消訴訟です。

 原告になったのは、小学校で教諭として勤務していた方です。

 脳幹部出血を発症し、後遺障害を負ったのは公務に起因するとして、労災を申請しました。しかし、地方公務員災害補償基金熊本県支部長から公務外認定処分を受けた為、その取消を求めて出訴したという事案です。

 地方公務員の脳血管疾患の公務災害の認定には、

「平成13年12月12日地基補第239号 心・血管疾患及び脳血管疾患の公務上災害の認定について 第4次改正 平成30年4月1日基地補80号」

が大きな影響力を持っています。

https://www.chikousai.go.jp/reiki/pdf/h13ho239.pdf

 ここでは脳血管疾患の公務起因性を判断するにあたり、労働時間が重要な考慮要素となり得ることが規定されています。

 その関係で、本件でも、原告の方の労働時間がどれくらいであったのかが争点の一つになりました。その中で、自宅作業時間の労働時間性も議論されました。

 他の事件でも参考になると思われるのは、自宅作業時間の労働時間の認定手法です。裁判所は次のとおり述べて、パソコンの起動時間とファイルのプロパティ情報を手掛かりにし、自宅作業時間の労働時間性を認めました。

(裁判所の判断)

パソコン起動時間のうち、複数の文書ファイルの作成又は更新が連続的に行われている時間については、原告がPC1又はPC2を使用して、当該文書ファイルの作成などの作業をしていた可能性が高いというべきである。

「そして、本件発症前1か月間に原告が作成した文書の内容(なお、原告は、作成に一定の時間を要すると考えられる文書については、1つの文書を作成するに当たって、複数回の更新作業を行っている場合があることが認められる。)等からすれば、パソコンの起動から1時間以上にわたって、何らのファイルも作成されていない場合について、原告がパソコンを起動してすぐに何らかの公務を開始したとは認め難い。また、パソコンの起動から1時間以上経過した後にファイルの更新が行われていた場合についても、原告がパソコンの起動後すぐに公務を開始していない可能性が高いというべきである。これらを踏まえると、証拠から認められるプロパティ情報に基づき、原告の自宅作業時間、すなわち公務に従事した時間については、次のとおり考えることができる。

「まず、文書ファイルが校内労働時間外に作成又は更新されている場合には、原告が自宅で作成作業を行ったものと考える。そして、①公務開始時刻については、Ⅰ.パソコンの起動又はスリープモードの終了時刻と当該ファイルの作成又は更新時刻との差が1時間未満である場合には、パソコンの起動又はスリープモードの終了時点を公務開始時刻とし、Ⅱ.これらの差が1時間以上である場合には、当該ファイルの作成時刻又は更新時刻の1時間前を公務開始時刻と考え、②公務終了時刻については、一定程度連続して更新等が行われている最後のファイルの更新又は作成時点を公務終了時刻とする。

「このように考えると、別紙13のとおり、原告の自宅作業時間は合計39時間55分となる。」

3.労災の労働時間性と残業代請求の労働時間性とは若干ニュアンスが異なるが・・・

 労災の場面での労働時間と、残業代請求の場面の労働時間とでは、同じ「労働時間」でも若干意味が異なっています。

 しかし、オーバーラップしている部分も多く、今回裁判所が示した認定手法は、残業代請求の場面でも応用できる可能性を持っています。

 今日では、コロナ禍のもと、持ち帰るまでもなく、在宅で仕事をし、そのまま残業に入っている方も少なくないのではないかと思います。こうした在宅ワークで残業代の不払いがある場合、本件で示されたようなルールを踏まえたうえ、残業代の請求をしてみることも考えられるかも知れません。

 

偽装請負切り-偽装請負で請負事業者から解雇されたら・・・

1.偽装請負

 偽装請負とは、

「書類上、形式的には請負(委託)契約ですが、実態としては労働者派遣であるもの」

をいいます。

 労働者の側から見て、自分の使用者からではなく、発注者から直接、業務の指示や命令をされるといった場合、それは偽装請負である可能性が高いとされています。

https://jsite.mhlw.go.jp/tokyo-roudoukyoku/hourei_seido_tetsuzuki/roudousha_haken/001.html

 偽装請負は、労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律(労働者派遣法)の規制を潜脱するために行われる契約形態で、もちろん違法とされています。

 偽装請負による法の潜脱を防ぐため、労働者派遣法は、俗に「労働契約申し込みみなし制度」と呼ばれる仕組みを用意しています。すなわち、労働者派遣法40条の6第1項5号は、労働者派遣の役務の提供を受ける者が、

「この法律又は次節の規定により適用される法律の規定の適用を免れる目的で、請負その他労働者派遣以外の名目で契約を締結し、第二十六条第一項各号に掲げる事項を定めずに労働者派遣の役務の提供を受け」

た場合、

「その時点において、当該労働者派遣の役務の提供を受ける者から当該労働者派遣に係る派遣労働者に対し、その時点における当該派遣労働者に係る労働条件と同一の労働条件を内容とする労働契約の申込みをしたものとみなす」

と規定しています。

 つまり、偽装請負をした場合、その時点で派遣先(注文事業者)は労働者に対して労働契約の申し込みをしたことになります。

 この場合、労働者の側で派遣先(注文事業者)に承諾の意思表示をすれば、労働者は派遣先(注文事業者)との間に労働契約が締結されたと主張することができます。

 偽装請負ではないかと疑われるケースは実務上それほど稀なことではなく、この仕組みは画期的なシステムだと思います。

 しかし、その割には、労働者派遣法40条の6第1項5号の適用をめぐる紛争実例は、乏しい状況にありました。理由は幾つかあると思いますが、その中の一つとして、効果が所詮「同一の労働条件を内容とする労働契約」を成立させるにすぎないことが挙げられるのではないかと思います。

 契約で定められた内容の仕事をして、契約や法令に準拠した賃金がきちんと支払われてる限り、労働者にとって誰が使用者であるのかは、必ずしも切実な問題として顕在化するわけではありません。そのため、敢えて紛争化の危険を冒してまで、使用者を挿げ替えようという発想にはなりにくいのではないかと思います。

 そのため、労働者派遣法40条の6第1項5号の適否が争点となった事案が公刊物に掲載されることは永らくなかったのですが、近時公刊された判例集に、この問題が扱われた裁判例が掲載されていました。神戸地判令2.3.13労働判例1223-27東リ事件です。

2.東リ事件

 本件で原告になったのは、有限会社Aに入社した労働者5名(X1~5)です。

 有限会社Aは被告会社との間で業務請負契約を締結しており、原告ら(X1~5)は被告会社の伊丹工場で働いていました。

 本件は、これが偽装請負に該当するとして、原告らが被告会社を相手取り、労働者派遣法40条の6第1項を根拠として、労働契約の存在の確認などを求めて提訴した事件です。

 なお、本件で原告らが被告会社を訴えることになった背景には、被告会社と有限会社Aとの業務請負契約の終了に伴って、有限会社Aから整理解雇された事実があります。

 本件では伊丹工場での勤務が偽装請負(労働者派遣)なのか通常の請負なのかが争点の一つになりました。

 この区別について、裁判所は次のとおり判示し、各観点から検討を加えたうえ、本件は偽装請負には該当しないと判断しました。

(裁判所の判断)

「労働者派遣法2条1号は、『労働者派遣』について、自己の雇用する労働者を、当該雇用関係の下に、かつ、他人の指揮命令を受けて、当該他人のために労働に従事させることをいい、当該他人に対し当該労働者を当該他人に雇用させることを約してするものを含まないものとすると定めている。」

「一方、請負は、当事者の一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対して報酬を支払うことを約するものであり(民法632条)、請負人に雇用されている労働者に対する指揮命令は請負人にゆだねられている。」

「そうすると、請負の形式による契約により行う業務に自己の雇用する労働者を従事させる事業者について、労働者派遣か請負の区分は、当該事業者に業務遂行、労務管理及び事業運営において注文主からの独立性があるか、すなわち、①当該事業者が自ら業務の遂行に関する指示等を行っているか、②当該事業者が自ら労働時間等に関する指示その他の管理を行っているか、③当該事業者が、服務規律に関する指示等や労働者の配置の決定等を行っているか、④当該事業者が請負により請け負った業務を自らの業務として当該契約の注文主から独立して処理しているかにより区分するのが相当である(職業安定法施行規則4条1項、労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準を定める告示(昭和61年4月17日労働省告示第37号)参照)。

(中略)

「以上の事情を総合考慮すると、巾木工程及び化成品工程は、遅くとも平成29年3月頃には偽装請負等の状態にあったとまではいうことはできないというべきである。」

3.体力のない請負事業者から解雇された時に効力を発揮する

 本件は結論として労働者敗訴となったものの、偽装請負と適正な請負との区別について、裁判所が労働省告示に準拠して判断する姿勢を示した点に意義があると思います。

 労働者派遣法40条の6第1項5号の理解が示された判例で公刊物に掲載されたのは、おそらく本件が初めてではないかと思われます。司法判断として、偽装請負と適正な請負との判断基準が示されたことは、同種事案の見通しを考えるにあたり、参考になります。

 労働者派遣法40条の6第1項5号に基づく注文事業者への請求は、請負事業者に体力がなく、請負事業者に対する地位確認等の訴えが必ずしも十分な救済にならない場合、労働者の立場を守る機能を発揮します。

 コロナ禍のもと、派遣切りならぬ偽装請負切りに遭った人・遭いそうな人は、決して少なくないのではないかと思います。もし、切られた人・切られそうになっている人で、偽装請負ではないか? という違和感を受けていたとすれば、注文事業者に対する地位確認の可能性についても、弁護士ら専門家に尋ねてみても良いのではないかと思います。