弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

自殺の予見可能性-加重な業務に従事する状態についての予見可能性で足りるとされた例

1.自殺の予見可能性

 不法行為であれ債務不履行であれ、損害賠償を請求するためには、故意や過失、因果関係といった要素が必要になります。

 ここでいう「過失」とは結果予見義務を前提としたうえでの結果回避義務違反をいいます。また、相当因果関係とは、当該行為から当該結果が生じることが社会通念上相当だといえる関係にあることをいいます。社会通念上の相当性の有無を判断するにあたっては、当該行為から当該結果が生じることを予見できたのかどうかが問われることになります。

 このように、予見可能性は、損害賠償責任の有無を判断するにあたり、重要な意味を持っています。

 それでは、被害者が自殺してしまった場合、その責任を加害者に問うためには、どのような内容に予見可能性があればよいのでしょうか?

 自殺事案では、

強い心理的負荷のもとになる出来事 ⇒ 精神障害の発症 ⇒ 自殺

という経過がたどられるのが一般です。

 加害者に責任を問うにあたり、被害者の遺族は、

自殺そのものが予見可能であることを立証しなければならないのか、

それとも、

強い心理的負荷を生じさせる出来事を認識していたことさえ立証できれば足りるのでしょうか?

 以前、後者の見解を採用した裁判例を二件紹介したことがあります。

高知地判令2.2.28労働判例ジャーナル98-10 池一菜果園事件

新潟地判令4.3.25労働判例ジャーナル127-30 新潟市事件

自殺の予見可能性-問責にどこまでの認識が必要なのか? - 弁護士 師子角允彬のブログ

自殺の予見可能性-どこまでの認識が必要か? - 弁護士 師子角允彬のブログ

 近時公刊された判例集にも、予見可能性の対象を、自殺の結果ではなく、

心身の健康を損ねるような過重な業務に従事する状態

と判示した裁判例が掲載されていました。富山地判令5.11.29丸福石油産業事件です。

2.丸福石油産業事件

 本件で被告になったのは、

石油製品の販売業等を業とする株式会社(被告会社)、

被告会社の代表取締役(被告f)

の2名です。

 原告になったのは、

被告会社に雇用され、SS(サービスステーション)部の課長g

の遺族4名です(原告a、原告d、原告b、原告c)。

 gが自殺したのは、被告会社において過重な業務を強いられ、精神障害を発症したからであるとして、損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。

 本件の被告らは、

「予見可能性が認められるには、過重な労働そのものについての認識だけでは足りず、業務遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積することで何らかの精神障害を発病することについての具体的・客観的な予見可能性が必要である。」

「オイルの販売や車検契約の獲得はノルマではなく、gは時間外労働や休日労働をしてまで当該目標を達成しなければならない状況になかった。gは、目標達成が困難であることについて被告fやhに相談しなかった。また、gは、平成22年11月から通院して神経症や不眠症と診断され投薬を受けていたことや、令和元年10月2日にうつ病と診断されたこと等を被告らに伝えなかった。そして、gは自殺する前日まで普段どおり勤務していた。」

「以上によれば、自殺直前に長時間労働があったとしても、被告らはgがうつ病を発病し自殺するほど健康状態が悪化していたことを容易に認識し得ず、予見可能性はなかった。」

などと主張して予見可能性を争いました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告らの予見可能性を認めました。

(裁判所の判断)

「被告らは、注意義務の前提としての予見可能性について、過重な労働についての認識だけでは足りず、精神障害を発病することについての具体的な予見可能性が必要である旨及び当時の状況からすればgがうつ病を発病し自殺するほど健康状態が悪化していたことは容易に認識し得なかった旨を主張する。」

「この点、労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは周知のところであり、うつ病への罹患やこれを契機とする自殺はその一態様であるから、使用者や代理監督者の注意義務違反の前提となる予見可能性の対象も、労働者による精神障害の発病や自死といった結果ではなく、そのような結果を生じさせる危険な状態の発生、すなわち当該労働者が、その心身の健康を損ねるような過重な業務に従事する状態であるというべきである。

「そして、被告らは、前記・・・のようなgの稼働状況や連続勤務日数及び時間外労働時間数等の就業実態を認識していたことが認められる・・・。また、被告fは、gが統括するi店の売上目標や、令和元年7月及び同年8月はオイルの販売量が1か月1000リットルに達せず、同年9月に同様の事態が生じるとi店において初めてオイルの販売目標が不達成となる事態にgが直面していたことなどを認識していた・・・。以上によれば、被告らについては、gが心身の健康を損ねるような過重な業務に従事していたことについて予見可能性があったというべきである。仮に被告らがgの具体的な健康状態の悪化を現に認識していなかったとしても、予見可能性がなかったとはいえないから、被告らは前記・・・の注意義務を負うことは明らかである。」

3.近時の裁判例の流れは固まってきたのではないか

 当たり前のことですが、自殺すると予見できるような状態で何の対策もとらないような企業は、ないとは言えないまでも極めて限定的です。

 自殺事案は、周囲の人が「まさか自殺するとは」と思うような事情のもとで発生するのが普通です。

 そのため、予見可能性の対象が、

精神障害の発病や自殺そのものなのか、

精神障害の発病や自殺に繋がる過重な業務に従事している状態で足りるのか、

は遺族が救済を受けられるのかどうかに大きく影響します。

 裁判例の流れは後者にあるように思いますが、本裁判例は、後者の見解に一例を加えたものです。本裁判例もまた、自殺に関連する事件を扱うにあたり、実務上参考になります。

 

法科大学院の廃止に伴い実務家教員を整理解雇するために求められる解雇回避努力-法学部から科目確保を断られたら仕方ないとされた例

1.専門職大学院の実務家教員の整理解雇と解雇回避努力

 専門職大学院で行われている教育内容は、学部教育の延長線上にあることも少なくありません。例えば、法科大学院での教育内容は、法学部での教育内容をより高度に発展させた形になっています。

 そうであるとするならば、実務家教員を整理解雇するにあたっては、解雇回避努力として、学部での受け入れの可否が模索されるべきだとはいえないのでしょうか?

 昨日ご紹介した、福岡地判令6.1.19労働判例ジャーナル145-1 学校法人西南学院事件は、この問題を考えるうえでも参考になる判断を示しています。

2.学校法人西南学院事件

 本件で被告になったのは、西南学院大学を設置する学校法人です。西南学院大学には、法学部と大学院法務研究科(法科大学院)が設置されていました。

 原告になったのは、被告との間で無期労働契約を締結し、被告の法科大学院で就労していた弁護士です。元々は有期労働契約を締結・更新していましたが、無期転換権の行使により、労働契約が無期化したという経過が辿られています。

 法科大学院の廃止に伴い解雇されたことを受け、その無効を主張し、労働契約上の地位の確認等を求めて出訴したのが本件です。

 この事件の原告は、

「被告は、原告の解雇を回避するために十分な努力を尽くしていない。」

「被告の財務状況等に照らし、法科大学院に配置されていた教員のうち唯一労働契約が存続している原告一人の雇用維持がそれほど困難であるとは考え難い。また、被告は、遅くとも平成30年6月21日には法科大学院の廃止を決定し、令和4年3月31日までに原告との通算契約期間が10年に達することを認識していたのであるから、無期転換申込みに備えて原告の雇用維持の方策を検討しておく時間的余裕もあった。それにもかかわらず、被告は、単に原告からの提案(原告が担当すべき要件事実に関する科目の開講)について法学部に検討を求めたにすぎず、その提案を断られるや漫然と原告の雇用維持が困難であると判断し、それ以外の方策の検討を尽くさなかった。」

と主張し、解雇回避努力が不十分であると主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告の主張を排斥しました。結論としても、整理解雇は有効だと判示しています。

(裁判所の判断)

「原告は、被告は法学部に対して原告の担当し得る授業科目の確保を形式的に依頼し、それを法学部から断られるや原告の雇用維持を断念しており、被告の財務状況等に照らしても解雇回避努力の履践が不十分であった旨主張する。」

「しかし、原告は、弁護士としての職務経験を活かし法科大学院における法律実務教育に従事することを期待され雇用された法科大学院の実務家教員であったこと・・・、原告が法科大学院廃止後も法律実務の教育に従事したいという意向を有していたこと・・・に照らすと、被告が法科大学院と関連の深い法学部に対して原告の担当し得る授業科目の確保を依頼することは自然かつ合理的であったといえる。また、一般に、大学におけるカリキュラム編成や教員の担当する授業科目の割当て等が各学部の自治に委ねられ、各学部に広範な裁量が与えられている場合が多数であることに照らすと,原告の上記意向を踏まえて法学部の刑事系科目、要件事実教育を含む民事系科目など幅広く担当し得る授業科目を検討した上で、法学部の専任教員の存在や、法学部で提供すべきカリキュラムに沿わないという理由を示して被告の依頼を断った法学部の回答・・・に反して原告の上記意向を実現することは現実的に困難であったと考えられる(なお、法科大学院が廃止された以上、原告が実務家教員としての能力を発揮できる場は被告の法学部しか存在しなかったと考えられる一方、同学部以外における雇用維持の方策が存在したとは窺われない。)。そうすると、被告の全体的な財務状況が実務家教員一人の雇用を継続することによって急激に悪化するような状態になかったことを踏まえても、被告による解雇回避努力の履践が不十分であったとまでは評価し得ない。よって、原告の上記主張を採用することはできない。

3.大学としての特性が出た事案

 整理解雇における解雇回避努力については、

「新規採用の停止、役員報酬のカット、賞与減額・停止、残業規制、人件費以外の経費(広告費、交通費、交際費等)削減、非正規従業員の雇止め、余剰人員の配転・出向・転籍、一時帰休、ワークシェアリング、希望退職者募集等の考えられるすべての解雇回避措置を一律に要求するのではなく、当該企業の規模・業種、人員構成、労使関係の状況に照らして実現可能な措置かどうかを検討したうえで、その実現可能な措置が尽くされているかを検討する傾向にある。企業規模・業種等によっては、これらの措置をすべて行うと企業の存続自体が困難となる場合があるからであろう。」

と理解されています(佐々木宗啓ほか『類型別 労働関係訴訟の実務』〔青林書院、改訂版、令3〕398頁参照)。

 配転は解雇回避措置の典型ですし、大学や専門職大学院を設置する規模の法人(学校法人・国立大学法人)であれば、科目を一つ増設することに伴う物理的な制約は左程でもないはずです。

 しかし、「学部の自治」という大学の持つ企業特性を理由に、

聞くだけ聞いて断られたら仕方ない、

という、かなり緩やかな判断を示しました。

 この判断は大学ならではのもので、実務家教員に限らず、部門閉鎖に伴う大学教員の整理解雇の可否を考えるにあたり参考になります。

 

専門職大学院の廃止に伴う実務家教員の整理解雇

1.専門職大学院の実務家教員

 学校教育法99条は、次のとおり規定しています。

「第九十九条 大学院は、学術の理論及び応用を教授研究し、その深奥をきわめ、又は高度の専門性が求められる職業を担うための深い学識及び卓越した能力を培い、文化の進展に寄与することを目的とする。

② 大学院のうち、学術の理論及び応用を教授研究し、高度の専門性が求められる職業を担うための深い学識及び卓越した能力を培うことを目的とするものは、専門職大学院とする。

③ 専門職大学院は、文部科学大臣の定めるところにより、その高度の専門性が求められる職業に就いている者、当該職業に関連する事業を行う者その他の関係者の協力を得て、教育課程を編成し、及び実施し、並びに教員の資質の向上を図るものとする。」

 この学校教育法99条2項に基づいて設置された大学院を、専門職大学院といいます。

 専門職大学院には、

【ビジネス・MOT】

【会計】

【公共政策】

【公衆衛生】

【臨床心理】

【その他】

【法科大学院】

【教職大学院】

といった括りがあり、多数の大学院が設置されています。

専門職大学院一覧:文部科学省

専門職大学院一覧(令和5年5月現在):文部科学省

https://www.mext.go.jp/content/20240314-mxt_senmon02-000034152_1-1.pdf

 専門職大学院の特徴の一つに、実務家教員の割合の高さが挙げられます。実務家教員の割合は、一般的な専門職大学院で3割以上、法科大学院で2割以上、教職大学院で4割以上という数値が定められています。

専門職大学院:文部科学省

 それでは、この専門職大学院が廃止される場合、実務家教員の雇用継続の可否は、どのように判断されることになるのでしょうか?

 近時公刊された判例集に、専門職大学の廃止に伴う実務家教員の整理解雇の可否が問題になった裁判例が掲載されていました。福岡地判令6.1.19労働判例ジャーナル145-1 学校法人西南学院事件です。

2.学校法人西南学院事件

 本件で被告になったのは、西南学院大学を設置する学校法人です。西南学院大学には、法学部と大学院法務研究科(法科大学院)が設置されていました。

 原告になったのは、被告との間で無期労働契約を締結し、被告の法科大学院で就労していた弁護士です。元々は有期労働契約を締結・更新していましたが、無期転換権の行使により、労働契約が無期化したという経過が辿られています。

 法科大学院の廃止に伴い解雇されたことを受け、その無効を主張し、労働契約上の地位の確認等を求めて出訴したのが本件です。

 裁判所は、整理解雇法理に沿った判断を行い、次のとおり述べて、解雇は有効だと判示しました。

(裁判所の判断)

・判断の枠組み

「本件解雇は、被告が設置運営していた法科大学院の廃止という被告の経営上の理由に基づくものであり、原告に特段の帰責事由はない。したがって、本件解雇が「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」(労働契約法16条)に該当し無効となるか否かについては、いわゆる整理解雇法理に沿い、〔1〕人員削減の必要性、〔2〕解雇対象となる人選の妥当性、〔3〕解雇回避努力ないし解雇に伴う不利益軽減措置の履践及び〔4〕手続の相当性等の事情を総合考慮して判断すべきものと解される。」

・〔1〕人員削減の必要性及び〔2〕解雇対象となる人選の妥当性について

「被告は、本件解雇の約4年5か月前の平成30年6月には法科大学院の学生募集を停止する旨の発表を行い、本件解雇の8か月前の令和4年3月末に法科大学院を廃止しており・・・、本件解雇がされた同年11月末の時点において法科大学院に配置し得る教員の定員は存在しなかった。」

また、原告は、法科大学院において弁護士としての長年の職務経験・・・を活かし法律実務の教育に従事することを期待されて雇用された実務家教員であり(実務家教員規程1条1項参照)、弁護士業務との兼任も認められていたのであって、専ら学術的見地から法科大学院での教育、研究に従事することを期待されて雇用され、他の職種との兼業が基本的に認められていない研究者教員とは立場が異なり、原告が法科大学院の実務家教員以外の職種に配置転換されることは想定されていなかったといえる。

「そして、原告以外の実務家教員は全て無期転換権を行使することなく期間満了に伴い被告との雇用契約を終了したこと・・・も併せ考慮すると、被告の経営状態に特段不安定な面は窺われないことを踏まえても、法科大学院の廃止に伴い法科大学院に配置されていた原告を含む実務家教員の雇用を全て終了させることとした被告の判断は相応の合理性を有しており、当該判断に基づく実務家教員の人員削減の必要性及びその対象として原告を選定したことの妥当性は認められるというべきである。

・〔3〕解雇回避努力ないし解雇に伴う不利益軽減措置の履践及び〔4〕手続の相当性について

「各項掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。」

「被告は、原告からの無期転換申込みを受けて、原告が担当し得る授業科目等について法学部教授会に問い合わせを行い、令和4年3月1日頃、法学部教授会から臨時開講科目(刑事模擬裁判)の講師を次年度に限り担当してもらうことは可能であるとの回答を得た・・・。」

「被告は、同月17日頃、原告に対し、法科大学院の廃止を理由として、無期転換申込みによる無期労働契約を成立させず、新たに同年8月31日までの有期労働契約を締結し、法学部の非常勤講師として雇用することを提案したが、原告は、無期転換申込みによる無期労働契約を成立させるべきであるとして同提案を拒絶した・・・。」

「被告は、同年3月31日から同年4月19日にかけて、同年4月以降は休業扱いとするが刑事模擬裁判の授業を担当してもらい、別途上記科目を除く部分の休業手当(平均賃金額の6割相当額)を支払うこととし、令和4年度以降の業務・処遇等について協議を継続するよう原告に対し要望した・・・。」

「原告は、同年4月27日、自身に解雇事由はないことを前提に、民事系科目の要件事実教育を法学部で行うことを要望した・・・。」

「被告は、法学部に上記原告の要望の検討を依頼したが、法学部から、カリキュラム編成の都合上、上記要件事実に関する講座の開講その他の方法により原告の担当すべき科目を確保することはできない旨の回答を得たことから、原告に対し、同年6月13日頃、その旨を説明するとともに、就業規則の定める被告都合による退職金845万0400円に加えて契約解除金690万円(賃金年額の5割相当額)を支払うことを条件とする合意退職の提案をした・・・。」

「原告は上記提案に同意せず、その後も被告の教員組合に連絡するなどして被告での雇用契約の存続を図ったが、被告は教員組合とも協議した上で同年11月30日を解雇日とする本件解雇を行った・・・。」

「被告は、同年12月12日、上記各金員(ただし所得税等控除後の金額)を原告のために供託した・・・。」

「前記・・・のとおり、被告は、原告の法科大学院廃止以降も被告に雇用されて実務家教員としての能力を発揮したいという意向に沿う現実的な雇用維持の方策を模索し、法学部における担当科目の確保を法科大学院廃止前の令和4年3月頃から6月頃にかけて2度にわたり試みたものの、法学部から断られその方策を実現できなかったことも踏まえて、原告と繰り返し協議を行い、本件解雇の約5か月前に契約解除金の支払等による一定の経済的補償を加算した条件での合意退職を提案し、教員組合とも協議していたものであり、同年10月にいったん解雇を予告した後、原告からの請求に応じて人事公正委員会における審議も経た上で、当初の解雇予定日よりも予定日を繰り下げて本件解雇を行ったこと・・・に加え、原告が基本的に法科大学院の実務家教員以外の職種への配置転換を想定されていない実務家教員であり、自らの法律事務所で弁護士業を営むことも含め被告以外での稼働が比較的容易なベテランの弁護士であること・・・も併せ考慮すると、本件解雇に先立ち被告は十分な解雇回避努力ないし解雇に伴う不利益軽減措置を履践しており、本件解雇に至るまでの手続も相当であったと評価することができる。

・小括

「前記のとおり、労働協約に基づいてされた本件解雇は、〔1〕解雇の必要性があって、〔2〕その人選も妥当であり(前記3)、〔3〕十分な解雇回避努力ないし解雇に伴う不利益軽減措置が履践されており、〔4〕手続の相当性を欠くともいえない(前記4)から、法科大学院の廃止に伴う整理解雇として客観的に合理的な理由を備えており、社会通念上も相当であって、『客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合』(労働契約法16条)には該当せず、有効であるというべきである。」

3.やはりそれほど立場は強くなかった

 当たり前のことながら、実務家教員は本業として実務をしています。専業で教員をしているわけではなく、生活して行こうと思えば、本業で生活していける人が殆どではないかと思います。また、実務家教員が教員であるのは、実務に関する知見を買われてのことであって、貢献できる可能性がが比較的限定されています。

 そうしたことから、労働契約上の立場は、それほど強くないのではないかと思っていましたが、やはり比較的あっさりと解雇の有効性が認められました。裁判所は、被告の経営状態に特段不安定な面は窺われないことを踏まえても、整理解雇は有効だと判断しています。

 専門職大学院の廃止はそれなりにありますが、本業がある関係からか、実務家教員の整理解雇の可否が争われたという話は、あまり耳にしません。

 本件は実務家教員の整理解雇の可否を議論するにあたっての先例として、参考になります。

 

キャリア形成と配転-専門職(言語聴覚士)に対する根拠のない職務の一方的な変更が不法行為を構成するとされた例

1.配転命令と損害賠償

 違法な配転命令に対しては、

「〇〇(配転先)において勤務する労働契約上の義務を負わないことを確認する」

といったように義務不存在の確認を求めることのほか、

損害賠償(慰謝料)を請求すること

が考えられます。

 損害賠償請求の可否は、必ずしも最二小判昭61.7.14労働判例477-6 東亜ペイント事件の判断枠組みに従って違法性を判断しているわけではなく、比較的柔軟に請求が認められることがあります(第二東京弁護士会 労働問題検討委員会『労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、2023年改訂版、令5〕250頁参照)。

 この損害賠償請求との関係で、近時公刊された判例集に興味深い裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、さいたま地越谷支判令5.12.5労働判例ジャーナル145-12 学校法人獨協学園事件です。何が興味深かったのかというと、専門職に対する根拠のない職務の一方的な変更が不法行為を構成するとされた点です。

2.学校法人獨協学園事件

 本件で被告になったのは、

獨協医科大学埼玉医療センター(本件病院)を設置・運営する学校法人(被告法人)、

本件病院のリハビリ科で作業療法士として勤務する職員(被告c・主任)

本件病院のリハビリ科で部長代行として勤務していた医師(被告d)

本件病院のリハビリ科で作業療法士として勤務する職員(被告e・主任)

本件病院のリハビリ科で理学療法士として勤務する職員(被告f・技師長代理)

本件病院のリハビリ科で理学療法士として勤務する職員(被告g・主任)

の1法人5名です。

 原告になったのは、本件病院のリハビリ科で言語聴覚士として勤務していた方です。上司にあたる個人被告らから嫌がらせ・誹謗中傷当のハラスメントを受け、精神的苦痛を被ったとして、損害賠償を請求したのが本件です。

 原告が問題にした行為は複数に渡りますが、その中の一つに、原告聴覚士の職務から外すと通告されたことがありました。

 病院収益の確保のため、所定労働時間内で取得することが不可能なノルマを義務として課され、サービス残業をするか、そうでなければ、リハビリの実施時間を水増しして申告するといった対応をとるように圧力をかけられ、これを拒んでいたところ、言語聴覚士の職務から外すと通告されたという流れです。具体的に言うと、次のような事実があったと認定されています。

(裁判所の事実認定)

被告d及び被告gは、令和元年5月1日、診察室に原告を呼び出して、次の通り発言し、原告を言語聴覚士の職務から外すと通告した・・・。

(ア)セラピストは、コメディカルでも特殊な立場で、診療報酬が請求できる。だから100%でなければ駄目である。

(イ)原告の診療録の記載は、本件病院の医事課がみても診療報酬請求できない。原告がやってきた事は診療報酬上、すべて無駄である。

(ウ)原告の診療録の記載では診療報酬請求できないので、原告を言語聴覚士業務から外す。

(エ)心理士として使うから、被告dが処方した患者の検査だけ行い、p心理士のように電子カルテには一切記載してはならない。その辺のパソコン使って、主治医に報告すること。

 これについて、裁判所は、次のとおり述べて、不法行為該当性を認めました。

(裁判所の判断)

「次いで、上記認定によれば、被告d及び被告gは、令和元年5月1日、原告の診療録の記載は診療報酬を請求できない内容になっていることを理由として、言語聴覚士の職務から外すと通告しているが、原告の診療録の記載が診療報酬を請求できない内容になっていることをうかがわせる証拠はない。」

このような言語聴覚士の資格を有しその職務に従事してきた原告に対する根拠のない職務の一方的変更は、原告の専門職としての職務への従事そのものや技量の向上の期待を侵害するものとして、不法行為を構成するというべきであり、被告d及び被告gには、故意が認められるとするのが相当である。

3.キャリア形成と配転

 キャリア形成上の重大な不利益を理由に配転命令の無効を認めた裁判例は幾つか出されています(第二東京弁護士会 労働問題検討委員会『労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、2023年改訂版、令5〕230-232頁参照)。

 しかし、損害賠償請求が認められた事案は稀ではないかと思います。

 本件は、薄弱な根拠のもと、配転によって一方的にキャリア形成上の利益を奪われた専門職の救済を考えるにあたり、参考になります。

 

「厚生労働省の言う通りやっていたら、病院はもうからない」などと、サービス残業か不正行為をしなければ達成できないノルマを課することが問題視された例

1.職場におけるパワーハラスメント

 職場におけるパワーハラスメントとは、

職場において行われる

① 優越的な関係を背景とした言動であって、

② 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、

③ 労働者の就業環境が害されるものであり、

①から③までの要素を全て満たすものをいう

とされています(令和2年厚生労働省告示第5号「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」参照)。

 パワーハラスメントには、

イ.身体的な攻撃、

ロ.精神的な攻撃、

ハ.人間関係からの切り離し、

ニ.過大な要求

ホ.過小な要求

へ.個の侵害

といった類型があるとされています。

 近時公刊された判例集に、過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害)との関係で参考になる裁判例が掲載されていました。さいたま地越谷支判令5.12.5労働判例ジャーナル145-12 学校法人獨協学園事件です。

2.学校法人獨協学園事件

 本件で被告になったのは、

獨協医科大学埼玉医療センター(本件病院)を設置・運営する学校法人(被告法人)、

本件病院のリハビリ科で作業療法士として勤務する職員(被告c・主任)

本件病院のリハビリ科で部長代行として勤務していた医師(被告d)

本件病院のリハビリ科で作業療法士として勤務する職員(被告e・主任)

本件病院のリハビリ科で理学療法士として勤務する職員(被告f・技師長代理)

本件病院のリハビリ科で理学療法士として勤務する職員(被告g・主任)

の1法人5名です。

 原告になったのは、本件病院のリハビリ科で言語聴覚士として勤務していた方です。上司にあたる個人被告らから嫌がらせ・誹謗中傷当のハラスメントを受け、精神的苦痛を被ったとして、損害賠償を請求したのが本件です。

 原告が問題にした行為は複数に渡りますが、その中に月間330単位の「ノルマ」を課され、これを取得するように圧力をかけられていたことがありました。

 こうした行為の不法行為該当性について、裁判所は次のとおり述べて、これを肯定しました。

(裁判所の判断)

「リハビリ科では、平成30年3月から同年10月までの間を除き、科長である医師並びに技師長・同代理及び主任(以下『リハビリ科管理職』という。)から、所属の作業療法士、理学療法士及び言語聴覚士(以下『セラピスト』という。)に対し、本件病院の収益確保のため、月間330単位(1単位20分以上)のリハビリを実施することが義務であると説明されており、被告gは、平成30年11月12日、言語聴覚訓練室で、リハビリ科では、1日16単位を取得するよう決まっていると発言したことがあった」

「しかし、セラピストは、リハビリ以外の業務もあることから、所定労働時間内で月間330単位を取得することは極めて困難である一方、リハビリ科管理職からは、残業代の請求をしないよう求められていたため、残業をしたのに残業代を請求しないいわゆるサービス残業をするか、そうでなければ、実際のリハビリの実施時間を水増しして申告する(したがって、続けてリハビリが行われた患者相互の実施時間に間隔がない、又は実施時間が重複するといった結果が生じる。)といった対応を取る者が存在した・・・。」

「なお、月間330単位の取得の不達成について、具体的なペナルティは課せられていなかったが、リハビリ科管理職から『ノルマ』であるとの度重なる指示があったこと、令和元年度に示された人事評価において、単位、書類料、検査料等の個人実績を含めた業績評価と日常業務に係る行動評価の2つの観点から総合的に評価するとの方針が示されたこと・・・により、セラピストは、月間330単位の取得は義務であって、達成できなかった場合、勤務評価に悪影響を及ぼすと理解していた。」

(中略)

「被告d、被告f及び被告gは、平成31年1月29日、原告を会議室に呼び出して、次の通り発言した・・・。

(ア)被告d

A 2013年の特定共同指導以来、原告は不正を延々やっているっていう話を聞いている。

B 原告は他の療法士のように100%じゃない。

C 患者間の時間が空きすぎている。他の療法士は数分なのに10分以上ある。

D 原告のやり方は、リハビリ科全員を失職させることになるし、病院が転覆する。そういうリスクを今のやり方で招く。この今の事態は病院の上層部や学長の耳にも入れている。

(イ)被告g

A 被告cが指示した過去の総合実施計画書を全然出していない。

B リハ総合実施計画書ができてないのに患者を訓練してはいけない。」

「被告fは、平成31年3月19日、原告と人事考課の面接を行った際、原告に対し、次の通り発言した・・・。

(ア)

A 100%完璧にはできない。

B カンファレンスをしていなければ、リハ総合実施計画書は作れないというのは正論だが、それをしないと患者を診療できない。

C 治療はできたとしても請求ができないから、給料に反映できない。

D 99や100には行かないが、100にできるだけ近づけた状態でのカンファレンス内容として記載していかないと、リハ科の職務が失われてしまう。

(イ)

A 月間330単位を取得せず収益がなかったら、リハビリの人数がカットになる。個人事業者と一緒だから、自分でかせげなかったら、もう本当はその人はアウトになってしまう。

B 給料に対しては、自分の労働力の提供と同時に、病院が考えている病院の経営方針に沿った動きをしなければいけない。

「(ア)m言語聴覚士(以下『m』という。)は、平成31年4月18日、言語聴覚訓練室において、原告が、n言語聴覚士において、患者を病棟から言語聴覚室まで車いすで移動させている時間も訓練時間として算定していたのを「移動時間を含んでいけない」と注意したことについて、原告に対し、『厚生省の言う通りやっていたら、病院はもうからない』と発言した。

(イ)原告は、被告dに対し、言語聴覚訓練について、移動時間を含めないことを確認し、言語聴覚訓練室に「移動時間は訓練時間に含まない」との張り紙をしたところ、mに破り捨てられて、『そこはあいまいにしておいてほしい』と、きつく言われた。」

(中略)

「上記認定によれば、リハビリ科においては、平成30年3月から同年10月までの間を除き、リハビリ科管理職から、原告を含むセラピストに対し、所定労働時間内で月間330単位を取得することは不可能であるにもかかわらず、本件病院の収益確保のため、月間330単位(1単位20分以上)のリハビリを実施することが義務として課される一方、残業代の請求をしないよう求められており、原告以外のセラピストは、サービス残業をするか、そうでなければ、実際のリハビリの実施時間を水増しして申告するといった対応を取っていたもので、原告に対しても、被告d及び被告fが、上記1(1)ウ(ア)C、D、エ(イ)A、Bのように月間330単位を取得するよう圧力をかけていたというべきである。

このようなリハビリ科管理職の行為は、原告に根拠のない違法な負担を強い、原告の就労環境を悪化させるものであって、不法行為を構成するというべきあり、リハビリ科管理職には故意も認められるとするのが相当である。

「もっとも、原告は、令和3年5月28日以降、月220単位を取得すれば足りるとされており、不法行為の期間は、同日までに限られる。」

(※ 赤字部分は対応関係にあります 括弧内筆者)

3.国の言う通りでは儲からなかったとしても、労働者に圧をかけるのはダメ

 国の言うとおりにしていて儲からない現状があったとしても、それは国に対して意見を述べるのが適切です。末端の労働者に対して過酷なノルマを課したり、不正行為を行わせたりして解決すべき問題ではありません。

 この種の立場の弱い人に皺寄せをするタイプのハラスメントは、それなりの頻度で目にします。こうした行為に対してハラスメントとして声を上げられることは、もっと周知されて良いように思われます。

 

精神障害の労災認定-「左遷」か「閑職への配置転換」か

1.精神障害の労災認定

 精神障害の労災認定について、厚生労働省は、

令和5年9月1日 基発0901第2号「心理的負荷による精神障害の認定基準について」

という基準を設けています。

精神障害の労災補償について|厚生労働省

https://www.mhlw.go.jp/content/001140931.pdf

 この認定基準は、

対象疾病を発病していること(第一要件)、

対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること(第二要件)、

業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこと(第三要件)、

の三つの要件が満たされる場合、対象疾病を業務上の疾病として取り扱うとしています。

 この認定基準は、行政に留まらず、多くの裁判所でも業務起因性の判断枠組として採用されています。

2.具体的な出来事-「転勤・配置転換があった」

 第二要件、「業務による強い心理的負荷」の認定に関し、認定基準は「業務による心理的負荷表」(別表1)という一覧表を設け、「具体的出来事」毎に、労働者に与える心理的負荷の強弱の目安を定めています。

 「具体的な出来事」に関しては、様々な類型が設けられているのですが、

「転勤・配置転換等があった 」

という出来事があります。

 この出来事が及ぼす心理的負荷の強度については、

「過去に経験した場所・業務ではないものの、経験、年齢、職種等に応じた通常の転勤・配置転換等であり、その後の業務に対応した」

場合には「中」、

「配置転換の内容が左遷(明らかな降格で配置転換としては異例、不合理なもの)であって職場内で孤立した状況になり、配置転換後の業務遂行に著しい困難を伴った」

場合には「強」

とされています。

 近時公刊された判例集に、この「左遷」への該当性が問題になった裁判例が掲載されていました。京都地判令5.11.14労働経済判例速報2541-10 国・京都上労基署長事件です。

3.国・京都上労基署長事件

 本件は、いわゆる労災の取消訴訟です。

 原告になったのは、出版社(株式会社A)に勤務し、印刷物の編集や写真撮影等の業務に従事していた方です。長時間労働、配置転換及び退職の強要等により鬱病(本件疾病)を発症したとして、京都上労働基準監督署長(処分行政庁)に対し、労働者災害補償保険法上の療養補償給付や休業補償給付の支給を申請しました。

 しかし、処分行政庁はいずれの申請に対しても不支給決定を行いました。その後、審査請求、再審査請求も棄却されたことを受け、不支給決定の取消を求めて出訴したのが本件です。

 裁判所は、心理的負荷が「中」である配置転換と、恒常的長時間労働があったことを認め、本件疾病には業務起因性があるとして、原告の請求を認容しました。

 本件で左遷かどうかが問題になった配置転換は、編集や写真撮影等の業務に従事していた原告を、総務に異動させ、出版物のパッキングや掃除等の雑用を担当させたことでした。

 原告は、これを、

「『左遷された』(認定基準別表1・類型21)・・・に該当し、心理的負荷強度は『強』である。」

と主張しました(なお、令和5年9月1日の認定基準の改訂により、現在の類型は「21」ではなく「17」に相当します)。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、該当の配置転換の心理的負荷の強度を「中」だと判示しました。

(裁判所の判断)

・平成27年3月頃までの原告の業務内容

「原告は、平成26年に入社後、先輩の協力を得ながら、編集業務に従事し、特に、写真撮影の技術を評価されて、京都府警の警察官募集ポスター、パンフレット、関西医科大学の大学案内パンフレットなどにつき、取材活動を行い、記事の校正作業等に従事した。また、大きい仕事として、京都府から依頼のあったレッドデータブックという植物や動物などの絶滅危惧種の本の編集作業にも従事するようになった。・・・」

「原告は、パソコンのキーボードを見ずに入力作業を行うタッチタイピングの技術や、レイアウト作業の能力が、本件会社の編集業務で要求される水準に達しておらず、また、校正作業でもミスが多かったため、遅くとも平成27年2月までにはレッドデータブックの編集チームから外れて、本件会社の事業者の妻であり管理職であるBから直接指導を受ける機会が増えた。・・・」

・総務への異動

「本件会社は、上記(3)イのとおり原告の能力が編集業務を任せるには足りず、また、改善の見込みも乏しいと評価し、原告にこれ以上編集の業務を行わせることはできないと判断し、Bにおいて、平成27年4月頃、原告と面談し、「(編集の仕事が)向いていると思う?辞めるか?」などと話をし、平成27年4月中旬に総務に配置転換した・・・。」

・異動後の原告の業務内容

「総務の仕事は、取次店を通じて本件会社に注文が入った出版物について、パッキングし、自転車で5分程度の距離にある取次店まで直接運搬する、もしくは、東京にある取次店宛に宅配の手配をするというものが中心であり、毎日仕事があるものではなく、それ以外の時間は、掃除等の雑用を行うという閑職であった・・・。」

「原告は、本件会社において編集業務従事者の人手が足りなかったことから、平成27年6月から8月にかけて、再度編集の業務を任され、その後、また総務として、掃除等の雑用に従事した・・・。」

「編集手当約5万円が支払われなくなった結果、総務に従事中の原告の給与は、月額約15万円台(税引き前)まで減少した・・・。」

(中略)

・総務への異動(「配置転換」(認定基準別表1項目21)関係)について

認定事実・・・のとおり、原告は写真の技術を評価されて本件事業所において編集業務に携わっていたところ、平成27年4月中旬頃、総務に配置転換され、かつ、その業務は、納品等のほかは掃除等の雑用仕事が中心の閑職であり、給与としても編集手当相当額である月額5万円の減額を伴うものであったから、このような配置転換は、『配置転換としては異例なものである』とまではいえないものの、『明らかな降格であって、職場内で孤立した状況になった』ものであり、少なくとも心理的負荷強度は『中』であるというべきである。

(中略)

「認定基準別表1(総合評価における共通事項)に当てはめて検討すると、本件疾病は『具体的出来事の心理的負荷の強度が労働時間を加味せずに「中」程度と評価される場合であって、出来事の前に恒常的な長時間労働(月100時間程度となる時間外労働)が認められ、出来事後すぐに(出来事後おおむね10日以内に)発病に至っている場合』に当たるから、上記配置転換の総合評価は「強」に修正されるものである。」

「これに対し、被告は、①原告の配置転換は、原告の編集作業に関する能力や適性が一般的に求められる水準に至っていなかったことが理由であったことは明らかであり、また、平成27年6月には関西医科大学のパンフレットの写真撮影を任されており上司から評価されていた撮影の仕事まで外されたわけではないから、会社の人事上の措置である配置転換として異例なものとはいえず、原告の能力・適正に着目した配置転換にとどまるものであるとして、労働時間を加味しない心理的負荷の強度は「弱」にとどまると主張する。さらに、②収入の減少については、平成27年5月度の給与から現実化するものであるとともに、残業の減少という合理的理由に基づくものであるから、本件出来事の心理的負荷の強度を評価する上では考慮できない旨主張する。」

この点、確かに、原告の配置転換は、原告の編集作業に関する能力や適性が一般的に求められる水準に至っていなかったことが要因であることは認められる・・・が、配置転換後の業務は、その中心的な業務である本の配送については毎日仕事があるものではなく、それ以外の時間は、掃除等の雑用を行うという閑職・・・であり、また、配置転換がされた時点において、本件会社でも評価されていた原告の技能(写真撮影)を生かすような業務上の配慮がされていたことも見受けられない(認定事実・・・のとおり、本件会社において原告が配置転換後に写真撮影の業務を行う際には編集業務への復帰という扱いがされており、総務への配置転換の際に、カメラマンとしての取材への同行などは予定されていなかったことがうかがわれる。)のであって、本件会社が行った配置転換に、その心理的負荷の強度を『弱』に修正するほどの人事措置上の合理性があったとは評価できない。また、総務の仕事が閑職であり、今後、残業の発生が見込まれないことは、配置転換を告げられた時点で、原告に明らかな事情であったといえ、また、給与の増減は一般的には給与労働者の最大の関心事の一つであることからすれば、配置転換に関する心理的負荷の強度を評価する上で、当該配置転換によって見込まれる実収入の増減の程度を考慮することは十分に合理性があるものである。

よって、上記被告の主張は、いずれも採用できず、上記・・・のとおりの当裁判所の判断を左右しない。

「そうすると、原告の主張するその余の出来事(12日間連続勤務、退職勧奨、パワーハラスメント)の心理的負荷の強度について判断するまでもなく、原告につき、本件疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められる。」

「よって、本件疾病の業務起因性についての原告の主張には理由がある。」

3.具体的ではない「具体的出来事」

 「業務による心理的負荷表」に書かれている「具体的出来事」は、

「転勤・配置転換等があった 」

といったように、かなり漠然とした記述になっています。「具体的出来事」と銘打ってはいるものの、内容は全然具体的ではありません。

 同表の「心理的負荷の強度を『弱』『中』『強』と判断する具体例」の欄についても同様のことが言えます。

「左遷(明らかな降格で配置転換としては異例、不合理なもの)」

などと言われたところで、何がこれに該当するのかは、良く分かりません。

 そのため、特定の出来事が持つ心理的負荷の強度を適切に評価、判断し、事件の見通しを立てて行くにあたっては、具体的な裁判例を通じて相場感覚を磨いて行くしかありません。

 本件は「左遷」か(それに至らない)「閑職」への配置転換に留まるのかを判断するにあたり、実務上参考になります。

 

求人票の「原則更新」の記載が雇用契約書上「契約を更新することがある」と書かれた有期労働契約の更新に向けた合理的期待の評価にあたり考慮された例

1.求人票の記載、雇用契約書の記載

 求人票の記載と、使用者から示された雇用契約書の労働条件が異なっていることがあります。

 こうした場合、雇用契約書にサインしてしまった労働者は、求人票に書かれていた労働条件を主張することができるのでしょうか?

 この問題に関しては、基本的にはできないものと理解されています。なぜなら、求人や募集は、労働契約の申込みそのものではなく、申込みの誘因にすぎないと理解されているからです。佐々木宗啓ほか編著『労働関係訴訟の実務Ⅰ』〔青林書院、改訂版、令3〕30頁にも

「求人ないし募集は申込みの誘因にすぎず、契約申込みではないから、労働契約締結の際に示された賃金額が、求人ないし募集のときの見込み額より低い場合に、直ちに見込み額どおりの労働契約が成立するわけではない」

と記述されています。

 このように、求人票の記載と、雇用契約書の記載に齟齬がある場合、求人票の記載は、基本的には雇用契約書の記載によって上書きされます。

 それでは、有期労働契約を締結するにあたり、

求人票上、「原則更新」と書かれていたにもかかわらず、

雇用契約書上、「契約を更新することがある」と一歩後退した記載になっていた場合、

契約更新に向けた合理的期待は、どのように判断されるのでしょうか?

 求人票の記載は、契約更新に向けた合理的期待を強化する要素として考慮されるのでしょうか?

 それとも、雇用契約書によって上書きされたとして、合理的期待を判断するうえでの考慮要素から除外されてしまうのでしょうか?

 昨日ご紹介した、東京地判令3.2.18労働判例1303-86 エイチ・エス債権回収事件は、この問題を考えるうえでも参考になる判断を示しています。

2.エイチ・エス債権回収事件

 本件で被告になったのは、債権回収等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、昭和24年生まれの男性です。66歳の時、被告との間で有期労働契約を締結し、本社監査室で監査業務に従事していました。

 被告との間の有期労働契約は、平成28年1月25日に交わされた後、

平成28年4月1日~平成29年3月31日、

平成29年4月1日~平成30年3月31日、

平成30年4月1日~平成31年3月31日

更新が重ねされましたが、平成31年3月31日をもって雇止めを受けました。

 これに対し、労働契約法19条の雇止め法理の適用を主張し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 雇止め当時、原告の方は69歳と高齢でしたが、被告の就業規則には、定年制に関する規定はありませんでした。

 また、

原告が被告に応募した際の求人票には、「雇用期間の定めあり」「3か月」「契約更新の可能性あり(原則更新)」と、

被告との間で取り交わした雇用契約書には、

「更新の有無 契約を更新する場合がある」

と書かれていました。

 本件の被告は、原告の年齢を捉え、

「原告の更新回数及び通算契約期間はわずかなものであり、原告は採用時66歳、雇止め時69歳と高齢であり、到底継続的雇用への期待を有するような年齢ではなかった。」

などと主張しましたが、裁判所は、次のとおり述べて、契約更新に向けた合理的期待を認めました。

(裁判所の判断)

「原告は、被告との間で本件労働契約を合計3回にわたり更新し、3年2か月の間、おおむね週5日、1日8時間の勤務を継続していた。また、前記認定事実・・・のとおり、大会社である被告において内部監査体制の整備は法律上義務付けられているものであり、被告が大会社に該当しなくなる見込みがあると認めるに足りる証拠もないから、原告が担当していた監査業務は臨時的に設けられたものではなく常用性のある業務であり、基幹的業務に当たるともいえる業務である。さらに、前記前提事実・・・並びに前記認定事実・・・のとおり、被告の求人票の雇用期間欄には『契約更新の可能性あり(原則更新)』と記載されている部分があり、原告に適用される就業規則には年齢による更新上限や定年制の規定はなく、原告は本件雇止め当時70歳には至っていなかった。そして、本件労働契約締結時及び更新時並びに最後の更新後本件雇止めまでの間に、被告から原告に対し、更新上限及び最終更新並びに業務の遂行状況による雇止めの可能性等に関する具体的な説明があったとは認められない。これらの事情からすれば、前記前提事実・・・のとおりの契約書の更新条件等の記載、前記認定事実・・・のとおり被告においてパート従業員以外に70歳を超えて雇用された労働者がいたとは認められないことなどを併せ考えても、原告において本件労働契約の契約期間の満了時(平成31年3月31日の満了時)に同契約が更新されるものと期待することがおよそあり得ないとか、そのように期待することについておよそ合理的な理由がないとはいえず、本件労働契約は労働契約法19条2号に該当する。ただし、前記前提事実・・・のとおり本件労働契約の各契約書には更新の基準として勤務成績、態度、健康状態、能力、能率、作業状況等を総合的に判断する旨記載されているのであるから、これらについて問題がある場合には更新されない可能性があることは原告にとっても十分に認識可能であることに加えて、原告の周りに現に70歳を超えてフルタイムの契約社員として勤務している者が存在したわけではないことからすると、原告が、平成31年3月31日の満了時に同契約が更新されることについて強度な期待を抱くことにまで合理的な理由があるとは認められず、また、平成31年3月31日の契約満了時以降当然に複数回にわたって契約が更新されるという期待を抱くことに合理的な理由があるとも認められない。」

3.求人票の記載が積極的な考慮要素としてカウントされた

 以上のとおり、裁判所は、合理的期待が認められるのか否かを判断するにあたり、求人票上の「原則更新」の記載を積極的な要素としてカウントしました。

 これは、

原則更新

契約を更新することがある

との記載が必ずしも論理的に矛盾しているとはいえないことから、導かれた結論ではないかと思います。

 求人票と雇用契約書の記載については、正面から抵触しているとはいえなくても、ニュアンスが異なるといったことは良くあります。

 本裁判例は、こうした場合に、求人票の記載を活かす可能性を切り開くもので、実務上参考になります。