弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

相手方実家の借金を理由に婚約破棄できるか?

1.相手方実家の借金を理由に婚約破棄できるか?

 ネット上に、

「妊娠中の婚約者が『実家の借金、400万円を肩代わりして』婚約破棄できる?」

という記事が掲載されていました。

http://news.livedoor.com/article/detail/16450366/

 記事は、妊娠中の女性と交際している男性から相談を受けたという想定で、

「男性によれば、彼女は交際中、借金について一切、話をしなかったそうです。妊娠により結婚話が進んでから、突然に400万円の返済話が浮上。さらに彼女は『借金を返してくれないなら結婚には反対と親が言っている』などと言ってくるそうです。

男性は、彼女との結婚話を白紙にしたいと考えていますが、その場合『婚約破棄したとして、私が慰謝料を支払わないといけないのでしょうか』と聞いています。」

との設例のもと、婚約破棄の可否を論じています。

2.一方的な婚約破棄は可能か?

 回答者の弁護士の方は、

「結論から言えば、婚約を破棄しても、慰謝料は支払わなくてよいでしょう。

婚約者、配偶者だからといって、相手の実家の借金を肩代わりする義務はありません。今回のケースでは、借金も400万円と高額です。よほど高所得の方でない限り、自己破産などの債務整理手続をしてもやむを得ない大きな金額といえ、婚約破棄の正当理由になると考えられます。

ましてや、借金があるのは婚約相手自身ではなく、婚約者の家族ですので、そもそも肩代わりをする必要はないと思われます」

との見解を示しています。

 しかし、私の感覚では、本当かな? と思います。

3.場合を分けて考える必要があるのではないか

 この問題に関しては、場合を分けて考える必要があると思います。

 設例の彼女は、

「借金を返してくれないなら結婚には反対と親が言っている」

と言っています。

 重要なのは、その後の彼女の言動だと思います。

 具体的に言えば、

「だから、借金を肩代わりしてくれなければ結婚できない。」

なのか、

「だけれども、無理はしないで欲しい。肩代わりしてくれれば親は喜ぶと思うけれども、肩代わりしてくれなくても、私は貴方と結婚したい。」

なのかです。

 前者だとすれば、婚約を合意解約するわけですから、それほどの問題はないだろうと思います。

 問題は後者の場合です。

 親に借金があることは、彼女自身の責任ではありません。彼女と結婚したところで、回答者の弁護士の方が言うとおり、実家の借金を肩代わりする義務が生じるわけではないため、男性側に法的な不利益が生じるわけでもありません。彼女が婚姻意思を持ち続ける場合に、親の借金を理由に一方的に婚約を破棄できるかといえば、それはかなり難しいのではないかと思います。

4.離婚の場合との比較

 配偶者の親族との不和が離婚原因になるか否かに関しては、

親族との不和それ自体については必ずしも相手方の責任を問えないが、相手方自身、不和の解消のために必要な努力を怠ったとか、かえって親族に加担して配偶者につらくあたったというような事情があると、相手方の責任が問題になる。」

との理解があります(島津一郎ほか編『新版 注釈民法(22)親族(2)」〔有斐閣,初版,平20〕390頁参照)。

 二宮周平ほか『離婚 判例ガイド』〔有斐閣,第3版,平27〕59-60頁にも、

夫婦の一方と他方の親族の不和は、それだけでは5号(離婚原因のこと 括弧内筆者)にはあたらないが、配偶者の一方がその親族に加担したり、配偶者が親族との不和を解消する努力を怠った場合には、夫婦間の不和に発展し、5号に該当することがありうる」

と書かれています。

 婚約の破棄は離婚よりは緩やかに認められますが、裁判所には相手方自身の問題と相手方親族との問題をきちんと区別する傾向があります。

 そのため、親の希望を伝えはしたものの、それが叶えられなかったとしても、彼女自身には関係を継続する意思があるという場合にまで、親の借金を理由に一方的に婚約を破棄できるとする結論には違和感を覚えます。

5.肩代わりしてくれなくても結婚するという彼女に対し、一方的な婚約破棄はできないのではないか

 私の感覚では、親の借金を肩代わりしてくれなくても結婚したいという彼女に対し、所掲の言動があったことだけで一方的に婚約を破棄するのは難しい(一方的に破棄すれば婚約不履行として慰謝料を請求されかねない)のではないかと思います。

 親族の借金は飽くまでも親族の問題であって、彼女の問題ではないからです。

 婚約破棄の可否は、彼女が親族に加担してつらく当たってきた場合などに初めて問題になることではないかと思います。

 

前科はいつまで就職に影響するのか?

1.前科の就職への影響

 ネット上に、

「刑務所にいた過去、会社に打ち明けたらクビ『社会の目があるから…』再起できず苦悩」

という記事が掲載されていました。

http://news.livedoor.com/article/detail/16417362/

 記事は、

「『刑務所に入っていた人を会社に置いておくのは、社会の目があるからちょと…』。宮原さん(30代・仮名)は会社でこのように言われ、職場を去った。

仕事を始めて2、3カ月経ったころに誘われた会社の飲み会で、服役していたことを打ち明けたのだという。」

との事例をもとに、前科の就職への影響を論じています。

2.前科が発覚することと解雇との関係性

 記事で回答者となっている弁護士の方は、

「前科がバレたら、解雇されても仕方ないのだろうか。」

との質問に対し、

「いいえ。必ずしも、そういうわけではありません。採用後、相当期間にわたって大過なく勤務した場合、経歴詐称の信義則違反は『治癒される』と言われています」

と回答しています。

 そして、

「今回の事例の場合はどうなのか。宮原さんは採用されてから2、3カ月後に刑務所にいたことを打ち明け、退職を迫られている。」

との問題設定に対し、

「勤務していた期間が短いため、いわゆる『治癒』論で労働者を救済するのはむずかしいでしょう。また、前科を自ら明かしている場合は個人情報保護法違反の問題にはなりません。」

そうすると、先の判例の存在からして解雇やむなしとなりそうです。

「しかし、前科が何年も前で、その後立派に更生している人を単に前科があるというだけで解雇することに合理性があるのか躊躇を覚えます。

「無論、前科が直近で、その犯罪が職務と関係するような場合などは解雇やむなしとなる可能性もあります。たしかに判例はありますが、今後はその前科の中身など慎重に判断されるようになるのではないでしょうか」

と回答しています。

3.前科が、いつのことなのか?

 基本的には弁護士の方の回答に問題はないと思います。

 しかし、回答者となっている弁護士の方も指摘しているとおり、「解雇やむなし」との結論を導くためには、当該前科が何時のことなのかを聴取する必要があったのではないかと思います。

 前科が何時のことなのかが分かれば、「解雇は違法無効である可能性が高い。」という真逆の結論になることもあると思われるからです。

4.「刑の消滅」の制度(刑法34条の2)

 刑法34条の2第1項は、 

禁錮以上の刑の執行を終わり又はその執行の免除を得た者が罰金以上の刑に処せられないで十年を経過したときは、刑の言渡しは、効力を失う。罰金以下の刑の執行を終わり又はその執行の免除を得た者が罰金以上の刑に処せられないで五年を経過したときも、同様とする。」

と規定しています。

 この条文は、

「いわゆる前科抹消の規定であり、刑に処せられた者につき、一定期間の善行の保持を条件として前科のない者と同様の待遇を受けることとしているものである。」

と理解されています(前田雅英編集代表『条解 刑法』〔光文堂,第2版,平19〕74頁参照)。

 懲役刑は「禁錮以上の刑」にあたります。

 つまり、服役を終えてから10年間、悪いことをせず刑事処分を受けなければ、法律上持つ効果としての前科は消滅することになります。

5.消滅した前科の不告知を理由とする解雇はやりすぎ

 裁判例の中には、刑の消滅制度を前提に、消滅した前科の不告知を理由とする解雇を許されないとしたものがあります。

 例えば、仙台地裁昭60.9.19労働判例459-40 マルヤタクシー事件は、

「刑の消滅制度の存在を前提に、同制度の趣旨を斟酌したうえで前科の秘匿に関する労使双方の利益の調節を図るとすれば、職種あるいは雇用契約の内容等から照らすと、既に刑の消滅した前科といえどもその存在が労働力の評価に重大な影響を及ぼさざるをえないといつた特段の事情のない限りは、労働者は使用者に対し既に刑の消滅をきたしている前科まで告知すべき信義則上の義務を負担するものではないと解するのが相当であり、使用者もこのような場合において、消滅した前科の不告知自体を理由に労働者を解雇することはできないというべきである。

と判示しています。

6.「宮原さん」(30代、仮名)の件も服役終了時期とその後の生活態度によっては解雇の効力を争える場合がある

 記事の「宮原さん」は30代、仮名となっています。

 例えば、21歳で懲役2年の判決を受け、23歳で服役を終え、その後、10年間に渡って真面目に生活し、35歳の時に問題の会社に入った、といったような事実経過が辿られていた場合、「消滅前科の不告知まで問題にするのは行き過ぎではないか」と解雇の効力を争うことも考えられると思います。

 回答者の方も「躊躇を覚えます」と留保はしていますが、服役終了時期を明確に聴取することなく、「解雇やむなし」と回答するのは少し早計ではないかと思われます。服役終了時期が何時かによっては、逆の回答になることも有り得るからです。

7.犯罪には手を出さないのが一番

 刑の消滅という仕組みはあるにしても、服役してしまうと、出所してからも10年間は前科者という経歴がつきまとってくることになります。

 かなり長く尾を引くことを考えると、就職との関係でも、やはり犯罪は割に合わないと思います。

 倫理的な観点からも、自分の身を大切にするという観点からも、犯罪には手を出さないことが大切です。

 

就活セクハラをめぐる法的問題Ⅱ

1.就活セクハラをめぐる法的問題Ⅱ

 昨日、ネット上に、

「食事に誘う、交際を迫る、体に触る…『就活セクハラ』をめぐる法的問題」

という記事が掲載されていたことをご紹介しました。

http://news.livedoor.com/article/detail/16420339/

 回答者となっている弁護士の方は、

Q.就職活動中の学生を企業側の人間が食事に誘い、「食事に付き合ってくれたら採用する」と言った場合、法的問題はありますか。

Q.就職活動中の学生に企業側の人間が交際を迫り、「付き合ってくれたら採用する」と言った場合、法的問題はありますか。

Q.就職活動中の学生に対して、企業側の人間が体を触ったり性行為をしたりした場合で、企業側の人間が「同意があった」と主張したら、立件や慰謝料請求はできますか。

などの質問に対し、セクハラとしての不法行為や犯罪の成否に絞って回答をまとめています。

 しかし、就活中の学生がこのような被害に遭った場合、損害賠償や刑事告訴よりも適切な事後対応(事実関係の調査や企業側担当者の変更・処分等)を求めたいという人も多いのではないかと思います。

 このようなニーズに応えるための救済法理について、お話したいと思います。

2.平成11年労働省告示第141号(最終改正 平成29年厚生労働省告示232号)

 職業安定法42条の2は、

「労働者の募集を行う者・・・は、労働者の適切な職業選択に資するため、それぞれ、その業務の運営に当たつては、その改善向上を図るために必要な措置を講ずるように努めなければならない。」

と定めています。

 これを受けた平成11年労働省告示第141号(最終改正平成29年労働省告示232号)は、労働者の募集を行う者等の責務として、

「労働者の募集を行う者・・・は、職業安定機関、特定地方公共団体等と連携を図りつつ、当該事業に係る募集に応じて労働者になろうとする者からの苦情を迅速、適切に処理するための体制の整備及び改善向上に努めること。」

と苦情処理体制を整備する努力義務を課しています。

 これは努力義務ではありますが、採用担当者と就活生との間に力格差があるような大手人気企業では、法令遵守のため、何らかの苦情処理体制が整備されていることもあるのではないかと思います。

 事後対応を求めたい場合、企業の法令遵守担当部門に連絡をとり、苦情処理のための窓口が設けられていないのかを尋ね、苦情を申し出ても良いのではないかと思います。

3.最一小判平30.2.15労働判例1181-5 イビデン事件との関係

 就活生が適切な事後処理を求めて行くにあたり参考になりそうな判例として、最一小判平30.2.15労働判例1181-5 イビデン事件があります。

 これは、子会社の契約社員として働いていた女性が、同じ事業所で働いてた他の子会社の従業員男性から繰り返し交際を要求されたことなどを受けて、法令遵守体制に基づいて相応の措置を講ずるなどの信義則上の義務に違反したと主張して、親会社に対し、債務不履行又は不法行為に基づいて損害賠償を求めたという事案です。

 原告(被上告人)となった女性は子会社の従業員であって、親会社の従業員ではありません。直接的な契約関係がない中で、会社が付きまとい被害に遭ってる女性に対し、何らかの義務を負うのかが注目されました。

 裁判所は個別事案に関する判断として会社の責任を否定したものの、

「上告人(会社 括弧内筆者)は、本件当時、本件法令遵守体制の一環として、本件グループ会社の事業場内で就労する者から法令等の遵守に関する相談を受ける本件相談窓口制度を設け、上記の者に対し、本件相談窓口制度を周知してその利用を促し、現に本件相談窓口における相談への対応を行っていたものである。その趣旨は、本件グループ会社から成る企業集団の業務の適正の確保等を目的として、本件相談窓口における相談への対応を通じて、本件グループ会社の業務に関して生じる可能性がある法令等に違反する行為(以下「法令等違反行為」という。)を予防し、又は現に生じた法令等違反行為に対処することにあると解される。これらのことに照らすと、本件グループ会社の事業場内で就労した際に、法令等違反行為によって被害を受けた従業員等が、本件相談窓口に対しその旨の相談の申出をすれば、上告人は、相応の対応をするよう努めることが想定されていたものといえ、上記申出の具体的状況いかんによっては、当該申出をした者に対し、当該申出を受け、体制として整備された仕組みの内容、当該申出に係る相談の内容等に応じて適切に対応すべき信義則上の義務を負う場合があると解される。」

と、直接雇用関係にない従業員等からの相談に対しても、一定の場合、会社が相談内容等に応じて適切な対応をすべき義務を負うことを認めました。

 該当の企業に苦情処理体制が整備されている場合、就活生としてはイビデン事件の趣旨を類推して適切な事後対応を求めて行くことができる可能性もあると思います。

4.就活生への性犯罪で懲戒解雇されたとの報道事例

 少し前に、就活生への性犯罪を起こした従業員に対し、住友商事が懲戒解雇処分を下したとの報道がありました。

https://www.sankei.com/affairs/news/190416/afr1904160013-n1.html

 このようなことが明るみに出れば社会的信用が失墜してしまいます。また、会社としては会社の利益に貢献してくれる人材が欲しいわけであって、採用担当者の交際欲求を満たせる人材が欲しいわけではありません。採用に関わる権限を個人的な交際欲求を満たすために用いることは背信的な行為であり、企業秩序維持の観点からも看過し難かったのだと思われます。

 損害賠償や告訴だけではなく、事後対応を求めて行くための法律論を組み立てられる場合もあるかと思います。

 きちんとした対応をしてくれる会社・社会人もたくさんいるので、声を上げても無駄だと悲観しないことが大切かと思います。

 

就活セクハラをめぐる法的問題

1.就活セクハラをめぐる法的問題

 ネット上に、

「食事に誘う、交際を迫る、体に触る…『就活セクハラ』をめぐる法的問題」

という記事が掲載されていました。

http://news.livedoor.com/article/detail/16420339/

 回答者となっている弁護士の方は、

「面接でスリーサイズを聞く、彼氏の有無を聞く行為は法的責任を問えるでしょうか。」

という質問に対し、

「不適切な質問であり、回答する義務はありませんが、慰謝料や損害賠償の請求までは難しいでしょう。企業側の自主的なルール作りが必要になってきます」

というコメントをしています。

 回答義務がないというのは私も同意見です。

 しかし、

「慰謝料や損害賠償の請求までは難しい」

という部分は、意見が分かれる可能性があると思います。

2.「難しい」とはどのような意味か?

 「難しい。」というのは多義的な言葉です。

 法律相談で使う場合、

「請求権自体は発生すると思われるものの、弁護士に訴訟事件として依頼しても、認容されるであろう金額との兼ね合いで経済的な割に合わないから、訴訟事件化するのは難しい。」

という意味で用いる場合と、

「裁判所で違法性ありと判断してもらうこと自体が難しい。」

という意味で用いる場合とがあります。

 回答者の方が後者の意味で難しいと言っているのだとすれば、私は異なる意見を持っています。スリーサイズや彼氏の有無を聞く行為に関しては、それだけで違法だと言える可能性があると思っています。

3.検討の視点となる法制度

(1)職業安定法5条の4、平成11年労働省告示第141号(最終改正 平成29年厚生労働省告示第232号)

 職業安定法5条の4第1項本文は、

「・・・労働者の募集を行う者・・・は、・・・その業務に関し、求職者、募集に応じて労働者になろうとする者・・・の個人情報・・・を収集し、保管し、又は使用するに当たつては、その業務の目的の達成に必要な範囲内で求職者等の個人情報を収集し、並びに当該収集の目的の範囲内でこれを保管し、及び使用しなければならない。」

と規定しています。

 これを受けた上記告示は、

「職業紹介事業者等(注 職業紹介事業者『等』の概念には「労働者の募集を行う者」も含まれます。括弧内筆者)は、その業務の目的の範囲内で求職者等の個人情報・・・を収集することとし、次に掲げる個人情報を収集してはならないこと。ただし、特別な職業上の必要性が存在することその他業務の目的の達成に必要不可欠であって、収集目的を示して本人から収集する場合はこの限りでないこと。

イ 人種、民族、社会的身分、門地、本籍、出生地その他社会的差別の原因となるおそれのある事項

ロ 思想及び信条

ハ 労働組合への加入状況」

と説示しています。

https://www.mhlw.go.jp/www2/topics/topics/saiyo/dl/160802-01.pdf

 要するに、差別的評価に繋がるような個人情報は集めるなという意味です。

(2)男女雇用機会均等法5条

 男女雇用機会均等法5条は、

「事業主は、労働者の募集及び採用について、その性別にかかわりなく均等な機会を与えなければならない。」

と規定しています。

4.厚生労働省はスリーサイズを聞くことを差別的評価に繋がる問題事例だと認識している

 厚生労働省は、「公正な選考をめざして」という事業主啓発用のパンフレットを作成しています。

https://www.mhlw.go.jp/www2/topics/topics/saiyo/saiyo.htm

 このパンフレットの28ページに

「エントリーシートにスリーサイズ、血液型・星座の記入欄を設定」

していた事業所が問題事例として取り上げられています。

 そして、考え方として、

女性のスリーサイズを聞くことは、セクシュアルハラスメントにもかかわる差別的評価につながります。制服のサイズを把握する必要があるというのであれば、採用内定後に希望する既製服サイズを申告させれば足ります。」

と明記されています。

 セクハラとみているのか差別とみているのかは文言からはやや不分明ですが、スリーサイズを聞くのは問題だから止めろと警告していることが分かります。

5.大阪労働局は「今、つきあっている人はいますか。」との質問を男女雇用機会均等法に抵触する質問だと認識している

(1)女性に彼氏の有無を聞くのは不適切

 大阪労働局はホームページ上で、就職差別につながるおそれのある不適切な質問の例を紹介しています。

https://jsite.mhlw.go.jp/osaka-roudoukyoku/hourei_seido_tetsuzuki/shokugyou_shoukai/hourei_seido/kosei/futeki.html

 ここでは、

「今、つきあっている人はいますか。」

との質問が

「男女雇用機会均等法に抵触する質問」

の具体例として掲げられており、

「女性に限定しての質問は、男女雇用機会均等法の趣旨に違反する採用選考につながります。」

と注意喚起されています。

 彼氏の有無を聞く質問というのは、大阪労働局の行政解釈によれば、やはり男女雇用均等法に抵触するという評価になるのではないかと思います。

(2)男性にも聞いていたとしても、やはりダメだろう

 大阪労働局は「女性に限定しての質問」はダメだと言っています。

 それでは男性の求職者にもおしなべて聞くことはどうでしょうか。

 これもダメだと思います。

 厚生労働省はホームページ上で「公正な採用選考の基本」を表明しています。

 https://www.mhlw.go.jp/www2/topics/topics/saiyo/saiyo1.htm

 家族に関すること、生活環境・家庭環境などに関すること、人生観・生活信条に関することを面接で尋ねたりすることについて、職業差別につながるおそれがあると位置づけられています。

 恋人の有無のようなことは、適正と能力には関係がないため、男女おしなべて聞けば問題ないかと言えば、そういうものでもないのだろうと思われます。

6.スリーサイズや彼氏の有無を聞くのは違法ではないか

 職業安定法にしても男女雇用機会均等法にしても、行政取締法規であり、それに違反することが直ちに民事上の不法行為(違法な行為)とリンクするわけではありません。

 しかし、行政取締法規・行政解釈に違反していることは、民事上の違法性を論証するための重要な考慮要素になることは間違いありませんし、仕事の適正や能力に全然関係のない個人的な事情を尋ねることについて、「行政解釈には反しているけれども民事上は適法」と救済しなければならない理由はないように思われます。

 このように理解しても、普通の感覚の面接官であれば、面接でスリーサイズや彼氏の有無を確認しようという発想にはならないはずなので、誰が困るというわけでもないだろうと思います。

 発言単体だと慰謝料は伸びないとは思いますが、私は所掲の発言は違法性を有していると考えています。

 後は、被害を受けた方の価値判断の問題で、法律相談としては、

「割に合わなそうだけれども、社会的な意義・感情の整理のため訴訟事件化していくか。」

「割に合わなそうだから、訴訟事件として依頼するのは止めておくか。」

いずれかを決めてもらうという締めくくり方になるのではないかと思います。

 

職場の同僚間での嫌がらせトラブル 会社は証拠がなければ放置でいいのか?

1.職場の同僚からの嫌がらせ

 ネット上に、

「『呪い殺す』私の名前の上に無数の釘、ノコギリ跡も…職場の同僚の行為は犯罪?」

という記事が掲載されていました。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190510-00009615-bengocom-life

 記事によると、

「会社の倉庫の柱に、同僚とその家族、そして私の名前がマジックで書かれているのをみつけました。その上には『死』『呪』と書かれていて、釘が打ってありました。怖くてたまりません」

との相談事例があったとのことです。

 相談者によると、会社との間では、以下のようなやりとりが交わされたとのことです。

(以下引用)

「倉庫に出入りする人は限られているので、書いた人は特定できます」という相談者。しかし、上司が書いたと思われる人に話をすると、「知らない」の一点張りだったという。

会社側は「書いたと思われる人は心療内科に通っているので、カッとなってやってしまったのかもしれない。書いたことも覚えていないのではないか。証拠がない限り何もできない」と言ったそうだ。相談者は「このまま我慢するしかないのでしょうか」と不安な様子だ。

(引用ここまで)

2.単純に犯罪の成否を解説するだけで足りるのだろうか?

 記事では犯罪の成否を解説しています。

 殺人未遂罪は成立しないとし、脅迫罪・器物損壊罪が成立する可能性を指摘しています。

 書かれている内容に特段の問題はないとは思います(強いて言えば、物理的に損壊しているのが柱であることから、成否が問題になるのは器物損壊(刑法261条)というよりも建造物損壊(刑法260条)のような気はしますが)。

 しかし、果たして、

「このまま我慢するしかないのでしょうか」

という相談者の悩みへの回答になっているのだろうか? とは思います。

 犯行の現場に会社の倉庫の柱という場所が選ばれたのは、同僚らに儀式を認識させることが企図されていたからでしょうし、

「脅迫罪が成立する可能性があるので、警察に告訴して犯人を捜査してもらうという解決策が考えられます。」

というくらいには踏み込んだ回答をして良いのではないかと思います。

3.会社に対して交渉する余地はないのだろうか?

 相談者によると、会社は

「証拠がない限り何もできない」

として静観の構えをしているようです。

 しかし、鬱病の既往症がある職員からパワハラの相談を受けた場合に関するものではあるものの、

「被告には、Bが主張するパワハラが存在するか否か調査をし、その結果、パワハラの存在が認められる場合はもとより、仮にその存在が直ちには認められない場合であっても、本件既往症のあるBがDに対して上記相談を持ち掛けたことを重視して、C又はBを配置転換したり,CをBの教育係から外すなどの措置を講じ、Bが、Cの言動によって心理的負荷等を過度に蓄積させ、本件既往症であるうつ病を増悪させることがないよう配慮すべき義務があったものというべきである。」

と判示した裁判例があります(さいたま地判平27.11.18労働判例1138-30 さいたま市(環境局職員)事件)。

 また、職場の同僚間に深刻な対立があり、心理的な負荷を感じた側の同僚から一緒に仕事をすることが苦痛であるとの相談が寄せられていた事案において、

「被告(会社 括弧内筆者)は、上記のように強い心理的負荷を与えるようなトラブルの再発を防止し、原告の心理的負荷等が過度に蓄積することがないように適切な対応をとるべきであり、具体的には、原告又はAを他部署へ配転して原告とAとを業務上完全に分離するか、又は少なくとも原告とAとの業務上の関わりを極力少なくし、原告に業務の負担が偏ることのない体制をとる必要があったというべきである。」

と判示した裁判例もあります(東京地判平27.3.27労判1136-125 アンシス・ジャパン事件)。

 単純な個人的な好き嫌いで対応を求めることはできないにしても、限定された倉庫に出入りする人間と、他の同僚との間に呪い殺す云々のような深刻なトラブルがあるということであれば、会社の側に一定の対応を求めることはできそうな気がします。

 また、当該儀式を認識しながら事態を放置し、何等かの深刻な事件が発生した場合、会社には安全配慮義務違反を問われるリスクがあるのではないかと思います。

4.調査、告訴、配置転換を求めて交渉する余地もあるのではないか?

 会社側が解決しなければならないのは、上司部下間のパワハラに限ったことではありません。同僚同士のトラブルも、それが一方に強い心理的負荷を与えるようなものである場合には、解決に乗り出さなければなりません。

 また、「証拠がないから何もできない」で放置するのは安全配慮義務との関係で問題となる可能性があります。

 そのことを指摘したうえで、相談者としては、会社に対し、

もっと徹底した調査を行うこと、

会社内部での調査に限界があるのであれば、犯人特定のため、器物損壊や建造物損壊で警察に告訴すること、

倉庫に出入りしている限られた人間と離れるため、相談者自身又は限られた人間を、他部署に配置転換すること、

などを求めて交渉する余地もあるのではないかと思います。

 「このまま我慢するしかないのでしょうか」との相談に対しては、以上のような回答を示すこともできるかも知れません。

 

妊活パワハラⅡ

1.妊活パワハラ

 昨日、

「許せない『妊活パワハラ』 上司に話すも、忙しい業務を担当させられる」

とのネット記事が掲載されていたというお話をしました。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2019/05/08/122650

http://news.livedoor.com/article/detail/16420863/

 この記事で回答者となっている弁護士の方は、

「忙しい業務を命じる場合の他に、妊活について過度に立ち入った発言をしたり、配慮のない暴言『いつできるの』『早くしてよ』などもパワーハラスメント行為といえます。」

との回答をしています。

2.パワハラというよりセクハラの問題ではないか?

 厚生労働省は平成24年3月15日付けで「職場のパワーハラスメントの予防・解決に向けた提言」という資料を公表しています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000025370.html

https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000025370-att/2r9852000002538h.pdf

 回答している弁護士の方は、「いつできるの」「早くしてよ」などの発言が「提言」でまとめられているパワハラの類型のうち「個の侵害」(私的なことに過度に立ち入ること)に該当することを意識しているのではないかと思います。

 これも間違ってはいないと思います。

 しかし、不妊治療をしている女性に「いつできるの」「早くしてよ」などと言うことは、

パワハラというよりも寧ろセクハラに近い、

又は、

パワハラであると同時にセクハラにも該当する、

といった評価になるのではないかと思います。

3.セクハラの定義

 厚生労働省は、「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針」(平成 18 年 厚生労働省告示第 615 号 最終改正:平成 28年8月2日 厚生労働省告示第 314号)という文書で、

「職場におけるセクシュアルハラスメントには、職場において行われる性的な言動に対する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受けるもの(以下「対価型セクシュアルハラスメント」という。)と、当該性的な言動により労働者の就業環境が害されるもの(以下「環境型セクシュアルハラスメント」という。)がある。」

としています。

 このうち、環境型セクシュアルハラスメントは、

「職場において行われる労働者の意に反する性的な言動により労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じること」

と定義されています。

https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00004330&dataType=0&pageNo=1

4.「いつできるの」「早くしてよ」の環境型セクシュアルハラスメントへの該当性

 職場の上司が「いつできるの」「早くしてよ」などということは、私の感覚では「性的な言動」に該当します。

 簡単にネットで検索してみたところ、越前市がホームページで

「『結婚はまだか 子どもはまだか』など、意図的に恋愛経験、結婚、出産のことを頻繁に尋ねる。」

ことを環境型セクハラの典型例として例示していました。

http://www.city.echizen.lg.jp/office/010/130030/danjokyodosankakushitsu/sekuhara-dv.html

 これとの比較においても「(子どもが)いつできるの」「早くしてよ」などの言動が性的な言動にあたるというのは、あながち独自の感覚というわけではないだろうと思います。

 記事で相談者が受けている体外受精には多額のお金がかかります。

 内閣府のホームページに掲載されている資料によると、中央値で1回あたり30万円だとのことです。

https://www8.cao.go.jp/shoushi/shoushika/meeting/promote/se_6/sanko.html

 また、厚生労働省の研修資料によると、体外受精の通院日数の目安は、数時間のものが4~10日で、半日~1日のものが2日程度となっています。しかも、日程調整の可否に関しては「決められた日の通院が望ましい」とされています。

https://www.mhlw.go.jp/bunya/koyoukintou/pamphlet/30.html

https://www.mhlw.go.jp/bunya/koyoukintou/pamphlet/dl/30j.pdf

 必ず妊娠するとも限らない中、多額のお金をかけて、一生懸命仕事上のスケジュールをやりくりして通院をしている人の立場からすれば、「いつできるの」「早くしてよ」などといった言葉を浴びせられるのは不快でしょうし、ストレスで能力の発揮にも重大な悪影響が生じてくるのではないかと思います。

5.なぜ、セクハラと言った方が適切なのか?

 私がセクハラの問題だと言った方が適切なのではないかと思うのは、セクハラの方が法的保護が手厚いからです。

 男女雇用機会均等法11条は、セクハラに関し、

「事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。」

と規定しています。

 法務の機能している会社であれば、セクハラに対しては相談窓口や、適切に対応するために必要な体制が整備されていますし、一定の経験も蓄積されています。

 他方、パワハラに関しては、近時、衆議院で防止に係る法案が可決されたとの報道はありましたが、現行法令に男女雇用機会均等法11条に対応する規定があるわけではありません。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO44127710U9A420C1PP8000/

 セクハラからの法的保護の方が手厚いため、パワハラであると同時にセクハラにもなりそうな時は、セクハラにも該当するとの指摘が必要ではないかと思います。

 記事の問題に関しても、聞かれたのはパワハラなのかということだと思いますが、寧ろセクハラの問題ではないかという指摘もあって良いような気がします。

 

妊活パワハラ

1.妊活パワハラ

 ネット上に、

「許せない『妊活パワハラ』 上司に話すも、忙しい業務を担当させられる」

との記事が掲載されていました。

http://news.livedoor.com/article/detail/16420863/

 記事は、次の事例をもとに、上司の措置がパワハラではないかが論じられています。

(以下引用)

「妊活を希望しているにも関わらず、忙しい業務を担当させられるなどのパワハラを受け、流産してしまいました」。妊活にまつわるこんな相談が弁護士ドットコムに寄せられました。

相談を寄せた者の女性は、結婚後「業務が落ち着けば妊活できる」と予定していましたが、異動になり妊活が先のばしとなっていました。

その後、ようやく妊活を始められたものの妊娠は叶わず、体外受精をすることに。通院日も増え、ストレスも大敵です。そこで、忙しい仕事は無理であることや、休みが欲しいことなど上司に配慮をお願いしましたが、担当業務を変更され、さらに忙しくなったといいます。

(引用ここまで)

2.パワーハラスメントの類型「過大な要求」

(1)記事の弁護士の見解

 記事で弁護士の方は、

「女性は、上司に妊活中であること、休みが必要なことや妊活に精神的ストレスは大敵であることを伝えているにもかかわらず、その上司は、この女性により忙しい業務を命じるなどして、精神的、身体的苦痛を与えています。

上司のこの行動は、パワーハラスメントに該当し、慰謝料などの損害賠償請求が出来る可能性があります。」

との見解を示しています。

(2)パワーハラスメントの定義

 記事で引用されているとおり、パワーハラスメントとは、

「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える、又は職場環境を悪化させる行為」

をいいます。

 これは厚生労働省が平成24年3月15日付けで公表している「職場のパワーハラスメントの予防・解決に向けた提言」に記載された定義を引用したものです。

https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000025370.html

https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000025370-att/2r9852000002538h.pdf

 パワーハラスメントの定義として一般的な理解だと思います。

(3)「過大な要求」類型

 提言でまとめられているパワハラの類型の中に、

「業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害」(過大な要求)

という括りがあります。

 記事の弁護士の方は、

「忙しい業務を命じるなどして、精神的、身体的苦痛を与えて」

いることを指摘しており、「過大な要求」類型を意識して、パワハラに該当する可能性を指摘しているのではないかと思います。

3.適正な範囲を超える業務量が割り当てられなければ違法ではない?

(1)もう少し踏み込んだ回答をしても良いのではないか?

 記事の弁護士の方の回答に間違いはないと思います。

 命じられた業務が提言に書かれているように遂行不可能なレベルに達しているのであれば、当該上司の方の措置はパワハラに該当するだろうと思います。ただ、そうでもなければパワハラとまでは言えないかも知れません。その意味で「可能性」があるとの回答も正確を期したものだと思います。

 しかし、「過大な要求」類型のパワハラは業務上の適正な指導との線引きが難しく、違法というためには、ある程度誰が見ても、「これは遂行不可能ではないか?」という心証を抱くことが必要になってきます。

 「過大な要求」類型のパワハラが問題になるのは、妊活の場面に特有の問題ではないため、

「妊活をしていなければ遂行するのは可能だけれども、妊活をすることを前提にすれば遂行が難しい」

といった水準の指示が下された場合、それがパワハラに該当するかは、判断の困難な問題です。

 記事で取り上げられている相談者の方は、結局、対外受精には成功しているみたいなので、多忙とはいってもギリギリ妊活ができる程度の業務量水準、まさに

「妊活をしていなければ遂行するのは可能だけれども、妊活をすることを前提にすれば遂行が難しい」

レベルでの仕事が割り振られていたのではないかと思います。

 個人的には、こうした場合に、どのような救済法理が考えられるのかにまで踏み込んだ回答をしても良かったのではないかと思います。

(2)業務命令権の濫用という枠組みでも捉えられるのではないか

 私の感覚では、本件の問題は、パワハラの問題というよりも、業務命令権の濫用の問題ではないかと思ってます。

 会社は従業員に対して何でもかんでも命令できるわけではありません。

 例えば、神戸地判平28.5.26労働判例1142ー22学校法人須磨学園ほか事件は、

「業務命令が業務上の必要性を欠いていたり、不当な動機・目的をもって行われたり、目的との関係で合理性ないし相当性を欠いていたりするなど、社会通念上著しく合理性を欠く場合には、権利の濫用として違法無効になると解される。」

との規範を示しています。

 また、配転命令に関する事例ではありますが、

「原告Dらに対する本件配転命令は、原告Dらの個々の具体的な状況への配慮やその理解を得るための丁寧な説明もなくされたものであり、かつ、・・・例年よりも異動日との余裕がない日程によって告知されたものである・・・から、その業務上の必要性の大きさを考慮しても、これを受ける原告Dらに予期せぬ大きな負担を負わせるものであることやこれに応じて執るべき手続を欠いていたことという点において、その相当性を著しく欠くものといわざるを得ない。」

と従業員の個別的な事情への配慮を欠く配転命令の違法性を認めた事案もあります(東京地判平30.2.26労働判例1177-29一般財団法人あんしん財団事件)。

 不当な目的をもった業務命令であるとか、従業員の個々の具体的な状況への配慮をあまりに欠いた業務命令には、違法性が認められる可能性があります。

(3)妊活妨害目的で多忙な業務を割り振ることは業務命令権の濫用ではないか

 私の知る限り公表されている類似裁判例がないため軽々なことは言えませんが、個人的な感覚としては、妊活を妨害して仕事に専念させる目的で多忙な業務を割り振ることは、まさに不動な動機・目的のもとで発せられる業務命令にほかならず、濫用的業務命令として違法性を有するのではないかと思います。

 労働施策総合推進法6条1項は事業者の責務として、

「事業主は、その雇用する労働者の労働時間の短縮その他の労働条件の改善その他の労働者が生活との調和を保ちつつその意欲及び能力に応じて就業することができる環境の整備に努めなければならない。」

と規定しています。

 いかに業務上の必要性があったとしても、また、こなすことが不可能な分量の過大な業務ではなかったとしても、業務命令という形式をとって子どもを産む・産まないの自由にまで干渉することは、個々の労働者の私的生活領域に立ち入りすぎており、違法ではないかと思います。

4.集める証拠は?

 記事の弁護士の方は、集める証拠として、

「『妊活中であることを配慮して欲しい』と伝えた後の勤務時間や業務内容を示す資料、タイムカードや業務連絡のメールなど」

を挙げています。

 私が同じ質問を受けていたとすれば、こうしたものに加え、

「上司の方の妊活に対する言動」

を記録・録音しておくことを勧めるのではないかと思います。

 妊活妨害に向けた作為が認められるような事案では、上司の方から妊活を嫌忌するような言動がなされることもあるのではないかと思います。

 こうした言動は、多忙な業務を割り振る動機・目的を推知する資料になるだろうと思います。

5.妊活の妨害に対して声を挙げていくことは可能ではないか

 会社の側に特に不当な動機・目的がない場合はともかくとして、嫌がらせのように妊活をしにくい業務を割り振られることに関しては、声を挙げていくことが可能ではないかと思います。

 業務上の必要性が否定できない場合や、「過大な要求」類型のパワハラのように、遂行不可能な分量の業務を割り振られた場合でなかったとしてもです。

 特に、上司の方から露骨な妊活嫌忌の言動があるようなケースに関しては、法的措置によって救済を図れる余地は十分にあるのではないかと思います。