弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

「頭をなでる」「匂いを嗅ぐ」「『かわいい』と言う行為」がセクハラに該当するとされた例

1.セクハラの該当例

 職場における性的な言動への対応により労働条件に不利益を受けたり、性的な言動で就業環境が害されたりすることを、「職場におけるセクシュアルハラスメント」といいます(平成18年厚生労働省告示第615号 事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針「1 はじめに」参照)。

 職場におけるセクシュアルハラスメントを定義する上記指針には、幾つかの典型例が記載されています。これによると、

「出張中の車中において上司が労働者の腰、胸等に触ったが、抵抗されたため、当該労働者について不利益な配置転換をすること。」

「事務所内において上司が労働者の腰、胸等に度々触ったため、当該労働者が苦痛に感じてその就業意欲が低下していること。」

などがセクシュアルハラスメントの典型とされています。

https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605548.pdf

 また、セクシュアルハラスメントを含む心理的負荷により精神障害を発症した場合の労災認定基準を定める

「基発第1226第1号 平成23年12月26日 改正 基発0529第1号 令和2年5月29日 心理的負荷による精神障害の認定基準について」

は、心理的負荷が弱である例としてではあるものの、「〇〇ちゃん。」という発言をセクシュアルハラスメントとして位置付けています。

https://www.mhlw.go.jp/content/000638820.pdf

 具体例の摘示は注意しなければならない行為が分かりやすくなる半面、それさえしなければいいのかという誤解を招くことがあります。セクシュアルハラスメントに関して言うと、時折「胸や腰にさえ触らなければいい」といった反対解釈的な理解を強く主張する人を目にすることがあります。

 しかし、そうした理解は誤りです。指針を普通に読めば行政解釈がそうした理解を採用していないことは容易に読み取れますし、裁判所もセクシュアルハラスメントの対象行為を身体の特定の部位への接触に限定して理解しているわけではありません。セクシュアルハラスメントとなる性的な発言を、貶す方向での発言に限定しているわけでもありません。そのことは、近時公刊された判例集に掲載されていた札幌地判令2.3.13労働判例1221-29国・札幌東労基署長(紀文フレッシュシステム)事件からも読み取ることができます。

2.国・札幌東労基署長(紀文フレッシュシステム)事件

 この事件は労災の不支給処分に対する取消訴訟です。

 原告となった女性は、チルド商品の配送等を業とする株式会社のA2センターで働いていた方です。別部署A1センターのセンター長Bからセクシュアルハラスメントを受けたことなどが原因で精神障害(うつ病)を発症したとして、療養補償給付や休業補償給付の支給を請求しました。しかし、労基署長から業務起因性がないとして不支給処分を受けたことから、不支給処分の取消訴訟を提起したという流れです。

 原告がセクシュアルハラスメントとして供述したのは、次の六つの事実です。

① 「平成27年6月27日に本件事業所の隣地に建設される物流センターの話をしていた際、Bから『そっちがここより時給高かったら行くんでしょう。』と言われ、冗談気味に『1000円になったら行くかも知れませんね。』と返答したところ、その後、Bが『そんなこと言わないの。』と言いながら、原告の頭を3回、べっとりとした感じでなでてきた」こと。

② 「平成27年7月16日、外部から漬物の匂いが流れてきたところ、Bが原告の胸や脇の辺りに顔を近づけ、匂いを嗅ぐしぐさをした上、『この匂い、甲野さん?』などと言ってきた」こと。

③ 「平成27年8月中旬頃、Bが菓子を口に含み、顔を50cm程度にまで近づけて、口移しをするようなしぐさをしてきた」こと。

④ 「眼鏡を掛けていたところ、Bから『眼鏡を外した方がかわいいよ。』と言われた、その後、原告が眼鏡を外してコンタクトレンズを着けていたところ、Bから大きな声で『かわいい』と言われた」こと。

⑤ 「平成27年8月24日、同僚のL・・・と、『派遣社員のMさんに年下の彼氏ができたんだって。』、『年下の彼氏、すてきだね。』などと会話をしていたところ、Bがその会話に入り、『どうせ床上手なんだろう。』、『10歳も年下の彼氏なんて、それしかねえべや。』と言ってきた」こと。

「翌日の同月25日、Bから『甲野さん・・・、うまいしょう。』と言われ、『何がですか。』と答えたところ、『いや、うまいしょう、うまそうだもん』と言われた上、B自身の股間を指で指しながら『ねえ、ここでして、ここでしてよ。』などと言われ」たこと。

⑥ 「平成27年8月26日に結婚を報告したところ、Bから『なんで結婚したの。』、『結婚したら国からお金もらえないべや。俺の知り合いなんてわざと籍入れないで生活保護を受けてるやついるぞ。』と言われた」こと。

 裁判所は、原告の供述に信用性を認め、これに沿う事実を認定したうえ、①~⑥の事実について、次のように評価しました。

(裁判所の判断)

これらの各行為は、直接の身体接触を伴うか(上記①)、顔、胸及び脇といった身体のデリケートな部分に極めて近接するものであり(上記②及び③)、しかも、性行為を求めたり(上記⑤)性的に不適切な言動をしたりしたものであって(上記②~④)、セクシュアルハラスメントと評価されるべきものである。

(中略)

(上記⑥の)「行為はセクシュアルハラスメントそのものではないものの、上記⑤の翌日の出来事であり、また原告に不快感を及ぼすものであるから、心理的負荷の判断に当たっては、上記①ないし⑤の行為と関連のある出来事として評価するのが相当である。」

(中略)

「被告は、セクシュアルハラスメント該当性の判断は『平均的な女性労働者の感じ方』を基準にすべきであって・・・、Bが原告の頭をなでた行為は、胸や腰等への身体接触とは明らかに異なるものであり、心理的負荷の評価に際してもこれを考慮すべきである旨主張する。」

「しかし、上記・・・のとおり、Bによる原告の頭のなで方は、原告が気持ち悪さを感じるような態様であったのであるし、認定基準も身体接触の部位を『胸や腰』だけに限定しているわけではない。これに、Bが原告の胸や脇に顔を近づけて匂いを嗅いだこと(・・・②)、口移しをするようなしぐさをしたこと(・・・③)、股間部分を指して性行為(口淫)を求めたこと(・・・⑤)なども一体として評価すると、『平均的な女性労働者の感じ方』を基準にしても、Bによる一連の行為は『胸や腰等の身体接触を含むセクシュアルハラスメントというべきである。

「したがって、被告の上記主張は採用することができない。」

3.腰胸でなくてもダメ、非接触でもダメ、褒める方向でもダメ

 身体的接触は、腰胸でなければ問題ないわけではありません。身体的接触を伴わないなら問題ないというわけでもありません。褒める方向での言動もセクシュアルハラスメントに該当することはあります。

 セクシュアルハラスメントに該当するかどうかは、常識に従って判断していれば、大外しすることはあまりないと思います。

 しかし、この境界線がどうしても分かりにくいという方は「その言動が、職場という公共空間におけるコミュニケーションとして本当に必要か?」を考えてみると良いと思います。不必要なことをしないようにしておけば、セクハラかどうかの基準が分からなくても、加害者になってしまうことは避けられます。

 

不更新条項付きの有期労働契約の雇止めの否定例-有期プロジェクトの期間が鍵になった例

1.有期労働契約と不更新条項

 有期労働契約を締結した場合であっても、契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由がある場合、客観的に合理的な理由・社会通念上の相当性が認められない限り、使用者は労働者からの契約更新の申込みを拒絶することができません(労働契約法19条2号参照)。

 この「契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由」を打ち消す約定として「不更新条項」というものがあります。

 不更新条項というのは、要するに、「契約を締結(更新)するのは、今回で終わりだ」という趣旨の約定を言います。契約書に、このような条項を滑り込ませておくことにより、「契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由」がなかったことを基礎づける技法です。

 不更新条項と雇止めの可否の問題は、このブログでも何度か扱ってきましたが、近時公刊された判例集に、不更新条項付きの有期労働契約の雇止めが否定された裁判例が掲載されていました。高知地判令2.3.17労働経済判例速報2415-14 高知県公立大学法人事件です。

2.高知県公立大学法人事件

 本件は雇止めの効力が争われた地位確認等請求訴訟です。

 被告になったのは、高知県が設立した公立大学法人です。

 原告になったのは、被告との間で有期雇用契約を交わしていたシステムエンジニアの方です。

 本件は、

初回の契約締結が、平成25年11月1日(雇用期間:平成25年11月1日~平成26年3月31日)、

一回目の契約更新が、平成26年4月1日(雇用期間:平成26年4月1日~平成28年3月31日)、

二回目の契約更新が、平成28年4月1日(雇用期間:平成28年4月1日~平成29年3月31日)、

三回目の契約更新が、平成29年4月1日(雇用期間:平成29年4月1日~平成30年3月31日)で、

三回目の契約更新時に、契約更新の有無について「更新しない」と明記された書面が交わされていたという経過が辿られています。

 本件の特徴は、原告が、災害看護グローバルリーダー養成プログラム(Disaster-Nursing Global Leader 要請プログラム 以下「GNGLプログラム」といいます)という特定プロジェクトに関する業務に従事することを目的として雇われたことです。DNGLプログラムは平成24年度から平成30年度までの7年間について文部科学省の白紙教育課程リーディングプログラムによる補助事業とされていました。

 ところが、申請した計画額よりも補助金交付額が少額に留まったため、大学側はDNGLプログラム技術職員を平成29年度末(平成30年3月31日)に廃止することを決め、三度目の契約更新の時に、不更新条項付きの労働契約を交わしました。

 被告は不更新条項に基づいて、平成30年3月31日付けで原告を雇止めにしたところ、これに異を唱えて原告は被告を相手取り地位確認等を求める訴訟を提起しました。

 本件では、上述のような経緯で盛り込まれた不更新条項に「契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由」を打ち消す効果があるのかが問題になりました。

 裁判所は、次のとおり述べて合理的理由を肯定したうえ、不更新条項にこれを打ち消す効果を認めませんでした。

(裁判所の判断)

「本件労働契約は、DNGLプロジェクトを前提として、最長でも同プロジェクト終了時までを契約期間として予定していた有期労働契約であると認められ・・・原告も、本件労働契約締結時において、本件労働契約はDNGLプロジェクト終了時まで継続することを期待していたことが認められる・・・。そして、契約締結前は維持しようと考えていた神奈川の住居を平成25年10月中に引き払い、高知に生活の拠点を移したこと・・・、実際に原被告間でDNGLプロジェクトが実施されている期間中3回に渡って労働契約の更新が行われたこと・・・、原告は、Z3主幹から、平成29年2月、同年4月以降の契約を1年契約にするのか、当初約束していた平成31年3月までの2年契約にするのかを人事担当部署とDNGLプログラム責任者・・・と相談の上、進めていきたいとのメールを受け取ったこと、平成30年3月31日時点において、DNGLプロジェクトが同年4月1日から平成31年3月31日まで実施されることが決定しており、原告もこれを認識していたこと・・・からすれば、原告は、本件労働契約の契約期間が満了する平成30年3月31日時点において、労働契約が更新され、被告大学において勤務を継続できる旨の期待を抱いていたと認めるのが相当である。」

(中略)

「第1回契約更新及び第2回契約更新の際に交付された労働条件通知書には、DNGLプロジェクトの業務の進捗状況と予算措置の状況を考慮して更新を判断する旨の記載があった。そして、原告は、Z7局長との面談において、補助金減額という実情とDNGLプログラム技術職員の必要性が低下している旨の説明を受け、その後、第3回契約更新を行ったが、その際に交付された労働条件通知書には契約を更新しない旨の記載があった。これらに加え、原告が平成29年中に被告の正職員採用試験を受験したという実情もある。これらを考慮すれば、以降の契約更新がなされるとの期待が消滅し又は放棄されたという議論が出てき得るとは考えられる。

「しかしながら、一般に、雇用継続を望む労働者にとっては、労働契約を直ちに打ち切られることを怖れて使用者の提示した条件での労働契約締結に異議を述べることが困難であると考えられ、原告においてもZ7局長に言われるまま承認しなければ、直ちに雇止めにされてしまうとの怖れを抱いたとしても不自然ではなく、また、Z7局長の説明では、原告にとって何らの責任もない補助金が減額されたことが理由となっており、しかも、直ちにDNGLプロジェクトが存続し得ないといった事情まで十分に説明されたとはいえない。もともと、原告はLMSの構築やその後の保守管理に関する業務を行うことが求められていたところ、DNGLプロジェクトの経費削減のために、被告から、LMSからMoodleへの移行の業務を頼まれ、これに応じた原告が中心となって平成29年3月末までに移行を完成させたという経緯があり、その能力を存分に活用して、これが完成するや、不要になったとして、当初、DNGLプロジェクトが終了するまで雇用できる資金があるとして勧誘してきた原告の職を、DNGLプロジェクトの終了を待たずして奪うという一方的なものであることに鑑みれば、原告が、Z7局長との面談で平成30年度の契約更新はしない旨の説明を受けて第3回契約更新において契約を更新しない旨の条項を受諾したことをもって、上記の期待が消滅し又は放棄されたと解するのは相当ではない。そして、採用試験の受験も被告大学における勤務を継続するためにやむを得ずに行った側面もあることや、本件労働契約締結までにZ5副学長やZ3主幹らからDNGLプロジェクト期間中の雇用継続を説明されていたこと、被告大学組合に相談して平成30年3月8日に団体交渉の実施に至ったことなどに鑑みれば、原告はなお契約更新に望みをつないでいたということができるため、やはり上記の期待が消滅し又は放棄されたとは認められない。」

3.結局、無期転換ルールと併せて無期雇用が勝ち取られた

 裁判所は上述のとおり合理的理由を認めた後、整理解雇に準じた手法で雇止めの相当性を検討し、

「本件労働契約に関して、あえて雇止めをしなければならない、客観的な理由や社会通念上の相当性があったのかは疑問」

被告は、労契法18条1項による転換を強く意識していたものと推認できるというべきであり、原告に雇用契約が更新されるとの合理的期待が認められるにもかかわらず、同条同項が適用される直前に雇止めをするという、法を潜脱するかのような雇止めを是認することはできない

と判示して、雇止めの効力を否定しました。

 労契法18条1項というのは、いわゆる5年間の継続更新による有期労働契約の無期転換ルールのことです。

 そして、上述の判示の後、無期転換がなされたとして、裁判所は、原告が無期労働契約上の地位を有していることを認めました。 

 本件は有期プロジェクトの期間が突破口になって、無期転換まで勝ち取れた点において特徴的な裁判例だといえます。今後、特定のプロジェクトを前提に雇われて、期間途中で雇止めにあってしまった人は、本件を参考に争って行くことも考えられます。

 また、本件は、不更新条項に合理的理由を打ち消す効力を認めなかったほか、無期転換ルールを潜脱する雇止めを否定した事案としても注目に値します。

一定期間の労働時間から他の期間の労働時間が推計された事例

1.時間外勤務手当等の請求と推計方式

 時間外勤務手当等を請求しようと思っても、タイムカードなどの客観的方法で労働時間管理がされていないことがあります。こうした場合、メールの送信履歴など、タイムカード以外の証拠に基づいて労働時間を主張、立証して行くことになります。

 こうした主張、立証は、しばしば安定性を欠くものになりがちです。会社側は、メールは社外から私用のPCで発出したものであるだとか、終業後に暫く休んだ後に送信したものであるだとか、様々な主張を展開して労働時間を削り取ろうとしてきます。

 時間外勤務手当等の請求権の消滅時効期間は3年です(労働基準法115条、同法附則143条3項参照 なお、今年の3月31日までは2年でした)。

 特定の労働日の始業時刻、終業時刻、休憩開始時刻・休憩終了時刻が何時なのかを具体的に認定することは、かなり大変なことです。この大変な作業を730日分ないし1095日分やるとなると、途方もない作業量が想定されます。

 こうした場合に、作業量を合理的な限度に減らす方法として、サンプルを用いる手法があります。例えば、特定の1~2か月についてのみ徹底的な主張・立証活動を行い、そこから得られたデータをもとに、他の期間の労働時間を推計して行くという手法です。

 ただ、個人的な実務経験の範囲内で言うと、サンプル方式での時間外勤務の立証は、原告・被告双方の合意がある場合を除き、裁判所は慎重な姿勢をとることが多いように思われます。

 サンプル方式を用いざるを得ない場合、その原因の多くは、使用者側が労働時間管理を客観的方法で行っていなかったことにあります。原告側がサンプル方式を主張しているにもかかわらず、労働時間管理を懈怠していた被告側が各日についての具体的な主張・立証に拘り、泥沼化と訴訟遅延を図る現象に関しては、常々問題だと思っていました(合理的に考えれば、そのようなことをしても遅延利息が累積するだけで使用者側に何のメリットもないため、読者の方は不思議に思われるかも知れませんが、なぜか、そうした姿勢をとる代理人はいるのです)。

 裁判所を説得するため、原告・被告双方の合意がないことを前提に、サンプル方式で労働時間を推計した事案がないかと探していたところ、近時の判例集に参考になりそうな裁判例が掲載されていました。東京地判令元.12.25労働判例ジャーナル100-56 MURAX事件です。

2.MURAX事件

 本件は、a、b2名の原告が、時間外勤務手当等の支払を求めて、勤務先会社を提訴した事件です。

 原告aは、平成27年5月1日に雇用契約を締結し、平成27年11月30日に被告を退職しました。原告bは、平成27年10月頃に雇用契約を締結し、平成28年7月に被告を退職しました。

 原告側は、原告aの労働時間について、平成27年9月度から同年11月度までの始業時刻及び終業時刻を特定したうえ、その他の請求期間については、平成27年9月度と平成27年10月度の平均をとって推計すべきと主張しました。

  被告は、当初、代理人弁護士3名を訴訟代理人として訴訟追行し、原告の主張を争っていました。しかし、代理人弁護士は第10回弁論準備手続期日の1週間前に辞任し、その後、被告は事業所を閉鎖しました。被告代表者との音信も途絶えたため、以降の裁判は公示送達(裁判所の掲示板に文書を公示する方法で連絡を行うこと。裁判所の掲示板を見に来る方は現実には殆どおらず、連絡が通ることは先ず考えられない)を行いながら行われました。

 こうした審理経過のもと、裁判所は、原告a、原告bの労働時間を、次のとおり認定しました。

(裁判所の判断-終業時間の認定について)

「原告aに係る本件請求期間につき、平成27年9月1日から同年11月19日までの間、原告aが、上司に対し、業務に関するラインを送信していることが認められるもので、これによれば、同原告が、少なくとも上記各ラインの送信時刻まで被告の業務に従事していたと推認されるところ、他にこれに反する証拠も存しないことからすれば、上記期間中については、同ラインの最終送信時刻をもって原告aの終業時刻と認めるのが相当である。

「また、本件請求期間のうちその他の期間については、上記のようなラインの送信履歴を含めて、終業時刻を直接裏付ける証拠は存しないものの、平成27年9月1日から同年11月19日までの間の終業時刻が上記のとおりに認められ、これによれば大多数の日において終業時刻が午後8時30分以降となっていることや、証拠・・・によれば、原告aが被告在職中、ほぼ毎日不動産物件情報の入力に従事し、1日100件の情報入力がノルマとされていたことが認められるところ、原告aにおいて、同業務への従事が毎日夜間にまで及んでいた旨供述していること・・・に照らすと、上記期間については、原告aは少なくとも午後8時30分までは業務に従事していたと推認するのが相当であって、他にこれに反する証拠も存しないことからすれば、同時刻をもって終業時刻と認めるのが相当である。

(中略)

原告bに係る本件請求期間につき、平成27年11月10日から平成28年2月29日までの間、原告bが、上司に対し、業務に関するラインを送信していることが認められるもので、これによれば、同原告が、少なくとも、上記各ラインの送信時刻まで被告の業務に従事していたと推認されるところ、他にこれに反する証拠も存しないことからすれば、上記期間中については、同ラインの最終送信時刻をもって、原告aの終業時刻と認めるのが相当である。
「また、本件請求期間のうちその他の期間については、上記のようなラインの送信履歴を含めて、終業時刻を直接裏付ける証拠は存しないものの、平成27年11月10日から平成28年2月29日までの間の終業時刻が上記のとおりに認められ、これによれば大多数の日において終業時刻が午後8時30分以降となっていることや、証拠・・・によれば、原告bが被告在職中、ほぼ毎日不動産物件情報の入力に従事していたことが認められるところ、原告bにおいて、同業務への従事が毎日夜間にまで及んでいた旨供述していること・・・に照らすと、上記期間については、原告bは少なくとも午後8時30分までは業務に従事していたと推認するのが相当であって、他にこれに反する証拠も存しないことからすれば、同時刻をもって終業時刻と認めるのが相当である。

3.一定期間の労働時間に基づく他の期間の労働時間の推計

 本件はラインの送信履歴が残っていた一定期間の終業時刻をもとに、他の期間の終業時刻を推計するという手法を採用しました。

 判決文に推計を用いることに原告・被告双方の合意があったとの記載がないことや、本件の審理経過に鑑みると、おそらくこの推計手法は裁判所が公権的に採用したものではないかと思われます。

 被告が途中から訴訟追行を放棄したという特殊性はあるにしても、被告の了承が必ずしも推計方式を採用してもらう上での妨げにならないことを示す一例として参考になるのではないかと思われます。

 

マイナス10度下でのスキー機動訓練は危険性のない日常業務?

1.公務災害の認定基準

 人事院事務総局勤務条件局長 平成13年12月12日勤補-323「心・血管疾患及び脳血管疾患の公務災害の認定について」という行政通達があります。

 これは、心・血管疾患等が公務上災害といえるかどうかを判断するにあたっての認定指針を定めたものです。

 これによると、心・血管疾患等が公務上災害といえるためには、

「発症前に、

(ア)業務に関連してその発生状態を時間的、場所的に明確にし得る異常な出来事・突発的な事態に遭遇したことにより、

又は

(イ)通常の日常の業務(被災職員が占めていた官職に割り当てられた職務のうち、正規の勤務時間内に行う日常の業務をいう。以下同じ。)に比較して特に質的に若しくは量的に過重な業務に従事したことにより、医学経験則上、対象疾患の発症の基礎となる病態(血管病変等)を加齢、一般生活等によるいわゆる自然的経過を超えて著しく増悪させ、対象疾患の発症原因とするに足る強度の精神的又は肉体的な負荷(以下「過重負荷」という。)を受けていたこと

が必要である」

と書かれています。

 要するに、心・血管疾患が公務上の災害と認められるためには、非日常といえるような強度の負荷がかかっていたことが必要になります。

 しかし、この「日常」というのが曲者で、誰にとっての日常なのかが問題になります。例えば、、同じく公務員といっても、官僚にとっての日常と、自衛隊員にとっての日常は大分様相を異にします。自衛隊員がしている訓練は、自衛隊員にとっては普通のことでも、デスクワーク組にとって強度の負荷になりえることは想像に難くありません。

 例えば、旭川の演習場でマイナス10度の中、スキーで5キロメートルのも移動を行うことは、自衛隊員にとっては毎年お決まりの日常であったとしても、一般人の肉体には強度の負荷になることが予想されます。

 演習中・演習後に心・血管疾患等で死亡しても、自衛官の場合、単に日常業務をこなしていたからにすぎないとして、公務上災害による保護の対象から除かれてしまうのでしょうか?

 このように「日常」性にズレがある場合、公務上災害と認められるか否かをどのように理解するのかに関し、近時の公刊物に参考になる裁判例が掲載されていました。旭川地判令2.3.13労働判例ジャーナル100-40 国・法務大臣(自衛隊員急性心筋梗塞死)事件です。

2.国・法務大臣(自衛隊員急性心筋梗塞死)事件

 この事件は死亡した自衛隊員の遺族(配偶者)が、国家公務員災害補償法による遺族補償給付を受ける地位に有ることの確認などを求め、国を提訴した事案です。

 自衛隊員の死亡の背景にあったのは、旭川でのスキー機動訓練です。

 死亡した自衛隊員は、マイナス10度の中で、途中に傾斜のある道を含む5キロメートルのコースを1周したうえで、更に中央道の往復を行いました。本件スキー機動訓練の後、自衛隊員は胸の痛みを訴えました。自衛隊員は人工呼吸器を装着するなどの治療を受けましたが、結局、急性心筋梗塞によって死亡しました。その後、自衛隊が公務起因性を否定する判断を通知したことを受け、提訴に至ったという流れです。

 被告国・法務大臣側は、

スキー機動訓練は毎年行われている、

マイナス10度前後という気温も旭川市の平均気温に照らせば、殊更低温とはいえない、

などと主張し、本件が日常の業務の枠内に留まると主張しました。

 しかし、裁判所は被告の主張を採用せず、次のとおり業務の危険性を認定し、原告の地位確認請求を認めました。

(裁判所の判断)

「本件スキー機動訓練は、亡q4のプラークの破綻をもたらす危険性を有していたと認めるのが相当であるから、亡q4は、スキー機動訓練により基礎疾患がその自然の経過を超えて増悪したことで心筋梗塞を発症したものと認めるのが相当である。」

「被告は、スキー機動訓練は積雪寒冷地の陸上自衛隊員が日常的に行う訓練にすぎないと主張し、確かに、亡q4や同人の同僚の陸上自衛隊員はほぼ毎年スキー機動訓練を行っていたことが認められる。」

「しかしながら、公務の過重性は、前記のとおり、当該公務に基礎疾患をその自然の経過を超えて増悪させる危険性があるか否かによって判断されるべきものであるから、前述したように、そのような危険性がある場合に、そういった業務に日常的に従事していたとしても、日常的に公務に内在する危険にさらされていたというにすぎず、このことが直ちに公務起因性を否定する理由にはなるわけではない。

「さらにいえば、スキー機動訓練は、亡q4ら積雪寒冷地の陸上自衛隊員にとっては毎年実施される訓練であるとしても、そうした積雪寒冷地の陸上自衛隊員以外の公務員が行うことはほとんど想定し得ない訓練である。このような訓練を課せられたことに起因して陸上自衛隊員がどのような危険を負ったのか判断するに当たって、単に、同様の訓練を課せられた同僚などと比較すれば過重な業務ではないとして公務起因性を否定するのは、危険責任の見地からすると相当でない。スキー機動訓練は、上記説示のとおり、陸上自衛隊員でない一般の公務員の業務と比較しても、プラーク破綻の危険を有するといえるし、他の陸上自衛隊員の業務と比較するとしても、上記のような寒冷による危険がある状況で訓練を行う陸上自衛隊員は限られている以上、同様の危険があるといえる。亡q4らと同じ積雪寒冷地の陸上自衛隊員の業務を念頭に置くとしても、前記認定のとおり、デスクワークにのみ従事する日もあるという勤務の状況に照らすと、それらの業務と比較して、スキー機動訓練がプラーク破綻の危険を有していることが認められる。これらのことからすると、スキー機動訓練が、基礎疾患をその自然の経過を超えて増悪させる過重性を有していることは、いずれにせよ揺るがないというべきである。

「これに対し、被告は、認定指針に照らし公務の過重性が認められないと主張するが、認定指針に法的拘束力がないことをひとまず措くとしても、前記・・・に説示したところに照らすと、スキー機動訓練は、『通常の業務に比較して特に質的に若しくは量的に過重な業務に従事した』とみる余地もあるのであって、被告の主張は採用し難い。被告の主張は、亡q4のように、日常的に基礎疾患を増悪させる危険性のある業務に従事していた者について、災害の公務起因性を安易に否定することになりかねないもので、公務の危険性を適正に評価しようとする認定指針の趣旨に反しており、たやすく採用することはできない。

3.日常的に危険な業務を行っていただけのケースでは公務災害は否定されない

 裁判所は、大意、日常的にこなしていたからというだけでは、公務起因性は否定されないと判示しました。それは単に日常的に公務に内在する危険に晒されながら業務に従事していただけであり、事故が生じた時に公務起因性が否定されるのは相当ではないと判示しました。

 似たような法理は、民間の労働災害の場面にも該当すると思われますが、本件は、日常的に危険な業務に従事していた被災者の救済に、一歩踏み出した裁判例として参考になります。

 

 

公務員の懲戒と弁明・弁解の機会付与

1.公務員の懲戒と弁明の機会付与

 事前の弁明の機会付与が不十分なまま、公務員に対する懲戒処分が行われた場合、その効力はどうなるのでしょうか?

 以前にもブログで言及したとおり、この問題には二通りの考え方があります。

 一つ目は、処分の基礎となる事実認定や、処分の内容に影響を及ぼす可能性がある場合に限り、懲戒処分は違法となるとする考え方です。

「懲戒免職処分の基礎となる事実の認定に影響を及ぼし、ひいては処分の内容に影響を及ぼす相当程度の可能性があるにもかかわらず、弁明の機会を与えなかった場合には、裁量権の逸脱があるものとして当該懲戒免職処分には違法があるというべきである。」

と判示した、高松高判平23.5.10労働判例1029-5 高知県(酒酔い運転・懲戒免職)事件などがこの系譜に属します。

 二つ目は、事実認定や処分の内容への影響を問わずに、懲戒処分が違法になるとする考え方です。

「処分の基礎となる事実の認定に影響を及ぼし、ひいては処分の内容に影響を及ぼす可能性があるときに限り、上記機会を与えないでした処分は違法となると解される。』としているが、にわかに首肯することができない。いやしくも、懲戒処分のような不利益処分、なかんずく免職処分をする場合には、適正手続の保障に十分意を用いるべきであって、中でもその中核である弁明の機会については例外なく保障することが必要であるものというべきである。」

と判示した、福岡高判平18.11.9労働判例956-69 熊本県教委(教員・懲戒免職処分)事件などがこの系譜に属します。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2020/02/29/171018

 昨日紹介した、広島高岡山支判令2.3.5労働判例ジャーナル100-42東備消防組合事件は、職場における録音の可否だけではなく、公務員の懲戒処分と弁明の機会付与の関係についても、重要な判断をしています。

2.広島高判岡山支判令2.3.5労働判例ジャーナル100-42東備消防組合事件

 本件は119番通報への不適切な対応等を理由に停職6か月の懲戒処分を受けた消防職員が提起した取消訴訟です。

 原審が停職6か月は重すぎるとして懲戒処分を取り消したことを受け、被告消防組合側が控訴したのが本件です。

 本件では事前の告知と聴聞、弁解・弁明の機会付与について、それが懲戒処分の取消事由との関係でどのような影響があるのかも争点になりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、懲戒処分の効力に影響を与えるといえるためには、処分の内容に影響を及ぼす可能性があったことが必要であると判示しました。

(裁判所の判断)

「本件条例では、懲戒処分を行うに際して、処分の理由を告知し、弁解を聴取する手続は定められていない。」

「このように、地方公務員の懲戒処分に際し、被処分者に対して事実を告知し、その弁解を聴取する手続を経ることが法令上要求されていない場合には、その機会を与えることにより、処分の基礎となる事実の認定に影響を及ぼし、ひいては処分の内容に影響を及ぼす可能性があるときに限り、その機会を与えないでした処分は違法になると解される(東京高等裁判所昭和60年4月30日判決・行政事件裁判例集36巻4号629頁)。」

(中略)

「本件通知及び本件事情聴取を併せてみれば、1審原告に対し、処分の理由は告知されているといえる。そして、調査事項〔1〕及び〔4〕(処分理由〔1〕及び〔4〕)については、録音等の客観的証拠により容易に認定できることであり、弁解を聴取する機会を与えることにより、処分の基礎となる事実の認定に影響を及ぼすことは考え難い。調査事項〔2〕及び〔3〕(処分理由〔2〕及び〔3〕)については、本件事情聴取において、明示的に、弁解を聴取する手続が行われたといえる。」
「以上によれば、1審原告に対し、告知・聴聞の機会を付与していないから、本件処分」が違法であるとする1審原告の主張は採用できない。」

3.広島高裁も処分内容への影響の可能性を取消要件とする立場を採用

 広島高裁も、弁明・弁解の機会付与が不十分であることを理由に懲戒処分を取り消すにあたっては、弁明・弁解の機会を付与していれば処分の内容に影響を及ぼす可能性があったことを、懲戒処分を取り消すための要件とする立場を採用しました。

 裁判例の傾向としては、処分内容への影響の有無を問わず懲戒処分の取消を認めるという見解よりも、処分内容に影響する可能性があったことを懲戒処分の取消を認める要件とする見解が優勢であるように思われます。

 

職場での録音に消極的な裁判例の流れ-自己主張を通すための手段としての秘密録音はダメ

1.録音の重要性

 労働事件に限ったことではありませんが、訴訟において録音が重要な証拠として機能することは少なくありません。

 しかし、近時、職場における録音に、消極的な評価を下す裁判例が続いているように思います。最近の例で言うと、執務室内での会話の録音を、

「自己にとって有利な会話があればそれを交渉材料とするために収集しようとしていたにすぎないものである」

と評価し、雇止め事由として位置付けた事案に、東京高判令元.11.28労働判例1215-5ジャパンビジネスラボ事件があります。

 職場での録音に制限的な裁判例の流れができると、労働者側にとっての立証方法は著しく制約されることになります。そのため、裁判例の潮流を注視していたところ、広島高裁でも職場での録音に制限的な判断がなされました。広島高判令2.3.5労働判例ジャーナル100-42東備消防組合事件です。

 職場での録音が許容された事案として一審を紹介したことがありますが、本件は、その控訴審事件です。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2019/08/06/002615

2.広島高判令2.3.5労働判例ジャーナル100-42東備消防組合事件

 この事件は、停職6か月の懲戒処分を受けた消防職員が提起した取消訴訟です。一審岡山地裁は停職6か月は重すぎるとして処分の取消が認めましたが、これを不服として被告消防組合側が控訴したのが本件です。

 本件の懲戒事由には、四つの事実が挙げられていました。その中の一つに、秘密録音の慫慂、

「多数の職員に対し、上司との職務に関連する会話を秘密録音するよう強く勧めたこと」

がありました。

 一審岡山地裁はこれが非違行為に該当することを否定しましたが、広島高裁は次のとおり述べて非違行為に該当することを認めました。結論としても、広島高裁は、一審岡山地裁の判決を破棄し、懲戒処分の有効性を認める判断をしています。

(裁判所の判断)

「前記・・・のとおり、1審原告が、多数の職員に対し、上司との職務に関連する会話を秘密録音するよう強く勧めたことが認められる。」

「1審被告が主張するとおり、職場内で秘密録音が横行すれば、たえず誰かに秘密録音されているのではないかという疑心暗鬼が生じ、職員間の意思疎通が困難となり、1審被告の組織運営に重大な支障を生じさせることになる。消防は、その施設及び人員を活用して、国民の生命、身体及び財産を火災から保護するとともに、水火災又は地震等の災害を防除し、及びこれらの災害による被害を軽減するほか、災害等による傷病者の搬送を適切に行うことを任務とし、消防職員は、時間の経過とともに急激に変化し、危険・被害が増大するという緊急を要する職務を担うものであり、組織全体としての円滑な意思疎通が特に重要である。1審原告の上記行為は、これを著しく阻害させるものであるといわざるを得ず、『不適正な業務執行』『守秘義務違反』『職場内秩序びん乱』の非違行為に当たり、その中でも悪質なものである。
「この点について、1審原告は、当時、懲戒処分を受けることなどが予想されたので、『身を守るために』上司との会話を秘密録音する必要があったなどと主張しているところ、上司との会話を秘密録音することがどのように身を守ることになるのか判然としない。そもそも、秘密録音をする理由としては、

〔1〕上司による不当な言動を記録することと、

〔2〕1審原告らが上司に対する不当な言動に及んでいないことを記録すること

の2通りが考えられるところ、前記・・・のとおり、1審原告は、P7に対し、スパイになれなどと述べたり、P8に対し、今後、使えるかもしれないからと述べたりして、秘密録音をするように勧めたことが認められるし、実際に、前記・・・の1審原告とP10との会話内容の録音データ・・・からしても、1審原告が、相当に荒っぽい言葉遣いで、高圧的に、自分だけが悪者にされているなどと不満を述べるだけの内容のものであり、秘密録音する必要性や正当性がおよそ認め難いものである。」

「これらのことに照らすと、1審被告が主張するとおり、1審原告は、上司による不当な言動(と1審原告が考えるもの)を記録し、これを用いて、上司に対し、何らかの不利益を及ぼしたり又は自らの主張等を通すための手段として用いたりするための攻撃手段を集めようと考えて、多数の職員に対し、上司との職務に関連する会話を秘密録音するよう強く勧めていたと推認されるから、1審原告の前記行為について違法性が阻却されるようなものとはおよそいい難い。

「したがって、1審原告の前記主張も採用できない。」

3.このまま録音の適法性は消極的に理解されて行くのだろうか

 この事件では、証人P9による、

「平成27年7月頃、1審原告から呼ばれて通信指令室に行くと、1審原告が上司であるP10と電話で話していた、1審原告は、P10を大声で罵倒しており、ボイスレコーダーを電話口に近づけて会話の内容を録音していた、電話が終わった後に、1審原告から、『上司との会話は録音しろ、こうやって録音するんだ』と強い口調で言われた、1審原告は気に入らないことを言うと、怒鳴ったり、怒ったりするので断れなかった」

との供述に信用性が認められています。

 確かに、こうした態様での録音の適否には議論が有り得るところであり、本件は特殊な事実認定を前提とする事例判断であるという見方もできなくはないと思います。

 しかし、そうであるにしても、東京高裁に引き続き、広島高裁でも録音を否定する判断が出されたことには、留意しておく必要があるように思われます。

 

条例で給与が遡及して増額された場合、残業代の精算が必要にならないのか?

1.人事院の給与勧告

 人事院は、労働基本権制約の代償措置として、職員に対し、社会一般の情勢に適応した適正な給与を確保する機能を有するものであり、国家公務員の給与水準を民間企業従業員の給与水準と均衡させること(民間準拠)を基本に勧告を行っています。

https://www.jinji.go.jp/kyuuyo/

 これを給与勧告といいます。

 この給与勧告は、国家公務員と民間の4月分の給与(月例給)を調査した上で、得られた較差を埋めることを基本にしています。

 そのため、較差が確認される時期と、調査を経て実際に人事院勧告が出される時期との間には、一定のタイムラグが生じます。

https://www.jinji.go.jp/kankoku/r1/pdf/1point.pdf

 例えば、令和元年の人事院勧告が出たのは、令和元年8月7日です。

https://www.jinji.go.jp/kankoku/r1/r1_top.html

 勧告が出て、国会が給与法の改正を決議するまでとなると、更にタイムラグは大きくなります。

 そのため、人事院勧告では、月例給の引き上げを勧告する場合、4月時点まで遡及して実施する必要が指摘されます。

https://www.jinji.go.jp/kankoku/r1/pdf/1houkoku_kyuuyo_honbun.pdf

 人事院勧告は国家公務員の給与だけではなく、地方公務員の給与水準にも事実上の影響力を有しており、人事院勧告を踏まえ、給与条例を改正している地方自治体は少なくありません。

2.条例による給与の遡及適用と時間外勤務手当等の精算

 それでは、地方条例で給与が遡及的に増額された場合、時間外勤務手当等の精算は必要にならないのでしょうか?

 例えば、月給20万円の人の給料が、遡及的に25万円に上げられたとします。この場合、地方自治体は、月給20万円をもとに計算されていた時間単価を、月給25万円をもとに計算した時間単価に置き換えたうえ、不足する残業代を遡及的に支給しなければならないのでしょうか?

 あまり考えられたことのない問題ですが、この論点を扱った裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。高知地判令2.3.13労働判例ジャーナル100-38 高幡消防組合事件です。

3.高幡消防組合事件

 本件で被告になったのは、高幡消防組合です。これは地方自治法284条の2に根拠のある一部事務組合という地方公共団体です。

 原告になったのは、被告に雇用されている消防士です。

 本件では給与条例の公布・施行日が平成28年12月22日であったところ、その効力が平成28年4月1日に遡及するような建付けになっていました。

 より具体的に言うと、この条例は、

「改正後の須崎市一般職員の給与に関する条例・・・の規定は、平成28年4月1日から、(中略)適用する」(附則1条2項)、

「改正後の給与条例の規定を適用する場合においては、第1条の規定による改正前の須崎市一般職員の給与に関する条例の規定に基づいて支給された給与(中略)は、改正後の給与条例の規定による給与((中略)、時間外勤務手当、休日勤務手当及び夜間勤務手当を除く。)の内払とみなす」(附則2条)

という構造を持っていました。

 意味の取りにくい規定振りになってはいますが、要するに、時間外勤務手当、休日勤務手当及び夜間勤務手当等を、遡及精算の対象から除外したかのような体裁になっています。

 しかし、理屈の上では、較差是正の趣旨で給料が遡って増額されるのであれば、時間外勤務手当等の金額も遡って是正されなければおかしいはずです。これを条例で是正の対象外とすることが、時間外勤務手当等の支払を義務付ける労働基準法37条に抵触しないのかが問題になりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、条例で時間外勤務手当等を遡及的な精算の対象から除外することは、労働基準法37条に違反しないと判示しました。

(裁判所の判断)

「本件改正条例について、『各財政指標が厳しい数値を示している中で、第9次須崎市行政改革大綱に基づき、健全な財政運営を行うための全庁的な取り組みを進めており、人事院勧告による給料表の遡及改定があった場合の時間外手当等の取扱いについては、地方財務実務提要の解釈を参考としており、時間外手当等を除く給与に限定している。また、給料改定等にあたっては、職員団体との交渉を経て、議会への付議、議決を得ている。』と須崎市を代表して同副市長が回答している・・・。」

「同回答によれば、須崎市の職員に関しては、時間外手当等を除く給与に限定して遡及させることとしており、議会もその前提で議決しているというのであるから、立法者意思が時間外手当等を遡及させないとしていることが確認できる。」

(中略)

「立法者意思を尊重して、同附則1条2項と2条を総合的かつ合理的に解釈し、時間外勤務手当、休日勤務手当及び夜間勤務手当については遡及しないものとした規定であると解する(文言上疑義が生じないように一層の工夫をすることが望まれる。)

「 そして、労基法37条との関係では、実際に時間外労働が行われた時期において、その時点で確定している賃金を基礎として、割増賃金を支払うことを定めたものであり、時間外勤務手当を遡及しないと条例で定めることを禁止する規定とまではいえないものと解される。

4.法律と条令との関係

 憲法上、地方公共団体は、法律の範囲内で条例を制定することができるとされています(憲法94条)。

 これを受けて、地方自治法は、普通地方公共団体は、法令に違反しない限りにおいて・・・、条例を制定することができると規定しています(地方自治法14条)。

 つまり、地方自治体は法律の趣旨に反する条例を制定することはできません。

 本件は法律(労働基準法37条)の趣旨を、実際に時間外労働が行われた時期において、その時点で確定している賃金を基礎に割増賃金を支払うことを定めたに留まるとして、時間外勤務手当等を遡及的に精算しないことは、法の趣旨に反しないと解釈したものです。

 それで労働基本権制約の代償として機能しているといえるのか、若干の疑問はありますが、給与の遡及と労働基準法37条との関係性について、本件のような判示をした裁判例があることは、覚えておいて良いことではないかと思われます。