弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

中途採用・転職の場面で、どこまで話を盛ってよいのか(内定取消の適法性)

1.経歴詐称の境界線

 職務経歴の詐称は解雇理由になることがあります。

 しかし、多かれ少なかれ採用面接の場面で職務経歴を「盛る」ことは、それほど珍しいことではありませんし、「盛る」ことは全て不適法だとされているわけでもありません。

 それでは、法的に消極的に評価される経歴詐称と、許容された限度での盛る行為との境界線はどのあたりにあるのでしょうか。

 近時の公刊物に、この点が問題になった裁判例が掲載されています。東京地判令元.8.7労働判例ジャーナル95-1 ドリームエクスチェンジ事件です。

2.ドリームエクスチェンジ事件

 本件で被告になったのは、旅行業等を行う株式会社です。

 原告になったのは、被告会社から採用内定を受けたものの、経歴詐称・能力詐称を理由に、内定を取り消された方です。内定取消が違法であるとして、地位確認や未払賃金の支払いを求める訴えを提起しました。

 原告には前々職(アールアンドシーツアーズ)で次のような業務に従事したと認定されています。

(ア)ハワイ・アメリカ予約課(代理店予約オペレーター)
主な実績 新潟発商品の新規立ち上げメンバーに加わる。
(イ)仕入運行部エアー手配課(ハワイ航空座席仕入、手配)
主な実績 航空会社担当との関係強化に努め、ピーク時の仕入れ強化に貢献。仕入販売数のバランスを計ることで6年連続売上ターゲット達成。
(ウ)本社営業部営業四課(ハワイ・アメリカ方面手配・営業)
主な実績 月間10本以上の団体手配を担当し、現地法人を持つ強みを生かした手配で集客強化に貢献した。
(エ)営業部商品企画課(ハワイ商品企画)
主な実績 造成商品の1本がそのシリーズとして過去最高の集客を記録。
(オ)営業部ランド仕入課(ハワイ仕入業務)
マネージメント人数:3人

 上記は、裁判所の「認定事実」の引用です。

 しかし、ここで言う「認定事実」の読み方には注意が必要です。アールアンドシーツアーズの職務経歴は、後述するとおり、アールアンドシーツアーズが個人情報を理由に回答しなかったため、原告の自称をそのまま認定することになった可能性が高いのではないかと思います。

 また、原告の方は、採用面接のときに、特に尋ねられなかったことから、前職(ハワイ州観光局)での雇用契約が契約社員であったことに言及しませんでした。

 そして、アールアンドシーツアーズとハワイ州観光局の退職理由に関しては、

「職場環境の面で完全には満足できなかった」

などと説明しました。

 こうして採用内定を得た原告ですが、業務能力に疑問を感じた被告会社が、原告の同意のもとで、アールアンドシーツアーズとハワイ州観光局にバックグランド調査を実施したところ、次のような回答が返ってきました。バックグランド調査は人材紹介会社が行っていると思っていたところ、実際には行っていなかったことから、実施されたという経緯になります。

(アールアンドシーツアーズからの回答)

出勤状況 良好

執務態度 良好

職務能力 評価なし(回答なし)

人間関係 普通

記述式勤務評価欄

「アピールしている実績の事実関係を含めて、職務能力については個人情報につき回答しない。」

「18年以上も勤務しながら役職に就くことなく一般社員に終始したとの経歴から、どの程度のスキルであるかは加味して頂きたい。」

退職理由 一身上の都合で依願退職 退職勧告をした事実はない

(ハワイ州観光局からの回答)

出勤状況 良好

執務態度 良好

職務能力 やや悪い

人間関係 普通

記述式勤務評価欄

「雇用形態は1年更新の契約社員」

「業界のキャリアは長いがスキル不足である。」

「結論として当社が求めるレベルではなく戦力外と判断し、平成28年12月31日をもって契約を打ち切った。」

退職理由 戦力外と判断し、2度目の契約満了日をもって打ち切った

 これを受け、話が違うとして、被告会社が採用内定を取り消したところ、原告から訴えられたのが本件です。

 裁判所は、次のとおり述べて、採用内定の取消は違法だと判断しました。

(裁判所の判断)

「被告は、原告がアールアンドシーツアーズにおける実績について、明らかに虚偽ないし誇張された内容を職務経歴書・・・に記載したと主張し、これが経歴詐称や能力詐称に当たると主張する。」
「しかしながら、同社における勤務状況に関するバックグラウンド調査を見ても、職務能力については個人情報につき回答しないとされ、職務能力の5段階評価において『悪い』『やや悪い』など、特段の消極的な評価をされた事実はなく、その能力については『役職に就くことはなく一般社員に終始した経歴から、どの程度のスキルであるか加味して頂きたい』と記載されているのみであって・・・、原告の業務実績自体を何ら否定するものではない。以上に加え、原告の供述を踏まえると・・・、原告の業務実績に関する被告への説明内容が明らかな虚偽であるとか、誇張された内容であることを認めるに足りる証拠はない。
被告は、原告のハワイ州観光局での肩書を『セールスマネージャー』と記載したこと等が経歴詐称に当たると主張する。しかしながら、同社における原告の肩書は『セールスマネージャー』・・・であり、その点に虚偽は認められないから、これをもって経歴詐称などということはできない。
「また、同社での雇用形態が契約社員(一年毎の契約更新)であったことについても、原告は、被告代表者から二次面接において尋ねられたこともなく・・・、一般に、採用試験や面接において、当該事項について、労働者に告知すべき信義則上の義務があるとも言い難いから、これを被告に伝えなかった原告の行為が、黙示の欺罔行為に当たるということもできない。そして、結果的に、被告代表者が、原告は『セールスマネージャー』の肩書を持つ『正社員』であると誤信したことについて、原告に非難すべき点があるとも言えない。」
「加えて、ハワイ州観光局の退職理由について、同社の認識として、原告について戦力外と判断し、二度目の契約満了日をもって契約を打ち切ったという経緯があることは一応うかがわれるものの・・・、原告としては、すでに同社を退職することを決意し、平成28年10月下旬、その意思を同社に伝えていたところに、同年11月に入ってから、同社より契約の更新がない旨を告げられた、その理由としては『ビジョンに合わない』という程度の説明を受けた、退職の理由は人間関係の問題にあったというのであって・・・、このような原告の認識に照らし、原告が前職の退職理由について被告に説明したことが、故意に事実を隠蔽したとか事実を虚構したなどということはできない。

(中略)

「以上のとおり、本件全証拠に照らしても、原告が、被告に対し、経歴詐称や能力詐称に当たる行為をしたことを認めるに足りる的確な証拠はない。
「そして、被告は、原告の採用に当たり、人材紹介会社においてすでにバックグラウンド調査が実施されたものと考えていたところ、原告に対する本件採用内定通知を発した後に、原告の業務能力や採用の当否について疑問が生じたことから、アールアンドシーツアーズやハワイ州観光局における原告の勤務状況についてのバックグラウンド調査を実施し、その結果、後日判明した事情を本件内定取消の主たる理由として主張しているのであって、そもそも、本件採用内定通知を行う前に同調査を実施していれば容易に判明し得た事情に基づき本件内定取消を行ったものと評価されてもやむを得ないところである(被告が、バックグラウンド調査については、人材紹介会社においてすでに実施されたものと誤信したことや、原告が被告の求めに応じてバックグラウンド調査に同意したことなどの事情は、上記認定を左右するものとはいえない。)。」
「そうすると、被告が主張する上記事情は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認することができるものとはいえないから、本件内定取消は無効である。」

3.明らかな虚偽でなければいい?

 裁判所は、アールアンドシーツアーズの輝かしい経歴に関しては、アールアンドシーツアーズが明示的に否定していないことを理由に、明らかな虚偽だとか誇張だとか認めることはできないと判断しました。

 1年更新の契約社員であることは、聞かれなかった場合に答えないのは問題なく、セールスマネージャーの地位を誤解したのも原告のせいではないとしています。

 戦力外で契約を打ち切られたことを、

「職場環境の面で完全には満足できなかった」

と話したことは、打ち切られる前に退職意思を勤務先に伝えていたのだから、虚構とまでは言えないと判断しました。

 辞めた従業員に対する勤務先の目は厳しくなりがちなので、アールアンドシーツアーズやハワイ州観光局の回答を鵜呑みにするのもどうかとは思います。また、本件の結論には、被告会社が用意した待遇(月給35万円)が極端に良いわけではなかったことも影響しているとは思います。

 とはいえ、大雑把に言うと、裁判所は、

明らかな嘘が混じってなければ、取り敢えず問題はない、

聞かれないことを黙っているのは大丈夫、

という判断をしているように思われます。

 仮に採用内定は取り消されないにしても、あまり盛りすぎて期待値を上げると、入社した後にがっかりされて居づらくなるのが目に見えています。そのため、極端に「盛る」ことは勧めはしませんが、本件の判示事項は、転職にあたり、どこまで経歴を盛ることが許されるのかを判断するにあたっての、一つの指標になるのではないかと思います。

 

非弁業者による退職代行を避けた方が良いケース-退職金がある場合

1.退職代行と弁護士法72条

 退職代行というサービスがあります。

 法令用語ではないため、正確な定義はありませんが、雇用契約の解約の申入れの意思表示を媒介するサービスだと理解しています。

 退職代行は弁護士以外にも、株式会社などで広く行われています。

 しかし、弁護士法72条は次のとおり規定しています。

弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。ただし、この法律又は他の法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。」

 弁護士法72条の

「法律事件」

とは、

「法律上の権利義務に関し争いや疑義があり、又は、新たな権利義務関係の発生する案件をいう」

とされています(日本弁護士連合会調査室編著『条解 弁護士法』〔弘文堂、第4版、平19〕615頁)。

 また、

「法律事務」

とは、

「(一般的に法律上の権利義務に関し争いや疑義があり、又は新たな権利義務関係の発生する案件について)法律上の効果を発生、変更する事項の処理・・・のみでなく、確定した事項を契約書にする行為のように、法律上の効果を発生・変更するものではないが、法律上の効果を保全・明確化する事項の処理」

も含まれるものとして理解されています(前掲『条解 弁護士法』621頁)。

 弁護士ではない退職代行業者は、退職代行は非弁行為(弁護士法72条違反)に該当しないと主張しているようですが、個人的には、雇用契約の解約申入れは、権利義務関係を変更(雇用契約上の権利義務関係を解消)することを意図したもので、これを媒介することは、弁護士法72条のいう法律事件に関して法律事務を取り扱うことに該当する可能性が高いのではないかという印象を持っています。

2.弁護士法72条は、弁護士業界の利権確保のためのルールか?

 法律事務を弁護士が独占していることに関しては、時々、利権確保のための法規制にすぎないのではないかという批判をする人がいます。

 しかし、こういう批判は、実務をしている弁護士には、あまり実感が湧きません。

 事件屋とまでは言わないにしても、素人の方や、あまり紛争処理のことを良く分かっていない隣接職種の方によって、グチャグチャに掻き回された事件の後始末を、多かれ少なかれ経験しているからです。

 こういう事件に途中から介入することは、最初から介入するよりも、かなり大変であることが多いです。

 弁護士法72条に関しては、業界の利益を守るというよりも、一般の方が、いい加減な知識を吹聴する法律マニアやセミプロの食い物にされないためのルールというのが、大方の弁護士の捉え方ではないかと思います。

 素人でも自由に外科手術ができるように法改正しようと言っても、賛成する人は少ないと思いますが、弁護士法72条への批判には、それと似たような危うさがあります。

 そのため、一般の方は、退職代行のような法律ギリギリを狙うサービスを提供する業者への依頼には、慎重になった方が良いだろうと思っています。

3.非弁業者による退職代行を避けた方が良いケース

 実際、きちんと自分の置かれている状況を知らないで、非弁業者の提供する退職代行サービスを利用すると、権利利益を損う可能性のある事件類型があります。退職金が発生するケースは、その典型だと思います。

 そのことは、近時の裁判例に絡めて言うと、東京地判令元.9.27労働判例ジャーナル95-34 インタアクト事件の判示事項から読み取ることができます。

 本件で被告になったのは、コンピュータによる情報提供サービス、ソフトウェアの企画販売等を行っている株式会社です。

 原告になったのは、被告を退職した元従業員の方です。

 退職にあたっては、代理人弁護士を使ったようで、裁判所では、

「原告は、原告代理人を通じて、退職通知書の到達後1か月を経過する日をもって退職する旨、及び、平成28年11月10日から退職日までの間は有給休暇を取得する旨等が記載された平成28年11月10日付け内容証明郵便を被告に送り、同書面は同月11日に被告に到達した。」

事実が認定されています。

 こうした辞め方をしたところ、業務への引継の懈怠があったなどと難癖をつけられ、退職金が支給されませんでした。

 これに対し、退職金の支給等を求めて、原告が被告会社を訴えたのが本件です。

 裁判所は、次のとおり判示し、被告会社に対して退職金の支払いを命じました。

(裁判所の判断) 

「退職金が賃金の後払い的性格を有しており、労基法上の賃金に該当すると解されることからすれば、退職金を不支給とすることができるのは、労働者の勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほどの著しい背信行為があった場合に限られると解すべきである。」
「これを本件についてみると、・・・、被告が本件背信行為として主張するものの多くは、そもそも懲戒解雇事由に該当しないものである上、仮に懲戒解雇事由に該当しうるものが存在するとしても・・・その内容は原告が担当していた業務遂行に関する問題であって被告の組織維持に直接影響するものであるとか刑事処罰の対象になるといった性質のものではなく、これについて被告が具体的な改善指導や処分を行ったことがないばかりか、被告においても業務フローやマニュアルの作成といった従業員の執務体制や執務環境に関する適切な対応を行っていなかったのであり、また、・・・被告に具体的な損害が生じたとはみとめられないのであって、これらの点に、被告の退職金規程の内容からすれば、被告における退職金の基本的な性質が賃金であると解されること、原告とZ6との関係を推認させる客観的な証拠である携帯電話の着信履歴、写真、LINE履歴及び会話の録音内容によれば、Z6と原告がある時期被告における上司と部下の関係を超えて私的関係においても緊密な関係を有していたが、原告が被告を退職する直前にはZ6と原告との関係に軋轢が生じていたことがうかがわれるところであり・・・、原告において対面による引継行為を敬遠したことには一定の理由があると解され、原告において対面による引継行為に代えて原告代理人を通じた書面による引継行為を行っていることなどの本件における全事情を総合考慮すると、原告について、被告における勤労の功を抹消してしまうほどの著しい背信行為があったとは評価できない。」
「したがって、被告は、原告に対して、退職金規程に従って退職金を支払う義務を負う。」

4.何だかんだで退職には何等かの交渉が必要になることは多い

 有給休暇を取得していたので完全に無視してもひょっとしたら結論は変わらなかったかも知れません。しかし、本件では代理人弁護士を通じて書面による引継行為を行っていることが、被告の主張する背信性を打ち消す事情の一つとして考慮されました。こうしたことは、交渉を伴わない限度での事務処理しか行えない非弁業者の提供する退職代行サービスでは難しかったのではないかと思います。

 退職にあたっては、何だかんだで勤務先との間で何等かの話し合いは必要になることが多いです。また、弁護士でなければ、ある時点での行動が、訴訟においてどのように評価されるかの予測が難しいため、要所要所で適切な対応をアドバイスすることに支障があるのではないかと思います。

 退職金の不支給などの報復が予想されるブラックな職場から退職するにあたり、自分だけでは不安だという場合には、やはり法専門家としての交渉も可能な弁護士に依頼することが適切なのだろうと思います。

業務用端末からの労働相談は要注意-勤務先が閲読する可能性がある

1.業務用端末からの労働相談

 執務事務所のホームぺージに、インターネット無料法律相談というコーナーを設けています。

https://shishikado.jp/flow/web-c/

 私が労働事件を重点的な取扱い分野としていることもあり、寄せられる相談の中には労働問題に関する相談も含まれています。

 その中で気になっているのが、稀に、業務用端末ではないかと思われるアドレスから送られているメールがあることです。

 メールでの相談を受け付けている法律事務所はそれなりにあると思いますが、当事務所への相談に限ったことではなく、業務用端末から労働問題についての法律相談を行うことには慎重になった方がいいと思います。

 勤務先が見る可能性があるからです。

2.ジャパンビジネスラボ事件(控訴審)

 近時の裁判例に絡めて言うと、例えば、1か月ほど前、職場での録音の可否に絡めて、ジャパンビジネスラボ事件(東京高判令元.11.28労働判例ジャーナル94-1)という事件をご紹介しました。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2020/01/21/004408

 これは、ごく大雑把に言えば、育休明けに正社員から雇用期間1年の契約社員になった方が雇止めにあった事件です。この事件は、労働経済判例速報という雑誌の2020年2月10日発行の号にも掲載されています(労働経済判例速報2400-3参照)。

 たくさんの争点がある事件ですが、会社による不法行為の成否を判断している部分に、次のような記述があります。

「一審被告(使用者 括弧内筆者)が、一審原告(労働者 括弧内筆者)に付与した業務用のメールアドレスに送信された一審原告宛てのメールを閲読し、そのメールを送信した社外の第三者に対し、一審原告が就業規則違反と情報漏洩のたえ自宅待機処分となった旨を記載したメールを送信したことが認められる。」

「一審被告は、一審原告が録音禁止の命令や指導に従わず、誓約書も撤回すると述べたことなどから、情報漏洩の観点から、一定期間、上記メールアドレスへのアクセスを禁止したものであり、その期間に上記メールアドレスに送信されたメールを一審被告が閲読することについては、業務上の必要性があるが、少なくとも就業規則違反と情報漏洩のため自宅待機処分となった事実は、一般的には他人に知られたくない情報であって、これを社外の者らに伝える必要性はないから、たとえ、相手方が一審原告が就業時間内に上記メールアドレスを使用してやり取りをしていたマタハラNet 関係者らであったとしても、その情報を伝えることは、一審原告のプライバシーを侵害する行為であることに変わりがない。」

3.「業務上の必要性」によってメールを閲読される可能性がある

 勤務先が用意した業務用端末・業務用メールアドレスである以上、ネット・メールの接続環境を操作されることにより、メールの内容が勤務先に明らかになることは当然考えられます。

 プライバシーに渡る事実を必要もないのに第三者に伝えることは問題ですが、使用者の行為が「業務上の必要性」がある場合にモニタリングするだけに留まっている場合、適法と理解される可能性は十分にあると思います。

 また、ジャパンビジネスラボ事件控訴審判決では、次の事実も認定されています。

一審原告が業務用として使用していた上記パソコンの『ゴミ箱』から削除されたメールを復元するなどしたところ、・・・就業時間内に一審原告が本件組合又は弁護士らに相談する内容を下書きしたメール・・・や、マスコミ関係者とやり取りしたメール・・・が発見された。

 廃棄したと思っていても、いざ紛争になるとメールは復元される可能性があります。

 業務用端末の可能性のありそうなアドレスからの相談に対しては、基本、回答用に別のアドレスを指定するように返信し、そちらに回答するようにしてます。

 しかし、外部の法律事務所に相談をしていることを知られること自体、具合が悪いことはあるでしょうし、メールには復元の可能性があります。相談内容が勤務先に把握されることは、一般的には好ましいことではありません。依頼者・相談者-弁護士の意思疎通が紛争の相手方に筒抜けになっては、本来勝てる勝負であっても、勝てるかどうか怪しくなります。

 業務用端末の可能性のありそうなアドレスからの相談は少数ではあるものの、労働事件に関する相談は業務用端末からはしないことをお勧めします。

 

タイムカード打刻代行

1.タイムカードを打刻させられてからの残業

 残業代を踏み倒すための古典的な手口として、個々の労働者にタイムカードを打刻させたうえで残業させるという方法があります。

 こうして残業がない体裁を装いつつ、サービス残業を強要します。タイムカードに不正をされると、正確な労働時間を把握する資料はないと思い込んで、残業代の請求を諦めてしまう労働者も少なくありません(実際はそう悲観したものでもありませんが)。

 この亜種として、特定の従業員が他の従業員のタイムカードをとりまとめ、打刻を代行するという態様での不正が行われていた事案が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判平30.7.27労働判例1213-73 一心屋事件です。

2.一心屋事件

 本件は、おにぎりの製造等の業務に従事していた原告が、勤務先を被告として、残業代の支払などを請求した事件です。原告の実労働時間が争点の一つになりました。

 実労働時間が争点になったのは、タイムカードの打刻が不正に行われていたからです。

 不正が行われた経緯は次のとおりです。

「被告では、タイムカードにより従業員の出退勤管理を行っており、原告も平成26年11月3日までは自らタイムカードの出勤時刻及び退勤時刻の打刻を行っていた。」

「被告は、平成26年11月4日より社員のタイムカードの打刻をBが行うので、社員はタイムカードの退社の打刻を行わないよう指示する旨の業務連絡をした。」

「原告のタイムカードは、平成26年11月5日以降、退勤時刻欄に概ね15時台又は16時台の時刻が打刻されている。」

「被告の社員であるG、H、I、J及びKの各人のタイムカードに打刻された平成28年7月21日から同年8月5日までの間の退勤時刻は、概ね15時台又は16時台の時刻が打刻されている上、同一時刻であるか又は1分の差しかない。また、被告の社員であるI、J及びKの各人のタイムカードに打刻された平成28年8月22日から同年9月5日までの間の退勤時刻は、概ね15時台又は16時台の時刻が打刻されている上、Kのタイムカードいついて赤色二重線が引かれている部分を含め、同一時刻であるか又は1分の差しかない。さらに、被告の社員であるI、J及びKの各人のタイムカードに打刻された平成28年9月6日から同月20日までの退勤時刻は、同月11日(日曜日)を除き、概ね15時台又は16時台の時刻が打刻されている上、同一時刻であるか又は1分の差しかない。」

 原告は、Bによって実際の退勤時刻よりも早い事案での打刻が行われていたと主張しました。これに対し、被告は、実労働時間をタイムカードに基づいて認定することを主張しました。

 こうした事実関係のもと、裁判所は、次のとおり述べて、タイムカードで退勤時刻を認定すべきとする被告の主張を排斥しました。

(裁判所の判断)

「被告は、原告が平成27年4月6日から同年11月4日までのA店の配送業務を行っており、配送業務が18時ころまでかかっていたことを認めているところ、同期間の原告のタイムカードの退勤時刻はこれよりも早い15時台から16時台となっているものがほとんどであって、被告は原告のタイムカードの退勤時刻がこのような時刻になっていることについて何ら合理的な説明を行わない。このことに、被告の社員のタイムカードには退勤時刻がほぼ同時刻であるという通常では考えにくい記載が存在していること、被告の主張を前提としても、被告がLの要望により、実際には存在していないN名義のタイムカードをLに打刻させ、同人名義で支給される賃金額を低く抑えるという不適切な対応を行っていたことを併せ考慮すると、平成26年11月4日に甲の原告名義のタイムカードの平日の退勤時刻の打刻が原告の退勤時刻を正しく反映したものと解することはできないから、これによる退勤時刻の認定は許されない。」

3.上辺だけ取り繕おうとしてもボロが出る

 タイムカードを偽装したところで、それが偽装である限り、どこかで辻褄が合わなくなります。本件では配送業務・時刻との矛盾を突かれ、被告は説明ができなくなってしまいました。

 また、本件では、タイムカードの退勤時刻が横一直線で押されているなどの、不自然な状況も指摘されています。

 加えて、判決で指摘されているL云々のくだりは、被告会社がパート従業員Lに偽証させた可能性を示唆しています。

 裁判所は、Lの供述について、次のような認定をしています。

「被告は、原告が洗浄室にはほとんどいなかった旨主張し、証人Lはこれに沿う供述をする。しかしながら、Lは、・・・自己名義のタイムカードのほかN名義のタイムカードを打刻していた時期があるにもかかわらず、被告訴訟代理人からの質問に対しても1枚のタイムカードしか押していなかった旨供述しており、客観証拠と異なる供述を行っている上、・・・Lは、自己名義の給与約14万円の他に名義の給与約9万円を得ており、その合計額は約23万円になるにもかかわらず、週6日勤務して15日ないし16万円の給与しか得ていなかった旨供述するなど、その供述内容は、客観証拠及びそこから認定できる事実と矛盾している。このことに、被告の主張を前提としても、被告がLの要望により、実際には存在していないN名義のタイムカードをLに打刻させ、同人名義で支給される賃金額を低く抑えるという便宜を図っていることを併せ考慮すると、証人Lの供述それ自体を直ちに信用することはできないというべきである。」

 賃金額を低く抑えることが便宜になるのは、公租公課の額を低く抑えられるからです。実際には架空人名義を経由して月に約23万もらっているのに、月給約14万円の人にかかる公訴公課しか負担しないで済むということであれば、それは一定のメリットになります。裁判所は、こうした不正な便宜供与と、Lによる会社に有利な証言との間の結びつきを指摘し、原告の就労実体に係る会社に有利なLの証言の信用性を否定しています。

 上辺だけ取り繕って偽装工作をしようとしたところで、ボロが出るのが普通です。本件では、ボロどころか、偽証を示唆したかのような判示まで引き出されています。

 タイムカードの改ざんが行われている事案においても、他の痕跡から実労働時間を立証し、残業代の請求に繋げられることは、決して少なくありません。

 残業代の請求は、諦める前に、先ずは弁護士に相談してみることをお勧めします。

 

不活動仮眠時間の労働時間性-指示された仮眠は業務ではないのか?

1.不活動仮眠時間の労働時間性

 仮眠が許されている時間であることは、その時間帯が労働時間でないことを当然に意味するわけではありません。

 「不活動仮眠時間であっても労働からの解放が保障されていない場合には労基法上の労働時間に当たる」と理解されています(最一小判平14.2.28労働判例822-5大星ビル管理事件)。

 残業代請求訴訟では、しばしばこの不活動仮眠時間の労働時間性が争点になります。仮眠時間には、それなりのボリュームがあることが多く、これが労働時間に含まれるかどうかで、残業代の額にかなりの差が生じてくるからです。

 近時発行された公刊物に掲載されていた、東京高判平30.8.29労働判例1213-60 カミコウバス事件も、不活動仮眠時間の労働時間性が争われた事案の一つです。

2.カミコウバス事件

 本件で原告になったのは、夜行バスの乗車・運転等の業務を行っていた方たちです。

 被告になったのは、バスの運行等を目的とする株式会社です。

 原告の方たちが乗ったバスには、

「2人の従業員が乗務しており、その一方が運転手として勤務している間、他方は交代運転手としてバスに乗って」

いました。

 これは

「国土交通省自動車局の『貸切バス 交代運転者の配置基準(解説)』」

という文書で、

「運転者一人では運行距離等に上限がある」

とされていたからです。

 交代運転手は、

「運転の際に残った疲れが事故の原因になることがないように、交代運転手として乗車している間は休息するように被告から指導されており、仮眠するなどして休憩」

していました。

 本件で問題となったのは、この仮眠時間の労働時間性です。

 原告の方は、仮眠自体が指揮命令であるとして、バスに乗車している時間が全て労働時間に該当することを前提として残業代の支払を請求しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、仮眠時間の労働時間性を認めませんでした。

(裁判所の判断)

「運転手が一人では運行距離等に上限があるため、被控訴人(一審被告 括弧内筆者)は交代運転手を乗車させているのであって、不活動仮眠時間において業務を行わせるために同乗させているものとは認められない。」

「また、厚生労働省労働基準局の『バス運転手の労働時間等の改善基準のポイント』・・・によれば、交代運転手の非運転時間は拘束時間には含まれるものの、休憩時間であって労働時間ではないことが明らかである。」

「しかるところ、被控訴人において、交代運転手はリクライニングシートで仮眠できる状態であり、飲食することも可能であることは前記認定のとおりであって、不活動仮眠時間において労働から解放されることが保障されている。被控訴人が休憩や仮眠を指示したことによって、労働契約上の役務の提供が義務付けられたとはいえないから、亡甲野及び控訴人丙川(いずれも一審原告 括弧内筆者)が不活動仮眠時間において被控訴人の指揮命令下に置かれていたものと評価することはできない。」

3.仮眠自体は指揮命令ではないのか?

 東京高裁は本件の交代運転手の不活動仮眠時間について、労働時間性を認めませんでした。

 これは厚生労働省労働基準局の解釈との関係で、交代運転手の非運転時間を労働時間ではないとする理解が一般化してしまっていたため、実務への影響の大きさから、そうせざるを得なかったのではないかと思います。

 しかし、国土交通省の規制との関係で、労働者には時間を休むことに使う以外の選択肢はありません。運転役を交代した後、趣味のテレビゲームに熱中できるかといえば、そういうことはやってはならないのだと思います。バスの中に缶詰にされているような状態に置かれているのに、これが労働時間でないというのも、素朴な感覚に合わないように思います。

 司法判断にあたり、行政解釈を尊重することは、決しておかしなことではありませんが、本件に限って言えば、やや行政解釈に引き摺られてすぎているのではないかという印象を受けます。

 とはいえ、このような裁判例があること自体は、実務上無視できません。

 これからバス運転手として働こうという方は、賃金の支払いの対象にならない拘束時間が長い業種であることを理解しておく必要があるのだろうと思います。

 

いい加減な過半数代表

1.過半数代表

 労働基準法36条1項は、従業員に時間外労働や休日労働を命じるためには、

「労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定」

が必要だとしています。

 労働基準法39条6項は、

「労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定」

により、年次有給休暇を計画的に付与すること(年間5日を超える部分いについて、有給休暇を付与する時期を使用者が定めること)を認めています。

 労働基準法90条1項は、就業規則の作成や変更にあたり、

「当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者の意見」

を聴取しなければならないとしています。

 このように、労働関係法令では、過半数組合や過半数代表者に重要な役割が与えられています。

 しかし、労働組合の組織率の低下に伴い、過半数組合は、存在する企業の方が少なくなっています。平成30年12月27日に公表された独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)の調査によると、労働組合のある事業所の割合は12.6%にすぎません。過半数組合のある事業所は更に少なく、全体の8.3%でしかありません。

https://www.jil.go.jp/institute/research/2018/186.html

 過半数組合は存在する事業所の方が少数派であることから、多くの事業所では労使協定や意見聴取を過半数代表によって行っています。

 しかし、法律相談を受けていると、この過半数代表のシステムが形骸化していると感じることが少なくありません。

 近時公刊された判例集にも、不適切な形で過半数代表者の仕組みが使われていた事例が掲載されていました。

 東京高判令元.10.9労働判例1213-5 シェーンコーポレーション事件です。

2.シェーンコーポレーション事件

 本件は、有給休暇の計画的付与の場面で、過半数代表者の仕組みが適切に使われていなかった事件です。

 本件で被告となったのは、外国語学校を経営等を業とする株式会社です。

 原告になったのは、期間1年間の有期労働契約を締結して、英会話講師として働いていた方です。有期労働契約の始期は平成27年3月1日からで、本件紛争が発生するまでの間に1回更新されていました。

 本件で争点となったのは、無許可欠勤等を理由とする平成29年2月28日付けの雇止めの有効性でした。原告の欠勤が無許可欠勤に該当するか否かを判断するにあたり、有給休暇の計画的付与が適切に行われていたのかが問題となりました。

 裁判所は、次のように述べて、過半数代表者との間で適式な労使協定が結ばれたとはいえないとして、使用者による有給休暇の時季の指定を否定しました。

 結果、従業員は自由に有給休暇の時季を指定することになるから、欠勤を正当な理由のない欠勤と認めることはできないとして、雇止めの効力を否定し、原告からの地位確認請求等を認容しました。

(裁判所の判断)

「労働基準法39条1項及び2項により被控訴人(一審被告 括弧内筆者)が控訴人(一審原告 括弧内筆者)に与えなければならない法定年次有給休暇は、平成27年9月1日からの1年間について10日、平成28年9月1日からの1年間については11日である・・・。そして、有給休暇は、原則として、労働者の請求する時季に与えなければならないこととされている(同条5項本文)。」

「もっとも、同条6項の要件を満たす労使協定があれば、年間5日を超える部分については、与える時季を使用者が定めることができる。しかし、弁論の全趣旨によれば、平成28年10月までにそのような労使協定が結ばれたことはないと認められる。また、同月に結ばれた10月労使協定・・・についても、労働者側の講師代表3名は講師以外の従業員の代表ではなかった上、事業場である学校ごとに選ばれたものではなく、複数校をまとめたエリアごとの代表であったから・・・、事業場の労働者の過半数を代表する者(労働基準法39条6項)に当たるとはいえず、したがって、労働基準法39条6項の要件を満たす労使協定とはいえない。」

「そうすると、控訴人に与えられた法定年次有給休暇について、その時季を被控訴人が指定することはできず、控訴人を含む従業員が自由にその時季を指定することができたというべきである。」

(中略)

「なお、被控訴人は、計画的有給休暇制度は全ての従業員講師から同意を得ていると主張するが、仮にそうだったとしても、そのことは以上の判断を左右するものではない。

3.いい加減な過半数代表は許されない

 条文の文理上、過半数代表は事業場の労働者の過半数を代表するものでなければなりません。

 講師以外の事務職を除外することはできませんし、事業場を超えた単位で選出できるわけでもありません。

 また、労働関係法令は個々の労働者と使用者との間には埋めがたい力格差があることを前提として成り立っているため、個々の労働者から個別に同意を取り付けたところで、過半数代表との間で協定を結ぶプロセスを省略できるわけではありません。

 本件の被告は、労使協定が存在しない時期に、

「計画的有給休暇制度について、就業規則や雇用契約書の他に、ガイドラインやオリエンテーションにおいて確認し、講師用カレンダーを通じて具体的な時期を明らかにし、計画的有給休暇制度が有効なものとして運用していた」(青字部分は高裁の改め文の嵌め込み)

ようですが、高裁は所掲のような運用はダメだと、わざわざ念押しして判示しています。

 健全な企業運営には、使用者と労働者のパワーバランスが均衡していることが必要です。労働組合の組織率が低下して、均衡をとることが難しくなっている中、裁判所は、法が要求する過半数代表の方式をラフに考えることはできないと判断したのではないかと思います。

 過半数代表の要件をあまり厳格に考えていない、いい加減な過半数代表のもとで労務管理をしている企業は少なくないと思います。

 しかし、こうした労務管理の在り方は、法的措置によって是正できる可能性があります。

 知らないうちに代表が選出されていた、選んだ覚えのない人が代表になっていたなど、疑問をお感じの方は、一度、弁護士に相談してみると良いと思います。

 

不明確な服務規律への違反を理由とする懲戒処分の有効性

1.服務規律の明確性の問題

 就業規則を見ていると、懲戒事由が「服務規律に違反する行為」といったように漠然とした形で規定されていることが少なくありません。こうした場合、「服務規律」自体も抽象的であったり不明確であったりすると、ケチをつけようと思えば何でもケチをつけることができます。

 こうした明確ではない服務規律への違反を理由とする懲戒処分が問題視された裁判例が近時の公刊物に掲載されていました。名古屋地判令元.7.30労小津判例1213-19 学校法人南山学園(南山大学)事件です。

2.学校法人南山学園(南山大学)事件

 本件で被告になったのは、大学を設置する学校法人です。

 原告になったのは、被告で大学教授を務めていた方です。

 懲戒処分(譴責)を受けたことを理由に定年後再雇用を被告から拒否されたため、原告が雇用契約上の地位の確認等を求めて被告を訴えたのが本件です。本当に譴責処分を根拠付ける事由があったのかといえるかどうかなどが争点となりました。

 譴責処分の原因となった事実の一つに、

「B1専攻の専攻会議でG教授の懲戒案件を扱うことから、会議の運営の適切性やG教授との婚姻関係にあるH教授の会議出席の権利に十分に配慮せずに、他の教員とは異なる取扱いをし、また、他の教員に対するのと同じタイミングで専攻会議の開催案内をしなかったこと」

がありました。

 要するに、学内の専攻科の会議でG教授の懲戒案件を扱うにあたり、G教授と身分的な利害関係のあるH教授に対し、他のB1専攻と同じタイミングで開催案内をしなかったり、会議での退席を求めたりしたことが、H教授の会議出席の権利を侵すものであり問題だというものです。

 しかし、被告では、

「専攻会議への教員の出席権、開催通知の方法・時期のいずれについても明文」

がありませんでした。

 そこで被告が服務の根拠として用いたのが、専攻主任(原告)について

「研究科長を補佐して、当該研究科専攻の学務をつかさどる」

と定めている規定でした(南山大学管理職制17条)。

 被告は、南山大学管理職制17条から、根拠規程や慣例のない場合の対応については、上長である研究科長や執行部に相談する義務が導かれるところ、原告はこれに違反したのだと主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、服務規律違反を否定しました。

(裁判所の判断)

「慣例(専攻会議において、独立した教員の地位を有する家族に関する事柄が議題に挙がった場合に当該教員が退席する慣例 括弧内筆者)があるとまでは認められないものの、原告は、本人尋問において、教授の子息の修了判定について議題に挙がった際に当該教授が退席したケースを参考にして、H教授に退席を求めた旨供述している。」

「また、原告は、H教授に対し、他の教員にメールで正式な開催通知を送った1時間後には電話で連絡をとり、直接面談し、その際、退席を求めつつも、冒頭もしくは書面での意見表明を提案した上で、最終的にH教授の希望した冒頭での意見表明を受け入れるなど一定の配慮をしている。」

「それにもかかわらず、被告が原告において相談すべきであったと主張するL研究科長が、H教授に臨時専攻会議への出席を思い留まるように働きかけたため、最終的にH教授は欠席するに至っている。」

「これらに鑑みると、原告がH教授に対してとった行動についての裁量の逸脱・濫用は認め難く、『服務規律に違反する行為』があったとは認められない。

(中略)

「被告は、懲戒事由該当性について、調査委員会や懲戒委員会の判断を尊重すべきである旨主張するけれども、調査報告書・・・、懲戒委員会の報告書・・・、懲戒委員会の記録・・・を精査しても、調査委員会や懲戒委員会において懲戒事由該当性(特に行為時における規範の明確性の観点)について厳密な検討がされたとは評価できない。

3.声の大きい人に雷同するような形だけでの議論では意味がない

 本件では、上記のほか、懲戒処分の相当性を議論する場面でも、

「平成28年10月4日の第5回懲戒委員会においては、訓戒が6名、譴責が2名、減給がC学長も含む2名であったところ3分の2以上の賛成がないとして続行とされたが、

1週間後の同月10日の第6回懲戒委員会においては、譴責がC副学長を含む6名、訓戒が3名、減給1名と譴責と訓戒が逆転し、

C副学長がそれでも3分の2以上の賛成がないので決まらないと発言したところで、訓戒の1名が訓戒に拘らないとして譴責に意見を変え、その時点で3分の2以上に達したとして直ちに議論が打ち切られている。

「このような審理経過、・・・懲戒原案については、出席議員の全会一致を原則とする旨定められていること、譴責処分であっても再雇用の欠格事由となることに鑑みると、十分な審議を経た上で原告を譴責処分と判断したという被告の主張は信用できない。」

「したがって、仮に懲戒事由があるとしても、本件処分は、懲戒事由との均衡を欠いた不相当なものであり、無効である。」

と判示されています。

 委員会などと銘打ってはいても、有力な人の鶴の一声によって意思決定されてしまう会議体は、決して少なくないように思います。

 しかし、懲戒処分は出される側にとっては、処分の軽重は関係なく非常に切実な問題として受け止められます。本件のように、懲戒処分歴が定年後再雇用の可否と結びつけられている場合には猶更です。

 懲戒処分の可否、量定を議論する会議体を構成する方は、そのことを強く自覚し、自分の意見にある程度は拘りを持つ必要があるのだと思います。考えを改めるだけの実質的な理由もなく、拘りがないからとの理由で多数派の意見に鞍替えするようなことは、許容されるべきではないのだろうと思います。

 行為時における規範の明確性の観点から厳密な検討がなされたとは評価できないと裁判所から批判されている点も、より以前の段階で引き返す機会があったのではないかと思います。調査委員会では「欠席を促すことの妥当性に疑問がある。もっとも、将来的には、婚姻関係にある教員について、特別の対応を決定することも全く考えられない。」との指摘があったようですが、その問題意識が結論に反映されなかったのは、実質的な議論が行われていなかったからではないかと推測されます。

 議論された形は整っていても、議事録等の記録を精査して行くと、実質的な討議・検討が行われたと言えるのか否かが微妙なケースは相当数存在します。

 結論ありきで懲戒処分が出たのではないか、そうした釈然としない思いをお抱えの方は、弁護士のもとに相談に行ってみると良いと思います。