弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

弁護士が弁護士を訴える時、注意義務のレベルは加重されるか?

1.弁護士を訴えて欲しいという依頼に慎重なのは慣れ合いか?

 弁護士を訴えたいという相談があった場合、多くの弁護士は慎重な態度をとるのではないかと思います。

 これに対し、時折、外野から仲間同士の慣れ合いだという批判が飛んでくることがあります。しかし、弁護士が弁護士相手の訴訟に慎重な態度をとるのは、慣れ合いとは関係がないと思います。少なくとも、東京のような大都市部においては、弁護士は互いに顔見知りですらないことが多く、慣れ合う理由がありません。

 それでは、なぜ、多くの弁護士は弁護士を訴えることに慎重な姿勢をとるのでしょうか?

 理由は幾つかありますが、その中の一つに報復の危険があるのではないかと思います。

 弁護士が職務上守らなければならなないルールに、職務基本規程というものがあります。職務基本規程70条は、

「弁護士は、他の弁護士・・・との関係において、相互に名誉と信義を重んじる。」

規定しています。

 また、職務基本規程14条は、

「弁護士は、・・・不正な行為を助長し、・・・てはならない。」

と規定しています。

 職務基本規程31条は、

「弁護士は、依頼の目的・・・が明らかに不当な事件を受任してはならない。」

と規定しています。

 仮に、依頼人を代理して弁護士相手に損害賠償請求訴訟を提起したとして、それが認められなかった場合、こうした規定を根拠として、どのような報復を受けるか分かりません。感覚的に、請求を排除した弁護士には、報復しない理由がないので、損害賠償請求や懲戒請求は、普通に受けるだろうなという気はします。弁護士が弁護士相手の事件に慎重であるのは、身内同士の慣れ合いというよりも、むしろ、弁護士であるが故に相手の非を許さない業界の殺伐とした空気感が関係しているように思われます。

2.弁護士が弁護士を訴える時、注意義務の加重はあるか?

 業界の状況が上述のような感じであるため、依頼人を代理して弁護士が弁護士を訴える時、注意義務の加重があるのかが気になっていました。

 一般論としていうと、結果として敗訴したとしても、訴訟提起が不法行為を構成することは極めて稀です。最高裁が、

「民事訴訟を提起した者が敗訴の確定判決を受けた場合において、右訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係(以下「権利等」という。)が事実的、法律的根拠を欠くものであるうえ、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である。」

と不法行為を構成する場面を極めて限定的に理解しているからです(最三小判昭63.1.26民集42-1-1参照)。

 このルールは、弁護士が依頼人を代理して弁護士を訴える場面でも当てはまるのでしょうか? 上述の職務基本規程を根拠として、弁護士が弁護士を訴えるにあたっては、より高度の注意義務が措定されはしないのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり、参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令1.10.1判例時報2448-93です。

3.東京地判令1.10.1判例時報2448-93

 本件は、弁護士である原告が、ブログで、訴外会社2社(A社、B社)の事業には実体がないから、資金提供を持ち掛けられてもそれは詐欺話であるなどと名指しで指摘したことに端を発している事件です。

 被告Y1弁護士は、A社からの依頼を受け、代理人として、名誉棄損・業務妨害で原告弁護士を被告訴人とする告訴状を警察署に提出するとともに、原告弁護士に損害賠償を請求する訴えを提起しました。

 この裁判は審理が進むとともにA社の旗色が悪くなってきました。結果、Y1弁護士は審理途中で辞任し、一審裁判所は、A社の請求を棄却、逆に原告弁護士が提起した反訴請求を一部認容する判決を言い渡しました(ただし、A社は控訴したようです)。

 その後、原告弁護士が、Y1弁護士らA社やB社に加担した弁護士に対し、損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。

 原告弁護士は、

「原告は弁護士であり、弁護士が自己の名前において外形的に第三者の名誉を毀損する記事を投稿する場合、愉快犯的にこのような行為をするとは考え難いのであるから、第三者から依頼を受けた弁護士が当該第三者を代理して、このような弁護士の行為が違法であるとして訴訟を提起したり、刑事告訴をしたりする場合には、相応の裏付けがあるものか否かを確認する義務がある。とりわけ、違法行為の助長等を禁止する弁護士職務基本規程14条、依頼の目的が明らかに不当な事件の受任を禁止する同31条、他の弁護士等との関係において相互に名誉と信義を重んじる同70条の定めからは、仮に本件投稿行為に違法性がなければ、被告Y1の行為が上記規程に反することを認識することは容易である。」

などと主張し、Y1の落ち度を追及しました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べたうえ、Y1による民事訴訟の提起の違法性を否定しました。

(裁判所の判断)

「民事訴訟の提起が相手方に対する違法な行為といえるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たにもかかわらずあえて訴えを提起した等、訴えの提起が裁判制度の趣旨・目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られると解するのが相当である(敗訴の確定判決を受けた場合において、最高裁昭和60年(オ)第122号同63年1月26日第三小法廷判決・民集42巻1号1頁参照)。」

「そして、このことは、弁護士が提訴者の代理人として訴えを提起した場合における当該弁護士についても妥当し、弁護士が提訴者の代理人として民事訴訟を提起した場合の当該訴えの提起について当該弁護士の相手方に対する不法行為責任が認められるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くだけでなく、当該弁護士が、そのことを知りながら又は容易にそのことを知り得たにもかかわらずあえて訴えを提起した等、訴えの提起が裁判制度の趣旨・目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られると解するべきである。

(中略)

「被告Y1が、別件訴訟の提起に当たり、本件請求につき提訴者であるA社の主張した権利が事実的、法律的根拠を欠くものであることを知っていたとか、そのことを容易に知り得たとは認められないから、被告Y1が代理人として別件訴訟を提起したことが原告に対する不法行為を構成するとは認められない。」

4.職務基本規程の存在は民事訴訟での注意義務に影響はなさそうだが・・・

 職務基本規程の存在は民事訴訟との関係では、代理人弁護士に課せられた注意義務を加重する要因にはなっていないように思われます。

 ただ、懲戒請求された時に、このような緩やかな注意義務のもとで綱紀審査・懲戒審査がなされるとは限らず、こうした裁判例が出たとしても、やはり弁護士が弁護士を訴えることに慎重な風潮は残り続けるのではないかと思われます。

 

尋問のポイント-余計なことは言わない

1.尋問で気を付けること

 尋問における一般的注意事項の一つに、

「余計なことは言わない」

というルールがあります。

 対象者の回答が足りない場合、尋問を担当する弁護士は、質問を補充することによって法廷に顕出される供述を適当な分量に調整することができます。しかし、しゃべりすぎて一旦取られてしまった言質を、元に戻すことはできません。

 また、反対当事者からの反対尋問は、こちら側の言い分を崩すために行われます。これに適切に対処するうえでは、余計な情報を極力与えないことが重要になります。言葉が足りない分は、再主尋問で補充できるため、やはり余計なことを言わないことが大切です。

 近時公刊された判例集にも、余計な供述が裁判所で不利に取扱われた事案が掲載されていました。東京地判令2.1.15労働経済判例速報2419-23岡地事件です。

2.岡地事件

 本件は商品先物取引の歩合登録外務員の方の労働者性が問題になった事件です。

 本件で被告になったのは、先物取引等を目的とする株式会社です。原告になったのは、被告で外務員として勤務していた方です。

 原告と被告との間で交わされた契約書には、

「乙(原告)の取り扱った委託者に関して未収入金が発生し、当該委託者がその未収金を完済しない場合は、乙が委託者に代わって、残額を弁済しなければならない」

との記載がありました。要するに、顧客に未収入金が生じた場合、外務員が顧客に代わって穴埋めをするということです。

 本件ではこうした仕組みが

「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。」

とする労働基準法16条に違反しないかが問題になりました。労働基準法16条違反の有無は、原告・被告間の契約が「労働契約」に該当するかに依存します。その関係で原告の労働者性が問題になったという経緯になります。

 労働者性は幾つかの要素によって判断されますが、その中の一つに「勤務場所・勤務時間の拘束性」があります。

 この要素について、裁判所は、次のとおり述べて、勤務場所・勤務時間の拘束性に消極的な評価を行いました。

(裁判所の判断)

「歩合外務員の多くは、毎営業日、被告に出社しており、原告も、営業日には概ね午前8時に出社していたが、歩合外務員の出社時刻、退社時刻及び休憩時刻について定めはなく、歩合外務員の中には、午前9時頃に出社したり、昼過ぎに退社したりする者もおり、遅刻、早退又は欠勤を理由として、歩合外務員の固定報酬部分から報酬が控除されることはなかった。前記認定のとおり、先物取引の売買執行の際には日本橋支店内での作業が必要となることや、個々の歩合外務員専用フリーダイヤル用の電話機が日本橋支店内に設置されていたこと等を踏まえると、原告を含む多くの歩合外務員が日本橋支店へ出社していたことは業務の性質を理由とする側面が強く、被告が指揮監督を及ぼすために勤務場所・勤務時間を強く拘束していたと評価することはできない。」

「原告は、勤務時間が定められており、土曜日の出勤も含め出社が強要されていたと主張する。しかし、原告は、本人尋問において、午前8時に出社しなければならない雰囲気であったが、出社するか否かは自由であり、強制ではなかった旨供述しており、他に勤務時間内の出社が義務付けられていたことを示す的確な証拠もないことから、本件契約において勤務時間内の出社が義務付けられていたと認めることは困難である。原告の主張は採用できない。」

3.尋問で勝敗が分かれることは稀であるが・・・

 判決文を分析していれば分かることですが、尋問で勝敗が分かれたと思われる事案は、決して多くはありません。本件も上手く供述してさえいれば、原告が勝訴できていたかというと、そのような事案とは思われません(他の要素でも消極的な評価を受け、結論として原告・被告間の契約の労働契約への該当性は否定されています)。

 しかし、

「勤務時間が定められており、土曜日の出勤も含め出社が強要されていた」

との主張を展開し、

「午前8時に出社しなければならない雰囲気であった」

とまで言えるのであれば、

「出社するか否かは自由であり、強制ではなかった」

と供述する必要はなかったと思います。

 このような余計なことは言わず、「出社しなければならない雰囲気」がどのような雰囲気だったのか、どのような事実からそう思われたのかを具体的に供述していれば、また違った評価がくだされていたかも知れません。 

 

配転命令拒否→無断欠勤解雇への対抗手段

1.配転命令を間に噛ませて解雇する手法

 使用者が労働者を会社から排除する時に、配転命令を間に噛ませる方法があります。労働者が拒否しそうなポストへの配転を命令し、これを労働者が拒否したら、無断欠勤を理由に解雇するという手法です。

 このような手法がとられるのは、使用者に配転に関する広範な裁量が認められている反面(最二小判昭61.7.14労働判例477-6 東亜ペイント事件参照)、解雇権の行使に厳しい制約が課せられているからです(労働契約法16条)。

 左遷的な配転命令でも、余程のことがない限り無効にはなりません。不本意なものであったとしても、原則として労働者には配転先で労務を提供する義務が生じ、これを拒絶すると無断欠勤になります。

 労務を提供することは労働契約の本質をなすため、解雇権の行使に厳しい制約を課す本邦の法制下においても、無断欠勤を理由とする解雇は比較的認められやすい傾向にあります。

 そのため、ストレートに会社から排除する理由がみつからない時、使用者は敢えて拒否されることを見越した配転を命じ、労務提供を労働者に拒否させたうえで、無断欠勤を理由とする解雇に及ぶのです。

 このような手法を使われると、労働者としてはとても困ります。

① 異議を留保したうえで配転先で働きながら配転命令の効力を争うか、

② 無断欠勤解雇されることを覚悟したうえ、配転命令の効力を争うか、

の二択を迫られることになるからです。

 いずれにせよ配転命令の枠組みの中での争いになるため、そう簡単に勝つことはできません。

 この構造に対し、何らかの対抗手段がないかと思っていたところ、近時公刊された判例集に示唆的な裁判例が掲載されていました。福岡地小倉支判平29.4.27労働判例1223-17 朝日建物管理事件第一審判決です。

2.朝日建物管理事件第一審判決

 本件で被告になったのは、ビルの管理や保安警備業務などを目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告から有期雇用され、A1市民会館の受付として働いていた方です。A2市民会館への異動を告知され(本件配転命令)、これを拒んで出勤しなかったところ、出勤がないことを理由に解雇されたという経過が辿られています。こうした経過のもと、原告は、解雇無効を理由に、地位確認等を求めて被告を訴えました。

 この事件で、裁判所は次のとおり判示し、解雇・配転の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「本件労働契約は、期間の定めのある労働契約であるから、被告が原告をその期間途中において解雇するためには、『やむを得ない事由がある場合』でなければならず(労働契約法17条1項)、期間の定めの雇用保障的な意義や同条項の文言等に照らせば、その合理性や社会的相当性について、期間の定めのない労働契約の場合よりも厳格に判断するのが相当というべきである。そして、本件配転命令当時、それまでの原告の態度等からすると、本件配転命令を拒否する可能性があり、ひいては本件解雇に至ることも想定されたものと考えられることからすれば、これらが密接に関連するものということができるから、本件解雇の適否を判断するに当たっては、本件配転命令の必要性や濫用の有無のみに焦点を当てるのではなく、本件配転命令やその前後の諸事情について、『やむを得ない事由』が存するか否かという視点から判断を加えるのが相当というべきである。

「そこで、以下、『やむを得ない事由』の有無について検討する。」

(中略)

「上記のような検討からすれば、被告においては、未だ具体的な事実関係の把握が乏しい上、人間関係の渦中にある原告らに対して、十分な指導が行われたとは認め難く、原告に対しては、その問題ある態度を具体的に把握し、原告にこれを指摘して改善を求め(例えば、無断録音を禁ずることもその一つと考えられるし、調査や指導の経過を記録にとどめることも重要である。)、これを重ねた上で改善が認められない場合に、解雇に踏み切るべきである。」
「他方、原告は、F統括ないしG支店長からパワハラを受けた旨主張するが、証拠を精査するも、パワハラと評価すべきほどの事実関係は認められない。しかし、前判示したところを総合すれば、本件解雇は、未だ合理性ないし社会的相当性のあるものとは認められず、『やむを得ない事由がある』と認めることはできないから、本件解雇は無効というべきであり、本件配転命令についても、なお必要性に疑義があるものというべきである。

3.解雇の枠組みの中で配転命令の効力と解雇の効力をセットで議論する方法

 配転命令→拒否→無断欠勤解雇の経過が辿られている事件では、配転命令の有効性が主な争点になります。配転命令が有効なら「固い」解雇事由である無断欠勤の事実は揺るがないし、配転命令が無効ならそもそも無断欠勤にならないからです。この配転命令の効力が、東亜ペイント事件の使用者に広範な裁量を認めた判断枠組の中で議論されることが、労働者側にとって最大の障壁になっていました。

 しかし、朝日建物管理事件第一審判決は、配転命令拒否→無断欠勤解雇の経過が辿られている事件でありながら、東亜ペイント事件で最高裁が提示した判断枠組みに準拠して結論を出してはいません。「やむを得ない事由がある」と認められるか否かという有期雇用契約労働者の解雇の場面で用いられる判断枠組みのもとで、解雇の効力を直接議論しています。労働者側が解雇無効を勝ち取れたのは、東亜ペイント事件で最高裁が示した配転の判断枠組みではなく、解雇権濫用の枠組みの中で本件の帰趨が議論されたことが最大の原因ではないかと思われます。

 そして、こうした判断枠組みを採用する理由として、裁判所は、

「本件配転命令を拒否する可能性があり、ひいては本件解雇に至ることも想定されたものと考えられること」

を掲げています。これは、福岡地裁小倉支部が示した判示が、配転命令を出した時に「拒否→無断欠勤」の流れが想定される場面において、広く応用できる可能性を秘めていることを示しています。

 本件は控訴→上告→差戻という経過が辿られていますが、上記の判示事項が不当だとされたわけではありません。福岡地裁小倉支部が採用した判断手法は、配転命令を間に噛ませた無断欠勤を理由とする解雇への対抗手段として、銘記されるべき裁判例であるように思われます。

 

就業規則の文言は懲戒権を行使できる場面を限定する役割を果たしているのだろうか

1.就業規則による懲戒事由の定め

 最高裁は、

「使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくことを要する・・・。そして、就業規則が法的規範としての性質を有する・・・ものとして、拘束力を生ずるためには、その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要するものというべきである。」

と判示しています(最二小判平15.10.10労働判例861-5フジ興産事件)。

 こうした理解に立てば、就業規則で懲戒の種別及び事由が定められていない場合、懲戒処分を行うことはできません。言い換えると、懲戒事由を定めている規定の文言は、懲戒権を行使できる場面を限定する役割を果たすことになるはずです。

 しかし、懲戒処分の効力が争点になっている裁判例をみると、懲戒権の濫用が認められるか否かの判断にあたり、懲戒事由を定めている規定の文言が殆ど考慮されていないのではないかと思われる事案も少なくありません。

 近時公刊された判例集に掲載されていた、東京地判令2.1.29労働判例ジャーナル101-44東京水道サービス事件も、その一つです。

2.東京水道サービス事件

 本件は、けん責処分を受けた原告労働者が、被告会社に対し、けん責処分の無効確認を求めて訴えを提起した事件です。

 原告がけん責処分を受けたのは、通勤交通費を不正に取得したからです。これが就業規則で定められている懲戒事由である

「不法、不正又は不当な行為をして会社の名誉又は信用を傷つけたとき」

「諸規則に違反し、又は上司の職務上の指示、命令に従わなかったとき」

に該当するとして、被告は、原告に、けん責処分を行いました。

 文言との関係性が争点化されたわけではありませんが、裁判所は、次のとおり述べて、通勤手当の不正取得が上記各場合に該当することを認めました。

(裁判所の判断)

「原告は、結果として、原則である公共交通機関の利用を前提とする通勤手当と自動車通勤を前提とする通勤手当との差額56万4110円を不正に受給したものと認められる・・・。」
「この点、原告は、・・・受け取るべき通勤手当を受け取ったにすぎず、不正受給に当たらない旨主張する。しかしながら、・・・原告の上記主張には理由がなく、原告の本件通勤手当受給は、「被告の名誉又は信用を傷つけたとき」(一般社員就業規則48条3号)及び「諸規則に違反し又は上司の職務上の指示、命令に従わなかったとき」(同48条4号)・・・にいずれも該当し、懲戒事由となるものと認められる。

3.通勤手当の不正取得は「会社の名誉又は信用」と関係あるのか?

 通勤手当の不正取得が会社の諸規則に違反するというのは分からないではありません。しかし、社内で通勤手当の不正取得があったことが、いかなる意味で会社の「名誉又は信用」を傷つけたというのかは不明というほかありません。

 それでも、裁判所は、通勤費の不正取得が「被告の名誉又は信用を傷つけたとき」への該当性を認めました。

 「諸規則に違反」した事実がある以上、「名誉又は信用を傷つけたとき」に該当しないとされたとしても、結論に影響はなかったのではないかと思います。また、「名誉又は信用を傷つけたとき」に該当するとの判断の背景には、原告がこれを争点化しなかったことも影響しているのではないかと思います。加えて、裁判所には懲戒事由への該当性が多少ラフでも不合理・不相当な懲戒処分は労働契約法15条に基づく検討の中で効力を否定できるため問題ないという発想があったのかも知れません。ただ、これらを差し引いたとしても、通勤手当の不正取得が会社の名誉又は信用を傷つけるとの判断は、本来の文言の意味からの逸脱が著しく、ラフにすぎるのではないかとの感が否めません。

 懲戒事由への該当性の判断は、規定の文言というよりも、直観的にけしからん行為がなされれているのかどうかに依存する場合もあるため、労働者側は、就業規則の文言に関わらず、不適切な行為をしないよう注意をしておく必要があるように思います。

下に合わせる平等になるくらいなら現状の格差は認められる?(出産休暇・出産手当金)

1.旧労働契約法20条裁判

 労働契約法20条に、

「有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において『職務の内容』という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。」

という規定がありました。

 一般の方には読みにくい条文ですが、要するに、有期労働契約者と無期労働契約者の労働条件に不合理な格差を設けてはならないとする規定です(なお、現在、この規定は、短時間労働者を包括する不合理な待遇の禁止・差別的取扱の禁止を規定する「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」という名前の法律の第8条、第9条に発展的に取り込まれる形で発展的に消滅しています)。

 この規定の理解に関し、下に合わせる形で格差を解消することができるか? という論点があります。労働契約法20条の存在を理由に、無期労働契約者に設定されていた有利な労働条件を剥ぎ取って、労働契約法20条違反だというケチがつかないようにしていいのかという問題です。

 この問題を考えるにあたり、参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。横浜地判令2.2.13労働判例1222-38社会福祉法人青い鳥事件です。

2.社会福祉法人青い鳥事件

 本件は、いわゆる労働契約法20条裁判の一つです。

 被告になったのは、障害福祉サービスの経営等を行う社会福祉法人です。

 原告になったのは、被告で有期雇用契約を締結していた社会福祉士資格を有する女性です。

 被告では、

「無期契約職員については、産前8週間、産後8週間の出産休暇が付与され、これらの休暇期間中通常の給与が支給されることとなっている一方で、有期契約職員については、出産休暇期間が産前6週間、産後8週間とされ、これらの休暇期間中は無給であるとの相違」

が設けられていました(以下、無期契約職員に付与される産前休暇を「本件出産休暇」といい、出産期間中に支給される給与を「本件出産手当金」といいます)。

 こうした格差を設けることが労働契約法20条に違反するとして、原告の方が被告法人に対して損害賠償を請求する訴えを起こしたのが本件です。

 裁判所は、労働契約法20条違反が認められるか否かについて、次のとおり判示したうえ、原告の請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「無期契約職員の職務内容・・・に加え、被告における女性職員の比率の多さや、本件出産休暇及び本件出産手当金の内容・・・に照らすと、これらの制度が設けられた目的には、被告の組織運営の担い手となる職員の離職を防止し、人材を確保するとの趣旨が含まれるものと認められる。」

「そうすると、本件出産休暇及び本件出産手当金の制度は、有期契約職員を、無期契約職員に比して不利益に取り扱うことを意図するものということはできず、その趣旨が合理性を欠くとは認められない。これに加え、無期契約職員と有期契約職員との実質的な相違が、基本的には、2週間の産前休暇期間及び通常の給与額と健康保険法に基づく出産手当金との差額部分に留まること・・・を併せ考えると、本件出産休暇及び本件出産手当金に係る労働条件の相違は、無期契約職員及び有期契約職員の処遇として均衡を欠くとまではいえない。」

「なお、ソーシャルワーカー正社員を含む無期契約職員の離職防止を図りつつ、有期契約職員との労働条件の相違を生じさせないために、有期契約職員を含めた全職員に対し、本件出産休暇及び本件出産手当金の付与を行うことも合理的な一方策であるということはできるが、上記のとおり、本件出産休暇及び本件出産手当金の支給は、被告の相応の経済的負担を伴うものであって、本件出産休暇及び本件出産手当金の目的に照らし、これをいかなる範囲において行うかは被告の経営判断にも関わる事項である。本件出産休暇及び本件出産手当金の制度を、有期契約職員を含む全職員に対し適用しない限り違法であるとすることは、被告に対し、無期契約職員を含め全職員に対しこれらの制度を提供しないとの選択を強いることにもなりかねず、かえって、女性の社会参画や男性との間での格差の是正のための施策を後退させる不合理な事態を生じさせるというべきである。

「以上の検討によれば、本件出産休暇及び本件出産手当金に係る労働条件の相違は、これが不合理であると評価することができるものということはできず、労働契約法20条に違反するものではない。」

3.下に合わせられる平等になる危険は現状の格差を許容する?

 この判決で最も興味深いと思ったのは、

有期労働契約職員を無期労働契約職員に比して不利益に取扱うことを意図するものではなかったという主観面

全職員に本件出産休暇や本件出産手当金を拡張することの合理性を認めながらも、それを強制すると有期労働契約者から本件出産休暇や本件出産手当金を剥ぎ取ることに繋がる可能性があること

を労働契約法20条に違反しない根拠として指摘している部分です。

 この部分は、

有利な労働条件を剥ぎ取らなくても、殊更有期労働契約者を不利に取扱うことを意図した結果でないのであれば、労働契約法20条違反にはならない、

と言っているように読めます。

 こうした論理が通用するのであれば、労働契約法20条に違反するから無期労働契約者に認められている有利な労働条件を剥ぎ取るということは、許容されなくなるのではないかと思われます。なぜなら、有利な労働条件を剥ぎ取らなくても、殊更有期労働契約者を不利に取扱うことを意図した結果でないのであれば、格差の存在は労働契約法20条違反にはならないため、「労働契約法20条に違反するから」という理由付けが崩れることになるからです。

 先に述べたとおり、労働契約法20条は発展的に消滅していますが、本件は、使用者側から、

「法律が格差是正を求めているから無期労働契約者から有利な労働条件を剥ぎ取るんだ。」

と主張された時に、

「法は有利な条件を剥ぎ取ることまでは求めていない。」

と反論して行く根拠になる可能性を持った判決だと思われます。

 

違反事実申告に対し、労基署に監督権限を行使する義務はあるか?

1.違反事実申告

 事業場に労働基準法に違反する事実がある場合、労働者は労働基準監督署に違反事実を申告することができます(労働基準法104条1項)。

 それでは、申告を受けた労働基準監督署は、申告をした労働者との関係で、何らかの監督権限を行使する義務を負うのでしょうか? 労働者は監督権限の行使を権利として要求することができるのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判平29.5.12判例タイムズ1474-222です。

2.東京地判平29.5.12判例タイムズ1474-222

 本件は労働基準監督官に対して労働基準法104条1項に基づく違反事実申告をした原告が、監督権限を適正に行使しなかったとして、国を相手に国家賠償請求訴訟を提起した事案です。

 労働基準法104条1項に基づく違反事実申告を受けた場合に、労働基準監督官が何等かの作為義務を負うのかが論点の一つになりました。

 この問題について、裁判所は、次のとおり判示し、作為義務の存在を否定し、原告による国家賠償請求を否定しました。

(裁判所の判断)

労働基準法104条1項に基づく申告は、労働者が労働基準監督官に対して事業場における同法違反の事実を通告するものであるが、同法は、同条2項において使用者が同条1項の申告したことを理由として労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならないと定めるのみで、その申告手続や申告に対応する労働基準監督官の措置について別段の規定を設けていないことに照らすと、少なくとも当該申告をした労働者個人との関係において、労働基準監督官に対し、当該申告に対応して調査等の措置をとるべき職務上の作為義務まで負わせたものと解することはできない。したがって、同法104条1項に基づく申告をした労働者が、当該申告を契機として労働基準監督官が事業場に対しその監督権限を行使したことにより、結果的に当該申告をした労働者が利益を享受することがあったとしても、それは、反射的にもたらされる事実上の利益にとどまり、法律上保護された利益ではないというべきであるから、当該申告をした労働者は、当該申告を受けた労働基準監督官による調査等の措置が適正を欠くこと等を理由として国家賠償法の規定に基づく損害賠償請求をすることはできないといわざるを得ない上、本件においては、前記前提事実のとおり、本件申告がされた後、B監督官においてAに対して事情聴取を実施した上で一部是正するよう勧告を行うなど、実際に労働基準監督官による調査等の措置が講じられており、その調査や監督権限の行使の如何について、B監督官やC監督官、あるいは当時の町田支署の支署長においてその裁量権を濫用したということのできるような事情を認めるに足りる証拠はないことからすると、本件申告処理の終了が違法に原告に損害を加えたということはできず、原告の被告に対する国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求権を認めることはできない。

3.監督権限不行使を問題にしたくなることもあるが・・・

 労働基準監督署が適切に監督権限を行使してくれない時に、これを何等かの形で問題にしたいと思うことは実務上なくはありません。

 しかし、裁判所は、裁量濫用の場合に例外があることを示唆してはいるものの、違反事実申告に対する作為義務があることを否定したうえ、

「当該申告をした労働者は、当該申告を受けた労働基準監督官による調査等の措置が適正を欠くこと等を理由として国家賠償法の規定に基づく損害賠償請求をすることはできない」

と国家賠償の途を事実上塞いでしまいました。

 労働基準監督署の監督権限の不行使に司法的統制を及ぼす方法を閉ざして、本当にそれでいいのかという感覚はありますが、現行実務上、監督権限の不行使を国家賠償請求で争うハードルが極めて高いことは、覚えておく必要があるだろうと思います。

 

通勤手当の距離要件:道路距離か? 公共交通機関を利用した場合の距離か?

1.通勤手当の距離要件

 通勤手当の支給にあたり、

「住居から勤務地までの距離が○km未満なら通勤手当は支給しない」

といったように、一定の距離が支給要件とされていることがあります。

https://j-net21.smrj.go.jp/startup/manual/list8/8-1-21.html

 この距離について、道路距離なのか、公共交通機関を利用した場合の移動距離なのかが、明確に定義されていないことがあります。

 そうした場合、距離要件は、道路距離で考えられるのでしょうか? それとも、公共交通機関を利用した場合の移動距離で考えても良いのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり、参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介した、大阪地判令2.3.13労働判例ジャーナル101-32 社会福祉法人稲荷学園事件です。

2.社会福祉法人稲荷学園事件

 本件で被告になったのは、保育園(本件保育園)を運営する社会福祉法人です。

 原告になったのは、被告で保育士として勤務していた方です。在職中に通勤手当が減額・不支給になったとして、本来もらえずはずであった通勤手当との差額を請求しました。

 被告が通勤手当をカットしたのは、賃金規程の定め方が関係しています。

 具体的に言うと、被告の賃金規程上、通勤手当は、

「最短の公共輸送機関を利用して計算し、2km以上の地域より通勤するものに対しては、1カ月あたり20,000円を限度として全額支給する。ただし、交通用具使用者(自転車等)は、1カ月あたり4,100円とする。」

と定められていました。

 原告の通勤距離は、公共交通機関を利用すれば3.3kmと、支給要件を充足していました。しかし、道路距離では1.7kmと支給要件が充足されていませんでした。これを根拠として、被告は通勤手当の減額・不支給に及びました。

 この論点について、裁判所は次のとおり判示し、公共交通機関を利用した通勤距離で計算することを認めました。

(裁判所の判断)

「被告の賃金規程上『最短の公共輸送機関を利用して計算し、2km以上の地域より通勤するものに対しては、1カ月あたり20、000円を限度として全額支給する。』との定めがあること・・・、原告宅から本件保育園までを公共交通機関を利用して移動したときには、その移動距離は2kmを超えるものになること、原告はそのような公共交通機関を利用して本件保育園に通勤していたこと・・・、被告は、原告に対し、本件雇用契約の締結直後から通勤手当を支払っていたこと、運賃改定に伴うものとみられる通勤手当の増額があったこと・・・等といった事情が認められる。そして、被告は、原告宅と本件保育園までの道路距離(ほぼ直線距離に近いもの)が1.7kmである旨の証拠・・・を提出するなどしているが、原告が選択した通勤方法ないし経路・・・について、『最短の公共輸送機関を利用して』との賃金規程の定めの趣旨に反するまでの不合理さは認められず、そのような経路を前提とすれば、賃金規程の定めに示された距離要件を欠いているとも認められない。これに、原告及び被告がともに長期間にわたり通勤手当の支給を前提とした行動をしていたと評価し得る状況があることを併せ考慮すれば、本件雇用契約には、その約定として原告主張に係る通勤手当の支払が含まれているものと認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。これに反する被告の主張は採用できないものである。」

3.案外問題になりやすい通勤手当の支給要件

 通勤手当の支給要件は、金額が少ない割には問題になりやすいという印象を持っています。それは距離の測り方が多義的であることと、裁判所が金銭が絡む不正行為に厳しい姿勢をとっていることが関係しているのではないかと思います。

 裁判所には金銭的な不正行為を重くみる傾向があり、

「横領・背任、取引先へのリベートや金品の要求等の金銭的な不正行為、・・・は職場規律違反として懲戒事由となる。金銭的な不法行為の事例では、額の多寡を問わず懲戒解雇のような重大な処分であっても有効性は肯定されやすい」

と理解されています(第二東京弁護士会労働問題検討委員会『2018年 労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、第1版、平30〕221頁)。

 そのため、通勤経路が多義的であることと相まって、事業主が関係性の悪化した労働者を追い出そうとするとき、通勤手当は粗になりやすいのです。

 本件は、

「最短の公共輸送機関を利用して計算し」

との文言から公共交通機関を利用した距離であるとの帰結を導きやすい事案ではありましたが、裁判所は、

「賃金規程の定めの趣旨に反するまでの不合理さは認められず」

といったように金規程の趣旨との関係で合理性を有するか否かを判断基準として、原告の主張する通勤経路が距離要件を充足するのか否かを判断しました。問われるのが、最短距離ではなく、合理性の幅の範疇に収まっている通勤経路をとった場合の距離であることを明らかにした点に本件のポイントがあります。

 手当の不正受給のケースでは、懲戒解雇を無効とした事例も少なからず存在します(前掲『2018年 労働事件ハンドブック』225頁参照)。それは、手当の不正受給類型においては、使用者側からの言い掛かり的なケースが相当数含まれていることも影響しているのではないかと思います。

 この裁判例は、従前問題視されることなく通勤手当の支給対象になっていたはずなのに、勤務先から突然最短距離を基準に通勤手当の不正受給を指摘されたといった場面などにも、活用できる可能性を持っているのではないかと思われます。