弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

配置転換にあたっての家庭の事情への配慮

1.社会生活や家庭の事情への配慮が不足していた配転命令等

 社会生活や家庭の事情への配慮が不足していた配転命令等の適法性が争われた事案が判例集に掲載されていました(東京高判平31.3.14労働経済判例速報2379-3)。

 この事案では、結論として、配転命令や配転内示の違法性が否定されています。

 しかし、その判断過程では、興味深い事項が判示されています。

 具体的に言うと、労働者に配置転換案を示すにあたり、社会生活や家庭の事情等に配慮すべきであることが示唆されている点です。

2.社会生活や家庭の事情等に配慮する必要性

 裁判所は、

「労働契約法は、労働契約の締結又は変更に当たり仕事と生活の調和にも配慮することを要求しており(労働契約法3条3項)、転居を伴う配置転換は労働者の社会生活に少なからず影響を及ぼすところ、・・・一審被告が平成27年4月に計画した人事異動は専ら営業成績の向上を意図したものであり、一審原告乙1らに配偶者や子がないことを考慮したことのほかには、同一審原告らの社会生活、特に家庭の事情等に配慮した形跡はなく、自己申告書に介護を要する祖母がいる旨記載した一審原告乙2についてすら、異動の可否について社会保険労務士に相談したというのみで・・・、本件配転内示に先立ち所属長(神奈川支局長)のNと協議するなどして介護の必要等に関する最新の情報を入手しようとしたことを認めるに足りる証拠もないなど、転居を伴う遠隔地への配置転換が一審原告乙1らの社会生活に与える影響や仕事と生活の調和に配慮した様子はうかがわれず、同一審原告らが事実上配置転換を拒絶した後に改めて打診された配置転換案では、一審原告乙1は神奈川支局、同乙2は埼玉支局、同乙3は栃木支局、同乙4は旭川支所が各異動先とされていること・・・をも踏まえると、一審原告乙1らにおいて、一審被告が異動先としてあえて遠隔地を選択したとの疑念を抱くことには相応の理由があるといわざるを得ない。」

「また、一審被告が、専ら自己の事情によって平成26年末に異動に関する自己申告書を提出させないまま、本件配転内示を行ったことについて、広域異動を伴う本件配転命令によって一審原告乙1らに負わせる負担についてやや配慮に欠ける面があることは否定できない。」

と判示しました。

 3.配置転換に関する広範な使用者の裁量が制約される可能性

 結論として、配転内示・配転命令の違法性は否定したものの、東京高裁が、労働契約法3条3項を根拠として、配置転換にあたり、社会生活や家庭の事情に配慮すべきことを明示した点には、大きな意義があると思います。また、最新の情報の入手に努めるよう示唆している点も注目に値します。

 近時、配置転換、特に転居を伴う配置転換に対し、使用者が広範な裁量を持つことには、疑問の声が出されるようになっています。

 労働者敗訴の事案ではあるものの、配置転換に関する裁判所の判断の厳格化を示唆する一例として、参考になるのではないかと思われます。

家の保証人になってしまい、多額の滞納賃料等を請求されている方へ

1.家の賃貸借契約の保証人

 家を借りたいという親族から依頼されて保証人になったことがある方は、決して少なくないと思います。

 しかし、保証人になることには、結構なリスクを伴います。

 賃借人が賃料を払わなくなってしまった場合、滞納賃料や、違約金、賃料相当損害金といった諸々の費用を請求されることになります。

 滞納分が累積した後、突然多額の保証債務の履行を求められて、トラブルになる例は古くから後を絶ちません。

 近時も、市営住宅の賃借人の保証になった人が、賃貸人である市から多額の滞納賃料等の請求を求められた事件が公刊物に掲載されていました。

 横浜地相模原支判平31.1.30判例タイムズ1460-191です。

2.事案の概要

 この事件で保証人になったのは、賃借人の母親です。

 賃貸借契約が締結されたのは平成16年3月19日で、その際、母親が連帯保証人になりました。

 賃借人の方は、平成16年8月ころから賃料を滞納し始めました。

 その後、生活保護の代理納付(支給部署から賃料を直接納付する仕組み)がとられるようになったものの、平成27年4月に生活保護が廃止され、再び賃料が納付されないようになりました。

 平成28年5月31日、母親は市に電話連絡し、

「訴外賃借人とは長年連絡がとれず、被告(母 括弧内筆者)も現在年金暮らしであるので、訴外賃借人を本件住宅から追い出すなど厳しく対応して欲しい」

と伝えました。

 しかし、市は

「最終的な滞納分は保証人である被告に請求が行くようになるので、家族で話し合って欲しいなどと言うのみで、具体的に本件賃貸借契約の解除や明渡の手続を行うことは」

ありませんでした。

 その後、平成30年になって、建物明渡や連帯保証債務の履行を求める訴えが提起されました。

 正確な提訴時機は不明ですが、

「訴外賃借人・・・に対しては、公示送達等により訴状等が送達され・・・第1回口頭弁論期日(平成30年2月28日)に訴外賃借人が答弁書等提出しないまま出頭せず、口頭弁論が分離され・・・」

という記載があるため、賃借人と保証人がセットで訴えられたのは、平成30年1月ころではないかと推測されます。

3.裁判所の判断

 裁判所は次のように述べて、市の平成28年5月31日以降の滞納賃料等の請求を認めない判断をしました。

「期間の定めのない継続的な建物賃貸借契約の保証契約を締結した場合において、①上記保証契約締結後相当な期間が経過し、②賃借人が賃料の賃料の支払を怠り、将来においても賃借人が債務を履行する見込みがないか、③保証契約締結後に賃借人の資産状態が悪化し、これ以上保証契約を継続させると、保証人の賃借人に対する求償権の行使も見込めない状態になっているか、④賃貸人が上記事実を保証人に告知せず、保証人が上記事実を認識し、何らの対策も講じる機会も持てないまま、未払賃料等が累積していったり、⑤上記のような事情のため、保証人が保証債務の拡大を防止したい意向を有しているにもかかわらず、賃貸人が依然として賃借人に上記建物の使用収益をさせ、賃貸借契約の解除及び建物明渡しの措置を行わずに漫然と未払債務を累積させているような場合には、賃貸人の前記保証契約上の信義則違反により、賃貸人が保証契約の解除により信義則上看過できない損害を被るなどの特段の事情がない限り、保証人は、賃貸人に対する一方的意思表示により、上記保証契約を解除し、以後の保証債務の履行を免れることができる

「①本件連帯保証契約は、期間の定めのない継続的な建物賃貸借契約であり、②賃借人である訴外賃借人が賃料の支払を怠り、将来においても訴外賃借人が債務を履行する見込みはなく、③訴外賃借人の資産状態はそもそも悪く、本件連帯保証契約を継続させると、被告の訴外賃借人に対する求償権の行使も見込めない状態であり、④被告が何度も原告に対し、訴外賃借人の退去の措置を求めており、保証責任の拡大防止の意向を示し、連帯保証責任の存続を欲していない意向を示していたにもかかわらず、原告が依然として訴外賃借人に本件住宅を使用収益をさせ、本件賃貸借契約の解除及び建物明渡しの措置を行わず、毎月の未払賃料及び違約金の債務を累積させていたことが認められ、原告には、本件連帯保証契約上の信義則違反が認められ、連帯保証人である被告は、賃貸人である原告に対する一方的意思表示により、本件連帯保証契約を解除し、以後の保証債務の履行を免れることができると解すべきである。また、後記(3)のとおり、上記事情を考慮すると、上記時点以降の原告の被告に対する保証債務の履行請求は、権利の濫用として許されないと解すべきである。」
「そして、被告は、平成28年5月31日に原告に対し、訴外賃借人とは長年連絡がとれず、被告も現在年金暮らしであるので、訴外賃借人に本件住宅から追い出すなど厳しく対応して欲しい旨伝え(乙2、12)、上記時点では、本件連帯保証契約締結時及び訴外賃借人が賃料を滞納し始めてから約12年以上が経過し、原告はもちろん、被告も訴外賃借人と接触・連絡も長年とれず、今後訴外賃借人が賃料を支払う意思やその蓋然性もなく、被告が70歳を超え年金生活(平成26年)になって既に約2年が経過し、訴外賃借人の生活保護の代理納付が終了して新口座からも引き落としができなくなって(平成27年4月)から約1年以上も経過し、未払賃料の累積額も1年分(合計38万7200円)に上っていることから、上記平成28年5月31日をもって、本件連帯保証契約について、被告の原告に対する一方的解除が許容され、上記時点で被告の契約解除の黙示の意思表示がなされたと認めるのが相当である。

「原告が被告に対し、前記・・・解除の有無にかかわらず、原告が被告に対し、前記平成28年5月31日以降の本件連帯保証契約に基づく支払を請求することは、権利の濫用として許されないと認めるべきである。」

4.家主からいきなり多額の滞納賃料を払えと言われたら

 この裁判例は、家主からいきなり多額の滞納賃料を払えと言われた場合の対応について、幾つかの示唆を与えてくれます。

 この場合、先ずは、家主に対し、速やかに賃借人を追い出すなどの措置を講じるように求めることです。そうしておけば、後々、それは保証契約解除の意思表示だと理解してもらえる可能性が出てきます。

 また、保証契約解除と理解してもらえるようなことができていなかったとしても、直ちに諦める必要はないということです。

 本件の裁判所は、

「解除の有無にかかわらず、・・・連帯保証契約に基づく支払を請求することは、権利の濫用として許されない」

と契約解除の黙示の意思表示がなされたと認められるような事情がなかったとしても、結論が変わらないことを示唆しています。

 いきなり多額の滞納賃料等を払えと言われて対応に困っている方、いきなり多額の滞納賃料を払えと言われて無視していたところ訴えられて困っているという方がおられましたら、一度弁護士に相談してみても良いのではないかと思います。

 厳格な要件のもとではありますが、賃貸借契約に伴う保証契約に関しては、保証人の負担が過大にならないようにするための判例法理が形成されているため、負担を抑えることができるかも知れません。

 

離婚をするか、死去まで待つか

1.夫が愛人に入れ込んだら・・・

 ネット上に、

「高齢の義父が『離婚して、恋人と一緒になる』家族は騒然 財産を守る方法は?」

という記事が掲載されていました。

https://www.bengo4.com/c_4/n_9854/

 記事は、

「単身赴任していた高齢の義父が、突然、妻に離婚届を突きつけたーー。こんな相談が・・・寄せられました。」

「数カ月前から連絡が取れない状況が続いていた義父でしたが、ある日、義母の元に離婚届が届きました。探偵に調査依頼したところ、どうやら不倫をしているようです。さらに、義父は不倫相手に『全ての財産も相続させる』と、遺言を作成したといいます。

女性は『単身赴任の夫を長く支えてきた義母に、ここにきて突然このような仕打ちがあるとは予想もせず、義母が可哀想でなりません』と嘆いています。」

との設例をもとに、

「義母のために何ができるのだろうか」

と問いかけをしています。

 回答者となっている弁護士の方は、

「遺言は無効であるとの判断がなされる可能性が強い」

としたうえ、

「万が一、遺言が有効と判断されてしまう」

場合でも、

「相手の女性に対して、遺留分侵害額請求によって、『概ね』遺産の4分の1(『遺留分侵害額』を算出するに当たっては、生前贈与の有無や額等で変わってくる複雑な計算が必要で、必ず遺産全体の額の4分の1になるとは限らないので『概ね』という理解でいて下さい)に相当するお金は確保することはできます。」

との見解を示しています。

 そして、

是非とも注意していただきたいのは、決して義父から要求されている離婚には安易に応じてはならないということです。

「離婚してしまったら、義父から財産分与と慰謝料は貰えますが、相続人ではなくなるので、義父が死去したときに遺産は全く取得できません(遺留分もありません)。」

「例えば、それこそ義父の全財産(あるいは大半の財産)を財産分与として渡して貰うことを条件として離婚に応じるという戦い方もありますが、義父は、全財産を不倫相手に遺贈するという遺言を書いているような人ですから、上記のような条件は受け容れないでしょう。」

「不倫をしたという有責配偶者である義父からの離婚請求はそんなに簡単に認められるものではない、義父の一方的な都合、身勝手な気持ちだけで、長年にわたって築き上げてきた夫婦関係を易々と終了させられるものではないことを義父には悟らせるべきです。」

と離婚に消極的な見解を示しています。

 しかし、設例のような事案において、離婚は、それほど不合理な選択ではないと思います。安易に離婚を勧めるつもりはありませんが、財産を守ることを考えた場合、離婚は視野に入れるべき選択肢の一つになると思います。

2.夫は死亡するまでの間に財産を浪費し尽してしまうかも知れない

 離婚をそれほど不合理でないと考えるのは、夫が死亡するまでの間に財産を浪費しつくしてしまう可能性があるからです。

 例えば、現時点で夫が2000万円の預貯金を持っていたとします。

 今離婚すれば、財産分与+慰謝料で1000万円プラスアルファの財産的給付を確保する目算が立ちます。

 しかし、人が何時死亡するかは分かりません。

 設例からは夫の年齢は不明ですが、仮に65歳であるとした場合、厚生労働省の平成29年簡易生命表によると、平均余命は19.57年あります。

https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/life17/index.html

https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/life17/dl/life17-06.pdf

 近時、老後資産2000万円不足するかもしれないという金融庁の報告書が話題になりました。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO46021700S9A610C1I00000/

 幾ら現在資産を持っていたとしても、夫は、死去するまでの間に、愛人と一緒に資産を使い尽してしまうかも知れません。

 夫の死亡時に、遺言が無効になろうが、遺留分侵害額請求権を行使できようが、肝心の遺産がなければ、取得できる財産はありません。

 「全財産を不倫相手に遺贈するという遺言を書いているような人」であれば、自分亡き後の妻に財産を残そうという発想にならないことは、ある程度予想がつきます。

 そのように考えると、夫婦共通財産の折半プラス慰謝料で離婚することも、それほど不合理な選択でないこと言えるのではないかと思います。

3.相手に資力があるうちに財産を確保しておくのも一つの選択

 配偶者の死亡時期はコントロール可能な問題ではありません。配偶者が持っている財産の浪費も、止めようと思って簡単に止められるものではありません。

 元々、夫婦共通財産の半分は配偶者のものですし、設例のような事態に直面したら、自分の分の財産と相当額の慰謝料を確保し、早々に見切りをつけてしまうのも、財産確保のための合理性のある選択の一つなのではないかと思います。

 

 

仕事の量が少ないからと帰された場合の賃金

1.仕事の量が少ないと帰された場合の賃金

 ネット上に、

「『仕事がないから、有給休暇つかって休んで』 そんな指示、従うべき?」

という記事が掲載されていました。

https://www.bengo4.com/c_5/n_9842/

 記事では、

「『仕事の量が少ないため、今日は昼で帰って良い。残りの半日分は有給休暇を使ってください』と言われて応じてしまったが、法的には問題ないのか?」

「相談者はパート従業員として働いています。会社の指示について、『本当に有休を使って休みたい時に休めなくなる』と疑問を感じたそうです。」

という設例をもとに、仕事の量が少ないからと帰された場合の法律関係を解説しています。

 記事の弁護士の方は、

「使用者の責に帰すべき事由により、労働者を休ませた場合、会社は賃金の60%以上の休業手当を支払わなければなりません(労働基準法第26条)。」

「ここでいう『責に帰すべき事由』とは、不可抗力の場合を除き、経営上の障害を広く含むとされており、仕事の量が少ない場合もこれに含まれると考えられます。」

「したがって、会社としては、仕事が少ないために昼で労働者を帰すのであれば、午後分の賃金の60%以上の休業手当を支払うべきです」

と述べています。

 しかし、設例の事案において、本当に会社側は労働基準法26条に基づく休業手当を支払うだけで済むのだろうか? と思います。

2.休業の場合の賃金の取扱いに関する一般論

 民法536条1項は、

「・・・当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を有しない。」

と規定しています。

 これは、使用者にも労働者にも責任がない不可抗力で労務を提供することができなくなってしまった場合には、労働者は賃金の支払いを受けることはできないという意味です。

 民法536条2項本文は、

「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。」

と規定しています。

 これは、使用者の責任によって労務の提供をすることができなくなってしまった場合、労働者は賃金債権を失わない(100%を請求できる)という意味です。

 一方、労働基準法26条は、

「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。」

と規定しています。

 そして、民法536条2項本文と労働基準法26条の適用関係については、最二小判昭62.7.17労働判例499-6ノースウエスト航空事件が、

「休業手当の制度は、右のとおり労働者の生活保障という観点から設けられたものではあるが、賃金の全額においてその保障をするものではなく、しかも、その支払義務の有無を使用者の帰責事由の存否にかからしめていることからみて、労働契約の一方当事者たる使用者の立場をも考慮すべきものとしていることは明らかである。そうすると、労働基準法二六条の『使用者の責に帰すべき事由』の解釈適用に当たつては、いかなる事由による休業の場合に労働者の生活保障のために使用者に前記の限度での負担を要求するのが社会的に正当とされるかという考量を必要とするといわなければならない。このようにみると、右の『使用者の責に帰すべき事由』とは、取引における一般原則たる過失責任主義とは異なる観点をも踏まえた概念というべきであつて、民法五三六条二項の『債権者ノ責ニ帰スヘキ事由』よりも広く、使用者側に起因する経営、管理上の障害を含むものと解するのが相当である。

と判示しています。

 その趣旨を噛み砕いていうと、民法536条2項に言う強い意味での使用者の「責に帰すべき事由」までは認められない場合であったとしても、労働基準法26条の「責に帰すべき事由」が認められる場合はあり、そういう場合には賃金を100%払う必要はないにしても、60%以上は払わなければならない、ということです。

3.設例の場合をどう考えるか

(1)回答者の弁護士の方の発想(推測)

 回答者の弁護士の方は、

最高裁は、使用者側に起因する経営、管理上の障害は、民法536条2項の「責に帰すべき事由」にはあたらないものの、労働基準法26条の「責に帰すべき事由」に該当すると判示している、

仕事が少ないために昼で労働者を帰すことは、「経営上の障害」に該当する、

だから、仕事が少ないために昼で労働者を帰す場合、午後分の賃金の60%以上の休業手当を支払えば足りる、

という理解に立っているのだと思われます。

(2)「経営上の障害」はそんなに簡単に認められるものか?

 しかし、「経営上の障害」が、寝耳に水的に「仕事がないから今から帰れ」というような場合にまで認められるものなのかは、疑問に思っています。

 例えば、横浜地裁平12.12.14労働判例802-27池貝事件は、

「労働者の賃金を一部カットして帰休制を実施することは、労働者に就労の権利の一部行使制限や賃金の一部カットといった不利益を与えることとなり、就業規則を含む労働者との雇用契約の一部を一時的に労働者に不利益に変更することにほかならないから、就業規則の不利益変更に適用される法理に準じて、そのような帰休制が、右のような不利益を労働者に受認させることを許容し得るような合理比を有することを要するというべきである、そして、右合理性の有無は、具体的には、帰休制実施によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の帰休制実施の必要性の内容・程度、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応等を総合考慮して判断すべきであり、右合理性がある場合は、使用者が帰休制を実施して労働者からの労働の提供を拒んだとしても、民法536条2項にいう『債権者ノ責ニ帰スヘキ事由』が存在しないものというべきである。

との判断枠組みを示し、

「帰休制を実施することも、やむを得ない経営状況にあった」

ことを認定しながらも、

「組合に対して、真剣かつ公正な方法で誠実に交渉したものとは到底いうことができない」

などとして、

「民法536条2項にいう『債権者ノ責ニ帰スヘキ事由』が存在するものといわなければならない。」

とし、

「原告らがカットされた賃金の支払を求める本件請求には理由がある。」

と判示しています。

 噛み砕いていうと、

経営状態が良好ではなかったとしても、従業員を帰らせて労働基準法26条の休業手当の問題として処理するには、組合との交渉などのきちんとしたプロセスを踏まなければならない、

そうしたプロセスに欠ける以上、「経営上の障害」に行きつく以前の問題として、そもそも民法536条2項の「責に帰すべき事由」がないとは認められない、

だから、賃金カットは認められない、

よって、会社は賃金の100%を支払うべき、

という趣旨です。

 この例からも分かるとおり、「経営上の障害」というのは、使用者が思いつきで「仕事がないから、今日の午後は帰れ」と言ったら直ちに認められるというほどラフなものではありません。

 帰らせて労基法上の休業手当の問題に落とし込まなければならない差し迫った理由があるだとか、事前にきちんと話し合いのプロセスを踏んでいるだとか、かなりきちんとした事情がなければ、民法536条2項の「責に帰すべき事由」を認定され、100%の支払が必要になってくるのではないかと思われます。

 記事の事案でも、何の事前協議もなく寝耳に水的に「今日は昼で帰って良い。」と言われただけであれば、100%の賃金を請求できておかしくないと思います。

 組合との誠実な交渉が欠けていることを理由に帰休制の効力を否定し、カット部分の賃金の支払いを命じた裁判例があることから、本件を安易に労働基準法26条の問題とするのは危険だと思います。

 少なくとも、私が設例の会社から「今日、昼に来た従業員を、仕事がないからという理由で帰らせて、60%の賃金の支払いで済ませようかと思うが、どうか。」と相談を受けたとしたら、「それは少し思いとどまった方が良いでしょう。」と答えると思います。

 また、設例のような相談者からカット部分を含め100%の賃金を請求できないかと相談を受けたとしたら、「下級審裁判例の趣旨から請求できる可能性は十分あると思いますよ。」という回答をすると思います。

 似たような事案で、賃金カットに違和感を持っている方がおられましたら、ご相談をお寄せ頂ければと思います。

 

法律的に許される悪口なんてあるのか?

1.法律的に許される悪口?

 ネット上に、

「法律的に許される"最強の悪口"をいう方法」

なるものが掲載されています。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190706-00029102-president-soci

 記事には、

「職場で仕事のできない部下や上司にガツンと言ってやりたいが、パワハラやセクハラで後で相手から訴えられるリスクがある。『職場でのトラブルの原因は今も昔も人間関係が大半』。・・・『ストレスがたまると、つい暴言を吐いてしまうときがあるかもしれません』。」

「弁護士によると法的に問題となる暴言は『侮辱』と『名誉毀損』。発言内容がいずれかに該当すれば、訴えられたときに不利な立場になる。」

と書かれています。

 そして、

「こうしたセリフを吐かずに、うまく相手にガツンと言える方法はあるのだろうか。」

と弁護士に問いを投げかけています。

 これに対し、回答者となっている弁護士の方は、

「相手への不満は『たとえ話』を活用しましょう。『最近の課長ってトランプ大統領っぽいよね』と言えば、仮に強引に物事を進める課長だとしても『侮辱』『名誉毀損』には当たりません。毀誉褒貶がある大統領ですが、まだ歴史的評価が下されておらず、決して『トランプ大統領っぽい=強引に物事を決める悪人』にはなっていません。また、たとえ話は具体的なことは特定していないため、相手から『不快な思いをした』と追及されても、発言内容を修正できる余地があります」

「真面目で頭もいいがおもしろくない人のことを『ドラえもんの出木杉君っぽいよね』と発言者の会話の流れにおける悪口を言ったとしましょう。その発言者の理解ではネガティブな物言いですが、これも相手の性格を完全否定しているわけではありません。ドラえもんに登場するキャラクターはそれぞれ長所・短所があり、発言内容の理解は各人違います。たとえ話は評価が確定的でないのが特徴です」

との方法を提言しています。

2.評価が確定していない人物に例えれば、名誉棄損や侮辱は成立しない?

 しかし、上記の提言が、評価の確定していない人物に例えさえすれば、名誉棄損、侮辱、ハラスメントに該当することを回避できるという趣旨であるとすれば、果たして本当だろうか? と疑問に思います。

 名誉棄損の成否は、普通の人がどういう理解の仕方をするのかを基準に判断されるからです。よく読めば別の意味に理解できるといった場合でも、普通の人の普通の注意と読み方を基準にして、社会的な評価を傷つけるようなものであればアウトです。

 これは昭和31年の最高裁判決で既に固まっている理解です。

 具体的に言うと、最二小判昭31.7.20民集10-8-1059が、

「名誉を毀損するとは、人の社会的評価を傷つけることに外ならない。それ故、所論新聞記事がたとえ精読すれば別個の意味に解されないことはないとしても、いやしくも一般読者の普通の注意と読み方を基準として解釈した意味内容に従う場合、その記事が事実に反し名誉を毀損するものと認められる以上、これをもつて名誉毀損の記事と目すべきことは当然である。

と判示しています。

 「判例通説は、侮辱罪の保護法益も名誉棄損と同じく名誉」であると理解しているため(前田雅英編集代表『条解 刑法』〔光文堂、第2版、平19〕648頁参照)、侮辱の成否も、基本的には同様に理解して良いのではないかと思います。

 会話には流れがあります。

 前後の会話の脈絡の中から「最近の課長ってトランプ大統領っぽいよね」という言葉が、「強引に物事を進める『悪人』」であるとする侮辱的な意味合いを持っていることが看取される場合、それだけで刑事事件として立件されたり多額の慰謝料を請求する根拠となったりする可能性は極めて低いにしても、法的に消極的に評価されることは十分に在り得ると思います。

 裁判実務においても、前後の脈絡から問題となる発言の意味内容を評価することは、それほど珍しいことではありません。

 例えば、東京地判平29.10.17LLI/DB判例秘書搭載は、ツイッター上での名誉毀損の可否の判断の中で、

本件投稿記事のうち、3、4、11、13ないし18、20、22ないし34、36ないし44の投稿記事については、原告会社や原告X2の名称が含まれるものではない。しかし、本件投稿記事は、いずれも本件アカウントで投稿された一連の投稿であるところ、そのうちの本件投稿記事35においては、投稿者が原告会社の社員であり、同社の専務からセクハラ被害を受けたことが記載されていること、本件投稿記事の内容は、いずれも類似の内容の原告会社の不正行為や、原告会社の専務である原告X2にセクハラ行為を受けたことを繰り返し指摘するものであり、一般の読者をして、いずれの投稿記事においても、原告会社の社員である投稿者が、原告会社及び原告X2の行為を指摘するものであるものと認識できるものというべきである。」

と一連の流れの中で、各投稿の意味内容を評価・認定しています。

3.職場で人の悪口は言わない方がいい

 悪口を言う趣旨で、例え話を持ち出し、人を揶揄するようなことは、端的に言って、しない方がいいと思います。

 言われた人から不快な思いをしたと追及されるや、「そういう意味ではなかった」と言い逃れをするのも、誠実ではない態度だとも思います。

 曖昧な方法で悪口を言ったところで問題の解決には繋がらないし、どんどん職場の雰囲気が悪くなるだけだとも思います。

 強引な物事の進め方で職場に不都合が生じているのであれば、端的に

「課長、それは強引すぎます。」

と本人に直接言って、具体的な問題点を指摘すれば良いと思います。

 回答者の弁護士の方は、

「うまく相手にガツンと言える方法はあるのだろうか。」

との方法に

「『たとえ話』を活用しましょう。」

という答えを示しています。

 しかし、私であれば、

「『ガツン』が何を意味するのかはともかく、相手に不満を伝えるのに、名誉毀損的表現や侮辱的表現は必要ありません。悪口も、言い逃れできる余地を作った例え話も、必要ありません。感情的にならず、相手の自尊心を必要以上に傷つけることがないよう配慮しながら、事実を淡々と指摘し、改善して欲しいことを伝えるのが良いでしょう。」

と回答すると思います。

 

幼い子を養育している方の潜在的稼働能力

1.幼い子を養育している方の潜在的稼働能力

 婚姻費用や養育費の金額は、義務者と権利者の双方の収入を比較して決められるのが一般です。

 家庭裁判所は婚姻費用や養育費の算定表を作成・公表し、その趣旨を明らかにしています。

http://www.courts.go.jp/tokyo-f/saiban/tetuzuki/youikuhi_santei_hyou/

http://www.courts.go.jp/tokyo-f/vcms_lf/santeihyo.pdf

 婚姻費用や養育費を算定するにあたり、しばしば権利者の潜在的稼働能力が問題になります。

 潜在的稼働能力というのは、大雑把に言えば、

「働こうと思えば働けるのであるから、実際には働いていなかったとしても、働いていれば得られるであろう収入は、あるものとして取り扱われるべきだ。」

という議論を言います。

 リンク先の算定表を見ればお分かりになるかと思いますが、権利者の収入は高ければ高いほど、義務者から得られる養育費・婚姻費用は少なくなります。

 そのため、潜在的稼働能力に関する議論は、無収入の権利者から養育費や婚姻費用を請求された義務者の側から提示されることが多い論点です。

 単なる怠業であれば、それほど問題にはなりませんが、幼子を1人で育てることになって、働こうと思っても働けないような事情がある場合、潜在的稼働能力を認めるか否かは、かなり熾烈に争われることがあります。

 潜在的稼働能力を認めるか否かに関し、近時、参考になる裁判例が公刊物に掲載されました。東京高決平30.4.20判例タイムズ1457-85です。

2.裁判例

(1)争点

 この事案では、5歳の長男と3歳の長女を抱えている歯科衛生士資格を有する妻に対して支払われるべき婚姻費用の額が問題になりました。申立の時、妻は無職であり、潜在的稼働能力を認めるか否かが争点になりました。

(2)一審判断

 一審のさいたま家裁は、以下のように述べて潜在的稼働能力を認めました。
 「申立人は、現在、就労しておらず、収入がないことが認められる。
 「しかしながら、他方で、申立人は、歯科衛生士の資格を有しており、これまでに10年以上にわたる歯科医院での勤務歴があること、相手方が監護養育する長男及び長女はいまだ幼少であるが、長男は幼稚園に通園しており、また、申立人は、平日や休日にも在宅していることの多い申立人の母の監護補助を受けられる状況にあることからすると、申立人の就労が不可能ないし困難であるということはできず、申立人には潜在的稼働能力があると認められるから、申立人の総収入を0円とするのは妥当でない。
 「もっとも、申立人は、同居する親族ら(特に母)の監護補助を受けているとはいえ、いまだ幼少である長男及び長女を監護養育していることからすると、その勤務時間は相当程度制約されるものと考えられる。このことに加え、上記のような申立人が有する資格や勤務歴等に鑑みると、申立人は、平成28年賃金構造基本統計調査(賃金センサス)第3巻第13表「P医療、福祉」・企業規模計の女子短時間労働者(35~39歳)の年収額である151万円割程度の稼働能力を有すると認めるのが相当である。
 「これに対し、申立人は、長男及び長女がいまだ幼少であり、愛着の対象としての母親を必要とする年齢であること、特に本件では、相手方による違法な連れ去りのため、長男及び長女との交流が長期間断たれており、一般的な子どもよりも長男及び長女に接するべき必要性が高いことを理由に、申立人が現在無職でいるのは長男及び長女の健全な成長のためであり、合理的な理由があると主張する。」
 「しかしながら、申立人の就労が不可能ないし困難であるとまでいえないことは前記説示のとおりであり、また、申立人が短時間就労することによって長男及び長女の健全な成長が阻害されるとはいえず、長男及び長女の健全な成長のために申立人が無職でいる必要性があるとはいえないから、申立人の上記主張には理由がない。

(3)二審判断

 しかし、高裁は一審判断を変更し、以下のように述べて潜在的稼働能力を認めませんでした。

 「原審申立人については、現在無職であり、収入はない。」
 「原審申立人は、歯科衛生士の資格を有しており、10年以上にわたって歯科医院での勤務経験があるものの、本決定日において、長男は満5歳であるものの、長女は3歳に達したばかりの幼少であり、幼稚園にも保育園にも入園しておらず、その予定もないことからすると、婚姻費用の算定に当たり、原審申立人の潜在的な稼働能力をもとに、その収入を認定するのは相当とはいえない。
 「なお、本決定で原審相手方に支払を命じる婚姻費用は、長女が幼少であり、原審申立人が稼働できない状態にあることを前提とするものであるから、将来、長女が幼稚園等に通園を始めるなどして、原審申立人が稼働することができるようになった場合には、その時点において、婚姻費用の減額を必要とする事情が生じたものとして、婚姻費用の額が見直されるべきものであることを付言する。

3.幼い子を養育している方へ

 一審と二審との判断が分かれていることから、本件は潜在的稼働能力を認定されるケースと認定されないケースとの限界を知る上で意味があります。

 一審も稼働能力が相当な制約を受けること自体は認めていますが、判断を分ける決め手になったのは、長女が幼稚園等への通園をしていない状況を、どのように評価したのかだと思われます。

 一審はこれを稼働を制限する事情に留まると判断したのに対し、二審は稼働が不可能である事情として評価したのだと思います。

 自分で申立をしたものの、思うように手続が進まないとして、調停係属中の方から離婚に関する相談を受けることがあります。

 調停の状況を聞いてみると、幼い子どもを抱えているのに、潜在的稼働能力を前提に婚姻費用や養育費を決められかかっている事案を目にすることがあります。

 一件や二件ではなく、何度も見たことがあります。中には調停委員から潜在的稼働能力を前提とした額を示唆されたという方もいました。

 根拠は個人的な実務経験という曖昧なものではありますが、現実問題として働くことができないのに、潜在的稼働能力を認定され、貧困に拍車がかかる、そうした例は相当数あるのではないかと懸念しています。

 裁判所も含め、法曹実務家は、基本、法と証拠に基づいた議論しか取り合いません。

 裁判所で主張を通すためには、必ず根拠が必要になります。

 今回公表された高裁の判断は、「幼稚園等に通園」といった比較的分かり易い事情を重要な尺度として潜在的稼働能力を否定しています。

 素人の方でも、この決定があることを指摘すれば、保育園や幼稚園に通えるようになるまでは潜在的稼働能力を前提に養育費や婚姻費用を認めるべきではないとする主張に説得力を持たせることができるのではないかと思います。

 幼少な子を養育している中、十分な養育費・婚姻費用の支払いを受けられず、困っている方への情報提供として、本決定を紹介させて頂きました。

 

準委任契約類似の無名契約の解除の可否の判断に解雇権濫用法理の考え方が取り入れられた例

1.準委任契約と解雇権濫用法理

 法律行為を委託することを委任契約といいます(民法643条)。法律行為とはいえない事務を委託することを準委任契約といいます。準委任契約には委任契約に準じたルールが適用されます(民法656条)。

 企業とフリーランスの方との間で結ばれる「業務委託契約」は、その法的性質を分析すると、準委任契約として理解されるものが相当数あります。

 準委任契約の解除は、各当事者がいつでもその解除をすることができるのが原則です(民法650条1項)。契約を解除するにあたり理由は必要ありません。相手方に不利な時期に解除した場合に損害賠償義務が発生するだけです(民法650条2項本文)。また、やむを得ない事由があったと認められるときは、相手方に不利な時期であったとしても、損害賠償をする義務は生じません(民法650条本文)。

 他方、雇用契約に代表される労働契約の場合、企業側から契約を自由に解除することはできません。法律上、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」と規定されています(労働契約法16条)。

 近時、準委任契約に類似した性質を持つ契約の解除の可否の判断にあたり、解雇権濫用法理の考え方を取り入れた事例が、公刊物に掲載されていました(東京地判平29.3.28判例タイムズ1457-244)。

 これはフリーランスの労働問題を考えるにあたり、かなり重要な裁判例ではないかと思います。

2.裁判例で問題となった契約関係

 本件で解除の可否が争われたのは、「力士契約」です。

 力士契約というのは、公益財団法人日本相撲協会と力士との間で結ばれている契約のことです。

 裁判所は力士契約の法的性質について、以下のように判示しています。

「本件力士契約ないし本件力士契約と同趣旨の力士と被告との間に締結される契約(以下『力士契約』という。)は、力士において、相撲道により培った技量を被告の主催する本場所又は巡業における相撲競技において発揮するという義務を負うことを本質的な内容とするものということができる(上記第2の2(2)の前提事実)。そして、大相撲におけるこの力士の義務として具体的に果たすべきものは、精神的、肉体的に厳しい修練を経て可能となる極めて高度かつ専門的なものであって、個々の力士がその履行に当たって被告の指揮命令を受けるものではなく、当該力士自身が自主的・主体的に追求した技量を発揮することによって行われるものであることが明らかであるから、原告及び被告らが共に主張するとおり、力士契約は、その基本において、準委任契約に類似した性質を具有するものとして是認することができる。
「もっとも、上記(1)アからオまでにおいて認定した本件定款、本件規則、本件業務委託契約、本件業務委託費用規程及び本件賞罰規程の各定めにおいて明示的に定められ、又はその当然の前提とされているように、力士契約においては、力士を志望する者は、原則として23歳未満の者とされ、被告の事業の実施にあたる年寄であり、かつ、被告から力士等の育成の業務委託を受けた師匠の地位にある者が運営する相撲部屋に所属し、師匠を経て被告の協会員たる力士としての地位を取得した上で、当該相撲部屋に所属する他の力士らと寝食を共にし、相当期間にわたって、相撲道の精進に向けての生活指導を含めた育成指導を師匠から受け、本件賞罰規程の規律にも服することが予定されているものであり、また、このような力士契約の内容の実施を可能とするために、師匠に対しては、別途にその費用や報酬が被告から支払われることが取り決められているものと解される。このような力士契約の内容は、民法制定前から存在する相撲部屋制度を含む力士と師匠との関係を踏まえた取引法原理に直ちになじみ難い側面を有することを否定することができないものの、法的には、準委任契約に類似した性質をその基礎として有しつつも、単なる事務の委任にとどまらない複合的な要素をも含むものとして、全体としては、力士と師匠及び被告との間の信頼関係を基礎とした継続的な有償双務契約としての性質を有する無名契約と評するほかない。

3.力士契約の解約に関するルール

 力士契約には特殊な解約のルールがあります。

 力士契約を結んでいる力士は、公益財団法人日本相撲協会から育成を委託された「師匠」の地位にある者が運営する相撲部屋に所属します。

 力士は師匠を経て力士としての地位を取得します。そして、師匠は公益財団法人日本相撲協会に引退届を提出することにより、力士契約を終了させることができます。

 引退届には師匠の署名・押印欄はありますが、当該力士自身の署名等は必要とされていません。言い換えると、当該力士自身による承諾がなかったとしても、師匠は引退届を提出することにより、公益財団法人日本相撲協会と当該力士との力士契約を終了させることができる体裁になっています。

 本件で問題になったのも、当該力士自身による承諾がない中で提出された引退届による力士契約解約の効力です。

4.裁判所の判断

 裁判所は次のとおり述べて、当該力士自身による承諾のない引退届の提出には、客観的合理性・社会通念上の相当性が必要であると判示しました。

「相撲部屋制度を前提とした上で、力士の養成を被告から一任され、力士が居住する相撲部屋を運営し、その指導を行う地位にある師匠が引退届を被告に提出することにより力士契約を終了させることが予定されているということ・・・自体には、一定の合理性を見いだすことができる。しかしながら、上記において説示したように、力士として相撲部屋に所属することが力士にとって生活の基盤そのものでもあり、これを力士契約が当然の前提としていると解されることからすれば、当該力士自身による承諾がない場合においては、これを特別な事情というかどうかは措くとしても、力士契約を終了させる師匠による引退届の提出については、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないようなものではないものでなければならないと解することが、力士契約における当事者間の合理的意思にかなうものとして、相当である。

 そのうえで、原告となった力士が準暴力団組織の関係者と関わりを持ったこと、番付が上の関取を殴打したことなどに触れ、

「親方の判断は、その後の本件引退届提出行為の時における原告の意に沿わないものであったとしても、本件力士契約を継続することが困難であると認められるような客観的に合理的な理由に基づくものとして、社会通念上も相当であると首肯することができるものである。」

と力士契約が終了したことを認めました。

5.生活基盤であることを理由とした準委任型の業務委託契約の解約の制限法理

 契約の解除の可否を判断するにあたり、それが準委任型の業務委託契約であるのか、労働契約であるのかは、しばしば問題になります。

 それは準委任契約であれば基本自由に契約を解除できるのに対し、労働契約となると解雇権濫用法理によって解除の可否が厳しく判断されるからです。

 本件は力士契約が力士にとっての生活基盤であることなどに着目し、準委任契約に類似した契約の解除を、労働契約法16条と似た判断枠組みを使って判断した点に特徴があります。

 労働事件としての見方がされていないからか、この事件に対する労働系の弁護士からの言及は、それほど多くないように思われます。

 しかし、本件で裁判所が示した考え方は、雇用類似の働き方をするフリーランスの方(準委任型の業務委託契約で働いている方)の契約上の地位の安定に大きく寄与する可能性を持っています。

 今後、こうした法理が力士契約以外の場面にも広がって行けば、労働者に関する争いは従来ほどの重要性を失っていくかも知れません。

 準委任型の業務委託契約と労働契約との垣根を低くした裁判例として、本件は画期的な意味を持っており、もっと広く周知されて良い事案であるように思います。